2020年12月02日

蓄音機の針

    錆が来ている
 蓄音機、懐かしい音色は人々を幼い日の思いSANY5952.JPG出に添いこむが、それは遠い日の郷愁かもしれないもの、幼い日に聞いた懐かしい音でもある。
 現在のプレーヤーが出る音は電気音、確かに良い音もするし、雑音すら無いもの、音としては良い音量、良い響き、研ぎ澄まされた音。
 現代人はより良い音を求めて人工的な音にしていると思えて来るが、それは音の追及ではなく、雑音を排除するものであり、実際の生の音と少し違う。
 何処がどう違うのかは、その人の感じ方であるが、心に響く音ではない事だけは言えると思うが、そんな事を言うのは歳のせいなのか、電子音と言うべき音と蓄音機の音、比べてみれば遥かに電子音の方が良いかもしれないが、心には響かない音でもあると思う。
 その点、蓄音機はゼンマイ仕掛けの旧式、機械とはいえ原始的な物に近い、振動を伝える仕掛けはじつに簡単なもので、サウンドボックスから入った音は、パイプを通してラッパ状の拡声器に伝える。

 レコードの溝を鉄の針が通る時、波状の溝が音の源とSANY4743.JPGなり、振動が生まれるのだが、その生まれた音はまだ小さな音、パイプを通りラッパへと伝わり、音が増幅されて大きくなる。
 実に簡単な構造であるが良い音を出すので、若い人などは何故そんなに音が出るのか不思議に思うが、其れが蓄音機の実力でもある。
 そして若い人が驚くのが針、彼等はレコードを聴くためには、針を変えなければならない事を知り、又不思議に思う、それも、少し聴いただけで又針を変えることに疑問が、今のデスクは針なんぞ変えることなど無いのだから、不思議に思うのは当たり前でもある。
 しかも、鉄の針だと知り、これまた驚く、蓄音機を聴くのに何度驚くのか、それほど蓄音機は新鮮に彼等には見えるものなのだ、そんな驚きの鉄針、手入れが悪いと直ぐに錆が来るもの、錆びた針は良くないから、錆びさせないように気を付けなければならない。
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2020年12月01日

ガスとオイル

    どちらが良いか
 時代遅れだと言われるかも知れないが、私の友人の中にライDSCN2493.JPGターの蒐集家がいてコロナの中、寄るとさわると何時も論争を、他愛のない事だが本人たちは真剣、何の事と思いきや、ライターの燃料で論争であるが今の人には興味がなさそう。
 他の人達の迷惑を顧みず、コロナの中大きな声で論議を戦わせているが、酒も入っているから尚更たちが悪く、マスクはめて声も大きく言っている事が堂々巡り。
 本人たちはお互いに譲らず、何時ものとおりライターを持つての論議、仕方が無いから他の友人が中に割って入るのだが。
 しかし論争は納まるどころか白熱化、中に入った者までが論議に夢中、それでは仲裁の意味が無いが、そんな事はお構い無しに繰り広げる。
 その論争とは、燃料は「ガスかオイルか」と言う事だそうで、話を聞いていると実にくだらない話で、興味のない人にとっては、それこそどうでも良い話。
 両人、自慢のライターを手に握り締め、火をつけては消し、消しては又点け、益々激しくなる一方、仲裁に入った者はどっちつかず、話はこうだ「ガスライター支持派は、一回入れれば長く持ち、便利だ」と、一方は「オイルライターは何とも言えない、良い匂いだ」と言う。

 何だか話がかみ合っていないのだが、匂いの話と便利なことは別の事、焦点が合っていないSANY4402.JPGので、仲裁人が元の論議に戻そうとするが、もとの話はどちらのライターが便利なのかと言う事、ガスライターか、オイルライターか、どちらが使いやすいなのか、やっぱり他愛の無い話だ。
 そして仲裁人、どちらが便利なのかと言う話なら、此方が1番と100円ライターを差し出す。
 本人、論争なら「これが1番」、無駄な話は止めろといわんばかりだ、その言葉に2人とも即座に反論、「100円ライターの話なぞしていない、外部は黙っていろ」と喝を仲裁人に一言、これには仲裁人呆れ顔。
 2人はその後も喧々諤々と論争を繰り広げていたが、それ以来他者も口は出さず、勝手に論争をやっていればと、全くの無関心で後は酒を飲むことに、結局は2人とも妥協せず物別れ、どちらのライターが便利かは、使う人其々の用途によるもの、オイルライターは風には強く、ガスライターはガスが長持ちするが時代遅れの論争かも知れない。
 
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2020年11月30日

何処のこけし

   一目で分か
 最近こけしブームと呼ばれ、若い女性たちSANY5446.JPGにはこけしが人気のようだが、昔と少し違っているようとも言われている。
 このこけしブームは何回目、20年に一回来るとも言われ、ブームは再来するようである。
 そして最近のこけしブームは以前とは形態が異なるらしく、我々の世代とは集めるものが違い、彼女たちの好みも全く違っているようだ。
 我々は有名なこけし職人のものを集めて来たが彼女らは違うものを求めていると言われ、創作こけしが人気だと言う。
 以前のこけしブームは我々と同じであったが、今は違い自分の好きなこけしを求めているが、創作こけしとはそのようなもの。

 伝統に培SANY5428.JPGわれたものではなく、創作こけしはその人独特のもの、つまり何が出来るか分からないとも言えるこけし。
 中にはこれがこけしと言うような創作ものもあり、とても我々では理解しがたいこけし、それが現在のこけしブームと呼ばれたものだそうだ。
 伝統こけしの様に胴体の図柄を見れば何処で出来たものなのか、一目で分かるものではないと言う。
 写真の様にこけし好きな人なら一目で何処のものか分かるのも今までの愛好家、創作こけしは産地は全く分からないものだと言うのだ、それもまたブームであり仕方のない事かも知れない。
 しかし何処のこけしかハッキリと区別できるものがよいと思うが、それも時代なのか。
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2020年11月29日

木象嵌

    幾 何 学 模 様
SANY0840.JPG 時計の装飾には色々な種類があり、塗料で彩色される物、木材の皮で装飾される物、漆等の天然の物で彩色される物、彫刻等で装飾される物等色々とある。
 中で持ての込んだ装飾を施す物に、木象嵌がと言う技法があり、この技法は中々と手の込んだ装飾の部類に属するもの、時間と手間が掛かるのと、やはり技量が出るものだ。
 木象嵌とは、木の種類により色の濃淡があり、その色の濃淡で模様を描く技法の事だが、この技法は手間が係り時計に装飾を施すと、高価な値段に成る為、一般機には装飾を施さない。
 つまり、木象嵌を施してある時計は高級機である証でもあり、その模様も手の込んで物が多く、ヨーロッパの時計が盛に用いたが、時代が下がり一般に普及する時計には施されなくなる。
 ヨーロッパより後発のアメリカでは、本家のイギリス製の木象嵌を施した時計をモデルとして、新たにアメリカで製造するようになり、その技法を取り入れて、新たな物を開発する。

 アメリカで製造された木象嵌は、本家のイSANY2645.JPGギリスの模様とは少し違って、幾何学模様ではあるがイギリスの模様とはやはり違う、アメリカらしさを表現している。
 例えば、イギリスの模様は葡萄から草の様な図柄を表しているものが多いが、アメリカの木象嵌は円と線で幾何学的な模様を施している物が多い。
 写真の模様はまさに線と円で構成された図柄、木の素材の持つ色の濃淡を利用して模様を描き、薄い色の素材と濃い色の素材をうまく配置している。
 まず図柄に沿って少し彫り込みを入れ、薄い木の板を色の配色を見て彫られた所に埋めて行く、その時に木目の向きや色の濃淡をうまく利用することが必要である。
 線を繋ぐ円形の部分には、違った図柄を配置して、アクセントを持たせ鮮やかな幾何学模様を作り出しているが、この様な図柄は本家イギリスの時計には無い物である。
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2020年11月28日

思わぬ買い物

   ネットの楽しみ
 最近はネットオークションでの買い物がSANY0089.JPG主流、ネットで何でも買える世の中となってしまい、我々世代は戸惑うばかりになってしまった。
 若い人にとっては便利で使い勝手の良い買い物、しかし一歩間違えれば落とし穴も多い、何処からが信用して良いのか分からない。
 友人には「お前はネットは苦手だから落とし穴にはハマらないで良い」と言う、確かに自分ではやらないが、見る事だけはしている。
 自分で落とすことはしなくて、常に友人が落としてくれるのだが、商品を決めるのは自分で決め、後は友人任せ、最終値段だけを指示している。
 そんな事もあって、後一歩で買えるものも買えない事も多い、指定した値段よりも百円でも上がれば、友人はそれ以上は追わないからだ。
 電話の向うで「昨日は百円で他の人に取られてしまった」と言うばかり、「何で百円なのに追わないのか」と言えば、「お前が指定した値段があるからだ」と言うのだ。

 確かにその通り、「深追いはするな、指定値SANY0094.JPG段を超えたらそれで終わり」と指示しているから、それ以上は追えない事も分かっているが、しかし百円で取られてしまうのも惜しい。
 ネットとはそんなもので、絶対的に信用出来る事は無く、逆に言えばギャンブルに近い買い物かも知れないのだとも思う。
 写真でしか見えないから、相手を信用するしかないが、殆どの場合は信用して買うわけではなく、まず程々で良いからと考えての事だ。
 しかし、時として思わぬ買い物が出来る場合あり、それが楽しみでネットを見ているが、この水滴もその1つ、全く違ったジャンルに出ていたもの。
 陶器のジャンルに偶然出ていたものを見つけ、程度も良くなかったので、友人に「五百円で入札しておいて」とつげ、そのままの状態で忘れていた。
 普通は時計のジャンルに出ているのだが、偶々陶器のジャンルであったから、時計好きな人は見ていなかったようで、五百円で落札後日友人が現物を持ってあらわれた。







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