2020年01月18日

二週間の戦い

   追い込みに
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 瀬戸の雛巡り、今年も始まるが準備が大変な事に、毎年の事であるから慣れてはいるものの、そんなに簡単な事ではない。
 毎年毎年、違う展示方法を取ってはいるが、中々変化を付けるのは難しいもの、しかしこれがまた難しい問題。
 どのように変化をつけるのかは頭の中、実際に行うは大変な事になり準備が必要、例えば毛氈一つとっても寸法が違う。
 準備段階ではぴたりと収まるはずが、イザやってみるとこれがはまらないので、四苦八苦して収めようとする。
 そんな事で時間が費やされ、計画通りに進む事はなく、焦りの状態が続く事に、焦っても仕方がないとは思っているが、思う通りにはならないのだ。
 展示場所も多くある事が問題を大きくするし、事がうまく運ばないと尚更の事進まない事に、そんな事の繰り返しで一日が過ぎ、日は一日、一日と迫って来、展示物もなかなか決まらず、これまた四苦八苦の状態。
 何でこんな事になるのかと考えるが、当初計画した通りに進まないのも何時もの事、誰かの一言でまたまた焦る事に。
 「何時もの事だから、上手く行かなくて当然、それで良いのだ」と、その上「上手く行く方が怖い」ともスタッフは言うのだ、毎年、展示したものは写真に収めているから、それを見て変化を付けているのだが、展示箇所が多くともなると中々の事難しい。SANY1914.JPG

 私がヘルニアであまり動けず、昨年展示物を片付ける事が出来ず、人にお願いしたから尚更の事、何処に何が在るのかサッパリ分からない状態。 普通は御殿飾りはセットにして自分で片づけるのだが、それがなされていないから、今年は一つ一つ探しては展示する事になり、時間ばかりが掛かってしまった。
 その上、違う部品が紛れ込み、御殿が組み立てられない始末、その部品を探して他の御殿飾りを調べなけれはならない。
 今までにこんな事はなかったもので、自分で片付けなかった事を後悔して、作業が中断する事に、その都度イライラがたまる。
 こんな事をしていて果たして期日までに展示が出来るものなのか心配で頭が一杯、そのせいか間違いをしでかす事も屡々。
 踏んだり蹴ったりの毎日、しかし時間はないので後戻りも出来ず、前に進むしか方法はなく、厄介な事がまだまだヤマズミ状態、厄介な御殿の部品探しもはじまり、何処に行った事やら、程々嫌になったりもする始末。
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2020年01月17日

ふたつの梟

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   小型のフクロウ
 梟の時計は人気が高くどんな種類のものも古時計愛好家に取っては欲しい時計の一つ、どの手のものでも手に入れたいと思う。
 やはり人気の古時計、主に輸出用に製造されたものが多く、戦前戦後に造られたものが多いが大型のフクロウとは違い、機構的には簡単なもの、安価に製造できた。
 それが又人気の秘密でもあったようで、どの梟時計も販売は好調であったと思われ、数多く造られている。
 然しながら輸出が殆どで、戦後の外貨獲得に一役買っていた。
 特にオキュバイド、ジャパンと記された時計に人気が集中、逆輸入されてものも多いと言う事だ。、そこが又愛好家が好む時計でもある。
 フクロウ時計とされてはいるが、耳が立っている事から本来はミミズク、フクロウの種類には違いが無いからフクロウでも良いか。
 上のフクロウ時計は平面的な造り、一枚板も薄DSCN1988.JPGいが下のフクロウは立体的な造り、顔の表情もおどけた感じのものに造られている。
 上のフクロウは真面目なフクロウ、同じフクロウを造るにしても製作者の意図で全く違ったものに仕上がる、そこが又古時計愛好家から喜ばれる点である。
 面白みのない時計は興味が薄れるが、とぼけた感じのものは人気が出、チョットした工夫で売り上げも違ってくると思われ、苦労のしがいがあると思う。
 どちらのフクロウが好みかは人による、とぼけた感じのフクロウは下の時計、真面目なフクロウは上、それぞれに良い所が出ている。小型だが雰囲気は大型並み、この様にフクロウ時計は人気が出るのもうなづける時計だと思う。

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2020年01月16日

瀬戸の磁器雛

    射的雛とも言SANY1083.JPG
 瀬戸の磁器雛、小型で小さな雛人形だから、温泉場などにある射的場の的と良く似ているから、こんな呼び名もある、しかし実際に射的で使われているものではなく、呼び名としてそのように言われているだけ、確かに小さな雛人形だ。
 大正時代から昭和にかけて製造されたもの、射的の人形と同じように製造されたものであり、安価な人形である。
 高さは大体5、6センチの大きさ、あまり大きなものではなく、可愛らしいものだからこそ愛された雛人形である。
 今時で言うならばミニ雛と呼ばれるもの、かなり小さいものでコンパクトに置け、それでいて迫力はある雛人形である。
 小さいが派手な装飾は土雛と同じような彩色にあり、磁器ではない彩色がこの雛人形の特徴でもあるのだがそれは安価に造る事だ、普通磁器であれば2度焼く事になるが、これは一回しか焼かれておらず、彩色されたものは色落ちもするのだ、2度焼く事によって彩色されたものは下地に焼き付く事により、光沢と色落ちしない丈夫なものとなるのだ。

 それとは違い土雛は安価に造るためと、低い温度でも焼けるような窯で造られているからだが、この時期雛は高温で焼かれている。
 だから丈夫に出来ており、土雛よりもはるかに硬く、欠ける事も少ないように高温で焼きしめているから、土雛と比べ物にならない。SANY1432.JPG
 今回の磁器雛は小さいが派手、色々な磁器雛が製造されたが、この磁器雛は綺麗な彩色が施されており、色目も艶やかなものとなっている。
 プルーと赤色の彩色、黄色と赤、そして青色の3色に、茶色や黒といった地味な色も使われている事も、この磁器雛の特徴でもある。
 普通の5人囃子に比べると、非常に可愛らしく、出来も良いもので、全体の雛人形のバランスを考えられている。
 五人囃子だけが全体から浮いてしまっては台無し、15人セットであるから、この5人囃子が目立ち過ぎては困る。
 随身、昔は右大臣、左大臣と呼ばれた雛人形、これも特徴のある形として造られ、台に腰かけているのも珍しい造りである。
 その彩色も又、5人囃子に負けない様に艶やかに彩られており、やはり磁器雛らしい出来を誇っているようである。
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2020年01月15日

どんど焼き

    無病息災
 1月15日、小正月とも云う日、正月も終わり年かみさま.jpg神様を迎えた飾り物を焼くどんど焼きの日、全国的に見ればこの日がどんど焼きの日である。
 このどんど焼き、左義長と呼ばれ古くから宮中で執り行われる儀式、平安時代には既にこの儀式が行われていたようで、清涼殿の東庭に3本の青竹を立てて、其れを束ね扇子を飾り短冊を燃やしたと言われる。
 これは、毬杖(ぎっちょう)と言う杖を持ち、馬に乗ってこの杖で玉を転がして遊んだ事に由来、その毬杖を3本立てて青竹の先に扇子を飾り、短冊を燃やした。
 3本の毬杖(さんぎっちょう)から、左義長となったといわれるが、その他の説もあるが、何時の頃より左義長の字が当てられたのかは不明。
 鎌倉時代にはこの様な儀式は庶民に伝わり、吉凶を占う儀式とした定着、江戸時代に入り現在のような正月の飾り物を持ち寄り、青竹で3本の柱を立てて燃やした。
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 全国にこの左義長の儀式は存在するが、所により様々な風習が生まれ、現在に至っており、日にちも1月ではなく、2月や3月に行う所もあり、違った儀式となったようだ。
 私の居る尾張地区は1月15日に行われていたが、最近では其れに近い日曜日に行われるようになったが、左義長の風習は子供たちにも伝え、地元の伝統を守っている。
 当日は地区地区で色んな物を持ち寄ったり、主催者側からの提供で餅以外の食べ物も提供され、子供たちの正月の楽しみとなってもいる。
 地域の集いとして、余興が行われるように、大きな舞台も作り上げ、この日一日地域住民の交流の場所ともなり、本来の吉凶を占う儀式から少し変化をきたしているがこれも流れであろう。
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2020年01月14日

雛御殿

   部品が無い
 友人が白木の雛御殿を持ち込んで来たSANY1872.JPGが何で彼が持ち込んだのか分からず、何処から持ってきたのかと聞けば、ある所の知り合いが捨てると言うので貰って来てやったと言うのだ。
 この友人雛御殿など分かるはずもないが、私が雛巡りに参加している事は知っており、お前のために貰って来たと言う、以前にもこの友人に白木の雛御殿の話はしたことがあり、その事を彼は覚えていたらしく、白木の御殿と聞き貰って来たと言うのだ。
 私の為に貰って来たと言われれば、怒る訳にも行かずその場で箱を開けて見ずたが、中身を調べてみたら、多くの部品が足らないかも。
 当然持ち主もその事は知っている筈、だから捨てると言ったのだと思うが、そんな事は知る由もないのが友人である。
 折角彼が持って来たものを捨てる訳にも行かず、詳しく部品を調べてみたら、やはり重要な部品が無い事に気が付き、暫し考えたが仕方がない面倒だが作るしかない。
 何故ならば折角彼が良かれと思って貰っSANY1880.JPGて来たもの、むやみに捨てる訳にも行かないからだが、部品を作るとなると一苦労する。

 今までに多くの雛御殿を見て来たから、大体の部品は想像がつくが、組み立て式の為サイズを合わせないといけないが、中々合わせるのに苦労するのだ。
 今までにもいくつかの白木の御殿の部品は作ったが、やっぱり馴染むのには時間がかかり、そこだけ吐出して見えてしまうから、それが問題になる。
 よく似た色で塗る事になるが、素人のやる事中々色が合わず、失敗もしたりして苦労する事に、結果は余り褒めたものにならない。
 しかし出来上がった部品を組み立ててみると、少しは馴染んだのかと思えてしまい、これで良いのかと妥協してしまう。
 展示してから見学者にその部分を指摘される事もあり、そんな時はバツが悪い思いもするが、これも又仕方がないと思っている。


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