2019年01月20日

思い出の品10

      人と違ったもの

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 若い頃より時計に興味を持っていたが、実際に集めることはしなかったので、好きなものだけ買い求めていた頃、個性的な時計を手に入れた。
 皆と違ったものを手に嵌めたいと、奇抜な時計は無いものかとあちらこちらの店を回り、兎に角良く回り歩いたものだ、ある店では昔売れ残った時計を見せて貰い、気に入ったものを分けてもらった事も。
 その当時はリサイクルショップ等ない時代、質屋の売り出しに良く通ったもので、特に百貨店の売出しには朝から並んだ事もしばしばであった。
 百貨店の質流れ市、ここには多くの時計が集合するから、その中にはひょっとして自分好みの時計があるやも知れず、手当たり次第に質流れ市を回った。
 当時の質流れ市は大々的なものが多くて、大量の質流れの品があり、勿論値段も格安であったから、私たち金の無い若者にとっては格好の市であった。
 当然新品の時計は高くて買えず、自分の予算にあったものしか買えない事もあり、そんな予算内に時計を求めて探し回り、見つけ出したときの喜びは一入であった。

 そしてもう1つが鉄道の忘れ物市、この市も質流れ市と同じく、時計も良く出たもの、しかしSANY8473.JPG質流れ市のような品物も良く無いものが多く、それはそれで良かった。
 何故ならば質流れの商品よりもモット安く買えたからで、少し程度は悪いが値段には変えられず、遊び心で買い求めたものも多く、直ぐに飽きてしまった事も多い。
 やっぱり質流れ市には敵わず、忘れ物市はそれから足が遠のくことになるが、質流れ市は相変わらず巡ったもの、今回の時計がそれである。
 2つとも新品の状態の時計であり、売れずに取り残ったもの、今で言うデッドストックと言われる商品、当時は売れ残りの品として、安く売りに出されたもの。
 その中から奇抜な時計を掘り出して、自分好みの物を手にし、買い求めた時計、上の時計はブレスレットになった時計で、白黒の変わった文字盤と形が気に入って買い込んだ。
 勿論手巻きの腕時計、高級品ではなく、デザイン重視の腕時計、好き嫌いのハッキリした時計、目立つ事は目立つが、少し重いのが欠点だと思う。
 精度は二の次、格好良さだけの時計、この時計を良く使い、特に夏にはピッタリと使ったものだが、冬には向かない時計でもある。


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2019年01月19日

のらくろ

      野良犬黒吉

 1931年に発表された漫画の主人公、黒色の野良犬黒吉が可笑しく起こす騒動をコミカルに描いた物語、軍隊にヒントを得て作られた漫画である。
 昭和6年に田河水泡が原作者、昭和と言う時代を野良犬にふうして、可笑しく世相を切った物語だというが、私は余り見たことがないからハッキリとは言えないのだ。
 この物語は野良犬の黒吉が、猛犬連隊に入隊して、段々と昇格してゆく話であるが、勇猛果敢な軍人ではなく、二等兵からコツコツと積み上げて行くタイプの姿を描いている。
 この漫画は1931年に発表され、現在まで続く息の長い漫画でもあり、1988年にもテレビアニメとして放送され、2001年にものらくろクンの名称でアニメ化されている。
 戦前には人気を博して、色々なものが発売されたようで、当時は著作権の意味も分からずに、田河水泡の許可なく勝手にキャラクターを拝借して、海賊版のものが売り出されたようだ。
 今の中国のような状態であったらしく、何処の誰とも分からない人物がのらくろの絵を勝手に使って色々な物を発売して利益を挙げたようである。

 今の時代では考えられない状態であったらしく、田河水泡の許可なく勝手に商品を作り売り出し儲けたところも数多いと聞く。
 特許等何処吹く風とばかりに儲ければよいの中国方式、日本でもこの時代はそれがまかり通った時代、今の中国を馬鹿にしている人も、かっては日本もそのだったと。
 この事について田河水泡は聞かれたらしいが、彼は多くの人が喜んでくれればそれでよいと、それだけ「のらくろ」が愛されている証拠だと、周囲の人が気をもんでも動じなかったらしい。
 流石は大先生、少々の事では驚かない大物、こんなおおらかさが「のらくろ」を生む原動力になっている事は確か、大きな気持ちでなければ漫画は書けないと。
 一部ではのらくろは戦争を引きずっていると批判する人も居るが、田河水泡も戦争には批判的、しかし戦時下では漫画もああなるのだと言う事だ。
 現代的にはのらくろクンになるはず、しかしこれは昔ののらくろ、可愛らしいがやっぱり古いのらくろ、果たしてこの対象年齢は子供なのでしょうか。

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2019年01月18日

顔に個性

    やっぱり久太郎
 
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 こけしは今流行期、若い女性たちの人気の的と言う、三次とも四次とも言われる流行、それがこけしのブーム。
 今も昔もこけしに魅せられた人が多い事を物語っていると思う、しかしそのこけしの見方は少し違っている。
 今は現代的な装飾こけしが人気と言う、今までのこけしの概念を全く変えたこけしが人気と、驚くほかはない。
 その新作こけしを見たが、確かに斬新なものだと思うが、私は買う気が出ないもの、ヤッパリこけしは昔からの形が良い。
 現代的なこけしは時代の流れとも言うが、それはそれとして良いと思うが、私の思うこけしとは違うもの。
 勿論古い物が良いと言う事ではなく、好き好きであるからそれはそれ、そんなこけしの中、個性のあるこけしが。SANY8221.JPG

 個性と言うと癖が強くて、一般の人には好きになれないと言うようなものではなく、一目見ても分かる顔だちとか、胴の絵柄とかである。
 飛び抜けて変わったこけしと言う事はなく、しかし誰が見ても個性の塊と思うもの、そんなこけしが好きである。
 その一番はやっぱり小椋久太郎のこけし、このこけしは私に言わせれば、こけしの中のこけしと言うものだと思っている。
 一目で久太郎と分かるこけしはそんなに多くないもの、それが小椋久太郎のこけし、何処となく憂いを込めたあの目。

 そして独特の胴に書かれた花の絵、前垂れと言われているスタイル、何処を取っても個性の塊、然し嫌味が無いのだ。SANY7862.JPG
 個性が強いと先に嫌味が立つと言われるが、このこけしに限ってはそんな事はなく、むしろそれが良い方に出ていると思う。
 二つ目は鈴木昭二のこけし、彼のこけしもまた個性の塊のもの、久太郎とは違った個性、障子のこけしは可愛らしいものだ。
 このこけしは胴が少し変わっており、キュートなスタイル、絶妙なバランスの取れたこけしであると思っている。
 三つ目が高橋武蔵のこけし、このこけしは、これぞ典型的な東北のこけし、どっしりとしたスタイルの本物のこけし。
 顔も又スッキリとした東北美人、その顔の描きが高橋武蔵のこけし、古典的であるがゆえに優美さがにじみ出ているこけしだと思う。
 この三つのこけしは、まさにこけしの中のこけしと私は思っているのだが、果たして人はどの様に思うのか。
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2019年01月17日

パリ万博

    エッフェル塔
 SANY8951.JPG1889年、明治22年5月6日から10月31日まで第4回パリ万博が開催され、盛大なセレモニーが行われたが、この年はフランス革命、バスティーユ襲撃からちょうど百年にも当たる。
 その為にフランス政府は国の威信をかけてパリ万博を開催、シャン、ド、マルス公園を主会場に、今までにない新しい建物が多く建設された。
 その筆頭がエッフェル塔、当時世界一の高さを誇り、昭和時代に入り日本の東京タワーに抜かれるまで、その偉容を誇っていた。
 高さは312メートル、鋼鉄を使って建てられた新しい塔、パリのシンボルとして世界に誇る建物となり、万博後パリの観光名所となる。
 鋼鉄は、この万博を期に建物やあらゆるものに使われるようになり、今回の懐中時計にも使われるのだ、懐中時計と言えば金や銀製品が普通。
 今我々が思っている鋼鉄と、その当時の鋼鉄とでは感覚が全く違い、当時最新の鉄であった事、その最新の材料で懐中時計の側を造ったのだ。
 当時、これまで金や銀で製造していたメーカーも、こぞって最新の素材を懐中時計に使用、勿論当時の人たちも最新の材料に憧れていた。SANY8958.JPGSANY8956.JPG

 現代人は鋼鉄が余程、当時安価な時計であったのかと思ってしまうが、決して当時は安くなく、むしろ金や銀よりも評価は高かったようだ。
 今考えれば、そんな馬鹿なと思うだろうけど、決して安価な素材でなかった事を裏付ける懐中時計、この他にも色々なものが鋼鉄で当時製造された。
 この懐中時計、表裏両面時計とした製造された物、勿論表には時間を告げる文字盤、その文字盤中央にはムーンフェイスが納まる。
 裏を返せば、カレンダーが付けられていおり、月、曜日、そして日付とトリプルカレンダーが付けられているもので、当時流行った機構の形式である。
 この様な懐中時計は高価であった事は確か、複雑な機構を備えたもの、普通の懐中時計とは一線引かれていた。
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2019年01月16日

追い込みに入る

    雛巡り

SANY1905.JPG 毎年この時期になるとラストスパート、今年の雛巡りは2月2日スタート、例年よりも早いスタートで少し焦りが。
 正月開けて、気分もまだ休日、しかし時間は待ったなし、既に一月も半ば、後半月余りしかなく、追い込みに拍車を掛けないと間に合わない。 毎年の事で慣れてはいるが、ヤッパリ気が焦るのに変わりはなく、順調に準備が進んでいるとは思えなく、少々疲れ気味。
 展示内容も毎年変えて展示するために、以前の記録は写真で確認、同じものを同じ場所に飾る事のないようにとチェック。
 若い人はタブレットで昨年の展示内容を見せてくれるが、記憶と少し違っていることもあり、その為に計画変更も茶飯事だ。
 今年も初物のデビューは多く、御殿飾りは初物が多いので、何処に何を展示するか検討に入ったものの、結論が出ない。
 原因は、今年の展示会場が多く増え、見栄えのする御殿飾りを展示して欲しいとの希望が多く、選考に四苦八苦しているからだ。
 見栄えの良いものを欲しいと言う人ばかりで、希望に添えるように御殿を選んで入るのだが、去年と同じものは避けているため、ヤッパリ頭を悩ます事しきりSANY1898.JPG

 展示会場で1番広いのは瀬戸市の中心部、古民家久米邸であり、ここの展示が決まらない事には先に進まない。
 その久米邸の展示、意見が多く出てどちらにするのか迷う事に、二間続きの展示会場で、迫力のあるものを展示したいのだ。
 あれこれ迷って、最終的には写真のような御殿に決まり、早速設置開始をしたが、大型御殿ばかり選んだ為に、展示スペースが足りなくなってしまった。
 1番大きな御殿は横幅150センチもあるもの、あとは130センチが2つ、そして小型の御殿が2つとスペースが足りない。
 またまた展示がストップ、さてさて頭の痛い事、何とかしないと時間がないのだが、この先どうなる事やら、お先真っ暗である。
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