2016年10月31日

親父の形見

    色々な物を受け継ぐ

 

 DSCN1558.JPG親父が亡くなってから早40年近くなり、月日の流れるのは早いものとつくづく思う日々、自分も歳を取ったものと思い出した。
 もうすぐ親父の無くなった歳に近づくことに、自分も歳をとったものだと思うようになったが、それにしても親父の残したものは多い。
 色々な物が残っていたが、一番多く残っていたものは古陶器、流石に長年蒐集していただけの事はあり、多く残したものだ。
 兄弟で分け合ったが、その分けた時の事、私が一番後で取る事にしたのだが、その分けはよく知っていたから。
 兄弟の中で親父の残した古陶器の事は一番知っており、生前親父からも良いものは聞いていたからだ。
 お袋も交えて親父にどれが良いものかと聞いて、殆どのものは良いものと悪い物に選別してあり、お袋が記録していたのだ。
 そんな事もあり私が一番よく知っていたので、兄弟の内一番DSCN1561.JPG後に取る事にしたので、先に姉から好きな物を取り出した。
 勿論お袋も交えての形見分け、姉2人は見た目に綺麗なものばかり取り出し、うす汚れたものは手を出さない。
 綺麗なものばかり選別、見た目で判断していたので、お袋がそれで良いのかと聞いていたが、姉たちは汚いものは要らないと。
 そして残ったものは見た目に汚いものばかり、特に箱に入った古陶器は見もしないで除けたのだ。
 古陶器と言うからには新しい物は無く、当然箱も新しくないし、綺麗なものでもないから姉たちは見向きもしなかったのだ。
 しかし古い物は綺麗ではないのが普通、姉たちに確認し、それだ良いのかと言えば、そんな汚いものは要らないと。
 そんな事で残ったものは全部私が受けついたが、やはり綺麗なDSCN1562.JPGものは一つも無く、古びた箱ばかりであった。
 親父が残した良いものはほとんど残ってしまい、お袋も姉たちに「猫に小判だ」と言っていたが、それでも要らないと言うのだ。
 そんな中にこのカフスボタンもあり、お袋が私に全部持って行けと差し出したが、要らないものも沢山あったので選んで持った来た。
 一番印象に残っているカフスボタンは水晶のカフス、これは夏に親父が良く嵌めていたのでよく覚えている。
 特に気に入っていた様で何度となく見た記憶があり、真っ先に其れを取り出し、手元に選び出した。
 もう一つも鼈甲のカフス、これも水晶と同じて記憶に残っていたので選び出したが、お袋が銀のカフスを何個か指し出した。このカフスは形もシンプルなもので、どんな時にも使えそうであり、手に取ってみる。
 よく見ると見覚えのあるもの、このカフスも何時も親父がしていたものである事に気が付き、自分で使うことにした。DSCN1559.JPG
 どれも、これも古い物だから今時使うのには少し時代遅れと、そんな事を思いつつも、親父の形見だからと。
 別に新しいものだけが良いものでは無い、古い物は古いなりに良さもあるのだが、それもまた好き好きである。
 しかし親父が使っていたとすれば、また別の話しであるもの、これからも事ある毎に使っていきたいと思っている。


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2016年10月30日

パイプ

    未だに止められない


 
 DSCN1678.JPG最近は喫煙も厳しくなってしまい、何処でも吸えると言う事はなくなって、喫煙者にとっては肩身の狭い思いだ。
 煙草は体に良くないと前から言われているが、私は止める意思がないので止めようとはしない。
 若い時はヘビースモーカーであったので、一日に2箱以上は吸っていたが、それもニコチンの多いものを。
 ピー缶と呼ばれている煙草、つまりピースの缶入りで、これが私の愛用の煙草、この煙草を吸い出してから長い。
 かっては富士と言う煙草も吸ってはいたが、やっぱりピースに勝る煙草はなく、それもピー缶が一番。
 体に悪いからニコチンやタールの少ない煙草にしたらと、何度も言われた事があるがピースから切り替える事はしなかった。
 他の煙草を吸っても旨くはなく、只煙を吸っている様な気がDSCN1679.JPGして、ピー缶以外は吸いたくないのだ。
 確かにニコチンやタールはベラボーに多いが、あの香りと吸い込んだ時の刺激は他のものでは味わえない。
 体に悪いからとニコチンやタールの少ないものを吸っていても、数を多く吸えば同じ事、それよりもピースを少なくすれば良い。
 それが私の言い分、そんな勝手な理論で今でもタバコを止めるつもりはなく、只本数は極めて少ない。
 人はそれ位少なければ止めればいいのにと言うが、それでも止めようとは思わないので、逆にモット強い煙草をと。
 そんな時にあの人が吸っていたパイプに興味を持ち、パイプを買い込んで吸ってみたくなり、早速買い込んだ。
 勿論有名な探偵、イギリスのあの人、パイプ姿がカッコ良く、あんな風にタバコを吸いたいものだと、それ以来パイプの虜になる。
 早速パイプを買い込む事にしたが、何を買えば良いのか分からず店員さんに聞く事に、するとダンヒルが良いとの事。DSCN1680.JPG
 そのままダンヒルを買い込み、ハイプデビューしたのだが、これが難しいのなんの、全く火が付かないのだ。
 パイプに葉煙草をつめ、火を付けるのだが直ぐに消えてしまい、長く火が持たないので何度も火を付けることになる。
 しかし何度やってもすぐに消えてしまい、その繰り返しをするばかりであったが、ある時偶然に上手く行く。
 そんな事をしている内に上手く煙草を詰められるように、すると煙草を吸う事が面白くなり、どっぷりとパイプの虜になる。
 しかしハイプを取り出してタバコを吸い出すと、周りの人がこちらを見る事に、何で見るのか分からないのだ。DSCN1658.JPG
 そんな事が何度か続くので友人にその話をすると「お前はタバコの匂いが気にならないのか」と、そして「そのハイプの煙草は匂いがきつい」と言うのだ。
 確かに言われてみればタバコの匂いは強い、自分では良いと思っていても、周りの人は匂いがきついと感じているのだ。
 それ以来パイプでタバコを吸うのは人のいない時に、それも自分の部屋で吸う事にしたが、結果はこれも出来なくなってしまった。
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2016年10月29日

動かない

    常時展示で

 

 DSCN1632.JPG瀬戸市の久米邸で常設展示していた蓄音機、エジソンの蓄音機の中でも小さい方に属するもの。
 久米邸には蓄音機が五台展示してあり、全部が稼働するもので、毎年数回演奏会を開催しているが、その時演奏するものだ。
 一番活動する蓄音機はグランドタイプの蓄音機、イギリス製の1902年製のもの、何度か整備して貰ったものだ。
 クラッシックを聞くために買い込んだもの、演奏会では活躍するが、一番重い蓄音機でもある。
 移動するのには大変な作業になり、演奏会は仕方なくおもての部屋に、重くて運びたくはないのだ。
 そんな蓄音機たち、順番に調子を見て整備はしているが、蓄音機のDSCN1634.JPG数は少ないが古時計も見なくてはならず、ツイツイおろそかになる。
 蓄音機は余り使う事が少ないために故障も少ないが、一番弱いのはゼンマイであり、これが厄介である。
 蓄音機のゼンマイは古時計のゼンマイと違ってバネが強いもの、その為に中々修理をしてくれないのだ。
 今まで修理を頼んでいた所も、高齢で蓄音機のゼンマイは修理出来ないと断られてしまい、修理する所を探している。
 今回地元ラジオ放送でエジソンの蓄音機を取り上げる事に、簡単に久米邸に展示してあるから何時でも用意できると思っていた。
 放送当日久米邸の蓄音機を取りに行き、調子を見ようと蓄音機を回したが動かないので、調べてみれば動力の革ベルトが切れているのだ。
 エジソンの小型の蓄音機、私の持っている蓄音機の中で一番小さな蠟管式のもの、これが一番調子が良かったので。DSCN1635.JPG
 演奏会でもこれを演奏するが調子よく動く、春頃に演奏して以来の出番であり、今までそのままになっていた。
 今日の放送で蓄音機を演奏しようと思っていたのに、動かないとは大変、予備のベルトを持ちに家にとって帰る。
 放送時間までに間に合うかどうか、慌てて居るのでベルトの置き場所が見つからず、益々慌てる事に。
 やっとの思いでベルトを探し当て放送局に、本番10分前に着きベルトを装着しようとするも上手く行かず、時間がないのだ。
 兎に角ベルトの装着をしないと蓄音機は動かないから、放送でDSCN1637.JPG演奏できないので、慌てる事、慌てる事。
 結局本場中にベルトをハメ、演奏する段になったが動かず、これまた必死で調整をすることに。
 幸いラジオだから、口だけは放送中であり喋べれば良いが、アナウンサーもそれを見てドキドキしている様子だ。
 ラジオであるからそんな姿は見えないが、他の人もやきもきしていたと思う。やっとの思いで何とか動く様になり、かろうじて放送は出来た。
 しかし今までで一番焦ったもので、事前に調べれば良かったがツイツイ怠ってしまい、反省する事しきり。
 古い機械物は何時故障するか分からないもので、事前のチェックをしないと、この様な事になるのだ。
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2016年10月28日

文字盤とラベル

    オリジナルかどうか


 

DSCN1525.JPG 古時計の正確な製造所の確認に役立つのは振り子室のラベルと文字盤のマーク、この二つが重要なカギを握っている。
 製造所の特定は古時計愛好家にとっては重要な事、何処で製造されたものなのかを知る上で確実に資料。
 特にこの二つはそれを物語っている証でもあり、信頼性も高いもの、その中でも振り子室のラベルは特に重要。
 ラベルには製造所のマークや所在が記入されており、その時計の出生が分かる資料となるものたのだ。
 勿論ラベルには製造所の記載がないものも存在しており、愛好家を悩ましている事も確かであるが。
 そんな振り子室のラベルは確実な証拠品、その時計の証とでも言って良いもの、だから重要である。
 何故かと言えば、文字盤との兼ね合いが生じる事もあるからで、例えば文字盤とラベルのマークが合わない時。DSCN1519.JPG
 その時計の所在を確定するのにはラベルが優先されるからだ、つまり文字盤のマークが同じであれはそれで問題はない。
 しかし現存している古時計の中には、文字盤と振り子室のラベルとが違ったものが多く存在している。
 その上振り子室の紙に製造所の所在がないものもあり、ラベルが無い時は所在確定が難しくなるのだ。
 名古屋地域の古時計には製造所の記載がないものも多く、その上文字盤にもマークが無い場合は非常に困難を要することになる。
 つまり製造所の確定が出来なくなるからで、文字盤にも無印のものであれば尚更難しくすることになる。
 そんな時に機械の刻印があればそれはそれで確定し易いことになるが、刻印のないものも存在しているからややこしくなるのだ。
 よく質問に上がって来るのは、文字盤のマークであるが、この文DSCN1198.JPG字盤、全くのオリジナルであれば良いのだが。
 現存している古時計の大半が文字盤が変わっている事、逆にオリジナルのものが少ないと言う事。
 古時計では文字盤が一番変わり易いもので、多くは張り替えられているものや変わっているもの、そんな古時計が多い。
 良くアンソニアのマークが文字盤についているからアメリカ製の古時計ですかとの質問が多い。
 しかし機械に刻印があるのかと聞けばないと言うものが多い、アメリカ製のアンソニアであれば機械には刻印がある。
 機械に刻印が無く、振り子室にも無地のラベルでは、文字盤に良く似たアンソニアのマークらしきものが付いていても断定できない。
 それ位に文字盤は難しいと思っていた方が良いと思う、それよりも信頼できるものは振り子室のラベルである。
 一番確定できるものは機械の刻印であるが、これまた機械が変わっている場合もあり、古時計の鑑定は難しいものとなっているのだ。









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2016年10月27日

なぜ名古屋だけが

    分業制が

 

DSCN1626.JPG 明治初期日本中が西洋時計の製造に躍起となっていた頃、各地で時計製造所が造られたが、その多くは一貫製造であった。
 自社で部品の製造を行い組み立てていたのであるが、大小は別にして殆どを自前で賄っていたのである。
 勿論ガラスや細かにネジなどは別として、機械から時計の箱にいたるまで自社で行っていた様である。
 当時、西洋時計は大きく分けて三つの部門から成り立っており、木製部分、金属製部分、そしてガラス部分である。
 木製部分は日本のお家芸であり、当時としても簡単に製造が出来、新たに開発する事は無く従来通り製造できた。
 しかし機械部分とガラス部分については新らしい技術であり、旧来の技術ではできない部門であった。
 その為に新たな機械を導入しなければならず、いちからのスタートであった事は言うまでも無く、苦労の連続であったと言われる。
 小規模の時計製造から始まった西洋時計製造、しかし需要を賄うためには大量に製造する事が急務であった。
 新政府の意向もあり、時計産業も大きく発展して行く事にDSCN1628.JPGなるが、其処には大量の資金も必要としてのだ。
 そんな事もあり、主要都市に時計製造所が集中した事は必然性に基づくものであったが、地方都市、新潟、高岡、姫路でも参入はしている。
 当時、西洋時計を製造する為には相当の資金が必要であったと思われ、それを調達出来るものが居たと言う事。
 やはり大都市圏に有利に働いた事は確かで、資金調達を可能にした者達が多かった事が、それを物語っている。
 そしてもう一つが消費地であるが、地方都市で製造した時計は当然の事消費地に運ばなければならないのだ。
 勿論、大都市圏で製造された時計も同じ事ではあるが、地元の消費を見てみれば歴然としたひらきがあるのだ。
 地方都市では消費する人口は明らかに少なく、大都市圏とは比べものにならないのである事、それが最大の要因であると思う。
 では他の大都市圏と名古屋地域との違いはどうかと言えば、やはり分業制の確立が運命を左右していた。
 名古屋地域の時計製造は他の地域と比べ、資材的にも賃金的DSCN1629.JPGにも有利であったと言われ、コストが安く付いた事。
 写真の時計、今津時計のものであるが、名古屋独特の時計である証拠がここにあるのだが、他地域との違いがハッキリと分かるもの。
 今津時計は組み立て会社であり、自社で機械工場を持っておらず、他社から機械やその他の部品を買い込んで組み立てた。
 機械は何処のものとは刻印がなく、名古屋地域で多く製造されたもの、他の会社も流用している機械である。
 出来上がった時計には愛知県ユニオンクロックマークが付けられており、時計の精度が保障されたものだ。
 
 
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2016年10月25日

何で値段が違う

    古時計の値段


 
 DSCN1609.JPG古時計の値段は何処で決まるものなのか、色々な店で同じ古時計を比較して見たが、何で値段が違うのか。
 そんな疑問を持っている人から聞かれたが、確かに言われる通り古時計の値段はまちまちである。
 古時計と言うものは同じ状態のものは無く、同じメーカーの同じ物でも状態が違うもの、だから一概に値段を言えない。
 勿論売り手が値段を決めているから、その本人から聞かないと何とも分からないが、大体の値段は存在している。
 例えばネットでの売買価格、今はこれが値段の基準みたいになっているが、あくまでも基準である。
 DSCN1610.JPG最近はネットでの値段で古時計の価値が決まってしまうようだが、それが適正価格ではないと思う。
 言うなれば参考価格と言う事、本来古時計の状態にあった値段を決めるもの、状態の良いものと悪いものでは値段も違って当たり前。
 状態の良いものは高くても仕方がないが、悪い状態でも良いものと同じ値段ではおかしい、しかし現実はそのようになっている事が多い。
 同じ形のものであれば高い値段に合わせ、少々状態が悪くても同じ時計だと言うのだが、そんな事は無い。
 DSCN1607.JPG状態の良いものと悪いものでは当然値段が違って当たり前、しかし同じ時計だからと高い値段で売るのだ。
 勿論買う人が居るから、この様な事がまかり通るものだが、買う方にも心がけたい事で、欲しいから買う。
 そんな衝動的な行動をしない事、少しくらい待っても良い状態のものを探す事、そんな人が多くなれば値段も下がるはず。
 古時計に限らず需要と供給のバランス、買う人が居無くなれば値段は下がり、買う人が多ければこの様な事が起こる。
 古時計愛好家は見る目を養う事と思うが、買い急がない事、今もネットで同じ時計であるが状態の悪いものが出ている。
 DSCN1608.JPGしかし値段は良いものと同じ、確かに同じ物が出ているせいで、悪い物の方が入札が少ない。
 もしも良い方が出て居なければ当然、この時計は高い値段からスタートしており、落札されるのだと思う。
 比較対象があれば一番良いのだが、一台しかない場合は本人次第と言う事になり、見極める力が必要。
 厳しく古時計を見て、売り手の罠に嵌まらないように自重したいもの、うかつな行動を慎む事。
 それが良いものを安く買う秘訣と思うが、しかしながら、この機会を逃してはと思う心もある事は確か。
 古時計愛好家の心理も複雑である事は分かる、それをぐっと我慢したいのも値段を下げる一つとなるのだと思う。
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2016年10月24日

版画の展示

    秋に相応しいもの




 DSCN1617.JPG瀬戸市の古民家久米邸、何時も季節に合った展示をしており、今年も色々な展示をして来たが、秋はヤッパリ芸術の季節。
 夏の展示を終えてからそのままになっていたので、秋の展示に切り替えようとしたが、さて何にするのか。
 そんな思いでいたが中々決まらず、ふと目をやるとそこの版画、展示するものが分からないからこれで行く事に。
 自分の持っている版画は勿論時計の版画が多く、他にも少しは違った版画もあり、それを展示する事にした。
 展示物は決まったものの、さてどれが良いのか又迷い出し、色々な版画を取り出しては見たが。DSCN1619.JPG
 あれこれと考えたがまとまらず、適当に選別する事にして、10点ほど選び額縁に入れようとした。
 額縁が無ければ展示は出来ないので、今度は額縁探し、展示用に今まで多くの額縁を買い込んではいるが、家にあるはずの額縁がない。
 頭の中では家にあると思っていたから、あちらこちら探す事にして、思い付くところを探し始めた。
 しかしお目当ての額縁が探してもないのだ、おかしいこれだけ探してもないと言う事は、何処かで使っているのか。
 頭の中で冷静に考えてみると、ハタと思い付く事に、他のDSCN1620.JPG展示に使った事を思い出し、そちらに行ってしまったのだ。
 あると思っていたのが思い違い、五つしか額縁がないので仕方なく、先ずこれに五枚の版画を入れる。
 考えたいたのは10点ほど、しかし5個しかないので急遽此れだけは展示して、後から額縁探しをすることに。
 久米邸の母屋の何時も展示している場所に掛ける事にしたが、思うような所に釘がないないので四苦八苦。
 額縁に応じて展示場所を選んでみるが、やっぱり思う所に釘がないので掛けれず、作業がストップ。
 展示とはこんなもので、何時も展示が上手く進行しないのであるがDSCN1616.JPG、計画がずさんな事は明らか。
 思い付いたら計画どころではなく、感覚的に行動するのが私、思ったら直ぐに実行するから、トラブルも常にある。
 トラブルは当たり前の事だと思っているから、別に慌てはしないが、展示の進行はストップする。
 今日も中途半端で展示はストップしたが、それはそれで良いと思う、何故ならばこれが正しい展示であると思っていないからだ。
 何時も適当に展示して、それよりも実行する事が先、そしてまた展示を変えれば良い事である。
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2016年10月23日

ネットの落とし穴3

    便利だけど

 

DSCN1598.JPG 古時計愛好家から良くこんな質問が寄せられるが、それはネットで今出ている時計に付いて教えて欲しいと。
 私のもとによくこんな質問が、「今出ている時計の写真ですが、それを見て教えて下さい」と言うものだ。
 ネットに出品されている時計を落札したいが、本当にこれで良いのかと不安で、是非教えて欲しいとの事。
 会員の方からもこの様に同じような問い合わせがあり、その都度お答えはしているのだが、ネットの写真は良くないものも多い。
 古時計は特にオリジナルのものかどうかと言う事に拘る人も多く、写真に写っているものはこれで良いのかとDSCN1600.JPG
 つまり写真に写っている部品はオリジナルのものなのか、自分では分からないから、それが知りたいと言う事である。
 会員さんにしろ、友人にしろ、欲しい時計であれば是非とも落札したいと思う、それは私も同じようだ。
 良いものがネットに出ていれば、ツイツイそれを見て欲しいと思うのは人情、私も幾度となくあるからだ。
 しかしそのような時には冷静の写真を見ないと失敗するもの、私も過去に何度か失敗をしているからだ。
 欲しいと言う欲求と安いと言う誘いに、ツイツイと手が出、人に取られまいとして焦り、写真をよく見ていない。DSCN1599.JPG
 そんな時程良くないものを落札してしまい、届けられた現物を見てガッカリする事に、そしてネットの写真を冷静に見ると、欠点がハッキリと写っている。
 しかし、その当時はネットに夢中で、其処まで気が回らないのと、欲しいと言う欲求が強すぎてしまう。
 そんな人間の心理を良く知っている出品者は、そこを上手く突き、写真をぼかしたり、怪しい部品の所は写さない。
 見る方が勝手に想像するような写真の撮り方をしており、それにまんまと嵌まってしまうのだ。
 DSCN1605.JPG現物を見れば直ぐに分かるものでも、ネットであればそれは分からないから、想像するしかないのだが。
 欲しいと言う心理が邪魔をして、冷静に判断が出来ないから、怪しいと思っても欲しいと言うのが先に立つ。
 そこを上手く利用され、とんでもないものを落札することになるのだが、それも自分の失態である。
 確かにネットは便利なものであるが、逆に言えば相手を信用するしかないので、一つ間違えば失敗する事になる。
 これも自己責任と言う事なのか、相手を信用しないと何もできないのもネット販売の裏、如何信用するものなのか。
 写真は機械を取り出したもの、一見正常に見えるがよく見るとおかしく、それは機械が壊れており、バネも切れていて使い物にならないもの。


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2016年10月22日

金の草鞋を履く

    ことわざのたとえ


 SANY4376.JPG古時計を探し求めていると色々な事に出くわすが、運の良い時は思わぬ出物の古時計を見つける事もある。
 思いがけない時計を簡単に見つけ出す事もあり、長い間探し求めていたものが見つかる事も、それも運だけなのか。
 確かに古時計は何処にあるものなのか見当もつかない事、各方面に情報提供を要請して探していても見つからない時も多い。
 いくら探し求めても手に入れられない時は焦っても無駄みたい、ジックリと運が向いてくるまで待つしかない。
 不思議なもので縁のない時計は存在すると思うが、人はそれを運と呼び、運が無ければ手に入らないと。
 求める時計はハッキリとしており、姿かたちもよく承知しているが、何せ現物に出くわせない、何でなのかと思う時も多い。
SANY4595.JPG 私の経験上、古時計には相性と言うものが存在していると思う、相性が合わない古時計は手に入らない。
 幾ら追い続けても目の前まで来ていて、するりとすり抜けて行き、自分の手元に入らない、そんな事がままある。
 運と言うものなのか、それとも相性が悪いものなのか、何方にせよ手に入らない事だけは確か、不思議でならないのだが。
 その逆に相性のよい古時計は向こうからやって来るから不思議、探し求めている事は確かだが、偶然にもよって来るから不思議なものだ。
 人に良く言われるものに中條勇次郎製造の時計がそれ、私にはこの時計と相性が良い、今までに三度も出くわしているからだ。
 他の人が血眼になって探していると言うが、何故かしら私のもとにやって来るから、相性なのか、運なのか。SANY4453.JPG
 よく言われるものに「金の草鞋を履いてでも探せ」と、諺ではないがそれ程にしなければ手に入らないと。
 別に年上の女房を探す訳ではないが、貴重なものを探すのにそれと同じような事だと、たとえ話として聞く言葉。
 この時計を探し出すのに遠方にも良く出かけたもの、何でそこまでして探すものなのかと、人から良く聞かれるのだが。
 「金の草鞋を履く」だけの価値のあるものなのかと、単なる普通の古時計に、そこまでする必要があるのかとも。
 価値観の違いはあるものの、古時計愛好家なら1台は手に入れたい時計があると思う、それが究極の古時計と思う。
SANY7200.JPG その為にはやはり金の草鞋を履いてでも探す価値のある古時計と思うが、しかし中々見つからないのも現実の世界だと思う。
 簡単に見つからないからこそ、見つけてやりたいと思う人が多いのも、この時計ならではと考えるが、事実なかなか見つからない。
 見つからないと言うよりは、製造数が極端に少ない物は探しても見つけにくく、果たして現存しているのかと思う事になる。
 貴重な古時計であればあるだけ、諺通りに金の草鞋を履いてでも探し求めるのだと、古時計愛好家は思うに違いない。
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2016年10月21日

蕎麦切り発祥の地

    発祥地と違う


 
 SANY2905.JPG以前にも蕎麦切りについて何度か書いたが、その中で木曽路の定勝寺が日本で一番古い蕎麦きりの発祥地と書いた。
 勿論現在正確な記録とて信頼できるものは常勝寺の古文書であり、それ以前の記録は無いのだ。
 そんな事を書いたものが間違いであると指摘があり、ある人からのものでそれによると雑誌に書いてあったと言うのだ。
 その雑誌とはある漫画の中に出てきるもので、文献にも出ていると言うのだが、その漫画は私も見ている。
 確かにその漫画には京都が伝わった蕎麦切りが、街道を伝わって木曽路の常勝寺に伝わったと書いてあった。
 あの漫画の作者はある文献に基づいて書いているものだが、その文献が正しいとは分からないのだ。
 SANY2861.JPG今までにも色々な人が、色々な説を唱えて来たが、これと言った立証する文献は無く、確実な証拠とはなり得ないもの。
 そんな中、常勝時の古文書は疑いのないものであり、確実に当時蕎麦切りが存在している事を立証しているもの。
 現在の所一番信用出来るものであり、これは打ち消しようのない事実として存在しており、それより古い文章なりが出れば別。
 無論、蕎麦自体は中国よりの渡来であると言われ、誰が何時日本に持ち込んだものなのか、証拠はないのだ。
 遣唐使の時代に伝わったとする説、当時の修行僧が中国よりもたらしてものと言う、しかしその年代はハッキリしない。
 SANY0596.JPGしかしその時代の蕎麦の食べ方と、現在論議している蕎麦切りとは別の話しと思うが、蕎麦切りに関してのもの。
 漫画の中では京都で修行僧が編み出したものとしているが、それもあくまでも推測の域を出ないものだ。
 確かに僧侶によって齎された蕎麦ではあるが、それが京都で蕎麦切りになったとは言えないと思う。
 これも私の考えであり、立証するものでは無いが、常勝寺説を打ち消すものでは無い事だけは確か。
 そもそも蕎麦切りは信州が発祥地とか、大阪が発祥地とか、京都とか色々とりださされているが確証がないとも言われる。
 そんな中、常勝寺説が一番信用出来るものとされ、現在に至っているもの、今後も新たな資料が出て来るかも知れない。SANY0594.JPG
 いずれにせよ一番古い資料は1500年代であるが、これからそれ以上に古い資料が出て来ることも。
 まだまだ蕎麦切りの真の姿は解明されておらず、研究者によって明らかになる日は遠くはないと思う。
 現在我々が食している蕎麦切りはたかが500年ソコソコ、それに比べれば渡来してから進歩が遅いものだ。

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2016年10月20日

誤字脱字

    毎日ある事



 DSCN1583.JPG恥ずかしい話しだが毎日書いているブログ、何時も誤字脱字が多くあり、ある人から「戸田さんもっとチェックしないと」と言われてしまった。
 自分でも分かっている事を人から言われると、恥ずかしさが倍増し、跳ね返って来るもの、確かにその通りだ。
 自分流にパソコンを打つのでキーボードを間違えてしまい、よく誤字脱字を見逃しているのだと思う。
 その人曰く「必ずチェックしてから出さないと」と指摘、勿論そんな事は理解しているつもりだが。
 それでも同じ事を繰り返しているのは何故、自分でも打ちDSCN1579.JPG込んでからチェックはしているが、それでも見逃している。
 おかしなもので頭の中では分かっていても、手が他のキーボードをたたいているのだ、今では癖になってしまった。
 自己流で長い間キーボードを打ち続けていると、それが身についてしまい、間違いを起こす原因だと思う。
 パソコンを習い出したころ、パソコン教室には通わず、見よう見まねで覚えてしまい、現在に至っているのだ。
 教室に通っていればどのキーはどの指で押すのだと教えて貰えるが、それが私には出来ないのだ。
 自己流とは恐ろしいもので、何度か人から指摘されたが、それでもDSCN1581.JPG直らないのは、身に付いてしまったせいだと思う。
 友人からも「よくそんな打ち方で今まで来れた」と嫌味を言われてはいるが、直そうとも思わないから。
 今更直らないとも思っているからだと、自分で分かっているのは、「て」と「た」のうち間違えだ。
 これは毎日と言って良いほど行ってしまい、読み返した時も自分では「て」と打ったつもりなのだ。
 しかし指摘されてからよく見ると「た」と打ち込まれているのであるが、自己流の成せる事だと思っている。
 そしてもう一つが「ね」のキーボード、これも良く間違いを起こすキー、シフトのキーを押してはいるが、押し方が甘くて「ね」になっているのだ。
 読んでいる人は何でここに「ね」があるのかと不思議に思われるのだと思うが、単純なミスである。DSCN1580.JPG
 それも良くある事で、チェックして直せば良いのにと、その通りであるが、これでもチェックはしているつもり。
 おかしなもので自分では正しく打ったつもりだから、チェックしても見落としてしまい、結果は恥をかくことになる。
 しかし人間おかしなもので、余りにもよくある出来事だと、自然に慣れてしまい、またかと思ってはいるが直らないのだ。
 言い訳をすれば、毎日時間に追われて書いているから、結局チェックしないままにアップしてしまうのだ。
 情けない話であるが、自分では「くせ」で仕方がないと思っているので、今日もまたやってしまったようだ。









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2016年10月19日

珍品は何処で探す

    難しい質問だ

 

DSCN1400.JPG 珍品とはどんな時計なのか、そんな質問も多いが定義は無いと思うが、珍しいから珍品と言うだけの事と思う。
 何処が珍しいのかと言えば、製造した会社であったり、形が他とは変わっていたりと、普通ではないもの。
 通常のものとは違ったものを珍品と言うのだと、そんな事を思っているが、それも自分の感覚かも知れない。
 珍品の定義は無いと言われており、これが珍品だと言うものは機構が変わっていたりして、普段見た事のないもの。
 数が少なく、あまり見かけない時計であるから珍品、まあそんな程度の事で珍品時計とされていると思えば良い。
 あるところで私が珍品時計として説明をしていたら、「何処が珍品なのか、全く他と同じだ」と言われた事がある。SANY0529.JPG
 その古時計は単なる八角の時計、説明して居る時も不思議そうな顔をして聞いていたが、やっぱり質問して来た。
 何処が珍品時計だと、確かに普通の時計であったから、見ていた人は当然その様に思っても仕方がない。
 この時計を製造した会社が短期間で製造中止して、さほど数を製造していない、だから現存数が極端に少ない時計。
 余り見かけない時計であるから珍品と説明したが、それが理解できないと言うのだが、それも無理からぬ事。
 時計を知らない人には理解して貰う事は難しい事、現存数が少ないだけで何で珍品か、それが分からないと。
 実際にこの時計を探して見れば少しは理解出来るであろうが、こちらが苦労して見つけたものでも、現場に居なDSCN1075.JPGいからだ。
 探した者しか分からない事もあると思うが、探し続けてやっと見つけた時計だから珍品時計と思いたい。
 誰が見ても確かに他とは違った形をしていれば分かり易いが、形は全く一緒であれば理解し難いものと思われる。
 ではそんな古時計を何処で探すのかと、そんな質問も又多くあり、何処で探すのかと言われても、ここで探すのだとは言えない。
 当たり前の事で、ここに行けば珍品時計があると分かっていれば良いのだが、そんな事は全くと言ってないのだ。
 何処にあるかの分からないのが現実、だから古時計愛好家は、それを探すためにあちらこちらを探し続けるのだ。
 犬も歩けば棒に当たるの例え、あちらこちらを探し求めるからこそ見つかる事も、それしか珍品時計を見つけるコツは無いと思う。
 SANY4747.JPG簡単に見つける方法があったら、私が教えて欲しい位であり、そんなものは無いと思うが、それ位苦労して探すものだと思う。
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2016年10月18日

鳩が鳴かない

    なんだか変


DSCN1577.JPG 我が家の古時計達、順番に動かしいるが数が多いために全部を動かすのに時間が掛かり、どれから動かすのかも決めていない。
 手元に近いものから動かすようにしており、必然的に遠いものは遅くなることに、それでも一年には何回かは動き出すことになる。
 現在掛時計だけで260から70台はあり、後は分散しているから、それらも動かす事に、やはり時間が掛かる。
 そんな訳で動かしてみて古時計の調子が分かる事に、掛けてある状態では古時計の調子は分からないから、やはり動かして見ないと。
 動かして見てその時計の状態を知ることになり、故障しているものも発見するが、自然にバネが切れている事もある。
 DSCN1574.JPG古い物であり、当然故障もする事になるが、何もしないでもバネが切れる事も、金属疲労であるのだと思う。
 勿論今までにも動かしていたものもあるが、耐用年数を過ぎているから、バネは自然と切れることになる。
 バネだけではなく色々な部品が老朽化しているもので、扉の開け閉めで丁番が切れてしまう事も良くある事だ。
 特に上下のガラス枠の丁番が壊れやすくなっており、錆びついていたのもを無理して動かしたために壊れてしまう事も。
 真鍮製の丁番は錆には弱いから、もろくなって破損してしまう事も良くある事、古時計は何時故障してもおかしくはないのだ。
 DSCN1576.JPG階段に掛けてある鳩時計を動かす時期に来たので、錘をかけて動かす事に、鳩時計は錘を外しておけば動かない。
 ゼンマイ式でないために錘を掛けなければ動かず、バネが疲労する事もないのだが、錘を常時掛けておかないのだ。
 鳩時計の錘は思っている以上に重いもの、特にドイツ製の鳩時計の錘は重くて、国産のものよりも重いのだ。
 その鳩時計を動かしておいたが嫌に静か、振り子が動く音しか聞こえないので変だとは思っていた。
 すると妻が「この鳩時計鳴かないよ」と言うので、その時おかしいと気付き、調べてみたが分からない。
 DSCN1573.JPG外から見ただけでは分からないから、当然機械をバラしてみないと原因が見つからない。
 鳴かないと言う事はふいごが原因、先ず指針を外して、裏蓋を開け機械を見ることになる。
 鳴かないと言う事はふいごが破れているとしか思えず、ふいごを外して見ると両方のふいごの紙が破れていた。
 ふいごの紙は時間が経てば折り目から裂ける事があり、今回のものも見事に折り目が裂けているのだ。
 鳩時計に一番多い原因の一つ、ふいごの紙は年数が経てば折り目から破れるのが常、鳩時計の宿命でもある。
 破れた個所を和紙で補強するが、ノリが渇くとその部分が固くなり、ふいごが上手く動かなくなることも、これも頭の痛い問題でもある。
ふいごの紙が破れるのは仕方がない、しかし修理するのにも神経を使うことになり、それが古時計でもあるのだと。



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2016年10月17日

アメリカ製の時計

    どの会社が古いの



 
 DSCN0942.JPGアメリカ製のボンボン時計が日本に輸入されて140年チョットになるが、それ以前にも入って来ているかも知れない。
 ある本には幕末にすでにボンボン時計が長崎から入っていると、そんな記述もあるにはあるが、事実は不明である。
 勿論可能性としてはあるが記録としては無いので何とも言えない、しかし無いとは言えないのも現実か。
 そんな事を思いながら今まで古時計を探し求めて来たが、ある段階から疑問が湧いて来て、アメリカの時計は何処の会社が一番古いのかと。
 日本に明治期にアメリカから入った来た時計は7社、その中で一番古い時計製造会社は何処だと、それが知りたかった。
 今でもこの質問は一番よく聞く事、大概の古時計愛好家から聞かれる事、その都度答えているものだが、その生い立ちはあまり知られていないDSCN0945.JPG
 もともとアメリカの時計製造会社はヨーロッパの時計をモデルとしているから、時計産業としては当時は後発であった。
 ヨーロッパでは人件費が高騰して、製造コストが高くなり出してのでアメリカで製造し始めたと言うのだ。
 とくにイギリスからの独立をして、時計製造会社をアメリカで立ち上げたのだと言われおり、本国のイギリスよりも安価な時計を製造したと言われる。
 それがアメリカ製のボンボン時計だと、そして本国イギリスに低価格で輸出されて行く事になったと言うのだ。
 これと良く似たのがドイツとスイス、勿論ヨーロッパ全体の動きでもあるが、同じよな事が起こっているのだ。
 ドイツも同じように人件費の高騰により隣のスイスに製造拠点を移す動きおするが、掛時計ではなく置時計や小型の高級時計。SANY7281.JPG
 特に懐中時計や腕時計が中心のようであったと言う、アメリカのボンボン時計とは少し形態は違っていても、結果は同じで人件費の安い所に拠点を移す。
 この様な時代背景がアメリカ製のボンボン時計であり、それらのきゃう式の時計が明治維新後、日本に大量に入って来た。
 ちょうど其のころに誕生した時計製造会社、それがニューヘブン、ウォーターベリー、そしてウェルチ、これらが誕生している。
 それより以前にアメリカで誕生したのがセストーマス社、この会社が一番古いとされており、1813年創業と言う。
 日本で良く知られているアンソニア社は、これらの時計製造会社よりも遅く誕生している会社である。
 セストーマスが一番古くて、しかも明治維新の時、日本に輸出されたアンソニアは、当時後発であった故に日本向けに力を入れていた。
 その上、後発がゆえに生き残りをかけて時計を製造しており、激戦の中活路を東南アジアに向けた様である。
 アメリカ本土ではセストーマスや他の時計会社と対抗するのには力不足、その為に是が非でもアジア向けを成功させたかったようだ。
 日本ではアンソニアが一番有名になってしまったようだが、それはアメリカ本土での時計製造会社の位置付けが大いに関係しているようだ。





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2016年10月16日

ジャンク品

    部品が足りない

 

DSCN1531.JPG 古時計愛好家が探し求めている時計は様々、色々な種類の時計が存在しており、どれを集めるのかは本人次第。
 安くて直ぐに手に入る古時計もあれば、中々手に入らない古時計もあり、それが愛好家にとっては難題でもある。
 簡単に手に入る古時計は物足りないと思う人、簡単に手に入るものを多く集める人、これも本人次第である。
 しかし愛好家は人の持っていない古時計を探したがり、特に珍品の古時計を求めてもいるが、簡単には無いのだ。
 そんなに簡単に手に入るものは珍品とは呼ばれないもの、中々手に入らず苦労して探すところに意味があるとDSCN1527.JPGも。
 確かに簡単に手に入るものであれば探さなくても良い、だから興味が湧いてこないと言うが、私はそうでないと思う。
 簡単に手に入るから、そんな古時計は良くないと思うのは誤解で、別に簡単に手に入っても良いものは良いのだ。
 何処が良いのかと言えば、古時計は時代を生きて来た時計であり、それなりの生い立ちを背負っているものなのだ。
 何処の家庭にも存在して居た古時計も、今となっては時代の証人であり、苦難の道を生き残って来たもの達。
 戦争であったり、地震であったり、火災であったりと色々な災害からも生き延びて来たもの達である。DSCN1529.JPG
 数が多いから良い古時計ではないと思うのは間違いだと思うが、それは考え方次第でもあると思う、良い古時計とは。
 よくジャンク品としてネットに出て来る古時計、つまり完品ではないものを言う、部品が足りなかったり、動かなかったりするもの。
 それは程度の状態にもよるが、簡単に直るもの、部品が足りないが直ぐに手に入るもの、簡単に修理できるもの。
 色々な状態のジャンク品があり、一口にジャンク品と言っても様々な状態のものが存在しているから、それを見極めるのも一つだと思う。
 和時計のような古時計は部品が足りなければ簡単には直らないので、幾ら安くても買い込まない方が良いと思う。
 DSCN1528.JPG現在部品を造る人も少なく、造って貰うにしても非常に値段が高くなってしまうから、直す事も難しいのだ。
 ボンボン時計みたいなものは部品がまだあるから、多少のないものでも修復は可能、時計によっては直るものもあるのだ。
 しかし自分で直せない人はジャンク品を安いからと言って買わない方が良い、後か苦労するだけである。
 自分で修理出来ない人は完動品を買った方が賢明で、ジャンク品には手を出さない事、安い物には危険性をはらんでいるから。


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2016年10月15日

ゼンマイと錘

    良く分からない


 

 SANY0938.JPG古時計は何で動くものなのか、良く展示会で聞かれるのは「何で動くのですか」と言う質問、殆どの人が聞くのだ。
 無論若い人に多い事は当たり前、年配者は動力が何かは知っているから、聞く人はいないが、若い人は何で動くか不思議に思う。
 時計は電池が電気で動くものと思っている現代人、ゼンマイと言われてもピンと来ないのは当然の事だと思う。
 ゼンマイがどんなものなのかも知らない人が多くなってきた今、古時計の動力がゼンマイだと言ってもそれすら知らないのだから。
 前にも話したが、ある若い人が同じ質問をして来たので「ゼンマイで動きます」と説明したが、「ゼンマイとは何ですか」と帰って来るのだ。
 彼らはゼンマイを知らないから、ゼンマイと言われてもやはりピンと来ないらしく、ゼンマイの説明から入らないといけないDSCN1565.JPG
 ゼンマイとは薄いばねを丸めたもの、細長い板状のバネを丸め、それが戻ろうとする反動で歯車を回すのだ。
 細い板状のバネが小さく丸められ、その為に元に戻ろうとして反発して、逆回転をし出す、これを繰り返して時計の動力としている。
 バネを丸く巻いた姿が植物のぜんまいの形に似ている事から、ゼンマイと呼ばれているという、これが動力。
 大抵のボンボン時計にはこのゼンマイが付いており、動力としているから、古時計にはこれが付いているのだ。
 時計の文字盤下の方に小さな穴が二つ付いているが、その穴に鍵を入れて巻、時計を動かすのである。
 普通は文字盤が付いているから、このゼンマイを見る事は出来ないが、時計を下から眺めれば左右にバネ状のものが見えるから、それがゼンマイ。
 SANY8672.JPGもう一つが錘で動くもの、古時計には錘を動力としているものもあり、ゼンマイと同じ働きをしているのだ。
 ゼンマイが付いている時計と同じく、その部分に少し太いドラム状のものが付き、そのドラムに紐を巻き付けるが、紐の先には錘が付いている。
 つまりゼンマイと同じように鍵で巻くと、ドラムに紐が巻かれて上がって来るが、錘が重いので下に下がろうとする。
 するとドラムは錘に引っ張られて逆に回り出す、ゼンマイと同じ戻ろうとする力を利用しているのだ。
 仕組みとしては簡単なものだが、これがゼンマイよりも正確に時計を動かすのだが、見た目には原始的である。
 錘を巻き上げる所を見た人も、巻き上げているドラムの中にゼンマイがあると思っている人もおり、ドラムには何も入っていないと言うと。DSCN1571.JPG
 「何で動くのか分からない」といい、ゼンマイから頭が離れないので、何時もここで分からないと言う事になる。
 その都度機械の構造を見せるために文字盤を外して展示をしているのだが、それでも中々理解してもらえないのだ。
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2016年10月14日

古時計とは

    古時計の範囲は


 

 DSCN1346.JPG古時計、古い時代の時計を指す言葉であるが。古いとは何時の時代の事を言うのか、そんな疑問を持っている人。
 実はこの問題は深い意味があり、何時の時代の時計と言う定義は無く、今までにも色々と論議がなされて来た。
 一概に古時計と言っても範囲はすこぶる古くて、事実古時計は機械式のものが1300年代から製造されていると言う。
 これから意味するものは、古い時計とは何時の時計の事を指す言葉であるか、この論議が出る元とも言える。
 古いとは、古いから古いと言うが、時代が全く違ものに、古いとは比較にならず、1900年代でも古いのだと。
 そんな事で何処で線を引くものなのか、今までは喧々諤々の論争があった事も事実、そんな事は兎も角も大体で良いと。
 格式ばった論議はさておいて、一般的に古時計は明治維新後日本に入って来た時計を指す、そしてその後に輸入され、多くの時計が日本に入り、それが現在まで現存している事実であること。
DSCN1549.JPG 日本古時計保存協会の会員の中でも、この論議は続いており、ことある毎に問題定義されるが、結論は出ていないのだ。
 出ていないと言うよりも、大まかな範囲は以前からも存在はしており、製造されて100年が大まかなもの。
 つまり百年経てば古時計と扱っても良いのではと、そんな大まかなくくりであるが、判断しているのだと思う。
 勿論、線の引き方は人によって様々、何故かと言えは会員さんの中でもね昭和の時計を古時計としているからだ。
 彼らに言わせれは、昭和と言えどもすでに80年を過ぎ、これも列記とした古時計であると言うものだ。
 確かに昭和も遠くなり、1925年からであるから、正式には90年を越しているのだから、古時計で何がいけないのかと言うのだ。
 これは今までの感覚では昭和はすぐそこであったと、そんな感覚であった事は確か、しかし現実には90も経ってしまい、月日は流れている。
 その上会員さんの中には、昭和の時計を集めている若い世代が多くなり、我々ロートルチームとの年齢差も。DSCN1548.JPG
 面白い事に会員さんの高齢は90歳の人から10代の人まで範囲が広くて、この問題を深くしている原因でもある。
 よく言われる様に、昭和の時計は古時計ではないと、そんな言葉に若者も反論するので、歳の差をつくづく感じる。
 現実的に古時計が幅広く愛好されれば良いと思っているもので、私は古時計を広めたいとも思っているから、定義にはあまり拘らない。
 若い人にはどんどんと古時計を集めて欲しいと思うが、古時計の定義よりも、実践が大事であると思う。
 そなん意味も含めて、これからも古時計論議を進める事は良い事でもあり、只の線ひきだけでは解決しないと思う。
 定義は定義として横に置いて置き、実際に古時計に興味を抱く人を多くする事こそが、古時計を後の世に引き継ぐことが出来ると思う。
 やはり興味を持って貰うためにも、展示会を多く開催して、古時計の魅力をアピールする事が、大事だと思っている。
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2016年10月13日

今頃になって

    我が家のトマト

 

DSCN1557.JPG 暑い夏がやっと過ぎ、これからは涼しくなってくると、何だかわくわくする季節到来、涼しいのは良いのだ。
 兎に角暑い夏は苦手であり、涼しい方が良いに決まっているが、寒いのもまたいやでもあるのだから。
 ムシの良い話、日本は季節がハッキリしていると言われているが、最近の夏は暑すぎるから、それが一番の悩みで暑いのは苦手。
 毎年我が家ではトマトを栽培しており、栽培と言ってもプランターで苗木一本、たいしたことはないものだ。
 トマトを植えてから新鮮なものが食べられ、スパーで買って来るものと違いは歴然、旨さが違い過ぎる。DSCN1553.JPG
 店で買って来るものは完熟ではなく、青いまま出荷され途中で熟れて行く、店頭でも進行形のもの、だから美味しくないと思う。
 しかし我が家で食べられるものは完熟トマト、食べごろは自分で決められるから、旨さも格別なもの。
 産地直送の食べ物と言って良いもの、当たり前のこと自家栽培であるからと、そんな事を思いつつ毎日食べるのだ。
 一本の苗木であるから、そんなに多く収穫できる訳もないが、それはそれで良いと思っている。
 大DSCN1554.JPG量に収穫できれば逆に処分に困り、毎日多く食べないと消化できなくなり、それは無理な話である。
 そんな訳でプランターに一苗植えて栽培する事に、それ以来毎年一本を植えては収穫して食べて来た。
 トマト嫌いの孫も、このトマトだけは食べ、完熟のトマトの美味しさを知っていると思い、だから自然に食べると思う。
 今年は少し遅く植えたので収穫も遅かったが、9月に入り収穫でく無くなり、そのまま枯れてしまうものと思っていた。
 しかし自然の力は凄いもの、先が折れ回ってからが以外、そこからグングンと伸びはじめ、その先に実を付けだしたのだ。DSCN1555.JPG
 もう枯れると思っていたトマトの苗、先も折れてしまったからと、それが今年の暑さと苗の強さが合いまった。
 思わぬ状態で成長し、現在でも実を付けており、盛んに完熟のトマトを生産している感じである。
 これには驚きで、トマトとはこんなに力強い生き物であるかと思うが、そういえばトマトは逆況に強い植物と言われる。
 今は通路を妨害してとうせんぼ、トマトの下をくぐるしかないが、折角実をつけて頑張っているからとそのままに。
 まだまだこれから頑張るつもりらしいが、それにしても頑張り過ぎではないのか、先はまだまだ伸びようとしている。
 実も一杯ついているから不思議、何時まで続けて実をつけるものなのかと思うが、先をつまんでやれとも言われている。


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2016年10月12日

ライバル同士

    目的は同じだが



 
DSCN1507.JPG 古時計愛好家にとってライバルとは何ぞや、そんな問い掛けにどの様に答えるか、色々な答え方があるのだが。
 古時計を集めている同士が仲が良いかと言われれば、非常に難しく微妙な立場同士、何故ならば同じ物を求めているから。
 どちらが先に目的の時計を手に入れるか、内心では負けまいと努力するもので、それが力となっている事も確か。
 同じ物が欲しいと思えば、当然の事ぶつかり合うことになるもの、負けまいとしてお互いに頑張るのである。
 勿論喧嘩する事は無いが、時としてぶつかり合う事も、求めるものが一つの場合はどちらかが負ける事になるからだ。
 過去にも色々とぶつかり合いをして来たもので、我先にと抜け駆けをされた事もたびたび、先を越された事もある。SANY0370.JPG
 長い間古時計を追い求めていると、知らないうちにライバル同士になり、意識しあうことになってしまうものだ。
 彼には負けたくないと、そんな思いを抱く事も当然あるが、それが無ければ活力も湧いてこないと思う。
 私の友人も同じ物を求める仲、何方が先に見つけ出して、相手の目の前に差し出す事を思いながらね古時計を追うのである。
 仲が良いから尚更の事、情報も早い者勝ち、何処で情報を入れるのかも、勝敗を分けるものだから、秘密裏に実行する。
 しかしお互いに知り尽しているから、直ぐに情報が漏れてしまい、先に行ったものが勝つことになる。SANY0529.JPG
 そんな事で自分が手に入れられなかったものが、いくつか存在しており、時ある毎に譲れと言い続けているのだ。
 彼もまた同じ事で、私の持っているものを譲れと、お互いに欲しいものを持ち合わせているかから、厄介な事になっている。
 面白いもので、今までに競い合って来たが、五分五分と言った感じ、お互いにその様に思っているのも面白い事だ。
 最近では、彼がこのところ調子が悪くて、思うものが手に入らずイライラしているが、逆に私は順調に進んでいる。
 そんな訳で彼は「何でお前だけが調子が良いのだ」とひがむ事しきり、これも持ち回りと思うが、過去は私の方がその様に思っていたからSANY0866.JPG
 こんな関係が現在も続いており、お互いに何時まで続くものなのかと、そんな事を言いながら今日も古時計を探しているのだ。
 勿論彼が居なかったら、ここまで古時計を追い求めなかったと思う、ライバルが存在している事で、前に進む意欲が湧いて来るのだと思う。
 ライバルとはそんな関係の間であると、私は理解しており、お互いに良きライバルだと認識している。
 相手があってこそ、負けまいとして頑張るので、相手が居なくなってしまっては、それが出来ないと思う。
 ライバルが存在してこそ、現在も元気に古時計を探し回れるもので、逆に感謝しなければならないのかも知れない。
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2016年10月11日

小さな蕾の記事

    毎月一回

 

DSCN1515.JPG 小さな蕾に私の原稿が載るようになってから3年、早いものでもう3年になると思うと、良くここまで来たと。
 はじめは1年も続かないと自分でも思っており、如何して原稿を1年も書けられるのかと、不安が一杯であった。
 確かに今まで原稿は書いては来たが、連載ははじめての事、それも毎月、毎月違った原稿を書かなければならない。
 そんな事が自分に出来るものなのかと、しかし引き受けてしまった以上書かねばならないので、無理して書いていた。
 大体自分が引き受ける方がおかしいのだが、その時は簡単に書けばよいと、軽く考えていたのだ。
 今までも書いていたのだから、そんなに長い文章でもないし、テーマが決まっているから難しくないと思った。
 記事を書きだしてから4、5回は順調に進んだが、その後から次第にDSCN1516.JPG文章が出なくなり出し、7回目からは全く出ないように。
 書いているうちに、この文章は前に書いたような気がするし、このくだりは前と同じ、これも同じような表現と、あれこれおもいだした。
 前と同じようなものを書くわけには行かないと、そんなふうに思いだすから、当然文章が続かなくなるのだ。
 一端文章が止まってしまうと、次に出て来る文章が思い浮かばず、ぱたりと止まって後が出てこなくなる。
 こうなると文章どころではなくなり、今まで書いた文章を読み返しては、ここが同じ様だとか、この例えは全く同じだとか、次から次に気になってしまう事に。
 そして他の人の文章を読んでみると、私の表現よりは的確に其のものを表現している事に気が付くのである。
 自分の文章はこれで良いのかと、この人ほど上手く書けないとDSCN1517.JPG、そんな事を思うと益々文章は浮かんでこない。
 そんな時程、つくづくと小説家は大したものだと思いはじめ、何であんなに長い文章が次から次へと出て来るものなのか。
 共て私には出来ない事で、それも連載しているとは、やはりプロは違い過ぎると、思ってしまうのだ。
 そして文章校正も気になり出し、古時計の説明が簡単すぎるのではないか、もっと変わった表現は出来ないのかと。
 次から次へと課題が浮かんで、ピタリと文章が書けなくなり、当然締め切りは近くなり出し、絶体絶命のピンチに。
 そうなると、もういけないのだ、文章どころではなくなり、時間が気になり出し、早く書かないと間に合わない事に。
 人からはたかが短い文章がそんなに難しいのかと、そんなふうにDSCN1518.JPG言われてしまい、益々気落ちする事になるのだ。
 短いが故に、あれも書かなければ、これも入れなければと、焦れば焦るほど文章がバラバラになる。
 結果は締め切りギリギリになんとか書き上げるのだが、そんな文章は面白く無い筈、それを読んで貰うのだと思と益々落ち込むのだ。
 兎に角落ち込んでしまうと文章もメロメロに、まとまりの付かないものとなり、バラバラな綴り方になってしまうのだ。
 やっぱり素人が良い文章を書こうと思うのが間違い、自分なりにその事を十分承知して居れば、素人らしいものが出来る筈と思っている。



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