2016年11月30日

修理の難しさ

    自分で直すも


 
 DSCN1710.JPG古時計は故障がつきもの、どんなに調子が良い物でも時代が過ぎている事、つまり時が経っていると言う事だ。
 毎日使い続けてきた古時計、古い物は明治初期に買い込んだもの、それから100年以上経っている。
 当然故障して当たり前、毎日、毎日動き続けたために摩耗しているので、故障が度々起きる。
 古時計愛好家にとって故障は大敵、自分で直せなければ修理して貰うしかないが、修理代も大変である。
 一台であればそれはそれで良いのだが、何台か修理するとなると意外に修理代が高く付き、ビックリするほどになる。
 以前私も気前良く古時計を修理を出していたが、ある時修理DSCN1576.JPG代が10万円を越している事にビックリ、何でそんなになるのかと。
 確かに一台であれば修理代も1万円位で済む、しかし10となるとそんな訳には行かなくなるのだ。
 数と言うのはそれだけ重いと言う事、その時から自分で直せるものは直すと、自覚して今日に至っているのだが。
 しかし自分で直せる範囲は限られている事も確か、大きな修理は当然時計屋さんに直して貰うほかないと思う。
 機械に詳しくない人も多いと思う、そんな人達はヤッパリ時計屋さんに修理を頼むしかない。
 自分で直したくてもそれが出来ないから、古時計を集めると言う事は修理があると言う事を覚悟しなければならない。DSCN1574.JPG
 今回の古時計もそんな事で修理をしているが、これが難題であり、何度も修理しているが今だに直ぐ止まるのだ。
 この鳩時計、以前にも時計屋さんに修理して貰ったが、中々こちらの思うようには動かないのだ。
 ドイツ物の郭公時計、手に入れてから何度となく修理をして来たもの、友人に言わせると修理代の方がはるかに高くついていると言う。
 勿論それも承知しており、今までにかけた費用は、この時計よりも高いものに、しかし時折止まってしまうのだ。
 機械構造的には問題はない、何処がおかしいものなのかDSCN1716.JPG分からないが、時折止まってしまうのだ。
 修理して帰って来ても、また止まるので分解して何処がおかしいものなのか、さんざん探したのだが。
 原因はハッキリとしなくて、分解して悪いところはなく、また組み立てて動かすもその時は動く。
 しかしやっぱりまた止まることになり、その繰り返しを行っているが、未だに原因がつかめない。
 情けない事だがヤッパリ分からない。
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2016年11月29日

何処の時計か

    名前も架空で問合せ


 
DSCN1681.JPG ブログをやっていると色々な事に出くわすが、一番多いものが問い合わせで、ほとんど毎日のように来るのだ。
 ブログをやり始めた頃、友人から「ブログをはじめれば色々なメールが来るから大変だぞ」と言われたのだ。
 その時は今みたいになるとは思っても居なくて、簡単な事であると軽く思っていたが、次第にメールでの問い合わせが増えて来出した。
 それでも、その問い合わせには直ぐに答えていたが、それも少しの間だけであり、返事をする数が多くなると間に合わなくなった来た。
 最初軽く考えていた問い合わせやメールでの返事、その数が増えてしまうと見るだけでも大変の作業になった。
 その上、質問や相談事に乗るとなると大変なことになり、いちいち確認をしてからの返事となる事に。
 しかし数が多すぎて、これも全部返事をする事も出来なく、こちらが根を上げることになってしまった。
 これほど多くの質問が来るとは思っても見なくて、その上返事を出すのに時間が掛かる事も予想していなかったのだ。DSCN1682.JPG
 自分のブログにこんなに多くの質問が来るとは、そしてはじめは返事もその日に出したが次第に追いつかなくなってしまった。
 単なる趣味のブログ、古時計の事も私なりに簡単に書けば良いと思ってはじめ、楽しむために今日に至ったのだが。
 そして古時計の内容についても色々と意見が来るようになり、もっと詳しく書いて欲しいとか、何で簡単に書くのかと。
 厳しい意見も段々と多くなり、迂闊に自分で楽しむ事も出来なくなり出し、友人から「それ見ろ簡単に思っているからだ」と言われてしまった。
 確かに彼の言った通り、私は自分が思った事を色々と書いただけの事、それにまさか意見が付いて来るとは思わなかった。
 自分の考えは個人的な事、自分の思ったことを素直に書いているだけの事、しかしそれが全国で見られるようになると、個人では済まないらしい。
 個人的な考え方でも、其処には公共性があると言う事らしく、それに対して意見出て当たり前であると言う、彼が言う公共性である。
 そしてモット面白くないものに架空の名前で意見を入れて来る人、DSCN1630.JPG良い意見も、悪い意見も、陰口的な意見も、自分の名前でなく入れて来る。
 架空な名前で入れなくても、別に自分の意見であるならば正々堂々と名前を名乗って入れてくれば良いと思うのだが、意見は意見だから。
 架空で入れれば何でも言えると思っているのか、名前が分からなければ良いと、そんな考え方であろうか、私は正々堂々と名乗って欲しいと思う。
 架空の名前で質問なり、意見なりを入れて貰っても、こちらが返事をしようと思えないから、当然気持ちが入らないからだ。
 架空の人に返事を出しても、気合が入らないもの、厳しい意見でも実名であればこちらも真剣に答えなければと思う。
 ネットは便利なものである事は良く分かるが、それを逆手には取りたくないと思う、便利なものが失われてしまうからだ。


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2016年11月28日

珍品時計が欲しい

    何処で探せば良いのか

 

SANY7109.JPG 珍品時計が欲しいがどの様にしたら手に入るものなのか、そんな質問が再びやった来て、どの様に答えるものなのか。
 色々な質問が寄せられて困っているが、またまた厄介な質問がやった来たので、今回はどう答えて良いものなのかと思案している。
 質問する方は真剣にしていると思うが、私にとっては難題でもあり、その人にもよるがどんな珍品が欲しいものか分からない。
 珍品時計とは珍しい時計の事だが、「形が珍しい」もの、「製造会社が珍しい」もの、「数が少ない」から珍しいものと色々なものがある。
 本人がどの様なものを求めているのか、私のように製造会社が珍しいものをさがしており、それとは違ったものなのか。SANY7129.JPG
 こちらが思う珍品時計と同じなのかと色々考えるが、一般的に珍品時計とは形が珍しいものを指す、それが珍品時計と思われている。
 普通の時計と異なり、少し形が違ったものを探している人は多いが、それでも違いはあると思われ、好き好きで形も違うものになる。
 主に掛時計の方が探している人が多いと思うが、置時計の方は少ないように思う、何故ならば人気がないからだと。
 最近は置時計を探す人が少ないように思うが、その原因は場所を取るからだと言う、掛時計は壁にかかるが置時計はそうは行かないからと。
DSCN0680.JPG 確かに置時計は置き場所に困る事も、小さい物であれば置き場所もあるが、少し大きなものは場所を取るからだ。
 そんな事もあり、置時計の珍品も人気が無いように思う、これも時代の流であろうか、部屋の状態と絡んで来るからだ。
 そんな置時計の珍品が出たとしても、中々買い手がつかないと言う、以前であれば直ぐに売れたのにと言うのだ。
 だから探すとしたら置時計の方が珍品を探しやすいのかも、そして対抗者も少ないと、売り手の店主が言うのだ。
 では掛時計の珍品は何処にあるのか、何処で買えば良いのか、今ではネットの普及で珍品時計も出て来ると言う。
DSCN0421.JPG それも思ったほど値段も高くなく、競争相手も少ないと言うが、果たしてどうだろうか、偶々少なかっただけではないか。
 しかしネットで探すのが一番早い事は確か、全国の情報が入るからだが、逆に競争相手も多いと思うが。
 では何処で珍品時計を探すのだと、コレクター仲間の情報も大切、持っている人を教えて貰う事もその一つである。
 仲間同士の連携も大切な情報源、何処の誰がどの様なものを持っているか、知る事も手に入れる手立てでもあるのだ。
 私もこの方法を取る事が多い、ある所が分かっていれば、むやみに探しまわる事はないのだから。

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2016年11月27日

また差し入れが

    この時期の贈り物

 

 有り難い事だが友人がこの時期になると差し入れをしてくれ、我が家は果物や野菜で一杯となるのだ。
 特に柿が一番多い、それと言うのも私が好物である事、それを知っている友人がこの時期になると差し入れてくれるのだ。
 有り難い事で、時には重なり合って、到底食べ切れない事もあるから、近所におすそ分けもしている。
 勿論、本職で柿を栽培しているものもあれば、自分の家で生った柿を差し入れてくれるものも、色々な人が居る。
 確かに本職のつくった柿は美味しい、そして市場ではとても買えない様な上等の柿、自分では高くて買えないものだ。
 何時もその柿が届くと、直ぐに無くなってしまうもので、子供たちがよく知っており、何時の間にか無くなっている。
 美味しいものは誰でも欲しいもの、特に柿好きの者にとっては、この時期の柿を待っているのだから。
 プロの作った柿は旨い、そして何時も持って来てくれる柿は特別な柿、そんな柿だからこそ足もはやい。
 私が食べようと思いね自分専用にしようと思っているはな、「トンビにあぶらげを持ち去られる」如く無くなるのだ。

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2016年11月26日

万年筆4

    エボナイトとセルロイド

 

DSCN1667.JPG 古い万年筆はエボナイトと呼ばれるもので造られているが、これは今のプラスチックの様に柔らかくないのだ。
 加工はし易いと言う事であるが、ショックに弱く落としたりするとヒビが入ってしまい、プラスチックの様に丈夫ではない。
 私もよくやったのがインクを入れる時に、万年筆の本体を回転させて外すことになるが、これが危険であった。
 あまり強くひねり過ぎるとヒビが入ってしまう事もあり、気を付けなければイケない作業だ。
 本体を回転させようと逆方向に回転させるのだが、両手で万年筆の本体を持ち回転させる時に、並行に回転させないといけない。
 DSCN1671.JPG力を入れ過ぎると平行にならず、本体の付け根を折ってしまう事もあり、注意が必要。
 よくインクが固まってしまい、この回転作業が出来ない事も、そんな時に良く折ってしまう事になる。
 エボナイトはショックに弱い素材、無理にひねってひびが入ることに、これも良くある出来事。
 エボナイトで出来た万年筆を使った事のある人は、一度はこんな経験をしたと思うが。
 そしてもう一つがセルロイドで出来た万年筆、これも気を付けなければならないのは熱である。
 セルロイドは熱に弱い素材であり、燃えやすい素材でもあるので、その為に火に近づけない事、変形してしまうのだ。DSCN1669.JPG
 太陽の熱にも弱いので、夏などに日の当たる処に置いておくと、瞬く間に変形してしまう事になる。
 窓辺に置き忘れていると、気がついて時にはすでに遅くて、曲がったり、へこんだりしているのだ。
 セルロイドも加工はし易い素材だと言うが、その代わりに熱に弱いと言う欠点があるのだ、これも使う時には注意しないといけない。
 只セルロイドで造られた万年筆は色々な柄が存在しており、それを楽しむには一番良いと思う。
DSCN1672.JPG 万年筆を集めている人の中には、そんなカラフルな図柄が気に入っているから、セルロイドの万年筆を集めるのだと言う。
 私もその一人で、多くは持っていないが、セルロイドの万年筆も持っており、その柄が面白いと思っているのだ。
 写真のエボナイトの万年筆とセルロイドの万年筆、それぞれに良い所があるので甲乙付け難いと思っている。
 勿論使うために集めている訳ではないので、余りペン先には注意して見る事もなく、果たして完全に書けるものなのかは不明である。
 それぞれの目的で古い万年筆を集めている人達、毎日使うために古い物が良いと言う人、我々みたいに懐かしく、それでいて楽しいと思う人。
 目的が違えども、万年筆に対する気持ちは変わらないと、そんな人達が集めていると思う。
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2016年11月25日

パイプ2

    形が好きになる

 

 DSCN1689.JPGあのイギリスの探偵、彼が手にしていたパイプが気に入り、同じようなものが欲しいと思い立ち、探す事にした。
 あの探偵が吸っていた煙草、カッコ良かったもので、あんな煙草の吸い方をしてみたいものと憧れてしまった。
 思い立てば早く行動するのが私、デパートにハイプを探しに出かけ、喫煙具のある所に行きパイプを見る事に。
 そこに並んでいたものは高いものばかり、自分の描いていたものとは違い、形も好きな物はなかった。
 頭で描いたパイプ、勿論あの探偵が持っていたものと同じ形のものが欲しいと、馬鹿な話であるが憧れでもあったからだ。
 何でも興味を示せばすぐに真似したくなるのも親譲りかも知れないが、思い立ったからには手に入れたい。
 パイプと言えばダンヒル、勿論イギリスのパイプ、あの人もそれを持っていたに違いないと、勝手に思ってしまったDSCN1691.JPG
 しかし思っていた以上に値段が高くて、はじめてパイプを持つには高すぎると、それで形こそ同じ様なものを探す事に。
 色々なパイプを見たがやはり気に入ったものがなく、別の売り場で探す事に、良いもので安いものはないものかと。
 別の売り場では店員さんが色々とパイプの事を教えてくれ、はじめから高いものでは無くて、慣れてから良いものを探せばと教えてくれた。
 その通りで金もないのに高いパイプを買う事も出来ず、店員さんの勧めで形は良く似たものを探してくれた。
 それは値段も高くはなく、その上自分の思っていた形であったので、直ぐに買い込んだが、店員さん曰く「パイプは煙草を詰めるのが難しいですよ」と言うので、何処が難しいのか聞いてみた。
 煙草の葉を詰める時、上手く詰めないと火が消えてしまいますと言うのだ、何の事か分からず再時聞く事に。DSCN1693.JPG
 店員さん曰く、パイプに何でも詰めれば良いわけではなく、上手く詰めないと全く火が付かないと言う事らしい。
 半信半疑で店員さんの勧められたパイプを買い込んで、家に帰って早速煙草の葉を詰めてみて試験したのだ。
 最初は丁寧に掃除をしてから、教えても貰った通りに煙草の葉を詰め、火を付けてみたが直ぐに消えてしまうのだ。
 店員さんの言う通りに葉っぱを詰めてみたが、何度やっても直ぐに火が消えてしまい、上手く詰めたつもりだが火が消える。
 それから何度となく繰り返して、やっと火が消えないようになり、成る程店員さんが注意してくれたのが実感として分かった。
 DSCN1658.JPGパイプに上手く詰めないと、火は消えてしまうし、消えた後また火を付けても、煙草が美味しくないのだと分かった。
 そしてもう一つが、上手く葉っぱを詰めれば長く煙草が吸えて、しかも美味しく煙草を楽しめるのだと分かった。
 パイプでタバコを吸う事は、慣れないと簡単には行かない事が、実感として分かり、カッコ良さだけではないと。


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2016年11月24日

骨董市場

    意外なものまで


 

DSCN1449.JPG 骨董市場、競り場とも言う何でもありの市場、兎に角色々な物が集まって来るところ、古い物から新しい物まで。
 全国から集まって来ると言うが、まさに壮観な場所である事に違いなく、何でもありの世界であるのだ。
 こんなものが売れるのかと思うものも、仏壇から位牌まで多種多様なものが集まる所、そんな中、婚約指輪もちゃんと売りに出されているのだ。
 ゆりかごから墓場までと、何処かのキャッチ文句を自で言っていると思われる位に多種多様、やっぱりすごい。
 業者も当然専門の分野に分かれているから、色々な物があって当たり前の世界、それでなければ市場は務まらないのだと言う。
 どの専門分野の業者が来ても売買できるのが骨董市場、我々の想像をはるかに超えている世界である。
 素人がこの市場に出入りは出来なく、鑑札を持っている人だけが出入りでき、売買をする事が出来るのだ。DSCN0897.JPG
 許可さえあれば見学は出来るが、知り合いがいないと難しいかも知れない、当然の事だが市場価格と違うから。
 ここに出されている物は、各方面から仕入れて来たもの、当然値段は付いていない、この市場で値段が決まるからだ。
 市場で販売されている値段は、ここで幾らで仕入れられるかによって決まるのだが、それは業者の秘密でもある。
 骨董品は値段があってない様なもの、目利きと呼ばれる人たちにより、そこで値段が決まるもので、意外なものが高くなる事も。
 私も良く見学に訪れるが、そのやり取りは真剣勝負、業者にとっては生活がかかっており、ここでの買い付けが左右する事になるからだ。
 当然自分の目を信じて買い付けるのだが、其処は一人ではない為にセリが、同業他者が前にはだかるのだから、値段も思うようにはならない。
SANY0325.JPG 自分が欲しいと思えば他の業者も欲しい、その為にはセリに勝たなければならないから、しかし相手がある事。
 相手と競り合えば当然の事値段は跳ね上がり、果たして自分の目は正しかったのかと、疑心暗鬼になると思う。
 目的のものを落札したとしても、安い値段で落札できれば良いが、何時も良い方向に進むとは限らず、時には思わぬ高値になる事もある。
 誰しも思う事は安く仕入れて高く売りたい、当然業者はそれで生活して居るから、真剣である事には変わりない。
 しかしセリ場は我々が思っている以上に戦場であり、一歩間違えば大損になる事も、いわゆる賭けでもあるのだと思う。
 自分の目が確かと買い込んだが、偽物である事に、そんな時は大損する事になるからだが、買わなければ他人の手に渡ることになる。
 ミスミス儲けを逃してしまう事になり、やはり参加しなければ権利は無く、商売とは何時も綱渡りであると言う。DSCN1451.JPG
 だからこそセリ場は素人の入場は禁止、当然の事だと思うが、出品されている物は宝の山で、そこから良いものを掘り出せるかは自分次第。
 我々の目では、こんなものが何で高値で取引されるものなのかと思うものが、高額で競り落とされているのだが。
 それこそ玄人の商売人の世界、一般人ではその価値を知らないので、とても驚く世界である事だけは確か、目の保養にもなるのだ。

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2016年11月23日

腕時計

    パティックは幾らするのか


DSCN1766.JPG 私の友人、口の悪い事ではピカイチの男、口は悪いが気立ての良い男であり、親友の一人である。
 彼にかかると友人皆悪態をつかれる事になるが、皆知らん顔をしているのだ、今にはじまった事ではないからだ。
 若い時から付き合っているから、彼の口の悪さは慣れ切っているもので、別に気も止めないのだ。
 知らない人が我々の会話を聞けば、良くあんな事言われて怒らないのかと、確かに人から見ればそう見える。
 しかし我々にしてみれば日常茶飯事、まだまだ良い方であり、酒が入ればもっと悪態をつくことになる。
 そんな彼だが我が家では良い人で通っているのだが、口の悪い事は知っているからだ、しかし気立ての良さも知っており、何時も旨いものを持って来るから。
 昔から子供たちには人気で、良くお土産を貰っており、良い人で通っているから不思議であるのだ。
 DSCN1761.JPGそんな彼が珍しく現れ、果物を持って現れたので、すっさず妻が珍しい事もあるものだと笑顔で迎えている。
 私の好物の柿もチッカリと入っており、流石にこの男の身上、心の中に入り込むのが得意だ。
 こんなところに気を使い、皆から良い人だと言われる所以でもあるのか、この男取り入るのが上手い。
 「今日は何しに来たのか」と言えば、「お前の好物の柿を持って来てやった」と、それも上物の柿だと言うのだ。
 確かに一つづつ紙に包まれている上物の柿、有り難く受け取り、早速柿をむいて食べる事にした。
 貰ったものはその場で食べる、これが私の主義、折角持って来てくれたから、目の前で食べてやらないと。
 そんな友人がわざわざ訪れたと言う事は下心あっての事、何が目的なのか分からないが話を聞いて見る事に。
DSCN1763.JPG 彼曰く、欲しい腕時計があるが、今の相場が知りたいと言う、どんな時計かと聞けば「パティックの腕時計」だと言うのだ。
 何処で見つけて来たのかと聞けば、知り合いが持っていて買わないかと言う事らしい、しかし値段は「あんたが決めろ」と言う事らしい。
 そして本人も気に入ったから買いたいと言うので、今の相場が知りたいと言う、よくよく聞いてみると単なる普通の腕時計。
 パティックと言うだけの事、確かに新品は高いが中古は安い、それを説明して本人に伝え、高い値段で買わないようにと釘を刺しておいた。
 腕時計も色々あるが、特に高級品の中古は買い手が少ない、まして何の変哲もない時計は人気がないので値段も安いと思う。
 ただ本人が気に入っていれば、他人がとやかく言う事はないので、本人次第と言う事になると思う。
 早速ネットで調べたら、ヤッパリ単なるパティックの腕時計は安い値段、人気がイマイチであると思う。
 友人、「中古品とは思っていなかったので良かった」と、そして適当な値段で提示して見ると帰って行った。
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2016年11月22日

和時計が分かる資料

    簡単に分かるもの

 

 DSCN1068.JPG和時計の資料、色々なものが出ているが、簡単に分かる物が中々ないので、素人には和時計は難しいと思ってしまう。
 勿論色々に書物が出ている事は知っているが、どれも論文めいたものが多くて、詳しく書いてはいるが、具体的ではない。
 難しく書くがゆえに分かり辛くて、素人の我々にはピンと来ないものばかり、これでは参考にならないと思う。
 昔、大名時計博物館の上口愚朗氏が、こんな事を言っていた事を思い出す、学者先生は難しい言葉で書き綴る。SANY7812.JPG
 簡単な事でも如何にも難しいように書き、自分の権威を示すがごとき書き方、あれでは資料にならないと。
 その上、彼等は本当に和時計を知らないのだと、現物を実際に分解して見て、多くの和時計と接しなければ書けないと。
 しかし現実には彼らは多くの和時計を見ていないし、分解などしていないのではと、そんな人が資料的なものを書くとは不思議だ。
 上口氏は以前から学者さんと意見を交わしているが、現実味がないと言うのだ、多くの和時計を分解などしていれば自ずと分かる事も。
 それすらせずに和時計を語るとはおかしいと、そんな言葉を思い出すのだが、確かに愚朗氏の言う通りだと思う。
 当時上口氏は学者さんと論争をしておられ、その一つづつを具体的な例DSCN1774.JPGとして出されていたのだ。
 それに対する学者さんの反論は具体性に欠けたもの、事実を交えての具体性がなく、論文めいた事ばかりであった。
 上口氏は部品一つから取り出して、具体的に述べられており、それも簡単な言葉て声明されていた。
 現物を手にして具体性があり、成る程と思う事が多く、現実味のある説明であると感じ、それ以来上口氏の意見に賛成していた。
 実際に上口氏からも説明をしてもらったが、現物を手にしての説明で分かり易く、現実味があった。
 私が会った人の中で、上口氏ほど和時計の現物をよく知っている人はいなかったもの、それは自分で蒐集し、分解できたからだと思う。
 DSCN1782.JPG現物を手にしての理論は現実味のあるもの、文献だけで論じても何の説得力もないものだと思う。
 和時計の機構はそんなに難しいものでは無いから、それをよく理解しないとおかしな方向に向いてしまう事になる。
 上口氏から伝わって来た事は現物が何よりの証拠、それに勝るものはないと言う事だと思う。
 そんな事で和時計の資料、モット多く現物を見て見なと分からない事が多すぎ、特に時計師に関して。
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2016年11月21日

思い出の品2

    毎年の京都


 
DSCN1644.JPG 子供がまだ小さかった頃、毎年年の暮れは京都に行く事にしていたが、今は行かなくなってしまった。
 京都で正月を迎えるのを楽しみにしており、子供たちも喜んでいたと思う、毎年嵐山の民宿に泊まっていた。
 天竜寺の近くの民宿であったが、いかにも京都と言える家の造り、京都に来たと言う実感があったものだ。
 近くには山陰線の線路があり、時折汽車が通り過ぎて行く音が聞こえて来るところ、風情が一杯の宿であった。
 建物も古くて時代がかかったもの、玄関も京都らしい造りの立派なもので、ここが民宿かとはじめは思った。
 確か上の娘が小学校一年生で下の娘が幼稚園であった時が、初めてここに泊まったもので、それから気に入って良く泊まったのだ。
 値段も安かったので毎年予約をして、正月に行く事にしてDSCN1649.JPGいたが、違った所にも泊まりたいと家族が言い出したので、他に移った。
 私はここの民宿が気に入っていたが、家族が他に行きたいと言うので渋々ここを後にしたが、今でも行きたいと思っている。
 そんな京都での正月、除夜の鐘を聞きに知恩院に出かけるのも儀式みたいに行っていた。
 只、下の子が小さくて除夜の鐘を聞く前に寝てしまい、おぶって帰って来た事を思い出すのだ。
 元旦には八坂神社に初詣するのも何時もの事、そして清水まで行き音羽の滝で清めて来るのだ。
 このルートが毎年の行事でもあったので、家族で元旦の行動を、娘たちも何でここに来るのか分からない様子。
 私の拘りであるから、娘たちは理解していないようで、神社ばかりお参りするのは不思議な感じであったようだ。
 しかし清水寺の帰り道、さんねん坂で土産物を買うのが楽しみ、これを目当てに京都に来た感じだ。DSCN1647.JPG
 行きの清水寺までは余り足も速くなく、嫌々歩く感じであったが、帰りの道では足早になっているのだ。
 勿論目的があっての事、さんねん坂にある土産物屋に寄る事、ここが彼女たちのお目当てがある所。
 最初に来た時にここで土産を買ってから、毎年ここに来るのが楽しみとなったようだ。
 この店は極小の玩具がある店、色々な郷土玩具らしきものがあり、面白い店であったから、好きな物が多くあったのか。
 それ以来この店に行き、自分の好きな物を買うのが楽しみで、京都に来ている様なもの。
 はじめて買い込んだものが写真のこけし、日本一小さいこけし、米粒にこけしが刻まれ、日本一小さいと言われているものだ。
 これを見るとあの時の京都の事が思い出され、懐かしく昔の事が返ってくるような、そんな思いになる。

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2016年11月20日

古時計の修理

    めんどくさい

 
 DSCN1576.JPG古時計を多く所有していると故障は避けられないので、仕方がない事と諦めているもの、しかし直さなければならない。
 今時修理代もバカにならないので、自分で直せるものは直しているが、面倒である事は仕方がない事である。
 時計屋さんに修理して貰えば良いのだが、修理代もバカにならないし、古時計の数が多いと大変で、簡単な修理は自分で直す事にしている。
 古時計を集め出してから、故障している時計を直して来たが、修理代がかかるから自分で直して来たのだ。
 難しい修理は出来ないが、簡単な修理であれば見様見真似で直して来たので、大抵の故障は挑戦しているのだ。
 以前は機械を全部分解してから組立ていたが、最近では目も悪くなり、分解はしていないが、軽い故障は直す。
DSCN1574.JPG 古時計にも色々な種類があるから、面倒な機械も多くあり、なかなか自分で直す事も大変な作業である。
 特に部品の多い古時計は面倒な事が多くあり、修理する時もイライラの連続で、今はそれが苦痛となっているのだ。
 歳は取りたくないもの、最近は老眼もひどくなり、見にくい事ばかりで作業が中々捗らないのである。
 その上根気がなくなり、メンドクサイ作業がやり辛くなってしまい、修理を諦める事も屡々起こる事になる。
 色々な古時計があるが、メンドクサイ修理に鳩時計があり、この時計はやたらと付属品が付いている。
 鳩時計はふいごで音を出す仕組みの時計、その上ドイツの郭公時計は時うちの鐘と鳴くふいごと二つ付いているのだ。
 時打ち用の鐘はそんなに面倒ではないが、ふいごがまず邪魔なもの、ふいごを外さないと機械の修理が出来ないからだ。DSCN1715.JPG
 しかしこのふいご外す時も面倒で、アームが付いているから、このアームから外すが、無理するとふいごが破れてしまう恐れがある。
 その為に慎重にアームを外すのだが、これが中々抜けないで手こずらせ、時間が掛かってしまうのだ。
 簡単な様でやって見ると良く分かるがめんどうな作業となり、イライラさせられる事になるもの。
 何時もここで時間が掛かり、修理前から苛立つ事に、これが二つ付いているから尚更イラつく事になる。
 これも自分で修理して見ないと分からない事、やっとふいごを外して機械を修理しようとするが、今度は鳩が邪魔をすることになる。
 DSCN1716.JPG鳩時計であるから鳩が付いているが、仕組みは簡単であり、別に難しくはないが、鳩と扉が連結しているのだ。
 その為に連結している針金を外すが、これも意外と面倒で直ぐには外れないから、ここでもイライラがはじまる。
 簡単な作業ではあるが、金具が外しにくいので手間もかかる事になり、思わぬ所に時間を費やしてしまう。
 鳩時計は面倒な時計で、修理には忍耐が必要であり、中々手強い時計であると思う、それは私だけであろうか。
 何にしても直さない事には動かないから、今日も面倒な作業が続く、仕方がないことかもしれない。
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2016年11月19日

明治の教科書

    色々な時計が

 


DSCN1621.JPG 明治初期、新府政により改暦が行われ、新時代の到来を告げ、一般庶民は新しい生活をすることになる。
 一番違うのは時間であり、明治6年1月1日から西洋時間と同じ太陽暦に移行され、今までの時刻が変わることになる。
 勿論時間の呼び方も変わる事になり、刻から時間にと変更され、西洋と同じ呼び方となる事に。
 明け六つ、暮れ六つと呼ばれていた江戸時代の時刻、旧来の呼び方とは違い、時間で表される。
 つまり1時、2時と言う呼び方に変わる事に、これに一番早く反応するのは子供たちであったと言われる。
 新政府は学校教育において西洋時間を教えるために、教科書に時計の読み方を載せて指導するのだ。DSCN1622.JPG
 勿論近代化の流れの一環としての教育、その中に時計が含まれており、西洋時間を広める為でもあった。
 子供たちは当然親よりも早く西洋時間に慣れることになり、時計とも関わりを深くして行く事になる。
 明治の子供の教科書には其れを裏付ける資料が残そされており、それを見ると興味深い事が分かって来る。
 当時の日本が置かれていた時代、それがヒシヒシと伝わって来るもので、如何に近代化に躍起になっていたかが伺える。
 明治20年以後の学校の教科書、時計に関しての奇DSCN1623.JPG術を見ると、先ず時計の読み方を教えている。
 時計の読み方を今の人から見れば何で学校で教えるのかと不思議に思われるかも知れないのだ。
 確かにその通りで、現代の人からすれば時間の読み方なんか教えなくても、自然に子供が覚えるものだと思っている。
 現在の子供たちは時間と言うものは自然と身に付いているもので、生活の中に小さな頃から入り込んでいるから。
 しかし明治の人達には江戸時代からの習慣が根強く染み付いており、特に親たちはその習慣から離れられないのだ。
 そんな事もあり、新政府は子供の教育に取り入れて、逸早く子供たちに西洋時間を浸透されるべく指導した。DSCN1625.JPG
 教科書も良く見てみると、学年別に違いが出ている事に気が付く、つまり学年によって時計の出て来るか所が違うのである。
 低学年では当然時計の読み方について教えているが、高学年になると時計は読み方を教えるものでは無く、近代産業の一環の中に組み込まれており、時計はどの分野に属するかを教えている。
 例えば懐中時計は鉱物や金属の部類に属して、近代産業から生まれて来るものとして教えられているのだ。
 ここにも明治政府が子供たちから近代化を浸透させる秘策を講じていたことが分かるのだ。
 新時代の担い手となって行った時計、それも子供たちに浸透していった様子が良く分かるものであると思う。

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2016年11月18日

夢二のリトグラフ

    やっぱり好き

 

DSCN1850.JPG 竹下夢二、言わずと知れた画家であるが、実際の人物は少し破天荒な所があり、そこが又魅力と言う人も居る。
 しかし好き勝手に生きた人物でもあると言う人も、色々な評価があり、様々な事を言う人も多いようである。
 人物評価はそれぞれで、個人の主観であるから何とも言えないが、作品については文句の付け様がないと思う。
 確かに破天荒な生き方をした人物のようであるが、描いた絵は素晴らしいものと、それが大勢の意見である。
 竹下夢二の描いた絵は実にロマンチックなもの、世に言う大正ロマンそのもの、一目見て夢二と分かる作風である。DSCN1851.JPG
 兎に角人気の画家であったようで、色々な物に作品が描かれており、現存数も多いと聞くが、偽物もまた多いと言う。
 人気があるから偽物も多いらしく、中々素人には分かり辛く、良いと思って買っている人もまた多いと聞く。
 しかし偽物でガッカリ、やはり素人には真贋は分からず、相手を信用するしかないが、何処まで信用するかである。
 良く本物保障と書いてあるものを見るが、ある人がそれを信用して買い込み、良く調べてみたら何だか変、そこで鑑定して貰った所偽物と判明。
 DSCN1853.JPG早速相手方に抗議したが埒が明かず、結果は泣き寝入りとなってしまい、何処が保障なのかと怒りだけが残ってしまったようだ。
 これも良くある事で、余程信用のおける処から買わないと残念な事になる一例、保障の文字も信用できないのだ。
 このリトグラフ、勿論信用のある所から買い込んだもの、偽物であれば返却自在、何時でも引き取るの事。
 前にも同じようなリトグラフを買い込んだが、専門家に見て貰った結果、本物であるとお墨付きをもらった。
 そんな信用のある所だから、何時でも返却に応じてくれるから、今でもここから買い込んでいるのである。DSCN1852.JPG
 夢二のリトグラフは数も多く出回っているから、手ごろな値段で買う事が出来、その上美しいから私は良いと思う。
 チョットした所に掛けても、ピッタリと収まり、それでいて華やかな雰囲気に、それが夢二の良い所。
 あの独特な色使い、そしてやっぱり女性の柳腰、夢二独特のあのスタイル、如何にも大正ロマンそのものである。
 このリトグラフ一つで掛けてある壁が一気に華やかとなり、それでいて何だか落ち着いた気持ちになるのだ。
 他のものではこの雰囲気は出せないと思う、夢二だからこそ出来るものと思うが、私の贔屓目かも知れないが。
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2016年11月17日

今話題の真田

    今年一年真田ブーム

 

DSCN1848.JPG 毎年毎年ブームはやって来るが、今年は真田幸村、勿論テレビの影響である事は確か、ブーム到来だ。
 元々真田幸村は人気の高い武将、戦国時代の英雄の一人、日本人が好むパターの人物にピッタリ。
 昔から人気の高い武将として知られ、江戸時代を通じて人気者の一人、芝居でも持て囃されたと言われている。
 徳川時代でも真田の人気は高く、徳川相手に戦をした人物であるにもかかわらず、庶民の間では人気であった。
 この真田幸村、実在の人物である事は承知の事だが、真田と言えば「真田十勇士」、あの猿飛佐助、霧隠才蔵、西海入道達が思い浮かぶ。
 私は小さい頃より猿飛佐助や霧隠才蔵は実在の人物であり、真田幸村に従って活躍していたと思っていた。
 特に猿飛佐助は忍者として徳川方の服部半蔵とやり合った勇士と思っていたもの、実際に活躍していたと。
 勿論真田十勇士も存在していたと、疑う事をしなかった幼少期、あれDSCN1696.JPGが漫画などの世界であったと気が付いたのはずーと後の事。
 実際に真田幸村が表舞台に出て来るのは、九度山を抜け出してからの事、当時も真田幸村の名は知れ渡っていないのだ。
 真田と言えば父真田昌幸の事、徳川を相手に戦で大勝利をした人物であり、幸村はその息子に過ぎなかった。
 今までの功績は何一つなく、ましてや九度山での蟄居、とても信頼できる武将ではなかったと言われている。
 現実に豊臣方にくみして大阪城に入ったものの、他の武将からは戦を知らない人物であると思われていたらしい。
 現に豊臣秀頼も真田幸村に監視役を付けていたと言われ、幸村を何処まで信用していたか不明である。
 実際に蟄居生活をしていた九度山では、生活に困るほどの窮地に陥っていたと言われ、食うに困る状態であったらしい。
 そんな時に上田で使われていた紐を造る事を思い立ち、身内でそれを造り農民たちに売っていたと言う。
 その紐は「真田紐」と呼ばれており、丈夫であった事から色々にものに使わDSCN1695.JPGれる様になり、生活の助けになった。
 それ以後、「真田紐」と呼ばれ、真田幸村が造り出したと言われるようになったが、実際には同じようなものはあったらしい。
 現にこの真田紐と同じようなものは古くから実在しており、チベットからとか、中国からとかの渡来であり、真田幸村が造り出したのではない。
 しかし真田幸村の武勇が広まった関西では、真田の名が付いている紐を珍重したと言われている。
 現実にお茶の世界では、この真田紐を大いに奨励して、茶事に使う茶碗の箱に使うようになり、真贋を見極める紐としても使われることになる。
 それも真田幸村に対する大坂の陣の武勇、華々しく散った真田幸村をたたえての、後世の人の表れでもあると思う。
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2016年11月16日

江戸の珍品

    珍しいもの



DSCN1731.JPG 古時計に関するものを幾つか集めているが、その中でも珍しい物ではピカイチのものであると思う。
 古時計の小物は色々とあるけれど、江戸時代の封筒があったとは驚き、今まで見た事がないのだ。
 勿論私がであり、他の人は知っていたかもしれませんが、私は初めて見たもの、江戸時代に封筒があったとは。
 それも思ったよりも小さなもので、何の手紙が入っていたものなのか、それとも手紙ではないものなのか。
 現在の封筒と良く似たものになっているが、造り方が少し違うもの、縦12、5センチ 横4、5センチの大きさ。
 DSCN1733.JPG勿論和紙で出来ているが、紙も薄いもので造られており、大きさと言い薄さと言い現在の封筒とは違ったもの。
 当時この様式が普通とは思えず、よく映画やテレビに出て来る手紙の大きさと違って、小さいように思うが。
 何の為のものなのかはヤッパリ分からないが、封筒としか思えないので、それが正解かどうかは不明である。
 この封筒、何処が面白いかと言えば、先ず表には和時計が印刷してある事、良く見ないと和時計とは分からない。
 青色で印刷されているから分かり辛いが、上部には文字盤が描かれており、その文字盤の中に、薄くなっているが年号がある。DSCN1732.JPG
 よく見ると宝暦七年と読め、宝暦七年は1758年であり、約270年も前のものになるから、ずいぶん昔のものになる。
 ある人に言わせれば和時計の紐の下に付く錘、その錘に大小の文字が入れてあり、そこから分かる事は暦であると言う。
 つまり大小歴、大の月と小の月が示されているから、暦であると言う事、それにしても斬新なものである。
 江戸時代にこのような印刷した封筒が存在していたとは驚くほかなく、それに和時計が印刷されているとは。
 今時の封筒にも匹敵する斬新さ、江戸時代にすでにそのようなデザインのものが存在していたとは面白い。DSCN1735.JPG
 面白いと言うよりもやっぱり驚きであり、ユーモアがあったと思うと、江戸の人は粋であったようである。
 それにしてもこの様なものが見つかるとは面白いもので、中々見つからないものと思うが、手紙の部類で時計が書かれているとは。
 そして古い物が今まで残っていたとは、偶然に見つけたものであるが、超珍品の部類であると思う。
 大抵は処分されてしまい、現存するものは少ないと思われ、我々古時計好きには堪らないものである。

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2016年11月15日

またこの日が

    毎年の事だが


 SANY0499.JPG11月15日がやって来た、毎年巡ってくる日が坂本龍馬の命日、この日だけは特別な日と思っている。
 若い時より坂本龍馬に憧れ、こんな男になりたいと思ったものであるが、今日でもその思いだけは変わらないのだ。
 坂本龍馬をはじめて知ったのは中学の時、明治維新の出来事を学んだ時が最初、それ以来龍馬の虜になった。
 勿論当時はヒーローに憧れていたことは事実であり、深く坂本龍馬を知っていたわけではない。
 だだ単に憧れだけが強かっただけの事、その後坂本龍馬に関して知りたいと思い色々と本を見んだのだ。
 歴史書を読めば読むほどに坂本龍馬の生きざまに感動を覚えたもの、人は何故龍馬なのかと言うが。
 私にとっては憧れから入ったものだから、史実とは少し違っていたかも知れないが、それはそれで良かったと思う。SANY0784.JPG
 学生時代、明治維新は坂本龍馬で決まりだとも思っていたが、社会人になったから別の見方で龍馬を見るようになったのだ。
 それが海援隊組織としての龍馬を見るようになってからの事、当時の武士でありながら海援隊をそしてした事。
 武力を目的とした組織で無かった事、海援隊そのものが武士だけで結成されていなかった事、町人や学者まで入れていた事など。
 坂本龍馬が他の志士たちと一線をかくし、藩と言う狭い範囲にとらわれず、日本と言う広いしあにたっていた事である。
 龍馬については色々と評価が分かれているが、一致している事は藩単位でものを考えていなかった事だと思う。
 最近発見された手紙の中に福井行きの手紙が見つかり、龍馬最後の手紙ではないかと言われているもの、その中身には日本の行く末が書かれていた。SANY9838.JPG
 当時の志士たちが討幕以後、どの様にして政権を運営して行くのか論議されておらず、幕府を倒す事だけである。
 しかし発見された手紙には討幕後、経済をどの様に立て直して行くのか、そしてその責任者には越前藩士の名前まで書かれており、龍馬が推薦しているのだ。
 一介の浪人坂本龍馬、その彼が他藩の藩士を名指しで推薦している事、当時としては考えられない事だ。
 この事実からも坂本龍馬が如何に大きな人物であった事の証であると思うが、そして財政までもしっかりと見据えていた事だ。
 多くの志士たちとここが全く違っている事、そしてその運営にも自分の名前を入れていない事、あくまでも日本の為にと。
 これが坂本龍馬の龍馬たる所以、龍馬の大きさが現われている文章であり、最後の手紙でもあると思う。SANY0642.JPG
 坂本龍馬を過大評価しすぎとする人も多い、確かに一部では考え方の違いであるが、決して龍馬が行った事は事実であり、過大評価などではない。
 まだまだ坂本龍馬の偉大さが分かる記録が出て来て欲しいもの、幕末の英雄坂本龍馬、今日歴史の闇に飲み込まれてしまった。



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2016年11月14日

やっと見つけた

    コーヒーミル


 DSCN1587.JPG我が家のコーヒーミル、20数年使い続けているが、最近豆を挽くのに苦労するようになった来た。
 20数年毎日使っているために歯が丸くなり、早く挽けなくなり、時間が掛かるようになった来たのだ。
 今までに何度となく使い、新しいものが欲しいとは思っていたが、何となく手放す事をためらっていたのだ。
 このコーヒーミルを見つけてから20数年、勿論気に入って買い込んだもの、知り合いの喫茶店で見つけたから。
 それまでは豆を挽いて貰い、家で入れていたのだが、引いた豆は香りが逃げてしまい、やっぱり挽きたてがよいと思っていた。
 そんな時に見つけたのがミル、これを使い始めてから香りのよいコーヒーを飲む事が出来るようになった。
 DSCN1586.JPGそれ以来、使い続けて20数年、兎に角これが無いと朝がはじまらないので、先ず豆を挽く事から。
 以前も確かにコーヒーミルは使っていたが、この様な頑丈なものでは無く、使い勝手も良くなかったもの。
 このコーヒーミルを使い出してから、今までのものは如何に良くないのか、ハッキリと理解できた気がする。
 このミル、先ずスタイルが良い、リビングに置いても絵になるし、当然の事だが使いやすいのだ。
 鋳物で出来ている事が最大の見せ所、それと赤く塗られた外形が人目を惹く、このミルの特徴でもある。
 DSCN1588.JPGそのミルが大分疲れて来たので新しいものと交換するために、色々と探したが中々見つからなかった。
 今時は電動でコーヒー豆を挽くものが殆ど、手で挽くものもあるが、自分の気に入った物が中々なくてあちこち探した。
 友人が良く言うのは「今時手で豆を挽くのは時代遅れ」と、そんなに時間をかけて居られないと言うのだが。
 確かに電動であれば、あっという間にコーヒー豆を挽いてしまい、手間が掛からないというのだが、私はじっくりと自分の手で挽きたい。
 挽いているとコーヒーの香りがして来て、これからコーヒーを入れるのだと、そんな気分にさせてくれるから。
DSCN1589.JPG 確かに早いのも良いが、やっぱりジックリと香りを楽しんだ後、美味しいコーヒーを飲みたいもの、それが出来るのは自分で挽く事だ。
 写真は20数年使い続けたものと、新しい同じコーヒーミル、並べて見て時間の経過がハッキリと出ているのにはビックリ。
 やっぱり使い続けて来たものには、それなりの歴史が刻まれる事を実感したもの、愛着が出来るのもうなずけるのだ。

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2016年11月13日

久々登場

    機械オンチのおとこ


DSCN1685.JPG 私の友人でプロのバイヤー、3か月に一回は海外に買い付けに行く男、毎回失敗しては私に怒られているのだ。
 この男、それなのに一向にめげず機械物に手を出す、よせば良いのにそれで又失敗を繰り返しているのである。
 本人はそんな事は微塵も思っておらず、自分ではプロとしての自覚は十分にあるからと、逆に自慢して居る始末。
  確かに現在でも商売を行っているから、プロとして通用していると言う事だと思うが、こと機械物には全くセンスがない。
 別に彼だけではなく古時計愛好家の中でも機械に疎い人も多く、事実機械が違っていても分からない人も居る。
DSCN1686.JPG 現実に私のもとにそんな古時計を持って現れる人も居るから、彼だけが特別ではないのだが、プロとしてはどうかと思う。
 私が余りにも彼の事をブログに書くものだから、彼のお客さんから本当の事かと聞かれるらしく、「俺の事をあまり書くな」と言うのだ。
 しかし彼の事を悪く書くのではなく、友人として書いているだけの事、良いところも多くあるのだから今でも付き合っているのだ。
 彼のお客さんも其処の所は良く理解しているようで、只話のネタとして話題に上るだけの事、それも一つの親しさかも知れないのだ。
DSCN1688.JPG そんな事はどうでも良いので、今日も突然現れたのだが、手に持っているのはどうやら機械物では無さそう。
 久しく現れなかったので、逆に心配はしていたがいたって元気そう、また海外に買い付けに行っていた様である。
 持って来たのはどうやらコーヒーカップのようで、包みをほどいて現われたのはやはりコーヒーカップ、予想通りの展開だ。
 何時もだったら荷物を開けた途端に、「また機械物を持って来たのか」と始まる処であるが、今日は違っている。
 私がコーヒーカップを集めていると思っているらしく、イギリスで買い込んで来たというので見る事にしたのだ。
DSCN1687.JPG しかし私の好は理解していないから、どんなものを買い込んで来たのかと、内心では喜んでもいるのだ。
 出て来たのはイギリス製のコーヒーカップ、よく見かける東洋風のコーヒーカップで、以前にも私が買い込んだものと同じもの。
 そのカップは割れてしまい今はなく、其の事も知っての事、このコーヒーカップを買い込んで来たようだ。
 彼曰く「お前が割ってしまったコーヒーカップを買って来てやった」と、恩義せがましい言葉をはくので、「別に欲しいカップではない」と。
 友人と言うものは有り難いもの、減らず口は叩けど、嫌な相手ではなく、親しいが故の言葉でもあり、これからもこの様な展開となるのだと思う。
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2016年11月12日

分からない

    最近変な事が



 
 DSCN1754.JPG古時計を集めていると偶におかしなことが起こる事も、今まで多くの古時計を集めて来たが不思議な事も起こった。
 ある人に言わせれば「古い物には魂がある」と、人がそのものを大切にしていると魂が乗り移ると言うのだ。
 なんだかオカルトみたいな事を言う人も居るが、やはり古い物には其れらしき事があるものなのか。
 偶然と言うには少し違い、あたかも待ち受けていたかのような出会いをすることも、単なる偶然とするには。
 上手く説明が出来ない事が起こる事も、古時計とはそんな事を起こす力があるかも知れないと思っている。
 一番因縁めいた話をすると、知り合いの古時計愛好家が持っていた時計、良くその時計に付いて電話や手紙でやり取りをしたものだ。DSCN1755.JPG
 私もその時計は欲しいと思っていたが、その人が大切にしていたので譲って欲しいと言えず、自分だけの思いとしていた。
 その後、その知り合いが亡くなり、古時計も人手に渡ってしまったという、それ以来その古時計は持ち主が転々としたのだ。
 不思議な事にその時計を持った人は直ぐに手放して、また次の人に渡り、その人も直ぐに手放してしまった。
 何ですぐに手放してしまうのかと不思議に思っていたが、その後も転々と持ち主が変わっていった。
 勿論その時計に欠点があるはずも無く、むしろ完璧に近い状態で、直ぐに手放すとは思えないのだが。
DSCN1757.JPG しかし現実は何故かしら一所に落ちつかず、転々と変わっていったのだから、やはり不思議でならなかった。
 それが回り回って私の手元に辿り着き、それも知り合いが亡くなった日に私のもとに来たのだから。
 短期間に持ち主が転々と変わる事も不思議だが、私の手元に来るのもまた不思議、それも彼の命日に来るとは。
 何だか因縁めいた話であるが、事実現在私の手元にその古時計はあり、この時計を見ると彼と話した内容が浮かんで来るのだ。
 彼はこの時計を手に入れる時、私に何度も相談して来たもので、兎に角欲しいから高くても買い込むのだと。
 DSCN1758.JPGそしてやっと手に入れたと私に電話して来た事を思い出すが、それから直ぐに亡くなってしまったのだ。
 その時計が行方不明になって残念がっていたら、不思議にも私の手元に舞い込んで来るとは思っても見なかった。
 人手に渡ったと聞いた時には、これでこの時計は手に入らないものと思ったものだが、それが手に入るとは。
 この時計は横浜の金森が製造した時計、中々見つからない珍品時計である。
 彼がそうさせたのか、他の人が持てばすぐに手放し、回り回って私に送り込んでくれたものなのかと思う。
 嘘のような本当の話し、私の友人たちは「来るべき所にやって来たのだ」と言う、彼からの贈り物かも知れない。
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2016年11月11日

万年筆3

    何で万年筆か


DSCN1660.JPG 私のコレクションの中に万年筆があるが、何故万年筆なのか自分でも分からないのである。
 万年筆と言えば当然筆記用具、当たり前の事だが時代遅れと言う人も多く、事実万年筆を使っている人は少ない。
 現在では万年筆で字を書く事が中々ないので、それを見る機会も少なくなっている現実がある。
 今の若い人は万年筆などと言うもの自体知らないのでは、そんな風に思えてならないのだが。
 勿論我々の時代でも万年筆を使っている人はそんなに多くはなかったと思うが、私自身もそうであった。
 DSCN1661.JPG万年筆は高校に入学した時に親父が買ってくれたもの、パイロットの高級品であったと思うが、直ぐにペン先が壊れた。
 強い力で書きすぎるために、ペン先がつぶれてしまい、取り替えなければならず、良く取り換えたものだ。
 親父に何でそんなに壊れるのかと怒られた事があるが、確かにその通りで良く壊してしまったのだ。
 つまり書き慣れないので、ツイツイ力が入ってしまい、当然ペン先を痛めてしまう結果に、その都度変えて金もかかったと思う。
DSCN1662.JPG 今思えば親父の怒るのも良く分かるが、当時は別に万年筆を使わなくても良いと思っていたので、さほど気にしていなかった。
 しかし考えてみれば、親父が万年筆を買ってくれたので、大事に使えば良かったと反省しているのだ。
 あれから長い時間が経過して、今では万年筆で字を書く事も無くなってしまい、忘れ去られたかのようだ。
 聞くところによると、今でも万年筆を修理する人が居ると聞く、それだけ使っている人も居ると言う事か。
 どんな万年筆を使っているかと聞くと、手作りのエボナイトで出来た万年筆だと言うのだ、それには驚き。
 もうとっくにエボナイトの万年筆はなくなったと思っていたDSCN1667.JPGからだが、今でも作っていると言う。
 そんな万年筆の修理とか、昔から使っていた万年筆を修理に来る人も多いらしく、修理には時間が掛かると言うのだ。
 それでも修理を頼む人が多くて、半年待たねばならない事もあるらしく、遠方よりの依頼も多いらしい。
 やっぱり今でも万年筆に拘る人が居ると言う事、そして実用的に日常で使っていると言うのだ。
 写真は私の万年筆の一部、色々な物が自然と集まって来て、何時の間にか100本を越していると思う。
 めずらしい物はないが懐かしいものだけ集めてみたのだ。
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