2016年12月31日

除夜の鐘

    今年も後一日

 
DSCN2029.JPG 早いもので今年も後一日となってしまったが、この一年色々な事が多すぎたので今一複雑な気分だと思う。
 その上又地震、今年は最後の最後まで騒がしい年、何でこんな事になるのかと、そんな思いになる。
 日本の地下はどの様な状態になっているのか、やっぱり不安になるが、分からないと言う事。
 まだまだ気をゆるめる事は出来ないが、それでも生活はしなくてはならないのだから仕方がないと言うべきか。
 そなん不安の一年であったが、来年はどの様な年になるのか、新しい年を前に今年の穢れを祓っておきたい。
 古来より日本人は大晦日に禊ぎをして新しい年を迎えたもの、一年染み付いた穢れを払いのけるのも大晦日。
 DSCN2030.JPGこの風習は中国よりの伝来と聞く、そして人間の持つ108つの煩悩、これを少し調べたが難しい、多すぎて覚えられない。
 要するに人間の持つ欲望や行い、一年の行動で出来た穢れ、これを清めるために大晦日に行う行事の事らしい。
 この穢れを打ち払う寺の鐘、108回打つことにより、一つ一つの穢れが落ちて行くと言う大乗仏教の教えらしい。
 あの鐘の音は人間の魂に共鳴すると言われ、人にとっては聞きやすい音だと言う、大晦日の深夜その音を聞きながら新しい年を迎える。
 昔ながらの風習と言えようが、近年この鐘を巡って争いが絶えないと言う、この除夜の鐘がうるさいと言う事らしい。
 一年に一回の事だが、夜鐘がうるさいから突くなとの事、これまたDSCN2025.JPGビックリの意見であるが、あちこちに起こっていると言うのだ。
 今の日本は除夜の鐘でもうるさいと言う人が居るのかと、人間の煩悩の内の何に当たるかは知らないが、それを払うものなのに。
 音がうるさいから突くなとは、情けない世の中になったものだと思う、確かに一年のうち今日だけ、それもほんの一時期の事、それが許せないらしい。
 お寺の近くまで人家が密集した現代、確かに毎日突かれればうるさいと思うが、一年の内一回だけの事が我慢できないとは。
 これ又地震と同じで困った事になった世の中、益々生き辛くなる世の中になった行くのか、そんな不安も払いのけて欲しいもの。
 人は一人では生きて行けないものであり、それぞれのしがらみの中、生きて行くと言う事、それも自覚して欲しいとも思う。DSCN2024.JPG
 何にしても今夜、除夜の鐘を聞いて、自分の穢れを祓い、新しい年を迎えたいものだと思っているのだが。
 私の住んでいる地域でも、除夜の鐘は突かれており、あちらこちらから聞こえて来るが、うるさいと思った事はなく、情緒があって良いものだ。
 写真は市内のお寺、尾州家の徳川義直公の菩提寺、定光寺の鐘楼、ここも大晦日除夜の鐘を突く、山寺であり、近所に人家は少ないが、音は聞こえる。
 来年は良い年になって欲しいと願わずにはいられないが、果たして良い年になるのか、そんな思いで新年を迎える。

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2016年12月30日

正月の準備

    毎年の事


 
 DSCN1910.JPG我が家の玄関わきにある小さな花壇、毎年ここに正月用の葉ボタンを植えているが、今年も植え終わった。
 暮れになるとあちこちのホームセンターに行き、形の良い葉ボタンを見つける為、それは小さな花壇であるから、そこに合うものを。
 ところが中々気に入ったものがなく、あちこち探して回り、自分のイメージに合うものをと妻がこだわっている。
 私がどんな葉ボタンでも良いではないのかと言うが、妻は拘っているので中々探せなくて、2、3軒は回るのだ。
 狭い花壇であるから、それなりの葉ボタンでなければ合わないと言い、だから毎年拘っているのだと思う。
 ホームセンターに行くと良く鉢に植えたものがありDSCN1909.JPG、それなりの形を整えて売っているから、私はあれで良いと思っている。
 大小合わせた葉ボタンで、形もまとまっているから簡単に置けば済むが、苗から選んで植えるとなると手間が掛かり過ぎる。
 セットされた鉢物を買うのが一番早いと思うが、妻はそれでは面白くないと言い、自分で苗を選んで植えたいとの事。
 確かに自分好みの苗を買えば、思うようには配置は出来るが、それはに肥料や植える鉢も用意しないといけない。
 それでも自分の手で植えれば、どの様に配置したら良いのかとか、どんな苗を買えば良いのかと、多くの楽しみがあると言うのだ。
 私は庭いじりは好きではないから、何処が楽しいものなのか分からDSCN1908.JPGないが、妻はそれが楽しいと言う事らしく、簡単なもので済ませたくないらしい。
 鉢物を置けば済むと言うのに、わざわざ値段も高い、それでいて手間のかかる事をしなくても、そんな思いでいる。
 本人が楽しいと思っていれば、私がとやかく言う必要もなく、好きなようにすればよいと、毎年思っている事。
 そんな事でホームセンターに連れて行く事になり、葉ボタンを買いたいと言うので近くの店に出掛けれことにした。
 何時もの様に買うものをメモしてホームセンターへ出かけたが、一軒目の店には目的の葉ボタンがなく他の店に行く事に。DSCN1911.JPG
 何時もの事だが一軒目で目的のものを見つけた事がなく、大体は2、3軒回るのが常、案の定今日も軒目でやっと目的の葉ボタンを見つけた。
 別に其処まで拘らなくても、普通の葉ボタンで良いと思うが、妻はそれが嫌であるらしく、結果3軒もホームセンターを回ることになった。
 その上、思っていた通り、鉢も買い込んでいるようで、拘り続けている事は良い事なのか、ヤッパリ分からない。
 目的のものを全部買い込んで家に着けば、早速葉ボタンを植え始めたので、そんなに急がなくてもと言う。
 そんな事が耳に入るはずも無く、葉ボタンをセッセと植え出し、こちらの思っている事など聞いていない。
 出来上がったものを見れくれと言うので、仕方なしに見れば、確かにバラエティーに富んでいる事は確かである。
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2016年12月29日

堀部時計

      現存数が少ない



 SANY3184.JPG明治期、名古屋地域では時計製造会社が乱立、他の地域とは違い時計製造が容易に出来た事もあり、数多くの時計製造会社が設立された。
 全国的に見ても名古屋地域の時計製造会社は特殊な状態、この地域では時計産業に携わる人口が非常に多く、事実時計産業に参画もしやすかった。
 名古屋地域の多くの時計製造会社は自社で全ての部品を製造した訳でなく、必要に応じて部品を他社から仕入れ、自社では主要部品だけ製造したのだ。
 大手の時計製造会社と違い、後発で中小の時計製造会社は自社で全てを製造していたのでは価格的に大手と戦い出来ず、コスト削減の意味も含めて、部品購入を行っていた。
 このような特殊な形態が出来たのも、名古屋地域の時計産業は分業化が進んでいた事、結果数多くの時計製造会社が出来た要因の1つでもある。
 例えば機械は別、箱は別、振り子は別、ガラス枠は別、渦まき鈴は別と、独立し販売をしていた名古屋地域の時計産業、組み立て時計を製造するのにはもってこいの環境でもあった。
 そんな状況下、名古屋の時計製造会社は独自の時計を製造出来たので、数多くの組み立て会社が出現、百軒時計とも言われる位に時計を製造する処が多く存在した。SANY3181.JPG
 今回の堀部時計も又そんな環境下、外部から部品を調達して時計を製造した会社、記録によると、資本金不明、従業員数23名、月産製造数5、600台、当時は中小の時計製造会社であった。
 明治36年、37年の製造数、年間8000台の時計を製造、勧業年報に、その記録が残っているが、その殆どが海外輸出されたようで、東南アジアに向けて輸出されたと言う。
 其の為に製造数は多くあるものの、国内の現存数は極めて少なく、今では幻の時計として扱いを受けていたもの、記録には出ているものの、現存している時計が発見されていなかったからだ。
 偶然にも私の手元にやって来たこの時計、発見時は半信半疑であったが、持ち帰って調べた結果、間違いなく堀部時計である事が確認できた。
 一見時計の形状から、大正から昭和にかけて製造されDSCN1979.JPGた時計と間違われる様な形態、ラベルが無ければ昭和に製造された時計と言われてしまう。
 まだ市場に残っていると思うが、是非ともこのラベルの物を探して欲しいものだ、そして極めて貴重な明治期の時計であり、名古屋地域にとって資料価値の高い時計であるから。
 振り子室のラベルは白い紙で印刷されたもの、中央にはライオンのトレードマークが付いているから、これが目印。
 勿論、ローマ字で堀部時計製造と書き込まれているから、ラベルさえ残っていれば発見しやすいが、ラベルがないと難しくなる。
 特徴のないごく普通の八角尾長の時計であるから、見た目には何処にでもある単なる時計であり、史料価値の高いものとは気が付かないと思う。

 
 
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2016年12月28日

今年もあとわずか

    大掃除を開始


 
 DSCN1907.JPG毎年の事であるが自分の部屋、年末の掃除をやっと開始、しかし中々進まず四苦八苦、荷物が多過ぎるから。
 年に一度の大掃除、延ばし延ばしで今日まで来たが、流石にこれ以上延ばす訳にも行かず、仕方なしに開始はしたが。
 畳の上に置かれた時計をどかさなければ掃除は出来ず、これを何処に置くものかでストップ、何故ならばその時計も掃除をしなければならないからだ。
 片付けようと思っているのは棚の方であるが、その前に置かれている時計を除けないと掃除出来ないからだ。
 知らず知らずのうちに数が増え、畳の上にも置かれている古時計、先にこの時計を掃除しなければならず、面倒な事に。DSCN1906.JPG
我が家には掛けられない古時計が沢山あり、自分の部屋に寝かせてあるのだが、これが又多いのである。
 掛けられなければ買い込まなければ良いと思うのだが、そこは浅ましい古時計愛好家の類、欲しいと言う欲求を抑えられないのだ。
 掛ける所もないのに買い込み、後でどうするのか思案に暮れるが、買うその時は全然気にもしていないのである。
 それ故に後が厄介な事に、当然自分の部屋で寝かせることになり、それが次第に多くなり、結果は座る場所まで無くなってしまう。
 DSCN1904.JPGそれでも止めないのだから、自分自身で呆れてしまうが、しかしすぐに忘れて、また同じことを繰り返す、結果現実は甘くない。
 買い込んだこれらの古時計を放置して、先が進むわけではなく、ツケが溜まって大変なことになるのだが。
 暮れも迫ってくれぱ当然家族からも、いい加減に部屋の掃除をして欲しいと、そして畳の上の時計を処分しろと言う。
 言われてみれば確かに座る場所さえないから、自分でもイケないとは思ってはいるが、何とかならないものなのか。
 他人事みたいに思っていても、何の解決にもならず、仕方なしに大掃除をする羽目に、しかし埃が溜まっている。
 DSCN1905.JPG埃を取り除けていると、確かこの時計はあの時買い込んだもの、これを手に入れるのに苦労してと思い出すのだ。
 するととたんに手が止まり、この時計調子が悪かった事に気が付き、文字盤を外して機械を見る事に。
 確かに機械が良くない、振り竿のバネが切れそうになっているから、それを取り換えて調子を見る事にした。
 バネを変えたおかげで調子は良くなったが、ゼンマイが錆びついているように見え、これも取り除かないとイケない。
 今度はゼンマイを掃除するために機械を分解しなければ、作業開始であるが、棚の掃除をどうするものか。
 どちらが先にしなければならないものかと、取り留めもない事を感じながら、機械の分解に入ってしまった。
 棚の掃除はどうするのか、もう日にちは無いのに、こんな事をしていて良いのか、後が大変な事になる事は必定。

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2016年12月27日

日本の匠

      西洋化の波

 SANY3676.JPG明治初期、日本は大きく変わろうとしていた時期、西洋から怒涛の如く押し寄せてくる異文化、江戸時代まで鎖国政策で西洋文明の接点が少なかった日本の人々。
 一気に押し寄せる波に乗り遅れまいと、必死にもがいていた時、伝統に培われてきた技術、古い時代のものと言うレッテルを貼られた今までの物。
 そんなもの達に如何にして時代を乗り越えるか職人の感性が問われる時、伝統技術を後世に伝えるべく、職人たちが動く、今までの物をいかして、新しいものを作り出す事に。
 この時期、西洋から入ってきた懐中時計、爆発的に一般庶民に広ろがるが、やはり裕福な人々たち、そんな彼らに向けて、職人は新しいものを提供する。
 それは、懐中時計を置く台、今までに無かった新しいものだが、其処には長年培われてきた今までの技術が一杯生かされており、和洋折衷の新たなものが出来SANY3681.JPG上がる。
 写真の懐中時計の台が其れであるが、細かな部分を見てゆくと、今までに無かったものが工夫され、懐中時計の台となっている事に気づく、箱型になっているが、随所に新技術が取り入れられている。
 まずは、懐中時計をスッポリと納める部分、懐中時計の底をスッポリとくり貫いて、傾斜を付けた板に置くように工夫、之は今までに無かったものであり、時代の要求に応じたものだ。
 この板のものは、使用しないときはスライドされて本体に収納でき、必用になる時は引き出して使用するが、ここでも一捻りしたアイディアが生かされている。
 引き出した板を上に回転させて、斜めに固定する技法を用いて、其処に懐中時計をはめ込むと云う技法、簡単なようだが職人の工夫の賜物であると思う。DSCN2015.JPG
 新しい懐中時計を如何にしてディスプレイするか、当時の職人の創意工夫が偲ばれる一品、又遊び心として箱上部には象嵌が少し施されているのも、当時の職人の粋さが伺える。
 単なる時計の台ではなく、遊び心も取り入れて造られた箱、和洋折衷の明治ならではの出来栄えに、改めて関心させられる時計の台である。
 この時計の台、もう一つの目的が懐中時計を置時計として使用できるように造られたもの、単なる台としてではなく、懐中時計を利用でき、そして尚且つ遊び心を持たせた、そんな明治の職人の隠れた部部なのかも知れない。
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2016年12月26日

時代の流れ

    和時計の鐘


 
DSCN1655.JPG 和時計の鐘、時を告げる鐘であるが、時代と共に鐘の形も変化して行くと言う、鐘を見れば大体の時代が分かるとも言われている。
 良く資料にも多く出て来る事柄であるが、実際に鐘を見て見ないと中々分からないとも言われ、やっぱり現物を見るのが一番。
 色々な文献では一番古い物は深鈴と呼ばれているもので、お寺の鐘に良く似たものだと言うのだが、実際の現物はどうか。
 和時計は1500年代に造られたと言われ、それ以来400年間造られた来たもの、長い間には色々な変化が生じて来る。
 その中に鐘も、時代と共に変化して行くが、鐘の形が次第に浅くなって行く傾向にあり、幕末に造られたものと比べると、明らかな違いが。SANY0699.JPG
 初期物の鐘は確かに深くて大きなものが付いており、一見して後のものとは違いが明らか、やはりお寺の鐘に近い。
 そもそも和時計は西洋時計のコピーから始まったとされており、津田助左衛門が和時計の元祖。
 では助左衛門の製造した初期のものが現存していれば良いのだが、現実には現存していないのだ。
 疑問が湧くのは西洋のコピーだとしたら、当時の西洋時計の鐘はそなんに大きくないもの、どの時計をコピーしたかは不明だが。
 静岡の東照宮に現存している当時の西洋時計、これと同じようなものをコピーしたとは思えないのだ。SANY3067.JPG
 勿論、助左衛門がどの西洋時計をモデルとしたかは不明、そして家康に献上したと言われる時計も現存していない。
 実際には推測するしかないと言われているが、果たして初期の和時計に付いている鐘、現存している様な深鈴であったのだろうか。
 ある人がそんな疑問を投げかけた事があるが、一笑されてしまったと言う、しかし実際にはどうであったのか疑問が残る。
 あんな大きな深鈴が付いていたのかと、もっと浅かったのではとも言うが、それを立証する事が出来ない。
 ただ現存している古い和時計はSANY3120.JPG深鈴を付けており、確かに時代の古い物は深鈴であるが、助左衛門は何故深鈴にしたのか。
 私も少しはある人の意見を支持したいような、現実には急にモデルよりも深鈴を付ける理由がないとも思うが。
 そんな疑問もあるとは言え、深鈴から次第に時代が新しくなるに連れ、鐘も浅く成った行く事は確かである。
 古い鐘と最も新たらしいとされる鐘と比較して見ると、驚くほどに小さく、そして浅くなったいる事が分かる。
 特に幕末から明治に入るまでの和時計の鐘は、小さくて浅いものが付いており、現存しているものがそれを物語っている。

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2016年12月25日

クリスマスグッズ

    クリスマス


 
 DSCN1974.JPGこの日が近づくと何だか昔の事を思い出すのだが、今は孫がいるのでその対策で頭が一杯となるのだが。
 娘が小さかった頃、クリスマスが近くなると必ずおもちゃ屋さんに行き、サンタさんの贈り物を注文しに。
 どの玩具が良いのか中々決まらず、店内を何回も回ったものだが、今は同じ事を孫がしているのである。
 クリスマスとは、おもちゃ屋さんでぐるぐると回る事を意味していると解釈しており、また今年もそうなるのか。
 孫たちは自分の好きな物をすでに決めてはいるが、実際に買いに行くと目移りして、やはり中々決まらないので、結果はぐるぐる回る事になる。
 DSCN1976.JPGそんな事で娘たちの小さい時に買い込んだ玩具が今もあり、この時期になると目につく事に、勿論私ではなく孫である。
 我々は何処におもちゃを始末したか忘れているが、孫たちは何処からとなく探し出してくる、たいしたものだ。
 自分でしまい込んだのであるが、何処にしまったものなのか忘れており、偶然に目にすることもあるが、孫たちは違う。
 何時も我々がしまい込んだものを探し出してくるので、こちらが驚く他はないが、子供探し出す名人かも。
 それは玩具に限っての事、クリスマスの玩具だけでなく、娘たちが昔遊んだ玩具も、壊れていないものは全部取ってある。DSCN1977.JPG
 その事を孫たちもよく知っており、大体の場所は感付いている筈、我々はしまい込み忘れているが、孫たちは探しの名人だから。
 見つけ出して来たのは樹脂で出来たサンタクロースの置物とスノードムらしき入れ物、昔娘たちが買ったものだ。
 一つは缶の蓋部分にスノードムらしきものが付いた置物、あき缶の蓋がドームになったものだが、当時はその中にお菓子が入っていたものだ。
 そして樹脂で出来た置物は、サンタクロースがトナカイに乗ってプレゼントを運んでいるもの。
 DSCN1978.JPGこの置物、ソリの部分が扉状に開く仕組みのもの、蝶番が付いており中にはサンタクロースと雪だるまが入っている。
 下の娘はドーム式のこれも色々な動物と人が一杯ついており、ムードのある置物、娘2人とも机の上に置いて楽しんでいた事を思い出す。
 もう40年位前の事、再び目にした事で娘たちの子供の頃を思い出してしまったものだが、月日の経つのは早いものである。
 孫が探し出して来た御かげで、娘たちの小さい頃を思い出させてくれ、改めて時間がたったことを知ったのだ。




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2016年12月24日

もう準備に入らないと

    来年の雛巡り


 
SANY1113.JPG 毎年開催される瀬戸の雛巡り、今年もそんな準備に入る時期になってしまい、これからが大変な事に。
 まだ時間があるのではと言う人も多いが、実際はもう遅い位と感じているもので、何故ならば逆算して開催日を数えると、その様になる。
 つまり逆算すると時間が足りないと言う事になり、毎年の事だが慌てふためく事になる気配である。
 実は毎年開催しているから、当然の事雛人形も傷むことになり、その都度修理をしなければならないのだ。
 雛人形は古い物では280年経過しているものもあり、出せば当然何処かが傷む事に、その為に修理が必要となる。
 特に注意しているのは衣装であり、古い物は再現できないから、注意深く取り扱ってはいるが、それでも傷む。
 SANY1372.JPG多いのは100年以上が経過したもの、その為に傷みが早く進行し、思わぬ手間が掛かることになるのだ。
 去年も享保雛の首が抜けてしまい、慌てふためいたが、どうにか元の状態までになったが、それまでに時間が費やされてしまい、進行が大幅に遅れた。
 そんな事が起こるのも雛人形が古い事であり、当然であるが全体が傷んでいるから、これ以上に進行させたくない。
 意外と知られていないのが雄雛の衣装、束帯姿の衣装が一番傷む、江戸時代のお雛の殆どがボロボロの状態。
 知らないで雄雛を持ち上げると、ボロボロと衣装が剥がれて来ることも多く、雌雛に比べて傷みが早いのだ。
 去年までは展示出来てものも、今年は展示に耐えないものもあり、頭を抱えることになるのだ。
SANY1373.JPG この雛人形をメインに展示しようと思っているから、その雄雛が傷んでいたら大変、計画がダメになる。
 毎年この様な出来事が起こるから、大概の事は慌てないが、それでも困ってしまう事は当たり前、代役を立てないと前に進まないのだ。
 この雄雛の修理は大変面倒、以前は知り合いの人形師さんに修理を頼んでいたが、やっぱり修理代もかさむ事になる。
 それで人形師さんから修理の技術を教えて貰い、見よう見真似で覚える事にしたが、その作業には時間が掛かる。
 明治時代の留めそでを探し出し、その布で修復をするのだが、これが又大変面倒な作業で、教えて貰ったようには行かない。
 SANY2049.JPGはじめは何日もかかってしまったが、最近ではあまり時間はかからないが、やっぱり素人だから上手くは行かないのだ。
 しかし失敗は許されないので、その前にどうにもならなかった時は人形師さんに手助けをお願いして今日まで来た。
 雛人形は傷みやすくて、年代物の雛人形は乾燥や湿気に弱く、この管理も大変、良いものは大きな茶箱に収容している。
 新しい頑丈な茶箱を探して、今では茶箱の数が増えて、湿気や乾燥には対処が出来ているが、問題もあるのだ。
 頑丈な茶箱であるから重い事、それに雛人形を一杯入れるのでさらに重くなり、25キロ以上になるからだ。
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2016年12月23日

安いロレックス

    本物なのか


 
 DSCN1956.JPG友人が腕時計を持って現れ、非常に安かったのでつい買ってしまった、ロレックスの本物だと思うけど見てくれと言う。
 話を聞くと、「あるアンティークショップをのぞくと、そこにこれがあった」と言って指し出したのが腕時計。
 よく見るとコピー商品と直ぐに分かるもの、しかし友人は本物ではないかと思い、値段も安かったので買い込んだと言う。
 幾らで買い込んだのかと聞けば、2万円で買ったが安かったと言うのだが、私の顔を見て「何だ、おかしいものなのか」と聞く。
 頭ごなしに言っても悪いと思い、先日保存協会のミーティングで買い込んだコピーのロレックスを指し出した。DSCN1962.JPG
 「これ先日買い込んだもの、1000円であった」と目の前に出すと、友人「これとどう違うのか」とまだ納得がゆかない様子。
 これはコピー商品だが、そちらの時計と同じものだが分かるかと言えば、「俺のも違うものだ」と言うのだ。
 自分の買ったものはその時計と違うものだと主張するので、「良く2つの時計を比べて見ろ、2つとも雑に出来ているだろう」と。
 何処を見れば良いのだと言う友人に、時計のガラスを横から見て見ろ、カレンダーの部分をと指さして。
 2つとも側面がギザギザしていないのか、本物のガラスはもっとなめらかで質が良いガラスが嵌めてある。DSCN1960.JPG
 そして竜頭のマークを見て見ろ、王冠が薄くなっており、ハッキリしていないだろうと教える。
 それでも尚友人、自分の買ったものは私が出したものと違うと主張するので、本物のロレックスを出して、これと比べて見ろと。
 差し出された本物のロレックスを手に友人、自分の買ったものと見比べだしたが、どうも分からないらしい。
 何処が違うものなのかサッパリ分からないと、ガラスを見比べても違いは分からず、竜頭を見ても分からないと言う。
 何度見ても違いはないと言い出す始末、違う要点を教えても分からないと言うので、最後の手段を取る事にした。
DSCN1957.JPG ルーペを取り出して、先ず文字盤に付いているロレックスの王冠を見て見ろと指示、友人ルーペを手に取り文字盤のマークを見だして、急に声が高くなり、「やっぱり王冠が違う」と言う。
 ルーペでよく見てみると、文字盤の文字も雑であり、王冠は偽物だと良く分かる、拡大して見ると違いが分かるとも言うのだ。
 そして、本物の時計の文字盤と比較して、偽物の時計の文字盤が雑である事に気が付いたと言うのだ。
 ルーペで見ないと分からない部分も多くあり、只先入観で本物だと信じてしまうと、実際より良く見えてしまうものだ。
 拡大して見ると、偽物は如何に雑に出来ているものか、ハッキリと確認できるから、ルーペで見る事だと思う。
 慣れてしまえば、何処が違うものなのかは自然と分かるようになり、要点だけ見れば直ぐに判別できるはずである。
 それにしても2万円で買い込むとは、友人もガッカリ、知らないと言う事は損に繋がる事、注意しないといけない。
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2016年12月22日

孫が見つけた

    ミュージカルスノーマン

 

 DSCN1921.JPG早いものでまたこの時がやって来、我が家の孫、今年は何が良いものか思案中であったが、欲しいものが決まって、後は待つだけであると。
 その孫が押入れから古い物を持ち出して来たが、良くもまあ見つけ出すものだと感心する一方、懐かしいものを見つけて来たと感慨深い。
 それは娘が子供の頃欲しがったもの、クリスマス用に昔買い込んだもの、何時しか何処にしまい込んだのか忘れていたものであった。
 ミュージカル、スノーマンと言う置物、プラスチック製の雪ダルマであるが、全体が透明なプラスチックでできており、中が丸見え。
 DSCN1922.JPGその中に、これもプラスチック製の雪ダルマのが二つ、そして後ろにはモミの木が二本たっているもの、
 いかにもクリスマスらして雰囲気のスノードム、ふつうスノードムはガラスで出来ているのが当たり前。
 それを逆さまにして元に戻すと、下にあった白い固形物が落ちて行く、それがあたかも雪が降っているように見える。
 スノードムとはそんな仕掛けがあるものだが、このプラスチック製の雪ダルマ、電池式で動くものだ。
 ガラス製のスノードムと違い、プラスチックで出来ており、非常に軽いもの、只プラスチックの良さを生かして透明である事。DSCN1925.JPG
 そして仕掛けがされている点は原始的なスノードムとも違った面白さはあり、雪だるまの下にはオルゴールが組み込まれている事。
 六曲もの音楽が組み込まれており、自由に音楽を変える事も出来、楽しさは倍増しているとも言えるものだ。
 そして肝心なスノーは送風機が組み込まれているから、ボタン一つで吹雪が再現できる優れものである。
 ただスノードムと言えるかどうかは難しいところであるが、楽しいものには違いはなく、子供たちには人気であった。
 うちの娘たちも子供の頃は楽しんでいた様であるが、ほんの一時の事、クリスマスが終わればお役御免である。DSCN1927.JPG
 部屋の片隅に置かれてしまい、何時しか忘れ去られて、また来年のクリスマスには引っ張り出してくる。
 それも小学生までであり、中学に入ると興味を示さなくなり、押入れの片隅で眠っていたのである。
 それを孫が見つけて来て、面白そうに音楽を切り替えて遊んでいた様で、深い眠りから呼び戻されたようだ。
 それにしても子供は何処で見つけて来るか分からないもので、我々も忘れていたものを探し出すとは。
 たぶんそれもクリスマスが過ぎてしまえば、娘たちと同じ事で用無しになってしまうと思う、それがスノードムの定めなのか。


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2016年12月21日

指針が合わない

    古時計の針が

 

DSCN1968.JPG 新しい会員の方から、「古時計を買い込んだが付いている針が合わない」と、「どうしたら良いのか」との質問である。
 話をよく聞いてみると、ある骨董屋さんから古時計を安く買い込んだが、その時、その時計には針が付いていなかった。
 店の主人曰く「針は何時でも入るから別の時計から取れば良いですよ」と言われて、古時計自体は安かったので惑わず買い込んだと。
 店の主人が針は何時でも入るからと言うので、それを信用してその古時計分かったのだと言う、そして後日針を見つけて来て貰って来たらしい。
 家に帰って、早速その貰って来た針を付けようとしたが、針が全く付かない、針の穴と時計の軸の大きさが違い付かないのだ。DSCN1969.JPG
 簡単に付くと思っていた本人は動揺したらしく、店に電話して付かない事を伝えると、「針の穴を鑢ですれば簡単に付く様になります」と言われ、店の主人の言う通り、それを実行する事にしたらしい。
 ホームセンターに行き、細密用の鑢を買い込み、家に帰って針の穴を大きくするため、鑢で穴をすり出したと。
 しかし今までそなん事はやった事がなく、店の主人の言うように簡単ではないと気付き、必死で鑢を動かしたらしい。
 適当に穴が大きくなったので、時計にはめようと思い軸に入れたら、穴が大きすぎて下に落ちてしまったとの事。
 何分初めての事、慎重に鑢を動かしたはずであったがDSCN1970.JPG、結果は穴が大きくなってしまい、失敗してしまった。
 それで又店に電話したら、「そんなに簡単に合う針はない」と言われて、今度はびっくりしたと言う。
 針は簡単に手に入ると言っていた主人が、手のひらを返したように「針は簡単に手に入らない」と言うのだ。
 仕方なく別の店で聞いてみると、「針だけは売ってない」と断られ、他の店も同様に断られたらしい。
 そこで初めて古時計の針は共通の物ではない事に気が付いてと言うのだが、その先どうしたら良いのかと。
 その会員さんは安い時計を買った事を後悔し、古時計はオリジナルの物を買わないと、はじめて思ったらしい。
 そして私のどうしたら良いのかとの質問、確かに言われるDSCN1972.JPG通りでね古時計に付いている針はそれぞれに違うもの。
 時代が違うのと製造所が違うものがあり、同じ部品が付いている事はなく、殆どが別の者と思った方が良い。
 その上で古時計を多く持つためには、壊れた時計から部品取りをして、イザと言うためにストックしておくことだ。
 私も数多くの針をストックしており、何時でも取り換えが出来るようにはしているつもり、しかし其れでも合わない時もある。
 その時は会員さんがやったように、鑢で穴を合わせるのだが、慎重にやらないと失敗してしまう。
 根気よく、少しづつ鑢でする事、慌ててすると失敗するから、穴が大きくなったら使い物にならない事を頭に入れておくことだ。

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2016年12月20日

暇が出来たので

    久し振りに行く



 DSCN1955.JPG12月のこの時期ね少し暇が出来たので妻と2人蕎麦を食べに行く事にし、松本に行く事になった。
 毎年正月は親戚縁者が多く集まり、身動きできない状態なので、この時期に羽を伸ばしにと温泉に行く事にした。
 正月は親戚の者の接待続きで大変、我が家にやった来る人は60人を超す、その人達の食事の面倒をしなければならず、妻も大変であるから。
 何時もこの時期に羽を伸ばしに温泉に行く事にしているので、今年も何処に行くのかと、結果は蕎麦が食べたいと。
 蕎麦と言えば我が家では安曇野の翁と決まっており、翁に蕎麦を食べに、そしてついでに松本に寄るのも恒例である。DSCN1954.JPG
 時間がない時は松本市内の行きつけの蕎麦屋に行くが、今日は安曇野翁に行くのが目的出来ており、松本はついでだ。
 宿から高速で翁に直行、開店と同時に入るのが目的、それを逃すと混む事は必定、蕎麦を食べたら「まるも」にまた直行。
 友人が良く、「高速を使って翁まで蕎麦を食べに行く気が知れない」と言うが、確かに言われる通りだ。
 しかし私にすれば「自分好きな蕎麦を食べる為なら、高速を使って食べに行く」それが拘りである。
 友人は高い蕎麦を食べて美味しいのかと言うが、確かに言われればその通り、それでも食べたいから仕方がない。DSCN1949.JPG
 それが拘りと言うものなのだと、変な理屈を付けてはいるが、只食べたいだけであり、別に何でもない事だ。
 そんな事で松本の「まるも」に行く、ここは何しろ思い出の場所、若い時には良くここにコーヒーを飲む為に来たものだ。
 松本にコーヒー店は多く存在しているが、他の店には行かない、ここ「まるも」が定位置の場所であるのだ。
 学生時代からであるから、50年は経っている筈、若い頃より店内は殆ど変わっていなくて、それが又ここに来る原因でもある。
 此処へ来れば昔のままDSCN1952.JPG
 こんな雰囲気の店が無くなってしまい、若い頃のままの処も無くなってしまった今、ここは別世界でもあるのだ。
 此処で永六輔さんとも良く鉢合せをしたもの、永さんは松本に来ると必ずここに来るらしく、良く見かけたものだ。
 勿論松本家具のテイブルも殆ど同じ定位置、多少は変わっていても基本的には昔のままである。
 そんな定位置の場所に座り、コーヒーを飲めばゆったりとした気分になり、他の店では味あえない事だ。
 今日も妻と2人、昔の場所に座り、ジックリとコーヒーを飲む、ストーブの炎までが昔のままのようだ。
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2016年12月19日

ジャンク品

    突然の電話

 

DSCN1966.JPG 夜遅く突然の電話、何事かと思い電話に出ると、古時計保存協会の会員さんからの電話、何だか深刻そうだ。
 夜遅くかかって来るので身内かと思っていたが、深刻そうなので話を聞く事に、すると古時計を買い込んだが機械が合わないと。
 確かに本人にしてみれば深刻な話であるに違いはないが、私にとっては迷惑な話、夜遅く電話であれば心配してしまうのだ。
 身内に何か起こったのかと、そんな心配をすることになるからだが、しかし相談にのるしかないので話を聞く事に。
 最近では良くこんな事が起こるようになった来たが、それも会員さんが増えたせいであろうと思う。
 話の内容は「古時計を買い込んだが、壊れているので機械を直したいと言うので、何故壊れているのかと聞く。
 するとジャンク商品として買い込んだもので、機械を直せば動くと言DSCN1963.JPGわれたから買い込んでしまったらしい。
 しかし家に帰ってから文字盤をあけて、機械を見たら歯車の歯先が壊れてしまっており、それを修理したいと言うのだ。
 もう少し詳しく話を聞いてみると、「ゼンマイも切れている」との事、要するにゼンマイが切れた時に歯車まで損傷してしまったのだ。
 普通この様な状態になると、修理するには大事となり、幾ら安く買い込んでも後が大変なことになるのだ。
 ゼンマイだけならばまだ何とか安く修理できたとしても、歯車が破損しているのであれば、絶対に手を出してはいけない。
 何故ならば、歯車の修理はお金がかかる事は必定、それも一つや二つの歯車でも修理代は高くつく。
 ましてやゼンマイも修理しなければならないのであれば、買い込む事は止めた方が良い、得にはならないのだ。
 勿論その時計が非常に珍しい古時計で、資料的に価値のあるものでDSCN1965.JPGあれば、話は別であるが、普通の古時計であればよした方が賢明だ。
 この会員さんは簡単に修理ができると思ったらしく、私に機械を変えれば良いのではないかとの質問。
 確かに言われる様に、同じ会社の時計であれば機械が合う事もあり、その機械を探せば良いが、中々難しいものだ。
 確かに機械を変えれば良いが、時計によっては中々合う機械が無いもので、特に今回の古時計は機械がないもの。
 それは偶然にも珍しい会社の時計で、前にも同じ質問があり、その人も機械を探しているが未だに機械が出て来ないだ。
 本人は簡単にあると思っていたが、全くと言って合わない機械、こんなに合わないとは思っても見なかったと。DSCN1964.JPG
 古時計は多く存在しているようであるが、同じ会社の、同じ時代に物を探そうとすると、中々出て来ないもので、簡単ではない事を知るべきだと思う。
 特にジャンク品を買い込む時は、それ相当の苦労と金がかかる事を覚悟しておかないといけない。
 そのような古時計を買い込むのは止めた方が良い、勿論自分で修理が出来、趣味で行うのであれば話は別である。
 しかし素人が安いからと言ってジャンク品に手を出す事は避けた方が良い、後で高いものに付いてしまうからだ。
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2016年12月18日

今年最後の

    やはり翁の蕎麦


 
 DSCN1945.JPG今年も色々な場所で蕎麦を食べて来たが、やはり最後は翁の蕎麦で締めくくりたいと思い立った。
 毎年の事であるが12月に入ると必ず信州に行き、蕎麦を食べているが、長坂の翁に行く事が多かった。
 勿論高橋名人の蕎麦を食べに、しかし高橋氏が広島に移ってしまい、食べる事が出来なくなってしまったのだ。
 その為に一番弟子の若月氏の店に行く事に、それが「安曇野翁」、ここの蕎麦は名人譲りの旨い蕎麦である。
 店構えから内装に至るまでほとんどが長坂の店と同じよう、つまり師匠の店をそのまま安曇野に持って来たようだ。
 DSCN1943.JPGその上、器に至るまで師匠好みのもので占め、あくまでも「翁の蕎麦」である事を主張しているかのようだ。
 初めてここを訪れた時に感じたのは、長坂の店の雰囲気と全く同じだと、雑木林の中に店が建っている事も。
 立地条件まで同じ、そんな風に感じたのは私だけではない筈、多くの訪れた翁通の人なら誰しもそのように思ったと思う。
 兎に角、師匠譲りの雰囲気の店、中に入ると高橋名人が出て来るような錯覚に陥るのだが、ここは若月氏の店である。
 そしてこの時期になると、食べたくなるのが「鴨せいろ」、これを食べないと年が越せない、冬の蕎麦でもある。
 DSCN1937.JPG勿論冷たい蕎麦は当たり前の事、それを食べてから、鴨せいろを食べて締めるのだが、今年も同じ。
 安曇野にやって来て、今年最後の蕎麦を食べ、また来年にやってくる日まで、この味を覚えておかないと。
 食べ終わって店を出ようとしたとき、目に入ったのが貼り紙、年越しそば承りますの文字、やっぱり12月だと。
 今年も早いもので後15日を切ってしまい、慌ただしい日が続きそうであるが、一つ目の締め括りは出来たような感じ。
 ついでに薮原のおぎのやに行き、翁巡りをして行く事にし、薮原に車を向けて進む事にしたのである。
DSCN1939.JPG おぎのやは翁グループでは新顔、お六櫛で有名な薮原に店があり、ここも良く訪れたところ、安曇野まで行けない時はここで食べているのだ。
 店は木曽街道の宿場の中にあり、昔ながらのたた住まいの雰囲気、大きな囲炉裏が中心で、雰囲気も良い。
 店に入れば薪ストーブが、やっぱり薮原は寒いところ、ストーブのそばに座り、ざるそばを注文、それこそ今年最後の翁の蕎麦の締め括りである。
 よく蕎麦を知らない人から、何で同じ蕎麦ばかり食べるのかと言われるが、同じ蕎麦ではなく、店、店によって微妙に違うもので、それを堪能するのだと。
 しかし何処の蕎麦を食べても同じだと言う、それも好き好きかも知れないが、何にしても蕎麦好きな私としては満足な一日であったことは確かである。
 また来年も翁の蕎麦を食べに来る事であろうが、今年はこれで食べ納め、来年は何時来るのか。
 食べたくなったら高速を飛ばして食べに来ればよい、それまでの我慢でもある。
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2016年12月17日

今年最後の納会

    忙しい中


 
DSCN1934.JPG 今年最後のミーティング、浜松で開催したミーティングは少し人数が少なかったようで、多分12月でみんな忙しのであろう。
 こちらの予想に反して人数が少なく、オークションも今一活気がなかったが、それはそれで良かったと思う。
 やはり年末の12月、そんな事を思いながらミーティング開始、オークションをはじめにやる事にした。
 年末でもあり、面白い時計が集まって来たが、見るからに高そうな時計が多くて、会員の人達も目の保養になると。
 毎回の事だがオークションはピンからキリまで、色々なものが出品され、落札されて行く事になる。
DSCN1936.JPG 勿論会員さんが持ち寄って来たもので、値段は安く、その上市場では中々お目に掛かれない時計も多く、やはり目の保養になる。
 数多くの古時計に接して欲しいと、このオークションを始めたので、毎回面白い古時計が出品されている。
 中には驚くほど高価な古時計も、そんな時には冗談で値段のやり取りがはじまり、笑いを誘う事に。
 誰しも欲しい事には変わりはないが、余りにも高価であり、笑ってしまうのだが、そこは会員さんの事、シッカリとチェックしている。
 出している方もそれを理解しているから、別にしらける事もなく、高価な古時計を観察するのだ。
 DSCN1933.JPG今回のオークションは置時計が多く出品されており、手ごろな値段で落札されていたが、昔は高価な時計であったと思うものもあった。
 それでも会員さんはシビア、ジックリと観察し、値段を提示していたので、流石に場なれをしていると思われた。
 そんな中会員で一番若い水谷君から質問があり、それに答えていると、次々と質問が出る事に。
 小さな蕾で取り上げたアンソニアのテリーパテントのカレンダーについてである。
 アンソニアのカレンダーだけではなく、他のメーカーのカレンダも質問が出たのだ。

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2016年12月16日

毎年恒例の

    この時期になると

 

 DSCN1929.JPG今年も後わずかとなってしまい、いよいよ年の暮れらしくなって来たようで、あちこちからお誘いが来るのだ。
 言わずと知れた忘年会であり、お誘いは毎年多いが、義理で出席しているものも多く、楽しめない事も。
 義理で出席しているせいが、相手方の事を頭に浮かべ、何処と無くぎこちない飲み会となる事に。
 勿論そんな事は言えないが、その場は取り留めもない話をして時間が過ぎて行くが、余り楽しめない。
 しかし気の合ったもの同士の忘年会は別物、周りを気にせずに飲めるからで、楽しく時間が過ぎて行く。
 今回も仲間同士の忘年会、この会は飲んべいの集まりであり、DSCN1930.JPG兎に角よく飲む連中ばかり、時間が掛かることになる。
 勿論お泊りの飲み会であるから、帰りの事を気にしなくて飲めるもの、そのせいもあり兎に角よく飲むのだ。
 普段から酒の強い連中であるが、帰りの事を心配しなくても良いから、最初からペースが速い、どんどんと飲んで行く。
 人数的にも丁度良い人数、余り多くいると面白くなくなり、順番のついで行く事になるから、そこそこの人数が良い。
 今回も6人の集まり、しかしこれが大酒のみの連中ばかり、私が一番飲めないから、彼等と付き合うのは大変だ。
 彼らはそれぞれに好きな銘柄があり、自分好みの酒を注文、ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ウイスキーとバラバラ。
 自分の好きな酒を飲むと決めているから、はじめは各々の酒をDSCN1931.JPG自分で次いで飲んでいるが、そこは飲んべいの事、酔いが回ってくればなんでも飲む、これが飲んべいの悪いところ、酒であればなんでも良いのだ。
 どんな酒でも飲む、私はこれが許せないので、自分の好きな酒だけ飲めと彼らに言う、すると「酒であればなんでも同じだ」と言いはじめる。
 酔いが回るまでは自分好みの酒でなければ絶対にダメと言っていたのに、酔いが回れば何でも良いと。
 こんな節操のない連中、飲んべいの典型であり、酒であればなんでも飲む、宴会がはじまり少し過ぎると、仲居さんは大変だ。
 6人から別々の酒を注文、それが又めんどくさい事に、冷酒か良い者と熱燗でなければならない者、ロックとビール。
 兎に角バラバラなものを注文するから、その都度メモをしていDSCN1932.JPGる仲居さん、しかし酔いが回って来ると注文と違うと言い出す。
 それには仲居さんも迷惑そうに、「先ほどお持ちしましたが」と言うが、本人は貰っていないと言い出す始末。
 原因は別の者が飲んでしまい、本人には行き渡っていないが、注文されたものは確かに来ているのだ。
 その都度幹事である私のものに仲居さんが、「注文されたものは確かに持ってまいりました」と言って来るのだ。
 仲居さんに「御免、また持って来て」と頼むが、こんな事が何度となく起こるのも何時もの事である。
 全く世話のやける連中で、年に一度の忘年会ならでは、しかしその飲みっぷりは限度を超えていると思うが。

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2016年12月15日

機械が合わない

    ジャンク商品

 

 DSCN1864.JPG毎回話題となるネットでの買い物、友人がネットで落とした古時計を持って現れ、何とかして欲しいと言うのだ。
 話を聞いてみればネットで出ていた古時計を落札したが、機械が使い物にならない、別の機械が欲しいが何とかならないかと言うのだ。
 何で初めからジャンク商品を買うのか、はじめから分かっていた事で、売り物にならないからジャンク品として売りに出したのだ。
 それを機械を直せないくせに、何で買い込んだのかと言えば、「ひょっとして動くかも知れない」と思ったからと言う。
 ジャンク品とハッキリとうたっているものは、まさしく不良品、そんなものを機械を知らない者が買うDSCN1866.JPGとは。
 安いからツイ手が出てしまい、その上競争になり、深みにハマってしまったと言うのだが、情けない話である。
 幾ら安くとも自分で直せないのであれば、普通は手を出さない筈、それを競い合って落札するとは信じられない。
 私の周りにはこんな人ばかりいるようで、何時も何とかして欲しいと駆け込んで来るが、断り切れないのも辛い事。
 私のが多くの古時計部品を持っている事は彼らは知っており、その上機械を私が自分で直すから、何とかなるだろうと言う事らしい。
 確かに彼等にも色々と助けてもらった事もあり、古時計の事位相談にのってやらないと、そんなDSCN1867.JPG気持ちがあるのも事実。
 確かに持ちつ、持たれつの付き合い、これも仕方がないのかも知れないと、そんな思いで機械探し。
 最近はゼンマイ一つ探すにも苦労する時代、以前は何でも手に入っていたが、最近は難しい世の中になってしまった。
 ゼンマイが切れてしまい、時計屋に直しに持って行ったが、ゼンマイがないので修理出来ないと断れ、私のもとに持って来る。
 直せとは言わないが、ゼンマイを取り外してくれないかと言う、良く知っている人ならではの事、其処までバレているのだ。
 そんな彼らが困ったときは駆け込んで来るから始末が悪い、「あの部品がないのか」とか、「確かこの部品があったはず」とか、持っている部品まで知っている。
 SANY0518.JPG今回の時計は機械が全くダメなもの、こんなものを買い込む人は、自分で機械を持っており、尚もこの時計に合う機械を持っていなければ買わない。
 何だかんだと言いながら、自分で合う機械を探しているから世話はない、やっぱり良いように使われているみたい。
 合うような機械を3、4台探し出し、この時計に合わせてみるが、ピタリとは合わないので、多少の修理は仕方がないとして2台の機械を選ぶ。
 しかし文字藩の穴の位置と機械が合うものは結果一台、この機械しか会わないために、果たして収まるのか心配。
 機械を入れてみると何とかなりそうだが、時打ちハンマーの位置またもや合わないので、これを改造するしかない。
 ハンマーの位置を改造して何とか収まったが、ここまでに時間を費やしたことは当たり前、それでも彼は分かっていないのだ。
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2016年12月14日

ノベリティー

    リアルな表現


DSCN1839.JPG 戦前戦後、瀬戸で製造された陶器、外貨獲得に大いに貢献したが、特に戦後日本の経済を引っ張り上げた事は事実。
 アメリカ向けの輸出が拡大して行き、その中にノベリティーと呼ばれる焼き物が大いに活躍、一躍表舞台に躍り出る事に。
 元々瀬戸の置物は鎌倉以前から造られていたと言われ、狛犬や人形などが手び練りで造られていたようだ。
 特に狛犬は多くの社寺に収められており、全国に残っているもので、瀬戸の焼き物を広める役割を果たしていた。
 この狛犬、時代によって形を変えて造られ、どの時代に造られたものかを知る上でも役に立っている。
DSCN1843.JPG 狛犬の姿は非常に多種多様で、勿論作者の意向によるもの、独特の姿をした狛犬もあり、狛犬愛好家も多いと言う。
 特に古い狛犬は表情も豊かで、面白い顔をした狛犬に人気が集中していると言う、これも瀬戸ならでは。
 そんな狛犬も江戸時代中に入ると、さらに需要が増して社寺に多く収められ、人々の信仰の深さと結び付くことになる。
 この様にして瀬戸の置物は発達を遂げて行き、幕末になると招き猫や、福助、オカメなどの置物に変わって行く。
 その上、郷土人形や招き猫などが人気となり、製造するとこも多く、それだけ需要があったと言う事だと思う。
 DSCN1841.JPGそんなころ明治6年ウイーンで開催された万国博で、石膏型から置物を造り出す技術を日本の持って帰る。
 これが切っ掛けで瀬戸のノベルティーは飛躍的に進歩することになり、石膏型が一気に導入され、今までのものよりも優れた人形や置物が出来るようになる。
 この頃になるとドイツの優れた人形を研究し、瀬戸の石膏型はより細密的なものが出来るようになり、マイセンに近づいていた。
 明治後期には万国博に出品され、海外から高い評価を得る事となり、輸出にも拍車がかかるが小規模の生産であった。
 生産が大きくなるのは昭和に入ってからの事、其のころには石膏型の技術もマイセンに劣DSCN1842.JPGる事のないものであった。
 第二次世界大戦後、アメリカから大量の注文が入り、生産も急速に発展、工場も大型化し、海外からの注文に応じるようになる。
 次第に置物や人形もより細密化し、何よりも大型化して行く事になるのだが、大型化すればするほど問題も大きくなる。
 当然の事ロスも多くなり、焼き物がゆえに焼いて見なければ分からない事も、窯から出して見ないと何とも言えないのだ。
 写真の置物、高さはさほど高くはなく、何処が難しいかと言えば、尻尾の部分であり、その長さ40センチ以上。
 この尻尾が難題で、焼くまでに乾燥段階で垂れてしまう事に、そして窯に入れて焼くのだが、焼いてみると尻尾が垂れたり、ヒビが入ったりと難題であった。
 全体のクジャクの大きさは70センチと大きく、これだけの置物を焼くには技術的にも難しく、ロスも出るのである。







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2016年12月13日

昔は良かった

    喫煙者にはつらい

 

 DSCN1898.JPG最近では喫煙に対して厳しくなり、何処でもタバコを吸える状況ではなくなってしまい、肩身が狭いと思う。
 喫煙者にとっては厳しい時代になり、煙草を吸うのを止めなければならないのかと、そんな思いでいる昨今。
 確かに年々厳しくなり、ここ数年で煙草を吸えるところが激減しており、何処で吸ったらよいのかと戸惑う事に。
 私も喫煙者としては身にせまされている一人、煙草は害になると言う事は十分認識しているもの、言われなくても分かっているのだ。
 酒と煙草どちらが悪いのかと、こんな文句も良く聞く言葉、確かに両方とも体に悪いもの、ならば何故止めぬのかと言う。
 DSCN1896.JPG勿論、そんな事は言われなくとも分かってはいるが、多い少ないは別にして未だに止めるつもりはないのだ。
 それは言い訳に過ぎないと言うが、言い訳ではないのだと思うと自分では思う、何故ならば吸うのを止めるとイライラがはじまるのだ。
 人はそれをニコチン中毒と言うが、決してそうでは無く、自分でも今までよりは数段に数量を減らしており、以前と思えば三分の一以下である。
 時には一日吸う事をしない時も多いが、それでも止めたいとは思わないので、何故だと言う人が居ると思う。
 煙草と言えばニコチンとタール、この両方とも体に悪いものと言う、しかし量さえ少なければ良いのではと。
 そんな勝手な思い込みをしているが、周りの人にしてみれば迷惑な話、煙も嫌だが臭いも嫌だDSCN1902.JPGと、そんな風に思っている人が多い。
 以前であれば喫煙室で煙草を吸い、職場に戻って行ったが、それでも匂いは消せないもので、他の人からは白い目で見られているような。
 時代はもっと厳しいものになり、我々は今後どのように追い詰められるのかと、そんな事をおもはざろう得ないのだ。
 実は現在私はパイプで煙草を吸いたいと思っており、以前から買い集めたパイプもあり、それで煙草を吸いたい。
 自分の家でも吸う事が出来ないために、大きな駐車場に行き、車の中でパイプで吸っていたが、それすらも出来なくなった。
 隣に車を止めた女性が此方を睨んでいる様な、そんな気配を感じるようになったので、それも現在は止めているのだ。DSCN1903.JPG
 一目が気になってじっくりと煙草が吸えないので、難しい世の中になったものだと、つくづく思う今日この頃。
 昔の事は言いたくはないが、あの日に帰りたいとツクヅク思う日々、この様に思っているのは私だけだろうか。
 人に気兼ねなく煙草を吸いたいと、そんな事を夢見ている自分がおかしく、何でそんな時代になったのかと独り言。
 これからもっと厳しくなり、煙草の値段が跳ね上がるようだとも聞く、益々昔が恋しくなってしまうのだ。

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2016年12月11日

色々な資料

    和時計に関して


 
 SANY3059.JPG和時計に関して様々な資料があるが、分かり易い資料となると中々ないので、あちらこちらと探し回ることになるのだ。
 勿論和時計以外の資料にも和時計の事が書かれているから、それられ探して見ると幅広いものとなり、中々見つからないのだ。
 和時計に関する資料は二通りに分かれると思う、一つは学術的な書き方をしているものと、もう一つは実例を挙げて分かり易く説明しているものとに分かれる。
 幾ら解説されていても分かり易く、また現物と付け合わせた資料が良いと思っており、只文献が細かく書かれているものもある。
 しかしそれらの資料は実に分かり難くて、実践向きではない様だが、細かく書かれてはいるが理解しがたい文章がある。SANY0029.JPG
 そんな文章の資料を見つけても、あまり乗り気で読む事はなく、ヤッパリ分かり易くて現実味のあった解説が望ましいのだ。
 確かに細かく分析して書いたものもあるが、読み辛くて理解しにくく、我々凡人には難しくて分かり辛いもの、もっと簡単に解説して欲しいのだ。
 やたら難しく書いている本などは、読んでいるだけで嫌になり、到底理解できない文章が多く、実践的ではないのだ。
 例えばある人が「戸田さん、この資料は実に細かく書いてあるから、これなら参考になる」と教えてくれた。
 その資料を見てみると、確かに言われた通り、細かく書いてあり、寸法も実に細かい、これを書くには大変だったと思う。DSCN1913.JPG
 兎に角細かく、ネジ一つでも分解するように数字が記載されているもの、しかし我々みたいな素人には何ミリと言うよりはネジの造り方を知りたい。
 どのようにして造るものなのか、そして出来上がったものは、他のものとどう違うのかを知りたいが、それは書いてないのだ。
 和時計の時代別の分析、ネジ一つとっても古い物と新しいものでは、何処が違うとか、造り方はこのように違うとか、現物で説明して欲しい。
 それなのに色々な文献は、其の物の大きさや、形を上げて、何センチの大きさだとか、重さは何グラムと書いてある。
 それよりも分かり易いのは、色々な同じ部品を並べて、時代別に示してくれれば、この形のものは大体この時代のものと分かる。DSCN1915.JPG
 勿論重さや大きさもあっても良いが、比較対象を分かり易く分析して欲しいものだ、そんな文献はないに等しい。
 現実に今でも色々な人が和時計に付いて書いているが、一人として我々が望んでいる様な文献はないに等しいと思う。
 その点、大名博物館の上口愚朗氏が書いている資料、この資料は我々の様な者にとっては、非常に分かり易いもの。
 具体的に図解を示して、見て簡単に理解できるような資料、難しい言葉ではなくて簡単にしかも的確にとらえている。
 こんな資料が多くあれば、もっと和時計が理解しやすく、簡単に分かる筈、そんな資料が少ないのは残念な事だ。


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