2017年03月03日

雛の日

    上巳の節句


 
 SANY0103.JPG3月3日はひな祭り、女の子の成長を祝う日であるが、昔は少し違っていたようで、今の感じと違ったもの。
 ひな祭りが盛んになったのは戦後の事と言われ、その前は富裕層の人しか楽しめなかったとも言われている。
 一般庶民がひな祭りを祝ってやれる余裕はなく、生活に追われる時代であったから、それどころではなかった。
 毎日、毎日食べることに必死で、ひな祭りを祝う余裕などなく、1日、1日が大変な時代であった。
 そんな話をしても現代の人には分からないと言われるが、事実そんなに昔の事ではないのだが。

SANY0252.JPG 何でも手に入る今の世の中、ひな祭りも例外ではなく誰でも手に入れている時代、どこの家庭でもこの日はひな祭りを祝っているようだ。
 このひな祭りの主役雛人形、その歴史は今のものと少し違い、ひな祭りではなく厄除けの儀式だと言う。
 子供を災いから打ち払う厄除けの儀式から発展したと言われ、世の中が平穏無事になる江戸時代に確立したと言われる。
 難しい話は兎も角、江戸時代かな雛の節句は続けられ、現代まで受け継がれて来た、多少の違いはあるにせよ、今のひな祭りとなったのだ。

 今瀬戸の雛巡りで展示してある雛人SANY0270.JPG形、面白い事に色々な質問がある中、一番多いのが内裏様の足の違い。
 現在展示してある雛人形の足の違いが何であるのかと、そんな質問であるが果たして何でなのか。
 内裏様の足が前で足を揃えているものと、あぐらを組んでいるものと2種類が展示してあるから、それが気になるのだ。
 享保雛は内裏様は足を前で合わせ、古今雛はあぐらをかいているので、よく見ないと分からないが、確かにそのような座り方をしている。
 これは公家風の座り方と、武家風の座り方と言われ、束帯姿の時は楽座と言い、足を前で揃えて座るしきたりであるとの事。
SANY0064.JPG つまり公家の座り方、公家風の雛人形は有職形式という公家の仕来りに則った座り方をしているから、足を前で揃えている。
 武家風の雛人形は古今雛と言う形式の雛人形、公家風と違いあぐらをかいて座っているもの、仕来たりの違いから。

 自分の家の雛人形をよく見ていないから、ここに来てじっくりと見て初めて気が付いたと言う人が殆どである。
 気にしだすと何でそうなの、家の雛人形だどうであったかと、頭の中が揺らぐらしいが、現代の雛人形はバラバラなものが多く、仕来たりをシッカリと伝えていないものが多い。
 今一度じっくりと自分の家の内裏様を見てみたら、どちらのスタイルのお雛様か分かると思うが、今日はひな祭りである。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月02日

古時計の見分け方

      古いのは何処で見るの


SANY7739.JPG
 古時計愛好家からの質問で多いのは、その時計が古い物なのかと言うこと、自分が手に入れた時計が古いのか、新しい物なのか分からないと。
 古時計を手に入れたが果たしてこの時計が古い物なのか、素朴な疑問が湧いてくるらしい、私も始め出した頃は良くあった。
 好きで手に入れはしたが、本当に古い時計なのか自分で判断が付かないから、次第に不安を覚えるという事、新しい物だったらガッカリと思いはじめる。

 始めはかすかな疑問だが次第に大きくなり、自分自身に不安が募ってきて、他人に意見を求める事になるが、これが間違いの元、意見が分かれたりすることになる。
 当然の事だが、他人は余り真剣に考えて返事をしてくれない事が多く、又その人が古時計の知識が豊富であれば良いのだが。
 得てして知識の少ない人に聞くことが多いもので、そんな時ほど逆効果なってしまうことに、そして益々落ち込んでしまうのもこSANY7740.JPGんな時だ。

 良くある質問は、八角型の掛時計に多く集中し、例えば八角合長の時計と八角尾長の時計、どちらの形が古い物なのかと言う疑問である。
 この質問が1番多く、実際に時計を見てみないと何とも言えないが、1番不安に思う時計なのでもあり、当事者にとっては一大事だ。
 自分では絶対古いと思って買い込んだのに、他人から新しいと言われてしまい、自信が無くなったしまう事に、そしてあちにこちらに聞き回る事になる。
 結果は解決しないまま、どれを信用して良いのか自分に自信がないのだから仕方がない事、1番良いのは当時のカタログを見る事。
 当時のカタログを見れば自分にも自信が付く事請け合い、少し探してみれば当時のカタログも手に入るから、それを参考にすると良い。
 カタログには八角合長、尾長共に記載されているから、それを頭の中に叩き込む事が大事、その際時計の特徴を覚えておく事だ。

 アメリカ製の時計も日本の時計も何処かに特徴があるから、違ったところに目SANY7746.JPGを向けてカタログを見ることを勧めるもの、同じ所は覚えなくて良いと思う。
 八角尾長の新しい物と古い物、形は良く似ているが、振り子室のラベルも違いがあるから、その違いを見極めるのも1つ。
  その上で古い物と新しい物の違いを知る事、例えば機械形式が古い物と新しいものとは違う、機械本体を止めている真鍮の板、新しいものは機械下の角が丸くなっている。
 小さな事だが大きな違い、古い物は角は直角になっているから、違いが分かるはず、渦巻き鈴も又違いがあり、新しいものは、古い物と違い、形が違うものが付く。

 鈴を打つ槌、ここにも古いものは円形の平らなものが付き、新しいものは円柱形のものが付く。
 この様に小さな事の積み上げがハッキリとした決め手となるもの、これも自分の目で覚えるしか方法はなく、やはり経験のつみ重ね。
 写真の時計、3台とも八角尾長時計、明治30年代に製造された物、一見昭和の時代に製造された物のようだが、製造元も分かった明治の時計。
 知らない人は八角尾長は昭和の時計だと思ってしまうもの、しかし格好だけでは時代は分からず、製造元を見極めることが肝心。
 1番良いのは信用のおける店で教えて貰う事、カタログがあれば尚更良いが、先ずは時代の特徴を理解しなくては、それぞれの時代の違いを把握しないと。
 
 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク

2017年03月01日

受け継がれる物

      我 家 の 時 計



SANY1360.JPG 私の若い頃に使っていた時計、大正の終わり頃の物であるが父親が使っていた物、若い頃に父親が使っていた物を私の兄が譲り受け、兄の机の上に置かれていた。
 まだ私が小さい頃の事、兄の机には父親から兄に受け継がれた物が並んでいたが、私の机の上には何もなくサッパリとして、対照的な雰囲気であった。

 兄は几帳面な性格で机の上も片付けられて、この時計や本箱がキチンと並び、時間も正確になっていたのを覚えているが、それに引き換え私の机はサッパリした状態で何もなかった。
 その後兄が新しい時計を買ってもらい、この時計は私の基に来る事になり、サッパリした机の上にポツンと時計だけが鎮座して、私の青春を見つめていた。

 其れ以来幾度となく机から落として壊れ、その都度自分で直して動かしていたが、高校の時に遂SANY1357.JPGに動かなくなり、故障したままになっていた。
 勿論この時計からも興味が薄れて行ったことは確かで、別に時計が無くとも不便ではなかったから、不便でなかったと言うよりも、時間を気にして勉強しなかったからである。
 壊れた時計であっても、時間が分からなくなっても、それなりに時間は分かったからだ。
 言い換えれば時間を気にした勉強をしなかったと言う事、そこが兄とは違うところでもあったのだ。

 社会人になってから暫くして、この時計を再び修理して動かす事になり、自分なりに修理をした。
 何故かと言えはバスの時間を知るため、朝バスに乗らないと会社に遅れるからだ。
 その為に必要に迫られて時計を修理したもの、ひげゼンマイが落した弾みで変形し、動かなくなっていたのを調整し直したのだ。
 以来我家で時を刻んできたが、今この時計を見ると自分が幾度となく壊しては直SANY1356.JPGし、又壊すという作業をしてきたにも拘らず、現在まで現役で動いている事に感謝している。

 時代と共に時計も進化し続け、新しい時計が次々と出てきたが、この時計を捨てることなど考えもしなかったし、父親から受け継いで使ってきた時計であり、今度は私の子供に受け継がせるつもりである。
 大げさに言えば親子3代にわたって使用してきた時計であり、その分我家の歴史を刻んできた生き証人でもあり、これからも次の時代に生き残って欲しい物だと思っている。
 何処の家庭にもあった時計であるが、新しいものが出るとツイ手が出て、古いものをなおざりにする傾向は現在更に進行しているが、古いものは歴史の生き証人であり、受け継がれるべきものでありたいと思う。 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記