2017年03月01日

受け継がれる物

      我 家 の 時 計



SANY1360.JPG 私の若い頃に使っていた時計、大正の終わり頃の物であるが父親が使っていた物、若い頃に父親が使っていた物を私の兄が譲り受け、兄の机の上に置かれていた。
 まだ私が小さい頃の事、兄の机には父親から兄に受け継がれた物が並んでいたが、私の机の上には何もなくサッパリとして、対照的な雰囲気であった。

 兄は几帳面な性格で机の上も片付けられて、この時計や本箱がキチンと並び、時間も正確になっていたのを覚えているが、それに引き換え私の机はサッパリした状態で何もなかった。
 その後兄が新しい時計を買ってもらい、この時計は私の基に来る事になり、サッパリした机の上にポツンと時計だけが鎮座して、私の青春を見つめていた。

 其れ以来幾度となく机から落として壊れ、その都度自分で直して動かしていたが、高校の時に遂SANY1357.JPGに動かなくなり、故障したままになっていた。
 勿論この時計からも興味が薄れて行ったことは確かで、別に時計が無くとも不便ではなかったから、不便でなかったと言うよりも、時間を気にして勉強しなかったからである。
 壊れた時計であっても、時間が分からなくなっても、それなりに時間は分かったからだ。
 言い換えれば時間を気にした勉強をしなかったと言う事、そこが兄とは違うところでもあったのだ。

 社会人になってから暫くして、この時計を再び修理して動かす事になり、自分なりに修理をした。
 何故かと言えはバスの時間を知るため、朝バスに乗らないと会社に遅れるからだ。
 その為に必要に迫られて時計を修理したもの、ひげゼンマイが落した弾みで変形し、動かなくなっていたのを調整し直したのだ。
 以来我家で時を刻んできたが、今この時計を見ると自分が幾度となく壊しては直SANY1356.JPGし、又壊すという作業をしてきたにも拘らず、現在まで現役で動いている事に感謝している。

 時代と共に時計も進化し続け、新しい時計が次々と出てきたが、この時計を捨てることなど考えもしなかったし、父親から受け継いで使ってきた時計であり、今度は私の子供に受け継がせるつもりである。
 大げさに言えば親子3代にわたって使用してきた時計であり、その分我家の歴史を刻んできた生き証人でもあり、これからも次の時代に生き残って欲しい物だと思っている。
 何処の家庭にもあった時計であるが、新しいものが出るとツイ手が出て、古いものをなおざりにする傾向は現在更に進行しているが、古いものは歴史の生き証人であり、受け継がれるべきものでありたいと思う。 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記