2017年04月12日

ノベルティー秀作

      瀬戸の輸出陶器 

 
 SANY0964.JPG尾張瀬戸では幕末から磁器生産が始まり、有田と並び国内輸出陶器の産地として、大々的に磁器が生産され、世界各国に大々的に輸出をしていた。
 主に大型の飾り壷や皿等であり、特に染付けの技法を駆使して作られた飾り壷等は、海外から強い関心が持たれ、技術の高さが認められると供に、高級陶器の製造以来が入ることになる。

 瀬戸の染付け技術は、繊細活大胆であり、特にコバルトの発色は素晴らしく、出来上がったものを見れば、其の素晴らしさに息を呑むほどの感動を覚える。
 そして、其の繊細さとは裏腹に大胆な大物も製作され、高さ3メートルにも及ぶ飾り壷や灯篭などの大型の磁器も製造した。

 特にヨーロッパの王侯貴族からは、其の染付けの繊SANY0968.JPG細な柄や磁器の白さがもてはやされ、需要が多く製造が間に合わなかったほどである。
 そして、時代が下り明治に入り、生活用品が主体となり、色々な西洋食器が作られるようになる。

 王侯貴族の食卓を飾る物から、実用的な皿やカップの製造も始まり、その用途は徐々に広がっていった。
 そして、日本初の洋食器を製造する工場が設立され、森村陶器製造会社の誕生である。

 現在のノリタケ陶器の前身であり、幕末より製造されてきた瀬戸の磁器が、海外で高く評価された結果、日本の代表的陶磁器製造会社を生み出すのである。
 写真の磁器製品は、戦前瀬戸で作られたヨーロッパ発注のウイスキーボトルである。SANY0976.JPG
 見てとうりの、実に堂々とした馬の姿、そして技術的な高さを誇るかの、細かな部分までも研ぎ澄まされた技術による成型、高級感のある色彩等、当時最高の出来である代物。

 手に入れた時は、てっきりヨーロッパで出来た物と思っていたが、後になって同じ物が瀬戸の窯元に在庫として残っていたのを、業者が発見、瀬戸で製造されたものと判明した。
 「燈台下暗し」とはよく言ったもので、地元の製品であると気づくのに時間がかかり過ぎたようである。

 後で色々と調査した結果、当時は瀬戸で多くの開国の注文品を製造していたことが判明、思わぬ事が分かった。
 笑い話のような本当の事、外国製だと思って買い込み、持ち帰ったものが日本製とは。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク