2017年04月27日

追いつきたい

      マイセンと肩を並べて。

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 尾張瀬戸の磁器は、幕末から現在まで作られてきたが、1番多く輸出されたのは戦前、戦後の時期、この時代が1番多く輸出され、又多く製造された事である。
 時代によって製造されたものは違いがあるが、大別すれば実用向きと装飾物に別れ、戦前に製造された物と戦後の物が違ってくるが、大別すれば前者は食器、後者は装飾物が中心のようである。

 当然の事であるが、高級品の輸出と一般物とは区別され、製造会社は其々の分野で、得意とするものが違っていたもの、この時代を象徴している。
 特に高級品を扱う企業は、秘密裏に磁器を製造して、部外者にはその製造方法を公開せず、独自の職人を雇い、自社製品の拡大を図っていた。

 職人は図柄や絵付け方法、燃焼技術など一切を部外に持ち出す事を厳しく監視、製造された商品の持ち出しにも、厳しい目が向けられて、企業秘密として管理されていた。
 当然の事であるが、製造途中で出来た不良品でも持ち出しは一切御法度、不良品は全て廃棄され、粉々に砕かれてその秘密が外部に漏れないように徹底管理されたと言う。

 この様な、徹底的に管理された中で製造された輸出物は、外貨獲得に大いに貢献した事は云うまでも無くSANY1173.JPG、愛知県の主要な輸出品であり、保護も当然なされていた。
 その中にはマイセン窯と競い合う商品も多く製造されていたが、門外不出であった為に、一般の人はその存在を知る人は、少なかったようである。

 当時の瀬戸の磁器は海外で、マイセンの商品と市場を競い合っていたので、「マイセンに追いつけ」、「追い越せ」の合言葉を掲げてマイセンの商品を超えるものを作り出そうとしていた。
 商品はすべてが一品ものであり、職人が分業で1番最高のものを生み出す努力を、惜しみなく発揮してマイセンを追い抜く技術の習得に励んでいた。

 写真、下はマイセンのカップ、上はマイセンに追い越す為に製造されたもの、当時の最高級のコーヒーカップ、すべてが手づくりで製造され、見事な出来栄えの物となっている。
 金も本金を採用、分厚く塗られており、花の図柄は一つ一つ細密に手で描かれており、現在之を再現するのには至難の業であると言われている。
 カップは足が三本付いており、ソーサーは縁をハートの形をくり貫いた、豪華なつくりになっていて、最高級品の香りを漂わせた一品である。













posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク