2017年05月29日

印判手

      印 判 手 と は


SANY4050.JPG 明治時代多くの皿が作られたが、全部が手書きで仕上げられたのではなく、ハンコや銅版印刷等の方法で絵付けがなされ、大量生産が可能となった。
 印判手とは、型紙摺絵や銅版転写の事、つまり手描きで描かれた物ではなく、印刷や型紙で絵つけされた物を云うが、幕末から明治に盛んに製造された。

 手描きで絵付けをするよりは遥かに早く、何よりも絵付けの熟練工でなくとも、少し習えば誰でも、そして手描きよりも早く出来上がることが最大の利点である。
 細部的にも線の細いところとか、複雑な模様も何時も同じ絵柄に仕上がり、しかし生産量は手描きの物よりも数倍も早く仕上がる事から、安価な焼き物として全国に広がる。
SANY4053.JPG
 主な産地は「瀬戸」、『美濃」、「有田」、「九谷」、「京都」等の焼き物の産地で幅広く生産され、安価な焼き物として、一般庶民に販売され人気を博していたが、その反面高級感は薄れていった。
 しかし、身近な物が題材としてデザインされた物や、文明開化の流行り物等が図案化され、今までになかった様な図柄が製造されるようになり、今までとは別の用途での使用に開拓された。

 写真の皿は瀬戸で製造された明治の手塩皿、印判手独特のブルーの強い釉薬、そして細かな模様、いかにも印判手らしい図案であり、その皿の真ん中には、文明開化の申し子とも言われた時計がデザインされている。
 江戸時代には、こんな複雑な図案の中に時計が描かれたものはなく、やはり印判手ならではの図案、時計も少し簡略的にされた図柄になっているが、何処かがおかしい。SANY4052.JPG

 その原因は実際に時計を見て図案を描いたのか疑わしいものが存在していることだ。
 実際に時計を見て描いたものならば、こんな事にはならないと思うが、時計を見て描いてないのでは。
 皆さんは、皿の中央を良く見て何処がおかしいのか探してみて、一見何処もおかしくないように見えますが、既成概念を持たずに良く見ていただくと直ぐに気が付くはずです。
 これも、印判手だからおこる事であり、手書きでは中々出来上がらなかったものであると思われ、印判手の持っている一つの弊害でもあるのでは。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク