2017年06月10日

時の記念日展

   恒例の展示


 
 SANY1868.JPG日本古時計保存協会の恒例、時の記念日展が開催されている瀬戸市の古民家久米邸、会員さんの収集品が展示されている。
 毎年の事であるが、どの古時計を展示するのかで今年も四苦八苦、去年おばさま達からの変わり映えがしないとの厳しい指摘。
 それを如何にして答えるか、当初から四苦八苦の状況であったが、何とか開催にこぎつけた。

 おばさま達の厳しい指摘は当然のように胸に突き刺さり、今年は指摘されないSANY1961.JPG様にと、展示に工夫をした。
 しかし定番の古時計は展示しなければならず、そこをどうつくろうか思案のしどころと頭をひねる。
 勿論展示したい古時計は山ほどあるが、展示会場が限られており、100台位が限度である。

 その中で当然こちらとしては歴史的に価値のある古時計を展示したくて、その数も多くあり、他との調整に頭を悩ますことに。
 時の記念日展であることで、これにまつわる古時計は外せず、かと言っておばさま方の指摘が胸に、そんSANY1842.JPGな訳で台数も絞られる。
 スタッフから色々に意見が出、意見の集約をした結果、方針が決定、今年はカラクリ付きの古時計を中心にすることに。

 カラクリ付きと言えば鳩時計かフクロウ時計、この二つが主なもの、勿論高級な海外の古時計があるがそれは問題外。
 身近で楽しいカラクリ時計はやっぱりフクロウ時計、その中でも子持ちのフクロウ時計が一番人気。

 そんな事で会員さんの手持ちのフクロウ時計を集合SANY1846.JPGさせるが、逆に数が多くなり、慌ててお断りする始末。
 折角申し出てくれた会員さんには申し訳ないが、何せ会場が狭いため展示数に限りがあり、断らざろう得ない。

 するとスタッフから、どの古時計を正面に持って来るのかと、様々な意見が出て掛場所が定まらない。
 またまた意見続出、絶対にフクロウ時計が正面と言い張る者も、しかし時の記念日展であることを忘れてはいけない、定番の古時計が定位置に収まり、最後は決着して開催の運びとなる。
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2017年06月09日

確認事項

   浜松ミーティングの件

 6月11日 日曜日、午前11時半開始、
 浜松市東区小池町2543−4、NKトレーディング
 電話、053−465−3666

 会費、1500円昼食代含む
 尚、オークション多数出品参加ください。

 日本古時計保存協会 事 務 局
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素朴が良い

      秋 田 の 名 工


SANY1012.JPG 日本全国に「こけし」は多く存在し、今尚根強い人気を保っているが、その多くは東北中心のようであり、過去色々な名工と言われる人たちを多く排出したのも又東北である。
 一時期の熱狂的なこけしブームは去り、今は静かなブームと言えるのではないか、このこけしの登場はそんなに古く無く、幕末頃に東北の木地師によって作られたといわれる。

 そもそも、この「こけし」は子供の「遊び道具」として、木地師が自分の子供や孫に造ってやったのが始まりとされ、当時は彩色もなしの生地そのままの物、人をかたどった玩具であったようだ。
 勿論この時はこけしとして売りに出すものではなく、あくまでも遊びの道具としてつくられたもの。
 子供のために簡単な玩具とて造りあげ、それで遊ばSANY0996.JPGせていたとも言われている。

 そのうち、生地に彩色を施して温泉地で土産として少しづつ売り出し、やがてそれが評判となり、木地師の現金収入となったため大々的に製造するようになる。
 冬には雪で閉じ込められる生活であった人々、生活の糧は出稼ぎなどして生計を立てていたとも言われ、それがこけしで現金収入となることに。
 当時現金収入の少なかった木地師達は互いに競い合い、次第に各地独特のこけしが登場する事になり、それを目あての観光客は自分の好きなこけしを求めだすことになる。

 明治から大正時代に現在のこけしが確立、東北地方各自の型が出来上がり、温泉場のみやげ物の横綱と言われるまでに成長、そしてその中から名人と言われる人物が登場する。SANY3974.JPG
 その一人が「小椋久四郎」であり、現在彼は伝説的なこけし職人と呼ばれ、こけし界のスーパースターで、彼のこけしを捜し求める蒐集家は数多く、憧れの存在でもある。

 その息子「小椋久太郎」も父久四郎に手ほどきを受け、見る見る上達して父親と肩を並べる位に成長、此の2人のこけしの特徴は何と言っても、こけしの胴にに描かれる梅の絵、久四郎の梅は跳ねている様に描かれ、久太郎は整然と描いているとも言われる。

 この木地山こけし素朴さが一般大衆に受け、他とは少し違った図柄、おぼこと呼ばれるスタイル、特に前垂れと呼ばれる図柄が特徴である。
 2人に共通するのは派手ではなく素朴なこけしを製造している事、秋田の木地師の誇りを奥に秘め、素晴らしい作品であると同時に、蒐集家の憧れ的存在である。
 写真は「小椋久太郎」の「こけし」、如何にも素朴な雰囲気を持ったこけしであり、蒐集家の好むこけしの代表と言って良いもの。
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2017年06月08日

今年も

   毎年の事

 
SANY1795.JPG 今年も夏に向けての暑さ対策、暑い夏を涼しく過ごすために震災後取り入れているのが緑のカーテン。
 暑さ対策には最適と言われて、緑のカーテンを採用、もう6年になるが今までに効果は絶大であったと思う。
 ホームセンターで暑さ対策に色々なものを買い込んだが、あんまり効果はなく、失敗続きであった。

 テレビで緑のカーテンを紹介してたいので、騙されたと思って挑戦してみたが、これが思わぬ効果を出した。
 今までのものと違って確かに涼しく、それでいて見た目にも綺麗、葦簀よりはよっぽど風情もあるのだ。

 葦簀は確かに昔から夏の日差しを遮るものとして造られたもの、長い間造られてきた便利なものでもあった。
 我が家でも以前は葦簀のお世話になっていたが、震災後SANY1801.JPG緑のカーテンにしてからは、葦簀は姿を消してしまった。

 消してしまったと言うよりも、緑のカーテンがより成果を上げた事にあり、取って代わられたと言う事だ。
 初めは半信半疑であったが、見た目には涼しく、そして思っていた以上に効果を上げたからである。
 予想以上に夏の暑い日差しを遮ってくれ、見た目にも緑色の葉は心を落ち着かせてくれたもの、その効果を実感したのだ。

 それ以来葦簀は姿を消して、緑のカーテンが取って代わったのは言うまでもない事、以後今日まで続けてきた緑のカーテン。
 今年は少し違って、ホームセンターで苗を買うのではなく、種を買い込んで苗を作る事から始めた。
SANY1815.JPG
 私がやるのではなく妻が苗から育てると言い出し、今年は挑戦してみると言うので、種を買い込んできたのだ。
 去年と違いどんなものが出て来るのか知らないが、葉が多く茂るものが出て欲しいと願っているが。
 同じ時期に種をまいたのに、種類によって芽の出るのが違い、今は大分差が付いたようで、片方はもう弦も伸びてきた。

 その一方、遅いものはまだ葉が少し出て来ただけのもの、これが本当に育つものなのか心配である。
 時期的には丁度良い位とは思うが、果たしてこの夏、これらの苗が成長して立派に成果を上げられるものなのか、やっぱり不安でもある。
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2017年06月07日

今も戒めとして

    古時計を求めて

 IMG_0041.JPG古時計と出逢って早40数年、長いようで短い日々であったのか、そんな思いでいる昨今、今までに色々な出来事が。
 初めの頃は何が何でも良い古時計を集めたいと思い、無理して高い古時計を買い求めていたと思う、当然資金が底に着くことになる。

 自分の小遣いで買い求めなければならないから、無理して高い買い物をすれば当然の事資金がなくなるのは当たり前の事だ。
 しかし駆け出しの頃はどうしても欲しい時計があれば無理しても買い込み、また買い込んでは次のSANY7728.JPG時計が目につき、その繰り返し。

 そんな事をしていれば当りまえの事行き詰まるのは必定、案の定資金がなくなり、古時計は買えなくなる事に。
 それでも良い古時計を見ると何とかしたくなるもので、つい前借をして買い込んだことも、今思うと馬鹿みたいな事だが。
 それでも当時は古時計の事しか頭になく、自分が買わなければ人に買われてしまう、何とかしなければと。

 そんな時に限って良い古時計が出現することに、給料日前に決まって起こるようで、それも今まDSCN1834.JPGで探し求めていた古時計が目の前に。
 この機会を逃しては手に入らないと思うが、如何せん給料日前、資金がないので買う事は出来ず、給料日まで売れないで待ってくれと願う。

 やっと給料日になり、資金を手にしてその店に直行すれど、すでにそこに古時計はなく、人の手に渡ってしまったとの事。
 あれだけ探していた古時計を目の前にして、みすみす他人の持って行かれるとは、悔しくて夜も眠れない事もあった。

 「逃がした魚は大きい」と言うけれど、確かにその通りであり、中々DSCN1979.JPGそのことを忘れられないで後々まで引きずることになる。
 古時計を求めすぎると自分の力量よりも超えてしまい、失敗することになると思う、やはり自分の力量に合った集め方をしないと。

 今になり、やっとその事に気が付いたので、少しは楽になったと思う、自分の力量を知ることも大切であると思う。
 色々な人が古時計を求めて、あちらこちらに出没、欲しいと思う心はみな同じであるが、自分を知ることも大切な事だと思う。
 自分もそうだが身分不相応の望みを持ってはあとが苦しい、それよりも、もう少し楽な方法で楽しみたいもの、自身に言い聞かせる。
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2017年06月06日

同じに見えて

      それぞれの個性
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 古時計、明治期にアメリカ製の時計をモデルとして、国産の時計が全国各地で多く製造されたが、あくまでも本物に忠実に作られていた。
 モデルが一緒であれば当然出来上がったものも同じ、全国各地で同じものが出来上がった事になるが、果たしてそうだろうか。

 八角型の時計は兎も角、一番人気の四ツ丸ダルマ時計、今でも当時でも人気の時計、この四ツ丸ダルマには本四ツダルマと張四ツダルマとがある。
 本四ツダルマは余り自己主張を発揮する場所がないが、張四ツダルマにはその自己主張を発揮する場所が存在し、此処に製造者意思が見えてくる。

 四ツ丸ダルマは皆同じ形と思っている人も多いが、実は良く見て見ると製造会社によって、それぞれ違った所が存在している事に気付く。
 形が良く似ているから、ダルマ時計には個性がないと言われるが、実はダルマ時計ほど個性を発揮している時計はないと言って良い。SANY9555.JPGSANY9579.JPG

 少し大げさな表現だが、ダルマ時計1つ、1つ、良く見て見ると全く違った物に見えてくるから不思議、その部分とはダルマ時計の中央部。
 時計の両脇に小さな丸の部分のところが其れ、両脇にはみ出した板が存在するが、この板が自己主張の場所となっている事に気付く。

 手持ちのダルマ時計を良く見て比較して見ると、新たな発見があると思う、実は同じ格好をしていると思っていた所が、違っているのだ。
 何気なしに見ていると気付かないが、じっくりと良く見て見ると、やっぱり違うことに気が付くのだが、多くの時計を比較するともっと驚く事に。

 造られた時代にもよるが、その都度違ったものを製造していたのかと思われるほど、種類が幾つか存在し、見れば見SANY9561.JPGSANY9575.JPGるほどに面白い結果になる。
 気が付かないとはこの事、頭の中ではダルマ時計は同じ形と決め付けているから、幾ら見ても同じものに見えてしまうのだ。

 時計製造者もその事に気付いており、少しでも他社との違いを前面に出したかったのだと思うが、其れが消費者に分かったのであろうか。
 何気ないところに、実は真実が潜んでいる事も、時計もその事に神経をすり減らして製造していたのだと思うと、製造者の苦労が見えてくるのだ。
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2017年06月05日

こんなのあり

      むき出しです


SANY3044.JPG 趣味には限度が無いといわれるが、極端な物から程よい物まで様々、当の本人が良ければそれは列記とした趣味、人がどんな事を言おうが本人次第。
 元来趣味とはそう云うもの、喩え人が不思議そうに思っても、本人が真面目に取り組めば、それで良いと思う、どんな事でも突き詰めれば同じ事だ。

 物を集める人もいれば、物を観察する人、写真を取る人、運動をする人と人其々に楽しむのが趣味、私の周りにも変わった趣味の人が居て、食べ物の包み紙を集めている人が居る。
 食べ物であればどんな物でも良く、ラーメンの包み紙、ポテトチップスの袋、チュウインガムの包みといった様に、包み紙を次から次えと集めている。

 金の掛からない趣味で、兎に角集めているSANY3046.JPGので、数が無限大にあるような気がするが、本人に言わせると無限にある物などないと言い切るのである。
 そんな物を集めてどうなるのかと思うが、それが趣味だから人がとやかく言う事でもなく、本人は凄く真面目に突き進んでいるから、これからも止めるつもりが無いらしい。

 その友人が、私のこれを見て「お前が人のことを言えるのか」と、その友人が指摘したのが写真の物、腕時計の機械が丸出しのタイピンである。
 彼に言わせると「こんな物が何でタイピンになるのか」、これこそ悪趣味であると、言われてみればその通り、誰が見ても時計のガラクタでしかない。
SANY3049.JPG
 其れを真面目にネクタイピンとして、使っているお前こそ変人だと言い切るから面白いのだが、人の事は冷静に見えても、自分の事となると、見えないのも人らしい。
 このタイピンが人から見てどう思われるのか、やっぱり知りたいのが人情、自分ではそんなに変な物でないと思っているのだが、果たして他人の判断はどうだろうか。
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2017年06月04日

今年も同じ

   時計展

 
 SANY1778.JPG毎年恒例の時の記念日展、今年も瀬戸市の古民家久米邸で開催しているが、見学者が多数訪れて頂き感謝している。
 毎年の事で出足が鈍いのではと思っていたが、初日から遠方の方が多く、こちらが驚いている始末。

 わざわざ東京から時計展を見に来たと50代の男性、ネットで開催を知り見学に来たと言われ、驚くと同時に有難い事だと思う。
 保存協会の時計展は10数年になるが、その事を知っている方も年々増えていて、遠方からの見学者も多くなっている。

 だからそこ展示について何時も気を使っているが、会員さんの提供も数々と多く、毎年の事だから変わったものを展示したいと。
 しかし展示会場に限りがあり、多くの古時計を展示したくても出来ず、選別にも苦労する状態であり、中々難しい事もあった。
SANY1774.JPG
 それは人気の古時計は外せなくて、そのスペースを確保すると、他の展示物の場所が狭くなってしまう事だ。
 そこが頭の痛いところ、人気の展示をしないと「あの時計を見たかったのに」とか、「何であの時計がないのか」とか、見学者からの問いかけも頭が痛い。
 見たいと言われると、その時計は外せなくてツイツイ選別に組み込むことに、結果はスペースがなくなる事になる。

 展示とは難しいもの、見学者の興味を引かないと長続きせず、逆にそれが逆効果になってしまう事にもなる。
 しかしいつも一緒では困るが、人気のない古時計では見学者も興味がわかない、やはり展示は難しいものだと思う。
 今年もおばさま方が来場、早速「去年と一緒だね」ときつい一言、案の定インパクトの強い古時計は記憶に残っており、みんな同じに見えてしまうらしく、変わり映えしないと言う事らしい、これが現実でもある。SANY1784.JPG

 看板も毎年同じと言われているが、それも拘りの一つ、同じものを何度か見て貰う事により、話題性を作る事の一つとしてやっているのだが。
 果たしてそれが伝わっているか、それも疑問であると言う事、やっぱり古時計展示は難しいの一言である。

 二週目が過ぎて課題も、今後の展示に参考になるもので、それを生かして次の展示を考えなくては。
 この後どんな意見が出て来るのか、期待と不安の毎日、鋭いおばさま達の意見が正しいのかも知れない。



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2017年06月03日

連絡事項

   浜松ミーティング開催の件

 日本古時計保存協会の恒例の浜松ミーティングを開催いた
します。

 日時、6月11日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング 
 連絡、053−465−3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円 昼食代含む

 今回オークションに大量の古時計が出品されます、こぞっ
て参加してください。

      日本古時計保存協会 事 務 局

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2017年06月02日

ゼンマイ

   何でゼンマイなのか

 
 DSCN1184.JPG毎年時計展をやっていると、こちらが思わぬ質問が飛び出すことが、そんな時は新鮮さを感じるのだ。
 今の若い人にとっては古時計は前世紀のもの、何時も見慣れたものではなく、異次元のものであると思う。
 古時計と書いてある看板にも質問が出る始末、古時計とは何ですかと言う事だそうで、古時計の意味も分からないと言うのだ。

 確かに古時計と言っても、何時までのものを古時計と言うものなのか、定義はないのでなるほどとも思う。
 彼らにとっては見慣れSANY1707.JPGない時計、しかもアナログ式のものだから、見慣れないのは当たり前である。
 アナログでも一つ古いもの、一世紀も前の機械だから、無理もない事で分からなくて当たり前であると思う。

 よく聞かれるのに「電池で動くのですか」と、彼らにしてみればアナログでも電池で動くもの。
 電池なしに動くとは考えないので、まずは電池で動くと理解しているが、電池でないと答えると不思議そうである。
 「電池でないのなら何で動くのだ」と、そんな疑問を抱いSANY1700.JPGても無理からぬこと、そこで「ゼンマイで動くのだ」と答える。

 しかしここでも時代の違いが出る事に、その「ゼンマイ」が分からないと、ここで時代を痛感する。
 彼らにとってゼンマイと言われても全く知らない言葉、ゼンマイが分からず話が前に進まないのだ。
 ゼンマイとはバネの事、鋼で出来ているコイル状になったものだと説明、それが動力だと教えるが。

 またまた「何でゼンマイと言うのか」と、話がその先に進SANY1710.JPGまなくゼンマイの説明に入るが、これかまた大変。
 ゼンマイの由来は春に出る山菜の一種で、芽が出る時の姿が渦巻き状、その姿がバネを巻いた状態となている事からその様に呼ばれている。
 しかし、その山菜のゼンマイが分からないのだと言うので、こちらもそれにはどのように説明してよいのか四苦八苦した。

 若い人には山菜と言ってもピンと来ない様で、見た事がないと言われて、お手上げの状態。
 完全に説明が理解してもらえず、簡単だと思っていた事が、実は難しい事と理解したのだ。
 それにしても山菜のゼンマイで先に進まなくなるとは、夢にも思っていなかったから、時代の流れをヒシヒシと感じた。


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2017年06月01日

瓶ボトル

      懐かしいもの

SANY4311.JPG
 戦後、日本に色々なものが上陸してきたが、一番人々に浸透したのは飲み物、進駐軍と共の日本に上陸した飲み物はコーラ飲料だ。
 この飲み物ほど人々から奇数な物として受け入れられたのは無いと思うが、初めて飲んだ人はこんな飲み物は絶対にはやらないと思っていた。

 今までの日本には無い飲み物だからだが、真っ先に飛びついてのは若い人たち、はじめこそ戸惑っていた様であったが、見る見るうちに日本全国の若者に支持され、あっという間に広まった。

 初めて飲んだときは薬臭かったが、何故かしら又飲みたくなり、2度3度飲むうちにとりことなり、次々と連鎖反応みたいに飲んでしまったものだ。SANY4310.JPG
 黒くて煎じ薬みたいな不思議な飲み物であったコーラ飲料、若者のハートをがっしりと捕まえて、瞬く間に広がっていった飲み物。

 その販売方法も今までに無かったもので、ルートセールスと呼ばれる販売形式のもの、今までの日本での売り方とは全く違った方式であった。
 この販売形式により、全国に浸透、何処でも買える様になり、更にコーラ飲料の需要は若者に広がって行き、宣伝も派手に行われた。

 その後、リンク瓶からワンウエーイボトルに移行され、その転機が始まるのが1970年代の終わり頃、その過度期に現れたのが写真のボトルである。
SANY1022.JPG 今では見ることの無いボトル、当時のままに封印されたもの、この様な試作品が、あちらこちらの飲料水メーカーから販売され、又価格も其々で競争激化であった。

 このボトル、まさにその時代の生き証人とも言えるもの、ラベルにもその当時の常態が分かる文字が印刷され、プラスチックボトルにと移行される過度期の物だ。
 この様なボトルは飲み終わった後、処分され市場には残らないもの、中身が入ったままで残っているのも、今は珍しい物となった。
 まさに過度期に現れたボトルといえ、之も時代の流れの中の一部、当時は飲料水の戦国時代であり、様々なケースが試された時代。

 各社がこぞって試作品をつくり出し、市場調査を行っていた時、色々な商品が開発され消費者の動向を見極めていた中の一部である。
 この時代を経てボトルもプラスチックの時代と突入して行くことになる、そんな時代に存在していた証しなのか、珍しい生き残りの商品。
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