2017年06月01日

瓶ボトル

      懐かしいもの

SANY4311.JPG
 戦後、日本に色々なものが上陸してきたが、一番人々に浸透したのは飲み物、進駐軍と共の日本に上陸した飲み物はコーラ飲料だ。
 この飲み物ほど人々から奇数な物として受け入れられたのは無いと思うが、初めて飲んだ人はこんな飲み物は絶対にはやらないと思っていた。

 今までの日本には無い飲み物だからだが、真っ先に飛びついてのは若い人たち、はじめこそ戸惑っていた様であったが、見る見るうちに日本全国の若者に支持され、あっという間に広まった。

 初めて飲んだときは薬臭かったが、何故かしら又飲みたくなり、2度3度飲むうちにとりことなり、次々と連鎖反応みたいに飲んでしまったものだ。SANY4310.JPG
 黒くて煎じ薬みたいな不思議な飲み物であったコーラ飲料、若者のハートをがっしりと捕まえて、瞬く間に広がっていった飲み物。

 その販売方法も今までに無かったもので、ルートセールスと呼ばれる販売形式のもの、今までの日本での売り方とは全く違った方式であった。
 この販売形式により、全国に浸透、何処でも買える様になり、更にコーラ飲料の需要は若者に広がって行き、宣伝も派手に行われた。

 その後、リンク瓶からワンウエーイボトルに移行され、その転機が始まるのが1970年代の終わり頃、その過度期に現れたのが写真のボトルである。
SANY1022.JPG 今では見ることの無いボトル、当時のままに封印されたもの、この様な試作品が、あちらこちらの飲料水メーカーから販売され、又価格も其々で競争激化であった。

 このボトル、まさにその時代の生き証人とも言えるもの、ラベルにもその当時の常態が分かる文字が印刷され、プラスチックボトルにと移行される過度期の物だ。
 この様なボトルは飲み終わった後、処分され市場には残らないもの、中身が入ったままで残っているのも、今は珍しい物となった。
 まさに過度期に現れたボトルといえ、之も時代の流れの中の一部、当時は飲料水の戦国時代であり、様々なケースが試された時代。

 各社がこぞって試作品をつくり出し、市場調査を行っていた時、色々な商品が開発され消費者の動向を見極めていた中の一部である。
 この時代を経てボトルもプラスチックの時代と突入して行くことになる、そんな時代に存在していた証しなのか、珍しい生き残りの商品。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記