2017年06月07日

今も戒めとして

    古時計を求めて

 IMG_0041.JPG古時計と出逢って早40数年、長いようで短い日々であったのか、そんな思いでいる昨今、今までに色々な出来事が。
 初めの頃は何が何でも良い古時計を集めたいと思い、無理して高い古時計を買い求めていたと思う、当然資金が底に着くことになる。

 自分の小遣いで買い求めなければならないから、無理して高い買い物をすれば当然の事資金がなくなるのは当たり前の事だ。
 しかし駆け出しの頃はどうしても欲しい時計があれば無理しても買い込み、また買い込んでは次のSANY7728.JPG時計が目につき、その繰り返し。

 そんな事をしていれば当りまえの事行き詰まるのは必定、案の定資金がなくなり、古時計は買えなくなる事に。
 それでも良い古時計を見ると何とかしたくなるもので、つい前借をして買い込んだことも、今思うと馬鹿みたいな事だが。
 それでも当時は古時計の事しか頭になく、自分が買わなければ人に買われてしまう、何とかしなければと。

 そんな時に限って良い古時計が出現することに、給料日前に決まって起こるようで、それも今まDSCN1834.JPGで探し求めていた古時計が目の前に。
 この機会を逃しては手に入らないと思うが、如何せん給料日前、資金がないので買う事は出来ず、給料日まで売れないで待ってくれと願う。

 やっと給料日になり、資金を手にしてその店に直行すれど、すでにそこに古時計はなく、人の手に渡ってしまったとの事。
 あれだけ探していた古時計を目の前にして、みすみす他人の持って行かれるとは、悔しくて夜も眠れない事もあった。

 「逃がした魚は大きい」と言うけれど、確かにその通りであり、中々DSCN1979.JPGそのことを忘れられないで後々まで引きずることになる。
 古時計を求めすぎると自分の力量よりも超えてしまい、失敗することになると思う、やはり自分の力量に合った集め方をしないと。

 今になり、やっとその事に気が付いたので、少しは楽になったと思う、自分の力量を知ることも大切であると思う。
 色々な人が古時計を求めて、あちらこちらに出没、欲しいと思う心はみな同じであるが、自分を知ることも大切な事だと思う。
 自分もそうだが身分不相応の望みを持ってはあとが苦しい、それよりも、もう少し楽な方法で楽しみたいもの、自身に言い聞かせる。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記