2018年04月30日

でごいち

      真っ黒です

 今日はSANY3187.JPG今尚絶大な人気を誇っている磁器で製造されたデゴイチ、蒸気機関車D51、「通称でごいち」鉄道ファンならずとも、この機関車は馴染み深いもの、幼い日の郷愁を感じる人、逞しい息使いを思い起こす人、新鮮な気持ちで見る人」など様々であるが、今尚高い支持を受けている。
 昔この蒸気機関車に乗った人は、その時の感動を感じさせるものに会った思い、あの日の事がよみがえってくるような気持ちに、そんな思いにしてくれる蒸気機関車「D51(でごいち)」。
 全国各地で今は観光用として僅かにその勇姿を留めるに過ぎず、殆どがスクラップ化されてしまったようだが、公園の片隅でひっそりと余生を送っているものもある。
 我々の年代は蒸気機関車のお世話になったもの、遠足や家族旅行などで蒸気機関車の引く列車で旅をし、顔を黒く染められた思い出の機関車だ。
 愛知県瀬戸市で製造されたD51がデザインされた灰皿、この灰皿SANY6600.JPGの特徴は煙突から煙草の煙が出るような設計になっている事、灰皿と言っても皿状にはなっていなくて、SLの形をしている。

 全体が真っ黒な上薬が掛けられ、如何にもD51の風貌を上手く引き出してるが、残念な事に黒1色であり、もう少しコントラストがあれば、もっとリアルに表現できたのではないだろうか。
 このような形状の物を成型するには、腕の良い鋳型師が居なくては石膏型は出来ないもの、デザインをそのまま石膏型にしようとしても、中々思うようにならない。
 石膏型から出来上がったSLの形をした物を取り出すのは難しく、泥上になった土を均一の厚さで鋳込まなければならず、薄い物を鋳込むことが重要になる。
 そんな難しい事を実現させて出来上がったものが、このデゴイチであり、写真で見るより現物のSLの方がよりリアルに表現できているものだ。
 後ろの部分に煙草を置くと、前方の機関車の煙突から煙草の煙が出てくるように設計されている灰皿、この形にして製造するには凄い努力があったものと思う。
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2018年04月29日

階段ダンス

      便利な階段
SANY5205.JPG 前にも紹介した建物の二階に上がるのには、登る道具が必要になるもの、古くから建物の上に上がるには梯子を利用して上がっていたのだ。
 古墳時代の建物にも、梯子の階段が使われていることは知られているが、その梯子から二階に上がる階段になるには時間がかかったようだ。
 神社仏閣は別として、一般の住居に二階が誕生するのは凄く後の事、庶民が二階建ての家に住むようになったのは江戸時代其れも後期の事。
 町屋でも大店と呼ばれる商家は別として、庶民の家はヤッパリ幕末から明治頃の事、この様に階段の歴史もそんなに古くないようだ。
 そんな階段、時代が下がると梯子下に扉などが付くようになり、次第にその形態が進化してゆくことに、はじめは扉を付けただけの物が、段々と進化する。
SANY5211.JPGSANY5214.JPG
 写真の階段ダンス、来月日本古時計保存協会の時計展の準備中の古民家久米邸の蔵の二階に上がる為のもの、明治中頃に作造られた階段ダンス、素材は一般的なもので高級な物ではなく、実用一点ばりのもの。
 階段の幅も狭くて急な傾斜をした階段ダンス、この様な階段ダンスは造り付けで移動できない物であるが、他にも移動できる階段ダンスもある。
 用途により階段ダンスは造られたものであり、その建物にあった階段ダンスが製造されたもの、同じ様な形態ではあるが、それぞれに違ったものだ。
 この階段ダンス、扉部分が大きくて、大きな物が入れられるようになっており、引き出し部分が少ない物、この逆に引き出し部分が多くつけてあるものもある。
 この様な階段ダンス、狭い部屋を広く使いたい為に、階段部分の面積を小さくしたもの、結果的に急勾配の階段ダンスとなったようだ。

 
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2018年04月28日

蒔  絵

      漆塗りに蒔絵
SANY6547.JPG
 今回も蒔絵の時計を取り上げて見たが、時計には色々なデザインがなされており、明治以後数々の名品が誕生していて、それは特注品によるものであり、一般的な販売網にのって売られたものではない。
 江戸から明治に入り、海外から多くの時計が輸入されるが、その後次第に日本国内で時計を製造しょうとする動きが活発になり、次から次に時計製造会社が誕生し、外国製時計をモデルに数多くの西洋時計が製造される。
 初期段階は外国製をコピーするのに必死で、日本独自の時計を作り出す余裕はなかったが、明治中期を過ぎると次第に日本特有のデザインの時計が誕生してくる。

 西洋時計は彩色にニスを用いていたり、木の皮を張り付けたり、象嵌を施していたりと、西洋の技術で装飾された時計であるが、日SANY6541.JPG本には漆と言う素材があり、日本の独自な彩色に用いられてる。
 やはり輸入したものは西洋の香りが強いもの、そんな西洋時計を日本人の感覚に合ったものに造ろうと職人たちは奮闘し、伝統の技術を使って新たなものをつくり出して行く、それが漆である。

 その漆を使い時計に塗ることにより、独自の時計が出現、西洋のニスにはない深みのある光沢、そして漆を塗ることによりニスよりは高級感が増し、より時計を引き立たせ高級時計に仕立てたのである。
  西洋の時計に日本の伝統漆を合体させる事により、和洋折衷の時計の誕生で日本の職人の高度な塗りが、時計装飾に生かされた実例でもある。
 日本人は古来より渡来してきた物に、日本ならではの工夫と技術を融合させてきた歴史があり、明治に輸入された西洋物も、この伝統ある技術が融合につかわれたのである。
 写真の時計は、時計の表面全体に黒漆を塗り、その上から金銀を用いて蒔絵を施し、川面に飛び交う鳥を見事なタッチで描いており、鳥が茶色くなっているが本来は金伯仕上げ、ニスには出せない雰囲気をかもし出している。

 
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2018年04月27日

今は懐かしい

      ブキリノ玩具

 SANY6587.JPGブリキの玩具は明治時代に海外から入ってきたが、その後日本でも製造されるようになり、昭和20年から30年頃がピーク、その後は海外に多く輸出された。
 特に日本のブリキの玩具は製品としても優秀な出来であり、その製品は海外で高く評価されドイツと肩を並べるようになり、特にアメリカで持て囃された。
 日本製のブリキの玩具、精密で丈夫カラフルなデザインとアメリカ人に好まれ、ドイツものを凌ぐ勢いでアメリカ市場を駆逐して行くことに、しかしその後は安い中国製品に取って代わられ、昭和40年代からは減少の一途を辿る事となる。
 写真の玩具、そのような状況の中で製造されたもの、今見ても当時の様子が伺える歴史の証人みたいな物、ブリキの玩具としては最後となる過度期の物だ。

 この玩具より後はプラスチックが取り入れられ、今までの雰囲気とは違ったものが製造されるようになるが、中国で製造される安いブリキの玩具に対抗する為、コスト重視の製造が始まるのだ。
 海外の市場を確保する為には仕方のない事だが、結局はSANY3423.JPG自分の首を自分で締める結果となり、ブリキの玩具は市場から消えて行ったようだ。
 写真の玩具、今見ると懐かしい車の形、JAFのマークや車に施された色彩、当時の状況が思い出されるようなもの、車の側面のドアーに書かれた日本自動車連盟の文字、今の書体とは違ったものだ。
 タクシーも同じ様に今のものとは一味も違った車、時代の流れが刻まれている姿だが、ゼンマイ仕掛けの仕組みも、これ以後簡素化されたものとなる。
 時代の生き証人とは、後世にその当時の姿をそのまま伝えてゆくのが使命、そのような宿命を持たされたブリキの玩具、懐かしさと同時に歴史を伝えて行って欲しいものだ。
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2018年04月26日

小いが迫力が

      バランスが

SANY6504.JPG 以前にも紹介した置物の人形改めて見ると、人形と言っても片方はお地蔵さん、もう1つは仙人みたいな人、俗に言う手びねりと呼ばれる作り方のもの、普通の大きさではない。
 後ろのコインと比較した貰うと、小さな事がおわかりだろうと思うが、兎に角小さなもの、置物と言うよりも豆人形のような小ささ。
 しかし、この2つ何故比較して出したのか、それは全く違った個性が出ていると思い、比較の対象として写真に収めたもの、写真で見てもその特徴が表面に出ている。
 左のお地蔵さんは2頭身、右の仙人は9頭身と、全く違うタイプのもの、見てもその作り方の違いは歴然、お地蔵さんは実に豊かなもの。
 見ていても心が洗われるような楽しいもの、2頭身の姿にしては迫力があり、みていても小ささがまったく感じられず、逆に大きく見えてしまう。

 こんな小さなSANY6518.JPGお地蔵さんが大きく見える作り方は、それが力強い造であることの証し、衣の部分に黒柚がかけられているだけのものだが、それがかえって迫力を生み出しているのだ。
 もう1つの仙人の方は、9頭身とすらりとした身体つきに作り上げ、ゆったりとした姿が何とも言えず、こちらは見ていると、その溢れる気迫に満ちており、実に豊かな姿だ。
 仙人は緑柚が全体にかけられているもの、しかし、全体に緑柚を掛けてしまうと迫力に欠けるはずだが、この作品はそんな事は見受けられず、より風情のあるものとなっているのだ。
 この2つ時代的にはお地蔵さんは昭和、仙人は300年前のもの、時代も全く違うが、之を造った人達は並々ならぬ力量の持ち主であると思う。
 普通の人が造っても、この様な雰囲気と迫力が出ないもの、之だけのものが作れる職人なのか、作家なのかは分からないが、実に良い作品となっている。
 もう1度、後ろの十円玉と比較して下さい、十円玉が少し後ろだから小さく見えるが、仙人の姿は皆さんの目にはどの様に映っているでしょうか、迫力のあるものに見えているのでしょうか。
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重 錘

   動 力

 SANY6597.JPG明治以後日本に輸入された掛け時計の多くは、ドイツ系の掛時計が多く日本にやって来ているが、その中に郭公時計「鳩時計」と呼ばれる時計がある。
 外国ではドイツ系の重錘式時計の中でも安価な時計、主に子供向けの時計とまで言われて、子供部屋などに当てられた時計であるが、しかし日本では輸入され高価な時計になってしまった。
 これらの時計は動力として錘を用いており、古い形式の時計は大きくて重い錘が付いており、鎖引きのイカツイ時計となっているが、中身はシンプルな機械であるが高価な機械ではない。
 日本人に人気のある「鳩時計」、実際には「郭公時計」と言われ、掛時計の中でも形が変わっており、木の素材をふんだんに使ったドイツ系の時計らしく、森の香りのする時計である。

 あちらでは郭公時計と云われ、時計上部には郭公の彫り物が付いているので、その名前の由来らしく、日本では飾りが鳩に変わっており、誰がそのように変えたのか分からない。
 一説には郭公は閑古鳥と呼ばれ縁起が悪いから、鳩なら縁起は良いだろうと言う事で鳩時計になったとする説もある。
 この鳩時計は、動力として重い錘がぶら下がっており、それが動力となるなり、昔の古い時計はもっと思い錘が付いていたが、次第に改良が重ねられ徐々に軽い錘でも動くようになった。
 写真の錘はドイツ系の小型の鳩時計に付いている錘、普通の鳩時計の錘とは少し違って、可愛らしい時計に相応しいような錘となっている。
 錘の格好は、木の実をデザインしたと言われているが、日本の松ポックリに似ていて可愛らしく、錘も大事な時計の部品であり、デザインの良し悪しで時計の人気が変わってしまう。
 種類の違った錘、其々違った格好をしており、小型の安価な時計であるにも拘らず、錘に拘って職人が其々の個性豊かな錘を、デザインしたのが見て取れる。
 玩具みたいな時計でありながら、普通の鳩時計よりもこった錘をつけているのも、何だか可愛らしいのと同時に、時計に対する姿勢みたいなものを感じる。




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2018年04月25日

珍品振り子

   種類は色々ある

SANY6566.JPG 時計の振り子、振り子時計には振り子がなければ作動しないもの、振り子が重要な役目を果たすが、この振り子種類も多い。
 一般的な振り子は形が一緒のもの、多くの時計で使用されている振り子、その他特殊な振り子も存在する。
 一般的な時計には変わった振り子は付かず、殆ど同じ振り子がつけられている事が多い、つまりスタンダードな振り子だ。
 時計は振り子の形によっても雰囲気がガラリと変わるもの、それだけ目に付くと言う事、一番目に付きやすいものだ。
 時計が動いているか振り子の状態で分かるのも振り子時計ならではの事、それだけ振り子は重要な部品。
 振り子とは時計の運航には無SANY6573.JPGくてはならない部品、言うまでもなく振り子が動力の一部である事は周知の事実である。

 ただこの振り子、時計製造会社によっては少しづ変わっているが、大棟同じようなもの、しかし変わった振り子を付けている時計も存在している。
 スタンダードな形と一味違った振り子が造られてもいるが、市場に出回っているのは少ない方、つまり珍品扱いされている。
 今回紹介する振り子は愛知県半田で製造されたもの、半田の小栗時計の振り子であるが、特殊な振り子である。
 スタンダードな振り子と違い装飾的SANY6581.JPGに富んだ造りの振り子で、見るからに派手な振り子で人目を引く形。
 この振り子が付く時計は主にダルマ型の時計、それも多分高級機に付けられたものと思うが、ハッキリとした証拠はない。
 それと言うのもこの振り子が付いている時計は非常に少ないから、ダルマ型に全部つく訳ではない。
 むしろこの振り子が付く時計の方が珍しく、付いている台数は極端に少なく、中々お目にかからない振り子だと思う。

 写真はその珍しい振り子が3個、真ん中に小栗時計のトレードマークをつけ、全体が菊と思しきデザインの派手な造りの振り子である。
 スタンダードな振り子に比べれば、この振り子が付くことにより時計も高級感が出、パット華やいだ雰囲気になる。

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2018年04月24日

なんの鎖だ

   銀色の鎖

SANY6553.JPG 友人が我が家の飾り棚に置いてあるブリキの缶を見つけ、勝手に開けて見たらしく、中もののを出していた。
 我が家に来る友人は大抵お構いなしにあちらこちらのものを見る人が多く、何処を見るか分からない。
 別に見られて恥ずかしいものはないが、来る人来る人同じような行動をするもので、その都度これは何だと聞くのだ。
 友人の多くは時計には全く興味はなく、時計の事も全く知らない人たち、そのくせ時計に関するものを見たがるのだ。
 テレビの取材で扱ったものなどが見たいらしく、それまで何の興味も示さなかったものをテレビで取り上SANY6562.JPGげれば見たがるのだ。
 友人ながら彼らの行う事は分からないが、興味もないくせに見たがるとは分からない連中でもあるのだが。
 こちらが逆に時計の話を先に進めても、その時は全く反応を示さず、勝手に語っていろとの態度である。

 そんな友人たちであるがテレビの取材が来ると態度が一変するのは何故、全く興味を示さないくせに変な奴らだ。
 今回もテレビで私が説明した懐中時計の鎖を見たらしく、そんなものが我が家にあったとは知らなかったらしく、見て見たいと思ったと言う。
 迷惑な話であるが勝手に飾り棚からブリキの缶を出したと言う事、勿論それもテレビで見たらしく、何処にあったものかは知っての事だ。
 その上、私に「こんな鎖が懐中時計のものなのか」と聞く始末、何処から何処まで変な奴、しかし憎めないのだ。
 何時もは感心なさそうにしているが、実は他の人から私との中SANY6556.JPGを知った上で時計の事を聞かれたらしく、分からなかったから見に来たと。
 結局他人から私と付き合っているから当然時計の事も詳しいと思われて、テレビの事を聞かれたらしい。

 それならば知らないと言えば良いのに、見栄を張って知ったそぶりを、しかし答えられずに私のものと来たと言う事。
 テレビとは恐ろしいもので、とんだところに弊害をもたらすもの、写真はその時テレビで説明した懐中時計の鎖。
 友人は見た事がなかったから確かめに来たらしいが、それならば初めから聞けば良いと思うが、それが出来ない奴だ。
 その上説明しても、「こんな鎖が古いものなのか」とまだ疑っている様子、それにはこちらがあきれる始末。


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2018年04月23日

根付

      流行の先端

 以前にも紹介した根付SANY6533.JPG、印籠、矢立、煙草入れ等の紐の先に付いている留め具の事、着物の帯びに下から上に差し入れて、留め具を帯の上からたらす事で落ちないようにするもの。
 この留め具、古くから日本に存在していたが、根付として確立されたのは戦国時代後、特に江戸中頃よりは非常に流行したものであり、数々の傑作が生まれた。
 根付は、元々木などで出来た質素な物であったが、時代が下がるにつれて、段々と豪華になり、細工も細密化してゆくことになり、素材もまた、色々な物で出きるようになる。
 特に徳川家康が旗本等に常備薬として印籠に入れて持つことを奨励、之により大名や高級武士の間では根付も次第に豪華な物が作られるようになる。

 武士が豪華な物を携帯するようになると、一般庶民も之を真似て、矢立や煙草入れ等を持ち歩くようになると共に、当然のこと根付も次第に豪華な物となって行く。
 木の素材から、珊瑚や象牙等の高級品がもてはやされるようになり、根付職人らは競って細密な根付を作るようになり、益々根付ブームは広がっていった。SANY2364.JPG
 写真の根付、流行りものの最先端を行く時計を題材にしたもの、当時は時計は高級品であり、一般庶民には高嶺の花、其れを根付として作るのが流行する。
 素材は、紫檀の木で出来ており、表側には大名時計の文字盤が、銀の板に刻まれた当時の流行った物、紫檀と銀の素材も、当時の贅沢品、金持ちの道楽者が持っていたものなのか。

 今は文字盤の中心にあった針が欠落しており、惜しい事に文字盤のみとなっているが、再現するにはそんなに難しい事ではないので、いずれは再現したいと思っている。
 文字盤部分は銀の板に時刻が浮き彫りの状態で作られており、外の素材は木製の紫檀で作られている。
 之も当時は高級品であったと思われ、どんな人が持っていたものだろうか。
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2018年04月22日

連れて行け

   時計には興味はない

 SANY3513.JPG友人が蚤の市に連れて行けと言い出し、何時も行くところなら何時でも良いから連れて行けと言うのだ。
 何時も行くところと言っても色々とあり、近くでは名古屋の大須の蚤の市が一番近いと言う。
 しかし彼は大須の蚤の市ではなく、もっと違ったところに行きたいと、何で今頃そんな事を言うのか分からない。
 奴は古いものには興味がない筈、何で今頃そんな事を言うのか不思議で、「お前は古いものには興味がないと言っていたのに」と聞く。
 すると「別に古いものに興味がない訳ではない」とこちらの言う事に反論、しかし彼は私の家に来ても古いものには目もくれなかったのに。
 そんな奴が今更何を言っているかと返事をしたが、それでも連れて行けと言うので仕方なく浜松に連れて行く事にSANY3541.JPGした。
 浜松とは小國神社で開催される蚤の市の事、私がこの小國神社の蚤の市に行く事を知っているから。
 この小國神社で開催される蚤の市はまだ歴史は新しく、最近開かれるようになった蚤の市である。

 確かに私は小國神社の蚤の市に出かけるが、それはまた別の目的があるから出かけているのだが。
 その事をどうやら彼は知っているようで、そちらが本当に目的、つまり蚤の市を見たいためではない。
 蚤の市などどちらでも良い筈、真の目的は蕎麦を食べる事、それを直接言わなくて蚤の市に連れて行けと。SANY3578.JPG
 当然の事、私が蕎麦を食べに行くことを利用しようとしたもの、大体あいつが蚤の市に行くとは思得ないからだ。
 それならそれで蕎麦を食べに連れて行けと最初から言えば良いのに、遠回しに言わなくても良いのだが。
 小國神社の蚤の市の規模がどんなものか見たかったかも知れないが、とてもそれが本心ではない。
 一宮の駅で開かれている蕎麦処が目当て、ここの蕎麦を食べたくて蚤の市に行くと言ったまでの事だ。
 結局、うるさいから小國神社の蚤の市に連れて行く事にし、浜松に出かけチッカリと蕎麦も食べて帰った。


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2018年04月21日

暇を見つけて

      挑  戦
SANY3336.JPG
 2月、3月は雛巡りで忙しくて、忙しくて好きなことをやれなかったが、ここえきて暇になったので、久し振りにガラスのコップをつくりに、以前簡単に出来ると思って失敗したものに再び挑戦する為に向った。
 瀬戸市内にはガラスものを挑戦する場が多く、何時でも暇さえあれば挑戦を受け付けてくれる所があり、何処へ行くかは選び放題と贅沢でもある。
 ところにより料金も違うが、それは指導方法の違いと自由さの違いで、自分の好きなようにしようとすると少し値段は高くなってしまうが、その方が悔いは残らないと思う。
 何故ならば、自分自身で行ったものだから、誰に文句を付ける事もできないのだから、人から見れば単に我侭なだけ、自由とは邪魔なだけの人。

 教える方からすれば只の素人、その上技術もないのに職場で動きSANY3338.JPG回られたら邪魔、怪我でもされたら其れこそ大変、有りがたくない存在なのだ。
 そんな事で、ある程度我ままを言わせて貰えるところでグラスに挑戦することに、以前も何回も挑戦しているが、全く進歩せず自分では分かって居るつもりなのだが。
 今回もグラスを上手く作ろうとしたけど、出来上がってみればイビツ、如何しても癖でグラスの上部が一直線にならず、またまた左下がりになってしまった。
 底の部分に無数のガラス破片を入れて、自分なりに変化を出したつもりなのに、出来上がってみれば全く分からない物に、底の部分に少し色が入っているだけの、シンプルなグラスになってしまった。
 個性を一杯出したくて作ったつもりなのに、玄人の職人さんの作るグラスと比べれば恥ずかしく、娘が作ったよりも幼稚な物に、以前もそうであったが、娘がつくったものを今回も勝つことは出来なかったようで再度挑戦したいと思う。
 グラスつくり自分では簡単と思っていたが、なかなか大変なもので技術とセンスが問われることをつくづく実感したのだ。
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2018年04月20日

和蝋燭3

      朱 の 和 蝋 燭 
SANY6458.JPG
 和蝋燭の原料は櫨の実から作られ、之を木蝋と云い不純物のないものが最高とされているが、この木蝋を作るのには大変な根気が必要、櫨の実を井戸水に曝して何度と無く洗い、不純物を取り除いてはじめて木蝋と成る。
 和蝋燭は良い木蝋を手に入れることから始まり、まず蝋燭の芯つくりからイグサに和紙を巻き、その上に真綿で薄く巻く、これが蝋燭の芯となり第一段階。
 次に、その芯に木蝋を暖め物を塗りつけて行くが、これを「ふりかけ」と云い蝋燭作りの初期段階、芯と蝋をなじませ和蝋燭の基礎、次に第二段階の作業に入る。
 「下掛け」と云われ、これから何層にも木蝋を重ね塗りをしてゆく作業に入り、乾いては塗り、乾いては塗りを繰り返す、この時に出きるのが年輪のような渦巻き。SANY0668.JPG

 これが和蝋燭の特徴で、根気な作業から生み出される木蝋の年輪、職人技の見せ所でもある作業、この作業を決められた太さまで行う事。
 次に、「上掛け」と言う化粧の蝋を均等に塗り、表面に化粧を施して見栄え良くする作業、表面のデコボコが無くなり、ツルツル肌に仕上がる。
  その次は「芯だし」と呼ぶ作業、埋もれた芯を切り出す作業であり、この作業が済むと見事な年輪が顔を出し、やっと和蝋燭が完成するのである。
 和蝋燭は昔の尺貫法で呼ばれるから、長さと重さは尺、寸、貫、匁で表されており、若い人にはピンと来ないかも知れないが、これがシキタリだそうである。
 写真は和蝋燭の中でもお祝い事に使用される、目出たい蝋燭、赤の彩色された蝋を上から掛けられ、朱色蝋燭の誕生で普段の蝋燭とちょっと変わって気分もあらたまるもの、そしてもう一つが節句用の和蝋燭がありそれぞれに特徴がある。
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2018年04月19日

あひるのボトル

      愛嬌がある

 SANY2476.JPG酒の世界も厳しいもの、当たり前の事だが市場は厳しく競争社会、資本主義社会だから当然の事だが、其れに打ち勝たなければ生き残れない。
 ウイスキーボトルもまたその競争の中、世界各国で製造されている酒のボトル、種類の数も半端じゃないが、その中で生き残って行くのもまた大変な事。
 その為に酒メーカーは凌ぎを削って生き残りを図っている現状、消費者に少しでも自社の製品をアピールしたいもの、当然人目を引くデザインも重要視される。
 中身は兎も角も、外のデザインが注目れるように努力しているようだが、消費者は実に浮気な者で、あちらと思えばこちらと、次々と心変わりをするものだ。

 中身も外見も、消費者に如何にして買ってもらうための努力を尽くし、市場参入を目指して努力を怠らないメーカー、しかし全部が消費者に受け入れられる事はない。
 幾ら奇抜な物を作っても、それだけでは消費者は飛びつかないもの、中身が大事である事は言うまでもなく、デザインだけでは長続きはしない。
 SANY2478.JPGSANY2479.JPGこのボトル、中身もさる事ながらボトルのデザイン、アヒルをデザインした物だが、愛嬌があるのとリモージュ焼であることが消費者に受け、人気のボトルとなっている。

 私もこのボトルが気に入って何度となく買おうとしたが、人気であり空港では品切れ状態で買えず、之を買うには一苦労したもの、それだけにこのボトルに愛着がある。
 友人に言わせれば空瓶の何処が良いのだ、只の空き瓶を大事にするとは貧乏性だと言うが、奴は中身の酒しか興味はない。
 ブルーの本体、何処かとぼけた様な表情、長く伸びた首、金彩で描かれた羽、洗練されたリモージュ焼で製造され、三種類があり白、ブルー、金と人気が出るのも当たり前であると思う。
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2018年04月18日

必需品

      重いです

 SANY6463.JPG若い頃から憧れていたライター、それは「デュポンのライター」ですが、高くてとても買えませんでしたのでデパートのウインドーガラス越しに眺めていた。
 出きる事なら、その中でも漆塗りのライター、かってに自分が持つなら漆塗りと決めていたもの、そして何よりデュポンの魅力はあの音、近くで誰かが煙草を吸う時、デュポンのライター音は魅力的であった。
 「キーン」と金属音のする心地よい音、あの音こそライターの頂点「デュポン」、あの音は直ぐにデュポンのライターと分かり、聞き惚れてしまう音でもあった。
 しかし、それを手に入れることは難しくて憧れていたが時が過ぎ、30代後半になり質屋会館でやっと手に入れることが出来、それ以来何時もポケットに入れていた。
 勿論新品を買うことは出来ず、質流れの中古品、程度の良いものを探し当て、安SANY6469.JPGく手に入れたのが現実であった。
 憧れのライターを手にしたたが、実際に使ってみると問題もある事に気が付く、苦労して折角手に入れたものだから使わないと。

 実際には大型のライターはかなり重く、夏等の薄着のときはひと苦労も、ライターが重くてポケットが破れることもあり、その都度ライターが下に落ち傷が付いたりと事件も。
 特に漆塗りのライターはショックに弱く、直ぐに傷がついてがっかりしたもので、その時は直ぐに傷をコンパウンドで磨き、傷を分からなくするのに苦労をしたものだ。
 写真では黒く見えるが緑色のライターが其れ、毎日持ち歩いていたので表面の漆は傷ついたが、漆ぬりは剥げず丈夫な造り。SANY6478.JPG
 特に緑色した漆塗りのライターは良く使った物で、愛着もひとしおで手にしっかりと吸い付くような感覚になり、長年使っていたからこそ手に馴染でいる。
 今も現役であることは当たり前、金属音も変わらず「キーン」と良い音が、之だけ楽しんで使い今尚現役であるから、初めは高いと思っていたが年数を考えると安い物だと思うようになった。
 良いものは何時まで経ってもへこたれないもの、現役で活躍している。


 
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2018年04月17日

流行もの

      遊び心を表に

SANY6481.JPG 明治初期の時計をかたどった花生けは、本物に近ずけようと努力し、殆どの商品はリアルに表現されている物が多かったが、明治後期には、初期に無い製品が多く生まれて来、デザインが大幅に変更され。
 其の1つは、色彩が鮮やかになってくる事、色々な多彩の色使いがされ、初期当時には無かった色が出回り、本来の時計とはかけ離れた物に仕上がって行く。
 元々、ボンボン時計は色彩が地味で、木の持つ色其のものに再現されている為、色々な色彩が使うのが難しく、本来の時計からかけ離れてしまう為、初期段階では冒険しなかったとも受け取れる。
 しかし、時計をかたどった商品が市中に出回るようになり、時計と言う物の形は浸透して行ったので、少しくらいアレンジをしても時計と分かって貰える様になった事も事実、そしてデザインを変更して新たな消費者を開拓してゆく事になる。

 市場のマンネリ化を打開する為の商品開発でもあったようで、中には奇抜な時計もデザインされたようでSANY6487.JPGあるが、実際に市場には出回っていないのか、知らないのかだが、探したら出てくるかもしれない。
 明治後期には一般庶民の間でも時計が深く浸透しており、時計そのものを説明する必要性は無かったから、其の先へとデザイン化が進み、時計本体の形が文字盤だけになるデザインも登場する事となる。
 そして、文字盤だけの物から、もっと進んだ物はカレンダー時計を模した物が次第に登場し、より複雑な時計の花生けが誕生する事になる。

 それは全国の産地の別は兎も角、瀬戸や伊万里、そして東農地方で盛んに時計型の花生けが製造され市場に送り出されたが、当時として、どれだけ製造されたか記録としては残っていない。
 写真の花生けは、伊万里で明治末に製造された物であるが、前期の時計型花生けと比較すると、色彩も鮮やかであり、形も少し本物の時計とは異なったデザインに仕上げられている。
 遊び心をふんだんに取り入れ、時計上部の色もブSANY6490.JPGルーと黄色掛かった茶、そして本来あるはずの無い唐草模様を描いている。
 写真では色が薄い為に、非常に見にくくなっているが、振り子室の横に、同じ図柄の唐草模様がデザインされているから、比較して想像してみて下さい。
 又、振り子室のドアーも本来は、この形の扉は付いていなく、デザイン的にあえて四角のドアーにしたものなのか、不明であるがかえって四角のほうが面白いかもしれない。
 何にしても、明治末期に自由に時計の形をした花生けを、しかもカラフルにデザインがされたが、実際に家庭で使用した時に、何処の部屋に掛て楽しんだのか分からない。
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2018年04月16日

侵入者

   何者かが

SANY6425.JPG 我が家の近くで最近物騒な事件が多発、空き巣が多くて被害にあったところが続出しているのだ。
 我が家も以前に空き巣に入られたが、周りで特に多くなっていると言う、その手口は千差万別。
 家に住人がいない事を確認しから空き巣に入ると言うもの、住人を確認する為にたちが悪い。
 家の者が居ない事を確認して空き巣に入るから、これでは防ぎようがないとも言われ、頭を悩ましている。
 勿論我が家ではセンサーを取り付け、簡単には入れないようにしているのだが、それとても何時入られるかしれない。
 専門家に相談したら音の出るものが良いと言われ、色々なセンサーも取り付けたが逆に近所からうるさいとの苦情も。
 自己防衛も大変で度を過ぎると失SANY6418.JPG敗をする事にもなりかねないが、何もしないでは安心できない。

 近所でも色々な対策をしているみたいであるが、これが一番と言う対策もないのが実情、用心するしかない。
 それともう一つが野良猫で、折角空き巣防止に取り付けたセンサーに野良猫が反応、それも幾度となく。
 我が家の飼い猫が居なくなってから久しく、その間出入りしなかった野良猫が今では我がもの顔でいる。
 動物とは敏感なもので敵対する猫が居なくなったことを知り、我がもの顔で出入りする事になってしまった。
 出入りだけならまだしも芝生の上で排泄をして行くからたちが悪く、その対策にも頭が痛いのだ。
 センサーに反応するやら、排泄して行くやらで、やりたい放題の現状、困ってものでネットを付けてみた。SANY6436.JPG
 簡単なネットを出入り口に設置して、野良猫が入れないようにしたがその効果はあまりなかった。

 ネットが低すぎて野良猫は簡単に飛び越して行く事に、目の前で飛び越されてしまい頭にきた。
 それでネットを高くして飛び越せないようにしたが、敵もさるもので今度は他から侵入しているようだ。
 その対策に乗り出さなければ、空き巣と野良猫、頭の痛い事ばかり発生するとは、今の世の中忙しい事だと思う。



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2018年04月15日

今年は早い

   記録づくめ

 SANY6439.JPG今年の気候は記録的なものとなったようで、気温一つとってみても3月の気温は記録的なものとなった。
 100数年ぶりのものまで現れた気温、全国各地で記録更新と話題となったが、様々な現象も現れている。
 梅に桜にチュウリップが同時に咲いている風景、今までに見た事のない現象、ツツジも加わり実に奇妙な現象。
 北国では一斉に咲く事もあると言われるが、都会ではあまり見た事もない風景が出現している。
 確かに美しい現実ではあるが桜とチュウリップの組み合わせは見た事はなく、同時に咲くとはどこかおかしい。
 やはり記録的な現象である事は確か、今年は雪も多く降り、このままの状態だと夏は酷暑と言う事らしいが。
 何から何まで記録づくめ、こSANY6454.JPGのまま日本の気候はとうなってしまうのか、不安の気持ちは隠せない。
 花々が綺麗に咲き誇るのは実に美しくておおいに歓迎だが、実際に考えて見ると実に不思議な事だと思う。

 3月なのに6月末の気候と言う、やっぱり今起きている事はおかしな現象、それを物語るものに我が家の花もおかしい。
 30年ほど前から植えた花、出入り口に付けたアーチにした花、毎年5月中頃に花を付けていたが、今年はすでに満開の状態。
 何時もならまだ弦を一杯伸ばす時であるが、今年はすでに満開の状態であり、花が散り始めているのだ。
 今までにこんな状態を見た事がなく、弦もまだ伸び切っていないのに花が散り出しているとはやはり変、何時もならアーチ一杯に弦を伸ばしている筈、しかし今年はすでに花が散りはじめ、弦は伸びていない状態だ。






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2018年04月14日

春の祭り

   華やか

 おまつり.jpgこの地方は山車が多い事で有名な場所、名古屋地域は昔から山車が多く造られ、特にカラクリ付きの山車が多い。
 全国的に見てもカラクリの付いた山車の数は日本一、地域によっては全部の山車にカラクリが付いてるところも多い。
 犬山の山車もその一つ、全部の山車にカラクリが付く、その見事さを競い合っているもので町内同士の対抗意識も盛んな所。
 兎に角カラクリの種類と複雑なカラクリが見どころとなっており、それ目当てに多くの観光客が殺到する。
 あちらこちらに山車は存在しており、有名なものは京都の祇園祭の山車、この祭りが全国に広がったものと言われている。

 勿論名古屋地域の山車もそのその流れの内だと言われているが、カラクリは名古屋独特のものが多い。
 これはカラクリ人形師がその一端を担った来た歴史が、名古屋地域にはカラクリ師が多く存在したことに由来する。
 現在のものづくり愛知の元となったものとも言われておSANY6413.JPGりカラクリの技術が発達したものとも言われている位だ。
 この犬山まつりは古く1635年(寛永12年)が最初と言われる位に歴史が古い、当時からカラクリは付いていたとも言われている。
 13台の山車全部にカラクリが付き、町内事にカラクリが違うものが、当然町内同士の競い合いがあったと思われる。
 その為にカラクリは複雑な動きを要求され、町内ごとに見事なものが造られ、祭り当日にその技術と華麗さを競い合ったと言う。
 尾張藩主徳川宗春公が祭りを大々的に奨励したこともあり、名古屋地域の山車は華やかさと共にカラクリが発達したもの。
 名古屋周辺の市町村も多くの山車が存在しており、全国でも珍しく山車の台数は日本一、現在稼働している山車の数は422台、稼働していない山車を数えるとゆうに500台を超すが、写真は上が有松の山車、下が犬山の山車のカラクリ。



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2018年04月13日

時計画

      時計の版画は数々ある。

SANY3537.JPG 時計を題材とした版画は多くあるが、趣味で直接依頼して作成してもらったものは、そんなに多くないが堀田時計が販売店に出したもは、大分出回っている。
 堀田両平氏は家業の時計店の店主でもあり、古時計の蒐集家としても知られている我々の先輩の蒐集家、堀田氏が自社の店舗をモデルとして、製作依頼した版画で、時計マニアの間でも良く知られたもの。
 堀田氏は時ある毎に時計の版画を製作依頼しているが、特に伊藤深水画伯の版画が多くあり、美人の版画は人気の的でもある。
 自分の娘(朝丘雪路)をモデルとした版画は人気が高く、マニアには是非とも手に入れたい版画でもある。

 深水画伯の作品は妖艶な美人が描かれているため、時計よりも其の美人のほうに目が行ってしまう。堀田.jpg
 やっぱり美人画は伊藤深水に限ると思うが、時計も良く観察されており、其の特徴を捉えた力作が多い。
 もともと堀田時計は名古屋出身、明治期名古屋市にて時計商を商っており、良平氏はそのルーツを理解していたようだ。
 先祖の築き上げた店を題材にして版画家にその姿を依頼し、表現したものだと思う。
 左の版画は、富山出身の金守世士夫画伯の製作であり、明治期の堀田時計店の店先を描いた版画である。
 当時名古屋市の中心部に大店を構えていた様子が描かれ、店内には櫓時計やそのほかの時計が見え、屋根の上には巨大な時計塔が見える。
 堀田時計初代の堀田良助が1代で築き上げた大店、色使いも良く当時の繁栄振りが見事に彫られている傑作である。
 当時は名古屋市内には、こうした時計塔が幾つも乱立をして、名古屋の時計産業が盛んであった証でもある。
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2018年04月12日

これは何だ

      鉄の塊

SANY8073.JPG
 またまた友人が分けの分から無いものを持ち込んで来たので、その論議に喧々諤々、またしても論争が激化する嵌めになったしまった。
 たまたま知り合いと酒を呑んでいた時に友人が現れ、何やら重そうな物を持って入ってきたが、何か怪しい雰囲気の物だと感じた。
 一緒に居た知り合いも友人とは顔馴染み、その場に入り込んだ友人、先ずは自分の好きなビールを一気に飲み干し、新聞紙の包みを開けだした。
 現れたものは埃まみれの汚らしい物体、「食べ物の席に汚らしいものを持ち込むな」と私が諌めると、そんな事よりこれは何だと汚らしいものを出した。
 知り合いも「汚いものだなぁ〜」と呑んでいたグラスを避け、その物体を迷惑そうに眺め、やっぱり汚らしいものだと、確かに汚いものだ。
 友人、「これは何だ」と鉄の塊を指差し、貰ってきたが何だSANY8077.JPGか分からないものだ、だけど面白いと思って持って来たのだが、やっぱり汚いなぁ〜と言う。
 酒を呑んでいる席に持って来るものではないだろうと思いつつ、その物体を良く見ると灰皿ではないのかと思うが、それにしても重いものだ。
 仮に灰皿でも何でこんなに重いものを造ったのか疑問、しかし良く見ると自動車の姿をしているように、すると知人が「これ自動車だ」と言い出した。

 私も気付いたのだが古い自動車の形をしている物、灰皿らしきものである事には違いないのだが、時代が相当に古いものだと思う。
 自動車の形から昭和のものには違いないとの認識で一致、しSANY8083.JPGかし戦前にこんなものを造るのかとの疑問も湧いて、モット古いのではと知人が言い出した。
 戦前、つまり昭和のはじめ頃であれば、「金属でこんなもの造るのか、金属不足の中」と友人が、確かに言われれば金属不足のおり、灰皿などに金属を使用するのかとの疑問だ。
 「では戦後の鋳造であるのか」と知人が言うが、戦後の代物でもなさそうな雰囲気、兎に角分けの変わらないものには違いなく、それを肴に3人して酒を呑む。
 自動車の形からはやっぱり大正から昭和初期の自動車、それにしては鋳造方がお粗末で、しっかりとした製造で造られた物ではないと思う。
 そんな事で何だ、かんだと論議をするうちに、酒が回りだしてきて、そんな論議もそっちのけ、酒が旨いと言いつつボトルが空になったしまった。
 写真の鋳物、形もボケたような姿の灰皿、テイブルの上にこんなボケた自動車を置いては恥、だけど何だか捨てがたい雰囲気の代物でもある。

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