2018年04月08日

卯の花

      早すぎる初夏

SANY6360.JPG 春がきて桜が散ったと思ったらもう初夏のよう、若葉が一斉に葉を茂らす時期、四季の内で1番活動的な季節、「風薫る風」等とも云われ、若葉が目にしみるようになる。
 古来から歌にもしばしば登場する「杜鵑ホトトギス」、この鳥いわくのある鳥らしく中国蜀の王が、国を離れて諸国をさまよい続け、やがて其の魂が鳥になったと云う伝説の鳥、それがホトトギス。
 日本でも古くから夏を告げる鳥として珍重されてきたし、多くの里山に飛来して夏を告げる使者、この鳥渡り鳥であり中国から渡ってくるらしく、逸話をもってやってきた鳥。
 ホトトギス、漢字では色々な書き方をされているが、伝説の鳥は(不如帰)と書くらしく、蜀の王がさまよい続け今だ帰らずとのたとえらしく、字もそれに当てはめて書くと言う。

 その他、杜鵑、不如帰、時鳥、など色々な書SANY6356.JPGき方をし、その背景により字が変わるらしいが、現在はあまり気にしなくなり、季節感も薄れ、またホトトギスじたい知らない人が多くなった。
 「卯の花の匂う垣根に、ホトトギス早やも来鳴きて、忍び音もらす、夏は来ぬ」 と歌に歌われているが如く、初夏の代名詞「卯の花とホトトギス」。
 しかし、現在卯の花垣根を見る事はあまり無くなり、卯の花自体見た事が無い人も多いのでは、歌に歌われた「花も鳥も」見た事が無い人ばかりになってしまった様だ。
 歌は知っていても、ホトトギスがどんな鳥か、卯の花がどんな花か忘れられ、日本の風情もまた無くなりつつある様で嘆かわしいが、以前はホトトギスの鳴き声を、「特許許可局」とか「テッペンカケタカ」と鳴くように聞こえると教えたものだが。
 今は、その鳴き声も聞けなくなったから、如何説明していいか分からないが、昔の人はウマく鳴き声を伝えたものだと感心するが、今の人に「特許許可局」と言っても知らないだろう。
 「卯の花垣」、「ホトトギス」、今に忘れ去られるよう、写真は卯の花、このところ日本の気候風土が段々と変わってきている事の現われでもあるようだ。 




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2018年04月07日

今年も

   早く出さないと

SANY6363.JPG 瀬戸の雛巡りが終わり、いま後片づけに忙しい毎日だがもう4月に入っているので5月飾りを出さなければ。
 何時もの事だが自分の所の節句は後回し、雛巡りの後片付けが終わらないと5月飾りは出せない事になっている。
 自分の家のものは何時も後回しと妻にも言われているが、確かにその通りで自分の家の人形は中々出せないでいるのが現実。
 そんな事でいつも批判が集中、今年こそは言われる前に出さなくてはと、保管場所から取り出してみた。
 この5月飾り、親父のものだと思っていたら実は爺さんのもの、親父の物より古いものである事が分かった。

 勿論兄弟も見た事がなく、お袋が無くなった後整理していたSANY6390.JPG時に発見したもの、私も実は見るのが初めてであった。
 以前にも親父の5月飾りとして説明したが、兄弟からも違うのではと、確かに言われてみればそれよりも古いもの。
 家に持ち帰った時には親父のものとばかり思っていたので、それより古いとは気が付かなかったが指摘されて事実が判明。
 鎧櫃の内側に書いてある文字を読んでみると、確かに親父の生まれた前、やっぱりこれは爺さんのものだと理解できた。
 長い間日の目を見ることなく物置に寝ていたから、鎧櫃の程度は余り良くないが今まで手入れしていないので仕方がない。
 去年出した時にも気が付いていたが、部品が取れていたので付けようと思い何処のものか探したが分からず仕舞い。SANY6379.JPG

 今年はジックリと何処の部品か探してみたら兜の飾りである事が判明、接着剤で元の位置に付け直し、飾る事にした。
 去年飾っているものを見て友人が、「これってそんなに古いものなのか」と言って疑っていたが、「櫃の中に書いてある文字で分かるのだ」と言ってやった。
 しかし実際には今年確認したもので、友人にはそれを言っていないが彼はそもそも信用していないのだ。
 私が説明すると彼は何時も疑ってかかる癖、今更始まった事ではなく昔からの事だが、それにしても爺さんの物とは驚き。
 当時としては大したものだと思うのは、家紋入りの5月飾りを子供のために作ったとは驚きであると同時に大切にしなければと思う。


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2018年04月06日

田舎蕎麦

      田舎蕎麦はここ

 木曽路SANY2861.JPG妻籠宿との付き合いは長い、高校生の頃此処を訪れてからいっぺんで気に入り、その後現在までに何回訪れた事か回数等数えていないが、何百回は来ている。
 まだ妻籠宿が整備されていない頃、友達とぶらりと訪れたのが初め、その頃の妻籠は時代から取り残されたような雰囲気を持っていたし、又事実取り残されていた。
 勿論観光客なぞ合う事も無く、山里のひなびた田舎町であり、行き交う人もなくひっそりとしていたし、たまに人に会えば「何しに来たのか」怪しげな奴ではないかと目を向けられたものだ。
 その当時は生活観が一杯の山里で、何処の家も観光ズレしていなくて、素朴な人々でもあったが、その後観光の波に乗っかりスッカリ観光客ズレして変わってしまった。
 あの頃の方が余程妻籠宿らしかったが、時代のには逆らえず、映画のセットみたSANY0954.JPGいになってしまい、電信柱はなくなり、人々は変わり、雰囲気も変わってしまった。
 当たり前の事ではあるが、「この場所だけは昔の間々までいて欲しかった」と思うのはエゴかもしれないが、それでも妻籠宿だけはそうしていて欲しかった。

 そんな妻籠宿の中ほどに蕎麦処があり、此処へは蕎麦を食べにどれだけ通った事か、特に五平餅は美味しくて、胡桃と味噌の具合がよく、蕎麦を食べると同時に五平餅も食べないと、何だか食べた気がしなく一緒に食べるのが通例で、それも三本と決めているが、友人は蕎麦を余分に頼むのが、これまた通例であった。
  以前の店は昔の佇まいをした造りで昔ままであったが、その後改築がなされてしまい雰囲気が少し変わってしまったのは残念である。
 この蕎麦処、40年も通い続けている店、松本の帰りにも絶対、此処の蕎麦を食べてからでないと家に帰らない主義、特に友人は此処の田舎風の蕎麦がお気に入りである。

 
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2018年04月05日

おぼろつきよ

   今年は変

SANY6349.JPG 例年なら桜がまだ満開では無い頃、しかし今年は近年になく早く、あっという間に過ぎて行きそう、やっぱり変だ。
 特に今年は暑くて、そして日照りが、近年の現象であるとも言えるが、それにしてもおかしな天気、もう初夏みたいな気候。
 4月初めだと言うのに6月並みの気候だと言う、近年にない状態であるらしく、このままどうなってしまうのか。
 幾ら温暖化の影響でもおかしい、このまま夏になってしまうのかと、そんな風に感じてしまうのは私だけか。
 それにしても春はあっという間に駆け抜けて行った感、何時もであればまだ菜の花も咲いており、桜も満開ではないのに。

 日本の風景の中でも菜の花と桜、この2つが咲き誇る風景SANY6280.JPGは我々日本人には実にしっくりと来る心の風景だと思う。
 日本には四季があり、それぞれに良い所があるがやはり春は木が芽吹き、花が咲き、色とりどりの景色が体感できる時期でもある。
 寒い冬が過ぎ、暖かな春、その四季を日本人は共に味わって来たものだが、ここへ来て四季の境目が分からなくなってしまった。
 例年であれば春霞がじっくりと味わえたものだが、今年はそれもなく夏が来そうな雰囲気、春は何処に消えてしまったのか。

 そう言えば今時はおぼろ月夜、少し遅いかも知れないが、春霞もおぼろ月夜も今は見ない、春と言えばおぼろ月夜。
 唱歌にうたわれたあのおぼろ月夜、日本の原風景で春にはぴったりの時期だが、あの歌もあまり聞かなくなったおぼろ月夜。
 小学校でも現在は教えないと聞く、何で教えないのかと聞けば、SANY6342.JPG現在の状態に合わないからだと言う、時代遅れだとも言うらしい。
 確かに歌詞は難しい所もあり、子供には分からないかも知れないところが、それを教えるのも教師の務めではないか。
 現在に当てはまらないから教えないとは、発展した都会だけが日本ではないと思う、日本全体から言えば田舎の方が広いし多い。
 日本の原風景を見事に歌っているおぼろ月夜、時代が違うから歌わせないとは少し意味が違うと思う、その様に思う我々が古いのか。
 古い、新しいではなく、抒情詩として教えて行く事が大切ではないかと思うのだが、良い歌は良いと思う。
 幾ら時代が変わっても良い歌は良い、日本の心とも言える原風景を子供達にも味わって欲しいものだと思う。
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2018年04月04日

人気の秘密

    どちらが好きか

DSCN1834.JPG 古時計愛好家にとってどの時計が好きか、これは人それぞれであり、どの時計かは個人の好みによるものである。
 一口に言って古時計とは範囲が広すぎて特定できないもの、掛時計あり、置時計であり、腕時計であり、種類は多い。
 そして一つの種類に絞っても、その範囲はまだ広く、これまた特定の機種に当たらず、もっと細かな範囲に絞られ、やはり難しいものだ。
 古時計を知らない人は、時計といえばあの八角の掛時計をすぐに思うが、古時計の種類は前にも述べたように範囲は広く、八角型だけではない。
 古時計愛好家の中、一番の人気のある時計は達磨型時計、とくに掛時計好きな人達にとってはこの時計が一番という。
 なぜか昔から日本人は達磨型時計に吸い寄せられるのか、不思議でならないが、何故かしら達磨型を好む、多くの人が支持するのだ。SANY2170.JPG

 数ある時計の種類の中達磨型時計が好かれ、昔から支持されて来たようで、現在でも絶大な人気を保っている時計である。
 この時計には人を引き付ける何かを持っているようで、年齢、性別に拘らず、この達磨型時計が好きなようであるのだ。
 では何故この達磨型の時計が好まれるのか、その秘密をさぐって見ようと思うが、果たしてそれが真実かはわからないと思う。
 しかし少なくとも支持されるには、それだけの理由が存在し、その上に立って人々が好む理由が存在し、支持されるのだと思う。
 この達磨型時計には、それぞれに種類が存在しており、四つSANY4834.JPG丸型本達磨と呼ばれるもの、張り四つ達磨と呼ばれるもの、そして姫達磨と呼ばれるものとがある。
 それぞれに支持者が存在し、特に姫達磨の人気は高く、他の四つ丸達磨とは別格の人気、日本人の小型のものを好む性格なのか。
 何故四つ丸達磨が好かれるのかは、あの丸い枠の集合体にあると思われ、四角張った時計よりも柔らかな曲線が人々を引きつけると思われる。
 絶妙なバランスで製造された四つ丸達磨時計、曲線の繋がりが絶妙、心地良い大小の円、このバランスが人々に好かれる由縁であると思われる。







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2018年04月03日

人間国宝作

      要らないか
SANY4549.JPG
 友人が鉄瓶はいらないかと突然言い出したので、何故今鉄瓶なのかと聞く、話せば長いことなるからと友人、要は「女房の実家にあった物を貰って来た」と言うのだ。
 何でも彼の奥さんの実家はお茶の先生らしく、色々なお茶道具があるらしく、そろそろ義母も歳だし今の内に茶道具も分配しなくてはと言う事で、実家から貰い受けてきたらしい。
 友人も奥さんもお茶ま嗜みもなく、陶器類に関心もないとの事、まして鉄瓶等全く興味もなく邪魔なものになるだけの事、要らないから我家に持って来たとの事だが。
 奥さんは実家の母がこの鉄瓶は人間国宝が造ったものと言われて来たらしいが、その人間国宝が誰であるかも知らないとの事だ。
 勿論箱に入っていれば作者名が分かるのだが、鉄瓶本体だけでは分からないので、人間国宝が造ったものだから大切にしなさいと。

 友人の奥さんも人間国宝の鉄瓶であるが興味もなければ使いたいとも思わず、持って行けと言われたから貰ってきただけらしい。
 友人、「人間国宝なら探せば直ぐに分かるだろう」と思い、私の所に持ち込んできたらしく、そして人間国宝の作なら貰い手もあるだろうと持ってきたと云う。SANY4560.JPG
 鉄瓶を見て見ると使った形跡はあるが、殆ど使われずにしまってあったようで、所々に少しさびが出ている状態、鉄瓶の中は錆びはなく綺麗だ。
 鉄瓶の注ぎ口近くに正寿堂の文字を発見、これは山形の鋳物師高橋敬典の工房、高橋敬典本人の作ではないと思われる。
 何故かと言えば高橋敬典の作品は我家にもあるが、彼が作った作品には敬典の銘が入っており、正寿堂は量産品につける銘だと思う。
 確かに人間国宝の工房で製造されているものだが、高橋敬典自らの作品ではなく、市販されているものに違いなく、価値的にはそんなにあるものではないと友人に告げる。
 すると友人、「ここにおいて行くからお前が使え」と言う、とんでもない我家にも鉄瓶はあるから、そんなに多く鉄瓶ばかりあっても使いきれないから要らないと言う。
 しかし友人も、「家では誰も興味がないから要らない、処分してくれ」と言うばかり、仕方なく鉄瓶は我家に居座る事になってしまい物置の中に実に迷惑な話だ。

 
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2018年04月02日

千利休

      志野の焼き物

SANY6326.JPG 私が小さい頃から、我が家の床の間に鎮座していた焼き物、何でこんな床の間に古臭い焼き物が置いてあるのか不思議で、よく見たものだが誰であるか全く知らなかった。
 その後、何処に消えたのか分からなかったが、お袋が引っ越す時に何処ともなく現れ、チャッカリと荷物になって引越しのトラックに、引越し先で又も何処かに消えうせた。
 それから、この焼き物の事等スッカリ忘れてしまったが、私が新築をした家に移るさい、又もどこからともなく表れて私の家に、何だか知らないがどうして着いて来るのか不思議であった。
 我が家に引っ越してきたからはダンボウルの中でひっそりと姿を隠していたが、子供が結婚する事になり、再び荷物を整理していたら、マタマタ現れた。

 そんな因縁でこの焼き物は我が家の床の間に鎮座する事に、現在では時ある毎に出しているが、不SANY6330.JPG思議でならないのは引っ越すたびに現れてくるからである。
 余程我が家に来たくて着いて来たかのようで、其れ以来我が家の一員となり、床の間に居ついてしまったようであるが、この人物誰だか分からなかった。
 てっきり松尾芭蕉とばかり思ったいたら、友人が「何で利休が此処に居るのか」と云われ、初めて利休と分かり常時出しておく事には抵抗があり、かたずけたのである。
 この焼き物、尾張瀬戸で幕末頃に作られたもの、志野焼きで出来の良い作品、てびねりで上手く雰囲気を出している傑作、作者名は無いが素晴らしい焼き物である。
 父親が大事にしていた事が、今になってやっと分かったような気がしてきたが、何処がどうだと言うことは無く、焼き物に対する感覚が少し分かって来たのかも知れない。








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2018年04月01日

四月馬鹿

   エイプリルフール

 SANY6314.JPG4月1日はエイプリルフール、日本では4月馬鹿と言われている日、嘘をついても良い日として知られている。
 何でもその嘘をつくのは午前中であるとの事、世界中でこの日嘘がはびこる日とされているとも言われている。
 勿論、他愛もない嘘であることだが、中にはとんでもない嘘をついて問題となった例も数多いと聞く、騙して良い日でも度が過ぎては困ったものだ。
 このエイプリルフール、色々な説があるようでフランスが発祥であるとか、聖書から来ているとか、インドが発祥であるとかいろいろ。
 1564年、フランスの国王シャルル9世がそれまで4月1日が新年とされていたのを1月1日を新年としたことに始まると言われている。
 民衆がそれに反発して、4月1日を嘘の新年としてバカ騒ぎをしたのが始まりと言われており、それが広まったものらしい。

 またインド節では僧侶が春分の日から1週間座禅をするが、その明けの日が4月1日であり、直ぐに迷いの境地に戻ってしまうことから、嘘の日と言われるようになったとか。
 色々な説が存在している様だがSANY6322.JPG、この日は嘘をついても良いと言われ、大なり小なりの嘘をついて人を驚かした。
 日本に入って来たのは大正時代であると言われ、嘘の日としてこの日は嘘をついても良い日として広まったとの事だ。
 このエイプリルフール、過去にはとんでもない嘘があったようで、大統領が暗殺されたとか、世界で戦争がはじまったとか、とんでもない嘘が流行したとか。
 幾ら四月馬鹿であっても度が過ぎれば事件にと発展しかねない事もあるが、それに近い事もあったようだ。
 現在では友達同士での軽い嘘がまかり通っている様だが、騙される人もちょくちょくあって楽しい日となれば良い。
 そお云えばお隣の何処かの国がとんでもない嘘をついて問題となった事を思い出すが、国が悪ふざけですると国際問題にもなりかねない。
 幾ら四月馬鹿の日であっても、悪ふざけで人を騙しては後味が良くないもの、ほどほどの嘘で過ごした方が無難ではないだろうか。
 中々日本人はジョークに乏しい民族と言われているから、この日くらいは軽いジョークでも飛ばしてみたら。
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