2018年04月09日

有線七宝

      手間隙かけて
 SANY5662.JPG七宝、七つの宝と書いて「七宝」、金銀や瑪瑙、琥珀のような宝物に匹敵する物として七宝焼きと呼ばれているもの、この七宝焼古くは奈良時代から日本に存在しており、その後戦国時代までは細々と製造されていた。
 正倉院御物の中にも七宝焼が保管されており、当時から貴重品であったようだが、一般人には程遠い存在、その後京都で七宝が製造され、桂離宮、修学院離宮、漫院など扉の引き手や釘隠しに使われたり、刀の装飾品として発達。
 桃山から江戸時代に入り、京都、近江、尾張、などの産地が盛に七宝を製造した様だが、それらはまだ七宝焼きの発展途上でもあったようである。

 明治に入り、ドイツ人ワグネルが透明の塗料を用いた七宝焼きの技術を伝える事により、日本の七宝焼きに急速にその技術が向上、パリ万博に出SANY5655.JPG品し金賞を得る。
 其れにより、世界的に日本の七宝が優れた芸術品であることが認識され、多くの七宝が海外に輸出されるようになり、外貨獲得に貢献する事となる。
 そんな中、京都や名古屋で芸術的な七宝焼きが製造、七宝焼きの技術が確立され、世界的に有名になるが、この両者七宝焼きの製造方法に違いがある。
 それは有線七宝と無線七宝、有線七宝は真鍮や金銀の細い線で図柄を作り、その中に鉱物質の微粉末をふのりで溶いたものを塗り固め、900度の温度で焼き上げる。
 無線七宝は図柄の上にじかに微粉末の溶液を置いてゆき、有線を用いないで製造する技法とに分かれ、其々の特徴を最大限に発揮した。
 写真の七宝は有線七宝の典型的な物、細図柄を真鍮の細い線で縁取ったもの、根気よく一つ一つの図柄を描いてゆく作業は大変な物である。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記