2018年04月17日

流行もの

      遊び心を表に

SANY6481.JPG 明治初期の時計をかたどった花生けは、本物に近ずけようと努力し、殆どの商品はリアルに表現されている物が多かったが、明治後期には、初期に無い製品が多く生まれて来、デザインが大幅に変更され。
 其の1つは、色彩が鮮やかになってくる事、色々な多彩の色使いがされ、初期当時には無かった色が出回り、本来の時計とはかけ離れた物に仕上がって行く。
 元々、ボンボン時計は色彩が地味で、木の持つ色其のものに再現されている為、色々な色彩が使うのが難しく、本来の時計からかけ離れてしまう為、初期段階では冒険しなかったとも受け取れる。
 しかし、時計をかたどった商品が市中に出回るようになり、時計と言う物の形は浸透して行ったので、少しくらいアレンジをしても時計と分かって貰える様になった事も事実、そしてデザインを変更して新たな消費者を開拓してゆく事になる。

 市場のマンネリ化を打開する為の商品開発でもあったようで、中には奇抜な時計もデザインされたようでSANY6487.JPGあるが、実際に市場には出回っていないのか、知らないのかだが、探したら出てくるかもしれない。
 明治後期には一般庶民の間でも時計が深く浸透しており、時計そのものを説明する必要性は無かったから、其の先へとデザイン化が進み、時計本体の形が文字盤だけになるデザインも登場する事となる。
 そして、文字盤だけの物から、もっと進んだ物はカレンダー時計を模した物が次第に登場し、より複雑な時計の花生けが誕生する事になる。

 それは全国の産地の別は兎も角、瀬戸や伊万里、そして東農地方で盛んに時計型の花生けが製造され市場に送り出されたが、当時として、どれだけ製造されたか記録としては残っていない。
 写真の花生けは、伊万里で明治末に製造された物であるが、前期の時計型花生けと比較すると、色彩も鮮やかであり、形も少し本物の時計とは異なったデザインに仕上げられている。
 遊び心をふんだんに取り入れ、時計上部の色もブSANY6490.JPGルーと黄色掛かった茶、そして本来あるはずの無い唐草模様を描いている。
 写真では色が薄い為に、非常に見にくくなっているが、振り子室の横に、同じ図柄の唐草模様がデザインされているから、比較して想像してみて下さい。
 又、振り子室のドアーも本来は、この形の扉は付いていなく、デザイン的にあえて四角のドアーにしたものなのか、不明であるがかえって四角のほうが面白いかもしれない。
 何にしても、明治末期に自由に時計の形をした花生けを、しかもカラフルにデザインがされたが、実際に家庭で使用した時に、何処の部屋に掛て楽しんだのか分からない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク