2018年05月22日

本当なのか

      信頼できる物

 SANY6873.JPG朝日は東から昇るものと昔から決まっており、西に沈んでゆくもの、北斗七星は北の空で何時も輝いているもの、月は東から昇るものと不変である。
 しかし人間の作り出した物は不変ではなく、常に狂いを生じるものなのだが、その狂いを如何にしてちじめるのも、人間は挑戦してきた。
 昔の旅人は方角を知る上で、この様な不変のものを信じて旅をしてきたものであり、常に身近にあったものを利用してきたのだ。
 しかし、これ等は天候が良い時にしか役に立たないもの、雨の日や曇りの日、闇夜や雪の日などは役に立たない事も承知していた。
 その為に不変に近い物で方角を知るものを求めていたもので、それが方位磁石であり、この磁石の出現で旅人は大いに楽になったと言われる。

 方位磁石は11世紀に中国で作られた物、中国の沈括の「真貝日誌送」にはじめて記されており、之が世界で1番早い時期の方位磁石SANY4900.JPG
 その後改良がなされ、現在のような形になったと言われ、シンプルながら便利な物、しかし全てが同じ方向を向いているとは限らず、時にはとんでもない方候補向くものもある。
 色々な方位磁石、他の物とは明らかに違った方向を向いているものもある、こんな方位磁石を持って旅をしたら大変な事になる恐れもある。
 山道で方角が分からなくなった時、磁石が目当てだが、こんな磁石では信用なら無いもの、信頼できる方位磁石を持って出ないと、とんでもない事になる。
 旅に出る前に方位磁石の点検も忘れずに行う事をお勧めしますが、人間の作った物も信頼しすぎてはイケないものなのか。
 そんなはずは無く、時には狂う事もあることを頭に入れておき、点検する事が一番大事なこと、何事もチェックが大事である。
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2018年05月21日

トレードマーク

      調査は慎重に

SANY6695.JPG 以前から時計に関する情報の一つ、トレードーマークについて色々と質問も多く頂いており、事有る度に説明を求められることが多く、私としても一番の関心事でもあるから、正確にと思っている。
 以前、明治村の伊藤さんが特許庁の時計部門の資料を詳しく調査をして頂いて、私が時計展を明治村にて開催の折にも、非常に役に立ってメーカーの分からなかったものが多く判明、展示がスムーズに行き大いに助かったもの。
 明治初期、日本には余り特許について感心が無く、ましてや自分の権利を確保するという申請には無頓着であり、逆に海外から他社のトレードマークを使用したとして提訴された事もしばしば。
 そんな事で、明治10年代後半からようやく日本でも自社の商標を申請して、特許を取得することが一般的となり、一挙に商標登録が激増するはめになる。
 しかしながら、まだ当時の人たちは難しい申請には自分で行えず、代理人を立てて申請をしていて、逆に現在それがネックとなり調査を難しくしている原因ともなっている。
 つまり、代理人が申請していて、実際の人が分かりずらくなっている事、実名であっSANY6702.JPGても会社の関係者であれば、特許を申請している事もあり、時計会社との関係が分からないことも多い。
 時計製造会社の代表者であれば、定款等で直ぐに判明するのであるが、其の他の人が申請している場合は、調査がしにくて中々判明しないことが多い。

 特に個人の名前で申請していると、会社名は全くと言って良いほど分からず、何処の時計製造会社の時計かも知れず、調査のしようがないものもある。
 事実、特許庁の認可のおりたものに、現在は何処の誰だか分らないものも多く、住所だけでは調査する事も出来ず、難題だらけである。
 当時の人物を名前だけで調査するのも難題で、申請して人と製造人とは違う事も、それだけ当時は拘らなかったと言う事か。
 今と違って当時は特許取得にはさほど拘らなかった事も、そしてもう一つが本人以外でも申請している事、やはり個人が拘らなかったものなのか。
 然しながら特許の申請件数は多くて、企業として特許を取得して宣伝に役立てた事は確か、他社との競争に利用した事に違いはない。
 
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2018年05月20日

実用新案

      ヤッパリ古いものだ

SANY5487.JPG 今でもよく見かける明治期に製造された時計の花入れ、尾張瀬戸で多く製造されたが、その後岐阜県でも製造される事になるのだが、その花入れは少し違っていた。
 明治期の花入れは時計の形をした物、色々な形のものが製造されて人気を博したものだが、その時の物はカレンダーは付いていない。
 
 この花入れはカレンダー付きの花入れ、花入れ以前に紹介して色々な物も上げて説明したが、その時にはそんなに古いとは思わないとの異議も出た
 確かに見たところ明治時代と言われても、そんなに古いようには見えないとか、何処に証拠があるのかとか、質問も多くあった。
 確かに言われるとおり、証拠が欲しいと言われるのももっともな事、事実特許庁にその資料があることは分かっていたが、其処までやらなくても良いと思っていたが。
 しかし、度重なる疑問を投げかけられると、やはりこれはハッキリさせておくべきとの思いに駆られ、特許庁の登録を調べる事になった。SANY5498.JPG
 現在の特許庁のシステムはコンピーター化が進んでおり、特許番号が分かっていれば直ぐに資料が出てくる仕組みになっている。

 今回の実用新案第37259号の番号がハッキリしている事から、時計の分類から探さなくてもスムーズにデーターを提出してもらえた。
 番号どおり、第37259が花入れの後ろに印刷されている為に簡単に分かってしまったもの、特許番号さえ分かれば今は簡単な手続きで調査できる。
 以前は分類の台帳を閲覧してから、番号が分からないもの等は時計の部門を一枚一枚めくって、当該の資料が出てくるまで見なければデーターは貰えなかったのだ。
 その為に一日がかりの時もザラであり、結局分からない時もあったもの、実用新案や特許を調べるのは躊躇した事も度々あった。
 今回の花入れ、大正4年、4月に出願して登録認可が下りたのが10月、結局半SANY5505.JPG年はかかっていたのであるが、現在でもこれはあまり進歩していないようだ。
 正式名は「陶磁器製時計形花立」、出願者は岐阜県土岐郡下石村百十一番の「加藤勝太郎」なる人物、現在の土岐市下石町である。
 この花入れは出願以前に製造されていたことは確かで、明治時代のは製造されていたと思われ、実際には古い花入れであると思われる。
 一見新しいものと思えるものでも、この様に特許番号さえあれば、その証拠たる書類が手に入れられる便利な世の中でもあるのだ。
 特許番号が分かれば、特許庁に行って閲覧を願がい入れ、パソコンで直ぐに出て来るが、資料一件1000円かかることになる。
 
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2018年05月19日

今回はヒット

      何時もガラクタ
SANY7080.JPG
 私の友人の中で1番やっかいな男、それが何時も登場してくる機械オンチの男、兎に角自分では機械は全くのダメと知りながら、機械物を買い込んでは失敗ばかりの男。
 それなのに全く懲りない男、プロの商売人でありながら、とびっきりの機械オンチ、分からなければ買わなければ良いと思うが、それでも買い込む男。
   彼に言わせると「機械は分からないけど、何故か好き」と、普通好きなものなら研究するはず、しかし彼は研究なんかしない男なのだ。
 それに機械は分からなくても良いとの事、何とも理解出来ない男だが、それでも彼はプロ中のプロの商売人、そんな男が今度はカメラを持ち込んで来たのだ。
 今までは何とも分からない物ばかりを持って現れたが、今回は初めからカメラと分かるもの、今までにない事で此方が逆に戸惑う。

 SANY7084.JPGそのカメラ一目見て、私が前から欲しくてたまらないものであったからビックリ、そのカメラは「ニコンF」、若い時に憧れたカメラであった。
 しかし、このカメラ高くてとても我々には買える代物ではなく、憧れはしたが手に入らないもので、只憧れていただけのカメラ。
 そのカメラを持って現れたのだから、ビックリもするはず、それを見た彼は「やっぱりビックリしたな」と何時もの得意顔である。
 今回はこちらから手を出して迎える事に、その態度を見て「単純だなあ〜、お前は」と、今日は何時もと違うのではないかと彼の言葉、そんな事はどうでも良いから、早く見せろとカメラを奪い取る事に、ジックリとカメラを検査する。

 私が「このカメラ如何して手に入れた」と聞けば、業者が持っていたので安く手に入れた、お前が欲しがっていた事を思い出したからだと言う。SANY7087.JPG
 確かにその通りで前から彼に、このカメラの事は話していたし、見つけたら買えとも言った。
 写真がそのカメラ、程度はまあまあだが、状態はよく、レンズのカビも無く、シャッターの切れも良いもの、肝心のファインダーの状態だが、其れも良い状態であった。
 機械オンチの彼が何故こんな良い物を手に入れられたのか、機械が分からないのに、今度ばかりは感謝しなくてはならないと思い、彼に「幾らだと聞く」、すると「お前が頭を下げる所を見たかったからだ」と言い、値段は飛びっきり安いと言う。
 そんな事なら何度でも頭を下げても良い、憧れのカメラが出現したのだから何時でも頭を下げさせて貰うし、毎度こんな事が起これば、彼は何時でも大歓迎だが、世の中そんなに甘くも無いのだ。
 
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2018年05月18日

何処かおかしい

      見た事が無い
SANY3917.JPG
 江戸時代は見たことも無いものを描いてみせる絵師が存在、江戸時代と言うよりも古来からといった方が良いかもしれない、何故ならば架空のものが昔から描かれているからだ。
 有名な絵師が描いた物の中には、架空のものが描かれている実例も多く、江戸時代だけの事でもないようだが、実例を揚げれば切が無いが、虎や豹などが其れにあてはまり、見たこともない動物を描いている。
 襖絵や屏風絵には、これ等の動物が描かれたものがあり、実物とはかけ離れた想像の動物として描かれ、其れを見た人も何のためらいもなく受け入れたようだ。
 豹などは日本に生息して居らず、ましてや明治以前には架空の動物であった事は当たり前、当時いた外国人の話等から想像して描いたものと云われている。
 雪舟の描いた虎の絵も、実際に雪舟が虎を見て描いたものにあらず、聞いた話から想像して描いたもの、実物とかけ離れていても当たり前の事だ。

 今の人がその絵を見て滑稽に思うのも無理からぬ事、SANY3921.JPG雪舟にしてもそれが間違いであると思って描いたものでなく、彼自身が想像して描いたのだ。
 ここにあげる浮世絵もまた、そのような想像して描いた物の1つ、題名にはフランス人となっており、当時の外国人を描いた浮世絵であるが、之がフランス人かと思えるもの。
 実際に西洋人に会って描いたとしても、何処の国の人物を分かって描く事等できず、想像の域の範疇である事は疑いの無いもの、この中でも面白いのは、そのフランス人が持っている時計だ。
 幕末時おそらく絵師は、懐中時計として描いたものであるが、懐中時計に大きな振り子が付いていることに驚く、懐中時計等に振り子はつかないが、当時の人は時計は振り子が付いていると思っていたようだ。
 これも、雪舟が描いた虎と同じであり、実物を見て描いたものでない事の証し、幕末当時の絵師が懐中時計を見る機会など中々なく、ヤッパリ想像して描く以外になかったと思われる。
 今この浮世絵を見ると、不思議と言うよりも滑稽で、笑はざろうえないものだが、当時の人はいたって真剣に懐中時計を描いたもので、それを笑われる事は好まないと思う。
 
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2018年05月17日

捨てられない

      リサイクルだが

 SANY6849.JPG携帯電話、今では無くては成らない物となったが、その進化はすさまじく、我々みたいな者には付いて行けない位に進化している。
 今はアイホン、全てがタッチタイプの物になってしまい、やっぱり我々には使い辛く、その進化に付いて行けないが、一方使い慣れたいままでの物は親しみがある。
 何だか進歩すればするほど親しみが薄れるみたいだが、其れも私の年のせいなのかも知れず、進歩について行けないのだ。
 タッチパネルは操作が簡単だというが、逆で我々には使い辛いもの、今まで使っていた物に使いやすさを感じてしまい、ツイツイ買い換えても手元に残しておく。
 リサイクルの時代、手元に残さず返しすのが当たり前なのかも、しかし今までに使ってきた物への愛着心が、其れを許さないらしい。
 リサイクルに出せば良いのだが、其れが出来ないでいる自分、勿体ないとか、懐かしいとか、そんな感情も少しはあるが、其れとは違って戦友みたいな感SANY6853.JPG覚。

 仕事で色々使ってきた仲間みたいな感覚、可笑しいかも知れないが、リサイクルに出したくないと思ってしまい、机の引き出しにしまっておく。
 今まで使ってきた携帯電話4台とも残しているし、今のをあわせれば5台となり、人から見れば何でと云われそうな、そんな状態。
 別に其れを蒐集しようと言う事はなく、自然に残しておきたいだけの事、その携帯を見ていると、あの時は忙しくて大変だったとか、あの時の知らせは良かったとか、色々思ってしまう。
 単なる感傷的なだけなのかもしれないが、やっぱり捨てられないのだが、其れって貧乏性なのか、それとも勿体ないと思う心なのか。
 オカシイと思う人もいるだろうが、我々の世代は勿体ないとツイツイ思ってしまう、だから捨てられないのだが、リサイクルすれば勿体なくはないのだ。
 資源を大切にするならば、リサイクルに回すのが一番なのか、そんな格闘をしている自分が変なのかもしれないが、やっぱりリサイクルには出したくない。
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2018年05月16日

廃物利用

      瀬戸の散歩

 いしぐぐ.jpg千参百年以上の陶器の里、愛知県瀬戸市には古い史跡が多く存在しているが、其れを探しながらの散策もまた楽しいもの、焼き物の町には焼き物にちなんだ色々の面白いものが存在する。
 昔、窯と呼ばれる陶器を焼く大きな窯の事であるが、新旧交代して古い窯は新しく作り変えると、其れに伴い窯で使用する道具も新しくするものだから、古い道具が多く出る。
 それらの道具を捨てることなく身近な物に再利用してきた瀬戸の窯元、例えば家の塀や石垣の変わりに使用したり、道路に埋めて舗装のような働きをしたりした。
 焼き物を燃焼する為に窯で使われてきた道具は、レンガと同じで丈夫なものとなり、石垣の変わりに充分な強度を持っており、それらを再利用することは当たり前に行われてきた。

 今残る窯の道具で出来た「石垣や塀」はその数を段々と減らしており、新しく塀や石垣に変えられて姿を消しつつあり、保存が急務となってきている実状だ。
 焼き物の町、瀬戸らしい風景が少しずつ消えてゆくのは残念なこと、時代の流であると言えばそれで終わりだが、先人たちの知恵と努力で築かれたものを残してゆくのも我々の勤め。
 現在残されている窯道具で作られた美しい塀や石垣、SANY1006.JPG写真の石垣や塀は今に残る瀬戸の史跡でもあると言えるもの、長年風雨に打ち勝ってきたこれ等のもの。
 今再びその存在を見るたびに、瀬戸物の里として千年の歴史がこれ等の石垣や塀に滲み出ているような、そんな気がする美しく積まれた石垣や塀であると思う。
 下の写真は瀬戸物に掛ける釉薬をつくるために使用された磁器の入れ物、縦70センチ横40センチ丈夫な入れ物を石垣のかわりとしたもの、今では珍しいものを美しく積まれている。
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2018年05月15日

折り紙

      立体感あり

SANY6842.JPG 日本人なら誰しも出来る折り紙、幼い日の記憶を頼りに折り紙を折ってはとあるが、果たして誰しもが折り紙を折れるものなのか。
 答えはノーであると思うが、現代人のどれだけが折り紙を折れるであろうか、日本人である為の折り紙なのかと疑問にも思う。
 何故ならば、私も今折り紙で何か作ってと云われると、直ぐに折れるものなのか自信が無く、ましてや若い人はもっと出来ないと思う。
 この折り紙、私も経験した事があるが、海外で折り紙をおって見せると、必ずや皆が驚くのだと思う、実際にやってみた。
 彼らには不思議であるようで、ミラクルとまで云うが、日本人はマジシャンなのかとも言う、そんな折り紙、何時ごろからあったものなのか。
 折り紙は日本だけのものかと思っていたが、中国やスペインにもあるよう、日本のような折り紙ではなさそうであるが、しかし歴史はあるようだ。SANY6846.JPG

 日本の折り紙は平安時代には既にあった事が記録されているが、文献ではカエルの折り紙を作ったことが書かれているらしい。
 その後時代は下がり折り紙は江戸時代になって発達したと言われ、手拭を折って色々な形を楽しんだといわれるもので、色々な形が出来上がったらしく。
 江戸時代は千代紙と云い、色とりどりの模様の入った紙をベースにそれぞれの形を折り、楽しんだようで、今でも千代紙と呼ぶ。
 この折り紙、2種類に分けられると言われ、1つは折り鶴などの折り紙、これを遊戯折と云い、もう1つは儀礼用の熨斗などの折り紙の2種類と言う。
 前者の折り紙は、今でも子供たちが行っている遊戯折り、鶴、亀、カエル、船、奴さん、風船、など色々な形が受け継がれている。
 伝統の折り方とは違って、現在では立体的な折り紙が出来、そのスタイルも如何にも現代であると思うもの、作り方が幾何学的だ。
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2018年05月14日

ブリキの玩具

      今は少なくなって

 SANY6830.JPGブリキの玩具、我々子供の頃はブリキの玩具が欲しくても、中々手に入らなかった時代、おもちゃは自分で作るものであった。
 今時の子供は可哀そうだと思うが、何でも買い与えてしまい、自分で作ろうとする意思を摘み取っているかのよう、親がそうしているのだ。
 危ない遊びはさせない、刃物は持たせない、まして自分で玩具を作くろううとはしないし、ないない尽くしの状態ではなかろうか。
 だから今の子供は発想力に欠けていると言われ、勉強が出来ても応用が出来ない子供になってしまった様、元々子供は無いものから自分で生み出す力を持っている。
 其れを親たちがその芽を摘んでいるようだが、それでは応用が出来ないマニアル人間になってしまうのだと私は思うが、さてさてこの先どうなるのか。
 それにしても昨今の玩具は馬鹿高い、何であんなに高いのかと思うが、其れを買い与える親もまた考えもの、豊になった証しなのか、それとも何も考えない人間になってしまったのか。
SANY4801.JPG
 そう言えば、ブリキのおもちゃが目の敵にされた時代もあったと思うが、子供がブリキの玩具で怪我をしたと訴えがあり、其れ以来ブリキのおもちゃが目の敵にされた。
 普通は何にでも気をつけて遊ぶのだが、一寸したことで怪我をすると、ブリキのおもちゃが悪いと親たちが騒ぎ、喧々諤々の論争に発展。
 以前からブリキの玩具で遊んで来たのに、子供からブリキの玩具を取り上げ、危険な玩具として指名手配、一寸おかしな事になってしまった。
 振りきりの玩具は危ないものとして母親たちに嫌われ、次第に子供から遠避けられ、姿をけしてしまったもので、其れに変わってプラスチックのおもちゃが全盛になる。
 私に言わせれば何にでも危険は潜んでいるから、其れを体験して次第に子供たちは危険を回避する能力を身に付けて行くと思うが。
 そんな母親たちがブリキの玩具を避けだした頃の物、今となっては懐かしいブリキの玩具とかしてしまったが、まだまだ探せば沢山あると思う。
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2018年05月13日

チャリティー

      復興支援

 SANY6821.JPG最近の災害、復興支援のチャリティーがあるとの連絡、何も支援が出来ない我々にとって、何かの支援がしたいとの思いは一杯だが、間接的にでも出来ればと。
 そんな時に舞い込んできたチャリティー、早速出かけた会場、大勢の人で一杯の会場、何が展示してあるのかとまずは見学。
 確かにチャリティーだと言うので、色々な物が展示してあり、見るのにも一苦労しそうな一杯のもの、各コーナーには作者自ら説明しているブースもあった。
 覗きこむとそこは絵が一杯置いてある場所、自分の書いた絵の説明をされていたが、何気なしに覗き込み話を聞いていると、作家さんが突然私に質問してきた。
 「どんなものを探しているのですか」と聞かれたが、別に探しものをしている訳ではなく、何気なしに覗き込んだと言えば、作家さん「それは有難う御座います、宜しければ見ていって下さい」と別の人に質問。
 そんなやり取りをして見ていたら、作家さん自分の気にいっている絵を1つ取り出し、説明をしだしたので其れを聞く事に、その絵はパリで修業時に描いた一枚だそうだ
 チャリティーに出されていた絵はSANY6816.JPG普通の大きさのものが殆どであったが、この絵は小さな額に収まった風景を描いた可愛いもの。
 その絵を見たときに、これだと思いに駆られ、しかし値段を聞いてみないと自分で買える物であれば良いのだが、高くては手が出せない。
 すると作家さん私の様子を見ていたらしく、「その絵が気に入りましたか」と言いながら近づいて来て、「チャリティーなので4万円で如何ですか」と言われた。
 値段を聞いて安心するやら、慌てるやら、私は絵を直に作家さんから買った事がないので、ツイツイ焦ってしまったのだが、作家さんが「高いですか、幾らなら良いのですか」と逆に聞かれてしまった。
 何か支援が出来ればとの想いで来たこの会場、気に入ったものが目の前に、焦ってしまったが買うことにして、作家さんに「4万円ですか」と聞いたところ、向うから「3万円で良いですよ」と安くしてくれた。
 何だか値切ってしまったように思ったが、作家さんも「今日初めてのお客さんだから嬉しいです」とニコニコ顔で絵を渡してくれたが、他のもう一つの絵も欲しかった。
 
 
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2018年05月12日

エジソン

      同 じ 格 好

SANY6625.JPG 何度も取り上げているがエジソン、言わずと知れた大発明家、トーマス、エジソン数々の発明をなし個人から大実業家となった伝説の人物、レコードの発明から電球、電話、様々な発明をし大成功を収めた。
 彼の興した会社は現在でも健在、一個人から世界の大企業に発展させ、自らも宣伝マンを努めた異例の人物であり、社長でもあると共に発明家でもある。
 普通発明家とか、学者とかは会社の前面にはあまり出ないもの、華々しい販売の表舞台に出て、しかも自分で宣伝しないのが発明家であったと思うが、このエジソン其処が又違う人。
 自分の発明したレコードを自分自身で宣伝に努めた人、自社で販売しているレーコードの商標とも言える部分に自分の顔を出している事、この事からもエジソンが、他の発明家と少し違う人であったよう。

 自社の商品の宣伝に自分が出る事自SANY4708.JPG体異例、同時期のグラハム、ベルもまたレコードを出しているが、彼は自分の顔すら表に出していなくて、発明家らしく表舞台に登場していない。
 写真のエジソン、どれが1番若くて、どれが1番歳を取っているのか見比べてみては、このレコード古いものでは1885年のものがあり、その物にもエジソン自身の姿を出している。
 3つのレコードにある顔、右から左に七三に頭を分けている姿で写真に写っており、1885年、1906年、1914年と30年以上の歳月が流れているが、殆ど同じ姿で写真に写っている。
 これも又、当時としてはどの様なとらまえ方であったのか、今では知る由もないが、エジソンと言う人余程の出たがり家であったのか、兎に角目に付く人のようだ。
 あたかも、自分の顔が商標のような扱い方である事には変わりなく、他の人とは比較にならないほどの自信家であったのか、其処まで自分を売り込む人物であったようだ。
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2018年05月11日

今盛り

  気付かなかった
SANY5519.JPG
 この所の雨で木々の芽が一気に噴出したようで、あちらこちらの木々は薄緑になっている中、家の前の道路脇の空き地に花が咲いている。
 今まで何度となく見ているが、こんなに大きな花が植わっているとは気が付かず、花が咲いて気が付く始末、誰かが毎日手入れをしていたのだろうが。
 町の中の道路脇、街路樹の根元の隙間に良く草が生えているのを見かけるが、ここは近所の花好きな人が、その空き地に花を植えたのだろう。
 冬のうちは全く其処に花が植えてあるとも知らず、何度も行き来しているのに終ぞ気が付かないまま、何気なしに見ていると思うのだが記憶にない。
 何時も思うのだが誰かがやらなければ花が沢山咲くわけがなく、其れを普段は気が付かずに通り越しているのだと思うと、何だか情け無い。
 自分も単なる無関心の人となってしまったのかと今日気付く、其れなのに花の美しさに足が止まったのは、ヤッパリ花の力なのか。
SANY5532.JPG
 其処まで育てている人が居るのに日々気が付かず、花が咲いて誰かが植えたのだと気がが付くとは、何時も何処を見ていたのか。
 それにしても見事な花だと思い、早速家からカメラを持ってきて、写真に収めたのであるが、道路脇にこれだけの花が咲くとは感心するやら。
 この所の雨で花も一気に力を貰い、一斉に咲き出したと思うが、他の人はこの花を見てどう思うのか興味が湧いて、暫くその場で見ていた。
 買い物帰りのおば様達が現れ、花のそばにより何やら雑談をし始め、あちらの花はどうとか、こちらの花はどうとか言っている様子だ。
 暫く聞いていると、やはり花の名前を話している様子、ジャーマンアイリスとか言っているようだが、私には何の事やら分からず、もう少し聞いて見ることにした。
 すると他の人があやめとは違うのかと言い出したが、別の人が日本のあやめではなく、ドイツのあやめだと説明しているのだ。

 
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2018年05月10日

      個 性 が 命

SANY1789.JPG 伝統の「こけし」、土産物屋の店頭で売りに出された「こけし」、その発祥は東北そしてそんなに歴史は古くなく、幕末頃であるらしくハッキリした年代は分からない。
 当初は顔や色はなく、人間の形をして素朴な物であったが、次第に色や模様替えが枯れるようになり、東北一円に広がり温泉場のみやげ物となった。
 売り出し当時はそんなに売れるとは思われず、木地師のお遊び程度であったらしく、現存する古い当時のこけしは、素朴其の物であり、今の「こけし」とは様相が違う。
 しかし、次第に温泉場の土産として定着すると共に、売れ行きも好調となり木地師が競い合うようになるに連れ、「こけし」は次第に土地、土地の個性が出始める。
 こけしを見れば、どの温泉場で売られていたものか分かるような個性が表現され、木地師たちの系図も徐々に出来上がり、何々系と言れるようになる。
SANY6711.JPGSANY0775.JPG
 例えば、遠刈田系、鳴子系等と呼ばれ、特徴のあるこけしが売り出され、益々こけし人気に拍車がかかる事になるが、こけしだけでは生活して行けず、あくまでも副業であった。
 この様な「こけし」、産地と作者により独特な顔が確立するが、その表現は実に豊で素朴なものが多く、奇抜な顔の物もあるが人気は今一のようで、やっぱりこけしは可愛らしくなければイケない。
 そして、顔の中でも目が1番難しいそうで、之でこけしの命が決まるらしく、木地師たちの腕の見せ所といった感じ、作者独特の目が描かれている。
 やはり目は口ほどにものを言うと言われたとうり、目に「こけしの命」があると表現されているのも頷け、個性溢れる目が作者の意図を表している。

 
 
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2018年05月09日

偽アトム

   全く似てません

SANY6638.JPG ブログ再登場の「鉄腕アトム」、わたしの若い頃に雑誌「少年」に連載されており、夢中になって本を読んだものだが、この「アトム」実に息の長い漫画であり、昭和27年4月から昭和43年まで連載されていた。
 この時代、私達同世代の子供は皆「アトム」の虜になって、小さなロボットであるにも拘らず、当時「10万馬力」と言う途方も無い馬力を誇り、次々と悪いロボットをやっけるアトムに酔いしれたもの。
 当時アトムの馬力が10万馬力と聞いても、どれだけの力か分からなかったが、あんな小さなロボットが如何して、そんな馬力を出すのか不思議でならなかった。
 漫画とはいえ10万馬力のアトムが空を飛んで、人間とおんなじ動きをするロボット「アトム」、其れを造った「天馬博士」はとんでもない偉い博士であると思っていたのを覚えている。

 間違っていなければ私の記憶では「アトム」の身長は135センチ、体重30キロ、年齢10SANY6648.JPG歳、そして馬力は10万馬力、その他目がライトになったり、空を飛んだりと凄い能力を持っている事など記憶に残っている。
 当時から絶大な人気を誇り、漫画のヒーローでありながら、あたかも実在しているかのように思っていたのも、今思えば夢があって当時は楽しかったものだ。
 そんなアトム人気にあやかって、色々に「アトムグッツ」が売りに出されたが、その1つが写真の土人形、「瀬戸で製造された陶器の鉄腕アトムの貯金箱」、本物のアトムと比べればあまりにも似ていない。
 今で言う海賊版のアトムの土人形、当時は絶大な人気であった為多く製造されたようで、何年か分からないが、これもその当時の物だと思う。
 土人形の貯金箱、アトムであると言わなければたぶん分からず、大して似ては居ないようであるが、当時としては之でも売れたものであるよう、当時の子供はおおらかで有ったと言えよう。
 今であれば、パテント問題で製造会社は訴えられるであろうが、当時はマダおおらかであったのか、訴えられてはなく良き時代でもあった。
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2018年05月08日

ノベルティー

      こ れ 誰

SANY6674.JPG 前にも取り上げてみたが、知らない人のために、これは何、この迫力、誰かと思いきや、やっぱりプレスリーは偉大であり、その偉大な姿をコンパクトにまとめた姿だ。
 磁器で造られた置きものらしが、しかし小さくてもプレスリーはプレスリー、「あの偉大なロックの神様エルヴィス、アーロン、プレスリー」である。
「1935ー1977、42才」の若さでこの世を去っているが、今尚根強い人気を保っている偉大な歌手である。 
 エルヴィス、プレスリーはアメリカにおいても賛否両論、良くも悪くもロックンローラーとして不動の地位にある人物。
 日本でもロックの神様的存在であり、中年の人には憧れのロック歌手、あの吉幾三もプレスリーの真似をして歌手になったようなものだ。
 1956年、「ハート、ブレイク、ホテル」で全米一位を獲得頂点に立ち、「監獄ロック」、「恋にしびれて」など名曲を連発。

 当時、ベトナム戦争真っ只中に兵士の慰問SANY6682.JPGや戦争賛成派として知られ、数々の話題を振りまいたがビートルズの反戦派とは息が合わなかったようだ。
 勿論、プレスリーはアメリカ人、当然自国の事だから立場が違ったが、愛国心は人一倍であったと言われており、ビートルズとは立場が違う。

 左の写真は、エルヴィス、プレスリーの全盛期の姿を映したもので、アメリカで発売された限定品のウイスキーボトルである。
 一目で誰が見ても分かる位に迫力があり、これを見ると往年のプレスリー姿を思い出すのであるが、まさか地元で手に入るとは。
 瀬戸で製造されたウイスキーボトルの在庫品、本来は絵付けがされているが、これは絵付けがされていないが、その方がより迫力がある様に思われる。
 高さ40センチ位はあり、下の台にはオルゴールが仕組まれている、豪華なつくりをなしたウイスキーボトル、エルヴィスファンには堪らないものです。
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2018年05月07日

連絡事項

   日本古時計保存協会時計展の件

 毎年恒例の保存協会の時の記念日展を開催いたします。
 日時、5月18日より6月17日まで
 場所、愛知県瀬戸市朝日町49−3 古民家久米邸
    0561-84-5396 常時展示 母屋
 時間、10時より午後5時まで
    入場無料
 展示物、和時計から明治大正の古時計を100台以上展示

 金土日には古民家の蔵にて古時計の説明会を開催します。
 問い合わせは事務局または久米邸まで。(蔵での展示)

   日本古時計保存協会 事 務 局
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2018年05月06日

缶ピース

      今も昔も

 SANY6632.JPG私は今も煙草を止めずに吸い続けている一人、友人は何人か煙草を止め仲間も年々少なくなってゆくが、煙草を止めようと思ったことは今までにない。
 学生時代に吸い出したが、別にヘビースモーカーではなく1日に1箱程度、煙草を吸う者にとっては平均的な量、だからと言って体に良いとも思っていない。
 学生以来吸い続けていて良いとは思わないが、止めるつもりもない愛煙家、学生時代に吸い出したのは安い煙草の「朝日」、この煙草が1番長く吸っていたもの。
 朝日は安くてキツイ煙草、バットや朝日の煙草を吸いだすと周りの人が嫌な顔をするのだ、匂いが他のタバコより臭いらしく、吸っている本人は気にしないのであるが。

 この朝日の煙草、一本のうち半分くらいしかタバコの葉がなく、後は空洞の筒状になっており、その筒を指でつSANY1181.JPGぶして吸うのが粋、左手と右手で十字になるように潰す。
 つまりフィルターの役割をしている様に潰さなくてはいけないのだが、馴れないと上手く潰せないもの、之を潰して吸うのが粋であると信じて学生時代は通した。
 その後色々な煙草を吸ったがやっぱり落着く所に落着いたのがビー缶、決して体に良い選択ではなかった様で、周りからは世の中の流に逆行しているといわれる。
 今でも缶ピースの愛煙家、フィルターの無い両切りと言われる煙草、缶を開けた時のあの匂い、ピース独特の甘い香りが鼻から入ってくる瞬間が実に良い。
 しかし今は私がタバコを吸い出すと一斉に私を見る、やっぱり直ぐにきついタバコと分かるらしい。
 その目は私に向けられ、どんな煙草を吸っているのかと、そして匂いがきついと感じているらしく、迷惑そうな態度、これには恐縮する。
 しかしこれぞ誠の煙草、タールやニコチンなんぞ知らないし、これからもこのピー缶を吸い続けるものと確信している今日この頃、人様は体に良くない邪道だというが、これに勝るタバコはないと思う。
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2018年05月05日

端午の節句

      室  内  用     
SANY1831.JPG
 5月5日は子供の日、あちらこちらで鯉幟を見る機会が増えているが、大きな物は最近では少なくなってしまったようで、其れも時代なのかと思うこの頃ろ。
 我家に伝わる幟、明治時代と思われるが親父の物なのか、それとも爺さんのものか分からず、我々の5月人形は今でも家にあり、毎年飾っていないが保管箱の中で眠っている。
 母親にこの幟旗について聞いたことが無く、子供の頃に我々の5月人形を出す時に、何時も目にしていたが、そのいわれについて聞くのを忘れ、現在も分からずじまいだ。
 この幟旗はそんなに大きくなくて、長さが2.3メートル位の長さしかないもの、小さい時の記憶だが、おぼろげながら飾ってあるのを見た記憶もあるような、そんな程度。
 我家を新築する時に、母親がこの幟旗を持って行くようにと渡され、我家にやってきたが、その後1、2度飾ったきりで後は保管箱の中、久し振りに出してみた。

 SANY6363.JPGSANY1835.JPG今の幟旗みたいに大きな物ではなく、もちろん手描きの質素な物、横幅40センチ位の大きさ、天井からぎりぎりで床までの長さ、描かれているのは鍾鬼ではない。
 描かれているのが、どう言う人物であるのか分からないが、上には松の枝が描かれ、一番下には龍の絵、なぜこの様な構図なのか知る良しもないが、やっぱりお袋にいわれを聞いておけばよかったと後悔している。
 今の幟の図と大きく違い、あまり古い幟旗を研究したことが無いので、比較にならないと思うが、現在の幟は良く目にするが、松の枝が描かれている物は無いと思う。
 図柄は兎も角も、我家に伝わってきたものは確か、今後は節句には出して、飾ってやらねばと思っているが、この幟と鎧兜とは何だか昔に返ったような気もする。

 
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2018年05月04日

小物入れ

      便利です

 SANY6603.JPG古時計を持っていると、必然的に必要な物は部品、特にビス関係のこまかい物が必要、小さなビスが無いばかりに失敗する事も多く、その部品を集めるのに、これまた必死。
 兎に角古時計を所有していると、トラブルは日常茶飯事、何時壊れるか分からないし、部品が無くなってしまう事も、そんな時の為に小さなビスとか部品を集めている。
 集めた部品は自分の分かる範囲において置かないと、イザ必要なときに慌てて探す事に、しかしそのような時ほど見つからない事がしばしば、そんな時はイライラして修理どころではない。
 結局その日は修理できずに部品探しに明け暮れ、とどのつまり修理も出来ずにイライラが募るが、こんな時の為に必要な小物入れを何時も探している。

 必要な時に探しても見つからないから、普段からアンティークショップに行くと、必ずや小物入れを探す事にしているが、之が又丁度良い物が少ない。SANY2192.JPG
 前にも飲料水メーカーのブリキの景品を集めたが、それだけでは到底足らないから、今尚小物入れは探索の最中、いい物が見つかれば直ぐに買い求めている。
 之も私の拘りなのかも知れないが、プラスチックの入れ物では良くないので、アンティークな物が良く、他の人は入れ物なんて幾らでも有、ホームセンターに行けば沢山有ると言うが。
 其処が又私の拘り、中々自分好みの物が欲しいもの無く、写真の入れ物は大正時代の化粧品入れ、アールデコのガラスで出来た入れ物、キャップが付いており、小物入れにはピッタリ。
 大正昭和の化粧品、乳白色のガラスのクリーム入れであるが、之が又使い勝手が良いのでアンティークショップで見つけ買い求めたが、店主「こんな物、戸田さん何に使うの」と怪訝な顔、「こんな物まで集めているの」と手厳しいが、部品入れと説明すれば直ぐに納得。
 このような小物入れが沢山有れば、小さなビスや小さな
部品もしまって置くのに便利、暇な時にじっくりと探して、使いやすそうな物を色々と集めている。
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2018年05月03日

ハクトウワシ

      巨 大 で す
 SANY1333.JPG時計上部に付いている飾り、この飾りは時計の種類により色々なものがつけられているが、1つには装飾的なものが殆どであるが、その中には国のシンボルがつけられていることもある。
 世界の時計を観察すると、国にまつわる物がさり気なくつけられている事もあり、それとは気づく事の無いのが多いが、明らかに之は国をあらわしていると思われるものもある。
 その代表的なものが、アメリカ製のバンジョン時計の頭部につけられている飾りが其れ、鳥の飾りがつけられているが、この鳥アメリカの国鳥、ハクトウワシが頭部につけられている。

 私もよくバンジョン時計を目にしていたが、はじめは単なる飾りとしか思っていなかったが、ふとした切っ掛けでハクトウワシと気づき、時計にもアメリカらしい物が付いていると思う様になった。SANY4442.JPG
 その点日本の時計には、こうした飾りは付いていなくて、別の飾りがつけられており、国をあらわすものは付いていない事に気づく、之もお国柄の違いなのか。
 写真の飾り、バンジョン時計の上部に付けられているハクトウワシの飾り、殆どのバンジョン時計には、このハクトウワシの飾りが付くのも何故であろうか。
 詳しいことは知らないが、他の時計上部にはあからさまにハクトウワシが付いていなくて、少しシンプルに付けられている物が多いのも、何故であろうか。
 意図的にバンジョン時計だけに多くつけたのか、偶々その様なデザインになってしまったのか、真実を知ることは出来ないが、この時計にはハクトウワシの飾りが1番よく似合っていると思う。
 下の写真は掛時計の振り子室のラベル、ここにもハクトウ鷲の図柄が付いている。
 日本の時計に、このハクトウワシを真似て飾りにつけられている時計は、精工舎製のスリゲル型、通称「小鷹」と呼ばれる時計の上部に鷲が付けられている。 
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