2018年05月31日

小さな宝物

      郷愁に似たもの

 SANY6959.JPG子供の頃の玩具、今でも頭の中にクッキリとその姿を思い出す事ができるもの、幼き日の思い出と共に鮮やかによみがえる。
 誰にもそんな思い出は幾つかあるものだが、歳をとると共に逆に鮮明に思い出すのは何故だろうか、幼い日の思い出が、昨日の事のように。
 最近の事は逆に忘れ去ってしまう事が多いのに、何十年も前の事が鮮明に浮かんでくるのは不思議、歳をとると子供に帰ると言うが、本当なのかも知れない。
 そんな歳に自分もなったのかと思うこともしばしば、やっぱり歳をとった証拠、其れはさておき、写真の玩具、私の子供の頃のおまけ。
 言わずと知れたグリコのおまけ、子供の頃、この玩具を夢中に成って集めたものだが、だび重なる引越しで集めた物を紛失。
 今は数少ない物の1つがこの玩具、今見ればたあいの無いものだが、私にとっては宝物であり、紛失してしまった物がある中、これ等の物はより大事なものとなった。
SANY6949.JPG
 昔から、缶詰の缶に一杯グリコのおまけを入れて保管していたが、引越しで紛失してしまい、何処を探しても無かったが、一缶だけ見つけて取っておいた。
 しかし、その一缶も私が結婚する時の引越しで、またまた紛失、結果は机のミスに少しだけ残っていたものだけになってしまった。
 其れがこの玩具、今思うとこの頃に既に時計の付いている物を集めていた事になるのだが、この当時は意図として之を集めた訳ではない。
 結果は今見ると時計物が多く、子供の頃から気に入っていたようで、人間とはそんな性質を持っているものなのか、改めて感じる所がある。
 左のブリキの笛とボート、空き缶を再利用して作られた物、笛の吹き出し口から少しだけ、模様らしき物が見えるがその証拠、リサイクル品である事の証しだ。
 こんな玩具が私にとっては大事な宝物、幼き日にこの様な玩具を集める事に、全力投球したもので、懐かしく、また思いで深いものとなった。
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2018年05月30日

今年も

      ぶりのコンサート

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 瀬戸市の古民家久米邸、毎年恒例のコンサート、今年は5回目となるが、またまたコンサートをやる嵌めに、一般に向けて毎年行っている。
 以前は夜間に行っていたが、近隣から蓄音機の音が大きいと苦情か寄せられ、夜間はコンサートをやめる事に、愛好者からは何でだとの質問。
 蓄音機の音がそんなに大きいのか、全く理解できないと、しかし嫌いな人には耳障りなのかも知れないが、それはそれで尊重しなければと夜間はやめた。
 夜のコンサートはムードが良いので多くの人が訪問してくれたが、昨今の事情から出来ないと判断、昼間に行うことなにって2年、今年も昼間の時間帯だ。
 5回目となるコンサート、選曲にも色々な苦労があり、年齢層がバラバラ、若い人からお年寄りまで様々な人、そのせいかリクエストもバラバラだ。
 SANY1123.JPG年端の女性からは美空ひばり、男性陣はジャズ、それて若い人はポップス、其々に違うリクエスト、前回も前々回もひばりが多かった。

 その為に美空ひばりのレコードを借りて来る嵌めに、自分の手持ちだけでは何時も同じ曲、それでは参加者もつまらないので、友人のレコードを拝借。
 年配者の女性人はりんご追分、ひばりのマドロスさん、特に港町十三番地、この曲をかけないと納得しないので、一番にこれをかける事にしている。
 その次は男性陣のためにジャズ、これが定番のスタートとなるのだが、私個人的に言えばやっぱりクラッシックからスタートしたいのだが。
 時間で言えば一時間半、この間で何曲かけれるかが勝負、と言うのは曲が終わると、その曲に対して質問が出るからだ。
 事前にそんな事もあろうかと下調べはするのだが、年代か違っている時も、するとおば様達から「それは違うは、モット新しいはず」とクレームが付く始末。
 兎に角おば様達は良く知っており、此方がたじたじになる事も、そんな事でスタートしたコンサート、展示してあるエジソンの蓄音機、それが聞きたいと言い出す。








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バラの花か

      何の花なのか

 SANY4609.JPGまたまた、例の友人が変なランプを持って我が家に現れ、「この花、何の花」と意味のわからない事を言って上がりこむ、手には小型のランプ。
 如何してこの友人は何時もこの様な形で登場するのか、我家では彼が持ってくるものはあり難たくないもの、それは今までの行いによるものだから。
 普通の人ならまだしも、彼はアンティーのプロの商売人、物を見る目を持っているはずの人、しかし彼は聊か疑問に感じるところがあるからだ。
 今までにも何度となく持って来たものが要らない物、その為何時も何を持ち込んできたのかと、ありがた迷惑の感あり。
 しかし彼はそんな事はお構いなし、何時ものように勝手に上がりこみ、「このランプの図柄、何に見える」と、自分中心の行動。
 見れば新しいテーブルランプのようで、ステンドガラス風のランプ、少し小型の使いよさそうなもの、友人「指差して、この花何に見える」と再度聞いてくる。

 言われてみれば、何の花なのか分かり辛い、一見バラの花に見えるSANY4610.JPGが、よく見ると、そうは見えないもので雰囲気はバラであるよう。
 友人、安かったから買い入れたが、「見れば見るほど分からない模様のランプだ」と、彼の言う通りで、之は製作者が未熟な為に出来上がったものが之。
 バラの花を作るために製作したが、技術不足でバラの花が、何の花だか分からない様になったてしまったものと思われ、バラに見えないのだ。
 全体はシッカリとした物、機能的には問題がない代物だが、果たして之をバラだと思って買う人が居るのかと、友人に聞くと、「俺もそう思う」とあっさりと言う。
 何で買ったのかと言えば、安かったからだと彼、私の妻が「こんなもの買って来てあんたプロでしょう」と突っ込むと、「其処を言われると、ちょっと痛い」と口をへの字に。
 写真のランプがそれ、果たして見る人からどんな感想が寄せられるか、興味のあるところで、この花がバラに見える人が何人いるのか。
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2018年05月29日

レプリカ

      本物は本物

SANY1006.JPG 古時計愛好家にとって部品の破損は痛手、古時計を長年扱っているとツイツイ失敗して部品を破損させる事もあるのだ。
 幾ら注意していても、やる時にはやってしまい、後悔する事しきりだが戻ってはこず、諦めるしかないが諦めきれない事もある。
 それが珍品時計であればあるほど、痛手も大きくて取り返しが利かないもの、そんな時は痛手を引きづって行くしかない。
 誰しも経験する事と思うが、賢明な人はそんな事はしないとあざ笑うかも知れないが、凡人の我々は日常茶飯事とは行かないが多くある。
 ではどおすれば防げるのか、それは難しい事、特にガラスや鋳物で出来た部品等、再生が利かない物があり、復元も難しい。
 特殊なガラス絵となれば同じものも少なく、再生するにも現物がない事も、そんな時には写真から図案を取るしかない。
 この様に数少ない部品は貴重、しかしそれは破損し無いものではなく、間違い無く破損するものなのだ、ここに2つの絵ガラスがある。SANY1004.JPG

 数が少ない姫達磨の絵ガラス、このガラスをレプリカすること、勿論オリジナルのガラス絵があったが、破損してバラバラな状態となってしまった。
 そこで写真から復元するしかなく、復元を依頼したが、出来上がったものはオリジナルのものと少し違ったものとなる事に。
 それは写真からの再生、写真からの再生は細部は分かり辛く、出来上がったものは同じ様に見えて、結果はまったく別のものとなってしまった。
 再現する事の難しさ、幾ら写真と言っても、精密な写真が存在していなかった事も原因、数少ない部品とはこの様の結果になることもおおいにあることだ。
 どちらがオリジナルかは自分の目で確かめてください、2枚の写真のどちらかがオリジナルのガラス絵、同じ様に見えて違うガラス絵だ。
 何処が違うか、写真を見て分かりますか、細部的に良く見て見つけてください、ジックリと見ると自ずから分かると思います。
 
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2018年05月28日

ツチノコ出現

   久し振りに発見

 SANY6930.JPGツチノコ、各地で目撃されたと言う不思議なもの、蛇だとか、トカゲだとか、色々な説がある生き物である。
 一時大ブームを起こし、多くの人達が捜索をしたがついぞ見つかる事はなく、現在も探し続けられていると言う。
 もともと空想の生き物だと言われ、偶然見たと言う人も居るがそれが本物のツチノコとは確認していなくて、らしきものだと言う位。
 もともとツチノコは日本各地で伝説となっているもの、ツチノコを捕らえると災いが降りかかるとか、逆に見れば幸運がやって来るとか。
 兎に角話題に事欠かない生き物、現在でも各地で捜索中であるらしく、賞金まで懸っていると言う。
 それもとんでもない額、一番大きな賞金を懸けているのが兵庫県千種町3億円と信じられない額、その次が岡山県吉井町の2000万円、兎に角けた外れの額だ。
 条件は生け捕りにする事、生きたままの姿でなければならないと言う事、それが第一条件であると言う事。
 各地では死骸が幾つか発見されてはいるが、ツチノコであると立証されていないものばかり、蛇の死骸や骨など、またはトカゲであったらしい。

 しかし現在でも各地で賞金目当てに捜索は続いていると言い、SANY6934.JPG毎年大々的に捜索を行っている所も多いと聞く。
 それほど珍しい生き物である事には違いなく、賞金まで懸けて探しているのだから真剣、そんなツチノコ瀬戸市の古民家久米邸に以前居た。
 我が家の孫が発見、その姿を写真に収めブログで発表、話題を呼んだがあれ以来姿を見ていなかった。
 それが先日偶然に発見しその姿を写真に収めて来たのでブログにあげる事に、このツチノコ陶芸家が造り、久米邸の庭にオブジェとして置いたもの。
 置いた当時は話題を呼んだが何時の間にか忘れ去られ、草むらに影を潜めていたらしく、久し振りに現れたもの。
 庭の手入れで草取りをしていた時、忘れ去られていた当時の姿を現したもの、単に草の茂みに隠れていただけの事。
 賞金、3億円は貰えそうにもなく、姿を現したが生け捕りには出来なくて、そのままの状態にしてある。

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2018年05月27日

木曾駒

   胴長短足だ

 SANY6904.JPG木曽馬、日本古来の馬と言われ大陸系の馬だと言う、昔から軍馬としてかわれ、耐久力に優れた馬で戦に駆り出された。
 古来木曽馬は武士の乗る馬として飼われ、その昔は朝廷の直轄として飼われていた事もあると言う、そんな在来種。
 今その姿を見ると胴長短足で、何だか頼りなさそうな馬に見えてしまい、サラブレットと直ぐに比べる。
 比べれば遥かに見劣りがする馬に見え、これで昔は戦をしていたのかと不思議に思えるが、列記とした軍馬である。
 一時は絶滅寸前であったが現在は200頭前後になっていると言うが、貴重な在来種である事には違いない。
 見た目と違い耐久力に優れ、大人しくて力持ちの軍馬であるらしく、武士には好まれた馬であったと言う。
 そんな木曽馬をモデルに郷土玩具が造られ、素朴な馬の姿を可愛らしくデザインされ人気の玩具となった。

 以前からこの郷土玩具が欲しかったが中々手に入らず、あちらこちらを探したがやっぱり手に入らなかった。
 20年位前に偶然見つけ、手に入れたが実に面白い姿をしているので、ジックリと見ると尚更面白い。
 厚い木の板をくりぬき、木曽馬の独特な鬣を強調、鮮やかな色SANY6908.JPG彩の線が見事、実に素朴な造りが良いと思う。
 そして木曽馬独特の胴長な姿が滑稽、ここまで胴長にしなくても少しはカッコよくしてあげても良いのでは。
 確かに忠実に造ればこの様になったも不思議ではないが、そこは少しくらい器量よしにしてやったも良いのではないかと思ってしまう。
 足もこれまた太くて短いのを尚更強調しており、これでもかと言う位にデホルメされて、やっぱり木曽馬だ。
 背中の白い木が2つあるのは何かと聞けば鞍だと言う事、何処をとってもデホルメされており、独特な造りが良い。
 裏側にはユニークな文字で左馬の字が白字で描かれており、これは縁起ものであると言う証拠、福が家に入って来るようにと左向きに描いてある。
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2018年05月26日

今年は

   すでに盛りは過ぎ

 SANY6895.JPG我が家のバラ、毎年綺麗な花が咲き、私の一番気に入っているバラで毎年楽しんでいるが、今年は少し変。
 何時もであればまだ盛んな時期であるはず、ところが今年はもう花がない状況になっているのでおかしい。
 勿論、このバラは気に入って買い込んだもの、バラを庭に植えたいと思い、あちらこちらを探して回ったもの。
 しかし中々気に入ったものが無くて、散々探して最後に見つけたものがこのバラ、だから大切にしてきた。
 今までにも何度か大変な目に合って来たが、その都度専門家に相談して解決もして、現在に至っている。
 特に大変だったのがカミキリムシに取りつかれ半分以上がだめに、これでこのバラも終わりだと思った。
 折角気に入って探して来たものをカミキリムシにやられるとは、ガッカリして諦めかけた時も、プロから何とかなるかもと言われ。
 再度挑戦して蘇り現在まで来たもの、その間約40年近くになるから、このバラも年寄りだがまだまだ頑張って貰いたい。SANY6897.JPG

 色々な弦バラを植えて来たが、このバラのような花は中々なくて、何度か違うものを植え、試してみたがやっぱりこのバラが一番であった。
 他のバラは丈夫でないものであったのか、それとも手入れが悪かったのか分からないが皆ダメになったしまった。
 現在残っているのはこのバラだけ、だから尚更大事にしたいと思い手入れをしてきたが、今年は弦が大きく伸びなかった。
 肥料が原因なのか、それとも何か他の要因なのか分からないが、弦が大きく伸びなかったのは確かであった。
 弦が伸びなければ花が付かないのは当たり前で、花が少ないのは仕方がないが、それにしても今年は少ない。
 その上今の時期ならまだ盛りのはず、しかし今年は花はもう少なく、バラバラな状態であるからおかしい、何故だか分からない。
 天候なのか、それともバラの寿命なのか、肥料不足なのか、プロにも相談したが原因がつかめない状態だ。
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2018年05月25日

郷土玩具

   最近耳にしない

SANY6919.JPG 郷土玩具、各地に存在する土着の玩具、素朴で楽しい簡単なものが多く、それが好まれて人気を博した。
 一大ブームが起きた事も、我も我もと求められ、今では考えられないような状態であったのも昔の話。
 いまはそんな事も忘れてしまったかのように静か、しかし各地では今でも静かに製造されている。
 今の玩具と違って派手さはないが、人の温もりをもった物が多く、それを好む人もまた多いのでは。
 私もその一人でかっては郷土玩具を多く所有していたが、今は手元にはなく一部があるのみとなってしまった。
 もともと郷土玩具は大量生産が可能なものではなく、手作りで少量造られて来たもの、だからこそ愛されたかも知れない。
 ものによってはすでに製造が途絶えてしまったものも多く、今では手に入らないものも多いと聞く。SANY6926.JPG
 細々でも良いから製造をして欲しいと思うのは我々のような者だけ、実際には生活をしなければならず、それだけでは生活が出来ない。
 そんな製造者の実態もあまり知られていない様で、自然に消滅してしまった事とも多いらしくて残念な事であると思う。
 一時は郷土玩具ブームがあったが、最近は若い人はあまり興味がないらしく、それらの素朴な玩具は陽の目を見ないと言う。

 写真の郷土玩具、山形県米沢市の作家七代相良たかしの土人形、以前からあった型から起こしてつくられたもの、一時相良人形は途絶えていたのを七代目が復活し、新たな雰囲気を吹き込み再現したものと言われている。
 独特の色合いは相良たかしの編み出したもの、昔の色とは違っているがそこが又新鮮に見えてよい、特に赤色の色彩は相良たかしのもの、この色に魅せられて購入する人も多いと聞く、私もその一人である。


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2018年05月24日

蓄音機用竹針

      鉄よりも軟らかい

SANY5515.JPG 蓄音機、昔懐かしい蓄音機は今では余り耳にしないもの、少し前までは案外蓄音機を見かけたこともあるが、最近では見かけなくなった。
 一部の愛好家ならまだしも、一般の人達には益々遠い存在、その蓄音機の音色となると尚更の事、今では中々聴けないものだ。
 その蓄音機、ゼンマイを巻いて使用するものだが、このゼンマイが曲者で、切れてしまうと中々修理する人がいないもの、何処で修理してよいか分からない。
 そんな事で動かなくなった蓄音機は捨てられてしまい、市場から消えて行ってしまったものだが、ようはゼンマイを修理する人が居ないからだ。
 居たとしても、中々見つけ出す事は至難の業、、そして蓄音機がなくなったもう1つの原因が針、針が無ければ蓄音機は聴けない。

 蓄音機の鉄針、現在は製造されていないらしく、磨り減った針ではレコードも聴けず、結局蓄音機も姿を消す破目になった。SANY5529.JPG
 この蓄音機、普通は鉄針でレコードをかけるもの、一般的には鉄針が普及し、レコードを聴くには鉄針を使用したが、蓄音機愛好家は更なる音を求めた。
 鉄針は字の如く鉄で製造されているから、硬くて先の尖った形状をしており、レコード盤の溝を削ってしまうことも、磨り減った針を使っていると、レコード自体に傷が付き、聴けなくなってしまう。
 そして愛好家いはく、「鉄針は硬い音を出す」と言い、彼等に言わせると音が柔らかなものは竹針らしく、この竹針は勿論日本の竹で製造されている物。
 鉄針の音よりは柔らかな音がするらしく、愛好家は好んで竹針を使用、柔らかな音を楽しんだようで、鉄針は余り好まなかったらしい。
 この竹針、先が丸くなると専用の鋏で先を切断、先の尖った面をつくり、再び使用可能だそうで、鉄針より長持ちするとの事。
 蓄音機愛好家は良い音を聞くために、竹の針を使ってレコードをかけていたとは、何時の世も本物を求める人は居るものだ。
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2018年05月23日

連絡事項

   時の記念日ミーティング開催の件

 日本古時計保存協会の定期ミーティングを開催します。
 日時、6月10日 日曜日
 場所、愛知県瀬戸市朝日町49−3    古民家久米邸
    0561−84−5396
 時間、11時半開始
 会費、1500円 昼食を含む

 尚、当日オークションを開催します是非参加してください。

 日本古時計保存協会  事 務 局
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2018年05月22日

本当なのか

      信頼できる物

 SANY6873.JPG朝日は東から昇るものと昔から決まっており、西に沈んでゆくもの、北斗七星は北の空で何時も輝いているもの、月は東から昇るものと不変である。
 しかし人間の作り出した物は不変ではなく、常に狂いを生じるものなのだが、その狂いを如何にしてちじめるのも、人間は挑戦してきた。
 昔の旅人は方角を知る上で、この様な不変のものを信じて旅をしてきたものであり、常に身近にあったものを利用してきたのだ。
 しかし、これ等は天候が良い時にしか役に立たないもの、雨の日や曇りの日、闇夜や雪の日などは役に立たない事も承知していた。
 その為に不変に近い物で方角を知るものを求めていたもので、それが方位磁石であり、この磁石の出現で旅人は大いに楽になったと言われる。

 方位磁石は11世紀に中国で作られた物、中国の沈括の「真貝日誌送」にはじめて記されており、之が世界で1番早い時期の方位磁石SANY4900.JPG
 その後改良がなされ、現在のような形になったと言われ、シンプルながら便利な物、しかし全てが同じ方向を向いているとは限らず、時にはとんでもない方候補向くものもある。
 色々な方位磁石、他の物とは明らかに違った方向を向いているものもある、こんな方位磁石を持って旅をしたら大変な事になる恐れもある。
 山道で方角が分からなくなった時、磁石が目当てだが、こんな磁石では信用なら無いもの、信頼できる方位磁石を持って出ないと、とんでもない事になる。
 旅に出る前に方位磁石の点検も忘れずに行う事をお勧めしますが、人間の作った物も信頼しすぎてはイケないものなのか。
 そんなはずは無く、時には狂う事もあることを頭に入れておき、点検する事が一番大事なこと、何事もチェックが大事である。
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2018年05月21日

トレードマーク

      調査は慎重に

SANY6695.JPG 以前から時計に関する情報の一つ、トレードーマークについて色々と質問も多く頂いており、事有る度に説明を求められることが多く、私としても一番の関心事でもあるから、正確にと思っている。
 以前、明治村の伊藤さんが特許庁の時計部門の資料を詳しく調査をして頂いて、私が時計展を明治村にて開催の折にも、非常に役に立ってメーカーの分からなかったものが多く判明、展示がスムーズに行き大いに助かったもの。
 明治初期、日本には余り特許について感心が無く、ましてや自分の権利を確保するという申請には無頓着であり、逆に海外から他社のトレードマークを使用したとして提訴された事もしばしば。
 そんな事で、明治10年代後半からようやく日本でも自社の商標を申請して、特許を取得することが一般的となり、一挙に商標登録が激増するはめになる。
 しかしながら、まだ当時の人たちは難しい申請には自分で行えず、代理人を立てて申請をしていて、逆に現在それがネックとなり調査を難しくしている原因ともなっている。
 つまり、代理人が申請していて、実際の人が分かりずらくなっている事、実名であっSANY6702.JPGても会社の関係者であれば、特許を申請している事もあり、時計会社との関係が分からないことも多い。
 時計製造会社の代表者であれば、定款等で直ぐに判明するのであるが、其の他の人が申請している場合は、調査がしにくて中々判明しないことが多い。

 特に個人の名前で申請していると、会社名は全くと言って良いほど分からず、何処の時計製造会社の時計かも知れず、調査のしようがないものもある。
 事実、特許庁の認可のおりたものに、現在は何処の誰だか分らないものも多く、住所だけでは調査する事も出来ず、難題だらけである。
 当時の人物を名前だけで調査するのも難題で、申請して人と製造人とは違う事も、それだけ当時は拘らなかったと言う事か。
 今と違って当時は特許取得にはさほど拘らなかった事も、そしてもう一つが本人以外でも申請している事、やはり個人が拘らなかったものなのか。
 然しながら特許の申請件数は多くて、企業として特許を取得して宣伝に役立てた事は確か、他社との競争に利用した事に違いはない。
 
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2018年05月20日

実用新案

      ヤッパリ古いものだ

SANY5487.JPG 今でもよく見かける明治期に製造された時計の花入れ、尾張瀬戸で多く製造されたが、その後岐阜県でも製造される事になるのだが、その花入れは少し違っていた。
 明治期の花入れは時計の形をした物、色々な形のものが製造されて人気を博したものだが、その時の物はカレンダーは付いていない。
 
 この花入れはカレンダー付きの花入れ、花入れ以前に紹介して色々な物も上げて説明したが、その時にはそんなに古いとは思わないとの異議も出た
 確かに見たところ明治時代と言われても、そんなに古いようには見えないとか、何処に証拠があるのかとか、質問も多くあった。
 確かに言われるとおり、証拠が欲しいと言われるのももっともな事、事実特許庁にその資料があることは分かっていたが、其処までやらなくても良いと思っていたが。
 しかし、度重なる疑問を投げかけられると、やはりこれはハッキリさせておくべきとの思いに駆られ、特許庁の登録を調べる事になった。SANY5498.JPG
 現在の特許庁のシステムはコンピーター化が進んでおり、特許番号が分かっていれば直ぐに資料が出てくる仕組みになっている。

 今回の実用新案第37259号の番号がハッキリしている事から、時計の分類から探さなくてもスムーズにデーターを提出してもらえた。
 番号どおり、第37259が花入れの後ろに印刷されている為に簡単に分かってしまったもの、特許番号さえ分かれば今は簡単な手続きで調査できる。
 以前は分類の台帳を閲覧してから、番号が分からないもの等は時計の部門を一枚一枚めくって、当該の資料が出てくるまで見なければデーターは貰えなかったのだ。
 その為に一日がかりの時もザラであり、結局分からない時もあったもの、実用新案や特許を調べるのは躊躇した事も度々あった。
 今回の花入れ、大正4年、4月に出願して登録認可が下りたのが10月、結局半SANY5505.JPG年はかかっていたのであるが、現在でもこれはあまり進歩していないようだ。
 正式名は「陶磁器製時計形花立」、出願者は岐阜県土岐郡下石村百十一番の「加藤勝太郎」なる人物、現在の土岐市下石町である。
 この花入れは出願以前に製造されていたことは確かで、明治時代のは製造されていたと思われ、実際には古い花入れであると思われる。
 一見新しいものと思えるものでも、この様に特許番号さえあれば、その証拠たる書類が手に入れられる便利な世の中でもあるのだ。
 特許番号が分かれば、特許庁に行って閲覧を願がい入れ、パソコンで直ぐに出て来るが、資料一件1000円かかることになる。
 
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2018年05月19日

今回はヒット

      何時もガラクタ
SANY7080.JPG
 私の友人の中で1番やっかいな男、それが何時も登場してくる機械オンチの男、兎に角自分では機械は全くのダメと知りながら、機械物を買い込んでは失敗ばかりの男。
 それなのに全く懲りない男、プロの商売人でありながら、とびっきりの機械オンチ、分からなければ買わなければ良いと思うが、それでも買い込む男。
   彼に言わせると「機械は分からないけど、何故か好き」と、普通好きなものなら研究するはず、しかし彼は研究なんかしない男なのだ。
 それに機械は分からなくても良いとの事、何とも理解出来ない男だが、それでも彼はプロ中のプロの商売人、そんな男が今度はカメラを持ち込んで来たのだ。
 今までは何とも分からない物ばかりを持って現れたが、今回は初めからカメラと分かるもの、今までにない事で此方が逆に戸惑う。

 SANY7084.JPGそのカメラ一目見て、私が前から欲しくてたまらないものであったからビックリ、そのカメラは「ニコンF」、若い時に憧れたカメラであった。
 しかし、このカメラ高くてとても我々には買える代物ではなく、憧れはしたが手に入らないもので、只憧れていただけのカメラ。
 そのカメラを持って現れたのだから、ビックリもするはず、それを見た彼は「やっぱりビックリしたな」と何時もの得意顔である。
 今回はこちらから手を出して迎える事に、その態度を見て「単純だなあ〜、お前は」と、今日は何時もと違うのではないかと彼の言葉、そんな事はどうでも良いから、早く見せろとカメラを奪い取る事に、ジックリとカメラを検査する。

 私が「このカメラ如何して手に入れた」と聞けば、業者が持っていたので安く手に入れた、お前が欲しがっていた事を思い出したからだと言う。SANY7087.JPG
 確かにその通りで前から彼に、このカメラの事は話していたし、見つけたら買えとも言った。
 写真がそのカメラ、程度はまあまあだが、状態はよく、レンズのカビも無く、シャッターの切れも良いもの、肝心のファインダーの状態だが、其れも良い状態であった。
 機械オンチの彼が何故こんな良い物を手に入れられたのか、機械が分からないのに、今度ばかりは感謝しなくてはならないと思い、彼に「幾らだと聞く」、すると「お前が頭を下げる所を見たかったからだ」と言い、値段は飛びっきり安いと言う。
 そんな事なら何度でも頭を下げても良い、憧れのカメラが出現したのだから何時でも頭を下げさせて貰うし、毎度こんな事が起これば、彼は何時でも大歓迎だが、世の中そんなに甘くも無いのだ。
 
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2018年05月18日

何処かおかしい

      見た事が無い
SANY3917.JPG
 江戸時代は見たことも無いものを描いてみせる絵師が存在、江戸時代と言うよりも古来からといった方が良いかもしれない、何故ならば架空のものが昔から描かれているからだ。
 有名な絵師が描いた物の中には、架空のものが描かれている実例も多く、江戸時代だけの事でもないようだが、実例を揚げれば切が無いが、虎や豹などが其れにあてはまり、見たこともない動物を描いている。
 襖絵や屏風絵には、これ等の動物が描かれたものがあり、実物とはかけ離れた想像の動物として描かれ、其れを見た人も何のためらいもなく受け入れたようだ。
 豹などは日本に生息して居らず、ましてや明治以前には架空の動物であった事は当たり前、当時いた外国人の話等から想像して描いたものと云われている。
 雪舟の描いた虎の絵も、実際に雪舟が虎を見て描いたものにあらず、聞いた話から想像して描いたもの、実物とかけ離れていても当たり前の事だ。

 今の人がその絵を見て滑稽に思うのも無理からぬ事、SANY3921.JPG雪舟にしてもそれが間違いであると思って描いたものでなく、彼自身が想像して描いたのだ。
 ここにあげる浮世絵もまた、そのような想像して描いた物の1つ、題名にはフランス人となっており、当時の外国人を描いた浮世絵であるが、之がフランス人かと思えるもの。
 実際に西洋人に会って描いたとしても、何処の国の人物を分かって描く事等できず、想像の域の範疇である事は疑いの無いもの、この中でも面白いのは、そのフランス人が持っている時計だ。
 幕末時おそらく絵師は、懐中時計として描いたものであるが、懐中時計に大きな振り子が付いていることに驚く、懐中時計等に振り子はつかないが、当時の人は時計は振り子が付いていると思っていたようだ。
 これも、雪舟が描いた虎と同じであり、実物を見て描いたものでない事の証し、幕末当時の絵師が懐中時計を見る機会など中々なく、ヤッパリ想像して描く以外になかったと思われる。
 今この浮世絵を見ると、不思議と言うよりも滑稽で、笑はざろうえないものだが、当時の人はいたって真剣に懐中時計を描いたもので、それを笑われる事は好まないと思う。
 
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2018年05月17日

捨てられない

      リサイクルだが

 SANY6849.JPG携帯電話、今では無くては成らない物となったが、その進化はすさまじく、我々みたいな者には付いて行けない位に進化している。
 今はアイホン、全てがタッチタイプの物になってしまい、やっぱり我々には使い辛く、その進化に付いて行けないが、一方使い慣れたいままでの物は親しみがある。
 何だか進歩すればするほど親しみが薄れるみたいだが、其れも私の年のせいなのかも知れず、進歩について行けないのだ。
 タッチパネルは操作が簡単だというが、逆で我々には使い辛いもの、今まで使っていた物に使いやすさを感じてしまい、ツイツイ買い換えても手元に残しておく。
 リサイクルの時代、手元に残さず返しすのが当たり前なのかも、しかし今までに使ってきた物への愛着心が、其れを許さないらしい。
 リサイクルに出せば良いのだが、其れが出来ないでいる自分、勿体ないとか、懐かしいとか、そんな感情も少しはあるが、其れとは違って戦友みたいな感SANY6853.JPG覚。

 仕事で色々使ってきた仲間みたいな感覚、可笑しいかも知れないが、リサイクルに出したくないと思ってしまい、机の引き出しにしまっておく。
 今まで使ってきた携帯電話4台とも残しているし、今のをあわせれば5台となり、人から見れば何でと云われそうな、そんな状態。
 別に其れを蒐集しようと言う事はなく、自然に残しておきたいだけの事、その携帯を見ていると、あの時は忙しくて大変だったとか、あの時の知らせは良かったとか、色々思ってしまう。
 単なる感傷的なだけなのかもしれないが、やっぱり捨てられないのだが、其れって貧乏性なのか、それとも勿体ないと思う心なのか。
 オカシイと思う人もいるだろうが、我々の世代は勿体ないとツイツイ思ってしまう、だから捨てられないのだが、リサイクルすれば勿体なくはないのだ。
 資源を大切にするならば、リサイクルに回すのが一番なのか、そんな格闘をしている自分が変なのかもしれないが、やっぱりリサイクルには出したくない。
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2018年05月16日

廃物利用

      瀬戸の散歩

 いしぐぐ.jpg千参百年以上の陶器の里、愛知県瀬戸市には古い史跡が多く存在しているが、其れを探しながらの散策もまた楽しいもの、焼き物の町には焼き物にちなんだ色々の面白いものが存在する。
 昔、窯と呼ばれる陶器を焼く大きな窯の事であるが、新旧交代して古い窯は新しく作り変えると、其れに伴い窯で使用する道具も新しくするものだから、古い道具が多く出る。
 それらの道具を捨てることなく身近な物に再利用してきた瀬戸の窯元、例えば家の塀や石垣の変わりに使用したり、道路に埋めて舗装のような働きをしたりした。
 焼き物を燃焼する為に窯で使われてきた道具は、レンガと同じで丈夫なものとなり、石垣の変わりに充分な強度を持っており、それらを再利用することは当たり前に行われてきた。

 今残る窯の道具で出来た「石垣や塀」はその数を段々と減らしており、新しく塀や石垣に変えられて姿を消しつつあり、保存が急務となってきている実状だ。
 焼き物の町、瀬戸らしい風景が少しずつ消えてゆくのは残念なこと、時代の流であると言えばそれで終わりだが、先人たちの知恵と努力で築かれたものを残してゆくのも我々の勤め。
 現在残されている窯道具で作られた美しい塀や石垣、SANY1006.JPG写真の石垣や塀は今に残る瀬戸の史跡でもあると言えるもの、長年風雨に打ち勝ってきたこれ等のもの。
 今再びその存在を見るたびに、瀬戸物の里として千年の歴史がこれ等の石垣や塀に滲み出ているような、そんな気がする美しく積まれた石垣や塀であると思う。
 下の写真は瀬戸物に掛ける釉薬をつくるために使用された磁器の入れ物、縦70センチ横40センチ丈夫な入れ物を石垣のかわりとしたもの、今では珍しいものを美しく積まれている。
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2018年05月15日

折り紙

      立体感あり

SANY6842.JPG 日本人なら誰しも出来る折り紙、幼い日の記憶を頼りに折り紙を折ってはとあるが、果たして誰しもが折り紙を折れるものなのか。
 答えはノーであると思うが、現代人のどれだけが折り紙を折れるであろうか、日本人である為の折り紙なのかと疑問にも思う。
 何故ならば、私も今折り紙で何か作ってと云われると、直ぐに折れるものなのか自信が無く、ましてや若い人はもっと出来ないと思う。
 この折り紙、私も経験した事があるが、海外で折り紙をおって見せると、必ずや皆が驚くのだと思う、実際にやってみた。
 彼らには不思議であるようで、ミラクルとまで云うが、日本人はマジシャンなのかとも言う、そんな折り紙、何時ごろからあったものなのか。
 折り紙は日本だけのものかと思っていたが、中国やスペインにもあるよう、日本のような折り紙ではなさそうであるが、しかし歴史はあるようだ。SANY6846.JPG

 日本の折り紙は平安時代には既にあった事が記録されているが、文献ではカエルの折り紙を作ったことが書かれているらしい。
 その後時代は下がり折り紙は江戸時代になって発達したと言われ、手拭を折って色々な形を楽しんだといわれるもので、色々な形が出来上がったらしく。
 江戸時代は千代紙と云い、色とりどりの模様の入った紙をベースにそれぞれの形を折り、楽しんだようで、今でも千代紙と呼ぶ。
 この折り紙、2種類に分けられると言われ、1つは折り鶴などの折り紙、これを遊戯折と云い、もう1つは儀礼用の熨斗などの折り紙の2種類と言う。
 前者の折り紙は、今でも子供たちが行っている遊戯折り、鶴、亀、カエル、船、奴さん、風船、など色々な形が受け継がれている。
 伝統の折り方とは違って、現在では立体的な折り紙が出来、そのスタイルも如何にも現代であると思うもの、作り方が幾何学的だ。
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2018年05月14日

ブリキの玩具

      今は少なくなって

 SANY6830.JPGブリキの玩具、我々子供の頃はブリキの玩具が欲しくても、中々手に入らなかった時代、おもちゃは自分で作るものであった。
 今時の子供は可哀そうだと思うが、何でも買い与えてしまい、自分で作ろうとする意思を摘み取っているかのよう、親がそうしているのだ。
 危ない遊びはさせない、刃物は持たせない、まして自分で玩具を作くろううとはしないし、ないない尽くしの状態ではなかろうか。
 だから今の子供は発想力に欠けていると言われ、勉強が出来ても応用が出来ない子供になってしまった様、元々子供は無いものから自分で生み出す力を持っている。
 其れを親たちがその芽を摘んでいるようだが、それでは応用が出来ないマニアル人間になってしまうのだと私は思うが、さてさてこの先どうなるのか。
 それにしても昨今の玩具は馬鹿高い、何であんなに高いのかと思うが、其れを買い与える親もまた考えもの、豊になった証しなのか、それとも何も考えない人間になってしまったのか。
SANY4801.JPG
 そう言えば、ブリキのおもちゃが目の敵にされた時代もあったと思うが、子供がブリキの玩具で怪我をしたと訴えがあり、其れ以来ブリキのおもちゃが目の敵にされた。
 普通は何にでも気をつけて遊ぶのだが、一寸したことで怪我をすると、ブリキのおもちゃが悪いと親たちが騒ぎ、喧々諤々の論争に発展。
 以前からブリキの玩具で遊んで来たのに、子供からブリキの玩具を取り上げ、危険な玩具として指名手配、一寸おかしな事になってしまった。
 振りきりの玩具は危ないものとして母親たちに嫌われ、次第に子供から遠避けられ、姿をけしてしまったもので、其れに変わってプラスチックのおもちゃが全盛になる。
 私に言わせれば何にでも危険は潜んでいるから、其れを体験して次第に子供たちは危険を回避する能力を身に付けて行くと思うが。
 そんな母親たちがブリキの玩具を避けだした頃の物、今となっては懐かしいブリキの玩具とかしてしまったが、まだまだ探せば沢山あると思う。
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2018年05月13日

チャリティー

      復興支援

 SANY6821.JPG最近の災害、復興支援のチャリティーがあるとの連絡、何も支援が出来ない我々にとって、何かの支援がしたいとの思いは一杯だが、間接的にでも出来ればと。
 そんな時に舞い込んできたチャリティー、早速出かけた会場、大勢の人で一杯の会場、何が展示してあるのかとまずは見学。
 確かにチャリティーだと言うので、色々な物が展示してあり、見るのにも一苦労しそうな一杯のもの、各コーナーには作者自ら説明しているブースもあった。
 覗きこむとそこは絵が一杯置いてある場所、自分の書いた絵の説明をされていたが、何気なしに覗き込み話を聞いていると、作家さんが突然私に質問してきた。
 「どんなものを探しているのですか」と聞かれたが、別に探しものをしている訳ではなく、何気なしに覗き込んだと言えば、作家さん「それは有難う御座います、宜しければ見ていって下さい」と別の人に質問。
 そんなやり取りをして見ていたら、作家さん自分の気にいっている絵を1つ取り出し、説明をしだしたので其れを聞く事に、その絵はパリで修業時に描いた一枚だそうだ
 チャリティーに出されていた絵はSANY6816.JPG普通の大きさのものが殆どであったが、この絵は小さな額に収まった風景を描いた可愛いもの。
 その絵を見たときに、これだと思いに駆られ、しかし値段を聞いてみないと自分で買える物であれば良いのだが、高くては手が出せない。
 すると作家さん私の様子を見ていたらしく、「その絵が気に入りましたか」と言いながら近づいて来て、「チャリティーなので4万円で如何ですか」と言われた。
 値段を聞いて安心するやら、慌てるやら、私は絵を直に作家さんから買った事がないので、ツイツイ焦ってしまったのだが、作家さんが「高いですか、幾らなら良いのですか」と逆に聞かれてしまった。
 何か支援が出来ればとの想いで来たこの会場、気に入ったものが目の前に、焦ってしまったが買うことにして、作家さんに「4万円ですか」と聞いたところ、向うから「3万円で良いですよ」と安くしてくれた。
 何だか値切ってしまったように思ったが、作家さんも「今日初めてのお客さんだから嬉しいです」とニコニコ顔で絵を渡してくれたが、他のもう一つの絵も欲しかった。
 
 
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