2018年05月31日

小さな宝物

      郷愁に似たもの

 SANY6959.JPG子供の頃の玩具、今でも頭の中にクッキリとその姿を思い出す事ができるもの、幼き日の思い出と共に鮮やかによみがえる。
 誰にもそんな思い出は幾つかあるものだが、歳をとると共に逆に鮮明に思い出すのは何故だろうか、幼い日の思い出が、昨日の事のように。
 最近の事は逆に忘れ去ってしまう事が多いのに、何十年も前の事が鮮明に浮かんでくるのは不思議、歳をとると子供に帰ると言うが、本当なのかも知れない。
 そんな歳に自分もなったのかと思うこともしばしば、やっぱり歳をとった証拠、其れはさておき、写真の玩具、私の子供の頃のおまけ。
 言わずと知れたグリコのおまけ、子供の頃、この玩具を夢中に成って集めたものだが、だび重なる引越しで集めた物を紛失。
 今は数少ない物の1つがこの玩具、今見ればたあいの無いものだが、私にとっては宝物であり、紛失してしまった物がある中、これ等の物はより大事なものとなった。
SANY6949.JPG
 昔から、缶詰の缶に一杯グリコのおまけを入れて保管していたが、引越しで紛失してしまい、何処を探しても無かったが、一缶だけ見つけて取っておいた。
 しかし、その一缶も私が結婚する時の引越しで、またまた紛失、結果は机のミスに少しだけ残っていたものだけになってしまった。
 其れがこの玩具、今思うとこの頃に既に時計の付いている物を集めていた事になるのだが、この当時は意図として之を集めた訳ではない。
 結果は今見ると時計物が多く、子供の頃から気に入っていたようで、人間とはそんな性質を持っているものなのか、改めて感じる所がある。
 左のブリキの笛とボート、空き缶を再利用して作られた物、笛の吹き出し口から少しだけ、模様らしき物が見えるがその証拠、リサイクル品である事の証しだ。
 こんな玩具が私にとっては大事な宝物、幼き日にこの様な玩具を集める事に、全力投球したもので、懐かしく、また思いで深いものとなった。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記