2018年06月30日

この時期に

   梅雨です

 SANY7116.JPG毎日うっとうしい雨、勿論梅雨だから仕方がないがヤッパリうっとうしいのは仕方がないか、気分だけでも晴れにしたい。
 今年の梅雨は男性的と言われ、集中的に雨が降るパターンらしいが局地的に豪雨、同じ場所で一気に降ると言うスタイル。
 以前までのシトシトと降る梅雨とは明らかに違い、何処で豪雨があるか分からない状況、こんな梅雨は過去にないものだ。
 以前の梅雨はここまで急激に雨を降らせる事は無かったと思う、シトシトと降る事はあってもスコールみたいに激しくはなかった。SANY7123.JPG
 それがどうだろう今は一度雨が降れば災害が心配される位に豪雨、全く違った雨の降り方をする現実、明らかな違いである。
 日本の気候も以前とは全く違ったものになってしまったので、先が全く読めない状況、何処で豪雨になるかも分からない事になったしまった。
 そんな梅雨、ヤッパリうっとうしい事に違いはなく気分も湿りがち、気持ちだけでも晴れ晴れとしたいと思うのも人である。
 何か気持ちも晴れやかになるものは無いのかと妻がつくったのが折り紙、別に難しいものではないが少しは気持ちも晴れるようSANY7126.JPG
 こうもり傘とカエル、そして可愛い長靴、一寸した折り紙であるが気分が晴れたような、そんな思いになれたのも折り紙。
 湿った気分転換には実に効果的、他愛もない折り紙であるがそれが又良い、チョットしたものでも気分は晴れ晴れだ。 
 








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2018年06月29日

新旧の招き猫

   新旧の違い
 
SANY9263.JPG 招き猫、縁起の良い置物として庶民に愛されているもの、あの可愛らしい表情としぐさ、お金と人を招くといわれ、昔から多くの人に愛されて来た。
 商家には1つは置いてある招き猫、あるところでは赤い分厚い座布団の上に座って、店内を見渡しているかのように置かれている招き猫である。
 もともとはお金とは関係のなかった招き猫、何時の間にか商売繁盛の置物となってしまったが、これも人の性のなせる業とも言え、猫にしては迷惑な話。
 郷土玩具として売り出され、全国に広まったが、何処かでお金と結びついて縁起物より金招きの方に、商売上手な人がそれを目論んだかもしれない。

 元来の招き猫は素朴なもの、色々な説にある猫とは違い、いたってシンプルなもの、土産物としての猫である事には変わりの無いもの、それが本当の姿なのだ。SANY9467.JPG
 浮世絵にも描かれているものは、玩具としての猫であり、招き猫として商売繁盛を目論んだものではない事は、絵を見れば直ぐに分かるものだが、それすら自論と手前味噌で変えてしまった、元祖と言う発祥地の人達、 招き猫を研究している人たちも多いと聞く、事実はどの様に捉えられているのか興味のあるところだが、中々その実態は見えてこない。 
 自分達の理論が正しければ、その事実を表さないと説得力に欠けると思うが、事実古い招き猫を証拠として立証したものはなく、発祥地だと主張するならば現物が1番早いと思う。SANY9513.JPG
 現物があればそれが証拠となる書類や錦絵、もしくは当時これと同じものが書物や浮世絵にのっているとか、具体的な証拠を出すのが1番信頼性がある。

 さて発祥地とは別に現代の招き猫事情は日進月歩の状態、旧来の感覚とは別のものとして作られているもので、楽しいものも色々と作られている。 
 確かに縁起物としての招き猫、合格祈願であったり、恋人募集であったり、就職祈願であったりと多種多用、それらの願いを叶える為の招き猫。
 旧来の人招きと金招きではなく、万人向きの招き猫となっているもの、特に若い人たちの期待を集めているもので、現代人ならではのユーモラスな招き猫も登場している。
 昔では考えられなかった寝そべった猫、縦ひじ突いて寝そべったおり、不謹慎ではないかと思う位に気楽な姿、これも現代人好みの招き猫なのか。
 それにしも本来の姿も忘れないで欲しいものだと思が、素朴な招き猫が本来の姿、日本人の奥ゆかしさを少しは残して貰いたいと願うが、時代の流れとは、この様に流れて行くものなのか。
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2018年06月28日

水団扇の図柄

    図柄が命


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 水団扇は美濃で製造されたものであることは周知の事実、昭和時代当時は数多く製造され商店のお中元として配られたもの。
 丈夫で美しい団扇は人気の的、それ故に団扇を出す方も出しがいがあったようで、ほかの団扇より高かったが宣伝効果は絶大であった。
 この団扇の強さは美濃紙、美濃紙の中でも高級品の雁皮紙、繊維が細かく丈夫な紙であり、札にも使われているもの。
 その和紙を使用しているから当然丈夫だが、その上から天然のニスを塗り、より丈夫な紙絵と変身させたのだ。


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 少々の水には濡れても破れる事はなく、水団扇と呼ばれる由縁でもあるが、ほかの意味もあると言われる。
 ニスを塗ることにより紙は透明度を増し、向こうが見えるようなことから、水のような団扇と称せられたとも。
 確かに透き通った紙となっていることは確か、ほかの団扇とは全く別の団扇、それが水に丈夫とあれば人気になるのは必定。
 この地方で中元用に出されているから、数も多いはずであるが、現存数は少なく、それがまた人気の的となっている。



 SANY6033.JPG昔の水団扇は実に趣があるもので、図柄が命とも言える団扇、職人たちの手による絵が非常に良いものとなっている。
 団扇は美しくなければならないもの、事実残っている水団扇は美しい図柄、芸術品と言えるような団扇である。
 団扇であるから涼しくなければならないが、見た目も非常に大事、一見して清涼感がなければならない。
 写真の古い水団扇、美しいのは確かだが、他の団扇とはやはり別格、手が込んでいることの証、清々しさが伝わってくる団扇だ。
 職人が腕によりをかけて造り上げた団扇であることが見えるもの、筆の走りは見事と言うほかはない。
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2018年06月27日

偶然にも

      不思議な事

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友人が持って来たオブジェ、杢田たけをの作品だと分かり、その調査をしている時、ネットで杢田たけをの作品が売りに出されていたのを見つけたのだ。
 今まで杢田たけをの事も知らなかったのだが、友人から彼の名前をはじめて聞き、そして彼の作品を見て面白い物を作る人だと思っていた。
 そんなことでツイツイ興味を感じ、友人に落札して貰うように頼む事にしたが、値段が分からないので友人に任せて、自分は成り行きで落札できれば良いと思っていた。
 友人は「お前の事だから安い値段であれば買うこともあるが、高額になれば嫌気がさすのだろう」と云い、「俺に任せろ」と言ってニコニコしているのだ。

 この男がニコニコしているとはやっぱり「何でこんな物を入札するのかと言いたげ」と解釈、何時もそうだが彼がこの様な態度をとる時は絶対に高い値段は入れない。
 彼自身も陶器には詳しく、ましてや自分の商売とも関係があるからだが、そんな訳で彼に入札を頼んで成り行き次第で、手に入れば縁があったと思う事にした。
 SANY9224.JPGSANY9238.JPGこの様な芸術作品は好き好きで、自分が気に入れば少しは高くても良いと思うが、全く興味も無いものには幾ら高くても買う気にはなれないものだ。
 買う気になれないと思うものではなく、やっぱり金が無いからだが、何事に置いても縁、高い安いではなく、縁があれば自ずと手に入るものだと思う。
 そんな訳でそれ以後この事は彼任せ、時計であれば経過は随時報告してもらうが、半ばどちらでも良いものは他人任せで今までやって来たのだ。

 今までの経験で言うと、こちらがどうなったのかと気にした物は、得てして手に入らなかった事が多く、気にしなかったものは意外と安く手に入った事が多かつたのだ。
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 これもジンクスみたいなもの、彼もその事を良く知っていて、こちらが気にして連絡を入れると「そんなに気にすると手に入らないぞ」と何時も忠告してくれた。
 私も多少は興味があり、陶器と言うこともあって安ければ手に入れたいと思っただけの事、自分から積極的に手に入れようと思った訳でなく彼まかせ。
 結果は後日落札したとの連絡、「幾らだったと聞けば」、安い値段で落札したとの事、暇を見つけて持って行くとのことだったのでそのままに。
 案の定彼が持ってあらわれたのはその日の夜、何やら大きな包みを持った現われ、「落札したものだ」と差し出したのだが、思っていたよりも大きい。
 
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2018年06月26日

毎日のカップ

      毎日変えたい

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 コーヒーは一日に何杯も飲む、若い頃は一日に8杯以上飲んでいたが、最近は3杯か4杯くらいのなってき、段々と飲む料も減った。
 若い頃は喫茶店巡りをしたもので、兎に角気に入った喫茶店に入り、そこのコーヒーを飲むことに明け暮れていたような気がするが、その時は時間つぶしでもあった。
 その後仕事をするようになり、営業で外回りをするので時間調整に喫茶店に入り、コーヒーを飲んだものだが、それが習慣みたいにもなった。
 よく言われるカフェイン中毒か、しかしそれ位でなる筈もなく、現在でもコーヒー中毒ではなく、単なる好きであるだけ、別に飲んだから中毒になる訳でもないのだ。
 そんなにコーヒーが悪いのではなく、カフェインのせいでもあるが、確かに人によっては眠れない人も居るとか、しかし普通の人は別に何の害もない。
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 確かにコーヒーも好きだけど、それ以上に喫茶店の雰囲気も大事な要素、行きつけの店の殆どがアンティーク調の店、古くから営業している所も多い。
 勿論あたらし店もあるが、やっぱりアンティーク調の店に限る、何故かと言えば、その殆どがカップに拘った店が多いこと、コーヒーの味も良いものに限るが、やっぱりカップも良い物がいい。
 コーヒーが黒っぽい飲み物だから、内部は白いものが良い、むしろ無地が1番と言う人も居るくらいで、コーヒーの色も大事な要素らしく、旨く見えないと良くないらしい。
 私はそこまで拘らないが、行き付けの店ではカップに拘っており、一人一人同じ器では出さず、全部が違う器で出てくるので、何で出てくるか楽しみの1つだ。
 今日はどんな器で出て来るのかと、そんな楽しみ方もある店が良いと思うが、それともう1つがカウンターの後ろにコーヒーカップが並んでいる店も良く行く。
 そこの店はカップに拘りをみせおり、有名なブランドのカップしか置いてなくて、客は自分でカップを選べるシステム、好きなカップで好きなコーヒーを飲めると言うわけ。
 カップの種類も豊富、普段使えない位の高級なカップも置いてある所もあり、客はそんなカップで自由にコーヒーを飲めるので、人気があるから良く混んでいる。
 その日の気分でカップは変えたいもの、高いものでなくカップくらいは好きなカップでコーヒーを飲みたいもの、それが又楽しみの1つ、今日はどのカップで飲もうかと迷うのも楽しいものだ。
 
 
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2018年06月25日

出会いとは

      子孫の見学

SANY0719.JPG 今回の時計展、盛況のうちに過ぎ、多くの見学者が訪れて頂、古時計に対する関心度が多少なりとも高まったと思いたい、そなん日に。
 日曜日、岐阜県から来たと言う中学3年生の少年、時計が好きで是非とも訪れたいと父親と共に会場に、その少年和時計をしげしげと見ているので訪ねてみた。
 「和時計に興味があるの」と聞けば、「自分で造ってみたいが、一部機構が分からないから見に来た」との事、「和時計を造くろうとしているの」と聞き直すと、「はい」と答える。
 余り熱心なので和時計の中を開けて、「好きなように見なさい」と告げると、嬉しそうに中を見ていたが、やっぱり機構が分からないらしい。
 そんな態度で時計を見つめているので、「自分で分解してみな」と言うと、「本当に良いですか、もし壊れたら」と心配げ、「和時計はそんなに柔じゃないから大丈夫」と言えば、嬉しそうに分解して機構を確かめていた。
 彼が帰った後、久米邸の責任者が、「戸田さん林時計の子孫の方が話を聞きたいと言われている」と告げに、「こちらに来てもらって」と蔵に案内する。
 若い女性が現れ、「私のおじいちゃんが林市郎です」と挨拶され、是非ともおじいちゃんの時計を見たいとやって来たとの事、これも出会いの1つだ。

SANY0736.JPG 以前も岐阜時計、三工舎、佐藤時計、日本時計の子孫の方が見学に来られたが、今回は林時計の子孫の方だ、話を聞けば現在家には林時計はなく、母も是非見たいと言っていたが、今日は来れなくて私が見に来ましたとの事。
 「新聞で拝見しましたが、おじいちゃんの造った時計があると書いてあったので、飛んで来ました」と言われ、「どれがその時計ですか」と聞かれる。
 今回の展示には林時計は2台展示、そして林時計に関係のある中條勇次郎の時計、この3台の時計を詳しく説明、特に林時計の歴史も伝えた。
 多少は林時計について知識はあった様で、時盛舎の事や林時計の名前が幾度か変わった事もご存知の様、ただ実物の時計は見たことがないとの事。

 展示してある林時計を開けてみて貰い、先祖が製造した時計を写真に収められていたが、その姿を見ていると時計展をやって良かったと思った。
 出会いとはこんなもの、何処で誰かと出会うか知れ無い、その出会いこそが楽しいもの、今後もこの展示を続けなくてはと思いを新たにしたが、ただ課題も多く、キャクションが短すぎるから、モット詳しく書いて欲しいとの要望。
 確かに少し短かったとは思う、余り字文字が多いと読みたくなくなるからとも思ったが、ちょうど良い文字数を研究しなければと今後の課題でも、やっぱり展示は難しいもの、ただ並べれば良いと言うものではない。



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2018年06月24日

唐三彩

      友人から電話
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 朝、友人から電話で唐三彩が手に入るが欲しいかと言って来たが、意味が分からないので詳しく聞こうとすると、今忙しいので後でと言って切ってしまった。
 友人、陶器の事など全く理解出来る人ではなく、そんな人物が唐三彩等と言ってきたので、狐に摘まれたような気がしていたが、何故彼が唐三彩なのか。
 不思議でならないのだが、何時もの事で何気なしに口にしただけと思っていたら、翌日又電話で「今日夜居るのか」と聞く、「今日は遅くなるから明日なら居る」と答えた。
 何故だと聞くと「唐三彩の壷が手に入ったからだ」と声を高めに言う、「唐三彩の壷とは何だ」と聞けば、「明日持って行くから」と電話を切ってしまったが、相変わらずセッカチな男だ。
 唐三彩とは聞き捨てなら無いもの、中国陶器の中でも人気な代物、1000年以上前の唐時代の焼き物、釉薬に銅、鉄、コバルト、マンガン等を使用して鮮やかな三彩を絵付けした陶器。

 SANY5182.JPG主に埋葬品の発掘物、特に夫人やらくだ等の動物に人気があり、日本でも唐三彩は高額で取引される代物、そんな唐三彩を何であの男が。
 全く合点が行かないが明日持って来るとの事、彼が持ってくるのを待つしかないと思う、しかしあいつが唐三彩が分かる筈がないのでどんな物なのか興味が湧く。
 翌日、唐三彩らしきものを持って彼が現れ、自慢げに私の前に差し出したものは単なる酒のボトル、そこで頭越しに話をすると彼に気の毒だから少し彼の話を聞く事にした。
 彼いわく「ある人がこれを持っていたが亡くなったので、奥さんがおれに形見として渡してくれた」と言う、彼もこのボトルが唐三彩と信じている様子。
 そして、どうだと言う様な態度で机の上に置く、私が「綺麗なボトルだ」と言うと、ボトルとは何の事と浮かぬ顔、仕方がないから「このボトルは20年位前に地元の酒蔵が造った日本酒のボトル」、そして唐三彩風に仕上げたもの、別に古いものではなく単なる酒瓶だ。
 其れを聞いた友人「唐三彩じゃないのか、瀬戸で造った物なのか」とまだ信用していない様子、仕方がないから、これの出来た経緯まで細かく教え、当時は新聞に載ったとも付け加えたが、彼は知らなかったらしい。

 SANY5186.JPGそれにしても、こんな酒のボトルが有名な唐三彩だと思う友人も友人だが、形見として渡した人も知らなかったとは驚きでもある。
 ソコソコ造られて販売された酒で、高級品であった為に大事にされているのを奥さんが高価な陶器と思っていた由、其れを夫の友人に手渡したもの。
 別に大枚をはたいて買い込んだものではないので、被害があるわけではないが、これを大事に貰って来るのも、甚だ疑問でもある。
 其れくらい友人も瀬戸に住んでいながら陶器の事は全く分からない男、灯台下暗しと言うが、彼は正にこれに当たるかもしれない。
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2018年06月23日

ミッキーマウス

      小さなもの

 SANY3328.JPG子供とは何処で何を見つけて来るのかわから無いものだ、孫が又何処から見つけてきたのかミッキーを持って現れ、「おじいちゃんこれ」と云って、私の手のひらにのせた。
 其れはミッキーマウスの小さな人形と娘に買ってやった指輪の時計、最近見たこともなく何処で見つけてきたのかと思っていると、孫が指輪の時計を動かせと言う。
 この時計確かに見覚えはあり、私の娘が小さいころに買い与えた物、孫がこんな物を見つけて来るとは夢にも思わず、何処にあったと聞けば、飾り棚を指差す。
 しかし、何時もこの飾り棚は見ているが、そんな物を最近見たこともなく、何処にあったのか半信半疑、すると孫は一番下の棚にあった缶の中だと言う。
 確かに下の棚にはブリキの空き缶の小さな物が幾つか有り、最近は中身等見たこともなく、そのままの状態であったが、孫たちは其れを見つけて時計を動かせと云っているのだ。
 20数年も経過しており電池切れで動くはずもないが、孫たちにしてみればミッキーが付いており、興味津々であるらしく早く動かしてくれと催促しきり。

 SANY3331.JPGSANY3333.JPGディズニーランドが人気を博した時期、セイコーが其れにあやかって製造したもの、文字盤にミッキーが笑顔でこちらを見ているもの、孫たちは其れを見つけたのだ。
 小さな文字盤の中にミッキーマウスを見つけるとは、子供たちの見る目は確か、どんな小さな物でも興味のあるものは見つけてしまう天才かもしれない。
 大人なら小さな文字盤の中のミッキーを見つけることなく過ぎるが其処は子供、自分の興味があるものは見逃さないもの、ヤッパリ純真なのだ。
 結局クオーツの電池を買いに走る事に、買い込んだ電池を入れて動かす、心配していたがどうにか時計は動き出し、孫の要求に答えられた。
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2018年06月22日

東寺の蚤の市

      久し振りに

 SANY3230.JPG5月久し振りに蚤の市に出かけたが、久し振りのために何だか新鮮さを感じ、何かあるのではないのかと期待、前は何度と無く来た所なのに。
 1、2年振りくらいになると思うが、そんな思いで見て回る事に、何時もの癖で東門から順に回らないと何だか気が落ち着かないもの、犬と同じようなもので同じ所から始めることに。
 以前にも話したがここ東門は私にとっては縁起の良い場所、東門近くの行きつけの店で数々の珍品時計を見つけた場所、今はその親父もなくなっていないがそれでもヤッパリここからだ。
 鯉幟に目が付いて仕方がないが、これも私が以前良く見て買い込んだからか、好きだからやたらと目がそちらに行ってしまうのだ。
 別に今は欲しい訳でもないのだが、興味のあるものは目に付くもの、最近では店主とも馴染みは全くなく、知り合いも居ない状態だけれど、見るのは楽しいもの。
 心の底で良いものが有るのではないのかとの期待、これがなければ蚤の市には来ないもの、期待があるから遠くても来るのだ。
 観光シーズンとあって人は多く、境内は多くの人があちらに行ったり、こちらに来たりで賑わいを見せている中、ある露天に目が行った。
 見慣れた親父が座っているのに気付く、近寄ってその店を覗くと時計が3個、実はこの親父の所で何台もの時計を買い込んだことがあり顔見知り。SANY5222.JPG
 殆ど知らない人ばかりの中、この親父と昔話にはながさき、最近は不景気で人は出て来るが買う客は少なく、買ったとしても安いものばかり、チットモ儲からないと。
 そして昔は良かった、「あんたみたいな人が常に時計を探してきたものだから、時計で儲かったもので、あの時が1番良かった」としみじみ語った。
 最近の若い人は時計に興味がないのか、中々時計を見る人が居なくて商売も厳しいのだとも言う、そんな話しをしていたら、親父昔の手描きの幟旗を出してきて、あんた好きだったろうと差し出す。
 確かに手描きの古い幟旗は好きで、以前は良く探し回り、手書きの上等なものを買い込んでいたが、最近は全く買わなくなったと親父に言う。
 「そうか、今はやってないのか、これは非常に良い物で程度も良く、安いからどうだ」と差し出したので、見れば確かに良いものなので親父の言う通り買い込んだ。
 安くしてくれたのは嬉しいが、其れよりも顔見知りが居なくなってしまった、この東寺の市、親父に会えて嬉しかったからツイツイ買い込んでしまったのが事実。

 
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2018年06月21日

はや過ぎたか

   毎年のエコ

SANY7052.JPG 東北震災後、毎年続けている夏対策の一つ緑のカーテン、エコにもつながるものとして採用し、現在まで続けている。
 簡単で便利だが生き物であるために世話をしなければならず、時として大変な事になる事もあるが、気を付けていれば難しくない。
 それは水やり、水だけは気を付けなければいけないが、ツイツイ忘れて失敗したこともあり、これだけが問題の事。
 フランターで栽培している事もあり、やっぱり水やりは重要な仕事、勿論やり過ぎても失敗し、ダメになってもしまう。
 そこは普通に水をやっていれば問題はないが、旅行などをした時には問題となって、2、3日留守にするときに事件はおこる。
 水不足のために枯れたり、弱ったりして葉っぱが落ちてしまい日差しを遮るのに支障をきたすことに、カーテンの役目を果たせなくなってしまうのだ。SANY7059.JPG

 過去にはそんな失敗をしたことも、生き物にとって水は大切にもの、家を空ける時はそんな心配をしなければならないのだ。
 今年は少し早く苗を植えてしまったようで、すでに花も咲き始めており、このままだと9月まで持たない恐れも、ここ2、3年は大成功で9月の末まで葉を茂らせてくれたが、果たして今年はそんな状態になるのだろうか心配である。
 今の状態だとすごく早い成長のよう、やはり少し早く植えてしまったと思っているが、何とか9月末近くまで持って欲しいものだ。
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2018年06月20日

度が過ぎる

      夜討ち朝駆け
SANY5721.JPG 最近はこの言葉を聴く機会がとみに減ってしまったが、話すのも減ってしまったようだと思う、しかし行動は減ってはいない。
 何故かと言えば我家では日常茶飯事の事、全く知らない人が、この行動をしてくるからだが、ある日突然玄関のチャイムが鳴り、訪問者が現れる事に。
 我家は道路沿いなので良くセールスが訪れることがあり、その都度玄関に赴く事になり、これが度々の事等でウンザリするのだ。
 しかし、向うははじめてのこと、此方の迷惑そうな顔にも無視して話を進めるのだが、其れもセールスの基本かもしれない。
 だけど此方は大迷惑、そんな人たちに混じって時計好きな人たちがやって来る事も、殆どの人は事前にアポを取り、了解のもとに訪れるのだから。
 そんな経緯を無視して突然にやって来る人も多く、ある日突然チャイムが鳴り、訪問者が現れる事に、そしていきなり古時計を見せてほしいという。SANY5729.JPG

 誰しも好きなものは見たいと思う心理は私も同じ、だから分からない事もないのだが、突然訪問されても此方にも都合がある。
 事前に了解を取って訪問されるのは構わないが、「夜討ち朝駆け」の如く訪問されても迷惑な話し、誰しもそうだが突然来られても困る。
 私も若い頃、営業をやっていた関係上、夜討ち朝駆けのセールスも、たまには成功することもあったが、突然の訪問は相手には印象が良くなかった。
 偶然にも成功した事もあったが、それは稀なケース、幾ら商売上の事であっても、相手の都合を無視すれば結果は良くない方向に行く。
 そんな訳で突然の訪問は迷惑この上もない、そんなある日の朝、突然のチャイムが鳴るので玄関に行くと、中年の男性2人がドアー越しに見える。
 用件を聞くと「古時計を見せてほしい」との事、そして「埼玉から来た」と言うのだ、断わろうと思っていたが遠方より来た客、むげに追い返すことも出来ず入ってもらう。
 こんな時は此方も機嫌が良くないから、応対にも力が入らず、結果は来た本人も満足できないと思う、アポは絶対にとって欲しいものだ、自分の為にも時計を見たいなら。
 お互いに好きな事、時計愛好家なら誰でも歓迎はするが、夜討ち朝駆けだけやめて欲しいもの、お互いに好きな時計を快く見学したいもの、そうでなければ楽しくない。
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2018年06月19日

オブジェ

   作品の意図

SANY7064.JPG オブジェとは難しく言えば物体とか、客体とか言うらしいが私にはなかなか理解しがたいもの、象徴的、幻想的とからしい。
 難しすぎて理解できないと思うが、表現が何であれ出来上がった物体である事は理解できるように思う、しかしやっぱり難しい。
 そんなオブジェ、探してみれば色々な所にあり、今まで気付かなかっただけの事、それだけ関心が無かったと言う事だ。
 芸術とはそんなものでもあるらしいが、私には難しすぎて見た目しか分からないもの、しかしあちこちに存在もしている。SANY7068.JPG
 どれが芸術であるかは分からないが、見て分かりやすいものの方が取っ付き易いと思う事も、見ても分からないものも多い。

 これが何であるかはその人が作り上げた真意を知らないと実感できないものでもあり、知ったとしてもやはり難しい。
 瀬戸市の古民家久米邸にはそんなオブジェが多くあり、つい目にすることになるが意味不明なものも多く、これが芸術かとも思う。
 作品は芸大の生徒のものが多く意欲的な作品であると思うが、今回のものもそれ、私には理解できないものである。
 聞く所によると一つは太陽の塔、一つは豆まきと言うが確かにそれらしきものではあるが、やはり難しくて理解不能と思える。SANY7075.JPG
 しかしそれがオブジェなのかも知れない、凡人には中々その真意が分からず、抽象的過ぎるように思えるのだ。





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2018年06月18日

瀬戸の散歩

     大正の香りが
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 瀬戸市内を散策していると、色々な時代の建物に出会うが、明治であったり、大正であったり、又昭和であったりと時代が千差万別。
 まだまだ古い建物が残っているから、少し露地に入るとそれらと出くわす事に、その都度懐かしい気分になるのは見慣れた証拠。
 自分の中に、その時代の記憶が詰まっているからだと思うが、その記憶も小さなものであり、ハッキリとしたものではなく、何となく懐かしいのだ。
 特に尾張瀬戸駅が直ぐの商店街、銀座商店街があるが、ここは昭和の香りが高い場所、アーケド街となっている場所で、昔ながらの店が多く存在。
 今はアーケドも新しくはなったが、店の佇まいは昭和そのもの、三丁目の夕日に出てくる店が、そんな商店街の入り口近くに写真館がある。
SANY2585.JPG 昭和初期の創業、駅から歩いて5分も掛からない所にそれはあり、懐かしい写真館として建っているが、今写真館は閉店している。
 商店街のイベント用に時々開かれる場所、主に展示会が模様されており、商店街のPRの場所としても活躍しているところだ。

 この建物、2階が撮影をするところ、店を入って左の急な階段を上がると、撮影場所となっている部屋に出るが、思ったよりも狭い場所。
 勿論当時の写真館は何処もこんな感じの間取りであったと思うが、雰囲気は昔のまま、商店街が管理しており、以前は公開していたが、現在はしていない。
SANY2594.JPG 二間続きの撮影スタジオは今でも営業できるような、そんな状態で保存してあるから、昭和の写真館の佇まいを感じることが出来る。
 手前は待合室のような場所で六畳の部屋、撮影スタジオは8畳より少し大きいくらいの部屋、面白いのは正面に螺旋状の階段が現れる。
 良く見ると看板みたいに描かれた絵、遠くから見ると本物の階段に見え、その下で写真を撮るのだが、何だか西洋間の雰囲気。
 洒落て椅子が用意されており、如何にも写真を撮るぞといった雰囲気、昔の人はこの前に座って、緊張して撮影したであろう。
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2018年06月17日

思いで品へそ時計

      忘れられない

SANY2263.JPG 旅の思い出は人其々にあるはず、どんな小さな事でも思い出となる事はあるもの、その品を見れば何時でもその時に戻れるものでもある。
 人にはそのような思い出があり、私もその中でも決して忘れない思い出の品もあり、それは幾度となく行った盛岡の骨董屋の主人の事である。
 始めてその店に行ったのは、35年も前の事であるが、まだ骨董をやり出して駆け出しの頃のこと、私が好きな啄木の足跡を求めて盛岡を尋ねた時の事。
 真っ先に訪れたのは城跡、此処の城跡はあの詩、 
 「不来方の お城の草に寝転びて 空に吸われし 十五の心」と歌った場所であり、在りし日の啄木を偲んだ。

 その近くの骨董屋に立ち寄り、時計を探すが何も見つからず、帰ろうとしたら店主が「何を探しいいるのか」と問いかけてきたので、「時計を探していると」答えた。
 その店主も時計好きで時計談義にはながさき、何時しか時間の経つのも忘れて夕暮れになり、主人が「何処に泊まるのか」と聞くから、「市内のホテル」と言えば、それなら時間があるから「隣の炉辺で飲まないか」と誘い。
 その店の近く、郷土料理「南部炉辺」でマタマタ時計談義開始、結局主人と看板まで飲んでその日は帰ったが、翌日ホテルに電話が入り「こちらに出てこないか」と誘い、何かと思えば、盛岡の近くに買出しに行くから一緒に行かないかとのこと。
 昨日、時計談義でスッカリ主人と打ち解け、歳もそんなに違わず話も合い、私も買出しに同行して時計探しに行くことに、結局1日主人の車で時計探しをした。
 その時計探しで最初に見つけたのがこの時計、何の変哲もないヘソ時計であるが、この時計が切っ掛けで、その後幾つかの珍品時計をこの主人から買う事になる。
 以来約30年の付き合い、その切っ掛けを作ってくれた思い出の時計、この時計が縁で、その後の主人との付き合いの橋渡しをしてくれた思い出深い時計でもある。
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2018年06月16日

和菓子の日

      6月16日です

SANY7045.JPG 今日が和菓子の日ですと云われても、現在何々の日がありすぎて、何が何だか分からない位に、しかも何でその日が其れに当たるのかも知らない人が多い。
 当然の事だが、今日は何の日か覚えている人はいないのが普通、古くから制定されている行事の日もあれば、最近になってから作られたものも多く、ありすぎて覚えられない。
 6月16日は、そんな行事の日でも最も古い方に入る日、その歴史は「848年」に遡り、「任明天皇」の時代に宮中にて、この日に健康招福を願って16種類のお菓子を奉納し、之を食べて招福を願った事に由来する。
 この儀式を「嘉祥の儀」と云い、其れから後、明治まで続く行事であったもの、1番盛んであったのは徳川幕府が将軍家の権威を示す為に、江戸城に大名、旗本を集め、将軍自ら16種類の餅と菓子を分け与えた。
 この時の菓子や餅がどんな物なのかは分からないが、干菓子や煎餅の類であったようだ、これを江戸の庶民も真似をして、6月16日に16種類の餅と菓子を食べたらしい。

 実際には、そんなに多くの種類のものが買えず、1と6をたした7種類の物で代用していたようだが、一般庶民も生活に苦しい中、健康招福を願っていた事は確かなようである。
SANY2188.JPG 今では考えられないだろうが、昔の6月と言う月は、疫病が蔓延して多くの人が亡くなったので、彼らにしてみれば健康が一番の関心事、之を心から願った事は不思議でも何でもない。
 今の時代とは違う世界の事のように感じる人も、健康招福であれば願いは同じであろう、明治以後徐々にこの儀式も衰退して行ったようで、昭和になってから「和菓子組合」が、この日を復活させたようである。
 そんないわれは兎も角も、今日和菓子の日を招福を願って、旬の和菓子でも食べて、健康を願ってはいかがであろうか、16種類も食べなくても願いは同じはず。
 写真は上は落雁、下は竹の筒に入れた水羊羹、清涼感のある竹の筒に入っており、見た目にも涼しく美味しそうである。
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2018年06月15日

世界遺産

      富士山

 SANY4458.JPG先月からはじまった時の記念日展、初日はこちらの表示ミスで多くの人が間違って訪れ、迷惑をかけてしまったがその分交流も生まれた。
 朝早くから見学に訪れた年配の夫婦、私が行くよりも早く来られて会場前で待っておられ、こちらが恐縮する始末、早速扉を開けて展示場に。
 しかし、まだキャクションが途中で貼ってあるのが半分だけ、慌ててキャクションを貼り付けるのに奔走、その様子を見ておられた夫婦。
 「大変ですね、今日からではなかったのですか」と聞かれ、「実は表記間違えで、展示の日にちを1日早くしてしまったので」と釈明。
 「そうなんですか、だから慌てておられるのか」と気を使って下さったが、こちらは冷や汗もの、早くキャクションを貼らなければと、そんな時に又他の見学者が来訪。
 私がキャクションを貼り付けていると、「大変ですね、新聞に出ていたから」と、逆にねぎらいの言葉を受け、恐縮する事になってしまった。
 キャクションを貼るのを止めて、その方たちに時計の説明をし出すが、今度はキャクションを貼る位置が間違っており、慌てて貼り直す始末。
 とんだドタバタ劇を見せてしまい、笑いを誘ってしまったが、これも愛嬌の類と笑ってごまかし、時計の説明に入り、1つづつ解説をする事に。

 するとハートH精工所製造の富士山型の時計の前で全員がストップ、私に向って「すいません此方の時計を説明して下さい」と先の時計を催促。
 見学者は富士山に目が止まったらしく、口々に世界遺産、世界遺産と、確かに富士山は世界遺産に登録され、今や注目の的でもある。
 その富士山型の時計の前で説明せよと催促だ、こちらはそんなつもりで展示をした訳ではないが、やっぱり話題は富士山、世界遺産だ。
SANY7014.JPG
 「何で富士山の形の時計があるんですか」とご夫人の質問、確かに今富士山は注目されているが、別に今始まったことではない。
 昔から富士山は日本一の山、古くから話題になっていたもので、それにあやかりたいと明治期ハートH精工所が時計を造ったのだと思う。
 まさか当時世界遺産になるとは思っても見なかったと思うが、他社に先駆けて富士山までも時計にしてしまった、ハートH精工所、先見の銘があったと言える。
 とんだ所で時計展の話題が増え、こちらとしてはあり難い事、今後見学者には話題として見て貰えるからと期待して、時計の説明をした。
 その後も会場をおとづれた殆どの人が、この富士山型の時計の前で足を止め、何やら語っているのを見かけて、やっぱり流行とはすごいものだと思った。

 
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2018年06月14日

蝋燭

      あかりを灯す

SANY7026.JPG 赤い衣装を纏ったマウス、言わずと知れたディズニーのキャラクター、一番人気のミッキーマウス、大人から子供まで幅の広い人気者。
 ディズニーの漫画の中から抜け出てきたような姿のミッキー、このキャラクターは誰にでも愛される人気者、ネズミがキャラクター化したものである。
 初期のミッキーマウスは今よりももっとネズミらしい顔をしていたが、時代が経つにつれて顔が丸みを帯びて来て、現在みたいな姿のミッキーに成った。
 昔のミッキーはやせた姿で細身、顔を横から見ると本物のネズミのように顔が長く、目も今よりもキツイ目つき、白黒の世界であったから、よりネズミらしかった。
 写真のミッキーマウス、本来ならばとっくに姿が無くなっているもの、何故ならばこのミッキーマウス、本来は蝋燭であり、灯りを灯す物である。
 以前にも話したが友人のハワイみあげ、新婚旅行に行った際に現地で買い求めた物、私の元に来てから何度も消える運命であったが、結局は現在も消えずに其のまま。

 SANY7035.JPG蝋燭は火を灯せば、当然の事であるが小さくなって消えてしまうもの、使えば使うほど消えてなくなるもの、それが蝋燭の運命でもあるが、この可愛らしい姿を消してしまうのも残念で、ツイツイ先延ばしにして現在まで生き残った。
 友人が之を見て、まだ大事に持っていてくれて感激と言うが、しかし友人を喜ばせる為に取っておいた物ではなく、可愛らしいミッキーが火を灯せば、頭から消えてゆく。
 それが嫌で火をつけなかっただけ、友人の為ではないが、彼は私が何時までも持っている事を感謝、感激しているから面白いもの、感激している人に、あえて本当の事を言わない方が良い。
 それにしても30数年もの長きに渡って、蝋燭が生き延びているのも、また面白く、之からも折角生き延びた物であるから、火を灯さずにそのままな状態にしておくつもり。
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2018年06月13日

まだまだ未熟

      駆け出しの頃

 SANY3361.JPG私が時計に興味を持ったのは40数年も前の事、その頃は時計であればどんな物でも興味が湧いていた頃、時計と見れば直ぐに飛びついた頃。
 知識何て云うものは全くなく、只興味があるだけの事だが、その興味は大きすぎて自分でも分からない位なもの、時計を目指して前に前に。
 そしてこの頃は時計の知識はなく、自分が良いと思ったものを見つけるだけ、程度が良いにこした事はないが、何せお金がないから安い物をと探し回る。
 回れば回るほど壁に突き当たり、その壁が乗り越えれないものに、一番の壁は資金、当たり前の事お金が無ければ物は手に入らない。
 そんな当たり前の事を忘れ、兎に角欲しいものを見つけ出しに回る、回るといっても限られた行動半径、名古屋市内の骨董屋を回ったり、仕事で行く先々で探し回る事に。
 そんな時に見つけた時計がこの時計、セイコーの腕時計で少し古いもの、セイコークロノスの腕時計、少し高級機であるらしいが、どう高級なのかも知らなかった。

 SANY3358.JPGSANY3356.JPG大体クロノス自体名前も知らなかったが、この時計を見て何んだか欲しくなったので店主に幾らか聞いて見ると、「この時計は非常に人気な時計で、値段も少し高いものです」と云われ、止めようと時計を返すと、店主「二度と手に入らないかも知れませんよ」とたたみ掛けて来た。
 腕時計の事など知らないのに、ここで又悪い癖が出、よせば良いのに知ったかぶり「折角出合ったので買ってゆくか」とツイ云ってしまった。
 見栄を張ったのだが、そんな事は店主百も承知、上手く進められて結局買い込んでしまい、その後腕時計を良く知っている友人に見せれば、「このクラスの時計は何時でも手に入るし、これは程度が悪い」と一言でかたずけられてしまった。
 確かに良く見れば、あちこちにキズがあり、冷静に見ればとても買う代物でないものだが、知らないとは情け無いもの、上手くおだてられて買わされてしまった時計だ。
 それからは、この時計を反省材料にして、時計へと驀進するときは何時も見て反省するようにしたが、直ぐに忘れてしまうのも性格か。
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2018年06月12日

親父の形見4

      今も現役です

SANY1791.JPG 私の親父は色々な物に凝性であったが、特にのめり込んでいたのが陶器、其れも茶道具が主で色々な茶碗を蒐集、その数は非常に多くあり、子供の頃は、家一杯にありうず高く積まれていた。
 自分の好きな物が出れば買い込んでいたようで、母親が何時も愚痴を言っていたのを覚えているが、だからと言って蒐集を止める様な親父ではなかった。
 そんな親父が亡くなって早34年になり、私が親父の年まで近づいているのだが、未だに遺品を整理していなくて、あちらこちらにしまってあり、時々出して整理はする。
 そんなおりに見つけたのがこのカフス、鼈甲で作られもので、高級品かどうか分からないが、大事にしまってあったので気にいっていたものであろう。

 前にもお袋が水晶のカフスを出してきて、私に使えと渡してくれたが、今回見つけたのは鼈甲のカフス、色々な種類の物が入っていたが、このカフスが1番使いやすそうなので出してみた。
 親父は明治35年生まれ、明治の男らしくて頑固、その上どうもお洒落であったようで、持ち物を見て見ると大分色々な物に凝っていたフシがあり、その1つがカフス。SANY6977.JPG
 親父の若い頃は鼈甲のカフスが流行ったのか、種類の違う物が3点ほどあり、その1つが写真の物、私がその中で良いと思った物を出して使う事にした。
 しかし、鼈甲はどの様な物が良く、どの様な物が悪いのかサッパリ分からず、3点のうち之で良いと思ったが果たしてどうだか、知っている人に今度聞いてみようと思う。
 そして、季節的に鼈甲が何時使うのか知らないが、このカフスをはめてみれば、私の口の悪い友人共がどんな反応をするのか、其れによって良し悪しが分かると言うもの。
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2018年06月11日

ランプの部品

      外国製

 SANY6882.JPG友人の奥さんがランプの部品を持って現れ、電球がつかないと訴えてきたが、何のことやら分からず持って来たものを見る事にした。
 この友人の奥さん、最近急にアンティークに凝り出し、気に入ったものを見つけると直ぐに飛び付く性格、其れも何も知らないものでも関係なく。
 普通の人は自分の知らないものだと、その場で衝動買いはしないものだが、この奥さんそんな事はお構い無しに買う人、しかし友人は石橋を叩いても渡らない男だ。
 そんな奥さんだから慎重派と思いきや、正反対の性格らしく、知らないものであろうとお構いなし、良いと思ったら躊躇しない人、直ぐに買い込んでしまうらしい。
 今日持参したのもはその部品だと、何でもって来たのかと聞くと、「自分の持っている電球がつかないから」らしい
 見れば普通のSANY6887.JPG外国製のランプシェード部品、何処がオカシイのか私は分からないので、「何故持って来たのか」と聞けば、電球がつかないからと言う。

 私が意味が分からないから、再度「どんな電球がつかないのか」と又聞く、すると「当然日本の電球がつかない」とおっしゃるが、当たり前の事だ、このソケットは外国製の物、日本の電球は当然付かないと言うと、何故付かないかと又も不思議顔。
 女の人は電気には苦手な人が多いが、一目見たときから日本の物と違うと気付くのが普通だが、其れすら分からない人らしいので、電球の形が違っているから付かないと説明するが、しかし何処が違うのか分からないとの事、海外電球と日本の電球との違いを図で書いて説明すると、何で違うのかとまたしても振り出しに戻る始末。
 その後、仕方が無いから現物を見せて、日本のものは付かないと納得してもらったが、果たして本当に分かっていたのか疑問である。
 そして、付属の金具についても、日本製と外国製の2つがあり、その説明にも結局理解してもらったのであろうか、ヤッパリ疑問だと思った。
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