2018年06月04日

太陰暦と太陽暦

      未だに尾を引く

SANY6863.JPG 江戸時代に使用されてきた太陰暦、俗に言う旧暦とも言うが、その時(とき)の刻みが現在でも、その名残を止めている言葉があるという。
 江戸時代は何時(なんどき、何刻、子の刻とか)と言って、時(ときと呼ぶ)または刻(こく)と呼んでいたもの、例えば子の刻(ねのこく)、丑の刻(うしのこく)、などと呼んだ。
 現代でも頻繁に使われているのが「午の刻(うまのこく)」、明治5年に改暦され145年も経つのに、今も使われている言葉が存在しており、今尚つづいている。
 其れが「午前と午後」、この午前と午後は昔の午の刻の前と後と言うこと、つまり午の刻を基準とした呼び方、江戸時代の太陰暦の呼び方であるのだ。
 もう1つが正午(しょうご)、この正午は午の刻の真ん中の事、つまり午の刻は現在の時間にすると11時から13時の2時間を指す、その真ん中が12時と言う事になる。SANY6867.JPG

 正午とは真ん中の午の刻のこと、それを現在も日常的に使っている言葉だが、その起源が太陰暦のものであることを知らない人が多く、其れを現在も使われているとは実に面白い。
 現在日常に使われている言葉が、145年も前に改暦となった暦を使っているとは、歴史とは時を刻むものと言うが正にその通りである。
 今の時刻(じこく)と言う言葉も刻と言えば旧暦の言葉、時間と言う様になったのは改暦後の話、24時間制になってから何時(なんじ)となるもの。
 この時(じ)の呼び方、書き方も試行錯誤があったようで、時とか字とか、色々なかき方を検討した結果、今の時の文字を当てはめる事となった様で、この字が生まれるに当たって喧々諤々の論議があった。
 普段使っている普通の言葉、その起源が長い歴史の上に立つ言葉であったこと、そして知らないで使ったいる事、普段何気なく使っている言葉にも、歴史があると言う事。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記