2018年07月16日

恥ずかしかった

    誰でもあるもの

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 思い出の品、其れが良いものでも、良くない物でも思い出はあるもので、その人の単なる思いでもあるのもだ。
 勿論良いものの方が良いが、決してそれだけではなく、逆に何処にでもあるのもだが、思い出深い物もあり、 人それぞれにそんなものを持っていると思うが、私もそなん思い出深い物を持っているが、人がそれを見ると何でこんなものと言う。
 その人にとっては其れが印象深いものであり、単なる普通のものであっても構わないもの、得てして人から見れば我楽多かも知れない。
 京都東寺の蚤の市、まだ若い頃良く東寺の蚤の市に出かけ、時計を求めさがし歩いていたが、知識が少ないために中々見つけられなかった。
 時計を見る目がなかったので手当たり次第に時計をあさっていた時、露店の店主から「この鍵は何の時計の物か」と聞かれた。
 店主が指し出した鍵は見た事もないもの、よせば良いのに知ったかぶりをして、「この鍵は時計の物ではなく家具の鍵だと答えた。

SANY0071.JPG まだ時計を集め出して間もないくせに、知ったかぶりをし、家具の鍵に良く似ていたからそのように答えたのだ。 すると店主「この鍵はフランスの置時計の鍵だよ」と逆に言われてしまったが、それでも私は家具の鍵と言い張った。
 すると主人、フランスの時計を持ち出して来て、良く見て見ろ「この時計の鍵を」と、確かにフランスの時計の鍵であった。
 店主は私が如何にも時計を知っているような素振りをするので、少しからかったようだが、それを見抜けなかった。
 そんな事があった時計の鍵と同じものが写真の鍵、鉄製の手作りの鍵、時代の古い時計に付いているものだ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記