2018年08月31日

ちびまる子ちゃん

   追 悼

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 ちびまる子ちゃん、テレビアニメの主人公、人気を保って早28年、未だに衰えない人気を持っている漫画の主人公、小学生である。
 小学生のタレントさんが大人気、テレビで大活躍しており、何処のチャンネルをつけても顔を見ることが、そんな大人気のタレントさん達。
 果たして28年後はどうなっているのだろうか、甚だ興味の湧くところでもあるが、そんなタレントさんに対抗するかのように、未だに現役で張り切っている女の子。
 独特のキャラクターの持ち主「ちびまる子」、このアニメがテレビで放送された時は兎に角うるさい音楽で、こんな歌など流行るのかと思ったものだ。
 しかしあの独特な音楽に乗って歌われる歌も、直ぐに子供達に受け入れられ、一役スターにのし上がってしまい、大人まであの歌を歌うようになる。
 あのあくのある描き方、普通なら余りトッピな描き方なので人気が出ないのが当たり前、ところがそのあくが人気となるから不思議な事と思う。

 このチビまる子ちゃん、デビューは1990年、この年にテレビ界に参入、突如として大人気を博する事に、この物語作者の小学生の頃事と云われ、原作者さくらももこさんは静岡県清水の生まれ。
 自分の子供の頃の事をアニメに描いたらしいが、このアニメ「平成のサザエさん」と云われ、家庭生活を面SANY7713.JPG白く描いたものだが、ちびまる子ちゃんの面白さがトッピな事、しかし原作者のさくらさんは残念な事で亡くなってしまった。
 このちびまる子ちゃん、色々なグッツに取り入れられ、幅広い年齢層に受け入れられ人気となり、引っ張りだこの状態であった時。
 娘が面白い時計を持って来たので、「どうしたのだ」と聞くと、他の腕時計は面白くないが、この腕時計変わっていて面白いから買ってきたというのだ。
 確かに変わっている時計、子供の腕では大き過ぎてはまらない大きさ、半円形上のドーム型、こんもりとしたおわん型の腕時計で、勿論クオーツ式の中国製。
 こんな大きな時計を子供の腕ではハマらないもの、只話題としては人気のちびまる子、こんなものをはめてていれば嫌でも目に付くもの。
 それが狙いで買い込んだのなら良いが、実用的な腕時計ではなく、ちびまる子ちゃんの人気にあやかった商品、しかし買う人が居るから売れるのだと思うが。
 写真がそのちびまる子ちゃんの腕時計、兎は秒針のようにくるくると回り、時計は下の枠に表示されるクオーツ式の時計、今では当時の人気が良く分かるものとなってしまった。
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2018年08月30日

如何しても欲しい

      気にいったから
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 古時計を展示していると色々な事に出くわすが、1番困るのは展示品を譲れという事、それもこちらが大変気に入っているものを欲しいと。
 確かに古時計愛好家なら、珍しい時計は欲しいが、展示してあるものを欲しいと言われても迷惑な話、それも珍品となると尚更の事。
 誰しも経験があると思うが、珍しい時計は中々手に入らないもので、それを手に入れるには苦労をしているはず、だからこそ愛着が湧くものだ。
 展示品にはその様な時計も幾つか展示してあるが、それを欲しいと言われても、はいそうですかと簡単に渡すわけには行かないのが人情。
 誰しも同じ心境だと思うが、しかし中にはそなん事はお構いなしに、自分が気に入ったから譲って欲しいと、申し出る人も多いものだ。

 今年の展示場でもそんな人が訪れ、是非とも時計を譲って欲しいと言われ、何度か見学に来られて、私の留守の間に係りのものに懇願された由。SANY7269.JPGSANY7274.JPG
 係りの人の話では、何度もみえて時計が欲しいと言われているそうな、そこでどの時計と聞けば、黒柿の小型バイオリンだという事だ。
 この時計は私が散々探し回って、ツイに気に入ったものを見つけたもの、譲るわけには行かない代物、今までにも幾度となく譲れと言われて来た時計だ。
 そして、どんな人だと聞けば、老人で何回か来られて譲れと言われるそうだが、私の居ない時ばかり来るそうで、係りの人も困っているとの事。SANY7268.JPG
 そんな事で私の居るときに来て欲しいと伝えて暫く後、その老人が再来してユーハンスの小型バイオリンを譲れと言われるが、その発想がこうだ、「黒柿が気に入ったからこの時計が欲しい」との事。
 しかしこの老人、古時計には興味はなく、黒柿だから欲しいという事だ、そしてモット驚く事には、1万円で譲れという事らしいが、老人曰く「それ位が相場だ」と、これにはこちらが驚く他はない。
 その老人、私に向って是非譲れと強引な態度、仕方なく「この時計はそんな低い評価の時計ではありません、非常に珍しい時計で、愛好家なら誰しも欲しい時計の1つです」と詳しく説明する。
 すると老人、「時計は要らないから枠だけなら譲れ」と、とんでもない事を言い出し、此方も開いた口がふさがらないが、キッパリとお断りした。
  すると、「では1万5千円でどうだ」と、こちらの事など聞いていない様子、こんな事で押し問答をしても仕方がないので、丁重にお断りをした。
 
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2018年08月29日

小型が良い

      便 利 な 器

 SANY1762.JPG古時計を多く持っていると、それに関する部品も多く必要とされ、色々な種類の物を別々にストックしなければならず、其れを入れる器にも苦労する。
 今までにも百均(百円ショップ)で色々な器を買い込んだが、中々便利な物がなく苦労していた時、偶々コンビニでお茶をかいこんだ、そのお茶に付いてきたのがこの器。
 写真で見ると大きく見えるようだが、高さ4センチ、直径2センチの円筒形の筒、数年前某飲料メーカのお茶のボトルに景品としてついて来たものだが、実に之が便利な物。
 先ず小さい事と蓋が適当にきつく、そして場所を取らないから何処にでも置いて、手元の小さな隙間にも入る大きさ、こんな便利な物が見つかれば幸いと、又お茶を買いにコンビニに行く。

 しかし、驚く事に既に売れてしまい、店員さんに「某飲料メーカーのお茶は無いの」と聞けば、「昨日まであったがキャンペンは終了した」と、そしてもう入りませんと冷たい返事だ。
 他のコンビニにも行くが、結果は同じで偶々私が買ったのが最後であったらしく、他の店も同様にキャンペン終了で何処にも無かったので、仕方なく諦めた事を覚えている。
 SANY1763.JPGその後友人も同じことを言っていたので、知り合いに持っていないか聞いたが、「何でそんな物が欲しいのか」と不思議がられたが、理由を説明すると、そんなに便利な物なのかと逆に興味を出す始末。
 この入れ物、ブリキの缶で製造されている茶筒のミニチュア、可愛らしいのと便利なのと一挙両得の品、もっと早くに気が付けば大量に買いこんだ物を、今にして思えば後悔しか無いが、便利な物は景品なのか。
 今までに景品で色々な物を貰ったが、この景品が私にとっては1番ありがたい商品であったようで、あれから数年たったが今でも愛用している時計のビス入れとして大事にしている。
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2018年08月28日

連絡事項

   浜松ミーティング開催の件

 日本古時計保存協会の浜松ミーティング開催
 日時、9月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務 053−465−3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円 昼食代含む
尚、今回もオークションを実施します参加ください。

  日本古時計保存協会 事 務 局
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2018年08月27日

自在吊り

      高 さ 調 整

 SANY3035.JPG先日、我家の孫が長い竹の棒を見つけ遊んでいたが、その後上の孫娘も金具の棒を見つけ、振り回していたので、危ないから私が取り上げた。
 小さい孫は直ぐに竹の棒を捨てて行ってしまったが、上の孫が「おじいちゃんこれなあに」と、私が取り上げた長い金具を指差して、不思議そうな顔をしていた。
 孫たちは床の間の隅においてあったこれを見つけて持って来たが、それが何だか知る由もなく、只遊びの道具としてもって来たに過ぎず、振り回して遊んでいたのだ。
 孫たちが見つけて遊んでいた物は、床の間の掛け軸に使用するもの、通称「自在」と呼ばれている物、床の間の掛け軸を掛けるときに使う道具。
 高さが自由に変えられるように、竹製で金具が上下する仕掛けになっているもの、もう1つは金属製の金具で、これも自由に上下するもの、上の孫が持っていたものは金属製のもの。
 この金属製のものは現在主流になっている由、竹製の物は便利さと値段の高さで金属製に負けている由、孫は金属製で伸び縮みがスムーズな物を不思議に思っていたらしい。

SANY3030.JPG 何故伸びちじみする事が理解できなくて、その上穴だらけであり、やっぱり不思議でならない様子、言葉で言っても理解できないと思い、掛け軸を掛けて見せれば、「何だ、そんな事する物なのか」と目を丸くした。
 現在の家庭では、余り使わなくなってしまった掛け軸、四季折々先立って床の間に飾った物だが、今は床の間も無くなってしまい、子供たちが見る機会も無くなった。
 当然、それが何だかも分かろうはずも無いが、実際に見せてやれば、「何だ、分かった」と直ぐに覚えるものなのだが、それも見る機会も無くなってしまったようだ。
 我家の孫も、其れ以来この自在を見ると、「おじいちゃん、これあそこに掛けるものだよね」と指差して示すようになり、一つ大人になったように思えた。
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2018年08月26日

郷土玩具

      商 売 繁 盛

 福を招くおきものとして福助の人形は古くから人気があった様であるが、その起源は諸説あり、どれが本当であるかは定かでないとされていて、うちが本家であると譲らない。SANY0360.JPG
 福助の本家と言われる地域は主に関西が多い、京都、摂津、滋賀などであり、江戸に出て成功した話等、諸説が入りみだれているが、共通しているのは姿。
 まずは裃を着て正座をしている事、頭だけが異常に大きい事、そして登場人物が全部商売をして成功、大金持ちになっている事が全ての共通点である。
 そして、耳たぶがこれまた非常に大きく膨らんでいる事、之が福助の必須条件、こうした姿をした人形が作られて店先に飾られ、福を招くお目出度い置物である事。

 福助が登場するのは徳川吉宗の時代が1番古いとされているが、その理由は「裃を着て正座している事」、裃は吉宗が作らせたとする説があり、それ以前は登場しない。
 そして、正座をすることもそれ以後であり、その前はあぐらをかいて座るのが普通であった事、このような事実に元付き、福助は吉宗の時代以後できた物である事。
 写真の福助、相良人形であり、独特の姿をしているが福助の典型的な物、古い福助人形は京都伏見の伏見人形が発祥であるとされているが、頭は大きくて、顔が膨らんでなくてペッシャンコの顔をしているのが古い特徴。
 相良人形はその古い形をしており、現代に蘇って造られた複製品であり、七代目相良たかし作の福助で古い姿をカラフルな色で見事に再現している。
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2018年08月25日

代用品ガラス

      こんな物まで
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 代用品とは、本来の物とは違って其れに変わる物として作られた物を指す、つまり本来金属で作られた物であるが、金属ではなく別の素材で作られた物を言う。
 昔から代用品は色々な物で作られており、新しい発想ではなく古来より作られてきた物、例えば絹の代わりに紙で作られた着物、金属で作られるはずの物を木製で作られもした。
 この様な物を代用品と言うが、色々なものが多く作られてきた事は確かであり、その時代に必要として作られた物、それられの物は今となっては史料価値の高い歴史の証人でもある。
 其々に作られた物は時代の申し子的存在、作られるべくして作られた物、必要が生んだ副産物とでも言うべきなのか、それらは決して本物より性能が良いはずもない物。
 あくまでも代用品として作られた物、そのため強度や性能は度外視して製造されており、見た目には同じ様に見えても、張りぼてには違いなく代用品なのだ。
 その中でも異質な物が時計の部品であるが、これは昭和の時代より古くから作られており、明治後期には実用新案特許を取得している物もあり、新しく作られた物ではなく複製品である。
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 写真は時計の振り子と渦巻き鈴の台、時計の振り子、明治時代に製造されたものは、もう少し装飾性に優れているが、戦前戦後に作られたガラスや陶器の振り子は装飾性に乏しい。
 それはやはり代用品としての性格上、質素に製造されているためで、其れ自体に装飾性を持たせるために作られていない物、戦争の副産物たる物である。
 まだ時計の振り子は強度的に問題はないが、渦巻き鈴の台は聊か強度的に問題あり、時うちの力に負けて割れる恐れは十分にあると考えられ、何にしてもそれが代用品の宿命であろうか、もろくて消え去って行くから貴重なのかもしれない。

 
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2018年08月24日

懐かしのブリキ

      やっぱり懐かしい

 SANY7594.JPGブリキの玩具、我家にも多くのブリキの玩具があり、その一つ一つに思い出もあるが、場所を取るので中々展示してない。
 時計と違って壁に掛ける訳には行かないし、棚におていもやっぱり場所を取るから、結局は段ボール箱に仕舞い込んでしまう。
 古いものも多くは無いが少しくらいはあるので、そんなものは展示用として貸し出してあるものも、よい物ではないが懐かしい物だけ。
 喫茶店やギャラリーの片隅において置けば、其れ自体インテリアとして役に立つ、我家の段ボール箱でくすぶっているよりはまし。
SANY7602.JPG 友人が頼みもしないのに、「展示するところを探して来てやった」とお節介をやく、確かに人の役に立てばそれで良いのだが。
 しかし、変に自分の物を知らない人に預けるのも気が引け、知り合いの店ならまだ目が届く、そんな事で知り合いの店にも置いてある。

 久々に部屋の整理をしようと荷物を片付け出したら、小さな段ボール箱にブリキの玩具を発見、こんな所い置いてあるとは知らなかった。
 雑誌の下積みになっていた為に、この段ボール箱を開ける機会は無く、長い間眠っていたようで、こんな物があったのかと自分でも驚く。
 つまり買い込んだが置くところが無いもので、段ボール箱に入れて、部屋の片隅に積んで忘れてしまったもの、蓋を開けて並べて見る。
 SANY7605.JPG昭和30年代のもので、よくあった何処にでもあるもの、しかし久し振りに見ると新鮮に見えて、ツイツイ動かして見たくなるのだ。
 勿論ゼンマイ仕掛けの玩具、古いブリキの玩具とは一味違って、実用的なもので懐かしい物でもあるのだが、今は姿を消してしまった。
 このブリキの玩具を境にプラスチック全盛期に入ってしまい、最後のブリキの玩具でもある物、だからこそ親しみと懐かしさと共に残念さもこみ上げて来るのだ。
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2018年08月23日

漆とニス

     どちらが良いか
SANY0438.JPG 西洋時計の塗装、外国から齎された西洋時計、その製造方法はさまざま、日本に入った来時計はボンボン時計と言われる普及品が多い。
 大概が八角の西洋時計、その主な輸入国がアメリカ、アメリカ製のボンボン時計が日本の輸入の大半を占めていた頃、それをモデルとして日本で西洋時計が製造される。
 輸入された時計は庶民的なものが殆ど、高級品も輸入れたがその数はボンボン時計と比べ物にならない位少なく、安価な時計が多かった。
 目的は近代化の波を国民に植え付けることが新政府の狙い、庶民はこの政策にまんまと乗り、文明開化の名のもと、西洋時計を買い求めた。
 しかしながら舶来品と呼ばれる時計は安価と言っても、誰でもが買える代物ではなく、富裕層や商店がその矛先であったが、時代が下がるにつれて一般庶民にも手に入るようになる。 それは国産化がなされ西洋時計も輸入品よりも安く、手の届く時計となったもの、日本各地で西洋時計が製造され、市場に出回るようになったのだ。

 この西洋時計、アメリカ製の時計をモデルとしているが、本来の作り方と違った作り方も採用している事、アメリカ製の時計は本体の塗装はニス仕上げ。 勿論日本の時計もそれに習ってニス仕上げの時計も多いが、中には特殊な塗りを施したものもあり、ニス仕上げだけではないのだ。
SANY0474.JPG時計製造会社は数多く存在しているが、その中には日本古来の塗りを採用して入る時計製造会社もあり、他社との差別かも計っていたのだ。
 ニス仕上げで塗装された時計が殆どだが、漆塗りに拘り時計本体を漆で仕上げ、ニス仕上げとは違った時計に、この塗りを採用する事は当然コスト高となる。
 漆塗りの工程はニス仕上げの工程よりも手間がかかり、その上時間も掛かるものだが、あえて漆塗りを施す事にした製造会社。
 コスト高もあえて承知の上で漆塗りにしたのは、日本の伝統に拘ったものと思うが、それもニス仕上げよりも漆を塗り上げる事により、時計に高級感を持たせるための作業であった。
 
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2018年08月22日

外国のものなの

      世界に灯りを

 SANY4018.JPG昭和20年代、瀬戸のノベルティーは最盛期を迎えていた頃、ドイツのマイセンと並ぶ精巧な人形が製造されていたが、その数の多さも又類を見ない。
 戦後の日本の輸出の花形として、主にアメリカ向けに輸出され、ドイツのマイセンに変わって、アメリカ市場に広く浸透して、その精巧さに人気を博した。
 初期のものはマイセンに劣っていたが、その後より精巧な石膏型が出来るようになると、瀬戸のノベルティーは飛躍的に進歩、マイセンと肩を並べるまでになる。
 特に人形類は、その精巧さから、アメリカの市場からマイセンを締め出す勢いであったもの、其れを可能にしたのが瀬戸の石膏型、細部にまで成形が出来るように工夫された。
 この石膏型の出現により、瀬戸のノベルティーは飛躍的に向上すると共に、一気に量産体制を確立、アメリカの市場競争に打ち勝つ体制が出来上がった。
 今回紹介する瀬戸のノベリティーの中の一品、電気スタンドですが、この電気スタンドは輸出向けに特別に製造されたもの、非常に丁寧に作られたものです。

 SANY4021.JPGSANY4019.JPG一見ドイツ物のマイセンにしか見えないもの、淡い色彩を使用して高級感を出し、可愛らしい子供の男女がかたどれらた珍しい電気スタンド。
 一番下の台には花が立体的に付けられ、このスタンドを高級なムードに仕上げ、可愛らしさの上に豪華さをプラスした、アメリカ人に好まれるタイプの電気スタンドだ。
 このような形の電気スタンドは、現在日本には残っておらず、このスタンドを見た人は瀬戸で製造された物とは気づかず、殆どの人はマイセンと思う。
 部屋のインタリアとしての存在と、実用的な電気スタンドの両方を供えたものは中々無く、まして可愛らしさがプラスした物は珍品と言えよう。
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2018年08月21日

ガラス絵12

      本家より充実 

 がらす.jpg今回のガラス絵は、八角型のガラス絵やスリゲル型のそれとも違い、変形型のガラス絵、この形の時計にも色々なガラス絵が描かれているが、線上形式のガラス絵が多い事。
 写真や風景画等とも違ったガラス絵、先ず何処が違うのかと言えば、今までのガラス絵は、振り子室のガラスにに描かれていたもの、今回は振り子室のドアーでなく、時計前面が開くガラスドアー形式になっている時計。
 つまり文字盤の部分と振り子室の部分が一枚のドアーになっている時計の事、振り子室のガラスは多くが小さいドアー、今回のドアーは其れよりもずっと大きなガラスドアー部分に描かれている。
 ご多分にもれず、今回のガラス絵もアメリカ製時計のガラス絵のコピーであるが、日本人には人気の高い時計をモデルとして、コピーをしたガラス絵。

 アメリカでも人気のモデル、ウェルチ社のイタリアン、ハンキングと呼ばれる時計、その時計のガラスに描かれているものを、職人が忠実に写し取った物である。
 芸術の世界では、コピーとは言わず写しと言う、芸術的な絵画は古今とわず写しが当たり前、幾人の人が写しを行い、前任者を越えていったものも存在する。
 師匠より更に優れて、師匠を超える其れが又芸術の世界、このガラス絵を描いた明治の職人は、アメリカのモデルとなった職人が描いたものを超えてしまったのである。
 写真で分かりずらいかもしれないが、ウェルチ社のイタリアン、ハンキングをコピーしたにも拘らず、其れを越してもっと優れたガラス絵を完成させてしまったようである。
 線の太さや全体のバランスを比較してみると、写しのほうが出来が良いのにきずく、細かな部分も手を抜かずに職人魂を遺憾なく発揮している事である。
 当時の日本の職人は、コピーに留まらず、自分の力量を上げる事に精進した過程で、本家を追い越して独自の世界を作り上げてしまったのだ。
 時計も日本製、名古屋で製造されたウェルチのコピー時計であるが、細部に本家の時計よりも優れた技量が発揮され、本物よりも良い出来になっているのが面白い。




 
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2018年08月20日

綺麗なステンドガラス

      当たり外れは時の運。

 ステンドガラスは、単体で見ていても、それが自分の家に合うかどうかは分からないもので、単体だけでは気に入っても家に嵌めてみたら、全然合わなくて結局は諦めて外してしまったと言う人も居る。
SANY7584.JPG ステンドガラスだけ見ていると、綺麗で少しぐらい色がきつい方が良いと思え、色ガラスの多い物を買いたくなるのが人情、やっぱり綺麗な物を買ってしまいがちである。
 私の友人もその1人で、どうせステンドガラスを入れるのであれば、赤色の多い物をと選んで買ったが、家に嵌めてみると派手すぎて全く部屋に合わない、それどころか家の者には、「全然落ち着かない」と嫌われてしまった様だ。
 本人も、単体で見ていた時には御満悦であったが、家族から反発されてしまうと、ガッカリしてしまい部屋からステンドガスラを外して、業者に引き取ってもらい、結局は大損してしまった。
 ある程度の値段は覚悟して買い求めたから、その反動で安く買い叩かれ、ショックもより大きくなって、「綺麗なステンドガラスはもうコリゴリだ」と、其れ以来ステンドガラスの話もしなくなった。

 右の写真のステンドガラスは我が家の居間に嵌っているステンドガラス、友人はこのステンドを見て、もっSANY7577.JPGと色が有った方がステンドガラスらしいと、派手な奴を買い込んで失敗してしまった。
 勿論好き好きである事は言うまでもないが、一見ステンドガラスは綺麗なものが人気、単体で見ていると私も好きで、それが綺麗なステンドガラスであると、やはりそんな風に思う人が多い。
 彼もその一人であった事は確か、私にももっと色が多い方が良いと、自分が求めるものは色が多くて綺麗なものが良いと言っていた。
 そのステンドガラス我が家のもの、シンプルでイギリス製のもの、幾何学模様の色合いも落ち着きがあり、何時見てもアキが来ないのが良い。
 シンプルが1番、ステンドガラスと言っても、やっぱり毎日見るものであるから、落ち着いたものがベストである。

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2018年08月19日

瀬戸のノベルティー

      小さな明かり

SANY2197.JPG 尾張瀬戸で製造された玩具、陶器や磁器で出来た動物や人形、花瓶や壁掛け等色々なものが生産され、海外に出て行ったが日本では余り知られていない。
 ノべルティーのもとは、明治後期に瀬戸で焼かれた金魚や亀、水に浮かべる玩具として開発され、主の東南アジアに輸出され、之が好評を博して評判となる。
 この事が瀬戸のノベルティーを引き上げる材料となり、その後色々なおもちゃが作られる様になるにつれ、その石膏型が急速に進歩する事となる。
 ノベルティーを作るに当たって、一番重要となる物は型であり、石膏で出来た型が重要、当初は簡単な型から作り出されていたが、マイセンの物と比べれば、はるかに劣る物であった。
 その為に試行錯誤して、石膏型が作り出される事に、瀬戸のノベルティーを世界的に発展させた功労者は、この石膏型を作り出した職人である事は間違いない。

 複雑な物を製造しようとすれば、その分石膏型が複雑となることは必定、幾つかのパーツを組み合わせて石膏型を作らなければSANY2200.JPGならず、その開発に心血を注いだ職人たちがいてこそ、瀬戸のノベルティーが存在した。
 この石膏型から生み出された、瀬戸のノベルティーはマイセンと引けを取らない物となり、輸出の花形として戦後の日本の輸出と外貨獲得に貢献をした。
 しかし残念な事に、日本国内に於いては、この瀬戸のノベルティーを知る人は少なく、現存する物も少ない事が、尚更人に知られない原因でもあるが、世界的にはドイツのマイセンと共に人気を博した事は事実であった。
 写真のランプもその1つ、戦後多く作られて海外に輸出された物、人形等の高級品ではなく、あくまでも玩具として製造された大量生産のもの。
 しかし、このランプも現在では見る機会は非常に少なく、大量に製造されていたにも拘らず、日本国内ではやっぱり幻となってしまったようだ。
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2018年08月18日

出来が良い

      一目できにいった

SANY7693.JPG 前にも紹介したが玄関に置いてある陶器の鬼の面、訪問者は嫌でも目に付く位置に置いてあるので、必ずこの話になるが、何時も誰の作品かと聞かれる。
 魔よけとして置いてあるもので、それなりの効果があることの証し、誰しも目に付くらしく、必ずや話が弾む事になり、訪問者も気になるらしい。
 訪問者が気になると言う事は、やっぱり効果がある証拠、邪気等は恐れをなして退散して行くかもしれないと、そんな事を思っているのだが。
 この鬼の面が訪問者との話に弾みが付く事は良い事、何かの切っ掛けで心が和んでくれれば、それだけで役目を果たしている事だと思う。
 玄関先から邪気が入ってくると昔から言われている事、何もそんな信心から邪気を払うことを願って置いてある訳ではなく、友人がくれたもの。
 その友人は前から陶芸に興味を持っていたらしく、陶芸教室に通って色々な物を作って楽しんでいたらしい、その延長線でこの鬼の面が出来上がった。

 始め作り出した頃はものにならず、皆から素人の造るものは直ぐに分かると云われ、余り評判は良くなかったらしく、本人も自信がなくなってしまったとの事。

 SANY7700.JPGSANY7710.JPGしかし作り続けているうちに、次第に腕も上達し、周りの人たちからも余り素人作だと云われなくなり、本人も少し自信が付いてきた時に、この鬼の面に挑戦したらしい。
 見ると造るとでは全く違って、造っている時ほど難しく思えてくるらしく、次第に手が進まなくなる事も、そんな事を感じながら造り続けたと。
 それで出来上がったものがこの鬼の面、他の人からも出来が良いといわれて、ソコソコ安心した本人は自宅に持って帰ったらしい。
 暫く家においていたが、私のもとに話を持って来ることに、「鬼の面を造ったが良ければ貰って欲しい」と、その話を聞くまでは、本人が陶芸をやっているとはまったく知らなかった。SANY7703.JPG
 どうせろくなものではないと思いつつ、「鬼の面なら丁度いい、貰ってやるか」と返事し、その話をスッカリ忘れていたが、後日奥さんと共に鬼の面を持って彼が現れた。
 持参した風呂敷の包みを解き、中から鬼の面を取り出し、私に差し出したのを見て「これ本当にお前が造ったのか」と聞くほど出来が良いものであった。
 見るからに大きく、面の大きさは縦40センチ、横23センチ、厚さ12センチの大作である。
  素人らしからぬ出来、立体感があるのと釉薬の織部が実に良い雰囲気を出し、こちらが驚くほどの出来栄えに、私の態度を見て本人もニヤリと笑っていた。

 
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2018年08月17日

置ランプ

      手元を明るく
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 なぜか最近見なくなったのが卓上ランプ、以前は各家庭に幾つもあった卓上ランプであるが、今は殆ど見かけなくなった原因は何であろうかと思う。
 1つは家庭の明かりが以前よりも明るく、部屋の隅々まで照らしていて、何処に居ても暗くない為ではないのか、それとも手元を明るくする必要が無いのか、ハッキリとした答えは無い。
 もう1つの原因ではないのかと思われるのが、本離れ、読書離れであるのでは、今の子供は本を読まないと言われていて、読書をしなくパソコンで見るとも言われているが、果たしてそうなのか。
 たしかに現在は読書離れがはなばなしいと聞く、小説にしろ、雑誌にしろ、絵本なども見ない子供が多くなり、本が売れないようで活字離れが加速しているようだ。
 この様な事が卓上ランプを遠ざけている原因なのか、確かに読書離れが卓上ランプの少なくなった理由1つである事は間違いないと思われる。

 手元を明るくし読書や裁縫をしていた少し前、部屋全体がそんなに明るくはなく、手元を照らす卓上ランプが必要であったが、もっと昔は「蛍の光や雪明り」で本を読んだようである。
 あの歌に、「蛍の光、窓の雪、踏み詠む月日」と歌われている「蛍の光や雪明り」、子供の頃この意味がサッパリ分からず歌っていたが、意味が分かる様になってからは、逆に疑問が生じた。
 蛍の光で本が読めるわけが無く、雪明りもしかり本当に昔の人は其れで勉強したのか、絶対に現実はありえないと思っていた事を今でも思い出す。
 そんな時代ではないにしても、現在の照明が明る過ぎるのであり、其れに慣れてしまった現代人は目が退化していったように思われてならない。
 もう少し、今の照明について見つめ直す良い機会ではないのか、指摘され改めて思う今日この頃であるが、それも時代の流れなのか皆さんは如何思われるであろうか。




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2018年08月16日

送り火

      大文字の送り火

SANY7535.JPG 8月16日、盂蘭盆の送り火、精霊が帰る日に送り火を焚いて送る風習、新盆旧盆変わりなく16日には送り火を家の前で焚く。
 お盆には精霊が我家に帰ってくると言われ、其の為に家の前で先祖の霊が帰ってくる迎え火を焚く、精霊はキュウリの馬に乗って我家を目指して帰ってくる。
 馬は足が速いから早く我家を目指すらしく、その目印ともなる松明に火をつけ迎え火を焚くのだと、夕暮れ近く何処の家でも迎え火を焚いたのだ。
 しかし現在は迎え火を焚く家庭は少なくなってしまい、昔の面影も無い状態、先祖供養はしないらしく、面倒だからとしない所も、これも時代かもしれない。
 送り火と言えば古都京都、大文字の送り火が有名、家庭での送り火と違って大掛かりなもの、この大文字の送り火、はじめられた頃は何時。
 色々な説があるようで、平安時代説、空海が死者の精霊を沈めるために始めたとの事、これが1番古い説であり、その次は室町説、足利義政が始めたとの説、そして江戸時代説、近衛信尹説であるが、1番信憑性のある説だと言われているもので、文献などからも証拠として上げられるものだ。

 SANY7542.JPG京都市内をぐるりと取り巻くように東から北へと順番に送り火が付けられるようで、夏の夜空を焦がす壮大な送り火、この送り火が昔から京都の風物詩となっているものだ。
 午後8時、東の如意ヶ嶽の大文字に火が付けられ、左回りに順に点火されて行く、そのスケールは壮大であり、夜空を明々と染めて燃える大文字の松明。
 市内からよく見えるようになっているが、現在はビルが邪魔をして簡単に見れないが、最高の位置は加茂川に掛かる橋の上、それも上賀茂辺りが1番と言う。
 此処で見れば、この壮大なドラマが手に取る様に見られるとの事、私も何回か見に行ったが、残念ながら全部を見た事が無いのだ。
 このドラマを見たくて、全国から観光客がやって来るが、それも各家庭での送り火が無くなった理由のひとつ1つかも知れないが、これからも長く続くことだろうと思うが、壮大な大文字の送り火を眺めながら、改めて先祖の供養をしてはどうだろうか。
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2018年08月15日

伝説

    日本で初めて

FSCN0050.JPG  前にも取り上げたポスター、文明開化、新時代を迎えて明治期の日本は一気に西洋化を推し進め、様々な西洋文化が国内に流入する事となる。  
 江戸時代では考えられなかったことが、一瞬にして変わり、新しい物と変わっていった時代、その変化は大変なものであった。
 人々は戸惑いと共に貪欲に新たな文化を取り入れる事に、そんな時代の先駆けとなったものに「ポスター」がある。
 ポスターと言えば企業の宣伝物、江戸時代にも、その種のものは存在していたが、西洋のものは以前の日本の物と違っていたのだ。
 日本では「引き札」と呼ばれる宣伝用のチラシは存在し、商店の宣伝物として利用されて来たのだが、西洋から入って来たポスターは少し違う物であった。
DSCN0042.JPG 江戸時代の古めかしい引き札とは違い、西洋物は大きくて派手、第一迫力が全然違うもの、商品が大きく前面に出ているのだ。
 引き札はイメージを優先してものであり、直接的な西洋のポスターはやはり違うもの、商品そのものが良く分かるものだ。
 そして何よりも商品が主体の扱い、日本の店を中心とした扱いではないもので、店を売り出すのではなく、商品を売り出すものだ。

 今までの引き札の図柄は店の絵を描いたり、縁起の良い「大黒様や恵比寿様」を描いたりと、抽象的な取り扱いかただ。
 直接的な商品の売り込みがなされていないものだが、今回紹介するポスターは日本のポスターを根底から覆すものだ。
DSCN0041.JPG 当時、女性の裸を前面に出して宣伝するなどと、そんな事は許されなかったし、またさせなかったとも言えるが、これはそれを覆したポスターである。
 今でも大人気で今回も取り上げたもの、当時葡萄酒の宣伝用ポスター、ポスターの中でも一番有名なもの、このポスターの出現により、日本の宣伝がガラリと変わったと言われるもの。
 モデルは当時の一流の芸者さんだと言われ、これを見ただけで卒倒しそうになったとも言われる有名なポスターである。
 手に持った「葡萄酒」が宣伝目的のもの、このポスターの出現で、この葡萄酒の売り上げはうなぎ登りに上がったと言われる。
 宣伝用のポスターとしても一流で、伝説のポスターでもあるもの、昔も今も手に入れたいと思う人が多い画期的な幻のポスターなのだ。

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2018年08月14日

コーヒーカップ

      器は選ぶもの

SANY7483.JPG 私は一日に何杯かのコーヒーを飲む、若い時よりコーヒーが好きで一日に何杯ものコーヒーを飲む習慣になっているが、最近はアメリカンを飲むようにしている。
 以前は濃いコヒーを飲むのが好きで、ダッチコーヒー、エスプレッソなどの濃いものが好きであったが、歳を取ってからは薄いコヒーを飲むようにしているのだ。
 はじめの頃は薄いアメリカンタイプは物足りなくて、余り好きではなかったが、一日に何杯も呑むので、次第に薄いコーヒーに切り替え、アメリカンになった。
 兎に角良く喫茶店に行ったが、その際喫茶店選びは旨いコ‐ヒーもさることながら、カップがどんなものかが1番、つまりコーヒーカップが気になるのだ。
 折角コーヒーを呑むのだから、好きなカップで飲みたいもの、だからカップの良いものが出る所に自然と足が向くようになり、そこが馴染みの店となった。

 
 そんな店の1つが自分の好きなカップでコーヒーが飲める店、カウンターの後ろには様々なコーヒーカップが置いてあり、SANY1285.JPG客は好きなカップを選んで、そのカップでコーヒーが飲めるのだ。
 だからこの店には良く通ったもので、毎回違ったコヒーカップを指名、その日の気分でカップを変えてはコーヒーを飲む、これも良いシステムだ。
 気分に応じてカップを変えることが出来るのは贅沢、リラックスできる一時でもあるから、やっぱり好きなカップで飲みたいものだ。
 友人に言わせると「コーヒーの味が良ければ、カップなどどんなものでも良い」と云い、何でカップなんぞに拘るのか理解できない」と言うのだ。

 その友人に、「では何でも良ければ奥さんをなんで選んだ」と厳しいことを言ってやると、「それとこれとは別だ」と、今度はむきになっている。
 確かにそれとは違うが、やっぱり好きなものの方が良く、どれでも良いとは思わないのだと思うが、友人は味が旨ければ良いと言う。
 友人に、拘りのコーヒー店につれて行き、その店でコーヒーを飲ませたら、「何でこんなカップで出すのか」と言い出したので、「おまえ、カップは何でも良いと言っていたではないか」と突っ込む。
 すると、「何でもよいとは言ったが、これはいただけないものだ」と言う、なぜならここのカップは安物の百均に近いもの、流石に味だけではないと言い出した。

 
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2018年08月13日

分からない

   一部では

 SANY7150.JPG以前出した古時計のクイズ、一部を写真でみて分かったのであろうか、そんな疑問を持っていたら、やっぱり質問がやって来て、部分て言うけど、もう少し上手く撮って、 写真の撮り方が良くないから、分かり辛いとの質問が多く寄せられ、私の写真の撮り方がイケナイらしいが、そんなこと言われてもと戸惑う。
 何処の部分を撮れば良いのかと思うが、写真の撮り方と言われても、自分では特徴のあるところをと、そんな気持ちで撮っている。
 確かに特徴のある部分は撮るのも難しいもので、余り簡単な所を撮れば、直ぐに分かってしまうから、それでは面白くないか、ちょうど良いところを撮ろうとしては見るが、此処では余りにも簡単になってしまい、逆にモット細部では分からない事に、だから迷うのだ。
 SANY7153.JPG
 ご指摘の事は良く理解しているつもりだが、実行しようと撮り直すと、これが又よくない部分になっている事に気が付く、撮ればとるほどに分からなくなり、今回もやめたのだが、それでは質問の回答にならないので、ダメとは分かっていても取り直した。
 写真を撮り終えてから、ネットに上げてみたら、これは簡単すぎてすぐに分かってしまい、逆に面白くない結果になると。
 それで八角の花ボタンを細部的にとっては見たが、これはより難しいものになり、撮っている私が分からない様になってしまった。
 写真を撮ると言う事がこんなに難しいものなのかと、今回初めてわかり、改めて物を撮ると言う事は難しいと実感したのだ。

 しかし、時間もない事から、今回はこの写真で判断して欲しいと思い、部分的なものを取り上げてみたから、前よりも簡単かもしれない。SANY7158.JPG
 歴戦の愛好家なら簡単に見分けてしまうと思うが、難しいと思う人も居るから、今回は中間の問題でやって見て下さい。
 写真の撮り方が悪いと言う事を抜きにして、直感で見抜いて欲しいものだと思っているが、次回はもっと難度の高いものをと思って、古時計愛好家の実力を見る良い機会だと思うが、自分はどんな状態で古時計と接しているのか、あらためて見る機会でもあると。
 そんな事を思いながら写真を見て、判断できれば良いと思うが、古時計の世界はまだまだ奥が深い事に気が付くかも知れない。
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2018年08月12日

盆踊り

      あちらこちらから

SANY7513.JPG この時期になるとあちらから、こちらからと盆踊りの囃子が聴こえてくるが、近頃前よりも盛となったような気がする。
 一時期盆踊りも途絶えがちであったが、近頃では毎晩お囃子が聴こえてくるので、多少は回復してきたようだ。
 この盆踊り、歴史は古く平安時代に遡り、空也聖人が念仏踊りとして広めたとのこと、盂蘭盆の死者の精霊を慰めるために念仏踊りを奨励したらしい。
 鎌倉時代には一遍上人が念仏を唱えながら踊り、一般庶民が踊り明かしていたらしく、これが全国に広まり盂蘭盆の踊りとして定着。
 江戸時代になり、死者を弔うと言うよりは娯楽の要素が入り、爆発的に庶民の間で流行となり、7月から10月まで踊り明かしたらしい。
 しばしば度が過ぎるくらいに破目を外した者達が多くなり、取締りが強化された時もあったらしく、現在の盆踊りとは聊か違いがあるようだ。

 SANY7502.JPG最近では核家族化が進み、個人主義が行き交う世の中、隣人との付き合いも無く、又付き合おうともしない人が多くなり、盆踊りの形態も変わったらしい。
 高層マンションが立ち並ぶと、地域住民との付き合いも無く、盆踊り開場でもトラブルが起こるらしいと聞くが、私の地域でもあるようで。
 町内会費を払わないマンション住民が、町内会費で運営する盆踊り開場に来て、子供に与えるお菓子を貰えないとのトラブルを起こすらしい。
 ビックリする話だが、関係者によると町内会費で運営しており、会費を払わない人にはその権利は無いはず、なのにお菓子を渡せとは理不尽な振る舞いだと言う。
 権利と義務があることはあたり前の事だが、昨今の世の中義務を忘れた人が多くなったようで、寂しい気もするが、権利だけ主張しても通らないのも世の中であると思う。
 本来の盆踊りとしての趣旨から外れると思うが、何とも分からない世の中になってしまったのか、楽しいはずの盆踊りも、とんだトバッチリのようだ。
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