2018年08月08日

ちょうちん

      送 り 火

 SANY7399.JPG旧暦のお盆は8月13日からであるが、尾張は全国的に早くお盆を行う地域、明治に入り改暦が行われ、新盆と旧盆の2つに分かれて行うようになった。
 殆どの地域は旧盆で行われるようであるが、尾張地方は新暦のお盆を行う、お盆とは先祖の霊が1年ぶりに帰ってくるから、精霊棚を設けて迎える。
 この地方は終わってしまったが7月13日、家の玄関口で松明に火を入れて、明々とした焚き火をして先祖の霊を迎えるもの、その松明の火を目印に先祖の霊が帰ってくると言われる。
 最近ではメッキリとこの行事も減ったようで、あまり迎え火を焚いている処を見かけなくなってしまったが、この様な行事をやめてしまうのも時代なのか。
 それと家の表口には提灯を灯して、松明と同じ様に先祖を迎えるが、この提灯もまた消えつつあり、夏の風物詩ともなっていた、この行事も時代に流されそうである。

 我家では13日には松明を焚き先祖を迎えるが、昔みたいに明々とした松明を沢山焚く事も遠慮がち、消防所も近い事もあり、煙を出さないようにしているからだ。
 15日には先祖の霊が帰るために、これも松明を焚き提灯を掲げ、先祖の霊を送るのであるが、その際に灯す提灯SANY2390.JPGSANY2397.JPGは、盆提灯と言われるもの、しかし高級な提灯ではなく、質素な物であり、昔懐かしい提灯。
 写真のように色とりどりの派手な提灯、最近ではあまり見かけなくなってしまったが、この提灯でないと雰囲気が出ない、昔からこの提灯で先祖を送ってきた。
 来週8月13日からお盆がはじまり、帰省ラッシュがおき日本中が各地で賑やかに、先祖を迎え、また送る行事が始まる。
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2018年08月07日

サギ草

      涼しさを演出

SANY8270.JPG サギ草は湿地帯に生息する植物、最近山野草として人気となり、生息地柄持ち去られるようになり、心無い人たちの仕業、湿地帯が持ち去り自宅で栽培するのだ。
 ほんの出来心で持ち去って行くようだが、根こそぎ持ち去り、悪質な取り方をしている事もあり、あとの処理も大変だと聞く、こんな事で持ち去らなくとも、欲しければ手に入れることは簡単。
 何も盗んでまでも持ち去る事はないと思うのだが、後を絶たないらしく、絶滅してしまった所もあるらしいのだが、非常に残念な事だと思う。
 山野草人気も少し下火になり、この様な事が減れば良いと思うが、さてさて昨今の事情は分からない事だらけ、値段も安いのに何故持ち去るのか。
 そんなサギ草、毎年花を咲かせるのは大変なようで、管理に神経を費やし無ければイケないらしく、手間のかかる植物でもあるようだと言うが。

 そもそもサギ草、小さな花、良く見なければ只の白い花にしか見えない事も、近くによって見れば可憐な花が楽しめ、夏の暑い時期に涼しさを演出。 SANY8267.JPG見る人には清々しい気持ちにさせてくれるらしく、これが又人気の秘密でもあるとの事、長年サギ草を栽培している人に聞くと、面倒だけど咲いている花を見ると苦労は忘れてしまうと言う。
 このサギ草、蘭科のサギ草属でれっきとした蘭であるらしいが、遠目には単なる白い花にしか見えないものだが、良く見ると何だか鳥の姿に。
 サギ草と名が付いている如く、良く見ればサギが両翼を広げて空を飛んでいる姿に見え、ツイツイ見入ってしまう花、空高く飛ぶサギの姿そのもの。
 翼を広げて天高く飛ぶサギの美しい姿、このサギ草沢山の花が咲くものではなく、先に花が付くのも少なく、その上花が小さいから見栄えはしない。
 その見栄えがしないから寂しく人気が無いのかと思うが、その逆にこの素朴さが受け、質素で控えめな花つきが上品と評価された。
SANY8278.JPG サギ草は7月から8月か最盛期、可憐な花を咲かせ人々を魅了、写真はサギ草が集結している棚、鉢の数は32個、これだけ多くの鉢を管理するのは大変、このサギ草に癒され、じっとサギ草の鉢の前で見入る人、写真を撮る人、座り込んで見る人など様々だが、全く気が付かない人も居る。
 それはサギ草の花が小さいもので、これがサギ草だと気が付かないで通り過ぎる人、ぞれぞれの感覚で見て欲しいものだ。
 写真は本物のサギが空を飛ぶ姿と、本物のサギ草、よく見ると本当にサギによく似ていることが分かり、よく名前を付けたものだと感心するやら。
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2018年08月06日

蕎麦切り伝道

      信州から江戸へ

SANY7474.JPG 木曽で発祥した蕎麦切りが都市へと次第に伝わり、江戸に入る事により一気に広がり、特に下層階級の食事として、盛んに食べられるようになる。
 蕎麦の歴史を辿っていると面白いことに出くわす、其の時代の人の動きや生活実態、そして食文化が見えてくるから面白くなり、又調べてみようと思う気にもなる。
 時代によって食べ物が変化してゆく事は分かるが、其れが如何してかは調べてみないと分からず、ついつい深入りをしてしまう事もあるのだが。
 今我々が当たり前に食している物の中でも、以前は別の食べ方をしていた時代があることも分かったり、こんな食べ方をしていたのかと思う事もしばしばである。
 俗に、この蕎麦切りは日本初のファストフーズの走り的、食べ物ではないかと言う学者さんも居て、蕎麦きりの研究が進んでいるようであるが、難しいことは分からない。
 しかし、蕎麦切りが人について移動していったことは確かであり、当時も今も江戸の都会に人が集まって来た事により、蕎麦きりの技術も江戸に集まった来たようである。

SANY7471.JPG 信州で蕎麦を打っていた人が江戸に出て、蕎麦きりをはじめた事は文献でも知られているが、当時の江戸は開発途上であり、多くの人足を必要としていたから、信州から出稼ぎに来た者たちも多かったと思われる。
 そんな人たちの中には蕎麦切りの技術を持った者もおり、蕎麦きりを必然的に作り出したと考えられ、人足達には蕎麦切りは早くて安価な食べ物として、直ぐに受け入れられた様であるが、一般の庶民はまだ蕎麦きりを食することは無かったようである。
 この時代、既にうどんは庶民にも食べられていたようで、うどんを売る商いも出来ていたが、蕎麦は下賤の食べ物であるとされ、一般には普及していなかった。
 確かに時代的には庶民の生活も苦しかった頃であるが、蕎麦は一般庶民の食べ物として食しておらず、やはり下賤の食べ物として当時の文献にもあるように、庶民の食べ物ではなかった。
 しかし、江戸が発展してゆく事により、人足達が増え、蕎麦切りも必然的に需要が増え続け食べ物として、次第に一般庶民に受け入れられていったようである。

 









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2018年08月05日

厄介なもの

    何で鳩時計が
 SANY0194.JPG
 前回も鳩時計が鳴かないので何とかして欲しいと持ち込まれたが、今回も同じ鳩時計が持ち込まれた。
 友人の持って来た鳩時計とは少し違うが、鳩時計には変わりなく、何故同じような時計が何故持ち込まれるのか。 勿論偶然の事で私が鳩時計を求めた訳でもないが、鳩時計が吸い寄せられて来たのか、偶然とはいえ不思議だ。
 友人の鳩時計はバラバラの状態で持ち込まれたものだが、この鳩時計は新品のような状態だ、入れてある箱もオリジナルの物、その上解説書も入っており、どう見ても新品に近い状態の物、しかし鳩が鳴かないらしい。
 バラバラな状態よりは良いが、めんどくさい事には変わりなく、また鳴く様に直して欲しいとの事だ。
 SANY0203.JPG友人の鳩時計でうんざりしていた時、またも面倒な時計が持ち込まれてしまい、イライラが募る事になってしまった。

 別に修理屋ではないから断れば済む事だが、よりによって鳩時計ばかりとは、この時計機械式の最後の時計らしく、この後は電池式に移る最後の時計だと思う、前回の鳩時計は昭和30年代の物だったが、それよりも後の鳩時計で、程度は抜群に良いものだが鳴かないらしい。
 箱をバラして見るに確かい新しいもの、それなのに何故鳴かないのか、あちらこちらを見るが、原因が分からないが、どうやら部品が足りないらしくて、その部品がどんな物なのか、其れが分からないので、去られ分解して見る。
 SANY0205.JPGやはり主軸に付いているはずの部品がない事に気付き、その部品が何でないのか不思議、新しいからないはずがないのだ。
 他を見てみるが、やはり主軸の部品以外は全部付いている様子、しかしその部品がどんな物なのか知らないのだ、さてさて今回の鳩時計は、厄介な事になるような気配、段々にゆうつになった来たことは確か、先が思いやられる。
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2018年08月04日

これも鉄人28号

      い つ も 手 の 中

SANY7410.JPG 鉄人28号、その名のとうりロボット、日本人が生み出した最強のロボット、あの鉄腕アトムと人気を2分するロボット、アトムより少し遅く誕生したロボット。
 アトムと鉄人28号との違いは、アトムはロボット自体が自分で動く物であるが、鉄人の場合は人が操縦しなければならない事、ロボット自体は1人で動かない。
 ロボット界のスパースター、今も根強い人気を誇っているロボットだが、その支持層も少し違いがあるようだ、アトムは可愛らしさがあるのに対して、鉄人28号は荒々しさが目立つ。
 そして大きさ、アトムは人間の大きさ、鉄人は10数メイトルとバカデカイ、2つとも極端に違いがハッキリとしているのも、どちらも好き、分かるような気がする。

 さて写真の鉄人28号、真っ黒なボディーに迫力のある鉄人がプリントされているライター、ジッポー型のライターで特別に製造されたもの、「光プロダクション」が製造したライター。
 発売当時、色々な種類の物が発売されたが、私はこの2つしか手に入れてSANY1860.JPGSANY1858.JPGいなくて、コレクターの人達は全種類購入しているようであったが、それ程のコレクターでないので、ソコソコで良かった。
 黒色のボディーとイラストの鉄人がいやにマッチしているようで、見た時にはもう少し他の色でよかったのではと思ったが、今見ていると黒色で良かったと思う。
 鉄人28号はブリキのロボットが主流、今も絶大なファンを持っており、人気は衰えていないが、この様にイラストでライター使用とは、やっぱり異色のうちに入る物。
 今思うと、もう少し数を集めておいても良かったのかと思うが、改めて買いたいとも思わないから、やっぱりこれで良かったのだと、しかし使う気にはなれない。
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2018年08月03日

木曽

      木 曽 の か け 橋
SANY0582.JPG
 中仙道木曽街道は橋が殆どと言ってよいほど架けられていなかったが、ほんの少し2、3ヶ所橋がかかっている中、木曽節の歌にも歌われている橋がある。

 「 木曽のなぁー  なかのりさん  木曽の桟  ナンチャラホイ  大田のわたし  ヨイヨイヨイ 」と、

 歌われている「木曽の桟」、木曽路の中でも最も長く恐ろしい橋であった様だ。
 木曽川の流が狭く深い谷あいの部分に橋が架けられていたが、この橋歌にも歌われているように「なんじゃらほい」と長いつり橋であったようである。

 此処を旅した「松尾芭蕉」は、この「木曽の桟」を一句歌っている。   

      「 桟や  いのちをからむ  蔦かずら 」 
 SANY0579.JPGこの様に詠っていることを見ると、この橋は「葛や蔦」を使って造られた、つり橋の桟であったようだ。
 旅人は、木曽川の急流を下に見て、深い谷に掛かる葛橋をゆれながら渡っていったのであろうが、芭蕉が詠んだように命を繋ぐ蔦かずらとは上手く表現していると思う。
 流石は当世きっての「俳人松尾芭蕉」、その有様が手に取るように伝わってきて分かりやすいもの、聖人と言われた芭蕉ならでは、他にも色々な文人墨客が、この桟を詠っているが芭蕉の右に出る者は居ない。
 写真の石垣は「木曽の桟」の木曽部分のなごりであり、国道の壁面に隠れているが、少しは昔の面影を留め、ここが「木曽の桟の跡」であることを示している。
 今は、丈夫な鉄骨の赤い橋が掛かっており、橋を渡った向こうには「松尾芭蕉」の碑が立ち、桟があった事を伝え他にも子規や文人の碑が立てられ、「江戸時代の葛橋」の様子を詩に留めている。
 
 
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2018年08月02日

蚊取り線香

   金 鳥 の 夏

SANY7436.JPG 夏本番、暑い夏が盛り、其れに伴い蚊も又やって来るが、今年は少し様子が違っているようで、電気蚊取りが少しひかえられ、昔ながらの蚊取り線香が活躍しそうである。
 現在は電気蚊取りが全盛、何処の家庭も電気蚊取りしか置いていない様で、あの渦巻状の香取線香は影を潜めていたが息を吹き返した感がある。
 以前にも蚊取り線香の話を少しした事があったが、余り興味がなさそうであったが、さて今日ではどの様な反応であるか、興味深く見ていたいと思う。
 そもそも、日本の夏は蚊取り線香が無ければ成り立たなかった時代、この蚊取り線香日本の発明、今や世界に輸出され日本よりも海外で人気がある。
 蚊取り線香は、明治18年、アメリカから除虫菊か入って来たが、明治21年、上山英一郎が蚊取り線香を発明、大日本除虫菊株式会社が蚊取り線香を製造、粉末状の線香を販売する事になる。

 はじめは粉末状であったが、明治23年に棒状になり、明治28年現在の渦巻状のものが発明され、大ヒッSANY7429.JPGトとなりその後現在まで同じ状態の物が販売されている。
 この渦巻状になるまでには、苦労の連続であったと言われ、上山英一郎の妻がヒントとなり、棒状の蚊取り線香であった物が、渦巻状になったと言われている。
 そもそも蚊取り線香は天然の素材であり、除虫菊を原料としており、体にも優しいものであったが、現在のように化学物質で構成されている蚊取り線香、非常に便利で安全のようだが天然物と比べれば余り体に良くないと思う。
 やっぱり、あの緑色の渦巻き、日本の夏、キンチョウの夏、蚊取り線香も天然の素材を生かした、体に優しいものを使用したいもの、しかし火が付いているから当然注意は必要、確かに煙も問題だが、煙が出るからと敬遠しない様にしたいものだが、果たして受け入れられているか。
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2018年08月01日

無名のフクロウ

    何処の時計か
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 フクロウ時計、人気ナンバーワンの掛時計、誰もが一つは欲しいと思っている時計の一つである。
 今までに多くのフクロウ時計が製造されているが、製造元がしっかりとしているもの、何処のフクロウ時計か分かるものだ。
 フクロウ時計は何故人気なのかと思う人、それはカラクリにあるもので、一つは目が左右に動く事、鳩時計と同様にからくり付きの時計、そして共通の構造は鳴き声が出る事、フクロウも鳩も時間となると時刻を告げる。
独特の鳴き声で時刻を告げ、其れが人気の秘密であるが、フクロウ時計はそれにくちばしが動く事だと思う。
 フクロウ時計の特徴は口ばしが動いて時を告げるが、この動きがいかにも時を告げている様な姿となるのだ。
 さほど複雑な機構ではないが、口ばしを動かす事により、よりリアルに鳴いているように見える事、其れが良いのだと言うが、それに引き換え、確かに鳩時計も時を告げる時に鳴き声を発するが、鳥の口ばしは動く事はないのだ。

 普通のフクロウみたいに、鳩が口ばしを動かして鳴く事はない、それがフクロウ時計と鳩時計との違いで、そんなフクロウ時計、色々な製造所から売り出されているが、有名な製造所は三社か四社、ハッキリ製造所が明記されている。SANY0988.JPG
 しかし今回紹介するフクロウ時計は製造所が不明なもの、何処が製造した物なのか分からないので、人気が今一だ。
 姿も有名製造所と少し違った形をしており、其れが良いと言う人と、やっぱり違った形だから嫌だと言う人に分かれてしまう。
 どちらの時計が多く存在しているかと言えば、もちろん製造所がハッキリと分かる物が圧倒的に多く、逆に言えば製造所不明のフクロウ時計は数も少なく、珍品時計の仲間入りをしているが、好きではない人も多い。 嫌いな人に言わせれば、如何にも偽物らしく見え、造りもあまり良くないものだと主張するのだ、確かに造りは少し雑であるのだが、其れが良いと言う人も、洗練されていないから素朴でよいと言うのだ。







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