2018年09月30日

セルロイド

      懐かしの玩具

SANY0042.JPG 我々の子供の頃に遊んだ玩具、大体が忘れ去られるか、捨てられるかドチラかであり、大事に保管それている物は少なく、人にもよるが普通は忘れ去られるのが常。
 私達子供の頃に遊んだ玩具、何時の間にか何処にしまい込んだのか、忘れてしまい廃棄処分になっていることが多い、ご他聞にもれず私の玩具もそれだ。
 子供の頃に夢中になって集めた「グリコのおまけ」、この玩具は私も自慢できるもので、その数は大きなブリキの缶に2個ほど集めたが、グリコのおまけは非常に小さくて、数は多くあってもかさばらず、ブリキの缶2個だと凄い数になるのだが。

 このブリキの缶、私が結婚する時に確かに持ってきたはずであったが、その後探したが見つからず諦めていた時、お袋から実家を改築するから、自分の荷物を整理するようにと連絡があった。

 SANY0037.JPGしかし、マタマタその時は用事があって実家に行けず、お袋にかたずけて欲しいと連絡、テッキリかたずけてくれたと思っていたが、なんと廃棄処分されていた。
 お袋は「かたずけて」との事を、廃棄しても良いと勘違い、要らないものとして結局廃棄処分されてしまい、今は無いのだ。
 当時は仕事が忙しくて、お袋から連絡が入って来たが実家には片付けに行けなかったのだ、それが悔やまれてならない。
 子供の頃からグリコのおまけをセッセと集めていたもので、粉ミルクの空き缶に一杯集めていたので、その数は多かった。
 おまけ欲しさにキャラメルは食べず、只おまけだけを集めてミルクの缶に入れ、それが溜まるのを喜んでいたのだ。
 今残っていたらすごい数のおまけの量、自分でも当時自慢していたから、数は多かったもので、残念でならないが後の祭り。SANY1862.JPG
 惜しい事に「グリコのおまけ」は幻と化してしまったのも自分のせい、お袋に一言言っておけばと悔む事しきりである。。
 今思えば、あれだけのグリコのおまけ、素晴らしいコレクションであったと後悔、あの時に取りに行けば良かったものをと、写真の玩具はグリコのおまけとは違い、助かった物の1つ。
 セルロイド製の高さ8センチ位の物、落下傘部隊の隊員の姿をした人形、当時としても珍しい物で、余り多くなかったように記憶している物だ。
 この様な落下傘隊員の姿をした人形は、今では殆ど見られない様になってしまい、貴重な資料としてのセルロイドの玩具、之が残っていてくれ、なつかしいのと嬉しいのと両方であるのだが。
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2018年09月29日

招き猫の日

   福来る

 DSCN1916.JPG9月29日は招き猫の日、語呂合わせで29日は「ふく」とよみ、9は「来る」となり、語呂合わせでこの日が選ばれた様だ。
 瀬戸市では29日、30日招き猫まつりが開催され、今年で23回を数える事になり、全国的にも古い祭りとなっている。
 勿論、瀬戸市では古くから招き猫が造られていたから、それにちなんだ祭りでもあるが、特に参加型祭りとして近年人出が多くなっている。
 近頃では家族ぐるみで参加、思い思いの化粧で猫のスタイルで参加している家族が多く、祭りを楽しんでいるようだ。やっぱり祭りは参加しなければ楽しさは伝わってこないと思う。
 自分たちで盛り上げるから楽しいと思え、押し付けられた祭りでは興味も薄れるものだと、そんな思いの人も多いと聞くが今台風が来ているから心配。
 私もこの祭りに参加して十数年になり、地元ラジオ局のイベントに参加、招き猫の鑑定などしたが、その都度人が増えて来た。
 先週、地元ラジオでこの招き猫祭りの解説をしていた時、当然招き猫発祥の話になり、何時もの解説をしたが何処が発祥かと問われれば不明としか答えられない。
 やはり元は伏見人形であると思われるが、その後全国にこの人形が伝わり自然発生的に生まれたものと思われ、各地元でうちが発祥地と力説している所も多い。
SANY2283.JPG そんな話をしながら瀬戸の招き猫の話を、やはり地元の招き猫が気になるからだが、しかしこれも中々難しいもので何時出来たかハッキリとしない。
 手前みそになるから瀬戸の猫を優先する事はないが、全国的に見ても製造数は多く、現存数も多くコレクターに所蔵されている。
 難しい話は兎も角、この招き猫祭りを楽しんでもらえれば招き猫祭りの意味があると思うし、家族で楽しんでもらえれば一番と思う。
 いわれは兎も角も楽しんでこそ祭り、どんなメイクで参加するかは本人次第、人がどう思うかは気にしない事だ。

 
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2018年09月28日

水滴と花入れ

    そんなに古いのIMG_0013.JPG
 
 古時計愛好家から水滴と花入れに関しての質問で、時計の形をした水滴が明治時代のものと言われているが、そんなに古いのかと。
 色々に形の水滴が存在している事はよく知っているが、明治時代のものとは思わなかったので、そんなに古いものとは知らなかった。
 まして子供たちが使っていたとは全く知らず、あれは単に時計の形を模した置物であると、そんな風に思っていた。
 そして瀬戸と伊万里、九谷でも焼かれていたとは、全く知らず、全部伊万里で焼かれたものと思っていたと言う。
 確かに陶器や磁器は素人では中々見分けが付かないもの、まして明治のものか新しいものなのか、判断は難しい。
IMG_0007.JPG

 そして現代に造られた水滴を明治のものと言われ、買い込んでしまったが、何処が違うものなのかと言う事だ。
 明治時代に造られた水滴は実用品であるから、使用され時代がソコソコついているが、現代製造されたものは時代が付いていない。
 付いていたとしても、それは故意に付けられたもの、一目で判断が付くものだが、本物を多く見ないと難しいかも知れない。
 よく言われるのは「本物を多く見る事」それが一番と言われるが、まさにその通りであり、やはり本物を多く見る事だ。  水滴は多く存在しているから、さほど苦労しなくても見る機会は多いと思う、そんな時はじっくりと観察する事だと思う。

 もう一つは花入れ、これは明治のものは少なく、大正時代のものが多く、その裏にはパテントナンバーが付いているから、それを見る事だ。
 大抵のものはパテントナンバーが入っているので分かり易く、入っていないものでも形をよく見れば大正期のものと判断が付く。
 これを見分けるのも、時代のハッキリとしたものを見て、よく観察して、覚える事が大事だと思う。
 何事も騙されないためには、自分の目を鍛える事しか方法はなく、やはり本物を見る目を養う事が大切だと思う。
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2018年09月27日

上手く撮れない

    カメラを変えたが同じ 

 SANY0001.JPG友人が「お前のブログの写真、ボケが多いぞ」と言うのだ、たしかにその通りでぼけた写真が多いと思う。
 自分ではシッカリと写したつもりであるが、ブログに載せてみると「ボケ」ているので、その原因が分からない。
 友人に言わせると手振れだと言うけれど、カメラには手振れ防止が付いており、修正されるはず。
 デジカメもこれで4台目、中々良い写真が取れないもので、色々な所のカメラを買い込んだが皆同じ様。
 友人は「やっぱりお前が悪い」と言うが、どうしても手振れが生じるのだと思う、三脚を使えと友人がくれたが、大いして変わらない。
 確かに三脚を使えばカメラは固定され、ぶれない筈であるが、それでもぶれているようで、良いものが撮れない。
 販売店で見て貰ったが、カメラの故障ではないと言われてしまい、では何故ぶれるのかと聞いてみた。
 DSCN1592.JPG販売店でも手振れであると言うのだが、では「手振れ防止装置は何のために付いているのか」と聞いてみた。
 すると「多少のブレは防止しますが、大きなブレは防止できません」と、言うのであるが納得できないのだ。
 自分ではそれほど大きなブレをしているとは思わないし、自分なりに気を付けて撮っているのだ。
 すると友人「お前は安いカメラを買うからだ」と言う、確かに高級なカメラではなく、普及品のカメラである。
 しかし今時、高級なカメラでないと上手く写らないとは、そんな事はないと思うが、友人は力説するのだ。
 
 安いカメラは手振れ防止が付いていても、その力は良くないから、やっぱり高級機に変えろと言うのだ。
 DSCN1590.JPG4台ものカメラを買い込んでみたが、結果は同じ事、カメラのせいではないとも思われ、何処に原因があるのか。
 ブログを見てくれている人も、写真がぶれているのが残念であると、そんな声も聞くので益々落ち込んでいる。
 カメラのせいではないとすれば、自分に責任があると言う事、シッカリと写していると思うが、何故そのようにぶれるのか。
 そしてもう一つ気になっているのが接写、これが又上手く撮れないもので、他のブログを見てみると綺麗に写真が撮れている。しかも接写が良く撮れているので、自分の撮ったものとは違う。
 何故そんなにきれいに撮れるものなのか、知人に聞いてみると「カメラなんか安いもので撮っている」と言う、やっぱり腕なのか。

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2018年09月26日

エアコンは大敵

      乾燥が1番嫌い
SANY2973.JPG
 古時計を維持して行くには色々と苦労が絶えない事が多く、頭を悩ませる事柄も多いもの、その数が増え続けるのだ。
 古時計が多くなればなるほど、悩みの種が増えるから、それに対処し対策を練るのだが、中々思うようには行かないもの。
 機械の故障も重要な事柄ではあるが、もうひとつの重要なものは、エアコン等の暖房機による乾燥、之が1番の大敵である。
 暖房機をかけなければまだそんな心配はないが、寒い冬はヤッパリ暖房は要るものだから、必要最小限にしてかけているのだが。
 それでも乾燥は避けられないもので、知らないうちにひび割れをきたす事が生じ、気が付かなければ良いのだが、一旦気にし出すと、もういけない。
 暖房が気になり、温度調整と湿気を耐えさずにする事に気が気でなく、ツイツイ湿気を多くしてしまい、逆に困った事にもなる。
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 昔の生活では考えられない位に今の部屋は乾燥していて、エアコンや温風ヒーターの熱で乾燥が進み、古い時計の箱の一部がひび割れをする事になる。
 我家の時計もご多聞にもれず、この現象になって、ひび割れを来たしている時計があり、之を修理するのに手間がかかって大変。
 上手くくっ付いてくれれば良いのだが、乾燥が激しいと無理をすると他までひびが入る事に、接着どころではなくなることもある。
 写真の時計もその1つ、何だか変だと気が付いて、翌々見るとひび割れをしてガラス絵が飛び出してしまったもので、乾燥によるものだ。
 5ミリ程度も隙間が開いてしまっているので、慎重にやらないといけないと思うが、ツイツイ力が入ってしまうのでそれを気を付けないと大変。
 SANY2987.JPG慌てて接着を試みるが、乾燥しすぎで無理すると弱い部分が再び折れる恐れもあり、慎重に水分を補給して、やっとの事で接着に成功した。
 しかし、少し変形している様で元の位置に納まらないのだが、之を無理やり押さえると薮蛇になる恐れがあり、少し隙間があるが妥協して納めたのだが。
 今度はガラス絵が嵌らなくなってしまい四苦八苦、結局ガラスをサウンドペーパーで慎重に削り、時間を掛けて納めたのだ。
 以前に焦ってガラスを割った事もあり、今回は時間を掛けて削り、本の位置に納まった。
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2018年09月25日

こけしブーム

    四次か五次

 SANY1000.JPG最近のこけしブーム、若い女性を中心にこけしブームがやって来ているが、以前のこけしブームと少し違うもの。
 今までのこけしブームは大抵は伝統的なこけしが中心のもの、しかしながら現代のこけしブームは創作こけしが中心と聞く。
 勿論伝統こけしもその中にはあると言うが、ヤッパリ、ユニークなものが流行、創作こけしは規格外であるから、どんどん発展する。
 伝統こけしと違い、作者の創造如何で色々なものが出来、今までにない変わったこけしが登場、我々の感覚ではついて行けないものも。

 SANY0990.JPG以前にも創作こけしは存在していたが、今の様なビックリする発想のものではなく、伝統のこけしの上に立っての創作であった。
 しかし昨今のこけしは全く違うものであり、目鼻立ちはなく一色のデザインで、金色や金色などのものが存在している。
 そうかと思えばこけし全体が筋で覆われたものなど、今までには無かったものだらけ、ついて行けない位である。
 我々年配者はこんなこけしブームにはついて行けず、ヤッパリ伝統こけししか良いと思わないから、創作過ぎて難しいもの。 SANY7858.JPGこの前もテレビで紹介されていたこけし、全体が銀色で筋が横に無数に挽かれたもの、その筋は細い線であった。
 若い女性がそのこけしを絶賛していたのにはどことなく違和感を覚え、これがこけしブームなのかと思ってしまった。
 やはり我々には理解しがたい部分であるが、彼女たちには新鮮なものに受け取られているようで、時代の流なのか。

 その一方で、伝統的な作者のこけしにも興味を示している女性もいたから、一概に創作こけしだけではないようだ。
 勿論我々が買い求めた作者ではなく、その子供たちが中心となっているようで、それはそれで良い傾向だと安心もする。
 やっぱり長い時間受け継がれてきた伝統こけしが、全部創作こけしになるとも思わないが、それにしても創作こけしが多すぎるようだ。
 伝統の上に立って造られてきた伝統こけし、若い女性にも受け継いで興味を持ってほしいものだと思うが、流行とはそうしたものでもある。
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2018年09月24日

中秋の名月

  やっぱり秋

SANY7740.JPG お月見、古来よりこの日の月が一番良いとされて来たもの、中秋の名月として親しまれ、数多くの詩が読まれて来たのだ。
 理論上、満月は月に二度あり15日周期で繰り返すもの、しかし実際には日にちが少しずれて月に2度来ない時もある。
 そんな満月、特に秋のこの時期が一番とされてきたが、新暦になり本当は10月の月の方が綺麗、これも暦の上でのこと。
 現在はまだ30度前後と暑くて、空もそんなに高くなく月も綺麗だとは思えないが、実際は暦の上では中秋の名月なのだ。
 昔みたいに風情は無くなったしまった様だが、それでもこの日の月を見出る人も多い、もう少し涼しくなればもっと実感が湧くのだが。
 そんな愚痴を言っていても仕方がないが、私はお月見と来れば子供の頃を思い出すのもので、何故かと言えばお供え物。
 我々子供の頃はおおらかな時代、お月見のお供え物をこっそりと頂く事、つまりお供え物を盗むのだが、これは風習みたいなものだ。
 SANY7766.JPGこの日はお月見のお供え物はこっそりと取って来ても怒られないもので、むしろ子供たちの楽しみの一つとして認められて来たもの。
 どの家でも子供が取り易い様に縁側に出しておくので、子供たちも取り易く各家を回ってお供え物を取り歩いたものだ。
 そして子供たちみんなが集まってお供え物を楽しく頂くのが決まり、そんな風習が懐かしい中秋の名月、今日は綺麗に見えるだろうか。
 童心に戻ってこの日の月を眺めるのが現在、歳をとった自分でもあるが、昔の事が思い出されるのも月日の流れなのか。
  
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2018年09月23日

定番

    古時計の定番

 SANY6556.JPG古時計と言えば八角型の時計と四つ丸達磨、言わずと知れた定番の古時計だ、古時計を始める人は誰しもこの道を通る。
 八角の古時計、日本人には古時計と言えば八角型の時計と決まっていたもの、何処の家にもあった時計であり、頭の中に摺り込まれているのだ。
 何故だか知らないが、知らないうちに染み込んでいるから、古時計と聞けば八角型の時計が頭に浮かぶ、これが一般的な人。
 殆どの人が古時計と聞かれれば、躊躇なく八角と口にするもの、考えなくても直ぐに答えが出て来るから面白い。
 これは年配者になればなるほど高くなり、最近の若い人に聞いても、その答えは八角と答えが返って来るが年配者のパーセントよりは遥かに少ない。
この差は何かと言えば、最近の時計事情に原因があり、今時の時計は八角型のものは少ないのが影響しているのだ。DSCN0670.JPG
 今はクオーツの時代、電池で動く時計が主流、その形はいろいろなものがあり、八角とは限らないからであり、摺り込まれる形が其々だから。
 だから今時の若い人は古時計と聞かれても、中々八角型とは言わないもの、それ位現代の時計事情は変わって来ているのだと思う。
 年配者と若者、それぞれの時代に合った答えが返って来るから、人の頭の中に摺り込まれるものは時代によって変わるものだ。
 その古時計、八角型の時計に付いているガラスの模様、之もまた定番の柄が存在しており、年配者に聞いてみるとやはり同じ答えが。
 どんな物なのか具体的に書いて貰うと、殆どの人が菱形のような絵を描く、細かな所は多少違うものであるが、全体像は大体同じだDSCN0766.JPG
 それも簡単に描く人も居るから驚くもので、八角型の時計にハマっている模様を描かれるのだが、これもやはり記憶の中にあると言えよう。
 何げなく見て居た古時計の形は確実に頭の中に摺り込まれ、それが一気に出て来るから不思議、それは八角の時計に限った事ではない。
 人気の四つ丸達磨も同じような状態の答えが、先ず達磨時計の形はと聞けば、四つ丸達磨を描くから驚くのだ。
 勿論年配者に多いが、若い人でも達磨時計は知っているらしく、四つ丸達磨を描く、細部的に少しは違うが、殆ど四つ丸達磨だ。

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2018年09月22日

電笠は好きかと

    友人からの電話

SANY2874.JPG 携帯に友人から電話で突然電笠はは好きかと言う、「何の話だと聞けば、後で話す」とだけ、突然に電話して来てこれだ。この友人は何時でもこのスタイルで電話して来るから、別に驚きはしないが、セッカチな性格の男だと思う。人の事は言えない、私もそちらの部類、セッカチではないが早く知りたいと思うのは同じ、だから奴の事も理解できる。
 後日彼がやって来て、電笠を持参、如何したのかと聞けば、彼の友人家が取り壊しに合い、そこにあった電笠を貰って来たのだと言う。
 聞けば旧家であったが、長年空き家であったが取り壊す事に、その際電笠を外して取っていたとの事らしく、それを見つけた友人が貰って来たらしい。
 私の家に付いている電笠を何時も見ているから、そこで見た電笠を気に掛けて、その人から貰ってきたと言うのだ。
 一時期電笠はブームとなり、高い値段で売買されていた事も、しかし最近では電笠も下火になり、値段も下がった。

 別に電笠を欲しくて買うのではなく、インテリアとして使うのが目的、しかし良いものは高くて買えないから、そこそこで良い。
SANY2877.JPG 新しい物もアンティーク調のものが多く出回っているから、そちらの方を使えば使えるのだが、やっぱり古い物が良い。
 新しい物は綺麗すぎて趣が無く、気泡の入った少しくすんだガラスが良いので、新しい物は買うつもりもないのだ。
 古くて安い物でも良いものもあり、それを見つけて買い込み、家で使うくらいで、集めるつもりはないのだが。
 友人たちは何時も「お前の家は暗い」と言うのだが、彼らにしてみれば我が家は暗いと思う、蛍光灯は余り使わないから。
 白熱灯を使っているために、彼らからすれば暗いと、そして古い電笠を使っているから尚更の事、彼らの指摘は正しい。
 私に言わせれば、今の家は全体が明るすぎ、そんなに明るくしなくても良いと思うのだが、今の人は明るい方が良いらしい。
 ある人に言わせれば、今の若い人は暗いと落ち着かないとも言う事らしく、暗いのは苦手らしいとも言うのだが。 
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2018年09月21日

ノベルティー

    リアルな表現

DSCN1839.JPG 戦前戦後、瀬戸で製造された陶器、外貨獲得に大いに貢献したが、特に戦後日本の経済を引っ張り上げた事は事実。アメリカ向けの輸出が拡大して行き、その中にノベルティーと呼ばれる焼き物が大いに活躍、一躍表舞台に躍り出る事に。元々瀬戸の置物は鎌倉以前から造られていたと言われ、狛犬や人形などが手び練りで造られていたようだ。
 特に狛犬は多くの社寺に収められており、全国に残っているもので、瀬戸の焼き物を広める役割を果たしていた。 この狛犬、時代によって形を変えて造られ、どの時代に造られたものかを知る上でも役に立っている。

DSCN1843.JPG 狛犬の姿は非常に多種多様で、勿論作者の意向によるもの、独特の姿をした狛犬もあり、狛犬愛好家も多いと言う。特に古い狛犬は表情も豊かで、面白い顔をした狛犬に人気が集中していると言う、これも瀬戸ならでは。そんな狛犬も江戸時代中に入ると、さらに需要が増して社寺に多く収められ、人々の信仰の深さと結び付くことになる。
 この様にして瀬戸の置物は発達を遂げて行き、幕末になると招き猫や、福助、オカメなどの置物に変わって行く。その上、郷土人形や招き猫などが人気となり、製造するとこも多く、それだけ需要があったと言う事だと思う。

 DSCN1841.JPGそんなころ明治6年ウイーンで開催された万国博で、石膏型から置物を造り出す技術を日本の持って帰る これが切っ掛けで瀬戸のノベルティーは飛躍的に進歩することになり、石膏型が一気に導入され、今までのものよりも優れた人形や置物が出来るようになる。 この頃になるとドイツの優れた人形を研究し、瀬戸の石膏型はより細密的なものが出来るようになり、マイセンに近づいていた 明治後期には万国博に出品され、海外から高い評価を得る事となり、輸出にも拍車がかかるが小規模の生産であった 生産が大きくなるのは昭和に入ってからの事、其のころには石膏型の技術もマイセンに劣る事のないものであった。
 第二次世界大戦後、アメリカから大量の注文が入り、生産も急速に発展、工場も大型化し、海外からの注文に応じるようになる。

DSCN1842.JPG
 次第に置物や人形もより細密化し、何よりも大型化して行く事になるのだが、大型化すればするほど問題も大きくなる。 当然の事ロスも多くなり、焼き物がゆえに焼いて見なければ分からない事も、窯から出して見ないと何とも言えないのだ。 写真の置物、高さはさほど高くはなく、何処が難しいかと言えば、尻尾の部分であり、その長さ40センチ以上。 この尻尾が難題で、焼くまでに乾燥段階で垂れてしまう事に、そして窯に入れて焼くのだが、焼いてみると尻尾が垂れたり、ヒビが入ったりと難題であった 全体のクジャクの大きさは70センチと大きく、これだけの置物を焼くには技術的にも難しく、ロスも出るのである。
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2018年09月20日

風鎮

      掛軸には必要

SANY6615.JPG 床の間に掛かる掛軸、その掛軸に必要とされる物に「風鎮」があり、掛軸を風などから痛まないように、掛軸の軸にぶらされて使用するもの。
 風鎮とは、現代人には馴染みの薄い物かもしれないが、床の間に掛ける軸には必要な錘、風やしわから守る為に考え出された錘とも言うべき物である。
 掛軸が中国より渡来するのは、平安時代とされているが、当時は仏教の曼荼羅図を床の間に掛け、儀式用に使用されていたようで、一般庶民には遠い物であった。
 室町時代に入ると、建築様式が変わり、床の間が出来るようになり、この様な形式の建物が多く作られる様になり、床の間に飾る掛軸が必要になる。

 この掛軸の普及により、掛軸を風から守る為に風鎮が作られ、徐々に広まり、やがて掛軸を飾るときには必ず風鎮を下げるようになり、需要とSANY1728.JPG共に風鎮も発達する。
 初めは単に風から掛軸を守る為に作られた、シンプルな風鎮であったが、やがてあちこちで造られるうちに、装飾性の高い物ができるようになる。
 この風鎮、風やしわを伸ばす為に考え出された物だが、その後装飾性の高い物となって行き、季節感のある題材を取り入れ、また其処の主人の趣味や美意識まで敏感に反応する物となって行く。
 風鎮1つ取り上げても、その人の美的感覚が試されると同時に、その場の来客者の心を慰める役目も果たす、重要な演出する物であり、様々な衣装が施され、派手になったのであった。
 写真は、今頃の季節に合わせて使用される風鎮、形も図柄も色々とあり、又産地によっても材質や色彩の違いがあり、季節感と合間って種類が豊富である。
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2018年09月19日

明治の時計店

    今欲しいものが
 SANY6663_1.JPG明治時代の時計店、どの様な状態であったのか知りたいのは誰しも同じ、しかし中々当時の資料が少ない。
 外形は写真などでも紹介されているから、探そうと思えば探せない事はないが、店内の様子は中々難しい。
 当時の時計商はどの様に時計を販売していたのか、興味のある人が多いと思うが、実態はやぶの中である。
 少ない資料の中、店内の写真もあるにはあるが、小さくて全体の様子が分からなくて、漠然として映っているだけのもの。
 今回の写真はそんな中、興味の多い資料と思われ、今でも欲しいと思う時計が多く写っているもの、よだれが出そうである。 そんな時計商、我々が想像していた以上に外国製の時計も多く、ビックリする内容、流石に明治の時計商だ。
 当時の時計商は莫大な利益を得ていた事はよく知られており、服部金太郎の様に成金の店主が多く存在したのだ。
 
 当時の時計商と一口に言うが、現在で言う商社的存在であったようで、西洋時計だけを扱うのではなく、勿論大小の違いはあるが、総合的な商品を扱い、幅広い消費者の要求に答えて、数多くの商品を扱っていたのだ。
 そんな店内の写真を良く見ると、こんな物までと思うものが扱っていたのかと感じられ、興味深い事実である。
SANY6658.JPG 我々がえがく時計商は想像以上時計の種類を多く扱っていたものと思う、例えば掛時計や置時計、懐中時計、日時計など種類も様々な時計。
 それが当時の時計商と言うイメージであるが、実際の写真を見るに、その思いは砕かれてしまう事になる。
 確かに壁いっぱいに掛け時計が陳列されている事は確か、頭に描いていた通りの光景、これぞ時計商と思う。
 しかしよく見ると、手前に自転車が写っているのにビックリ、時計とどんな関係があるのかと思ってしまうのだ。
それだけではない、陳列台の上には蓄音機が並んでいる事だ、楽器屋では無い筈であり、何で蓄音機なのかと。
 見れば見るほど不思議な光景であるのだ、テーブルの上には扇風機らしきものが、その光景はヤッパリ意外で壁の時計の中には今欲しい時計が数々あり、大きな時計商は思っていた以上に商品が多い事に驚くほかはない。



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2018年09月18日

灯りの個性

    色々なタイプの灯り

SANY8266.JPG アンティークなランプシェードが人気、少し前から盛んになって来たようだが、それは若い女性たちが仕掛け人。
 現代の灯りでは物足りなくて、アンティークな灯りに魅せられたと言う事、彼女たちは自分好みの灯りを探している。
 日本の灯りは部屋全体を明るくするタイプ、外国人に言わせれば「日本人は何で工場みたいな灯りを使うのか」と言うのだ。
 私もそんな話を直接聞いたこともあるのだが、日本の人は明るい事が良い事と思っているが、外国の人は部分照明に慣れている。
 部屋全体を明るくするのではなく、必要な所に灯りを付ける、そんな灯りの付け方が普通に行われているのだ。SANY8265.JPG
 やはり彼らに言わせれば工場みたいの所で生活したくないと、自分の家までそんなに明るくする必要はなく、いる処だけあればよいと。
 部屋全体が明るい場所に慣れてしまった日本人、どの家も明るく生活はしやすいが、ムード的には今一であると思う。
 そんな事に気が付いた若い女性たちは、自分に合った個性的に灯りを探して、そんな事でアンティークな灯りに目が向く。
 少し前に流行ったアンティークブーム、しかし今回のブームはそれと少し違っているようで、我も我もと言う事ではなく、静かなブームである。
 それは安くて良いものを、そして何よりも自分好みの物をと言う、以前は良いものをより豪華に、それが全くの違いだ。SANY7664.JPG
 豪華なものではなく、良いものを探す楽しみも、自分好みの灯りを探す楽しみも含めてのブームであるのだと思う。
 だから彼女たちの目は確か、じっくりと見極めた上でないと買わないし、高くても買わないので、中々難しいのだ。
 写真のアンティークランプ、実用的なもので、以前のような豪華なものではなく、大衆的なランプばかり。 しかも安いものが多い、自分の部屋に合うものを探す、部屋に合わないものは買わない、堅実派の彼女たちである。
 今日も何処かのアンティークショップを、探し続けているのだろうと、そんな気がする今日この頃の動きだ。
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2018年09月17日

瀬戸の招き猫31

    どれが古いのか  

 招き猫、古くから造られて来た招き猫だが、実際に手に取ってみるにどれが一番古いのか分からないのだ。DSCN1121.JPG 勿論色々な形の招き猫が存在しており、形で古い物なのか、新しいものなのかは判別しにくい、製造された年代を知るにはどうしたら良いのか、何時の時代に造られたものなのか知りたい。
 招き猫はそれぞれに時代の特徴も見えて来るものなのだが、それには多くのものを比較しないと判別に苦しむ。
  実際にどれが古い物なのかは手に取ってみるのが一番、よく言われるのが古い時代の招き猫はキツネみたいな顔をしていると。
  新しくなるにつれて、段々と招き猫の顔も丸くなってくると言われている、確かに古い物は動物的な顔をしており、現代の招き猫は優しい顔をしているものだ。
SANY0893.JPG しかしそれだけでは古い物だと言う確証はなく、他に判別できるものは何か、その一つが三毛猫の模様にあると言うが、古い物と新しいものの区別が分かり易いとも言うのだが、それが何んなのか。  
 実は三毛猫の模様が古い物は白黒で、三毛猫の模様になっていないと言う、一番古い形の招き猫は、伏見人形の猫と同じで、白と黒の猫と決まっているのだ。
 それが何時の時代か知らないが、三毛猫の模様になり、今では三毛猫が当たり前になって、そして新しい三毛猫の模様は図案化したようなハッキリと判で押した様な模様となっているが、古い招き猫の模様は刷毛で描いている様な模様だから、違いが分かり易い。
 DSCN0141.JPG一番下の写真は新しいもので、三毛猫の模様が判で押したようにはっきりとした模様となっているもの、古い招き猫の彩色の仕方は筆で描いたものであるが、新しい招き猫の模様は判で押したように見えるもの。
 勿論ほかの所も違いはあるが、一見して判断できるところがそれ、知らない人でも判別できると思う、専門的な事を言えば磁器の素材が全く違うから、生地の色の違いが明らかになっているが、それを見るのも判断の材料だと言う。
 やっぱりよく観察しないと、新旧のものは判別できないと言う事なのか、数多くの古い招き猫を見る事だと言う。
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2018年09月16日

明治のカタログ

      吉沼商店に見る明治
 
 吉沼又右エ門、明治初期早くから時計商として店を起こし、西洋時計製造も行った実業家、彼には色々な逸話も残っている立志上の人物。
 東京日本橋に店を構え、一時期の時計製造者として名を馳せ、吉沼時計、東京時計と会社を興し、商店も2店舗を保有していた経営者でもある。
 彼は明治期の時計商だけでなく、経営者としても先見性を持った人物、西洋時計を早くから仕入れ、時計販売で財をなし、時計製造に進んだ人物。
 この明治時期の人物の辿った典型的経営者といえ、西洋物を商いして成功したが、手を広げすぎて失敗、後に横浜に退くこととなるのだが、全盛期は時計塔を有した建物で人気を博した。
 その吉沼商店の営業便覧から、その時代が見えて来るようだが、西洋文明に憧れた日本が其処にはあり、今の我々とは少し違った舶来志向がある。
 この営業便覧、明治34年のもの、当時のカタログは少なく、中々程度の良いものは残っていないので、史料価値としては高いものである。

 吉沼商店はこの時期既に西洋時計製造から離れつつあり、時計商と言うよりも貿易商と言った方が良いかも知れないが、呼び名は兎も角、その中身を見ると面白い事に。
 今の我々の感覚であれば西洋時計と言えばボンボン時計と思ってしまうが、カタログの最初に出て来るのは懐中時計、それも金時計が1番最初に出てくる。
 これは当時掛時計よりも懐中時計の方が人気があった事を伺わせているもので、如何に当時の人が懐中時計に憧れていたかが分かるものだ。
 店の内を見ると掛時計で一杯の様子だが、これはデスプレイ用か、それとも客引きの為の時計か、色々な掛時計が掛けてある様子が見える。

 吉沼商店自身の製造した時計も当然あるわけで、それが中心であると思っていたが、意外や意外、それよりも懐中時計が中心のカタログ。
 そして懐中時計だけでなく西洋物のカタログが満載、メガメであったり望遠鏡であったり、幻灯機であったりと、種類の多さに驚くのだ。
 まさに貿易商と言ってよいもの、カタログがそれを物語っており、中には英語で説明文がかかれた場所もあり、日本にだけでなく輸出もしていたようである。
 当時のカタログに英語が書かれているのも、如何にも明治と思わせるものでもあるが、実際はどうであったのか、その他にも美術品のページもあり、今の百貨店。
 当時の日本人が憧れていて物が、このカタログで全部揃うのではなかろうかと思わせ、吉沼又右エ門が手広く商売をしていた証しだと思う。
 カタログ1つで明治当時の時代が見えて来るのも、非常に面白いこと、思っていた以上に明治時代は西洋化が進んでいたようだ。
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2018年09月15日

蕎麦屋の顔3

    やっぱり木の看板
 
 SANY2854.JPG蕎麦屋の看板、その店の命とも言える看板、外から眺めて店のイメージが湧いてくる看板、食べたくなる看板だ。
 蕎麦通ならずとも蕎麦屋の看板は目につく、自然と目に入ってくれば食べたくなるもの、それが看板かも知れない。
 その店を知らない人でも看板が掲げられ、雰囲気がよさそうと思えば店に入ったしまうもの、私もその一人だ。
 その店を知らなくても、そこが有名店と知らなくとも、ツイツイ看板に引き寄せられて、店の中に入ってしまう。
 いってみれば看板とは人を引き付けなければならないと思うが、それぞれにその趣向もまちまちの蕎麦屋の看板
 木の大きな看板を掲げる店、蕎麦屋の看板は木の看板と暖簾とがあり、何方も蕎麦屋で使われている趣向。
 SANY2900.JPG木の看板を掲げる店は老舗や新しい店との区別はないが、そこに見えて来るのは時代を経てきた店の意地。
 新しい店にも大きな立派な木の看板が上がっているところも、もちろん歴史はない店、それでも木の看板が上がっていることも。
 老舗と新しい店、看板だけでは区別がつかない人、蕎麦通ならば名前でピンと来るものがあるはずだが、はたして。
 この看板、店の軒下に掲げられているものと、店の外に掲げられているものとあり、何方が目を引くかはその人次第。
 店屋には、その店その店の流儀があり、それを大切に守っているのも老舗、それを感じられるかも蕎麦好きSANY2899.JPGには求められるのだ。
 そんな木の看板、昔ながらの伝統にのっとった看板もあれば、現代的な看板もあり、それを見るのも楽しみの一つ。
 その店が何を求めているのか、感じ取れれば蕎麦通の力量か、それを分かって店屋も看板を掲げているのか。
 写真は二通りの看板の出し方、軒先に掲げているものと、店の外に掲げている看板とが、何方が蕎麦通を引き付けるのか。
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2018年09月14日

ヤッパリ蚤の市

    見るだけでもSANY3056.JPG
 古時計愛好家にとって蚤の市ほど楽しいものはなく、行く前から何が出ているのかと想像してしまう。
 行く前から何かあったらどうしようか、あまり高くては買えないとか、値段は安いだろうかとか、勝手に考えてしまう。
 何が在るのか分からないうちに、勝手に想像、行ってもないのに想像ばかりが先に立つ。
 こんな経験をされた事があるのでは、私なんぞは何時もこんな状態、行く前から勝手に想像するのだ。
 蚤の市とはそんなもので、実際に現場に行くと何もない時が多いが、それでも楽しい事には変わりない。
 逆に珍しいものがあった時などは焦ってしまい、鐘の計算が先に立つ、いくらなら買えるのかと。
 SANY2964.JPG
 実際に良い物が目の前にあった時は、そわそわして行く前と別人のように、こんな事も日常茶飯事だ。
 良い物があけば、あったで大騒ぎ、実にだらしないもの、我ながら反省しきりだが、良い物は良い。
 この様な事は蚤の市ではそんなにある事ではないが、ある時にはあるもので、続けてあるときも。
 そなん時に金がない時もあり、さみしい思いをする事に、しかしそれが現実で、何ともしがたい時も。
 何時でもお金があるわけでもないので、むしろお金がない方が多く、良い物があっても手が出ないのが普通。
 
 しかし蚤の市は見て回るだけでも楽しい事には変わりなく、どんな物があるのかと期待して行くのだ。
 そしてもう一つが店主との出会い、偶然に出会った人も、古時計を通して仲良くなり、長い付き合いも。
 SANY2970.JPGなんだか馬が合い、長年の付き合いをしているのも蚤の市の店主、私も当時の蚤の市に出している店主と30年も付き合いをしている。
 気楽な付き合いであり、縁日のたびに合う事に、そして古時計の情報を詳しく知らせてもくれる仲。
 蚤の市ならではの付き合い、変な気づかいをすることもなく、自然な買い手と売り手、あくまでもシビアな仲だ。
 それがたまらなく良いもの、気楽が一番長続きするのだが、蚤の市ならではと思うし、それが一番だ。



















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2018年09月13日

ネットの落とし穴

      またやられた

 マタマタやられましたネットで、前にも話したかと思いますがネットでの買い物、友人が買ってくれたフランス枕の時計、中国製の安物で友人に怒ったが、今度もまたやられてしまった。
 SANY3140.JPG最近の事ネットを見ていたら、偶然にもカフスボタンが画面に出てきてしまったので、何気なしにカフスボタンを見れば、写真のできが良く、如何にも高級品に見えてしまった。
 早速、内容をチェックしてみたら、文面にカナダにて25.000円で購入したが、使わないので格安にとの文字が目に飛び込こみ、ツイツイ入札してもらった。
 スタート500円とやはり格安の出品、何処まで上がるか知れず、一先ず入札して置けばよいと、友人に1000円で入札して貰う、その後このカフスボタンの事も、入札した事も忘れていたが、先方より連絡メールが入っていたらしい。
 後日、友人がカフスを持って現れ、「550円で落ちたが何でこんな物を入札したのだ」と云う、カフスの事などすっかり忘れていたので、「落ちたんだ」と言うと。

 早速、包装を解き中身を調べるが、出てきたカフスはうすっぺらな物、如何にも安物といった感じ、其れを見た友人「この前俺が買ってやった物より最悪だなぁー」と嫌味。
 確かにその通りで、如何にも安物と見える代物、黒い部分はオニキスと自分で勝手に理解していたのが、プラスチックのカバーであり、友人其れを見て「これがオニキスとはお前の目は確かか」とマタマタ嫌味。
 SANY3141.JPGSANY3143.JPGそれにしても、又やってしまったと自分でも情けない思い、カナダコインとは以前にも時計で失敗、余程カナダコインは私にとって縁起が悪いらしく、2度3度と祟るらしい。
 ネットの説明にツイツイ25.000円のものなら大丈夫と、良く写真を見なかった自分が悪いが、ネットの落とし穴にズッポリと落ちた思い。
 友人いわく、「自分で深く反省するように」と言って、カフスボタンを置いて帰っていったが、その嫌味を教訓として今度は騙されまいと反省しきり。
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2018年09月12日

クルミ

    国産はごくわずか

DSCN1165.JPG くるみ、食用として使用されているものは殆ど外国産のもの、国産のクルミは全体の極わずかなものしかないと言われている。
 今や外国産のクルミが殆ど使用されており、菓子や油などに使われているのが実状であるが、国産のクルミも存在している。
 日本で一番多く栽培されているのが長野県であり、東卸町がその生産地、他にも全国で栽培されてはいるが量的には少ない。
 近年クルミの使用量は大きくなってきたが、外国から輸入されてものが使用されているようで、主にアメリカなどから入って来ている。
 クルミはビタミンを多く持っている食べ物で、栄養価の高い食べ物であり、油としても利用価値が高いものである。
 現代人は菓子などにして食べているが、古代においては食料として食べていたようで、縄文時代には既に食用であった。DSCN1167.JPG
 クルミの種類は多くあるが、食用となるものはカシクルミ、鬼クルミ、姫クルミ、シナノクルミなどであると言われている。
 クルミはどんな風に生っているものなのか、良く知らない人が多いが、市場に出ているものは種子の部分であるのだ。
 形としては梅干しの種に良く似たもの、勿論もっと大きなものであるが、梅干しの種同様に硬いからで覆われている。
 鬼クルミと呼ばれているクルミは、表面がごつごつしており、側も硬いものであるが、中身は大きくて取り出しやすい。
 もともとは梅と良く似た実となるが、外側を食べれないもので、水に漬けたりして外の側を取り除き、綺麗にしてからでないと食べれない。
 勿論乾燥させてから食べるものなのだが、食べる際は硬い殻を割らなくてはならず、一つ一つ割って中身を取り出すのだ。DSCN1169.JPG
 よくカラスが道路上に置いて、車に押しつぶされたものを食べているのを見るが、カラスの賢い食べ方でもある。
 自分では取り出せない事を知っており、車にひかせるのだが、実に効率よく食べている事が分かり、頭のいい証拠でもある。
 我々は金槌などでたたいて殻を割り、中身を取り出しているが、もう一つは2、3個手の中に握り、コリコリと回す事により、握力や頭脳低下を防ぐ働きがあるらしい。
 写真のクルミ、手の中でコリコリしている間に、角が取れ黒く艶のあるものに変化し、はじめのものと比べると輝きも増している。
 上がコリコリとしたもの、下はそのままの状態のもの、色の違いが歴然としている事が分かるだろうか。

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2018年09月11日

好きな田中コレクション

    何処の時計か DSCN1160.JPG
 田中コレクション、精工舎の古時計が中心のコレクション、精工舎の古時計は自慢するだけの事はあり充実している。
 確かに数も多いが種類も色々とあり、精工舎好きの人にとっては堪らないコレクション、これだけ集まると面白い。
 何でもそうだけど、数が多いとそれだけで迫力も増す、数が多いと言う事はそれだけ種類も多くなる。
 数の力であるが、それが又励みにもなるもので、もっと充実したいと思ってしまう事に、それもまた力である。
 勿論精工舎の古時計を多く集めたいと思って買い求めたもの、しかし精工舎が無い時には他の古時計も買いたくなる。
 DSCN1161.JPG私もそうだが、田中さんも又同じようで、他社の古時計に手を出してしまうので、知らない古時計が集まって来る。
 意図的に買い込んだものでは無く、何か欲しいとツイツイ思い、結果は別古時計を買い求めてしまうのだと言う。
 そんな事で集まった来た古時計の中には、何処の古時計が分からないものも多い、自分でも知らないで買い込んだものだ。
 精工舎以外は意識して買い込んでない事が逆に面白いもを買っていると思う、それが偶然に良いものを手に入れているが、その田中コレクションの中から、私なりに見つけた古時計を紹介しているが、今回の古時計もその内の一つ。
 DSCN1159.JPGアメリカ製の時計をモデルに製造されたものだが、何処となく日本的な香りがし、そして少し変である。
 この時計ボストンタイプの時計をモデルにしたと思われ、外形は確かに良く似ているが、やっぱり少し変だ。
 ボストンタイプはもう少し長い形のもの、振り子室の扉部分がもっと長くて、ガラス窓も長いもの、しかしこれは非常に短い。
 短いと言うよりも半分ほどしかないもの、何処となくバランスが悪くて、スッキリとしたデザインではないのだ。
 ボストンタイプの時計は長身でバランスが良く、スッキリとしたデザインが特徴の時計、しかしこれは短身だ。
上部の文字盤部分は同じような形であるが、振り子室の部分が小さくてバランスが悪く、途中で切り捨てた感じ。
 デザイン的にも良くないが、何処となく親しみ易さがあり、アンバランスゆえに面白い時計となっている。
 振り子が普通は細長いものが付くが、この時計は変形型の少し凝った振り子、いずれにしても変わった時計で面白い。
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