2018年09月07日

個性の表し方

    それぞれに違うもの

 SANY7222.JPG古時計には個性を強くあらわしたものが存在しており、それを変形型と呼んでいるようだが、製造者の意図も存在している。
 過当競争を勝ち抜くために、色々な形で個性を前面に打ち出す事によって、他社との違いを際立たせるために作られたと思う。
 普通のものと違う時計を求めようとする人たちに向け、製造者は思案した上、個性をどの様に表現するか、やはり苦労したと思うが。
 現在残っている古時計を見て、当時の担当者が如何に考えた末に、商品として造り出したものと思えるが、そこには切羽詰まった事情もあった。
 今の世の中でも同じように、他社との住み分けを如何にして表すか、それが販売に役立つのか、市場の動向如何である。
 売れるか、売れないか、販売を拡大するために新たな物を造り出したが、売れなければ自分の首を絞める事になる。
 良いものを開発して市場に提供する事が、新たな物を造ったが故に失敗、それが即経営に響く事は十分理解している。
 
 DSCN2125.JPGしかし、新たなものを提供する事は博打に近い、当たらなければならないものが、思い通りになるかは未知数である。
 当時のカタログを見ても、変形時計は数か少なく、一種独特のものだと感じるが、それを得意とした製造会社も存在した。
 あえて他社が造り出さないものを、果敢に製造する逆手商売、その為に市場の動向を見極めて、売り出したのだ。
 大量生産ではなく、少量で変化の大きなものを製造、種類を増やす事により、職人の力量が前面に出る。  少しの改造で全く違った時計を生み出すこと、コスト面も重要な要素であり、手間のかかる仕事は禁物でもあったようだ。
 コスト高では市場に打ち勝つ事は出来ないから、材質にしても、手間のかからなくて、それでいて個性を出すのは大変。
 写真の様に他とは少し違ったものを、簡単に製造できるように工夫、職人の意地と力量が表れているもの、普通の物と少し違うものに変化する、こんな小さな事も他社との違いを表したものなのだと思う。
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おもしろい

      あ そ び 心
SANY1410.JPG
 時計は時間を計るもの、正確でなければ意味をなさないもの、機械的で正確無比なものと、時計に対する認識は人様々であるが、時を計るものである事には違いない。
 時計は機械仕掛けの冷たい物であり、血が通う物ではなく歯車のかたまり、意思も無くただひたすら時を計り、正確である事が要求される物と皆思っている。
 古来より素材が辰で出来ているから、冷たくて無機質な冷たい感じがして、温かみの無いものであり、それが時計のイメージで出来上がっているからこそ、時計でもあると言う人も居る。
 やっぱり時計のイメージは硬くて、冷たくて、其れでいて正確無比、これが時計の全体的イメージであり、温かみのある時計は要求されていないのか。

 嫌々そうではなく、温かみがあり尚且つ面白い時計があるが、其れは玩具の時計、少し前の20数年のもの、写真の時計が其の1つであり、実に面白いもの。SANY1407.JPGSANY1414.JPG
 プラスチック製のチャチな玩具の時計だけど、この時計遊び心が一杯で実に面白い仕掛けが、本体が棺おけと時計の常識を覆して、子供の玩具とも思えないもの。
 本体左下の止めボタンを外すと、ドラキュラーが飛び出してくる仕掛け、バカバカしい仕掛けであるが、これが面白い物に出来ており、時計の概念を根底から覆している。
 時計と棺おけ、この2つが結びつく事こそ実に愉快、普通の考え方ではマッチングしないもの、子供の玩具にしても頭が軟らかくなければ、こんな時計は作れない。
 発想もユニークなら、仕掛けもユニーク、ドラキュラーが生き返る仕組みは面白くて、傑作であり時計を遊びとして取り入れた新しい感覚のものである。
 やっぱり時計は遊び心が無ければ面白くなく、又時間だけを計る道具であっては勿体なく、其処に遊び心が無ければ、持ち歩く楽しみに欠ける。
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2018年09月06日

こだわり

      ハートH精工所

 SANY6124.JPG明治期の時計製造所の中で特異な体質を持っていた会社、ハートH精工所がそれであり、この会社、時計業界でも特殊な位置に居た時計製造会社だ。
 名古屋地域の時計激戦区で、その存在感を示した時計製造会社だが、何が特殊だと言うと、デザイン性と先見性、この2つを持ち合わせた会社であった事。
 時計製造の激戦区名古屋で生き残ってゆく為に、進んで新しい事をやってのけた時計製造会社であり、経営者長谷川与吉の拘りかもしれない。
 彼、長谷川与吉はハートH精工所を立ち上げてから、先行する時計製造会社に追いつく為、数々の政策を打ち出しているのだが。

 1番の拘りは会社のトレードマーク、当時ハイカラであったと思われるハート、このハートを自社のロゴマークとした事、これだけでも意気込みが違うと思う。
 ハートは心臓とも言われ、真心として偽りの無いものを造るとの信念、それを形としたのがハートのトレードマーク、以後文字盤にはハートH精工所の証しとして付けられている。
 このハートH精工所、数々の変わった時計を製造し事でも有名な会社、古時計愛好家にとっては是非一台は手に入れたい時計の1つ。
 普通の時計もさることながら、変形型で有名な時計製造会社の筆頭格、1番有名なのは有栖川宮家お買い上げのバイオリン型の時計。
 この時計、欅の一枚板を使用、美しい木目を表面に出し、時計ではタブーとされた一枚板、それをあえて使用したもの、随所に拘りの造りを出している時計でもある。
 全体に美しいラインをまとい、バイオリンの形を上手く時計にしたもの、デザインもさることながら、やっぱり欅の木目、この美しさが光る時計だ。

 SANY4458.JPGそこがハートH精工所の拘り、他の時計会社がやらない事を実行、コストがかかる事を承知の上で欅の板を使用する事、これが拘りだ。
 同時期に製造された富士山型の時計、これも欅の一枚板を使用している点もバイオリン型と同じ、あえて一枚板に拘ったものだ。
 その他にも連続ハート型の時計、この時計も自社のトレードマークをデザイン、欅の板を使用して自社のハートを造り出して時計としている。
 あくまでも他社との差別化を計る事に専念した、長谷川与吉の拘りと言えようが、製造した職人たちにもその拘りが見て取れる時計でもある。
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2018年09月05日

無理難題

      貯  金  箱
 
 招き猫、一般に招き猫の形はと問われれば、大抵の人はこの形の招き猫を思い浮かべるのではないだろうか、古くから招き猫の形は様々ある。 SANY0267.JPG
 招き猫は本来人を呼ぶと言われているから、商売繁盛を願った商売人の人々に好まれ、厄除けとも絡み縁起の良い物であるとの評価を得ていた。
 其れがいつの間にか、お金にまつわる招き猫にされ、その上右手を挙げれば金が入ってくるし、左手を挙げれば人が入ってくると、勝手にこじつけられ、本来の謂れとは関係のない物になってしまった。
 それだけでは収まらず、今度は両手まで挙げさせられ、金と人を両手に掴むように指示までされ、招き猫もさぞかし迷惑な話であり、口が利ければ「いい加減にしろ」と大声で怒鳴るはずだ。
 人間様の欲望で、姿かたちまで曲げられて、その上使命まで課せられては、たまったものではないが、人間様は言う事を聞いてくれない浅はかな動物。

 持ち物に関しても又、勝手に分けのわからないものを持たせられ、何も持っていない時よりは、次から次へと違った物を持つように要求してくる始末。
 はじめは小さな小判を持つように要求され、それが次第に大きくなり、千両小判に発展、そして万両小判に、更に更に発展し億に成ると言う恥ずかしさ。
 其れで終わりではなく、釣り座を持たされ、その上鯛を抱え込むように要求、そのほか色々な物を持たされて、「何故こんな物を持つのか」と聞きたい。
 極めつけは、私の頭に穴をあけ、其処から硬貨を次から次へと投げ込む、只得さえ重い物を持たされているから、之が重労働であり、休みもくれないで一年中無休である。
 重い硬貨は、私の体中に入り一杯になるまで入れ続けられたら、たまったものではないが、口が利けない私を何処までいじめるのか人間様は。
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2018年09月04日

確認事項

   浜松ミーティング開催

 日時、9月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務 053−465−3666
 時間、11時半開始
 会費、1500円 昼食含む
 尚、今回もオークションを開催いたします、参加ください。

   日本古時計保存協会 事 務 局
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2018年09月03日

珍品花生け

      斬 新 さ

SANY7615.JPG 明治期からの花生けを色々と紹介してきたが、今回の花生けはこの中でも1番斬新なデザインであり、数もそんなに多くないように思えるが、まだ発見されていないからであろか。
 明治から大正に入り、産地も美濃物となり其の形も様々な物になって、時代の流れを感じるがこれも輸出の為であろうが、考え出すのも大変な努力である。
 貿易物は当たれば一攫千金、外れれば倒産の憂き目にもあう、そんな危険を冒して輸出物に活路を見出そうとする意気込みが、この花生けから伝わってくる。
 美濃笠原の製造であるこの花生け、前回紹介した八角のカレンダー付きのものと同じ製造元、其の証拠は裏に付けられたパテントナンバー(実用新案37259)の番号である。

 この番号は大正時代に取られている特許ナンバー、八角のカレンダー付にも同じパテントナンバーがつけられていた事から、製造元も同じであると思われる。
SANY7617.JPG 写真で見ても今までの花生けとはまったく別の物、形もさることながら色彩も派手、文字盤枠の周りは紫色で彩色されており、中には月桂樹の葉っぱらしき物が描かれている。
 全体の色は赤茶の目がさめるような色、そして全体に金彩が施され豪華な仕上げになっているが、それよりも花生けの下部に温度計が付けられている。
 この時代、何故か時計にも温度計の付いた物が製造されているから、当時は温度計が付けられるのが流行であったのか、推測の域であるが、間違いないようである。
 花生けの大きさも、この花生けが1番大きな物であるようで、これより大きな物を私は目にしていないから、何とも言いがたいが多分そうであろう。
 今見ても其の姿は斬新な物であり、当時はどんな感覚でこの花生けを人々は感じたのであろうか、さぞかしこの派手さには驚いたであろうと想像する。
 
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2018年09月02日

瓢箪

      かたちが面白い
SANY8999.JPG瓢箪、うり科の植物、別名胡慮(ころ)とかひさご呼ばれ、この時期1番成長するが、収穫時期はもう少し後の事、今は黄緑色の姿でつるにぶら下がった状態にあるが、次第につるも枯れてくる。
 この瓢箪、古来より栽培されているが食用としてのものではなく、殆どが器として利用する為のもの、世界各地で多く栽培されている植物である。
 種類も色々あるそうだが、日本には小型なものが多いようで愛好家も多いと聞く、その栽培方法は簡単であり、誰でも容易に栽培出来るようだ。
 つる状になって伸びるので、それをうまく誘導してやれば簡単にひょうたんが育つというが、私も子供の頃瓢箪の苗を貰ってきて植えた覚えがある。
 簡単に栽培出来ると言われてやってみたが、結果は確かに生るにはなったが、形の良いものは出来なくて、あちらこちらに傷が出来たものになってしまった。

 要するに実がなり出した時に、他の葉っぱや障害物に当たらないようにしないと、傷物が出来てしまうという事を知らなかったので、出来たものは不恰好の瓢箪であった。
言葉の上では簡単に栽培出来ると言うが、実際にやってみればそんなに簡単なものではなく、形の良い瓢箪を作るのは中々難しいようだ。 良い形の見栄えする瓢箪を収穫するのは大変、多く実っているものの中から形の良いものを選別、そして商品にするまでには手間が掛かるもの。
 まず瓢箪を水に下して暫くすると中のみが腐り、ドロドロの状態になるので、それを取り出して乾燥されるが、成熟してない瓢箪は腐ってしまう。
 また乾燥させるときにしみ等が発生したりと、様々な障害が出て来るので注意して乾燥させ、表面を磨いて成型してゆく、この様にして手間のかかる作業を行う。

 この瓢箪、形から先に広がる末広がりとして古くから縁起の良いものとなり、縁起物とか幸運を齎す物として親しまれたり、無病(六つの瓢箪)と重なり合わせて福を齎すものと喜ばれた。
 戦国の勇、豊臣秀吉がまだ駆け出しの頃、岐阜城攻めのさい瓢箪を竿の先につけて味方に合図、結果岐阜城攻略に成功、織田信長から金の瓢箪を拝領。
 その後戦のたびに手柄を立て、金の瓢箪を増やして行き、千成瓢箪の馬印としたことは有名な話、縁起の良い瓢箪を馬印にした御かげで出世。
 瓢箪のまつわる逸話の最たるものとして出世瓢箪と言われる由縁、この様に瓢箪は縁起のよいものとして人々に愛されてものだ。
 写真瓢箪、我家にあった古いもの、左の瓢箪は親父の形見の瓢箪、右はもう少し古いもので酒を入れて持ち歩いたもの、いずれにしても利用した瓢箪である。
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2018年09月01日

電笠

      オパールセント
SANY1946.JPG
 我家の廊下に下がっているランプ、之を買うために散々歩いた覚えがあり、苦労の末に手に入れたものだが、話は其れで終わらないのが又良い。
 例の如く、友人のお供でイギリスの蚤の市に出掛けた時、友人の仕入ればかりでは面白くないと、自分の気に入った物を買い込むつもりで蚤の市を見て回った。
 高くてよい物は何処にでも売っているもの、お金さえ出せば直ぐに手に入る物も多いが、安くて自分が気に入る物は中々見つからないのは世の常である。

 まして、安くて良い品となるとそうは簡単に出会うものではなく、出会いとは難しいものであり、出会ったとしても手に入るとは限らないもの、何故ならばその時の気分も左右するから。
 其れはこう言うことだ、良いものを見つけ相手と交渉すれど、中々こちらの値段に合わない事と、店主の態度にも左右され、気分よく手に入るものではないのだ。
 交渉過程で、やっと自分の値段になったと思うと、店主の態度がデSANY1949.JPGカクて、売ってやるとの姿勢がアリアリと出た時などは、こちらもそんな態度に出るのであれば買うつもりは無くなってしまう。
 こんな事で色々あり、気に入ったランプを買い込んだのは良かったが、あちこち回るうちに、何処でぶつけたのかランプが割れているのに気付きガッカリ、同じ物を再び見つけるために、蚤の市を歩き回る事に。

 夕暮れ間際にやっと同じ様な物を見つけ、再度値段交渉をし、前の物よりも安く手に入ったが、此処までにどれだけ歩いた事か、このランプの苦い思い出である。
 フラワー型の形の良いランプ、こじんまりとして落ち着いた物、オパールセントと言うガラスで出来たランプ、乳白色にラメ入りの雰囲気のある時代物のランプである。
 オパールセントの入った物は、ややもすると派手で日本の家屋には合わない物もあり、シックな物を探すのも一苦労するもの、それだけに思いもひとしおである。
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