2018年09月14日

ヤッパリ蚤の市

    見るだけでもSANY3056.JPG
 古時計愛好家にとって蚤の市ほど楽しいものはなく、行く前から何が出ているのかと想像してしまう。
 行く前から何かあったらどうしようか、あまり高くては買えないとか、値段は安いだろうかとか、勝手に考えてしまう。
 何が在るのか分からないうちに、勝手に想像、行ってもないのに想像ばかりが先に立つ。
 こんな経験をされた事があるのでは、私なんぞは何時もこんな状態、行く前から勝手に想像するのだ。
 蚤の市とはそんなもので、実際に現場に行くと何もない時が多いが、それでも楽しい事には変わりない。
 逆に珍しいものがあった時などは焦ってしまい、鐘の計算が先に立つ、いくらなら買えるのかと。
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 実際に良い物が目の前にあった時は、そわそわして行く前と別人のように、こんな事も日常茶飯事だ。
 良い物があけば、あったで大騒ぎ、実にだらしないもの、我ながら反省しきりだが、良い物は良い。
 この様な事は蚤の市ではそんなにある事ではないが、ある時にはあるもので、続けてあるときも。
 そなん時に金がない時もあり、さみしい思いをする事に、しかしそれが現実で、何ともしがたい時も。
 何時でもお金があるわけでもないので、むしろお金がない方が多く、良い物があっても手が出ないのが普通。
 
 しかし蚤の市は見て回るだけでも楽しい事には変わりなく、どんな物があるのかと期待して行くのだ。
 そしてもう一つが店主との出会い、偶然に出会った人も、古時計を通して仲良くなり、長い付き合いも。
 SANY2970.JPGなんだか馬が合い、長年の付き合いをしているのも蚤の市の店主、私も当時の蚤の市に出している店主と30年も付き合いをしている。
 気楽な付き合いであり、縁日のたびに合う事に、そして古時計の情報を詳しく知らせてもくれる仲。
 蚤の市ならではの付き合い、変な気づかいをすることもなく、自然な買い手と売り手、あくまでもシビアな仲だ。
 それがたまらなく良いもの、気楽が一番長続きするのだが、蚤の市ならではと思うし、それが一番だ。



















posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記