2018年09月19日

明治の時計店

    今欲しいものが
 SANY6663_1.JPG明治時代の時計店、どの様な状態であったのか知りたいのは誰しも同じ、しかし中々当時の資料が少ない。
 外形は写真などでも紹介されているから、探そうと思えば探せない事はないが、店内の様子は中々難しい。
 当時の時計商はどの様に時計を販売していたのか、興味のある人が多いと思うが、実態はやぶの中である。
 少ない資料の中、店内の写真もあるにはあるが、小さくて全体の様子が分からなくて、漠然として映っているだけのもの。
 今回の写真はそんな中、興味の多い資料と思われ、今でも欲しいと思う時計が多く写っているもの、よだれが出そうである。 そんな時計商、我々が想像していた以上に外国製の時計も多く、ビックリする内容、流石に明治の時計商だ。
 当時の時計商は莫大な利益を得ていた事はよく知られており、服部金太郎の様に成金の店主が多く存在したのだ。
 
 当時の時計商と一口に言うが、現在で言う商社的存在であったようで、西洋時計だけを扱うのではなく、勿論大小の違いはあるが、総合的な商品を扱い、幅広い消費者の要求に答えて、数多くの商品を扱っていたのだ。
 そんな店内の写真を良く見ると、こんな物までと思うものが扱っていたのかと感じられ、興味深い事実である。
SANY6658.JPG 我々がえがく時計商は想像以上時計の種類を多く扱っていたものと思う、例えば掛時計や置時計、懐中時計、日時計など種類も様々な時計。
 それが当時の時計商と言うイメージであるが、実際の写真を見るに、その思いは砕かれてしまう事になる。
 確かに壁いっぱいに掛け時計が陳列されている事は確か、頭に描いていた通りの光景、これぞ時計商と思う。
 しかしよく見ると、手前に自転車が写っているのにビックリ、時計とどんな関係があるのかと思ってしまうのだ。
それだけではない、陳列台の上には蓄音機が並んでいる事だ、楽器屋では無い筈であり、何で蓄音機なのかと。
 見れば見るほど不思議な光景であるのだ、テーブルの上には扇風機らしきものが、その光景はヤッパリ意外で壁の時計の中には今欲しい時計が数々あり、大きな時計商は思っていた以上に商品が多い事に驚くほかはない。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記