2018年10月31日

はじめての驚き

      まだ駆け出しの頃
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 時計を集めだして日が浅い頃、一台の時計と出くわす事に、ある骨董屋に入った途端、目の前に小さな掛時計が目に入った。
 はじめての店であったので何があるのか分からず、興味本位で店に入ったが、この時計と出くわして釘付けとなってしまった。
 今までに見たことも無い時計、しかも小さい、いっぺんで気に入り手に入れようと思ったが、値段を聞いてビックリ、買う気が飛んでしまった。
 今までに買った時計は精々1万円まで、其れが5万円だと言われビックリ、何でそんなに高いのかと思ったが、はじめての店だから自重。
 店の主人曰く「この時計は非常に珍しい時計で数が少ない」と、しかも外国製のもので珍品だと言う、確かに見たところ小さいが機械がすごく良いものだ。
 ラベルには製造元が書いていないが、マークが矢がペケ印になってSANY7399.JPGいるもの、そんなマークはその時は知らなかったので、再度店の主人に聞いてみた。
 すると「ドイツ製の時計だ」と言う、外国製の時計はヤッパリ高いのだと、その時思ったものだが、其れ以来この時計を見かけなかったが、ある時偶然出くわす事に。

 その頃よく行った骨董屋での事、店に入ると先客がいて、何やら物を売りに来ていた様、狭い店なので直ぐに会話が分かり、聞くともなしに聞いてしまった。
 色々なものを持ってきており、親父さんが亡くなり遺品を整理する為に持って来たとの事、その中に時計がチラリと見えた。
 店主と値段の交渉が済み、時計も全部置いてゆき、その人は帰っていったので、直ぐに店主に「その時計欲しいのだが幾ら」と聞いてみた。
 店主「買い取った値段も聞いていたのだから、仕方が無い1万5千円でどう」と言う、そのまま買ってはと思い「1万2千円にして」と言ったみたSANY7385.JPG
 店主「仕方が無いねそれで良いよ」と、かいらくしてくれ、あの時計が手元に入ったので、今一度店主に聞いてみた「この時計はハンブルグ、アメリカン」の時計と教えてくれた。
 確かに小さいが、これよりも日本製の時計でもっと小さな時計がある、しかし中々手に入らないけど、この時計も珍しいのだとも付け加えた。
 はじめて見た時の驚き、そして今手に入れた時の感激、あの頃が1番充実していたような気がするが、今はそんな感動を覚えないのだ、自分が年を取った証拠かもしれない。
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蜂屋柿

      青空にぽつりと1つ残し柿。

SANY8185.JPG そろそろ寒い冬が訪れ、この時期の楽しみが干し柿であるが、日本全国で干し柿が生産されて地方の特産品となり、我々干し柿好きの元に届くのである。
 この干し柿、渋柿で作っている事も知らない若者が増えているようで、どんな柿でも天日に干せばあの様な干し柿が出来上がると思っている人が多いと聞く。
 なるほど話を聞けば分からない事も無いではないが、現代はパソコン1つあれば世界の情報が手に入る時代で、製造方法を知らなくても自分の生活には支障をきたすことは無い。
 況して干し柿が渋柿であろうが、甘柿であろうが関係なく、干し柿が欲しければ産地から通販で取り寄せれば良く、自分で買いに行かなくても構わない世の中。
 しかし、干し柿が柿木で出来ると、信じている人が居るとはとても信じ難いが、其れも現実で情けないと思うのは私だけであろうか、其れもどうでも良い事か。
 この干し柿、古くから生産されていたようで、古墳時代に遡るらしいが、古代の人の知恵は大した物であると感心するし、どうして発見したのであろうかとも、興味の沸くところである。

 SANY0667.JPGさて蜂屋柿とは、岐阜県美濃地方の特産物、其の歴史は古く奈良時代に遡り、記録によれば朝廷に美濃の国蜂屋村から干し柿が献上されたとの記録が残っている。
 この蜂屋柿、大きな柿で大きいものは18センチ近くの大きさになり、蜂屋村の特産物として当時の権力者に代々献上され、「堂上蜂屋柿」との名がつけられた。
 「堂上」とは、朝廷に献上するとき宮中に参内出き、昇殿を許される位を与えられた柿のこと、つまり一般の干し柿と格が違い、古くから朝廷より、諸役免除を与えられ、特別に栽培された柿である。
 その後権力者が代々保護し、「織田信長」は尾張直轄の保護をし、信長に献上するため「御柿庄屋」なる者を置き、代々蜂屋柿を保護すると供に厳しく取り締まった。
 その後、「豊臣秀吉」、「徳川家康」、そして代々「徳川将軍家」に献上され、明治に至り一般にも手に入るようになり、その後1904年セントルイス万博で金賞を受賞。
 数々の栄光の中大事に守られてきた蜂屋柿、長い伝統と格式を持った全国でも稀に見る干し柿として、代々作りつつけられてきた干し柿の中の干し柿である。
 写真左が蜂谷柿で右が富士柿、富士柿の大きなものと比べてみたが、やっぱり蜂谷柿の大きさが際立っていることが実感出来き、如何に蜂谷柿が大きいかが分るもの。








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2018年10月30日

何で違うの

      酔いが回ると

SANY4424.JPG 呑んべい仲間はくどい、私の飲み友達は理屈が多く、一旦酒が入ると普段無口なやつが急に口が軽くなり、酒が回るごとに口の回転も速くなる。
 普段いたって無口な男が酒が入ると毒舌に、何時も無口なやつがこうなるとブレーキが利かなくなり、何時も誰が止めるか頭痛の種だ。
 普段おとなしいせいもあって、一旦酔いが回ると、喋るは、喋るは、何でこおなるのか分からないが、兎に角喋り捲るのだが、その話がまた長い。
 誰も彼の話を聞いていないが、彼は1人で喋りまくるので、友人たちは何時もの事と見て知らんふり、今日もまた彼の毒舌が始まりだした。
 はじめは何を喋っているのか分からなかったが、どうやら自分が手にしているグラスの事、このグラスが気に入らないらしく、何やら捲くり立てている。
 「何でこのグラスとお前が持っているグラスと違うのか」と言うことらしい、他の友人「何の事だ」と何時ものように囃し立てるので、調子に乗ってきたらしく「このグラスが気に入らない」と、訳の分からないことを言い出した。SANY4425.JPGSANY4428.JPG

 仕方なく、「何の事だ、このグラスがどうかしたのか」と聞けば、彼いわく「お前のグラスより俺のグラスの方が小さい」と、他の皆が意味が分からず、何処が違うのかと聞く。
 自分のグラスが小さくて、他の者は大きなグラスをもっていると言うのだが、彼の持っているグラスはバカラ製のグラス、他の人は日本製のグラス、気を利かせてバカラのグラスにしたのが間違い。
 この呑んべい、グラスの大きさが問題で、自分のが小さく、他が大きいからとのイチャモンを付けている由、大きければ多く呑めるとの、浅はかな考えだ。
 気を利かせて良いグラスにしたのに、逆に気に触っては世話は無い、何のグラスでも良かったし、大きなものが良かったのだろうが、この人は未だに子供から抜け出していない様だ。
 他の皆も「ガキみたいなことを言う男だなあ」と、全員が呆れ顔、しかし当の本人は極真面目に、グラスの大きさの違いを力説したいたらしい。
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2018年10月29日

こけしの産地

      今人気のこけし

 SANY5422.JPGSANY5452.JPGこけしの産地は現在全国に散らばっているが、幕末の時代にはそんなに多くの産地があった訳ではなく、限られた土地で作られていた。
 特に東北では盛んに各地で作られ、湯治場で販売されていたようだが、その中心は遠刈田と言われており、此処から東北全土に広がったようだ。
 特に明治期に入り、こけしの製造は盛んになり、木地師たちの冬場の副業として確立され、こけしを作る職人も増えて行った。
 湯治場の土産として販売、湯治客に人気を博し瞬く間に広まり、全国に東北のこけしが広まり、現在に至っているもの。
  SANY5468.JPGSANY5459.JPGさて、こけし愛好家は全国に沢山居て、一目でその産地が分かると言われるが、私みたいな者はとてもそんな事は出来ないが、愛好家なら出来るのか。

 写真はこけしの胴体部分のみを撮影して、どのこけしが、何処の産地か果たして分かるものなのか、そして究極の作家まで分かるのか。
 あくまでも代表的な作品についてのみ、産地には色々なこけしが存在している事は承知しており、私なりにこけしを無造作に載せたにすぎず、試してみてください。
 このこけしには作者名が入っているので、産地の特定は私にも分かり、産地別に面白そうな物を抜粋、私の友人でよく登場する人物いわく「そんなの分かる分けない、俺がプロでも分からない」とまあ彼が言うが、この人の言う事はあてにならない。SANY5479.JPG
SANY5439.JPG 写真の撮り方も、問題なのかもしれませんが、一つ試してみて、其れが分かればこけしの愛好家の称号が得られるかもしれません。
 数が多くないので、写真のこけしのみで判断して下されば宜しいかと思いますが、こんな簡単なものを出すなと言われるかもしれません。
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2018年10月28日

ネーム入り

      掛時計の鍵
SANY8190.JPG 鍵巻き時計は鍵が必要、鍵が無ければゼンマイを巻くことが出来ないのだが、当然の事を言うなとお叱りを受けるようだが、意味が少し違う。
 鍵が無ければ当然時計は動かないもの、その鍵が今回のテーマー、明治時代に日本に入ってきた時計、この時計に付いてきた鍵、是が主題である。
 アメリカ製の時計には時計製造会社の名前が鍵に刻印されているもので、製造会社の宣伝にも一役買っているが、これがまたステータスのシンボルともなった。
 メーカーの名前が入った鍵は明らかに外国製の鍵、この事がステータスになると言うから面白いもの、明治時代はこんな事でもステータスになるのか。
 舶来信仰が出来上がった日本では、時計の鍵1つにも舶来信仰が生きているのだ、メーカー銘が刻印された鍵、有り難味が伝わって来るのだと言う。
 アメリカ製の時計の鍵、自社の名前が鍵に刻印されているものが多く、イングラハム社、アンソニア社、ニューへブン社、ウォーターベリー社、そしてウェルチ社と社の刻印が押されている。SANY8199.JPG

 この鍵は時計に付いているオリジナルの鍵、その為に時計を買わないと鍵が手に入らなかった明治、ヤッパリ鍵ひとつでも憧れであったようだ。
 この時計の鍵、良く失われており、オリジナルの鍵が付いている時計が少なくなったしまった現在、この刻印がある時計の鍵を探す人も多い。
 せっかく手に入れた時計にオリジナルの鍵がないとは寂しいもの、探せば出てくるので探す人が多く、又其れ目当てに商売している人もある。
 日本の時計製造社は何故か鍵までモデルとしなかったもので、精工舎、林時計、大阪時計、など大手の時計製造社も鍵は共通のものを使用していた。
 無印の製造社の刻印の無い鍵、何故そうなったものなのか不明だが、鍵まで拘らなかったものなのか、それとも鍵が簡単に手に入ったからなのか。
 それにしても単なる鍵1つ、されど鍵1つ、人々がその鍵1つを探して集めるとは、舶来信仰は今もって衰えてはい無いものなのだ。
 写真はアメリカ製の製造所が刻印されたものと、日本製のマークが打たれたものを比較してみたのだが、日本製は文字ではなくマークがあるもの。
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2018年10月27日

小さな磁石

      お目出度い

SANY3715.JPG 日本人なら誰でも知っている富士山、世界遺産となってから久しいが、信仰の山とも言われ古くから神聖な山だ、その姿は美しく四季を通じて、何時の時も気高くその姿を見せている。
 古来より日本人には親しみやすい富士の山、美しさもさることながら、日本人の心のより所でもあるような、そんな富士山は幾度と無く浮世絵に描かれている。
 一番有名なのは葛飾北斎の富士山、その姿は雄大であり美しい。
 今回紹介する富士山は非常に小さなもの、懐中時計の鎖の飾りとして製造された銀製の磁石、その磁石を引き立たせる為に、磁石本体の裏に富士の山が描えれている。
 写真真中の銀製の磁石、本体は1センチ盾型の小さなもの、その裏に富士の山を描く事によって、磁石その物を大きく見せているが、大きく見せるために描かれたものではなく、一服の絵として描かれたものだ。
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 やはり富士山を描く事により、単なる磁石が、磁石でなくなったように思えるのは何故だろうか、1センチ四方の小さな磁石が、ものではなく信仰の対象にもなる。
 両脇のニッケル製の磁石もまた、帆掛け舟と梅の図、ドチラも富士山さんには良く似合うものだが、この3点セットであるかのように見えるが、偶然にも、一緒になっただけの事。
 しかし、富士山と一緒にすると何故かしらシックリと行くもの、日本画を見るが如くに海には帆掛け舟、陸には梅の花が咲き誇る、正に日本画の世界である。
 時計の付属品としての鎖、その鎖の又付属品磁石、その磁石が1番主役の如く見えてしまうのも、富士山と言う美しい山の持つ力かもしれない。
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2018年10月26日

円空のなぞ

      なた一本で
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 円空、行脚僧として全国を歩き回り、12万体もの仏像を彫り上げた僧、一宗派にとどまらず宗派を超えて仏像を彫り上げた。
 1632年寛永9年、美濃の国羽島で生まれる、その後あちこちの寺を回り、点々とするが、30才の時母が没する。
 其れを機会に仏像を彫り出す事に、はじめの円空仏は柔らかな彫り方で、従来の仏像と大差の無いものであったが、40才を越えた頃より作風が変わる。
 寛文6年1663年、弘前城下を追われ、蝦夷地松前に上陸、北海道各地を点々とするが、その地も追われることとなり、寛文9年地元美濃に帰ってくる。
 円空は生涯13万体もの仏像を彫る事を目標に持ち、はじめの頃の作風から、なた一本で彫る作風に変えたようだが、実際は鉈一本で彫り出した訳ではない。

SANY6753.JPG多くの仏像を彫りだす為に簡略的な仏像へと変化してゆく、そして3、5メートルもの大物から、木っ端仏と言われる小さなものにも挑戦。
 円空は求められれば誰かれなく仏像を彫り、分け与えたといわれ、個人所有の仏像となり、現在も家庭で奉られている物も多くある。
 円空仏、初期のものは優しい姿をした物であり、仏像本来の姿をしているが、次第に鉈彫りと言われる円空独自の仏像へと変化して行く。
 写真は、40代、50代の作品、円空独特の顔お持つ神像、鉈彫りと言われる彫りながら、荒々しさの中に優しさが溢れたもの。
 この頃の仏像が1番エネルギーが満ち溢れたものとなっており、地元に伝わる物が多い、その中でも愛知県内には3000体以上と1番残っていると言う。
 写真の円空仏、地元美濃に現存しているもの、「青面金剛神像」と言う、2つとも良く似ているが、同じところの所有物ではなく、別々のお寺にあるものである。
 はじめは全く同じものかと思ったが、良く見ると細部にわたって違う、当然同じ人物が彫った物であり、よく似て当たり前だが、多くの仏像を一気に彫った事が分かる物でもある。
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2018年10月25日

鳩時計のふいご

      新旧の違い

SANY7877.JPG 鳩時計やフクロウ時計についているふいご、鳩や梟の鳴き声を出す物、鳩時計はあの鳴き声がするから面白くて可愛らしい物だ。
 もしあの鳴き声がしなかったら鳩時計も余り人気が無かったと思われるが、そして梟時計は尚更の事と思う、両方とも鳴き声がするから人気がある。
 鳩時計も梟時計もカラクリ時計の仲間、カラクリ時計の中でも1番単純な機構、カラクリ時計は複雑な機構であればあるだけ、人気が高くて高価な時計となる。
 カラクリ時計とはそのカラクリと呼ばれる機構にあり、普通の時計と違ったものが付いている時計、普通の時計に複雑な機構を備えている。
 しかし、梟時計や鳩時計はふいごと称せられる部品が音を出す仕組みの時計、その仕組みは簡単なもので、上下運動で音を出すものだ。
 歯車の回転を上下運動に変換して、ふいごを上下させる事により音が出る仕組みで、そんなに難しい仕組みでなく、筒状のふいごと上下運動用の部品さえ付ければ、音の出る鳩時計や梟時計となる。SANY7882.JPG

 このふいご、筒状の物の上部にふいごと呼ばれる空気を吸い込んだり、吐いたりするもの、この運動で音を出すのだが、ふいごは時計の両サイドについている。
 つまり、上下運動をし音を出すのだが、2本のふいごが付いており、低音と高音の種類の違ったふいごがあり、交互に音を出す事により鳴き声のように聞こえる。
 国産の鳩時計とドイツ物の郭公時計とではふいごも違い、ドイツものは形も大きく、日本のものは其れよりも小型のものが付いている。
  そのふいご、時代の古いものは音を出す部分の笛は木で出来ており、本体の長さと笛部分の角度で高音と低音の音を出すも様になっている。
 新しいものは笛の部分はプラスチックになり、音も違った音を出す、古いものは太い音を出し、新しいものは高い音を出す、どちらが好みかは知らないが、時代によって鳩や梟の鳴き声も違うのだ。

 
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2018年10月24日

久し振りの訪問

      大萱に行く
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 岐阜県可児市久々利にある荒川豊蔵記念館、ここは昭和5年に荒川豊蔵氏が桃山時代の筍茶碗の陶片を発見した場所近く。
 大萱の地は市内から離れた山の中、桃山時代にこの地で陶器が焼かれていたところ、今でも民家は点在しているものの、山の中には違いない所。
 此処に昭和8年窯を築き、この場所に隋縁と記した石碑を建て、筍茶碗の再現に作陶を開始、以来亡くなるまでこの地で作陶する。
 道路脇の駐車場に車を止め、細い参道めいた小道を奥へと進むと、目の前に牟田洞古窯跡の碑が目に入ってくるが、此処が豊蔵記念館の入り口。
 正面の奥のほうが荒川豊蔵が作陶に専念した場所、その横をなだらかな階段を上がり、右に折れると左手に資料館が目に入る。
 外観は蔵作りの洒落た建物、そしていやに混んでいると思っていた。
 混んでいるとは思っていたが、混んでいたものだが見ないわけには、中にはやっぱり大勢の人で一杯だ。

 こんなに大勢の人が居るのを見るのも初めての事、何時はあえて皆が行かない時を狙って行っていたもの、今日はまったく違う。あらかわと.jpg
 展示品は豊蔵氏の古い時代のものが殆ど、つまり人間国宝になる前の作品、その中でも1番私の目を釘付けにしたのは瀬戸黒の茶碗。
 この茶碗、窯の中で亀裂が出来てしまったが、小山富士夫氏か願望して手に入れたもの、長い間所有していたが、荒川豊蔵氏のもとに帰ってきたもの。
 銘「花ノ木」と付けられたもの、ドッシリトした風格と瀬戸黒特有の色、武士が好んだと言われる茶碗の形、この茶碗が1番良かった。
 この日偶然に訪れたものだが、来て良かったと思えるほどの感動を得た、やっぱり偶然の出会いこそが縁、是を実感した一日でもあった。
 この記念館はオープン当初、荒川豊蔵氏に会った最後となったもの、今でも突然に豊蔵氏が姿を見せるような、そんな気がしてならない。
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2018年10月23日

和室にも合う

      西洋のランプシェード

 SANY8113.JPG日本の家屋に合うランプシェード探している方、最近は非常に多く、私への質問も多くなってきているが、大抵は和室に合う物は無いのかとの質問。
 時計展にてのトークショーでは、時計だけの質問だけでなく、西洋物全般に質問が及び、時にはまったく時計とは関係のない質問も数多く、此方が焦る事もある。
 何でも、かんでも、質問して相手を困らせようとする人もいるが、殆どが西洋ものなら同じと考えているようで、何時もの事ながら、やっぱり聞かれて焦る事も。
 時計の事なら何でも知っていると思っている人、古いものなら何でも質問してやれと思う人、難しい質問をして困らせようとしている人など様々。
 兎に角公演をやると、質問者は私が何でも知っていると錯覚しており、専門外の事も平気で質問する人が多く、質問されれば知らない事は知らないと答えるが、少しくらい分かることは答える事にしている。
 SANY8116.JPG方々の店を回るうちに自然に覚える事も多い事は確かで、専門的な事も屡教えて貰う事もあり、幅は広くなってゆく。

 それが間違いの元かもしれないが、性分だから仕方が無い、出来るだけ答えようと努力するしかないので、やっぱり後でシマッタと思う事もしばしばである。
 それはさて置き、和室に合うランプシェード、元々ランプが入ってきた明治には、日本の和室の合う物があったはずもないが、その当時はハイカラだと言ってこぞって買い込んだ。
 それが又日本の和室にもあってしまったから不思議、ハイカラの文明開化のもとに、続々と海外から西洋ランプが流入、その後直ぐに日本で製造が始まり、和室にも合うランプが出てくる事になる。
 その反面、西洋物も意外と和室に合う物もあり、色の派手な物は兎も角、落着いた色の物であれば、和室にも合う物があり、之は好みだから、何ともいえないがほとんどは合うはず。
 試しに気に入ったものを探して、自分の部屋に付けて見たら、今までと全く違った雰囲気になる事だけは保証します。
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2018年10月22日

エジソンの蠟管

      円筒形レコード

 SANY4740.JPGエジソンと言えば蓄音機、色々な物を発明したエジソン、世界で初めて人間の声を再生に成功した人、試行錯誤の結果人の声を録音する事に成功。
 このエジソンの再生機、之が後に蓄音機となるもの、はじめは円筒形の筒を回転させ、ラッパを通し大きな声で叫ぶように録音。
 之が蠟管の始まり、声を出すとラッパを通して振動が針に伝わり、針がぶれる事により溝を刻む、この溝が声の再生であるのだ。
 音の大小は波動となり、波のように針を振動させるので、軟らかい蠟管の表面に溝が出来上がることに、連続してこの作業を続けると録音声となる。
 この刻まれた溝を、今度は先の丸い針で溝をなぞって行くと声となる仕掛、当時の録音風景は、今と違ってマイクがないから、大変な作業であった。
 小さな声では上手く針を振動させれないから、やはり大きな声を出す必要に、声を録音する事は大変な作業であったようだ。

 この蠟管レコード、見たように円筒形の形をしており、大量生産はできないもの、蠟管の内部を見るとワッパの様な突起が沢山ある。SANY4741.JPGSANY4738.JPG
 之は変形防止と破損強化の補強、このような状態にしないと変形するからだが、その為に結局一本づつ製造するしかないのだ。
 エジソンの蠟管は経費がかかる上に高価になり、結果的にはエジソンの蓄音機から消費者が離れる事の原因に、後発の蓄音機に市場を奪われたのは、ディスクレコードが大量製造されたからだ。
 ディスクレコードは大量生産出来る事から安価、そして何よりも蠟管よりも強度があり、その上蠟管よりも耐久性があった事である。
 発明王エジソンの蓄音機も、大量生産のディスクレコードには勝てなかったようで、その後市場から消え去って行く運命になってしまったのだ。
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2018年10月21日

猫のせなか

      猫背

 招き猫、給料が上がらないせいか最近招き猫がブームになっているようだSANY8757.JPGが、これもやっぱり不景気のせいだろうと思う、しかし神頼みならぬ猫頼み。
 そう言えば彦根市のユルキャラ、「ひこニャン」あれも招き猫、何でひこニャンなのか知らない人も多いと聞く、何故猫の姿なのか。
 招き猫発祥の豪徳寺の招き猫に由来するが、その事を知らない人が多く、彦根市は猫好きが多いのかと、関係のない事を思う人も、彦根藩主が招き猫の本筋である。
 彦根のお殿様が猫に助けられた豪徳寺の事すら知らないから、ひこニャンがあの姿なのかも、やっぱり不思議であるらしい。
 ひこニャンの話しはどちらでも良く、別の話になってしまったが、招き猫、古い招き猫の姿は狐に近い格好をしているもので、今のような姿と少し違っているのだ。
 元々京都の伏見、伏見稲荷の門前で売られていた郷土玩具の猫、この猫が招き猫の元祖、伏見人形の猫が全国に伝わり、何時の間にか江戸が発祥となってしまった。

 DSCN1702.JPGその猫はお稲荷さんの狐のような格好をした猫、昔の招き猫は動物本来の姿をしていたもので、顔つきも狐みたいであり、その流れをくむものであった。
 その招く手も、良く見るとお稲荷さんの狐の手とそっくり、姿形もやっぱりお稲荷さんの狐そのもの、門前で売られていた猫だ。
 猫と言えば猫背、あの猫背をした姿をしていると思いきや、昔の招き猫は意外と背筋がピーンとした格好をしているもの、特に古いものは背筋を伸ばしている。
 古い招き猫か、新しい招き猫かを知る手掛りも、ここら辺りから調べて見ると時代が分かるかもしれないから、猫の背中を見よである。
  その点、現在の招き猫、姿形が現代風である事は当たり前、顔は丸くなっていて目もパッチリ、やっぱり何処かスーマート、現代の猫だ。
 しかし、猫の背中に注目、現代の招き猫は猫背になっているものが多く、古い形の招き猫よりも背中が丸い事に気が付くのだが。
 
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2018年10月20日

何かを求めて

      拾物は何

 古時計愛好家にとって、古時計を見つけにあちこちを回るのは楽しいもの、何処の店に何が有るのか分からないから、足で稼ぐのも愛好家の常。SANY4201.JPG
 余分なお金をかけなくて、自分の足で探し回るのも愛好家、金に任せて買いあさるのは愚のこっちょう、そんなのは蒐集とは違うもの。
 自分の足でコツコツと探して、見つけ出すのが1人前の愛好家、ヤッパリ足で稼がない事には、楽しみが湧かないものだと信じている。
 とまあ、言いたいところだが、何せお金がないから人任せでは手に入らないもの、だからやせ我慢をして歩き回るのだが、そんなに簡単に見つけることは出来ないもの。
 逆に言えば、簡単に見つけられれば、楽しみは半減するかもしれないのだが、歩き回った末に何も見通からない事の方が多いが、それは其れで面白いものだ。

 古いものは、そんなに多くないはずだから、其れを求めてさ迷い歩くのも、決して悪く無いもの、苦労して見つけ出したものに愛着も湧く。
 SANY3513.JPG自分の知らない、アンティークショップに入る時など、何が有るのかワクワクするものだが、店に一歩は入った瞬間が1番ピークに達する興奮度。
 何か良いものがあるのではないか、もしあったらどうしよう、今日は金がないのに、あったら困る事にと、要らない心配もするものだ。
 しかして、大抵の場合は空振りが殆ど、そんなに世の中甘く無いもの、もし良いものが簡単に見つかる事はなく、期待しただけで成果なし。
 それでも何かあるのではと、そんな気分になるからショップ巡りが面白く、今日もあてのないものを求めて、知らない店を歩き回る。
 犬も歩けば何とやら、それが古時計愛好家の辛い道、金は無くとも志は高く、良いものを求めて歩き回る日々、さてさて何時まで続くことやら。
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2018年10月19日

文明開化

      時代の流れ

 SANY4050.JPG前にも取り上げた文明開化の皿、江戸から明治、時代の流れが確実に庶民の生活を変化させて来た、明治に入り一気に西洋文明が流入、否応無しに時代は迫ってきた。
 いたって静かな生活をしてきた江戸時代の庶民、それが明治に入り一気に近代化と、あわただしく時代の進み方に戸惑う人や、其れを新たな生きがいとする人など、様々な混乱をきたしていた。
 そんな事はお構い無しに、時代は西洋文明が一気に押し寄せ、ものすごいスピードで進みだす事に、庶民もそんな時代の流れに必死で付いて行く。
 そして、驚く速さで庶民も西洋文明を吸収、それどころか進んで西洋化へと向かい、新たなものを多く生み出して、時代に乗って行くしたたかさ。
 生活用品にも西洋化の流が、今までの手工芸的なものは、ドンドンと時代淘汰され、新たなもの大量に製造する工夫が生まれる事になる。

 食器の世界もしかり、今まで手書きに頼っていた絵付け、その絵付けを手描きから印判手と言う、新しい製造方法を生み出すが、そのデザインは西洋化の象徴ともいえる図柄。SANY4053.JPG
 当時流行していた西洋時計、この時計を食器に取り入れることを思い立つ、西洋の香り深い時計を大胆に皿に絵付けを施して、市場に送り出す。
 文明開化としょうせられる器の誕生、印判手の技術を取り入れて、大量に製造が可能となり、安価な値段で提供でき、庶民の西洋化に貢献した。
 庶民の舶来信仰なるものに、ちゃっかりと乗り、事情の要求を上手く商売に役立たせ、企業戦略とも言える近代化の製造方法を取り入れたのだ。
 写真は、明治の文明開化華やかなりし香りのする皿、大量に製造された印判手の取り皿、今までの手描きから新たな製造方法の成果でもある。
 この皿を見ていると、明治の文化革命とも言える、庶民の意気込みが聞こえて来るような、そんな思いにしたる印判手、文明開化の産物だ。
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2018年10月18日

彩色水滴

      色がカラフル

SANY2803.JPG 明治時代に瀬戸で作られた水滴、色々な形が作られたが、一般的な形はやっぱり四角形、大きさの大小はあるが四角形が1番多く製造されたようである。
 残っている物を見れば再販がその形、しかし同じ四角でも色々な色付けがされ、見た目には種類も豊富、山水画的なものから、動物を描いたもの、乗り物を描いた物もあり、多様に製造された。
 その中にも流行が存在しており、時々の流行によって水滴が製造されたようで、之も色々なものが存在しているから、集めている人にとっては、楽しいものとなる。
 例えば、文明開化の最先端を行く乗り物、汽車、電車等の物が流行りだすと、待っていたかのように水滴もそれらを取り入れ、汽車や電車をかたどった水滴が出回る事になる。

 四角い水滴の形をした物から、汽車の形をした物、流行は直ぐに反映され、人々に受け入れられて行った様であるが、其れを製造する側は実物を見なくて想像で製造したものもある。
 地方の製造会社は実物の汽車を見ずして、錦絵等で知識を得、其れを基にして汽車の水滴を作ってしまう、その為に細部にわたって汽車らしからぬ物まで登場する事になる。
SANY1993.JPGSANY1994.JPG そんな中、時計も流行の先端を行っていた1つ、汽車同様に本物を見ずして製造した水滴も多く、文字盤など間違っている箇所があるが、これも庶民には簡単に受け入れられた。
 少々の間違えなど気にしなくて、雰囲気さえ伝わればよしとする、おおらかさが庶民にはあったようで、間違っていようが気に止めなかったもの、今の時代であれば大騒ぎになる所だが。
 明治のよき時代の人々は、やっぱり小さな事にはくよくよしない、懐の深さがあったようで、現代人も少しはこの様な人々の真似が出来れば、トラブルももっと減るはずだが。
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2018年10月17日

ドアーノブ

      開け閉めには必要

 SANY1313.JPGどんな物にも必要とされる時があるもの、普段は何気なく気にも留めないが、もし其れが無かったらどうにもならない事も、その時にやっと気ずく物もある。
 人間にとっては水や空気みたいな物で、常に其処にあり、その実在に気にも留めないが、イザ水がなくなれば大変な騒ぎになり、大騒ぎになる。
 しかし普段は水の有り難味を実感していないのもまた事実、世の中にはこの様に自分の身近に常にあり、それ故にありがたみが実感できない事もある。
 まあー、大げさに書き出したが無くてはならない物は身近に幾らでも存在しており、今回のテーマ、ドアノブもその1つ、身近にあって有り難味がないものの1つでもあるもの。
 しかし、一旦ドアーノブが壊れれば、当然のこと開け閉めには直ぐに困り、ましてや今みたいに寒い時などでは、閉まらないドアーほど困るときは無い、その時気が付くものの1つである。

 トイレのドアー等もその際たる物、私も以前にトイレのドアーが故障しているトイレに入り、閉まらないドアーを片手で持って用をたした覚えがある。
SANY1309.JPGSANY1311.JPG そんな時にドアーノブがキチンと閉まる有り難味を痛感したもの、そんなドアーノブも何でも良いと思う人、其れとは逆にドアーノブに拘る人など様々だ。
 写真のドアーノブ、少し前の時代に盛んに使われていたもの、外国映画の1シーインに出てくるドアーに付いていたガラスの取っ手、一時代を風靡した物。
 日本でも洋館に明治、大正と使われていたが、現在は殆ど見かけなくなったもの、別に高価な物ではないがとっての部分をガラスに変わるだけで雰囲気が変わってしまう。
 ドアーノブひとつで部屋の雰囲気も変わるのも、又ドアーノブの存在理由で有るのか、普段見過ごしている物にもそれなりの主張がされている事に気が付くもの。
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2018年10月16日

ランプ5

      留 め 金
SANY2121.JPG
 アンティークなランプ、軟らかい光とその美しい姿で、今に無い雰囲気を持つたもの、ランプの愛好家は多く、今エコの時代であるが、それでもランプの愛好家は増えている。
 蛍光灯には無い、あの柔らかな光とほのぼのとした明るさ、之がランプの良さ、愛好家が引かれる元となるもの、今の時代は明るすぎるが、其れに慣れてしまったようだ。
 西洋の間接照明に対して、日本は直接照明に近い状態、明るさだけを追い求めて来たかのように明るいが、現在囁かれているエコ、少しは考えが変わったみたいだ。
 アンティークなランプはそんなに明るくない物が多く、以前は白熱灯を使用していたが、現在は其れらしき蛍光灯が発売されており、電気の消費量も白熱灯よりは少ないものとなる。
 時代とは良いもので、必要な物を生み出してくるもの、白熱灯らしい蛍光灯もその1つ、光の色が白色ではなくて太陽に近い色、そんな蛍光灯を生み出した。

 SANY2124.JPGランプシェードを利用するには、其れを支える金具が必要となるが、現在は中々手に入らないもので、ホームセンターでは販売していない。
 写真の金具は、西洋物と日本使用物との2つ、左の物が西洋物で右の物が日本の物、ドチラも新品ではなく中古品、現在でも探せば手に入る事もあるが、電気の事だから古いのは慎重に扱わないと。
 西洋のランプシェードは取り付け穴が小さくて、日本のものは穴が大きく、取り付けする使用が違う、右の使用も西洋物がつくものもあるが、穴の大きさが少し違う。
 何にしても、生活の中に潤いも必要で、やたらと明るいのもは疲れるが、優しい光に心が和むのは何故であろうか、やっぱり明るすぎるのも考えものだ。
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2018年10月15日

見掛なくなった

      姿 を 消 し た

 SANY7777.JPG最近終ぞ見かけなくなった時計があるが、今は何処に姿を消してしまったのか、「雑で野暮ったくて其れでいて実にユニーク」な時計、私は遊び心があって面白いと思っていた。
 つい5、6年前まではあちらこちらで見掛たが、急に姿を消してしまって、今は探すのに苦労する始末、値段が安くて遊び心満載な時計として、しかも機械式であった事から、今時機械式とは行く行くは姿を消すなと思って買い込んだ。
 日本製と違って作りは勿論雑、しかも現存している時計ではなく、すべてオリジナルの中国製、もとは日本人が人件費の安い中国で、日本製の時計を作らせたのが始まり。
 本物に似せて作られたため、日本で販売され多くの人が騙させた物でもあるが、その後誰も見向きもしなくなってから、遊びのある時計が姿を現し、値段も安く売り出した。

 SANY7788.JPGその時は、もっと色々な面白いものが出てきたら買うつもりであったが、あっという間に姿が見えなくなって買いそびれ、あの時買っておけば良かったと後悔。
 今の日本では絶対に作れない物、技術的ではなく値段で、同じものを作るとしたら結局値段が高くなり、採算は取れない上に誰も買ってくれないのだから。
 3、4千円で買えたから手が出るが、之が1万円もしたら誰も手を出さなくて、絶対に売れない時計、安くて面白く、機械式の三拍子であったからツイツイ手が出る。
 写真を見ても、こんな時計は実在しない物、魚も熱帯魚らしくて色も派手、日本人の感覚では製造しないもの、そんな時計だからよく、之がキッチリと製造されていたら面白くない物になっていた。
 見た目に野暮ったくて、明らかに雑、其れでいて何処と無くユーモラス、こんな時計だから逆に購入したくなる、そんなムードを持った時計だ。
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2018年10月14日

親父の形見5

      受 け 継 ぐ
SANY2085.JPG
 父親から受け継ぐ物は非常に多く、1番多く受け継いだのは陶器類、そして掛け軸、切手などあり、兄弟で受け継いだ物も多いが、その中に誰も引き継がない物もあった。
 それは洋服、之ばかりは時代が違ったのと、やっぱり体格が違うから着るに着れない、しかし装飾品はまた別、私の親父は色々なものに凝っていた。
 兎に角収集癖があり、集め出したら止まらない性格、これを私もチャツリカ受け継いでいるから何とも言えないが、それにしても良く集めたものである。
 兄も私も好き嫌いがあり、残された物を受け継ぐ時にはさほど苦労しなくて、兄弟お互いに好きな物を取り合ったが、重複する事は稀で、殆どがバラバラに受け継いだ。
 前回も紹介したが写真のカフスもそのうちの1つ、兄弟誰一人として欲しいとは言わなかったので、私が全部引きついたが、使えるものと使えないものとがあり、時代にあわないものは処分した。

 写真の左のカフスは、涼しげで見SANY2091.JPGた目にも良いと思うのだが、娘は時代劇に出てくるような物と言う、このシンプルなカフス、水晶で出来ておりパワーストン。
 古めかしいとは思わなく、親父が気に入っていた1つ、このカフスをよくしていたのを覚えているが、其れも遠い日の思い出、しかしカフスは現在も手元にあり、これからも私が使う。
 もう1つは銀製のアンティークなカフス、多分イギリス物であろうが、向うのアンティークショップで何度か見かけている物、黒のオニキスがさり気なく引き立てている。
 以前に紹介した、鼈甲のカフスよりは、此方の物は常に使えるもの、鼈甲はどの様なときに使う物なのか、私は知らないから飾り棚に鎮座するしかない。
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2018年10月13日

めがね

      老眼鏡の世話に

SANY1422.JPG 私は目の良いことが自慢で60才前までは眼鏡の世話にならなかったが、今は眼鏡が無いと文字も見えない位になったしまったので、絶対に眼鏡が無いと細かい字が見えない事に。
 其れまでは友人が早くから眼鏡を使ったいてので、何で眼鏡をかけるのか逆に不思議であったが、其の友人「自分だって直ぐに眼鏡がいるようになる」と言われていた。
 その時は別にさほど気にはしなかったが、パソコンを毎日やりだしてから急速に目が悪くなり、今ではパソコンのキーボードも文字が見ずらくて、眼鏡がなければ入力できない。
 ほんの少し歳を取っただけなのに、急速に悪くなるとはビックリだが、なってみて友人の言葉が最近身にしみる様に、彼が「今に分かるさ」と言った事を痛感している。

 SANY7848.JPG前にも取り上げたが、それにしてもパソコンは目が疲れるものだとはじめて知ったもの、こんなに早く進むものなのかとつくづく思う日々、その眼鏡(老眼鏡)初めて買ったときは高くてビックリした。
 自分にあったフレームを見つけ、それにレンズを入れて貰い、老眼鏡ユーザの仲間入り、其の日を境に眼鏡族となった次第、しかし何時もはめている訳ではなく、パソコンの時だけであった。
 其れが何時の間にか段々と使うのが増えて来、現在では字を読むのには殆ど掛けないと読めず、あっという間に進行してしまったようで、其れに伴い眼鏡を良く失くす様になった。
 高かった初めての眼鏡は別にして、その後買い込んだ眼鏡幾つ失くした事か、友人が其れを見て「百均で売ってるから買いな」と教えてくれた。
 百均の眼鏡などと思っていたが、友人に勧められ良く買う様になり、今では百均の眼鏡が幾つあるのか分からないくらい、其れも其のはず、行く所に置いてきてすぐに忘れ、又買うの繰り返しで数がドンドン増えている。



 

 
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