2018年11月01日

金のわらじを履く

DSCN1938.JPG    わらじとは

 私は蕎麦が好きで、蕎麦の美味しいところがあると聞けば其処へどうしても行きたくなる癖があるが、皆さんはどうであろうか?近くの蕎麦屋であればそれで良いのだが、遠くても美味しければ一向に構わない。
 蕎麦好きを誘って遠くまで一杯の蕎麦を求めて車を飛ばす、蕎麦好きな者同士であるので食べるために時間が掛かっても一向に気にしない者達で、どんな蕎麦なのかと「蕎麦談義」に話が弾み行く道が遠くても近くに感じてしまうの。
 他の人に、その話をすると決まって「馬鹿じゃないか」と言うような顔をして私達を何時も見るが、そんな事はお構いなく「好きだから」どんなに遠くても食べに行きます。
 人は一杯の蕎麦を交通費を含め時間を掛けて「何故食べに行くのか」気が知れないと言う、それも又、事実であるが美味しいものには変えがたいと思う我々は変人であろうか。
 DSCN1945.JPG時として一杯900円の蕎麦を食べるために、交通費を1万円掛けて食べに行くこともしばしばで、好きな者同士で高速道路を3時間も掛けて食べに行くことも良くある。

 ある人が「900円の蕎麦でも高い500円の蕎麦だってあるのに」、その10倍の金を掛けて食べに行くのは「大馬鹿ではないか」と、お前達は「気は確かなのか」との忠告もどきの言葉も頂いた事も多くある。
 諺に「金のわらじを履く」との例えがありますが、若い人にその意味を聞けば何のことか知らない人も多い今の世の中、「かねのわらじ」などあるのかと言われそうだが、「かねのわらじ」などあっても痛くて履けないし、あろうはずが無い。
 しかし、やはり「美味しい蕎麦は食べたい」、お金が掛かっても仲間と食べに行く、正に「金のわらじを履いてでも」美味しい蕎麦はやっぱり食べたい。
 古時計もしかり、其れがどんなに「遠くても」、「時間が掛っても」、「少しぐらいお金が掛かっても」、其れを求めてこれからも時間が有る限り、全国を行脚して行きたいと思うし、又絶対に実行しようと言う気持ちを持ち続けたいと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話