2018年11月19日

ネタが尽きた

      何処にネタが

 SANY8470.JPG毎日更新しているブログ、はじめてから丸8年になり自分でも信じられない気持ち、良くも続いたものだと感心する。
 当初はこんなに長く続く事は予想もしなくて、単なる遊びではじめた事、友人からは「何時まで続く事やら」とか、「そんなに気張らなくても気楽に行け」とか、色々な言葉を貰った。
 勿論自分自身もそんな事は考えず、軽い気持ちで始め、何時でもやめる気持ちでいたのだが、ツイツイやめる時を外してしまった。
 今にして思えば何で早くやめなかったのかとツクヅク後悔している毎日、それも夜が来ると気持ちが強くなる。
 「今日もブログを書かないと」、そんな思いが持ち上げて来るのも夜、12時までに更新しなければならないと焦ってしまう。
 別に罰則がある訳でも無し、書かないからと言って誰も怒らないが、夜になれば何時ものように気持ちが焦って来るのだ。
 人間なんて不思議なもので、昨日と同じ様でなければ不安になり、何故かそれを続けたいと思ってしまうものでもある。
 友人は「同じ事を書くならばやめておけ」と忠告してくれ、そんなに書けないならやめろとも言うのだが。

 確かにその通り、くだらない事を書くのであれば書かない方がよくSANY8464.JPG、恥をかくだけである事は承知しているつもり。
 5年間続けている雑誌もまた同じような事、中々記事を書く事が出来なくなり、読者に失礼になるのだとも思う。
 物書きとは大変な事だとつくづく思う日々、どうして小説家はあんなにスラスラとものが書けるのかと感心する。
 ある作家は本文よりもネタ帳の方が多いと聞く、十分な下調べを行い膨大な資料を基に本文を書くと言う。
 生半可な資料だけでは到底書けない文章だと言うが、それでなければ良いものは書けないと思うし、それが小説家でもある。
 一流の小説家は膨大な資料の中、想像を膨らまして文章を書くのであろう、我々のおよびもしない苦労をしているのだと思う。
 文章とは一度書いてしまえば永久に残るもの、失敗は許されないもので後で後悔しても何時までもそのままである。
 だから恐ろしいものだと気付くが、素人はそんな難しい事は出来ないから、武運相応のもので良いのではと、そんな妥協で今日も過ぎて行く。
 しかし、今日は何のネタで書くのか、それすら思いつかない日、そんな日はキリキリの時間まで悩むことになる。



posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記