2018年12月31日

大晦日

    平成も終わり

 SANY4033.JPG早いもので今年もあと今日で終わるが、今年ほど色々な事があった年も珍しい、自分が生きて来た中でも災害の多い年であった。
 何でこんな事になるだろうと思う他ないが、これも現実の世界で稀にみる災害の多い年だと思うしかない。
 人間は自然に対して非常に弱い、幾ら文明が発達したとしても自然にはかなわないとつくづく感じた1年。
 兎に角地震、台風、水害と今まで経験したことのない多さ、日本だけの事だろうかと思うが、世界的に見ても同じようだと感じる。
 世界的に温暖化が原因であろうか、それとも自然現象のなせる業なのか、人間が考える範囲を超えている。
 しかし日本と言う国は災害の大特にだと思うが、地震国であり、台風の通り道でもあり、兎に角災害が起こり易い国。
 四季がハッキリしていて住みやすい国DSCN2025.JPGとは別の国になってしまった様であるが、そこから抜け出せないのも我々だ。

 それほど温暖化がひどいと言う事か、これからももっと熱くなるものなのかも知れないが、何処まで行く事か。
 そんな愚知を言っても始まらないのも現実、平成の新しい時代になったと思ったのもつい最近のようだが早30年が経過、来年には新しい時代が幕を開ける事になる。
何だか世紀末のように感じてしまうが、それも新しい時代に期待したいと思う心の表れでもあるか。
 新しい年号はどんなものになるのかも興味はあるが、我々のような年配者には平穏無事な世の中を期待したいと思わずにはいられない。
 平成の世になる時も同じような思いであったが過ぎてしまえば、多くの事件があった事しか浮かばない。
 新時代に相応しい世の中が来ることを期待し、どのような呼び名の年号になるのか、今から興味のある所、それも直ぐそこに来ている。
 来年4月には発表となるよし、そして5月には新しい天皇が即位され新年号がスタート、やはり良い年にしたいと誰しも思う事。




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2018年12月30日

寒波襲来

   寒暖の差

SANY8761.JPG 今年の天気はどうなっているのか、12月に入っても夏日があるかと思えば、打って変わって年末寒波襲来。
 通年であれば12月に夏日がある訳がないのに今年は所によっては30度近くまで上がった所も、過去そんな天気はなかったと思う。
 地球温暖化が叫ばれている昨今、確かに温度が上昇しているが12月に夏日があるとは信じ難い天気だと感じる。
 日本の気候は温暖化により異常な事になっているようで、過去に例のない状態が続いているよう、この先が不安でもある。
 自分の記憶には師走に半そででなくては暑いと思うる日はなかったと思うし、ある事自体驚きでもある。
 やっぱり今年の天気は異常気象、集中豪雨が何度もあり、その都度災害が起こっている現実、不安な状態であると思う人は多い。
 災害に合われた方にどの様に手をさしのべたら良いのか考え込んでしまう現実、色々な援助の仕方があるだろうけど。
 師走に入り急変する天気、踏んだり蹴ったりの災害地、今年は良い事の少ない年となったしまったようだ。

 29日の雪、我が家でも10センチはつもり、家の前の屋根には白いものが積もっており、暖かかった日は何処へやら。
 その上、今日の天気は帰省する人たちSANY8757.JPGにとっては迷惑な事、どうしても帰らなければならない人に大打撃であろう。
 ましてや急いでいる時に追い打ちをかけるとは天気も情けがない、どちらに捌け口を求めようにもどう仕様もない。
 特に新幹線は雪に弱くて、帰省する人には不安材料だらけ、明日も寒波は居座ると言う、交通網が乱れなければ良いが。
 雪の中安全に帰省して欲しいと願っている、故郷に無事付けるようにと、待つ人達もやはり不安であろう。
 今年も色々な事があったが、来年が良い年になる事を願わざろう得ないが、果たして良い年になるだろうか。
 そんな思いでこの師走を過ごしているが、正月が無事過ぎてくれることを祈るしかないと、そんな思いになる今日である。

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2018年12月29日

版画の展示

    展 示

 DSCN1617.JPG瀬戸市の古民家久米邸、何時も季節に合った展示をしており、今年も色々な展示をして来たが今回は版画の展示。
 前の展示を終えてからそのままになっていたので、版画の展示に切り替えようとしたが、さて何にするのか。
 そんな思いでいたが中々決まらず、ふと目をやるとそこの版画、展示するものが分からないからこれで行く事に。
 自分の持っている版画は勿論時計の版画が多く、他にも少しは違った版画もあり、それを展示する事にした。
 展示物は決まったものの、さてどれが良いのか又迷い出し、色々な版画を取り出しては見たが。
 あれこれと考えたがまとまらず、適当に選別する事にして、10点ほど選び額縁に入れようとした。
 額縁が無ければ展示は出来ないので、今度は額縁探し、展示用に今まで多くの額縁を買い込んではいるが、家にあるはずの額縁DSCN1620.JPGがない。

 頭の中では家にあると思っていたから、あちらこちら探す事にして、思い付くところを探し始めた。
 しかしお目当ての額縁が探してもないのだ、おかしいこれだけ探してもないと言う事は、何処かで使っているのか。
 頭の中で冷静に考えてみると、ハタと思い付く事に、他の展示に使った事を思い出し、そちらに行ってしまったのだ。
 あると思っていたのが思い違い、五つしか額縁がないので仕方なく、先ずこれに五枚の版画を入れる。
 考えたいたのは10点ほど、しかし5個しかないので急遽此れだけは展示して、後から額縁探しをすることに、久米邸の母屋の何時も展示している場所に掛ける事にしたが、思うような所に釘がないないので四苦八苦。

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2018年12月28日

    久米邸の蔵
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 現在日本古時計保存協会が時の記念日展を開催している蔵、瀬戸市の久米邸の蔵、この蔵は以前から色々な展示をされて来た。
 勿論毎回の時計展もこの蔵で開催、私が気に入っている蔵の一つ、蔵の中は豪華な造りとなっており、壁前面にヒノキの板が貼られている。
 本来蔵の内側は土壁が普通であるが、この久米邸の蔵は上質なヒノキの板で壁全面に張られ、土壁は表に出ていないのだ。
 勿論板張りの蔵は多くあるが、この蔵の板は非常に上質なもの、節などは一つもない正目の板が使用してあり、ムードが断然良い。
 その上に入り口は二つあり、それぞれに大扉と内扉が付いており、蔵としても大がかりなもの、内扉は今では外扉となってしまった。
 つまり大扉は外されてしまい、内扉がむき出しのままになっており、そこが残念な事だが、何故大扉を外したのかは不明だ。
 現在でも蔵を使っているから、ひょつとして一々大扉を開けなければならないから、面倒なために大扉を外してしまったものなのか。DSCN0874.JPG
 確かに毎回時計展で扉を毎日開け閉めしているが、流石に内扉であっても重いもので、開け閉めはやはり苦労するのだ。
 その為に取り外してしまったものと考えられ、大扉が無い事もうなづけるものだが、残念な事には変わりない。
 蔵の入り口は木が張りだしており、その軒の梁には大きなフックが掛けてあったようで、それに滑車が付いていたらしい。

 重い荷物を運び入れするときに使用したと言われ、この滑車が活躍したようだが、今は滑車も取り外されている。
 二階の窓も二つ付いており、鉄格子の頑丈なものが付いているから、用心としては完璧さを誇っているようだ。
 蔵の外壁の漆喰は新たに塗りなおされているから、白い漆喰が緑に映えており、見た目に美しい姿を見せているのだ。
 今回の時計展も母屋と蔵で展示を行ったが、こちら蔵の方の展示が良DSCN0875.JPGいと見学者が口をそろえて言うのだ。
 確かに言われてみれば、蔵の雰囲気は独特なもの、そして天井の梁がドッシリトしているから、重厚感満点である事は確か。
 そんな中での展示だから、古時計も一段と映えるものとなっているので、見学者がそれを感じ取っていると思う。
 只、毎日扉を開け閉めしている者としては、重くて面倒であり、ヤッパリ扉は軽いものの方が便利である事は確か。
 今回重い扉を開けて古時計展の開始であるが、見学者が蔵の入り口で入っても良いものなのかと、一瞬ためらっているようだ。






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2018年12月27日

部品調達

      何処で探すか
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 古時計愛好家にとって頭の痛いものは部品、オリジナルの時計についていた部品、これが欠損していたり、失われていたりすると、如何しても手に入れたい物だ。
 時計の部品と言っても種類は多く、機械部品から装飾部品まで色々あり、一概に部品と言うだけでは済まされないもの、兎に角古い部品はない。
 どちらかと言えば機械部品の方がまだまし、装飾部品となるとこれがやっかいな事になり、同じ部品を探すのには四苦八苦することが殆ど。
 装飾品は時計によって違うものであり、同じ物を探すとなるとやっかいな事になり、その部品だけ買うことは殆ど不可能、本体も含めて買わなければ手に入らないのだ。
 その部品が果たして同じものなのかも分からず、本体も買い込んだか、同じだと思っていたものが違ったりする事もよくあり、形は同じでも大きさが違う場合も良くある事で、これもやっかいな事だ。
 手に入れたは良いが違ったりする場合はどうしようもないものになったしまい、使い物にならない事も、あえて使うえば愛好家から指摘を受けたりする事になる。
 折角買い込んで時計に付けたは良いが、少しばかり違っていた為に逆に指摘を受けてしまい、付けなければ良かったと悔やむ事もある。SANY8249.JPGSANY8236.JPG

 1つの部品のために時計本体も買い込んで、結果は違った部品である事に、写真で見たときには同じものに見え、これなら使えると買い込んだ。
 写真と実物、確かに自分では欲しいと思う気持が先にたち、これは同じものだと思ってしまう、しかし実物を手にした後、時計に付けて見ると少し違う事に。
 この様な事は良くある事で、私も良く壊れた時計を買い込むことが、それは部品取りとして買い込むもの、何時かこの部品が必要となる事もあると信じて。
 SANY8252.JPG今までに買い込んだこのような壊れた時計、目的の部品だけ取り後は廃棄、、多くの部品をこのようなかたちで手に入れるのだ。
 やっぱり装飾品は多く持っていないと、何時居るか分からないもの、友人等は良くこの事を知っており、私の下にこんな部品は無いのかと問い合わせてくる。
 業者の人も同じ様に部品を持っていないかと問い合わせも多くあるが、これも1つの情報交換の場となるので、大事にしたいと持っている。
 お互いにイザと言う時のために溜めておき、その時に役立つ、このように装飾品は何時いるのか分からないものだが無くては困るものでもある。



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2018年12月26日

招き猫18

      個性を出す事

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 招き猫、商売繁盛の守り神ともいえる招き猫、幕末以来全国で製造されてきたが、陶器から磁器へと変化を遂げて行くことになり、新しい招き猫が製造される。
 時代は何時も新しいものを要求するものであり、明治に入り磁器による招き猫の製造が拡大、其々の産地で新しい磁器の招き猫が出現。
 陶器の招き猫から磁器の招き猫へと進化してゆく事に、明治期この磁器の招き猫が多く製造され、瀬戸と伊万里、そして九谷と産地が揃って製造した。
 其々の産地によりその図柄も少しづつ違っており、産地独特の色合いを持って製造され、人気を博したのであるが、伝統的なものから、新しいものまで様々。
 伝統的なものはあの三毛猫の形、色合いも昔の仕来りに乗っ取ったもの、白黒と茶色の見慣れたもの、しかし顔となると其々の産地で個性がある。
 どの顔が好みかは好き好きであるから何とも言えないが、面白いか面白くないかは判断でき、中にはユウモラスな顔をした招き猫もある。SANY8627.JPG

 古い磁器の招き猫は顔もさほど手の込んだ書き方はしていなくて、郷土玩具の形式を残しているが、その後は次第にリアルなものが製造されるようになる。
 これも好き好きで何とも言いがたいが、私はおどけた顔をした初期の招き猫の方が親しみが持て、そして可愛いと感じるが、やっぱり好き好きだと思う。
 この招き猫は郷土玩具から商売繁盛のお守りとして次第に定着、そして商売人に縁起物としての扱い方となって行き、その姿もまちまちのものが出来上がる。
 古い招き猫は何も持たない猫ばかり、元来は何も持たない、只座っている猫であったのが、商売繁盛を願う商人達の要望に答えて、次第と姿を変えた行くことになる。
 特に金銭にまつわるものを持たされ、良く言われる猫に小判、実際の意味とは違って猫に小判を持たせて、金が儲かるようにと縁起物としてしまった。

 SANY8633.JPG本来は逆で猫は小判なんかまたいで行くもの、それを小判を運んで来るかのような扱い、つまり商売繁盛を願う縁起物として造り上げたのだ。
 写真の招き猫、瀬戸で製造された招き猫、古い形式の招き猫であるが、良く顔を見ると味わい深い顔をしていることに気が付き、親しみ感がある猫。
 薄くはなっているが猫の眉毛、細い線で何本かの筋を入れて、眉毛を強調しているもので、古い形式から一歩踏み出したときの物と思える。
 眉毛が印象的な招き猫だが、背中を見て見ると尻尾の長さに気が付く、筆でなぞって黒いろの線を描いているが、実際はモット長い尻尾である。
 尻尾にも個性を出している事、背中にも力を入れて製造しているとアピールしているような、そんな気にさせてくるれ招き猫であると思う。
 前からは良く見る人は多いが、後姿は見ない人、招き猫の後ろ姿も1度見て欲しいものだと思う。
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2018年12月25日

クリスマス

    聖夜

 SANY8741.JPGこの日が来ると今でも複雑な思いになるのは何故か、それはトラウマかも知れないもの、プレゼントをどうしようかと。
 普通の親ならこんな気持ちになるのではないかと、ふと思ってしまうが私の思い過ごしなのかもしれない。
 そもそもクリスマス、我々仏教徒には関係のない話、キリストの誕生日だからと思うが、日本は何時からこうなったのか。
 私が理解しているのは戦後の事と思うが、それで少し調べてみたがびっくり、驚き桃ノ木山椒の木、古い、古い1552年に既にクリスマスを祝っていたとの事、日本でそんな前からと疑問が湧いてくるのだ。
 戦国時代に今の山口県周防の大名大内氏、その地で宣教師たちが教会を建てクリスマスを祝った記録があるとの事。
 これにはビックリと言うよりも驚きと言って良い、そんな前からクリスマスが渡っていたとは、やっぱり驚きと言える。
 その後ぷっつりと絶え、明治になるまで姿を消したが、本当は隠れキリシタンにより続いていたらしい。
 表に現れて来るのはやはり明治、そして商業的に最初のものは1900年に明治屋が銀座でクリスマス商戦を行ってからと言う。

 それ以来、年々盛んとなり、戦後は一気にSANY8748.JPG広まったと言われているが、商業ベースが大いに関係しているのは確かなようだ。
 そんなクリスマス、私も若い頃は何の関係もないのにクリスマスを楽しんだ覚えがあり、キリスト教徒でもないのにクリスマスを騒いでいたのだ。
 子供達にはこの時期になるとプレゼントを用意しなくてはならず、それがまた大変であった事を思い出させ、苦しみますの方が似合っているのだ。
 勿論、お金もかかる事になるし、注文の品を買い求めなければならず、あちらこちら探し回った記憶がある。
 そんな思いで探し当てて、子供の枕元に置いた時にはじめてホットしたことを思い出すが、今でもクリスマスと聞くとトラウマになる。
 それが日本のクリスマス、商業ベースに乗せられた日本人、今日も大変な思いをしている人がたぶんいるだろう。
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2018年12月24日

何とかして欲しい

    誰でも同じ
DSCN1077.JPG
 私のもとに古時計を探して欲しいと言う依頼は多い、色んな人から色々な古時計を探してと依頼される。
 確かに古時計に付いての情報は人よりは早く、色々な方面の方達から頂く、そして良い情報ばかりだと思う。
 私自身が欲しい時計はまだまだ沢山あるので、そんな情報は有り難いものだと思っているのだ。
 事実、貰った情報でよい古時計を今まで手に入れて来た事も確か、ただそれは自分が欲しいからであり、人の為にやっているのではない。
 しかし、良くある頼みごとに、古時計を探して欲しいとの依頼が、それもあの人が持っている古時計を交渉してくれと。

 そんな依頼は後を絶たないので、その都度断っているのだが、それでも親しい人は断る事も難しい。
 ただ私の持っている古時計を欲しいと言う人もまた多く、DSCN1079.JPG会員さんからも依頼されるのだが、それも困ったものである。
 私も同じだが、欲しい古時計があれば何とかしたい、だから知り合いに頼む事も屡々、人の事も言えないのだが。
 古時計を蒐集していると色々な事に出くわすが、自分の事ならまだ良い、しかし余り付き合いのない人からも頼まれるのだ。
 親しい友人であっても、中々依頼を受けれないので、断る事が多いのだが、断る時には其れ相当の事情を話さないと。
 ある人から知り合いが持っている子持ちのフクロウをどうしても欲しい、だから私に交渉して欲しいと言った来た。

 その人は今までにもあった事はあるが、付き合いは全くない人、そんな人から友人の持っているフクロウを交渉してと言われても。
 私が欲しい位だが、彼はやっとの事で手に入れたもの、その時には私に自慢していたが、欲しくてたまらなかったものだ。
 古時計愛好家同士はいわゆるライバル同士、同じ古時DSCN1078.JPG計が欲しい事も多く、鉢合せする事も屡々あるのだが。
 だから友人であってもライバルであると思う、彼より先に手に入れてやろうと、何時も頑張っているのだから。
 そんな状況であるのに、親しくもない人に友人の古時計を交渉して欲しいとは、少し図々しいと思うのだが。
 それでも幾度となく電話がかかって来るから始末が悪い、何でそんな人の依頼を受けなくてはいけないのだ。
 気持ちは良く分かるが、頼まれる方の身にもなって欲しいものだ、自分が欲しいと思っている古時計を他人に依頼されて交渉する事は無い。
 無いと言うよりもこちらが欲しいので、自分が交渉したい位だが、彼の気持ちが分かるから交渉しないのだ。
 こんな依頼が多いのも、古時計保存協会の知名度が上がった証拠と思う。
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2018年12月23日

パイプ

    未だに止められない

 DSCN1678.JPG最近は喫煙も厳しくなってしまい、何処でも吸えると言う事はなくなって、喫煙者にとっては肩身の狭い思いだ。
 煙草は体に良くないと前から言われているが、私は止める意思がないので止めようとはしない。
 若い時はヘビースモーカーであったので、一日に2箱以上は吸っていたが、それもニコチンの多いものを。
 ピー缶と呼ばれている煙草、つまりピースの缶入りで、これが私の愛用の煙草、この煙草を吸い出してから長い。
 かっては富士と言う煙草も吸ってはいたが、やっぱりピースに勝る煙草はなく、それもピー缶が一番。
 体に悪いからニコチンやタールの少ない煙草にしたらと、何度も言われた事があるがピースから切り替える事はしなかった。
 確かにニコチンやタールはベラボーに多いが、あの香りと吸い込んだ時の刺激は他のものでは味わえない。
 体に悪いからとニコチンやタールの少ないものを吸っていても、数を多く吸えば同じ事、それよりもピースを少なくすれば良い。
 それが私の言い分、そんな勝手な理論で今でもタバコを止めるつもりはなく、DSCN1680.JPG只本数は極めて少く、人はそれ位少なければ止めればいいのにと言うが、それでも止めようとは思わないので、逆にモット強い煙草をと。

 そんな時にあの人が吸っていたパイプに興味を持ち、パイプを買い込んで吸ってみたくなり、早速買い込んだ。
 勿論有名な探偵、イギリスのあの人、パイプ姿がカッコ良く、あんな風にタバコを吸いたいものだと、それ以来パイプの虜になる。
 早速パイプを買い込む事にしたが、何を買えば良いのか分からず店員さんに聞く事に、するとダンヒルが良いとの事。
 そのままダンヒルを買い込み、ハイプデビューしたのだが、これが難しいのなんの、全く火が付かないのだ。
 パイプに葉煙草をつめ、火を付けるのだが直ぐに消えてしまい、長く火が持たないので何度も火を付けることになる。
 しかし何度やってもすぐに消えてしまい、その繰り返しをするばかりであったがDSCN1658.JPG、ある時偶然に上手く行く。
 そんな事をしている内に上手く煙草を詰められるように、すると煙草を吸う事が面白くなり、どっぷりとパイプの虜になる。
 しかしハイプを取り出してタバコを吸い出すと、周りの人がこちらを見る事に、何で見るのか分からないのだ。
 そんな事が何度か続くので友人にその話をすると「お前はタバコの匂いが気にならないのか」と、そして「そのパイプの煙草は匂いがきつい」と言うのだ。
 確かに言われてみればタバコの匂いは強い、自分では良いと思っていても、周りの人は匂いがきついと感じているのだ。
 それ以来パイプでタバコを吸うのは人のいない時に、それも自分の部屋で吸う事にしたが、結果はこれも出来なくなってしまった。
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2018年12月22日

相談がある

    厄介な事にならねば良い

DSCN0715.JPG
 友人から電話で「相談があるがつごうはどうだ」と言う、どんな相談だと聞けば「そちらに行ってから話す」と言うだけ。
 何やら深刻そうな雰囲気、又厄介な事を持ち込んで来るのではないのかと、心配になったが居るから来いと告げたのだ。
 この友人気が小さくて、何事にも大げさにいう性格の人物、何時もの事であるから心配はしないが、それでも深刻そうであった。
 私も深刻な話は得意ではなく、避けられるものなら避けたいと思っているのだが、友人の頼みであれば仕方がない。
 あくる日友人が我が家にやって来たが、同行人が一人いるので、「如何したのか」と問いかければ、相談があるのはこの人だと言うのだ。
 こちらがキョトンとしていると、「この人の相談に乗ってやって」と友人、仕方なく2人を部屋に向かい入れて話を聞く事に。

 その人は自宅に有った蓄音機をどうしても直したいと言う、話を聞けば「親DSCN0717.JPG父の形見で、むかし良く親父が蓄音機をかけて楽しんでいた」しかし、その蓄音機が壊れてしまったので直したいとの事だ。
 何故友人がこの人を連れて我が家に来たのかと、すると彼は「お前の家にある蓄音機と同じものだと言うので」と説明するのだ。
 その話をこの人に教えたらしくて、それを聞いたこの人は「是非とも蓄音機を直すように頼んで欲しい」と彼に懇願したらしい。
 すると彼は一つ返事て承諾、早速私のもとに連絡してきたとの事、その際の電話では深刻な話し方をしたので、てっきり彼の相談と思っていた。
 そんな訳でこの人の相談に乗り話を聞く、ラッパの付いた我が家の蓄音機と同じようなものだと言い、ゼンマイが切れているとの事だ。
 そしてもう一つは、もし直ったとしてレコードを掛けたくても針がなく、その針も探して欲しいとの嘆願であったのだ。

 ゼンマイは私では直せないから、専門の人に直してもらい、レコードをかける為の針は私が多く持っているから譲ってあげると答える。
DSCN0724.JPG
 実際には蓄音機を見て見ないと分からないが、国産の蓄音機であればゼンマイはあるから、直ぐに直ると本人に伝える。
 友人は自慢して「簡単に直してもらえるから大丈夫、だから言ったでしょう」と得意げに話す、この男は気が小さいくせに、自慢だけは大きく言う。
 それにしても、厄介な話でなくて良かったと、内心では安堵していたのだが、それにしても簡単に安請け合いしてくるとは、この男も図々しい。
 自分では何にもできないくせに、あたかも自分で直せるかのような話し方、そして私に押し付けておき、手柄は独り占めするとは。
 全く私の周りの人物は、こんな人ばかりであるようで、私に色々と難問題を持ち込んで来るから頭が痛いのだが。











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2018年12月21日

部品欠品

      パズルまがい

SANY1905.JPG 来年も瀬戸の雛巡りがはじまり、雛巡りの準備だが、之からが私の苦痛の始まり、何故かと言えば前準備があるからで、1人で全部の雛人形を出さなければならないのだ。
 人に手伝って貰うと、何処に何が入っているのか全く分からなくなるから、毎年の事だが出す前にもひと悶着、何処に入っているのか分からない出来事で、四苦八苦する。
 だから準備の時には、自分で記憶して置かなければならず、之が膨大の雛人形の数の為、片付けても、片付けても、中々進まない。
 記憶するのと、出して調べるのと、忙しい事、忙しい事、そんな訳で今日も下準備、その中で1番厄介なものが御殿、この雛人形の御殿、意外と小さな木箱に入っている為、入れ方を間違えると蓋がきさらない事に。
 兎に角パズルみたいにギッシリと詰め込まないとダSANY4293.JPGメ、入れる位置が違うとキッチリと入らず、部品が余ることになり、初からやり直さなければならない。
 その御殿が30組、大小の箱に入っている為、御殿ごとに箱が違うもの、良く似た物を他の箱に入れてしまい、後で四苦八苦する事は地獄だ。
 一旦入れてしまったものは、どの御殿だったか忘れてしまう破目に、箱には写真が貼り付けてあるが、忙しいせいもあるのと、良く似た御殿が存在しており、間違えて入れてしまい大騒ぎになることも。
 御殿にも種類が幾つかあり、白木御殿は数が少ない事もあり、余り間違える事はないが、普通の御殿となると、そおは行かなくなるので、同じようなものが幾つか存在、写真のような御殿はごっちゃになってしまう。
 いったんゴッチャになると手が付けられないのだ、少ししかサイズが違わないために、ドチラの部品なのか先ず分からず、結局は御殿を再度組み立てて見るしかない事に。SANY1914.JPG
 そんな事になれば、仕事が逆戻りして、進むどころか二度手間、何をしているのか分からない状態に、そうなれば部品の欠品も出る始末となる。
 その証拠に今年も御殿を組み立てた際大事に、肝心の部品が違うものが出て、幾ら探してもどこにあるのか分からず、作業はストップしてしまい四苦八苦。
 一つの部品で御殿は組み立てられないし、その上作業は中断することになり、只でさえ忙しいのに大弱り、踏んだり蹴ったりになった。
 そんなことが起きるのも片付ける時に間違えた事だが、それが出す時になって大騒ぎの原因となり、後悔することなるのだ。
 
 
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2018年12月20日

誤字脱字

    毎日ある事
DSCN1579.JPG
 恥ずかしい話しだが毎日書いているブログ、何時も誤字脱字が多くあり、ある人から「戸田さんもっとチェックしないと」と言われてしまった。
 自分でも分かっている事を人から言われると、恥ずかしさが倍増し、跳ね返って来るもの、確かにその通りだ。
 その人曰く「必ずチェックしてから出さないと」と指摘、勿論そんな事は理解しているつもりだが。
 それでも同じ事を繰り返しているのは何故、自分でも打ち込んでからチェックはしているが、それでも見逃している。
 おかしなもので頭の中では分かっていても、手が他のキーボードをたたいているのだ、今では癖になってしまった。
 自己流で長い間キーボードを打ち続けていると、それが身についてしまい、間違いを起こす原因だと思う。
 パソコンを習い出したころ、パソコン教室には通わず、見よう見まねで覚えてしまい、現在に至っているのだ、教室に通っていればどのキーはどの指で押すのだと教えて貰えるが、それが私には出来ないのだ。

 友人からも「よくそんな打ち方で今まで来れた」と嫌味を言DSCN1580.JPGわれてはいるが、今では直そうとも思わないから。
 今更直らないとも思っているからだと、自分で分かっているのは、「て」と「た」のうち間違えだ。
 これは毎日と言って良いほど行ってしまい、読み返した時も自分では「て」と打ったつもりなのだ。
 しかし指摘されてからよく見ると「た」と打ち込まれているのであるが、自己流の成せる事だと思っている。
 そしてもう一つが「ね」のキーボード、これも良く間違いを起こすキー、シフトのキーを押してはいるが、押し方が甘くて「ね」になっているのだ。
 読んでいる人は何でここに「ね」があるのかと不思議に思われるのだと思うが、単純なミスである。
 それも良くある事で、チェックして直せば良いのにと、その通りであるが、これでもチェックはしているつもり、おかしなもので自分では正しく打ったつもりだから、チェックしても見落としてしまい、結果は恥をかくことになる。
 言い訳をすれば、毎日時間に追われて書いているから、結局チェックしないままにアップしてしまうのだ、情けない話であるが、自分では「くせ」で仕方がないと思っているので、今日もまたやってしまったようだ。









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2018年12月19日

ブリキの玩具7

    懐かしさが

 ブリキの玩具、市場から見なくなって久しいが、何処え消えてしまったのか、そんな思いでいる今日この頃。SANY0462.JPG
 ブリキの玩具には色々な思い出があり、特に自動車には思い入れも、そんなブリキの玩具、安全玩具として地位を確立できなかった。
 ブリキの玩具の安全性は、前から指摘されていたが、子供が怪我をする事があるから危険と、確かにブリキの玩具接続部分が少しやばい。
 固定されている部分が手に触り、怪我をする事もあったとの事、小さな子供が怪我をして危険だと言うのだが。
 そんな事で危険な玩具として名指しされてしまい、結果は市場から姿を消してしまったものだが、そんなに危険なものなのかと思うが。
 当時はそんなブリキの玩具が取りだたされ、大きな打撃を受けた事は確かで、一気に製造が下火となったしまったのだ。
 何時の時代も思いがけない事で姿を消してしまった玩具も多いと聞く、ブリキの玩具もその一つであろうが、これも時代の流なのか。

 私がブリキの玩具と出会ったの5、6歳の頃と思う、親父が買って来てくれたレースカーの玩具、勿論ブリキの玩具。
 これが最初の自動車だと記憶しており、その後もこのブリキの玩具を長く持ち遊んだが、車輪が取れてしまい廃棄処分にした。
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 しかしあのブリキのレースカーが忘れられず、探し続けているが今もって見つけていないので、是非探し当てたいと思っている。
 何時も蚤の市に行ったときには、あのブリキのレースカーを探し求めるが、何故か見つけ出せないもの、良く似たものはあるのだが。
 やっぱり自分が遊んだレースカーと同じ物が良く、なかなか目ぐ合わないが、これからも気長に探したいと思っている。
 そんな訳で蚤の市に行った帰りには、何故かしら別のブリキの玩具を買い込んでいるのだ、これも懐かしさから来るものだと思う。
 ブリキの玩具を見つけると、ツイツイ手が出てしまい、高いものを買い込んでしまうが、後から何で買ったのかと悔やむ事に。
 しかしやっぱりブリキの玩具に吸い寄せられている様な、そんな気持ちになっている気がし、自分ながら呆れもする。
 良いものは一つもないが、ツイツイ手が出てしまうブリキの玩具、子供の頃の思いがまだ抜けていないようだ。

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2018年12月18日

西郷どん

    本当は

 SANY8635.JPG西郷どん、大河ドラマの主人公だが日本人でこの名前を知らない人はいないと聞くが、果たしてどうだろうか。
 最近の若い人はどれだけの人が知っているのか興味のある所だが、果たしてどうだろう興味ないかも知れない。
 もちろん歴史好きの人なら大好きな人物、何故かしら人気が高くて、維新の英傑である事は確かである。
 しかしその実態は謎、一番は写真が一枚もないと言う事、不思議な話であるが事実らしいのだ。
 維新の英傑は殆ど写真に残っているが西郷だけはないらしく、あの上野の山の西郷像は弟西郷従道、大山巌二人の顔をミックスさせたものと言う、上半分が弟従道、下半分がいとこの大山、それで出来上がった顔が今の西郷像だと言う。
 本当に西郷どんは写真を撮らなかったのか、それにしても身近な人達が居た筈、他人の顔が出来上がるとは信じられないが。
 実際に私も何回か上野の山で西郷どんの銅像を見ているが、あの顔が本物ではないとやはり不思議である。
 除幕式の時に式に参列した妻糸さんは「うちの人はこんな姿でない」と言ったと言う、従道にたしなめられその場は収まったと言うが。

 SANY8642.JPGそれにしてもこの西郷どん、人物が大きすぎて他の人から恐れられたと言う、その反面下々の人には西郷人気、絶大な支持を集めていたとも言う。
 だから政敵たちは恐れたと言い、結果は西郷排除に大久保利通自ら行う事に、維新を戦ってきた同士であり親友、それを排除したのだ。
 西郷は野に下り西南戦争に発展するが、西郷は政府転覆など考えていなかったと言われ、不幸な結果となってしまった。
 この銅像を建てる時にも新政府官僚からは賊軍の西郷像を拒んだと言われ、皇居前には建てさせなかったと言う。
 逆に言えば如何に西郷を恐れていたと言えるが、維新の立役者を追い詰めたのも彼等であったことは事実だ。
 西郷従道や黒田清隆らの力でようやく明治31年に上野の山に鎮座する事に、作者はあの高村光雲、今でもこの像は人気のスポット、西郷どんはヤッパリ人気者だ。
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2018年12月17日

馬上杯

      一気に進歩する

SANY4503.JPG またまた登場瀬戸の染付、江戸から明治にかけて瀬戸の磁器は一気に大進歩をとげるが、其処には明治の文明開化が大きな役目を果たすのである。
 瀬戸の染付けは江戸時代はベロ藍と呼ばれる色の濃いブールーが主体、鮮やかな藍と時期の白さとの調和、其処に絵が描けた模様は瀬戸の染付けの代表。
 この藍は瀬戸のゴスと呼ばれるもので、その調合された釉が瀬戸独自の色を生み出してきたもの、ライバル伊万里の染付けと一線をかくしたものだ。
 それが明治に入り西洋から入ってきたゴス、その色は今までの瀬戸の染付けの色を一変さるもの、ベロ藍よりも少し薄くて透明感のある色がそれ。
 今までになかった瀬戸の色が実現し、磁器の精密さが増した生地とゴスの絶妙なバランスが生まれ、瀬戸独自の染付けが誕生する。

 この時期は伊万里との市場競争に遅れを取っていた瀬戸の磁器、切磋琢磨され独自の色の完成であり、伊万里に対抗できるものとなった。
 SANY4499.JPGSANY4505.JPGもう1つがパリ万博、瀬戸の磁器が海外でも認められると共に、輸出向けの商品の開発がなされ、一段と瀬戸の染付けは進歩した。
 その原因の1つが絵付け、職人たちの技術向上に心血を注いできた事が、結果を生み出してきたもの、一流の絵描の指導により格段に技術が進歩したのだ。
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2018年12月16日

縁があるか

      古時計と共に

 SANY8446.JPG古時計を集めだして何十年、兎に角時計が好きで歩き回ったもので、俗に言う足で稼ぐを地で行く、確かに情報も大事な事。
 しかし、今までの経験上から言わせれば、情報ほどあてになら無いものと思うが、どうであろうか、情報がなければ動く事も出来ないのは確だが。
 しかし、その情報が良ければ良いのだが、今まで経験上情報が良かった事は少なく、殆どの場合はガセネタ、確かに情報には違いは無いが、的が外れていたものが多くあった。
 友人、知人、骨董屋、アンティークショップ、買出し屋など色々な人からの情報が入ってくるが、やっぱりまともなものは少なかった。
 ある人に言わせれば、情報をくれる人が悪すぎ、もっと良い情報家と付き合わねばと、しかし、もっと良い情報屋が何処にいるのだろうか。
 大概は商売上、情報を入れるので確かに早く情報は入るが、此方の思っているものと違っている場合が非常に多い。
 その人の感覚と自分の感覚のズレが多くあり、そのズレがすり合わない事が多すぎ、後からガッカリする事の方が殆ど。

 SANY8447.JPG例えば、同じ精工舎の石原町の時計でも、程度が良いものと悪いもの、もしくは八角型は同じでも、絵ガラスが違っていたりすることもあり、提供者の情報と微妙なズレが生じるもの。
 こんな事は日常茶飯事、同じものでも程度により段違いに評価が違うものだが、売る方は贔屓目にものを見てしまい勝ち、買う方はシビアな目で見るから違いが生じる。
 石原町製造の時計でも、私は何故かダルマ型に縁が薄い、手に入ったとしても程度が悪くて、良いものを手にした事がないのだ。
 何故かしら四ツ丸ダルマには縁が薄く、逆に八角型は縁が深くて、どう云う訳か同じものが多く寄って来るから不思議な事だと思う。
 やっとの事で手に入れてみれば同じ物であることが多く、もっと違ったものが欲しいと思ってしまうことばかり、人に言わせれば贅沢な話だとも言うが。
 石原町の時計が手に入るだけで幸せであり、それを贅沢な悩みと云うほか無いと、確かにその通りかもしれないが、それが人情かも知れない。
 古時計と言うものは自分では何ともしがたい縁が存在しているようで、良いダルマを求めても、私の縁は八角型の時計が良い縁であるようだ。
 世の中とはやっぱり不思議な「えにし」で結ばれていると感じ、今までもやって来たが何事も縁がなければ出会わないものだと思う。
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2018年12月15日

コンサート

      久し振りのコンサート

SANY7766.JPG 瀬戸市の古民家久米邸に展示してある蓄音機、見学者に良く動くのかと質問が寄せられるが、何時も動きますよと答えるだけ、それは中々演奏しないからだ。
 以前は良く演奏会を催していたが、度重なるゼンマイ切れでスッカリ嫌気がさし、蓄音機を掛けていないが、最近要望が多くなったので久し振りに開催する事にした。
 何度かゼンマイ切れで、その都度修理をしてゼンマイを替えていたが、最近同じゼンマイが手に入らなくなってしまい、何度も切れると、今後修理不能と言われていた。
 しかし、コンサートの要望が多く、如何しても聞きたい人が、「是非コンサートを開催して下さい」と切望され、重い腰を上げざろう得なくなってしまった。
 そんな訳でまた蓄音機によるコンサートを開催、リクエストが多かったと言う事はそれだけ期待していると言う事、期待が大きい分此方も負担が大きい。
 やるからには期待に答えないといけないと思い、蓄音機の整備に入ったが、これがやっかいな事になってしまい、蓄音機が言う事を聞かないのだ。
 回転にムラが出ているので、このムラをなくそうと整備に入ったが、一向にムラがなくならないので原因を探れば、ジャイロのバネがおかしいのだ。

SANY7771.JPG 蓄音機はゼンマイで動かす仕組み、このゼンマイが戻る力で回転するのだが、バネが強い時は早く回転してしまうので、速く回らない様にスピード調整をするのがジャイロ。
 この機種のジャイロは3枚のバネでスピードをコントロール、3枚のバネの中央には鉛の錘が付いており、回転するとバネが外側に膨らむ仕組み。
 鉛の錘が遠心力により外側に膨らむ事により、バネは引っ張られて外へと膨らみ、膨らむ事によりジャイロ全体が小さくなるとストッパーが利く仕組み。
 このストッパーが回転を早めるのを抑えるもの、このジャイロのバネが折れたので一枚交換したが、これがスピードをムラにする原因のようだ。
 交換したバネが少し弱いようで、今までのバネとのバランスが悪く、ムラのある回転になってしまったようで、このバネが原因と分かるが、しかし中々同じバネはなく、結果は全部交換する事に。
 回転はムラがなくなったが、今度はスピード調整、回転はムラがなくなったがスピードが速すぎ、原因はブレーキ部分のパット、フェルトが劣化してストッパーの役目を果たさないので、これも交換した。








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2018年12月14日

忠臣蔵

    その日が

SANY8626.JPG 時は元禄15年12月14日未明、本所松坂町の吉良邸に赤穂浪士が討ち入り、日本人は忠臣蔵が好き、暮れになるとこの話が出ない事はなく、昔から12月は忠臣蔵と決まっているかのようだ。
 そもそも忠臣蔵とは何か、芝居の演目の一つとして知られている物語、仮名手本忠臣蔵がその一つと言われている。
 江戸の人は芝居が好き、はじめて忠臣蔵が演じられたのが討ち入りから40数年後、それも実名ではなく仮名を使って演じられている。
 そこには幕府に対して遠慮があり、あからさまにする訳にも行かず仮名をやむなく取り入れたようである。
 これが江戸で大当たり、拍手喝さいで迎えられたと言われ、その後各地で演じられ忠臣蔵は日本全国に広まって行く。
 芝居は浅野内匠頭が善人で吉良上野介が悪人とされ、主君の仇討ちを苦労の末達成する物語、これが忠臣蔵の芝居だ。SANY8623.JPG
 では本当の事はどの様なものなのか、詳しい事を知る人は少ないようで、芝居が本当の事と思っている人が多いと聞く。
 史実では赤穂事件とされ、忠臣蔵とは言われていないのも知らない人が多く、意外に思う人も多いだろう。

 この事件、本当の事は未だに闇の中、史実はどの様であったのか、何故内匠頭が人情に及んだのか、やっぱり不明である。
 色々と取りださされているが歴史学者の間でも意見が分かれており、浅野内匠頭の行動は解明されていない。
 分かっているのはその後家臣たちが吉良邸に討ち入り、仇討本懐を成し遂げた事、当時は集団を組んで徘徊する事はご法度であった。
 それを無視して集団で討ち入り、吉良の首をはねた事は万死に値するもの、これが当時の常識であったと言う。
 体の良い仇討とすることは許されなかったのが現実、それを無視して行動した彼等、庶民は拍手喝さい、幕府に対しての不満の捌け口を求めたのだ。
 主君に対して忠節を尽くす、これが武士の本懐、だから江戸の人達に受け入れられたのであろうが、結果は全員切腹、結末は哀れでもある。




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2018年12月13日

好みの違い

     更科か田舎か

SANY8433.JPG 食べ物の内うどんと蕎麦、どちらが好きかは人の好み問題であるが、それが大問題でもあると思うの私だけだろうか。
 そもそもうどんと蕎麦、古くから日本に伝わってきた食べ物、どちらも僧侶によって中国より齎されたものと言う。
 中国に仏教の修行に渡った僧侶が帰国時に持参したものと言われ、それが庶民に伝わったと言われている。
 うどんの方が先に日本に齎されたと言うが、どちらが先かはハッキリとしないようで色々な説が存在している。
 また日本でうちが発祥地と言い出している所も多いが果たしてどこが発祥地なのか、それは其れとしてどちらでも良いのでは。
 話は蕎麦について、どの蕎麦が好みかと言う事、更科か田舎かどちらが好きかと言う事、うどんの事ではない。
 全国の蕎麦好きの人達、どちらが好みか分かれるところでもあると思うが、果たしてどちらが多いのか知りたい気もする。
 更科と田舎か、どちらが古いのかと言えば田舎と言う事になるが、それは極自然の事であると言うのだ。
 つまり田舎と称せられるものは蕎麦の実を皮ごとSANY8439.JPG粉にしているので色が濃くなっており、黒いものは皮である。

 もともと蕎麦は貧しい庶民の食べ物であった事がその由来、当然の事蕎麦の実を残すことなく全部食べるのが当たり前。
 皮ごと粉にして食べたものであり、当たり前に皮ごと挽くから黒くなるのは当然、それが田舎と称しているものなのだ。
 その後寺方が上流階級のため蕎麦の実を磨き、皮は捨てて実の綺麗な所だけで粉にしたもの、それが更科の始まりとされている。
 当然一般庶民にはこの時は食べられずに、上流階級のみ食していたようであるがその後庶民にまで食べられるようになった。
 勿論好みの問題で、どちらが良いのかは本人次第、更科が良い人もいれば、田舎が良い人もいる、当然と言えば当然である。

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2018年12月12日

バカラの違い

    何処が違うのか

SANY8452.JPG 友人がバカラを持って現れ、お前と同じバカラを買い込んできたと言うが、実は友人以前に私が飲んでいたものを見て買い込んだらしい。
 前、彼が来た時に私だけバカラのグラスで飲んでいたので、友人が「なんでお前のグラスだけ違うのか」と聞いたので、「これは俺専用だ」と答えた。
 グラスにはうとい彼はバカラの事は知らず、自分の出されたグラスと違うから、気に入らなかったのだと思う。
 その時、そのグラスは何処のものかと言うので、「バカラ」とだけ言った覚え、しかし友人はバカラなるものが何処のものか知らない。
 ただ自分のものと違うから、同じ物が欲しかったようで、その後自分で探しに行ったらしく、それを買い込んで来た。
 彼はグラスなどに興味などない筈、しかし買い込んで来たとあれば、余程あの時の事が面白くなかったとみえ、自分用に買い込んだみたい。
 そして「お前と同じ物を買って来た」と差し出したが、何だか少し違うよう、彼は同じものを買い込んで来たつもりだが。
 私の持っているものと比べだし、何処か変だと言い出したので、ジックリと手に取ってみると、彼のものは軽いのだ。
 それに彼も気か付き、「なんでお前のは重いのか、俺の少し軽いが何故違う」と不思議そうに私に言うのだ。

 勿論その原因はハッキリと分かっているが、彼にSANY8460.JPGはそれが分からない様、実は彼の買い込んで来たのは古い方のバカラ。
 私のものは最近のもので、彼のものは以前の物である、良く比べないと気が付かないが、カットも違い、その上重さも違うのだ。
 何処で買い込んだのか知らないが、バカラのグラスを指定して買いに言ったつもりだと思うが、在庫品を買わされたのか。
 彼に何処で買い込んで来たのだと聞けば、友人が持っていたものを譲って貰ったらしい、その友人は昔買い込んだものだと言う。
 勿論、ショップで買い込めば新しいグラスを出すはず、もし古い物を黙って売ると言う事は無い筈だが、おかしいと思ったもの。
 友人比べて違いが分かり、如何も納得がいかない様子、私が「お前は知らないで買い物をするから、違うものを買い込むのだ」と窘めると。
 すると友人「何で教えてくれなかった」と又も人のせいにするが、「バカラの事を知らないで買うからこんな事になるのだ」と。
 しかし譲った友人も、別に高く売りつけた訳でもないし、本物のバカラであり、おかしくはないが、同じだと思っていた友人は落ち込んでいた。

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