2018年12月03日

まる5年

    積み重ね

 SANY8397.JPG小さな蕾の小雑誌に自分の記事を載せてまる5年が来、長くて短い期間であったと思う反面、色々と悩んだ事もある。
 以前に自分の書いた古時計の本を出版、上手く出版社に乗せられて本を書くつもりになったが、物を書くと言う事が如何に大変かを身をもって経験した。
 その時は考えもしなかったことが後々後悔になる事をその時点では分からず、只々文章を書く事に追われていた。
 古時計の説明文であり、古時計の大体の事は頭に入っていると言う自負が、後で後悔のもととなる事も知らずに。
 文章と言うものは幾らでも書き換えられるとその時は思っており、多少の間違いは仕方がないと思っていたから、これが間違いのもと。
 後から書き換えられると思ってしまったが、イザ出版となると校正に神経をとがらせないといけないのだが、その時は安易に通してしまった。
 頭の底に少しくらいの間違いは大した事ではないと、そんな風に思い説明文も中途半端な確認で済ませてしまったのだ。
 本来なら慎重かつ十分な確認をしたうえで校正に臨むもの、それが一番安全な策とも知らず、早く済ませたいと言う思いだけでゴーサインをしてしまった。

 SANY8424.JPG結果は間違いの文章が多くあり、今でもその部分を読む時、自分ながらあきれてしまう事になるが、こんな事になるのだとはじめて気が付く。
 一旦手元を離れた文章は永久に戻らない事を実感したのだが、それは後の祭り、変えようにも変えられないのだ。
 そしてこの間違えは永久に残り、多くの人々に目にさらされることになり、恥ずかしい思いをその都度する事になるのだと。
 安易な気持ちで書いた文章が、後々重大な事になるとは今にして実感、慎重にも慎重にと思うようになったのだが。
 十数年経ち新たに文章の依頼が舞い込み、軽い気持ちで引き受けてしまい、60回を数え現在に至っているが当時の気持ちは何処へやら、今も性懲りもなく間違いを犯しているのだ。
 人と言うものは後悔の連続と言う人もいるが、あながち的を得ていると思うし、そうだとも思う今日この頃である。
 書いた文章は間違いであっても永久に残ってしまう事を肌で感じているが、何処まで身に染みたか同じ事をしているみたいだ。
 人間とは懲りない動物なのか、それとも自分がおかしいのか、どうして同じことをしてしまうのかいまだに分からない。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記