2018年12月16日

縁があるか

      古時計と共に

 SANY8446.JPG古時計を集めだして何十年、兎に角時計が好きで歩き回ったもので、俗に言う足で稼ぐを地で行く、確かに情報も大事な事。
 しかし、今までの経験上から言わせれば、情報ほどあてになら無いものと思うが、どうであろうか、情報がなければ動く事も出来ないのは確だが。
 しかし、その情報が良ければ良いのだが、今まで経験上情報が良かった事は少なく、殆どの場合はガセネタ、確かに情報には違いは無いが、的が外れていたものが多くあった。
 友人、知人、骨董屋、アンティークショップ、買出し屋など色々な人からの情報が入ってくるが、やっぱりまともなものは少なかった。
 ある人に言わせれば、情報をくれる人が悪すぎ、もっと良い情報家と付き合わねばと、しかし、もっと良い情報屋が何処にいるのだろうか。
 大概は商売上、情報を入れるので確かに早く情報は入るが、此方の思っているものと違っている場合が非常に多い。
 その人の感覚と自分の感覚のズレが多くあり、そのズレがすり合わない事が多すぎ、後からガッカリする事の方が殆ど。

 SANY8447.JPG例えば、同じ精工舎の石原町の時計でも、程度が良いものと悪いもの、もしくは八角型は同じでも、絵ガラスが違っていたりすることもあり、提供者の情報と微妙なズレが生じるもの。
 こんな事は日常茶飯事、同じものでも程度により段違いに評価が違うものだが、売る方は贔屓目にものを見てしまい勝ち、買う方はシビアな目で見るから違いが生じる。
 石原町製造の時計でも、私は何故かダルマ型に縁が薄い、手に入ったとしても程度が悪くて、良いものを手にした事がないのだ。
 何故かしら四ツ丸ダルマには縁が薄く、逆に八角型は縁が深くて、どう云う訳か同じものが多く寄って来るから不思議な事だと思う。
 やっとの事で手に入れてみれば同じ物であることが多く、もっと違ったものが欲しいと思ってしまうことばかり、人に言わせれば贅沢な話だとも言うが。
 石原町の時計が手に入るだけで幸せであり、それを贅沢な悩みと云うほか無いと、確かにその通りかもしれないが、それが人情かも知れない。
 古時計と言うものは自分では何ともしがたい縁が存在しているようで、良いダルマを求めても、私の縁は八角型の時計が良い縁であるようだ。
 世の中とはやっぱり不思議な「えにし」で結ばれていると感じ、今までもやって来たが何事も縁がなければ出会わないものだと思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記