2019年01月31日

今年もやるの

   やっぱり壊れる

 SANY9016.JPG今年も瀬戸の雛巡りがやって来るが、その準備に忙しい毎日、友人が今年もやるのかと呆れた顔で私に問うて来た。
 彼は私が苦労している事をよく知っているからこそ、こんな聴き方をしているが悪気で言っているのではない。
 彼は心配して言ってくれており、昨年暮れから準備して毎年この時期私が体調不良を訴える事を知ってのこと、有難い事と思っている。
 兎に角忙しい事に変わりなく、時間も迫っているこの時期は弱音も出る時期、それを知っているからこそ気を使ってくれる。
 事実今が一番体力的にきつい時、昨年の終わり頃より準備に入っており、一か月半過ぎているから疲れもピークに達している。
 そんな折に事件は起こる事に、何しろ展示する雛人形の数が多くて、取り扱いには慎重を期してはいるが事件は起こる。
 それもあってはならない事が起き、その事に時間を費やし準備に支障をきたすことに、何時もの事だと思ってはいるが。
 古いものを扱うから当然慎重に対応しているが、数が多い事SANY9012.JPGもありツイツイへまも起きる事に、仕方がない事だ。

 最後の追い込みをしている最中、スタッフの一人が冠を取り出す時に誤って冠を床に落とし、写真のように左側の飾りが全部壊れてしまい展示室は騒然となった。
 悪い事に落とした冠が享保雛のもの、スタッフが騒ぐのも仕方がないが、故意に落としたものでないから仕方がない。
 本人が一番責任を感じているので、直せば良いから心配しないでと慰め、その場は収まりが付いたものの、これを修理しなければならない。
 時間がないから心の中では焦りが、しかし展示会では良く起こる事だと思っており、それが嫌なら展示はしない事だ。
 ただ時間がかかる事には変わりなく、後3日しかないから慌てて修理しないといけないが、そんなに簡単には行かないだろう。
 さてさて展示とは何が起こるか分からないもの、それを恐れていたは前には進まないもの、やるしかない。
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2019年01月30日

古時計裏話

    ライバル意識

 SANY4834.JPG時計愛好家にとって欲しい時計は多くあるが、その中でも人気の高いものは是非手に入れたいものの1つ、そんな理由で色々と候補が上がる。
 かっては精工舎の姫ダルマ、この時計は可愛い事も相まって人気沸騰、絶対欲しい時計であったが、最近は其れも下火になってしまったようだ。
 何故かと言えば、かっては数が少なく珍品であるとの理由で人気の的となったが、蓋を開けてみれば大抵の愛好家は精工舎の姫ダルマを持っていた。
 数が少ないと言われるのに何故こんなに多くあるのかと、其れが引き金となって次第に人気が薄れ、姫ダルマブームは去っていった。
 そんな同じ様な話が精工舎スリゲル型のパリ、この時計も凄い人気であり、市場に出れば競い合って買いあさったもので、値段が飛び上がってしまった。
 愛好家が皆欲しいとなればライバル意識が先に立つ、少々高くても買ってしまうのもライバルには渡したくないとの思い、その誘惑に負けてしまうのだ。

 当前売る方もその心理状態を見抜いており、駆け引きが繰り返されて結果は値段が上がる事に、需要と供給のバランス、欲しい人が多ければ値段も上がりる。
SANY4830.JPG 数が少ないものは希少価値として、その存在が注目され、又ライバル意識も盛となる事になり、お互いに競い合ってしまうのだ。
 姫ダルマにしろ、スリゲルのパリにしろ、思っていたよりも市場に数があり、皆が持っているとなると、人よりも珍しい時計の方が良くなるのは人情。
 人とは違った時計が欲しいとの思いは、愛好家の本音、人と同じものを持っていても仕方がないと思う、そこから又新たな火種が燻ぶり出すのだ。
 皆が持っていた時計を手放し始め、買う人が少なくなるにつれ、当前値段も下がり始めて、一頃の値段の半額になっているのが現状。
 これも時計愛好家が作り上げてしまった相場、欲しいと思う心の現われが現実の値段となり、自分自身に跳ね返ってきたのだ。
 しかし、逆にこれから時計を集めたいと思っている人にとっては、今の相場はありがたい事、モット安くならないのかと思っていても不思議ではない。
 人間の心理とはそんなもの、立場の違いで思うことも違うもの、これも時期の違いかも知れないが、高く買ってしまった人にい辛いかも。
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2019年01月29日

思わぬ出会い

      駅舎を改造

SANY8847.JPG 静岡県浜松市、天竜浜名湖鉄道の無人駅一宮、ここは天竜浜名湖線の遠州森の近く、遠州森と言えば「森の石松」、あの森の石松の出た所。
 天竜浜名湖線は名前の通り、浜名湖沿いを走る電車、沿線は人口減少で無人駅が多くなったもの、その駅の1つを利用して蕎麦屋が開店した。
 あの蕎麦打ち名人、「高橋邦弘氏」の弟子、美甘氏が経営する店がそれ、浜名湖線の一宮駅が無人となり、その駅舎を借りての営業。
 外形は元のままの駅、改札口や待合室も元のまま、駅事務所を改装して蕎麦屋に、その為に店内は広くなく、テイブルは大小三つ、こじんまりとした蕎麦屋だ。
 この店を見つけたのは、たまたま仕事で遠州森の得意先の帰り、駅のトイレを利用しに行き偶然出会ったもの、その時は「高橋邦弘氏」の弟子の店とは思わなかった。
 その為に店には入らず帰ったが、後日森に行く仕事が出来帰りに立ち寄り、蕎麦を食べる事に、出された蕎麦を見て直感、翁の蕎麦だと。
 早速店主に聞けば、「師匠は翁の高橋氏です」と、まさかこんな場所で翁の蕎麦が食べられるとは、食べればやはり翁の蕎麦、若干高橋氏の出汁とは少し違うものの、紛れも無い翁仕込の蕎麦だ。
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 美甘氏は、夫婦で店を切り盛りしており、自分で蕎麦粉を挽き、うちたてを食べさせるのが信条、だから少し時間はかかるが、ゆったりとした気分で待てばよい。
 その間に浜名湖線の電車がホーム滑り込み、あの懐かしい電車の車輪のきしむ音が聞こえて、此処が駅であることを改めて実感。
 店の名前は「百々や」、夫婦で切り盛りする蕎麦屋、そんなに多くの蕎麦を出しているわけでなく、直ぐに売切れてしまうから、食べに行くなら開店と同時に行くことだ。
 以前時間が遅くなって、12時半に店についたら、麺が切れてしまい、目の前で閉店の憂き目、絶対に食べたいのならば開店と同時に入る事、11時30分開店だから、それに合わせて行く事だ。
 遠州森ののどかな雰囲気の駅舎で食べる蕎麦も又、変わった雰囲気で食べられ、昔の面影の残るホームに立ってみたらどうだろうか、幼い日の思い出がよみがえって来るかもしれない、そんな佇まいをした駅舎でもある。
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2019年01月28日

こけしの顔

    ブーム再来
 
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 こけし、最近若い女性の間でこけしが静かなブームになっているとか、そんな噂がちらほらと聞こえて来る。
 何度となくこけしブームはやって来ては去ってゆく、こけしとはそんな魅力を持ったものだというが、今またブームに。
 私の持っているこけしは集めるために集めたものではなく、ただ何となく集まって来たというべきだ。
 別にこけしに拘って持っているわけではなく、副産物として集まったもの、しかし「小椋久太郎」のこけしだけは違う。
 あのこけしに出会ったとき、何となくひかれて、つい買い込んでしまったもので、それ以来久太郎のこけしは別格。
 どのこけしよりも引き付ける魅力があるものなので、ついつい引き寄せられ、少しは持っている。
 何がそうさせるかはあの顔、初めて出会った時もあの顔に吸い込まれSANY0775.JPG、自然に手が出ていたのだ。
 こけしは顔が命、この顔一つで全部が決まってしまうもの、だからこそ顔に命が宿っていると思うが。

 それこそこけしは全国に幾つあるのか分からない位あると思う、そこの中から自分好みのこけしを選ぶのだ。
 だから作者も大変だと思うが、伝統的なこけしや創作こけし、今流行りのこけしなど、どの路線で行くか、さぞかし大変だと思う。
 現代人に合うこけしは、どのこけしか分からないが、やはり顔が一番重要なのではないか。
 それぞれに個性を持った顔を製造しているに違いなく、自分の作品に自信をもって作られていると思う。
 単にブームだから、その流れに乗って行こうと思っているとは思わないし、そうでSANY1022.JPGあって欲しくもない。
 写真一番下は小椋久太郎のこけし、独特な顔が特徴のこけしで哀愁に満ちた顔をしている。
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2019年01月27日

最後の追い込み

    今年も後一週間

SANY9003.JPG 尾張瀬戸の雛巡り、2月2日から開催されるが、今最後の仕上げの真っ最中、毎年の事だが昨年の暮れから準備に入り、あと一週間。
 順調に仕上がったと言えば、言えなくもないが、ヤッパリ四苦八苦の連続、同じ展示はしたくないとの意思で苦労する。
 例年通りに展示をすれば簡単なこと、しかし其れでは観光客に申し訳ないので、昨年とは違った展示物を用意して準備に入る。
 暮れに最も1番展示の多い古民家久米邸を最初に、レイアウトを決めるのにあれこれと迷うことになり、なかなか決まらず時間が゜経過する事に。
 原因は御殿の展示物、新しく手に入れた白木御殿を今回の目玉として考えていたが、実際に組み立ててみたら部品の欠落に気が付く。

 最も重要な部品が欠落しており、急遽自分で製作する事にして製作に入ったが、其れは簡単に行くつもりが当て外れ。
 2回、3回と造り直しては壊し、結局時間のついやする結果となり、ここで日にちのロスが生まれてしまう事となった。 今年の展示場所は19箇所、昨年よりも6箇所増えたことになり、その分大忙しの毎日、展示物の選択も四苦八苦の状態。
 最後の展示場古民家久米邸、ここは毎年御殿雛を展示、今年も色々な御殿雛を5点展示、それだけでは寂しいので、壁に吊るし雛を展示してアクセントを付け、迫力のある展示にした。
  ここの展示が完成すれば、後は最後の追い込みになり、一展示場のみとの設営、時間との戦いに先が見えてきたように。
 そして今年は商店街の一角に享保雛を展示する事になり、これが大変な作業となる事は必定、頭の痛い問題でもある。
 最後の展示場は商店街の一角、場所としては広くて申し分はないが果たしてどのような物を展示するのか、ここ一両日に完成させねばならないので、ラストスパートを掛けたい。
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2019年01月26日

時計の鉛筆削り

      知らず知らずに
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 前にも取り上げたが古時計愛好家にとって時計に関するものであれば興味が湧くもの、それが何であれ見たいと思う、そんな事を思っている人も多いと聞く。
 事実古時計を集めるのではなく、はじめからこのような古時計の小物を集めている人も、その人たちはジャンルにも拘っているのだ。
 ジャンルとは写真であったり、金属であったり、陶器であったり、はたまた木製品であったりとジャンルが違い、それはそれで拘りだ。
 私もご多聞に漏れず、色々なジャンルの小物を集めているのだが、その統一性は全くといってなく、目に付いたものを集めただけ。
 拘りをもって集めている人から見れば統一性の無いもの、大きい物から小さい物まで、そして素材には拘らず、時計の形をしていれば良い。
 SANY0328.JPGだから手あたり次第に集めているが、高価なものは手にしない事、そして深入りはしない事、これを守って集めていると思っているが。

 見るもの、見るものを集めていたら限度がなく、人間欲望には勝てないから、ソコソコで切りをつけなければいけない。
 そんな時計の小物、買う時にも決まりをもうけている事が、それは古時計を手に入れたときは時計の小物は買わないこと。
 両方とも買い込まないことが決まり、これは最低限度の守りたい事、そなん決まりの中で集めてはあるが、やっぱり小物は自然と集まってくる。
 友人に言わせればそれは病気で、それも重病人だと言うが、確かに大袈裟ではあるが、間違ってはいない様だと思う。
 写真の真ん中のものは時計小物の中1番のお気に入りの物、高さも3センチ位の小さな物だが、鉛筆削りとしては使いやすく非常に便利なもの。
 古時計を集めている人はこんな小物も大好き、根っからの時計好きである証拠でもある。
 いずれにしも古時計愛好家としては、時計の形をした物を知らないうちに買い求める傾向が強く、殆どの人が小物を好きだと思う。
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2019年01月25日

前よりも

    もっと良い物を

 最近手作りのものが流行っているが、自分の手で作り上げたいと言うDSCN1396.JPG人が多くなっている証拠でもあるが、何処にでもある品物ではなく、世界にこれが一つしかないものと、そんな物を造りたいと言う人が増えているのだと思う。
 よく観光地に行くと皿などの絵付けや染め物などさせている所があり、結構流行っているのだが、簡単な物しか出来ない。
 皿などの絵付けも子供から大人まで楽しんでいるが、実際には出来上がったものを家に帰り、実用的には使えないのだ。
 使うために作るのではなく、旅の記念にと作るものであり、実用的に使いたいとは思っていない人ばかりか。
 観光地でこの様な物を作って、家に持ち帰ったとしても、飾りとして置いておくか、しまい込んでしまうのが普通である。
 その場で見ていると簡単に出来そうで、自分ならもっと良いものが出来ると思い込み、ツイツイ手を出してしまう。
 過去にも色々にものを作り上げたが、一つとして実用的なものが出来上がった事は無いく、皆と同じでしまい込んでいる。
DSCN1393.JPG 娘がある処でガラスのコップを作って来て、家に持ち帰ったがそれを見て出来が良いと思い、現在でも使っている。

 娘に聞けば普通は30分か40分で終わりなのだが、その工房は実際に使えるものを作りださせるのだと言う。
 つまり指導員が居て、先ず作りたいものをジックリと考えさせて、実際に作業を行う時には、殆んど付き切りで指導すると言う。
 娘も自分が使いたいものを指導員に伝え、現実化して行くとの事、観光地でよく見かける、型通りの作り方ではないと言う。
 だから出来上がったものは、使い物にならないものは出来ず、シッカリとしたものが出来上がるとの事、時間も倍以上かかったと言うのだ。
 確かに持ち帰って来たコップは、展示場で売られているのとさほど変わらないもの、良く出来ており、実用向きである。
 今でも私が使用しているので、実用向きである証拠、そんなコップを作りたいと思い、瀬戸市内の工房へ行き作り上げた。
 娘が出来たから、私でも出来るはずと思い、作り始めたのだが、実際に行ってみると難しくて、こちらの思っているようには作れないのだ。
 出来上がったものは娘よりも出来が悪くて、簡単には作れないと実感したのだが、逆に今度また挑戦してみたいと思っているが。
 上が娘が作って来たコップ、下が私が作って来たもの、何方が出来が良いかは本人次第で、自分のが良いと思っている。
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2019年01月24日

疑問の仕組み

    どの様にして動く

 SANY7728.JPG灯台型時計の仕組みはどの様なものなのか、興味を持っているとも多いと聞く、確かに見た事のない時計の構造は興味をそそる。
 誰しもどんな仕組みのものなのかと、疑問を抱くのは当たり前の事で、以前は私も興味を持っていたから、そんな気持ちになるのは理解出来る。
 外形からでは中の仕組みは見えず、またどんな仕組みかと興味を持つのも当然、さぞかし複雑な仕組みであろうと考える。
 勿論想像が先になり、実態の構造は闇の中であり、勝手に想像して仕組みを考え、自分の経験の中で判断するものだ。
 疑問を抱く理由は、長短の指針が円筒形である事、二つの円筒形がどの様に動くのか、よほど複雑な仕組みかと想像する。
 実態は別に複雑な構造ではなく、思っていたよりも簡単な仕組み、只今までの常識では理解できないと思うが、そんな疑問を抱くのも愛好家なら。SANY7626.JPG

 円筒形が二つ、それと普通の長針と短針と同じ動きである事は、頭では理解できるが、実際に同じように動くのか疑問を抱いている。
 何故ならば実際に仕組みを見ないと理解できないと思われ、どんな回転をするものか、理解しにくいかも知れない。
 写真は二つの円筒形の物が主軸に接合している姿、下の段が長針であり、上の段が短針であるが、下の円筒形はストッパーが付いている。
 勿論ストッパーが付いていなければ下まで下がってしまうから、理屈では分かるが実際に見ると、成る程と思うから面白い。
 これが百聞は一見に如かずの例え、実際に見るとは大違いで、簡単な仕組みも見ないうちは複雑だと考えてしまう。
SANY7631.JPG
 写真ではそれが分かると思うが、ただ長短を動かす主軸は、普通の時計とは全く長さが違うもので、その長さが長いから、ロスが生まれて来る。
 当然時計の調子も狂いがちになり、時には負荷がかかりすぎて時計が止まってしまう事になるのも屡々、当然の事と思う。
 円筒形の物が二つ、そして主軸が長すぎるから、負荷がかかっても仕方がないもの、むしろ当然の事だと思うが、それを乗り越えないと、この時計は動かない。
 改造時計は常に故障の原因を抱えているもの、特に奇抜なアイデアであれば、それだけ負担が倍増して、故障の原因となる事は必定。
 この灯台型の時計は、はじめからその負担を抱えている仕組み、ゼンマイの力ももう少し強いものにしなければ、正確には稼働しないと思う。
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2019年01月23日

品質保障

   ユニオンマーク

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 古時計の背板に貼られている品質保障のマーク、愛知県時計共同組合の保証書がそれ、大きなものでローマ字の記入がされた印刷紙。
 時計の保証書と言えば時計屋さんが自分の修理した物に対して保障するものが多く、何処何処の時計店が保証書を出しているのが普通。
 その殆どが白色の紙に時計店の名前が印刷してあるもので、時計店が個人的に保障する証書、各店舗が保障する証明書である。
 良く見かけるものはこの修理保証書、古時計背板や振り子室に貼られている保証書がそれ、何々時計店と記入されいる張り紙だ。
 この保証書も古時計を調べる為の大事の資料、この保証書により年代が割り出されるのは役に立つもの、修理した日の記録が記されているからだ。
 修理表が何枚も貼り付けてある時計も、その一番下が古いもの、古い順に上に、上に貼り付けて、結果は何枚も貼り付けてあるものも多い。
 しかし今回紹介するものはこの保証書ではなく、ローマ字で記入してある愛知県時計協同組合の保障ラベル、このラベルが貼り付けられているものは、その時計の精度を保障している物だ。
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 明治36年、愛知県の時計協同組合は、時計の品質を保証するためにラベルを作成、検査をパスした時計にはこのラベルを貼り付け、品質保証をしていた。
 明治後期、他県から愛知県の時計に対して粗悪品であるとの批判を受け、愛知県の時計協同組合は独自で県内の時計製造会社に検査する事を伝達。
 検査は時計協同組合の管理の下、専門家が検査して合格した時計のみにユニオンクロック、マークを貼ることを認め、このマークが貼られた時計は愛知県時計協同組合が保障する製品であることの証しだ。
 県内で製造された時計を厳しく性能検査をし、合格した物のみ出荷を許可するというシステムを作り、他地域からの批判が無いように精密な検査を実施、この事が愛知県の時計の性能を向上させると共に、信用回復につながったもの。

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2019年01月22日

落とし穴

      便利さゆえに
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 インターネットのオークション、誰でも、何処でも、誰とでもと兎に角便利なもの、好きな時に好きなものを買える楽しさがある。
 ネット販売はあくまでも自己責任、相手を選ぶ権利があり、その相手を選んで買い物をするのが基本、相手を間違えると失敗をする事がある。
 逆に言えば相手が良ければ自分が失敗しても、それをカバーしてくれる事もたまにあるが、そんな事は稀で殆どの場合はがっかりする事になる。
 過去色々な失敗をネット販売で経験しているから、そんな失敗は無いだろうと思うが、そんなに世の中甘くないもので、その裏をかかれる場合もある。
 その1つが写真、ネットでは写真が1番の材料、写真でしか見ることが出来ないから、その写真がすべてだと言って良いものである。
 このネット写真、落とし穴が多くあり、写真写りが良くて実際のものより美しく見える事も、それを自分が勝手に理解して、より想像を膨らましてしまう。

 写真写りを上手く利用した相手の手中にハマってしまう事も多く、気をつけなければいけないが、得てしてハマってしまう事も多い。
 ネットで買い込んだ雛屏風、説明文には状態良く、特に金箔の状態は最高と書いてあったので、それを信用して高値で落札してしまった。
 金箔の状態がよければ最高のものと、自分で納得してしまったのがイケなかったもの、届いた屏風を見てガッカリすることになる。SANY9221.JPG
SANY9170.JPG 荷物を開けた瞬間、先ずガッカリ、屏風を開いて2度ガッカリ、何故かと言えば手書きであるとの説明、しかし手描きで無く印刷、金箔なんかでは無いもの。
 全くの安物の雛屏風、それをあたかも手描きで金箔の状態も良く、最高の雛屏風のような写真、信用する方も問題ではあるが、ひいき目に見て納得したのがいけなかった。

 
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2019年01月21日

藩札

      歴史は古い
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 藩札、江戸時代に特定の藩内で使用できるように、紙幣を独自に発行した物を藩札と言う、基本的にはその範囲外での使用はできないもの。
 普通は銀を中心とした兌換紙幣、藩札に記載されている金額を保証するもので、藩札を持っているものは銀と交換出来る仕組み。
 江戸時代前期から西国の大名が中心、主に近畿地方の藩が発行したもので、全国的になるのは江戸中期以後と言われている。
 64州の藩が全部発行したわけではなく、やはり西国の藩が多かった様、本来はその発行された藩内でしか通用しなかったが、隣国でも使用が出来る事も合ったよう。
 この藩札はじめは銀兌換紙幣として発行されたものであったが、時代が経つにつれて物が主体の藩札も出来てくることになる。
 そもそも藩札とは、その藩が発行するもの、藩の財政が正常である信用が基本、しかし実際は藩の財政なんで、本科の銀が手元不用の為の苦肉策である。
 藩が国替えとなった場合とか、取り潰しになってしまえば紙屑、元々藩のみの信用で発行されたものであるから、藩が無くなってしまえば紙屑である。

 江戸時代には国替えや藩取り潰しも多くあり、決して安定した通貨であったとは言えず、実に不安定なものであったのだ。
 SANY0003.JPG江戸中期から末期にかけては多くの藩で藩札が作られており、何故かしら西国の藩が多い事、関東や東北の藩は西国に比べれば遥かに少ない。
 西国の藩が経済的に逼迫していたのか、事実はどうであったのか不明だが、健全な藩は藩札も少なかった事を見れば、経済的な現況からの藩札発行であったようだ。
 写真の藩札は江戸中期から後期にかけての藩札、面白い藩札は米や酒の藩札、其れも酒一合といった小さな単位の藩札。
 藩の内部で小さなものからでも藩札で経済が成り立っていたと思われ、危険度の高い流通経済であったのか、その後の藩財政がどうであったかは不明だ。
 只これ等の信用を失うと一揆が勃発する事は必定であったと思われ、幕末期には全国で一揆が盛になったのも、経済の不安定が原因か。
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2019年01月20日

思い出の品10

      人と違ったもの

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 若い頃より時計に興味を持っていたが、実際に集めることはしなかったので、好きなものだけ買い求めていた頃、個性的な時計を手に入れた。
 皆と違ったものを手に嵌めたいと、奇抜な時計は無いものかとあちらこちらの店を回り、兎に角良く回り歩いたものだ、ある店では昔売れ残った時計を見せて貰い、気に入ったものを分けてもらった事も。
 その当時はリサイクルショップ等ない時代、質屋の売り出しに良く通ったもので、特に百貨店の売出しには朝から並んだ事もしばしばであった。
 百貨店の質流れ市、ここには多くの時計が集合するから、その中にはひょっとして自分好みの時計があるやも知れず、手当たり次第に質流れ市を回った。
 当時の質流れ市は大々的なものが多くて、大量の質流れの品があり、勿論値段も格安であったから、私たち金の無い若者にとっては格好の市であった。
 当然新品の時計は高くて買えず、自分の予算にあったものしか買えない事もあり、そんな予算内に時計を求めて探し回り、見つけ出したときの喜びは一入であった。

 そしてもう1つが鉄道の忘れ物市、この市も質流れ市と同じく、時計も良く出たもの、しかしSANY8473.JPG質流れ市のような品物も良く無いものが多く、それはそれで良かった。
 何故ならば質流れの商品よりもモット安く買えたからで、少し程度は悪いが値段には変えられず、遊び心で買い求めたものも多く、直ぐに飽きてしまった事も多い。
 やっぱり質流れ市には敵わず、忘れ物市はそれから足が遠のくことになるが、質流れ市は相変わらず巡ったもの、今回の時計がそれである。
 2つとも新品の状態の時計であり、売れずに取り残ったもの、今で言うデッドストックと言われる商品、当時は売れ残りの品として、安く売りに出されたもの。
 その中から奇抜な時計を掘り出して、自分好みの物を手にし、買い求めた時計、上の時計はブレスレットになった時計で、白黒の変わった文字盤と形が気に入って買い込んだ。
 勿論手巻きの腕時計、高級品ではなく、デザイン重視の腕時計、好き嫌いのハッキリした時計、目立つ事は目立つが、少し重いのが欠点だと思う。
 精度は二の次、格好良さだけの時計、この時計を良く使い、特に夏にはピッタリと使ったものだが、冬には向かない時計でもある。


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2019年01月19日

のらくろ

      野良犬黒吉

 1931年に発表された漫画の主人公、黒色の野良犬黒吉が可笑しく起こす騒動をコミカルに描いた物語、軍隊にヒントを得て作られた漫画である。
 昭和6年に田河水泡が原作者、昭和と言う時代を野良犬にふうして、可笑しく世相を切った物語だというが、私は余り見たことがないからハッキリとは言えないのだ。
 この物語は野良犬の黒吉が、猛犬連隊に入隊して、段々と昇格してゆく話であるが、勇猛果敢な軍人ではなく、二等兵からコツコツと積み上げて行くタイプの姿を描いている。
 この漫画は1931年に発表され、現在まで続く息の長い漫画でもあり、1988年にもテレビアニメとして放送され、2001年にものらくろクンの名称でアニメ化されている。
 戦前には人気を博して、色々なものが発売されたようで、当時は著作権の意味も分からずに、田河水泡の許可なく勝手にキャラクターを拝借して、海賊版のものが売り出されたようだ。
 今の中国のような状態であったらしく、何処の誰とも分からない人物がのらくろの絵を勝手に使って色々な物を発売して利益を挙げたようである。

 今の時代では考えられない状態であったらしく、田河水泡の許可なく勝手に商品を作り売り出し儲けたところも数多いと聞く。
 特許等何処吹く風とばかりに儲ければよいの中国方式、日本でもこの時代はそれがまかり通った時代、今の中国を馬鹿にしている人も、かっては日本もそのだったと。
 この事について田河水泡は聞かれたらしいが、彼は多くの人が喜んでくれればそれでよいと、それだけ「のらくろ」が愛されている証拠だと、周囲の人が気をもんでも動じなかったらしい。
 流石は大先生、少々の事では驚かない大物、こんなおおらかさが「のらくろ」を生む原動力になっている事は確か、大きな気持ちでなければ漫画は書けないと。
 一部ではのらくろは戦争を引きずっていると批判する人も居るが、田河水泡も戦争には批判的、しかし戦時下では漫画もああなるのだと言う事だ。
 現代的にはのらくろクンになるはず、しかしこれは昔ののらくろ、可愛らしいがやっぱり古いのらくろ、果たしてこの対象年齢は子供なのでしょうか。

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2019年01月18日

顔に個性

    やっぱり久太郎
 
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 こけしは今流行期、若い女性たちの人気の的と言う、三次とも四次とも言われる流行、それがこけしのブーム。
 今も昔もこけしに魅せられた人が多い事を物語っていると思う、しかしそのこけしの見方は少し違っている。
 今は現代的な装飾こけしが人気と言う、今までのこけしの概念を全く変えたこけしが人気と、驚くほかはない。
 その新作こけしを見たが、確かに斬新なものだと思うが、私は買う気が出ないもの、ヤッパリこけしは昔からの形が良い。
 現代的なこけしは時代の流れとも言うが、それはそれとして良いと思うが、私の思うこけしとは違うもの。
 勿論古い物が良いと言う事ではなく、好き好きであるからそれはそれ、そんなこけしの中、個性のあるこけしが。SANY8221.JPG

 個性と言うと癖が強くて、一般の人には好きになれないと言うようなものではなく、一目見ても分かる顔だちとか、胴の絵柄とかである。
 飛び抜けて変わったこけしと言う事はなく、しかし誰が見ても個性の塊と思うもの、そんなこけしが好きである。
 その一番はやっぱり小椋久太郎のこけし、このこけしは私に言わせれば、こけしの中のこけしと言うものだと思っている。
 一目で久太郎と分かるこけしはそんなに多くないもの、それが小椋久太郎のこけし、何処となく憂いを込めたあの目。

 そして独特の胴に書かれた花の絵、前垂れと言われているスタイル、何処を取っても個性の塊、然し嫌味が無いのだ。SANY7862.JPG
 個性が強いと先に嫌味が立つと言われるが、このこけしに限ってはそんな事はなく、むしろそれが良い方に出ていると思う。
 二つ目は鈴木昭二のこけし、彼のこけしもまた個性の塊のもの、久太郎とは違った個性、障子のこけしは可愛らしいものだ。
 このこけしは胴が少し変わっており、キュートなスタイル、絶妙なバランスの取れたこけしであると思っている。
 三つ目が高橋武蔵のこけし、このこけしは、これぞ典型的な東北のこけし、どっしりとしたスタイルの本物のこけし。
 顔も又スッキリとした東北美人、その顔の描きが高橋武蔵のこけし、古典的であるがゆえに優美さがにじみ出ているこけしだと思う。
 この三つのこけしは、まさにこけしの中のこけしと私は思っているのだが、果たして人はどの様に思うのか。
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2019年01月17日

パリ万博

    エッフェル塔
 SANY8951.JPG1889年、明治22年5月6日から10月31日まで第4回パリ万博が開催され、盛大なセレモニーが行われたが、この年はフランス革命、バスティーユ襲撃からちょうど百年にも当たる。
 その為にフランス政府は国の威信をかけてパリ万博を開催、シャン、ド、マルス公園を主会場に、今までにない新しい建物が多く建設された。
 その筆頭がエッフェル塔、当時世界一の高さを誇り、昭和時代に入り日本の東京タワーに抜かれるまで、その偉容を誇っていた。
 高さは312メートル、鋼鉄を使って建てられた新しい塔、パリのシンボルとして世界に誇る建物となり、万博後パリの観光名所となる。
 鋼鉄は、この万博を期に建物やあらゆるものに使われるようになり、今回の懐中時計にも使われるのだ、懐中時計と言えば金や銀製品が普通。
 今我々が思っている鋼鉄と、その当時の鋼鉄とでは感覚が全く違い、当時最新の鉄であった事、その最新の材料で懐中時計の側を造ったのだ。
 当時、これまで金や銀で製造していたメーカーも、こぞって最新の素材を懐中時計に使用、勿論当時の人たちも最新の材料に憧れていた。SANY8958.JPGSANY8956.JPG

 現代人は鋼鉄が余程、当時安価な時計であったのかと思ってしまうが、決して当時は安くなく、むしろ金や銀よりも評価は高かったようだ。
 今考えれば、そんな馬鹿なと思うだろうけど、決して安価な素材でなかった事を裏付ける懐中時計、この他にも色々なものが鋼鉄で当時製造された。
 この懐中時計、表裏両面時計とした製造された物、勿論表には時間を告げる文字盤、その文字盤中央にはムーンフェイスが納まる。
 裏を返せば、カレンダーが付けられていおり、月、曜日、そして日付とトリプルカレンダーが付けられているもので、当時流行った機構の形式である。
 この様な懐中時計は高価であった事は確か、複雑な機構を備えたもの、普通の懐中時計とは一線引かれていた。
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2019年01月16日

追い込みに入る

    雛巡り

SANY1905.JPG 毎年この時期になるとラストスパート、今年の雛巡りは2月2日スタート、例年よりも早いスタートで少し焦りが。
 正月開けて、気分もまだ休日、しかし時間は待ったなし、既に一月も半ば、後半月余りしかなく、追い込みに拍車を掛けないと間に合わない。 毎年の事で慣れてはいるが、ヤッパリ気が焦るのに変わりはなく、順調に準備が進んでいるとは思えなく、少々疲れ気味。
 展示内容も毎年変えて展示するために、以前の記録は写真で確認、同じものを同じ場所に飾る事のないようにとチェック。
 若い人はタブレットで昨年の展示内容を見せてくれるが、記憶と少し違っていることもあり、その為に計画変更も茶飯事だ。
 今年も初物のデビューは多く、御殿飾りは初物が多いので、何処に何を展示するか検討に入ったものの、結論が出ない。
 原因は、今年の展示会場が多く増え、見栄えのする御殿飾りを展示して欲しいとの希望が多く、選考に四苦八苦しているからだ。
 見栄えの良いものを欲しいと言う人ばかりで、希望に添えるように御殿を選んで入るのだが、去年と同じものは避けているため、ヤッパリ頭を悩ます事しきりSANY1898.JPG

 展示会場で1番広いのは瀬戸市の中心部、古民家久米邸であり、ここの展示が決まらない事には先に進まない。
 その久米邸の展示、意見が多く出てどちらにするのか迷う事に、二間続きの展示会場で、迫力のあるものを展示したいのだ。
 あれこれ迷って、最終的には写真のような御殿に決まり、早速設置開始をしたが、大型御殿ばかり選んだ為に、展示スペースが足りなくなってしまった。
 1番大きな御殿は横幅150センチもあるもの、あとは130センチが2つ、そして小型の御殿が2つとスペースが足りない。
 またまた展示がストップ、さてさて頭の痛い事、何とかしないと時間がないのだが、この先どうなる事やら、お先真っ暗である。
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2019年01月15日

ラッパの蓄音機

   音がいい

 SANY9885.JPGラッパの蓄音機、その姿を見ただけで哀愁を感じさせるもの、自分では経験が無いのに何故かしら懐かしいものだが、何がそうさせるのか。
 独特のラッパ、蓄音機の象徴みたいな存在、蓄音機と言えばラッパの蓄音機、其れも朝顔型のラッパ、ラッパにも色々あり、ストレートなラッパ、朝顔型のラッパ、四角のラッパ、円錐形のラッパなど、種類は多くある。
 その中でも朝顔型のラッパがよい、蓄音機の代名詞として頭に浮かんでくるものだと言う、若い人たちに聞いても、年配者に聞いても同じ答え。
 頭の中に蓄音機は朝顔型と刷り込まれているみたいな感じ、しかし実際の蓄音機はラッパ型は少なく、殆どの蓄音機は箱型だ。
 箱型の蓄音機、ラッパは本体の仕組まれており、外部からは見えないようになっているので、ラッパが入っているとも思わないらしい。
 姿をかくしたラッパは目に見えないものだから、ムードとしては見えるものに軍配が上がるが、音量的には本体に仕組まれている物の方が良い。
SANY9899.JPG
 蓄音機は音を増幅させないと大きな音にはならず、音を増幅されるには反響盤や反響しやすいものが必要、そんな訳でボックス型には、その工夫がなされている。
 その点朝顔型は古い形だから音もストレート、その雑な音が人間味があってよい、形と音そこには哀愁を帯びたものさえ感じる。
 少し位音が良くてもムードが無いものは蓄音機としては面白くなく、ヤッパリムードが先に来なくては蓄音機ではない。
 そんな思いを持っている人も多く、朝顔型のラッパで無ければ蓄音機で無いとまで言う人も、このラッパでこそ蓄音機だと。
 今は殆どインテリアとして存在している朝顔型の蓄音機、座っているだけで存在感のあるもの、何処と無く懐かしい雰囲気が良い。
 音が出なくても、そこにあるだけで人の気持ちを和らげる働きが、そして存在感があり、ヤッパリ懐かしさが人をひき付けるのかも知れない。
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2019年01月14日

どんど焼き(左義長)

      1月14日

 かみさま.jpg正月ももう14日、今日は小正月昔は今日までが松の内と言われていたが、最近では7日までとなり短くなってしまったが、この日正月飾りを持って年神様を送る日である。
 この風習は古くは平安時代に既に宮中で行われていた儀式であり、長い竹の柱を立て3本の柱を三角にして、その中に正月の飾りや天皇の手習いの書を入れて燃やした。
 宮中ではこの儀式を左義長と云い、室町時代には武家も宮中に習い左義長の風習を行い始め、その後現在まで延々と続くしきたりであり、一般庶民も武家に習い正月飾りを持ち寄り、年神様を送り出した。
 昔は松飾は大きくて、特に松の木が大きな物となっていたので、其れを山みたいに積み上げ、しめ縄や正月飾りを上に乗せて焚き、年神様を送り出した。
 この様な風習は日本全国に伝わり、特に江戸時代は幕府が将軍の権威を示す為に、全国の大名を江戸城に集めて、将軍自らが左義長の儀式を行った。

 現在はこの左義長、どんど焼きは余り見られなくなりあかたき.jpg、又規模も小さくなってしまった様であるが、正月の飾り特に門松を飾る家がなくなったのもその一因である。
 松飾は姿を消してしまい、現在は印刷物による物が多く、また松の木を手に入れるのも大変な時代、当然の事どんど焼きも小さくなって行った事は仕方のない事なのか。
 しかし、地方によっては未だ盛大に左義長を行う所もあり、日本の良き伝統を伝えてくれるが、この先は果たしてこの様な風習が続いて行くのであろうか。
 写真は昨年の瀬戸市のどんど焼きの模様で、河川敷に非常に大きな仕掛けが作られたおり、町内ごとに所定の位置に設置されている。
 支柱の竹竿は高さ20メイトルもあり、松を積み上げた高さは4メートルと大きく、之に火を入れると壮観なながめになる。
 今も続く正月の行事、年神様を送り出して正月気分とも分かれて、普通の生活に戻る節目でもある。
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2019年01月13日

手の一部

      使い込んだもの

 誰にも愛着のある一品があると思う、それが何であれ長年使い込んだものは、使いやSANY3731.JPGすくて愛着が湧くもの、ある人はジーパンであったり、ある人は家庭用品だったり、ある人は日用品だったりと様々な物が、人其々にあるもの。
 毎日使い込んだものには、自分の体の一部のようなもの、常に手の中にあり、空気の如く使いこなせるものだが、それはやはり体の一部となったものだ。
 もう40年も前の事、友人が革ジャンを買いに行くからつき合えと云って来たので、しかしなく付いて行く事に、専門店に行くのかと思いきや、見慣れない所に入っていった。
 そこは質流れ専門店、友人いわく「新品の革ジャンなんか着れるか」とうそぶく、しかし本心は金が無いからではなく、新品は嫌だからだが、それはさて置き友人、気に入った革ジャンを見つけて買い込んだ。
 私もついでにと物色、するとライターに目がとまり、その売り場に行くと高級なライターが並んでいたが、これは俺には買えないと思い、店員さんに安くて良いものは無いのかと尋ねてみた。
 すると店員さん「良い物が入っているよ」と、中から取り出したのが写真のライターだ、フランス、デュポン社のライターで、今までに見た黒漆のものとは違うもの。

 店員さんは「余り傷もなく程度が良く、値段も安くしてあるから買い得だと言う、値段を聞けば新品の10分の1の値段、之なら私でも奮発すれば買えるかもと思った。
 友人には中古等買うなと云いながら、自分も中古を買おうとしている自分に、SANY3735.JPG聊かのためらいもあり躊躇していると、友人「値段も安いから買わないと損」とせき立てる。
 確かにやすいし欲しい、しかし安いといっても給料の5分の1、ためらうのが当たり前の事、しかし店員の勧めに負け結局買い込んで友人と店を後にした。
 2人で近くの喫茶店に入り、今日見つけた革ジャンとライターの話しに夢中になる。
 友人はピッタリとした自分好みの革ジャンを見つけ、それも着て帰った来たからだ、すでに昔から着ているような素振り。
 確かにピカピカしていなくて、体に馴染んでおり、実に良い風情の革ジャン、私も欲しい位のものであった。
 すると友人「中古を馬鹿にしていたお前も、中古買いか」と嫌味を連発、そんな罵声を諸共せず、気に入って買ったライターを使って煙草を吸う、実にうまいと感じたものだ。
 それ以来40数年、このライターを使い込んで、今では私の手の中でシックリと馴染む、お気に入りのライターとなったのだが、それにしてもあの時買い込んで良かったと、今改めて思うものだ。
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2019年01月12日

どれが新しいのか

      オリジナルかどうか

SANY1235.JPG
 何時も話題となるのが古時計のオリジナルせい、本当に昔ながらのオリジナルであるかどうか、愛好家が集まればこの事が何時も話題となる。
 オリジナルかどうかはその部品にもよるが、大抵の場合は文字盤であったり、ガラスであったりするのだが、見分けやすいものと、見分け難いものとがある。
 見分けやすいものは文字盤、オリジナルかどうかを判断するのに、簡単な部類に入るものだが、全く区別がつかないものも、だからこそオリジナルに拘るかも知れない。
 前にも何回となくオリジナルについて質問がされ、その都度質問の答えを載せてきたが、今回の質問はガラス、それもカットガラスなのだ。
 普通ガラスと言えば文字盤枠のガラス、このガラスがオリジナルかどうかとの質問が多く、その場合は古いガラスは波板状になっていること。
 SANY1242.JPGつまり皆が言う通りゆらゆらガラスであればオリジナルと判断してきたが、それは掛時計の事、今回のガラスは置時計のガラスの事である。
 置時計でもフランス枕時計のガラス、この時計のガラスはカットガラスが入れてあり、掛時計のガラスとは全く違う物、それも手の込んだカットガラス。
 相談があったのはこのフランス枕のガラス、所有してから大分経つとのことだが、友人がこのフランス枕のガラスを見て、所々違ったガラスが入って入ると指摘。

 今まで終ぞ気にしていなかったガラスについて指摘され、自分でも納得が行かなくなり、私のもとに持ち込んで来たものだが、ガラスは中々難しい物だ。
 よく言われるのは昔のガラスは鉛が入ったいるから、少し黒味がかかった物に、しかし現代のガラスは透明度が高くて、質の良い物である。
 当然だがフランス枕のガラスも鉛の入った物が使用されているはず、そこが決めてであり、透明度の高いガラスが入っていれば、後から入れたものとなる。
 SANY1255.JPGSANY1265.JPGそして、もう1つがガラスの厚み、オリジナルのガラスは分厚い物が使用されているので、これも判断の決め手となり、その点を良く見ることだ。
 写真でも分かるように、今回指摘されたガラス、特に湾曲している部分は厚さが違う物、そしてカットも薄いもの、明らかに後から入れたガラスであると思われる。
 友人に時計を分解して、この点を自分の目で見せ、厚さとカットの状態を指摘、右側のガラスはオリジナルのガラスでない事を分かって貰った。
 この様に疑問な点があれば、分解し比較して見ると、その違いがハッキリとするから、自分でも納得するはず、面倒くさがらずに自分で見ることだと思う、写真のガラス、2枚目は新しいガラス、その下の写真右が新しいガラス、見て分かるかな。
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