2019年01月02日

蒐集成功の鍵

      誰しも当たる壁

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 古時計を蒐集していると欲しい時計が手に入らない事が、幾ら探しても見通らない事で全とイライラが募り、時として嫌気がさすこともある。
 はじめの内は順調に集まってきた古時計、ある時を境に全く手に入らないように、そしてそんな時ほどあちら、こちらと探し回ることになる。
 しかし探せど探せど見つからなくて、次第に疑心暗鬼となることも、何でこんなに探しても見つけられないのかと、そんな思いに駆られ出す。
 そして気を取り直して又探す、しかしやっぱり探しても見つからず、今度は探しても見つからないのは無いからだと思いたくなるが、そんな時に他人が手に入れたとの情報が入る。
 自分がこんなに探しているのに、何で他人が手にできるのか、そんな疑問が湧いてきて、その人を羨ましいと思い始め、最後は嫉妬に進む事も。
 これは私の今までの経験、長い間古時計を追い求めて来たが、幾度と泣くこんな状態に陥ったもので、その都度挫折感を味わった。

 大げさな話だと言われるが、私にとっては重要な事、日常生活にも影響する事態に発展、何もやりたくなくなる事もあったと思うし、それが何度もあった。
 周りの人は随分と贅沢な話だと言うが、それは私の蒐集した時計を見ての話、人が手に入れられない物を手にして、それでもまだ手に入れようとするのは贅沢だと。
 確かに他人から見ればその様に見えるかも知れないが、私としては道半ば、まだまだ欲しいくてに入れたい時計は山ほどあるのだ。
 当初の目標にはまだまだ遠く、何時完成するのやら見当もつかないが、他人から見るとそれSANY2172.JPGが贅沢だという事かもしれないのだ。
 時計仲間から「何でお前は珍しい時計についているのか」と、そして運が良すぎて我々に届かないのだと、だからその辺で我々に回せと言うのだ。
 しかし私に言わせれば彼らは余り犠牲を払っていないのだと、欲しい時計はあるが自分の物まで出して交換したくないと、そんな事なら出てくるまで待つと言うのだ。
 確かにそれも一理あり、古時計の世界はそんなに甘くないのだと言ってやりたいのだが、犠牲なくして欲しい物は手に入らないのも確か。


posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記