2019年01月17日

パリ万博

    エッフェル塔
 SANY8951.JPG1889年、明治22年5月6日から10月31日まで第4回パリ万博が開催され、盛大なセレモニーが行われたが、この年はフランス革命、バスティーユ襲撃からちょうど百年にも当たる。
 その為にフランス政府は国の威信をかけてパリ万博を開催、シャン、ド、マルス公園を主会場に、今までにない新しい建物が多く建設された。
 その筆頭がエッフェル塔、当時世界一の高さを誇り、昭和時代に入り日本の東京タワーに抜かれるまで、その偉容を誇っていた。
 高さは312メートル、鋼鉄を使って建てられた新しい塔、パリのシンボルとして世界に誇る建物となり、万博後パリの観光名所となる。
 鋼鉄は、この万博を期に建物やあらゆるものに使われるようになり、今回の懐中時計にも使われるのだ、懐中時計と言えば金や銀製品が普通。
 今我々が思っている鋼鉄と、その当時の鋼鉄とでは感覚が全く違い、当時最新の鉄であった事、その最新の材料で懐中時計の側を造ったのだ。
 当時、これまで金や銀で製造していたメーカーも、こぞって最新の素材を懐中時計に使用、勿論当時の人たちも最新の材料に憧れていた。SANY8958.JPGSANY8956.JPG

 現代人は鋼鉄が余程、当時安価な時計であったのかと思ってしまうが、決して当時は安くなく、むしろ金や銀よりも評価は高かったようだ。
 今考えれば、そんな馬鹿なと思うだろうけど、決して安価な素材でなかった事を裏付ける懐中時計、この他にも色々なものが鋼鉄で当時製造された。
 この懐中時計、表裏両面時計とした製造された物、勿論表には時間を告げる文字盤、その文字盤中央にはムーンフェイスが納まる。
 裏を返せば、カレンダーが付けられていおり、月、曜日、そして日付とトリプルカレンダーが付けられているもので、当時流行った機構の形式である。
 この様な懐中時計は高価であった事は確か、複雑な機構を備えたもの、普通の懐中時計とは一線引かれていた。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記