2019年02月02日

常にライバル

   切磋琢磨して

 何事の蒐集にもライバルがつきもの、どんな蒐集をしていてもライSANY2170.JPGバルは存在しているもの、自分だけがそれを蒐集している者ではなく、必ずや他の人も居る。
 何時の時代もライバルは存在しており、ライバルが居なければ張り合いもなく、それはそれとして面白くも無いものに、やっぱりライバルが居ないと寂しい事。
 自分が蒐集している物が、まつたく他人には興味が湧かなければ、自分の蒐集が価値の無いものに思えて来るから、人とはそう言う生き者だと思う。
 ライバルは居ない方が良いと思う反面、全然居ないと張り合いが無く、さらに自分が集めているものが無意味なものと思え、やる気も起こらなくなるから不思議。
 逆にライバルが多すぎれば求めても、求めても手に入らない事に、ライバルとはやっぱりそんなもの、私の場合もライバルは多く、今でも存在している。
 存在と言うのか、宿敵と言うのか、事ある毎にぶつかり合うとか、決して喧嘩をしているのではなく競い合っているので常に存在が其処のある。SANY8754.JPG

 古時計に限らず、蒐集はこのようなライバルとの競い合い、力と財力では負けても、努力では負けないと、そんな肩肘をはって今日も古時計を探し歩く。
 よく言われるのは、金持ちが勝つに決まっていると、古物の世界とはそんなもの、財力が無ければ勝てないとも言われ、やっぱり金の力であると。
 しかし私の仲間は金の力は無いが、努力だけは負けないと頑張っているもので、その努力が最大の武器、兎に角求めるものを求めて足で稼ぐのだ。
 ある人に言わせると「そんな無駄な努力はよしなさい」と言うが、それを無くしたら手段が無くなるのだと、そんな思いでお互いに努力するのだ。
 時には無駄を承知で歩くことも、その行動こそが明日に繋がると信じて、そんなライバル同士で仲間をつくり、競い合って居るのもまた楽しいもの。
 あるライバルが自分の求めている時計を手に入れたと聞けば、「やっぱり先を越されたか、残念」と思う反面、よし自分も手に入れてやると益々頑張るのだ。





posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記