2019年02月05日

外貨を稼ぐ

    こんなものが

はと2.jpg
 尾張瀬戸で製造された陶器が海を渡り、当時貴重な外貨を稼ぐことに、ノベリティーと呼ばれた輸出もの。
 戦後、瀬戸の陶器が海外で好評を博し、大量に海を渡って行ったが、そのほとんどが玩具の人形。
 ドイツのマイセンの向こうを張って、数多くの人形が製造され海を渡ったが、はじめはマイセンの人形とは大分差があったようだ。
 敗戦国同士であるが、ドイツの人形は洗練され、古くから製造されていたもの、それと比較して瀬戸は後発の製造となる。
 当然ドイツ物を追いかける事になるが、その技術は急速に発展し、マイセンと肩を並べるまでになる。
 その製造された殆どが海外に渡り、日本国内には存在しない物となってしまったが、昨今は逆輸入され国内でも見る事が出来る。
 高級品になるとどれがマイセンで、どれが瀬戸だと思う位見事な出来栄え、その技術の高さの証明でもあった。

 そんな人形たちの混じって、他のものも多く製造されて海を渡ったが、その中に花入れも入っていた。
 時計の形をした花入れがそれ、色々な種類の花入れが製造され、特にアメリはと.jpgカで人気を博したと聞く。
 当時、瀬戸で製造していた花入れを私も見ていたが、何でこんなものがアメリカで売れるのか不思議であった。
 いつも見ている窯元で忙しく製造されているものを見、アメリカ人はこんな物を何処で飾るのかと。
 そんな思いで造るところを見ていたが、今見てもヤッパリ誰が使ったのだろうと不思議に思う。
 花入れにしては小さなもの、普通の花入れの半分位、それよりもモット小さなものも、だからこそ疑問であった。
 写真の花入れがそれ、せいぜい10センチ位のもの、これで花入れなのかと思ってしまう。
 しかし、この小さな花入れが当時多く製造され輸出されていたから、事実アメリカで売れたのだろう。
























posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 古時計裏話