2019年03月13日

親子招き猫

      子供が可愛い
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 今回も招き猫、発祥地については様々な説があり、どれがどうとは言えないもの、我が方が元祖とか発祥地とか、自分本位で勝手に決め付けている所が多い。
 しかし、実際には歴史的根拠も無く、又立証もされていないので、どちらが正しいかもハッキリしないから、益々勝手に唱えている。
 歴史的事実に基づいて言えば、やっぱり、京都伏見の門前で売られていた伏見人形が1番ハッキリしているもの、この土産物の伏見人形が母体であると言われている。
 色々な説をまとめても、結果は古い現物が発見されていない事と、文献だけで主張しているもの、その点伏見人形は全国に散らばり、それが手本となった。
 全国の郷土玩具も殆どが、伏見人形をモデルとしているもの、そこから独自の土人形が発展して行く、当然招き猫もその範疇にあったものと思われる。

 SANY8435.JPGあの独特の形の招き猫は幕末に出来上がったようだが、古い現物は少なく、それが又謎めいており、論争を巻き起こしてもいる元に。
 古い浮世絵や版画に描かれている招き猫、現在の正面を向いた形ではなく、横を向いた招き猫、昔の形は横向きだったことがうかがえる。
 写真の招き猫、その古い形をした招き猫、伊万里で作られた招き猫だが、明治中期に作られたもので、可愛らしい子猫を2匹連れている。
 本来の招き猫の形とは少し違っているが、古い形式を採用している事と子猫を連れている為に、一味違った招き猫となったもの。
 これは京都伏見人形の流れをくむ証拠のもの、伊万里だけで作られたものではなく、他の産地でも同じ様な形の招き猫は存在している。
 ご覧になってどうだろうか、この招き猫のように子供連れの猫は可愛らしく、如何にも郷土玩具らしいもので、親しみやすい招き猫となっていることが嬉しい。

 
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2019年03月12日

何も出てこない

      毎日の事

 SANY9540.JPG今日は全く何も出てこない日、何時ものようにパソコンの前に座り、記事を書こうとするが、まったく何も思い出てこないのだ。
 何時も直ぐに記事にする事が出るかと言えば、そうではないので、パソコンの前に座り、頭の中に浮かんだ事を書こうとするもの。
 何がしかの事が浮かんでくればしめたもの、其れを拡大してゆけば記事が出来てくるものなのだが、やっぱり今日は何も出ない。
 こんな日もたまにはあるが、それでもパソコンを叩いている内に文章になるもの、友人に言わせれば「お前の文章は喋っているのと同じだ」と言う。
 確かにその通りかもしれないのだが、其れはそれで仕方がないものだと自分で分かっている事、小、中、高と先生に良く言われたものだ。
 「お前は本を読むことが嫌いだな」と、そして「もっと本を読め」と何時も言われていたのだ、其れがトラウマとなって今でも夢に出てくる事もある。
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 そのな自分が文章を書いているのだから、上手く書けるはずが無いが、其れを克服する為にも書いているのだと、自分自身に言い聞かせている。
 プロでもないのに良く文章を書くものだという人も、確かにその通りでプロではなく、只の素人だから文章が下手で当たり前。
 そんな事を思いつつ今日は文章が出てこないので、何時も文章を打つパソコンを紹介する事に、友人の勧めで安いパソコンを買い、毎日このパソコンを叩いているので、キーボードが磨り減ってしまった。
 人に言わせれば、「何でそんなに力を入れて打つのだ」と、ピアノを引くように優しく打てばよいと言うが、パソコン教室にも行かず、自分で叩いて覚えたのだから。
 我流で叩くパソコンだからと友人は安いのを勧めてくれたが、早くも3年半叩いているから、そろそろ壊れるのではないかと内心はヒヤヒヤだ。
 それにしても、今日は何も浮かんでこない日、パソコンも今日は叩かれないで済むと喜んでいるかも知れず、其れでよいかも知れない。
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2019年03月11日

後片付けが大変

    終わってしまえば
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 第18回瀬戸の雛めぐりも終了、一ヶ月間の雛めぐりに見学に訪れた人は、1日最高4,000人を越し長い行列ができ、見学者には迷惑をかけてしまった。
 様々な課題を残して好評のうちに閉幕となったが、それからが大変であり、今日もかたずけに奔走、出すのも大変であるが、しまうのももっと大変な作業。
 出した物はかたずけるのは当たり前だが、出すよりもかたずける方が面倒な作業、来年の事もあり、簡単にはかたずけれなく、キッチリと整理した後にかたずけ無ければならない。
 何時もの事だが、早く終わらせたいので少し位省略して作業を進めようと急ぐ、結果何時でも失敗して道具を壊したりするが、それでもやっぱり早くやりたい。
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 何しろ今回展示した雛人形は約2000体、御殿雛だけで30セット、其の他のセットは10セット、そして瀬戸の磁器雛や土雛など、総勢2500体にもなる。
 それをかたずけ無ければならず、終わった後何時も四苦八苦するが、これも定めと諦めて作業を続け、来年のためにと選別作業開始、これまた何時もの事だが、やっぱり途中で嫌気が差し、中途半端で作業を打ち切ってしまう。
 頭の中では来年のことを思い、来年こそは慌てずに前もって選別してからと思いつつ、気力と体力が続かず、途中で嫌気が先行、マタマタ挫折を余儀なくさせられ、バタバタとかたずけてしまった。
 何時になったら計画どうりに作業が続けられるのか、そんな課題を残して今年の雛巡りの幕を引く、歳は取りたくないものだが、こればかりは何ともならない。






 
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2019年03月10日

写真なのに

      ガラス絵あれこれ

SANY2861.JPG 古時計には色々な型が存在していて、明治期人気のあった時計は八角のガラス絵の付いたものが特に人気であったようだ。
 八角の時計でも、振り子室にガラスの絵が嵌めてある時計は、当時人気を博していたもので、その中でも貴婦人のガラス絵が一番人気、明治期の日本人は舶来信仰が出来上がり、見るもの聞くもの全てが憧れ、西洋の物に異常なまでに憧れ、求め様としていた。
 時計もその1つであり、西洋人が描かれているこれ等の時計にも憧れが、現在の我々が見ても異国情緒が見て取れる。
 明治の人々であれば尚更の事、西洋の貴婦人に憧れたのも無理ない事、文明開化の象徴みたいな洋服を着込んだ貴婦人は西洋そのもの。
 最先端の時計には和服姿の夫人の絵では決まらないもの、洋服姿の其れも若い貴婦人が1番、今も昔も美人には皆弱いものだ。
 この時計に付いているガラス絵、しかしこの種のものには2種類のものがあり、実際に金や銀で描かれたものと、写真が張られている物との2種類が存在する。

 今ではこれ等をまとめてガラス絵と呼んでいるものでSANY2850.JPG、貴婦人の人気ガラスを写真だからガラス絵と違うという人もいないのだ。
 本来から行けば写真を貼り付けたものはガラス絵とは呼べ無いもの、実際にか書けたものと区別するべきだが、まとめているのも現実。
 実際に現存しているガラス絵の付いて時計を見ると、描かれたものは少なく、写真が張られているものの方が多いのも現実。
 見慣れたガラス絵を、実は写真だからガラス絵じゃないと言う人はなく、ガラス絵つきの時計と呼び、売り買いがなされている。
 それに対して異存を唱える人もなく、自然に写真のものもガラス絵として扱われてきたものであり、今更区別をしても意味の無いものなのか。
 余り神経質にとらわれなくとも、写真であれ手描きであれ、ガラス絵には間違いはなく、細かい事に拘っているより、大らかに行きたいものだ。
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2019年03月09日

福助大小

    商売繁盛

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 招き猫と共に商売繁盛のお守りとして人気があるのが福助、愛嬌のある顔とデッカイ頭が印象深い置物である。
 招き猫と共に商家の守り神として店頭で客を迎えているもの、この福助には色々な逸話が存在しているが、儲けの守り神としての福助が定着している。
 逸話はそれとして、この福助古くから店頭で客を招き入れているのは事実、特に古くて大きなものは数が少ない。
 勿論全国的に造られているもので、何処の福助が如何と言う事は無く、色々な福助が造られているのだ。
 福助と言えばお多福と比較され、もしくは福助とお多福が隣り合わせで座っている光景も見れる事もある。
 やはり縁起物として人気な置物である事に証、私も小さな頃から福助の置物を買った記憶があり、現在も一つ持っている。
 中学時代に買い込んだもので、別に商売繁盛を願ったものではなく、当然だが可愛らしい置物として買ったと思う。

 そんな福助、今の福助と昔の福助と比較すれば、その時代が見えて来るもの、勿論色々な所で製造されているから違いはあるが。DSCN1126.JPG
 産地の違いではなく、今のものとの違いはやはり頭と顔、新しいものは可愛らしい顔をしているものが多い。
 しかし古い物は愛嬌があるものが殆ど、その表情は非常に豊かで、人々を引き付ける魅力を秘めていると言える。
 当然の事だが人招きとして造られたものだから、当たり前と言ってしまえば其れまでだが、それだけではない面白さがある。
 写真の福助、土物の福助としては非常に大きなもの、60センチ以上ある大きさ、これが店頭で客を招き入れる役目を、その顔を見れば独特の顔をしているもので、現代の表現と少し違う形、福々しさと優しさを兼ね備えた笑顔。
 今の物にはない顔立ちで、特にたれ目が何とも言えない表情を出しているのが面白く、愛嬌のあるしぐさは福助、やはり時代を感じさせるものだと思う。


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2019年03月08日

古い雛人形なの

    疑問視
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 私のもとに電話が入り、雛人形について教えて欲しいと言う事、何の話かとこちらが不思議に思う、何故かと言えば、彼が雛人形などに興味がなかった男、そんな男が雛人形について教えて欲しいとは。
 何で雛人形であろうかと思いつつも、聞きたいとの事だから教えもするが、やっぱり不思議にしか思えないが、それと言うのも、私が毎年雛人形を展示している事は承知の事、それでも彼が顔を見せたことは一度もない。
 それどころか、以前から「なんでお前が雛人形など集めているSANY1868.JPGのか、不思議でならない」と言っていたのだから、そして「ひな人形など見たくもない」と言い切っていた男だからこそ、今回の話は不思議に思うのも当たり前の事。

 あれだけ雛人形を否定していた男が、雛人形について教えて欲しいとは、変われば変わるものだと感心するやら、後日、我が家にやって来た彼はスマホを差出、「この雛人形について教えて欲しいのだ」と真剣な顔で言う。
 確かにおかしい、本当に雛人形につい知りたいらしく、写真まで持参するとは、仕方なく「見せて見ろ、その写真SANY1878.JPGを」とスマホを受け取るが、そこに映っていた雛人形は紛れもなく享保雛、それも古い手のひな人形に間違いのないもの、何故この雛人形の事を聞くのか。
 彼曰く、「実は知り合いの人から、蔵の中から古い箱に入った雛人形が出て来たので、何時の時代の雛人形か知りたいと言って来た」との事。

 何でもそこの家は旧家で蔵が二つもある家らしく、そのうちの一つが古くなり痛んで来たので壊す事になったらしく、そこで蔵を整理していたら、この雛人形が出て来たらしいと、そして良い雛人形なら残しておきたいとの事。
 しかし、他の人にこの雛人形の事を聞いてもSANY1888.JPG、全く知らない人ばかりで分からず、思いついてのが彼だったとの事、この男、「骨董品については任しておけ」と、何時も大ぼらを吹いていたので、彼に聞いて来たらしい。
 だけど彼は雛人形など全く知らず、慌てて私に聞いて来たとの事らしく、教えてもらい先方に返事するつもりらしいのだが、ほらを吹くのも程々にしとけば良いのにと思いつつも、この雛は享保雛の古い物で価値の高い雛人形であると教えたが、こんな良い享保雛なら私も欲しいと思った。







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2019年03月07日

確認事項

   浜松ミーティング開催の件

 期日、3月10日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543-4
    NKトレーディング事務 053-465-3666
 時間、11時半 開始
 会費、1500円 昼食代含む
尚、オークションを開催します、参加ください。

   日本古時計保存協会  事 務 局 
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2019年03月06日

貯金箱

   貯まらない

SANY8652.JPG 今も昔も貯金箱、私は小さい頃より貯金が苦手、苦手と言うよりも貯金がたまらないと言うべきか。
 確かに貯金はしたつもり、しかしながら溜まった事はなくその繰り返しを現在も続いていると言って良い。
 貯金と言うものは貯めるから面白いと言われているが、私の場合途中で座礁してしまうから貯金にはならない。
 お金を多く貯める人は「だんだん増えた行くから楽しい」と言うが、その楽しさまで行かないと思うと言うより行けないのだ。
 今振り返って見れば貯金箱に一杯貯めた事がなく、その記憶もないと思う、つまり貯めれなかったと言える。
 じっくりと記憶を辿ってSANY8657.JPGみると、小学生の頃親に言われて貯金をし出したが、しかしその時使った貯金箱が大きすぎた。
 確か陶器の郵便ポストだと思うが、高さ20センチ位で太さ5センチ位と思う大きさ、はじめからそんな大きなものでやってしまった。
 これがイケなかったと思う、当たり前の事だが小学生がそんな大きな貯金箱にお金を入れるものがないのだ。

 当時は毎月のおこづかいなく、手伝いや何かの時しか貰えなかったので、貰った時にしか入れられない。
 しかも貰ったお金全部入れSANY8660.JPGるわけもなく、一部を渋々入れていたから貯まるはずもなく、結果は貯金箱から逆に取り出していた。
 そんな癖が付き、貯金箱から上手く取り出すことを覚え、入れたものを取り出しては使い堪らないのだ。
 決心をして取り出せない貯金箱を買っては見たが、今度はお金を入れなくなったのだが、それはお金を取り出せないから。
 早い話貯める気がなく、貯金箱ばかり増え、親から貯金箱の蒐集家かと馬鹿にされてしまった。
 写真の貯金箱、これも上手くやれば取り出せるもの、そこに穴はなく入れ口が大きく五百円対応だから薄い紙を入れれば取り出せる。


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2019年03月05日

染付け

      シンプル

SANY8919.JPG 中世から瀬戸の焼き物は進化を続けてきたが、その中には色々と自然から取り込んだものも多く、其れを陶器の図柄に生かしてきた。
 当然の事だが、時代時代により、その流行を生み出してきた事は出来上がったものを見れば、個々に分かるもの、複雑なものから単純なものまで。
 単なる陶器の図柄と言うが、その図柄が出来上がるのには、それなりの背景が存在するもので、其れを流行とも言うが、その流行を生み出したのも職人。
 陶器職人は、ややもすると肉体労働者として日々働いていた人と思われているが、彼らはそんに無教養では無なく、むしろ一般的な人達より社会の仕組みや流行、そして教養も持っていた人達。
 例えば、江戸時代の陶器職人は、流行の歌舞伎や芝居に精通しており、その歌舞伎の一場面を陶器の絵付けに施したり、短歌を上手く取り入れて図柄にしたりした。
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 それなりの知識と教養が無ければ出来る事のない図柄、彼ら職人と一言で言いあわすが、単に絵を描いているわけではなく、洒落や社会風刺も巧みに出来る人たちであった。
 江戸の陶工たちは、常に文化を先取りして庶民に提供していたであり、彼らこそ文化人であったと思う、その中から生まれ出た器や図柄は現在も受け継がれているのだ。
 写真の染め付け、湯飲みに描かれた木賊模様、細い線を何本も引き、連続模様としているが、野にはえている木賊がモチーフ、其れを単純化して描かれているが実に自然。
 この様に単純な模様のようであるが、目の前の自然を力まずに、自然体として取り込んだ模様は、何時までも飽き無いものであり、使いやすさを兼ね備えた庶民の器だ。
 これ等を現在の生活に取り入れても時代感はなく、古さを感じさせないのは、優れたデザインであると言う証しではないだろうか。
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2019年03月04日

東京オリンピック

    一足遅く

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 以前にも話した昭和39年、私が学生時代の頃、東京オリンピックが開催され、日本中が興奮の渦に包まれていた。
 友人が千歳舟橋に下宿していたので、そこでオリンピックの期間中、居候をして大会の会場に通った。
 一番人気のあったのが決勝戦、それは柔道の大会であり、日本期待の金メダルが確実視されていたからだ。
 当日の入場券は手に入らず、テレビ観戦しかなく友人と下宿近くの電気店でテレビを見る事にしていた。
 その電気店のショーウインドーに東京オリンピックの公式ポスターか貼ってあり、何時も目にしていた。
 各種あるポスターの中、日の丸を大きくデザインされたポスターが気に入り、店主に大会が終わったらポスターを貰いたいと告げていた。SANY1761.JPG
 このウインドーには三枚のポスターが貼られており、内一つがあの日の丸のポスター、兎に角欲しくて店主に終わったらもらう約束をしていた。

 オリンピックは順調に進んで、最終日のマラソンで円谷の激走に感心するやら、アベベの強さに感心するやら。
 そんなオリンピックもあっと言う間に終わり、柔道では金メタルはオランダのヘーシングに持って行かれガッカリ。
 日本中、一喜一憂したオリンピックであったが、今思うと、この時ほど日本が湧いた時はなかったと思う。
 オリンピックが終わり、2日後電気店にポスターを取りに行くが、あのポスターがショーウインドーにない。
 慌てて店内に入り店主に「ポスターは」と尋ねると、「あんたが取りに来ないからごみ箱に捨てた」と言うのだ。
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 それを聞き、慌てて「貰う約束をしていたのに何故」と、すると「何で終わった当日か翌日に取りに来なかったのか」と言われた。
 確かに言われる通り、欲しいからずーと待っていたのだから、貰う約束していたので少し安心していたのがいけなかった。
 捨てられたポスターを慌ててゴミ箱から回収、クシャクシャになっていたポスターを持って帰り、アイロンで丁寧に伸ばした。
 自分の都合で取りに行くのを遅らしたばかりに、ごみ箱に捨てられてしまったもの、今もこのポスターを見ると、当時の落胆した思いが浮かんでくる。
 あれだけ欲しいと思っていたのに、詰めが甘かった事を後悔、つくづくと自分の不甲斐なさに気付く事に。







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2019年03月03日

雛の節句

    厄払いの儀式

 SANY0103.JPG3月3日は雛の節句、子供の成長を願ってひな人形を飾る、現在はこのようなお祭りとなっているひな祭り。
 昔は上巳の節句と言い、厄払いの儀式を行っていたもの、中国よりの渡来文化と言われ、平安時代以前に日本に伝わったと言われる。
 五節句の一つで、人日(1月7日)七草の節句、上巳の節句(3月3日)雛の節句、端午の節句(5月5日)、七夕の節句(7月7日)、重陽の節句(9月9日)。
 その中の3月3日が上巳の節句であるが、もともとは3月上旬の巳の日に行っていたようだと言う、それが3月3日になったらしい。
 それが江戸時代に入り、雛の節句は女の子の節句となり、男の子の節句は5月5日となって行くらしいが、それは江戸の中頃からと言う。

 勿論これは雛人形の発達とも大いに関係があり、雛人形が古今雛、有職雛、次郎左衛門雛と分かれて行く過程で確立したようだ。
 もともと厄払いの儀式から始まった節句、子供の成長を願った親の心を表してもの、武家から次第に庶民にも伝わSANY0651.JPGる事になる。
 しかしながら一般庶民が持てるようなものではなく、裕福な商人や豪農などがそれを祝った位であった。
 この雛の節句が本当の意味で盛んになったのは戦後の事、それまでは一般の庶民は簡単な雛人形を飾っていた。
 押絵雛、土雛、紙の立雛、吊るし雛などの簡単なものであったようで、今の雛人形の形はやはり戦後と言って良い、そなん雛の節句、今回も瀬戸の雛巡りに参加、今年で13年になり展示会場は24か所と多く、土雛をはじめとして明治、大正、昭和の雛人形を展示しているが特に享保雛に人気が集中、古い時代の雛人形が見学できると人気のよう、今日は特に見学者が多いと思う。












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2019年03月02日

円の形

    歯車を支える

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 前にも取り上げた時計の地板、真鍮製の板で時計の歯車を支える役目、この地板が無ければ機械として役に立たないが、存存在は余り注意して見られていない。
 当たり前の事だが事態の存在がどれだけの働きをしているかの認識も薄いもの事実、古時計愛好家もこの存在は当たり前としか受け取っていない。
 つまり何時も見慣れているものだから、空気みたいな存在で、この地板が重要な働きをしているとは思っていない、それ位の認識。
 この地板の形、アメリカ製のものをモデルとしている日本の時計は、すべてあちらのコピーとして造り出したもの、その為にこの地板の形を理解していないと思う。
 ただ単に機械をコピーした時のまま、あえて言うならそこにあったからコピーしただけと、難しい機械の構造から来たものとは思ってもいなかった。

 日本の時計の地板、その形は何種類かあるが、その殆どが同じ形の機械の地板だと言う事、つまりウオーターベリー型であること。
 SANY9083.JPGこの型になった経緯は以前にも述べてので省くが、日本の機械は殆どが同じ型であり、この地金板の形が今回のテイマであるのだが。
 ある人からこんな質問が、「日本の時計の形は日銀と同じで円の形をしているのですか」と言う質問がなされ、その人はスッカリその事を信じているようだ。
 確かに日銀の建物の建て方は真上から見ると、円の字の形をしている建物だが、これは良く知られているもので、確かにその通り円の字になっている。
 ボンボン時計の機械もこれと同じで円の字になっていると説明されたと言う、「確かにその通りですよね」と念を押してこられたが、誰がそんな説明をしたのか。
 確かに時計の地金板は円の字型になっているものだが、それは別にえうの字型に設計したものではなく、アメリカ製の機械が偶々円の字に見えただけの事。
 アメリカで設計されたもので、決して日本の円の字型にしたのではない事はあきらか、誰が如何にも日銀と同じ様な事を言い出したのか。



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2019年03月01日

からすみ

      お供え物

 SANY4102.JPG3月3日は雛祭り、女の子のお祭り、昔から女の子のお祭りとして行われてきた年中行事、健やかに育ってくれるようにと祝うものでもある。
 日本各地で行われているお祭りでもあり、各地様々なお祝い方をするようだが、その土地土地に伝わる風習があり、各地で受け継がれてきた。
 この尾張地方もまた、様々な風習があるが、おこしものを作ってお供えをするが、隣の県岐阜では又違ったお供え物をするのだが、その名前が「からすみ」と言う。
 からすみと言えばぼらの卵を乾燥させたものを言うが、岐阜県の東濃地方では、このからすみは米の粉で出来たもの、おこしものと同じ様に米の粉を練って作るものだ。
 しかし形が全く違ったもの、東濃地方では富士山の形をした物、木型入れて形を作るが細長い棒状の形、それい色粉で色彩を施す。

 普通は菱餅と同じ様な色使い、白色、草色、ピンク色、茶色等の彩色を施すがSANY4107.JPG、これも春の野原を表現したものと言われているものだ。
 白は雪をあらわし、緑は草をあらわし、ピンクは桃の花と春の季節をあらわすとされているようだが、所によっては違った表現があるらしい。
 それは兎も角、このからすみ富士山型の細長いもの、食べる時には小さくしてきった食べるが、切り口を横から見ると富士山の形をしている。
 棒状になっている為に分かりずらいが、切るとその姿が良く分かり、目出度い富士のお山をあらわし、お祭りを演出するものだという。
 そんな「からすみ」が、恵那の友人から送られてきたもの、早速我家のお雛様にお供えをして、我家で造った「おこしもの」との競演だ。
 この様にして、この地方独特の雛祭りをお祝いするお供え物が、各家で作られてきたが、最近では殆どが店で買い込んでいるようだが、子供のお祭りとして、この風習は残しておきたいものだ。
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