2019年04月08日

懐かしの玩具

    遠い昔の日々

 誰しも思い出はあるもの、それがどんなに小さくて粗末なものであっても、その人にとっては宝物で懐かしいものが沢山あり、それを手に取ると遠い昔を思い出すと思う、だって自分が手にしたものがそこに。SANY9021.JPG
 幼い日に遊んだことのある玩具、当然の事だが懐かしいと言うより、その時の事が一瞬にして浮かんで来るもの、玩具とはそうした過去の日々を懐かしくさせてくれ、過去の世界に連れて行ってくれる働きをするが、そのものは大したものではない。
 勿論豪華なものであるわけがなく、ブリキで出来ていたり、鋳物で出来ていたり、ソフトビニールであったりと千差萬別、私はグリコのおまけが一番懐かしい玩具、幼い日セッセと集めたもので、つい最近まで存在していたが今はない。
 度重なる引っ越しで紛失してしまい残念でたまらないが、それも運命であるのか、懐かしく思うものだが。 あの時もっと大事に保管しておけば良かったと、あれだけ集めたものが無くなるとは、やっぱり残念でならない。

 粉ミルクの缶に三個、数にすれば相当な数、残っていれば一大コレクション、其れが忽然と消えてしまい、引っ越しの時、もうちょっと神経を使い、段ボールの中身をマジックで書いとけば良かったが、忙しくてつい忘れ、結果は捨てられてしまったようだ。
 グリコのおまけだけではなく、ブリキのロボットも好きで幾つか集めていたが、今は手元になく欲しいと思っているのだ、ヤッパリいまだに欲しい。
 しかし何故だかソフトビールで出来た玩具だけは欲しくないので、何故欲しくないかと聞かれれば、嫌いだからと答える。
 やっぱりブリキの方が玩具らしい、ソフトビニールで出来たものは、それに比べれば軽すぎるのかも知れないが、やはり嫌いだ。
 懐かしいと言えばキャラクター、どんなキャラクターでも面白いと思う、大きさも様々であるが、小さい方が良く、大きいものは好きではない。
 やはり玩具は幾つになっても好き、大の大人が玩具とは恥ずかしくないのかと言われるかも知れないが、好きな物は好きだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記