2019年05月31日

鶏ちゃんとは

      兎に角旨い

 今や飛騨地方の有名な食べ物として「鶏チャン」はひっばりだこ、安くて、ボリSANY1561.JPGュームがあり、栄養満天こんな食べ物があれば、誰でも食べてみたくなる。
 料理としては簡単なもの、しかし味付けは門外不出の味、各店が競い合って自分の店の味をアピール、店、店によって味が違うのも「鶏ちゃん」の良いところ。
 今風に言えば、カロリーは低くて、ボリューム満点、栄養豊富とうたい文句に事欠かない、そんな食べ物は原料が何かと知りだがるのも無理はないもの。
 漢字で「鶏」と書けば「にわとり」と分かるが、殆どの店はひらがなで「けいちゃん」とか「ケイちゃん」と書かれているために、他方から来る人にとってはどんな食べ物か分かりずらい。
 もともと、ホルモン焼きの「トンちゃん」にひっかれて、「ケイちゃん」と呼ぶようになったもの、洒落であると思われるが、何とも面白い発想ではないだろうか。
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 この「けいちゃん」の発祥もと、下呂舞台峠近くにある食堂、此処が「けいちゃん」発祥地、いたって普通の食堂であるが、歴史は古く昔から食堂を経営していた。
 其の食堂、屋号を「まるはち食堂」と云い、ごく普通の一般食堂で、街道を行く人達や近所の人達の食堂、此処の主人がホルモンの「トンちゃん」をヒントに、味噌だれではなく醤油に調味料とニンニクをブレンドした、独特のタレを作る事に成功、鉄板で焼くのではなく、ジンギスカン鍋で焼く事を思いたつ。
 ジンギスカン鍋に紙をひき、其の上から具材を載せて焼く独特の食べ方、紙を焦がさないように焼くのも通の食べ方、初めての人は大抵が紙を焦がしてしまう。
 そんな食べ方と味の良さで下呂で評判となり、その後飛騨全域に広まる事となり、今や何処の食堂へ行っても「けいちゃん」は食べれる、下呂の名物料理となった。
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2019年05月30日

正確でない

    時間が合わない

 時計は時SANY0008.JPG間を刻むもの、その時を刻むのは正確でなければならないのだが、正確な時間を知るために時計は存在し、そのための時計である。
 最近の時計は電波時計だとか、少し前までのクオーツ全盛から、又一歩進んでしまった様だが、あまり正確であると逆におかしくなってしまう。
 確かに時計は正確でなければならないが、余りにも正確すぎて息が詰まりそうだと思うこの頃、そんなに正確でなくても良いのではと思いはじめている。
 現在も正確さを競い合って凌ぎを削っているのは確か、技術の進歩は果てしなく、時を刻み続けているが、ここまで来ると最早時間ではない。
 そんな現代の時計とは違って、古時計は曖昧な時間を刻むもの、曖昧だと言うのは一秒たりとも狂いが生じないものではないと言う事。
 つまり多少の狂いは生じると言う事だ、古時計とはそれなりに時代を経てきているもの、当然の事時間は正確に刻まないと思ったほうが良い。
 むしろこの時計に正確な時間を求めるのは難しく、精度を出す為には充分な整備が必要、それでも現代の時計と比べれば、その違いは歴然とある。

 クオーツの時計と比較するのもおかしいが、時間から言えば同SANY0011.JPGじ時間の刻むはず、只精度が全く違うもの、現代の感覚では少し難しい。
 そんな古時計、時間が合わないといっても、一日に何時間も狂う訳ではなく、1、2分の狂いはあるのが当たり前だが、これを狂いとすれば古時計とは付き合えないのだと思う。
 今回の質問は古時計を買い込んだが時間が合わないとの事、その時間は一時間も二時間も合わないと言うのだが、何で合わないのかとの質問だ。
 これは曖昧な時間とは違うもの、古時計と言えどもこれだけ時間が合わない事は無く、この様なことは異常としか思えないが、原因は2つある。
 1つは振り子が違っているのではないかと言う事、2つ目は振りべらが違っている事、大抵の古時計を扱っている店ではそれを承知しているのだ。
 だから売る前には検査をするのが普通、しかし場合によっては買い出したままの物も、そんな時計は時間が合わない事もあるが、それを承知していなくては古時計と付き合えない。
 写真は下が正常な振り子の位置、上は振り子が上がりすぎだが、これは振り子が違う為、もしくは振り竿が短い為にこの様な位置に来る、振り子が違うものは当然時間は合わない事になる。

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2019年05月29日

日本製フランス人形

    目が印象的

 アンティークドール、フランス人形とも呼ばれる西洋の人形、愛らしい眼差しをした人形、女性でなくとも可愛らしいと思う。SANY0245.JPG
 我家にもアンティークドールがあり、昔から存在していたものであるが、私の姉の玩具としてあったもので、外国製のものではなくモリムラドールだ。
 この人形が何時も置いてあったので子供の頃から見慣れ、別に違和感は無くすんなりと人形を受け入れられるのだが、集めようとはしていない。
 そんなフランス人形、実家を取り壊す時我家にやって来たもの、三体のモリムラドールはキャビンに納まってしまった。
 本当は姉の所に行くはずであったが、飾る場所がないから、ここに置いて欲しいとのこと、此処なら何時でも見られるからと、そんな訳でキャビンの中に納まっているのだが、其れを目敏く見つけた友人たちがうるさく「何でお前が人形なんぞ集める」とチクリ、チクリ。

 彼ら特有の言い方、「人形まで集めるとは気持ちが悪い」と言うことらしく、嫌味たらたら、そんな事は何時もの事だと受け流す、しかし、彼らは鉾先を人形に向けて、「もっとましなものを集めろ、ジュモーとかとあるだろう」と人形が良くないとケチを付けている。
 要するに「お前が人形とは合わない」と言うことだろうが、我家の内情など彼らに話しても無駄、訳がある事くらいは彼らも分かっているが、しかし、何時ものジョークだが、其れが度々では、ちと頭に来ることも、そんな時は彼らに酒を飲まさないで、お茶ばかり出してやる。
 何時まで経ってもお茶しか出て来ないから、「今日は飲まないのか」と催促、そんな時は「今日休肝日だから無し」と嫌味を、「休肝日とは如何に、肝臓は休むのか」と、知っていて又催促だ、仕方なく彼らの要求に応じ、安い酒を飲ますことにする。
 自分だけは特上のブランデーを嫌味で飲むことに、すると彼らは歯が浮くようなおせいじ口にし、その酒を飲ませろと言わんばかり、呑んべいにはかなわない、そなん訳でアンティークドールは我家のキャビンで来訪者を眺めながら、どんな事を言うのか観察しているのだと思う。
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2019年05月28日

蕎麦回想記

    長坂おきな

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 今まで色々な蕎麦を味わってきたが私に合う蕎麦は「翁の蕎麦」だと思う、なぜそのように思うのかは少し昔にさかのぼる、偶然テレビで見たことによるのだが、その番組で見た高橋邦弘氏の蕎麦に対する情熱、こんな人がいるのかと。
 その衝撃が彼を追う事になり、舞台が山梨県の長坂から始まり、現在まで続く翁巡りの始まりでもあるのだと思う。
 昭和60年に山梨の長坂に店を出した高橋氏に会いに現場に行くが、まさか山の中に店があるとは思ってもみなかった。
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 噂を聞きつけて長坂インターを降り、翁を探す事にしたがそれが大変な間違いであったもの、インター近くで翁の店を聞くも、全く知らないと言うのだ。

 仕方なくテレビで見た風景を思い出しながら探す事に、確か隣に面白い建物があったはず、それを探せば分かるはずと思い、再度聞き回る。
 結果は美術館の隣に翁があることが判明、急いで其処を目指して車を走らせることに、現場について頃には駐車場は満員。
 仕方なく順番を待ち駐車場に入るが、店は満員状態で外には行列が出来ていたので、またまた待つことになってしまった。
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 さんざん探し回った後、今度は行列で時間を費やす事に、こんなに大勢の人が待っているとは知らずに来てしまった。
 待つこと一時間以上待ち、やっと店内に入りまたまた驚くことに、入り口正面で高橋氏が蕎麦を打ち、中は蕎麦屋の雰囲気ではなく、別荘みたいなところであった。
 やっと席に着き蕎麦を注文、驚くことに蕎麦は二種類しかなく、メニューも簡単なもの、全く今までのイメージとは別物である。
 出て来た蕎麦は思っていたよりも旨く、出汁のきいた汁は絶品そのもの、そして蕎麦は勿論打ち立ての蕎麦。
 高橋邦弘氏が自ら打った蕎麦、思っていた以上に旨くて、すっかり虜になってしまい、3人まいを食べてしまった。
 これが翁との初めての出会い、兎に角印象が深くて、それでいて遠くて、確かに旨い蕎麦、以来病みつきになり幾度となく翁に出かけた。

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2019年05月27日

我が家のバラ

   今年は少し変

 SANY6895.JPG我が家の小さな庭には新築当時に植えたバラがあり、現在まで花を咲かせているが今年は少し変である。
 昨年の事根本近くに虫が入りバラが瀕死の重傷状態になりかけ、元気がなくなってしまい専門家にどうしたら良いのか尋ねてみた。
 結果は早く処理しないと枯れてしまう事になるから、虫の入った所を取り除き消毒をするように勧められ、あれこれ教えてもらった。
 早速教えられたとおりに消毒、傷口はしっかりと処置をして菌が入らない様に対処、そして今年やはり体力がないのか弦が伸びてこなかった。当然だが弦を伸ばさないので花芽が付かず、今年のバラは寂しい状態に。
 勿論そんな事になる事は予想はしていたが、これほどまでに影響するのかと驚きでも、しかし枯れなかったので少しは安心した。
 このバラ、妻が世話をして来たものだが、これを植える時にはあちこちのホームセンターを梯子して気に入るバラを探したものだから。
 そしてこのバラを見つけ狭い我が家の庭に植え、早40年が過ぎ今でも花を咲かせているもの、だからこそ大切なバラである。

 あの深紅な色の花は中々ないもの、今SANY9991.JPGでもあちらこちらのバラ園に行くが、あれほど良い色の花はないと思う、だからこそ心配であった。
 妻がもしもの事を考えて違うバラの苗を昨年買い込んで、予備として鉢に植えまさかのために備えたが、そのバラが初めて花を咲かせ、今盛りとなった。
 薄いピンクのバラ、私はあまり好きでは無い色、しかし妻はこのバラが気に入り、代わりのバラとして買い込んだ、それが今盛りである。
 一方、瀕死の状態であった真紅のバラは去年と打って変わり、花が少なくパラパラの状態、寂しい限りである。
 何時もであれば展示会場に持って行くのだが、如何せん花が咲かないので、それも出来ず今年の展示会は真紅のバラなしだ。
 毎年展示会場にくる見学者さんに「今年はバラがないの」と言われてしまい、今年のバラの状態を説明する羽目になっている。
 来年はキット回復をして以前のような真紅の花を咲かせてくれるものと思うが、果たしてそのようになるのか心配である。

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2019年05月26日

少し変

    はやりであるが

 SANY2920.JPG文明開化、明治期近代化を進める新政府の副産物として生まれたのが、これらのはやり物、数多く製造され近代化の先兵として日本に上陸した西洋時計、庶民の間では外国の新しいものとして持て囃され、憧れの物となった。
この時代、時計は西洋の憧れ、庶民には今までに無いもの、その上学校では子供たちが時計の勉強をしているから尚更の事、大人よりも子供が先に近代化に貢献、時間管理に逸早く慣れて行く事に、学校では時計を中心とした教育を実習。
 大人たちは当然その事にも気が付いており、子供に負けないとして時計に関心を寄せ、それが又西洋時計の流行となる事になる。
 以前、東京オリンピックの時、テレビが爆発的な売り上げを見せた時代、我も我もとテレビを買い込んだ明治期はそれ以上の盛り上がりであった事は確か、西洋への憧れも相まっての流行であったからで、そのはやりは本物であった。
 何時の時代も同じであるが、其れを商売に結び付け、色々なものが発売されて、庶民の間で流行って行く事になる。

 勿論その中に時計も含まれ、時計の形をした色々なものが世の中に、その一つが水滴、習字の道具として使われるもの、今みたいに墨汁は無く、自分で墨をすり習字を習ったもの、その必需品が水滴、だから子供たちには必要な道具。
SANY1993.JPG それに目を付けたのが製造業者であり、逸早く時計の形をした水滴が発売され、子供たちに人気を博した事は言うまでもない事。
 現存している時計の形をした水滴を観察すると、非常に面白い事が分かって来るもの、何処か変ん、気にしなくて見て居ると気が付かないが、ジックリと観察すると、間違っている事に気が付き、何でこうなるのかと思う事に。
 それは文字盤に書かれている数字、時計の中枢部分、これが間違っている事に気が付き、時計を知らないのかと思ってしまうが、まさか時計を知らずに、この水滴を造ってしまったのかと、それは無いとは言えず、そんな事を思ってしまう。
さて時計の形をした水滴、これを見て何処が違うものなのか、自分の目で確かめて下さい。簡単に分かる事だが、先入観が邪魔をして、気が付かないかも知れないから、自然に文字盤を見る事、ヤッパリ何処か変であると思う人、ジックリと観察して見つけ出してください、簡単なんだけどね。
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2019年05月25日

連絡事項

   日本古時計保存協会浜松ミーティング開催
 恒例の日本古時計保存協会の浜松ミーティングを開催いたします。
 時、 6月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543ー4 NKトレーディング事務所
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 今回、蛎殻町製造の新たな時計が入りました、その説明も致します。
 尚、オークションも開催いたしますので参加ください。
    日本古時計保存協会 事 務 局
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2019年05月24日

代用品6

    こんなものまで  
SANY2095.JPG
 テレビ番組の中で瀬戸で製造された陶器のアイロンが紹介されました。
 少し前に日本古時計保存協会事務局に取材要請が入り、その中で戦前に作られた代用品を番組で取り上げたいので協力要請があり、資料を提供しました。
 内容は、磁器で出来た「栓抜き」、ガラスで出来た「時計の振り子」、ガラスで出来た「時計渦巻き鈴の台座」、陶器でできた「アイロン」等、戦前に尾張瀬戸で金属の代用品として、様々な代用品が製造されたものです。
 その中でもユニークな物として、栓抜きや振り子、そしてアイロンが注目され、取材陣はこのアイロンに興味津々であり、是非とも取り上げたいとの事。
 協会としては、資料を利用していただく事に大賛成であり協力を承諾、時間が無いとの取材陣の希望により、本来は現物をスタジオに持ち込むのが当たり前、しかし時間の都合上やもなく写真での出場となる。

 SANY2099.JPGSANY2098.JPGこのアイロン、とっての部分に当時のシールが残っており、それいよると吸入式蒸気アイロンとあり、しかも実用新案特許を取得している物、特にめずらし物です。
 しかし、実際に使用できたかは不明、スタッフも興味津々、アイロンの後ろ部分から水を吸入し、コンロに掛けあっためる事暫し、蒸気が噴出したら使用可能。
 使用方法はこの様に行うものだそうだが、果たして実際に蒸気アイロンとしての使命が果たされたのであろうか、いささか疑問でもあるが、使うわけには行かず不明のまま。
 写真ではわかりずらいが、アイロンの底には小さな穴が空いており、そこから蒸気が出る事になっている機構らしいが、こんな小さな穴1つで蒸気アイロンになるのか。
 それにしても、色々な物を代用品として作り出した、当時の職人たちには感動すら覚えるもの、代用品の本の一例に過ぎないものであるが。
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2019年05月23日

相性

   巡り合い

 古時計を探し求めていると、何故かしら不思議な事に気が付く事に、それは幾ら追い求めても中々巡り合わない事、どうしてSANY9900.JPGも手に入れたい時計があり、それを幾ら探し続けても見つけ出せない事、目の前にあったとしても手に入らない。
 不思議なもので今までに何度か経験しているが、それが何だか分からないので人にも聞いてみたが、何故かしら他の人にはそんな事はあるのかと、ひょっとして自分だけがそんな目に合っているのかと思う事もあった。
 古いものを追いかけていると不思議な事に幾つも出くわす事に、幾ら探し続けても見つからないものと、探さなくとも手に入るものとがある事だ。
 それも偶然に手に入る事があるが、古時計があるはずのない所でそれは見つかる事も、偶然だけでは無いように思う。
 ある人が相性の合わないものは幾ら追い続けても逃げて行く、しかし反対に相性の良いものは向こうからやって来ると言うのだ。
 古いものを求め、追いかけていると何気なしに思うのは相性、何度となく見つけても自分の手に入らないものがそれだと思う、勿論、私が探しているものが私だけならば良いのだが、現実は他の人もそれを探し求めており、実際は早くそれを見つけた人が手に入れられるのだ。
 早く見つけ出すと言っても巡り合わないなければ手に入れられず、巡り合うことが肝心であるのだが、それが相性だと言うのだ、古い物には不思議な力が宿っていると言う人もいて、向こうが手に入れられる人を選ぶのだとも言うのだが果たしてそおだろうか、相性が良く、向こうが選んでくれなければそれは手に入れる事が難しく、手に入らない事が多いのだと言う人も多い。
 例えば何となく人との相性は分かるが、古い物との相性は自分には分からないもの、それをどう知るものなのか知りたいとも思うが、果たして相性とはどんなものなのか、不思議なものである事は分かるのだが、しかし実際にはどの様なものなのか分からない。
 古い物とはそんな不可解なものである事を認識し、相性の良いものを手に入れるしか方法がないとも言えるのではないかと思ってしまう、それが相性と言うものなのか。


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2019年05月22日

瀬戸の焼きそば

    ちょつとちがう

SANY1514.JPG 瀬戸の焼きそば、全国で色々な焼きそばが存在しているが、その中でも瀬戸の焼きそばは少し違っている。
 焼きそばは鉄板の上でそばを焼くから「焼きそば」と言われているが、味付けは様々なようである。
 全国の焼きそば、所によって違いがあり、色々な味付けがなされているが、やっぱりソース味が多いようだ。
 今B級グルメが盛んに行われており、焼きそばも又色々と参戦しており、各地の焼きそばが好評を博している。
 もちろん好き好きであるから、何処の焼きそばが良いとは言えないが、様々な焼きそばが存在している事は確か。
 そして中に入れる具も又色々、ビックリするようなものまであるが、それは例外として、キャベツが入っているものが多い。
 これも簡単に手に入る具材であるからだが、それだけではなく焼きそばにはぴったりの具であるからだと思う。
 キャベツと麺の組み合わせ、鉄板で焼くのには一番良い具材で、これにあみや.jpg勝るものはないと思える具材である。

 そしてもう一つが麺、入れも全国的にはいろいろな麺が使用されており、ラーメンと同じように種類も多い。
 太麺から細麺までいろいろな麺が使われ、それぞれの特色のある面が使われ、その土地その土地の麺が主役。
 瀬戸焼きそばで使用される面は少し細めの蒸し麺、ちょっと変わった麺であり、瀬戸焼きそばにはなくてはならない麺だ。
 この細くて蒸した麺でなければ瀬戸焼きそばには合わないので、必ず蒸し麺を使う、何故ならば瀬戸焼きそばは豚の煮汁を使うからだ。
 バラ肉が良いと言うが、その豚の肉を醤油と砂糖やそのほかの調味料で味をつけ、コトコトと時間をかけて煮る。
 その出し汁を蒸し麺にたっぷりとかけ、一気に焼そばを炒めるのだが、細麺でなければ早く味がしみこまない。
 独特の味付けが瀬戸焼きそばの特徴、他から来た人は醤油味で豚の煮汁のしみ込んだ焼そばを食べて驚くのだ。
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2019年05月21日

小満

      麦色づく頃
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 5月21日は「小満」、立夏から数えて15日を小満(しょうまん)と言う、この言われは秋に蒔いた麦が穂を付け出す頃、丹精に育ててきた麦が実を付け安心する、昔の人々は農作物が収穫できるか、出来ないかは死活問題、その実りが約束される頃を言う。
 長い間育てて来た農作物が実ることは大きな喜びであり、生活の糧を得られる安心感が持てる時、現在の我々では分からないものだ。
 今は多少の気候変動があったとしても、生活に困ることはなく、この様な季節感はまったくと言ってピンとこないが、しかし昔の生活、特に農村の暮らしは重大な感心事でもあった。
 その作物が実を付ける事は大変に嬉しい事、古くから農耕民族として生活してきた日本人、自然と調和をして来た農村では、工作物が中心の生活をして来た。
 二十四節気の1つ小満は、この頃の麦の穂が出る頃をさす、麦の色がかすかに色づき始める頃となり、収穫間近である事を意味している。

 そう言えば藤村の詩集に千曲川旅情の歌、この中の一節を思い出したが、確かこの頃の状況を詠ったものであると思うが。

  小諸なる古城の辺、雲白く遊子悲しむ、緑なすはこべは萌えず、若草もしくによしなし、、、、、浅くのみ春は霞みて、麦の色わずかに青し、
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 この詩に詠われた光景が、この時期ではないかと思われ、麦の色が色づき、黄金色になってゆく有様をとらえた詩だが、今が藤村の詩の通りの季節です。
 食いしんぼの私にとっては「麦焦がし」、子供の頃母親が麦でこねた餅上になったものを焼いて、甘く砂糖醤油をつけて焦がしたものを作ってくれた。
 この味が美味しくて忘れられないのだが、今は母親もいなくて、あの時に作ってくれた懐かしい食べ物を思い出すしかないが、季節はまさに、この頃だ。
 SANY5672.JPG最近では麦のこの様な光景を見ることは少なくなったしまったが、まだ麦栽培が盛んな地域に行けば、麦秋と言われる藤村の風景を見ることが出来るのか。
 農家にとってはこれからが1番忙しくなる頃と言われ、田植えの準備が開始され、早いところでは既に済んでいる所もあるやに聞く。



 
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2019年05月20日

時の記念日展

   日本古時計保存協会恒例の時の記念日展開催
 時、5月25日土曜日から6月末まで
 場所、瀬戸市朝日町49-3 古民家久米邸
     0561-84-5396
 時間、10時から5時まで入場無料
 出品、和時計から明治大正の掛置時計約100点
 会場は母屋と蔵にて開催します。説明付きは金、土、日曜日です。
    日本古時計保存協会 事 務 局
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2019年05月19日

木曽路の蕎麦

      390年の歴史
 
SANY9306.JPG 1600年に五街道が開設され、この木曽路は中仙道の中間に位置する街道であり、その歴史はさらい古く奈良時代に遡るとされているが、当時の中仙道と同じ道ではなかったようである。
 中仙道が整備されてから直ぐに、此処寝覚ノ床近くに立場茶屋として開業したのが「蕎麦屋越前屋」、1624年に木曽街道沿いを通行する旅人相手に商売を開始した。
 現在まで開業している全国の蕎麦屋の中で、3番目に古い蕎麦屋として営業し続け、木曽街道の有名な蕎麦屋として数々の浮世絵や版画等に紹介されている名店である。
 今日で390年の歴史を誇り、19号線寝覚ノ床の前で現在も営業しているが、旧店舗は旧木曽街道沿いにあり、昔の姿を留めここが越前屋である事を誇示しているようだ。

 建物は三階建て替えられており、現在の建物は大正元年に建て替えられたものSANY0584.JPG、蕎麦屋と旅館を営んでいた面影を今も伝えて、ひっそりとした旧街道に今もある。
 この越前屋、街道筋でも有名であった為に、数々の文人墨客が訪れてはそばを堪能していったようで、江戸時代の色々な文章にも多く紹介されている。
 広重の浮世絵にも描かれており、また中仙道木曽路の版画にも、この越前屋が描かれ、江戸や京にも「木曽路越前屋あり」と、音に聞こえし蕎麦処である。
 十返舎一九がこの越前屋を訪れた際に、越前屋のそばを紹介して詩にしているが、当時の越前屋の様子が伺える貴重な資料でもあるようだ。

 「蕎麦は白く  やくみは青く いれものは 赤いせいろに きいろのくろもじ」、

 店で当時出された蕎麦の器や蕎麦の色等を上手く歌っている。
 この越前屋、現在でも当時の十返舎一九が食べた物と同じ蕎麦、器も赤いせいろが2枚、そしてやくみも青いねぎがついてくる。
 木曽路にありながら田舎蕎麦でなく、更科蕎麦の白い物を出しているのも、越前屋の長い歴史なのかもしれない。
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2019年05月18日

キャラクター

    く ま さ ん

 SANY0029.JPG時計と言っても種類はいろいろとあり、その中でも子供向けに開発された時計があるが、これまた色々な種類の時計がある。
 いまや電池式の時計が全盛期、少し前まではクオーツ時計が全盛であったが、今や電波時計が全盛期、一秒も狂い無く正確に時を告げてくれるハイテク時計。
 クオーツの時代も中の機械は殆ど無く、アイシイ回路がはいっており、時計とは似ても似つかない物になってしまったようで、我々の年代の者は、サッパリ分からない事に。
 兎に角、今の時代電波時計が正確に時を刻んでいるから、時間に対しては問題はなさそうであるが、何だか味気ない時計になって行ったような気がするが、我々の世代だけであろうか。
 勿論時計と言うものは時間を計るものであり、正確でなければならない事は承知しているが、現在その時間に追われて生活しており、一分一秒が命取りとなる事もある。
 正確無比な時間を告げる時計には温かみを感じなく、以前の機械式みたいな時計とは全くの別物で、時計と言うよりももはや電子。
 機械式の時計は狂いもするが、さほど狂いは無いと思うが、現代ではそれも許されないと言うのか、そんな生活に慣れてしまったのかも知れない。
 一分も違えば大変な事になるとも、電車の時間、銀行の閉店時間、学校の授業時間、会社の就業、色々なものが課題となる。

 そんな現代の正確無比な時計ではなく、少しゆったりSANY0021.JPGとした時代の時計、昭和30年代に製造された物、熊の可愛らしい時計であり、木で出来ているもの。
 御研機器株式会社、茨城県石岡市で時計製造をしていた会社の物、子供向けに製造されたもので、当初は木造で前板を製造していたが、その後ダンボールを圧縮してその上からプラスチックのカバーを付けたものになる。
 写真の時計は、初期製造のもので木製の前板を使用、何処となく可愛らしい熊の子供、子供向きらしくて愛嬌があり、この手の時計は人気である。
 ミケンの、この種類の時計は21種類製造されたことが分かっており、プラスチックが最後の物となるが、やっぱり21種類製造されたものの中でも、木製の時計が人気である。
 文字盤サイズも小型で、この種類の中には、ディズニーのキャラクター物が一番人気、ミッキーやドナルドダック、7人の小人等のキラクター物が流行った。
 ほんの少し前まで家庭にあった時計だが、今は中々見なくて、探さないと見つからない時代、クオーツにとってかわられたのだ。
 今は懐かしい時計となってしまったが、やっぱり機械時計は温かみがあり、正確無比な電波時計とは一線を隠したもの、人気の秘密を垣間見る思いでもある。
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2019年05月17日

蚤の市東寺

    まだ知らなかった

 若い頃古時計に興味をもち、知人に京都の東寺に行けば骨董市が出ていると教SANY4890.JPGえられ、それから暫くして東寺の蚤の市に行ってみた。
 まさか話には聞いていたが、こんなに沢山の露天が出ているとは驚き、思っていた以上に多くの店があり、何処から見ていったら良いのか分からなかった。
 仕方なく、入り口から順番に見て行く事にしたが、ゆっくり見ていると先に進めない事に気が付き、ザット見てから気になった処に帰ってくれば良いと思った。
 そして足早にザット見て回る事にしたが、それでも店は次々と現れてくるので、気ばかり焦ってじっくりと見ることは出来ず、回り切った時には何も覚えていない状態であった。
 兎に角店を回る事しか考えず、何処で気に入った物があったのか忘れてしまう事に、後から思い出して、その店に行こうと思っても見つけられずに。
 ウロウロしている内に東門近くに、其処である親父に呼び止められ、仕方なくその店を見る事に、私は覚えていないが親父、以前に他の市で私を見かけて記憶にあったらしく呼び止めたと言うのだ。

SANY4892.JPG その親父は50才ソコソコの人、前歯が二本無くて如何にも怪しい雰囲気の男、話が上手くて本当なのか、嘘なのか、全くつかめない男であった。
 その親父が、私が時計を探している事を覚えていたらしく、呼び止めたものらしいが、その親父懐中時計らしきものを私に買えと言っているようだ。
 話はこうだ、出物を仕入れ安いからお前が買ってくれと言う事らしいが、あまり乗り気ではないが、仕方なくその時計を見る事に、しかし私にはサッパリ分からないものだ。
 親父は兎に角安いから買えの一点張り、しかし余り欲しくない時計だから断わると、幾らなら買うのかと食い下がってくるのだ。
 結局、押し捲られて買い込んでしまったが、後で懐中時計の詳しい人に見てもらったら、値段はヤッパリ飛び抜けて安く買ったらしく、逆に褒められる始末、全く知らない事がよかったのだろう。
 その時計が、写真の時計でイギリスのベンソンとボタン時計、今もコレクションの中に納まっている物、この時計を見ると東寺蚤の市の前歯が無い親父を思い出す。
 
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2019年05月16日

薬莢型ライター

    戦後の副産物

 前にも出したライター、煙草の火をつける道具SANY2518.JPG、色々な種類の物が作られてきたが、その全容を見ることは中々難しいもの、世界各国でライターは製造されているからだ。
 種類も豊富で製造数も限りなく多い、男の持ち物の中でも1、2を争うもの、男の必需品と言ってよいもの、その為に人其々の好みに応じて形も色々な物を持つ。
 ライターは持つ人によって2つに分かれ、火がつきさえすれば良い人と、自分の好みでなければ嫌な人に別れ、後者は個性を求める人が多い。
 煙草は趣向品、自分にあったタバコを選び、ライターもまた自分好みのものを選び、常に持参しているもの、だからこそ人一倍に拘りがある。
 そんな人たちは、人とは違ったライターを持ちたいと思っており、其れを探して自分好みのライターを捜し求め、見つけた時の喜びは一入ではないもの。

 私も自分好みのライターを捜し求める方、現在所有しているライターは70個を越しているもの、毎日取り替えても一ヵ月半は優にダブル事はない。
 SANY2523.JPGしかし毎日、とっかえ、ひっかえしてライターを買えるわけでもなく、その中でもやっぱりお気に入りのライターを、常に持ち歩いているが、少し重いのが玉にキズ。
 ポケットが破れそうなものもあり、もって歩くのも大変、そんな中持ち運びには便利で軽い物も、写真のライターもそのひとつで、コンパクトで持ち易いが火が点け難い。
 戦後の動乱期に製造されたライター、廃物利用で製造されたもの、鉄砲の薬きょうを改造して作られたライター、当時は物資不足でこのような廃物利用のライターが珍重された。
 薬きょうを上手く利用して考え出した人のアイデアは大したもの、当時は爆発的に人気を博し、製造が間に合わなかったらしく、その後も長く製造され現在も販売している。
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2019年05月15日

久し振り

      老舗の貫禄

 SANY2850.JPG長野県木曾福島、言わずと知れた御嶽山の地元、中仙道福島宿のど真ん中、橋の袂に店を構えて3百年、木曾福島の蕎麦と言えば「くるまや」と決まっている。
 昔から多くの旅人に支持され、橋の袂で商いをして3百年が過ぎ、今尚木曽の蕎麦屋と聞かれれば「くるまや」と誰しもが口を揃えて云う言葉である。
 今は余り見かけなくなったが、木曽の御嶽山に登山する、白装束の人々で店は溢れかえっていた頃、私がまだ10代であった頃の話、店の中は白装束で真っ白。
 普通の姿をしていると、何だか場違いであるかのような錯覚に囚われ、居心地がよくなかったもの、兎に角信仰心のない私であるから、尚更の事であったのか。
 そしてもう1つが、名物おば様、客の注文を聞くが驚くなかれ、一切筆記をしないので、客は不安な気持ちで居ると、注文通りに蕎麦が目の前に置かれる。
SANY2854.JPG
 其れに気付き、そのおば様の行動を見ていると、実に美しいくらいに敏速、かつ正確であり、何人かがまとめて注文しても、順番通り蕎麦は間違いなく届く。
 客もそんなおば様の姿を見て、目を丸くする人や、はたまた間違えるか、間違えないか、賭けをする人まで出る始末、つまり間違えた方にかけた人は、後でそば代を支払うと云うもの。
 知らない人同士だからやることだが、常連さんならば無駄な賭け等絶対にしないもの、おば様が間違えない事を百も承知、そんなおば様が居るおかげで、満員なのに皆おば様に気を取られて、蕎麦を待つ時間を忘れる始末。
 店は今も昔と変わらず込んでいるが、名物おば様の姿は今はなく、若い頃を思い出しちょつぴり寂しく、蕎麦を待つ時間も長く感じるのは何故であろうか、寂しさなのだろうか。
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2019年05月14日

準備に入る

    ことしは

 SANY1868.JPG毎年恒例の時計展、今年も瀬戸市の古民家久米邸の母屋と蔵で展示、今月土曜日の25日からはじまるが、その準備に入っている。
 展示品は90台以上、多くの人たちに見て貰うために、どのようにしたら楽しんでもらえるのか、工夫をしなくてはならないが、去年は大盛況であった。
 時計と触れ合う事を主体に展示、特に古時計を手にして貰い、ネジを巻いたり、分解したり、実際に見学者にやってもらい、時計の楽しさを分かって貰った。
 人気であったのは古時計がどうして動くのか、家族連れの見学者で小学生の子供さんが、時計のゼンマイを巻きたいと言うので、見学者の前でゼンマイを巻いてもらった。
 彼ゼンマイは巻いたが、これが時計の原動力とは思っていなくて、振り子を揺らして時計を動かすと、「電池は何処にあるの」と私に聞くのだ。
 こんなやり取りが楽しかった昨年の展示、今年も保SANY1961.JPG存活動が出来るように古時計の魅力を発信して行くつもりだが、展示にはやはり気をつかう。
 古時計愛好家からはモット珍しい時計を展示して欲しいとか、説明文をモット長く書いて欲しいとか、中が見える様にして欲しいとか、色々な注文も。
 有り難い事だが、この展示は古時計を余り知らない人たちに、古時計の魅力を知ってもらい、古時計の保存が出来ればとの思いがあっての展示、愛好家には少し物足らないかも知れない。

 確かに珍しい時計も少しは置いて、遠くから見学に見える人たちに配慮もする事も考えつつ、如何にして古時計をアピール出来るのか迷うところでもある。
 単なる珍しい時計の展示では終りたくなく、古時計の保護が目的である事を多くの人に知ってもらう為の展示、それにはどの様にしたら興味を抱いて貰えるのか思案中。
 時計の機械を出して、板にはり付けての動体展示、これが一番人気があったみたいで、今年も2ヶ所に展SANY1842.JPG示するつもりだが、知らない人が触って、振り子が止まってしまったこともあり、動いていないと興味を示してもらえないから、これも課題の1つ。
 文字盤を取っただけでは面白く無い、そして子供たちの人気、キャラクター物も展示しないと、家族づれに人気がなくなったしまうから、これも少し多く展示と欲張って見る。
 何だかんだで現在進行中の展示、数的には90台以上の展示を目的としているが、数だけ並べても此方の意図が伝わらず、ボンボン時計の魅力出しに今一工夫が必要。
 展示もセンスが出るもの、さり気ない演出も必要であるため、陶器で出来た花生けに生花を入れて、時計の横に飾ろうとも思っている。
 

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2019年05月13日

時代の変遷

      段々に薄くなる
SANY3038.JPG
 懐中時計、呼んで字の如く懐に入る時計の事、買って懐中時計はステータスのシンボルとして君臨してきた時計、貴族の持ち物でもあった。
 もともと高価な時計であり、一般庶民に手の入る代物ではなく、一分の人たちの持ち物であったもの、その為に贅を尽くした物が多い。
 古い物は勿論手作りで製作された物であり、一品しか存在しない時計であったもので特注品、それが懐中時計だと思ってよい。
 手に持てる位になった時計が懐中時計になるのには時間が係り、初めての懐中時計はダチョウの卵位の大きさであったとの事。
 勿論懐に入るような代物ではなく、権力の象徴としての時計であった事は確か、その懐中時計が次第に小さくなり、懐に入るようになる。
 SANY3020.JPGしかし懐に入る位に小さくなってはいるが、分厚い時計で現在の人が想像するような薄さではなく、鶏の卵位の厚さと大きさであった。
 これは中の機械がまだ小さな物にならなくて、分厚くなっていたから、本体も当然の事分厚い物となって、それを懐に入れてたのだ。

 そして何よりも重かった事、部品の一つ一つが大きく、そして分厚く作られていたため、重量があったもの、今の時計を想像すると比べものにならない。
 写真の懐中時計、右から順に古いものであり、1番右の懐中時計は1700年代初期のもの、厚さは2センチ5ミリもあるもの。
 その隣にある時計は1800年初期のもの、これSANY3028.JPGでも暑さ1センチ6ミリもある、そしてその隣の時計、この時計までは鎖引きの機械。
 旧式の機械であり、中々薄く出来なかったが、このクラスになると1センチ2ミリと薄い物となったおり、1番左の時計は大正時代の時計。
 この時計は7ミリと前の時計と比べてもとても薄いものに仕上がっている時計、時代の変遷を目で確かめて見ると、非常の興味深いことが分かる。
 懐中時計が厚さ1センチを切る位になるのには200年もの歳月が掛かっているようだと気付く、機械の進歩も実にゆっくりであったようだ。
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2019年05月12日

廊下用

    ランプシェード

SANY2419.JPG 廊下のランプが割れて無くなってしまったので、新しい物を探していた時、偶々ネットで見つけ買い込んだが、サイズが合わないのでどうしようと思案。
 私の性格上、見つけたら直ぐに行動する悪い癖があり、このランプシェードもその1つ、普通であればサイズも図った上で買い込むのが当たり前。
 しかし、私にはそれが出来ない、今までに何回と無く失敗しているが、一向にその性格は直らず、今回もまた同じことをしてしまい、実は反省もしている。
 もって生まれた性格は中々直らないもの、そんなに簡単に直るものなら、とっくに直っているはず、しかしこの歳まで直らないのは一生直らないもの。
 そんな事はさて置き、このランプシェード、一般的なものより少し大きくて、写真で見たときは普通のサイズと思って、気楽な気持ちでツイツイ入札してもらい結果落札。

 入札を頼んだ友人が「本当に良いのか」と再度念を押して来たので、お前が気にすることはない自分が気にいったからと答えた。
 その後、家に荷物が届いて、早速開封したが見て直ぐにダメと分かり、其のまま来た時のように荷造りしてお蔵入り、その前に写真を取り、また失敗しないように記録する。
 何処がダメなのかと言えば、普通の取付金具のサイズよりも大分大きくて、特殊な取付金具でなければ使用できず、之につく金具はおいそれとは見つけ難い。
 ヤッパリ普通は買う前に、サイズを確認するのが当たり前であるが、それが出来ないからこんな事になるのも、しかし日常茶飯の事でさほど反省していない。
 価格的にも安かったので、何とかなると思っていた節があり、いやそれも分かっていたがツイツイ癖で入札、そんな時ほど落札するものでもある。
 友人の忠告を無視した報いであるが、それを彼には言えないので落札の礼だけでとどめておく事にしたが、やっぱり悔しいし情けないが身から出た錆でもある。
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