2019年05月01日

唱歌

    ふるさと

SANY9221.JPG 新しい令和最初は唱歌、最近では学校でこの歌を教えなくなったよう、時代に合わないとの考えだと言う、その為に良い唱歌もまったくと言って良いほど歌われなくなった。
 特に子供たちにとっては全く知らない歌となってしまったもの、残念でならないが時代が違うと言う、確かに古い時代に作られたから、少しは現代と合わないかも知れない。
 唱歌の中には色々なものも含まれているのは確か、時代に合わない箇所もたたある事は認めるとして、其処があるからダメだと言う事か。
 古いものでは明治時代に作られたものもあるから、確かに時代に合わないのは認めるが、では昔話はどうか、昔の話だから教えないのか、心に残る唱歌も幾つかあり、現代人にも通じるものはあるので、全部が全部教えないのは分からない。
 そんな中、唱歌の代表的存在の歌「故郷」、この歌を知らない人は少ないと思うが、今の若い人たちには教えられていないよう、しかし耳にした事はあるはず、特に震災以後、この歌が心の支えとなっている事は確か、あの災害から立ち直ろうとしている人達にとっては、この歌こそ心の支えだ。
 どんな現代の歌よりも、このふるさとの唱歌、幾度と無く被災地の人たちが歌う姿を見てきたので、何処に古いからダメで、新しいから良い事にはならないと思う。

 この愛されているふるさとの歌を作ったSANY9234.JPG人物、高野辰之と言う国文学者、彼の名前はふるさとの作者だと知る人は少なく、歌だけは有名となっている。
 高野辰之は長野県中野市の出身、国文学者しとて有名な人物、その高野のふるさとを題材として作った歌が、唱歌「故郷」である。
 高野は旧豊田村の豪農の家に生まれ、少年時代を豊田村ですごしたが、その後東京に出て国文学者となり、唱歌の編纂にも立ち会うことになる。
 大正5年1914年に自分の故郷を思い出しながら作ったものと云われ、岡野貞一とのコンビを組んでふるさとの歌を発表する事になる。
 その後次々と唱歌をコンビで作り、春の小川、春がたき、おぼろ月夜、紅葉などの歌を発表し、現在まで歌い続けられている名曲となったが、高野辰之や岡野貞一の名前は知らなくとも、故郷の歌は誰しも知っている曲、震災後もこの歌が人々を勇きづけている事は良く知られている。
 日本人の心のふるさととして、多くの人々の共感を呼ぶこの歌、まさに絵に描いたような故郷の風景を思い起こされる唱歌であると思う。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記