2019年05月05日

鎧兜

    忠実に再現
 
DSCN0731.JPG 今日5月5日端午の節句、男の子を祝う節句、子供の日、国民の休日と言い方は変わってしまったが、この日は男の子の成長を祝う日。
 古来より5節句の1つとして古くから行われてきた行事、この節句も渡来文化の1つ、室町頃より武家の子供の成長を祈る行事として定着した。
 江戸時代に入ると社会は安定し平和が訪れる事により、戦さへの備えが薄れる中、武士社会では男子誕生を祝と共に、その子の立身出世を願い武者飾りを飾るようになる。
 幕府も世継ぎが誕生したときは盛大に祝い、鎧兜や旗指し物、吹流しを上げてその子の武運長久を願い、このような風習が武家に伝わると同時、幕府はこれを奨励する事になる。
 この時代は外飾りと呼ばれるものが多く、馬印や旗指物、吹流し等を外にがざっていたが、やがて床の間に飾るようになり、現在の5月人形のような形式となったと言う。DSCN0732.JPG
 しかし、これは一般の武家社会でのこと、庶民にはこの様な5月飾りを飾るものはなく、ごく一部の人達の5月飾りとして行われてきたのだ。
 庶民で財力のある人は武家を真似て鯉幟等を外にがざって節句を祝っていたもの、床の間飾りを飾ろうにも、床の間などは庶民には無いし、鎧兜は武家のもので飾りようがなかった。

 さて写真の鎧兜、昔の鎧兜の製法をより忠実に模して造られたもので40年以上前のもの、小札(こざね)と呼ばれる鉄製の板を絹糸でむすび草摺(楯、たて)を造ってゆく、現在の五月人形は鉄製ものは少ない。
 この鎧兜、平安期の大鎧を模写しているが、戦国から江戸期にかけて流行った大鎧、実戦用に改造された部分があり、近世的な鎧兜。
 良く鎧兜は子供が怖がると云われが、それは面具と呼ばれる顔を保護する部分、目だけが出ているものの、DSCN0730.JPG顔全体を覆っていて相手を威嚇する道具だから。
 当前怖くなって当たり前、その為に造られたもの、これも鉄製のもので重い部品の1つ、佩楯と呼ばれるももを保護する部分やスネあて(毛靴)も当前鉄製で出来いて重い。

 現在の5月人形の鎧兜は全体に省略化されてしまい、細部にわたっては昔の造りはなされていないので、この鎧と比べれば非常にかるい物となっている。
 小手あての上部は鎖帷子が忠実に模写されて付いているのも珍しく、現在ものは殆ど付いていない事が多く、良く見ると甲冑師が製作したと分かるもの。
 このような造りをした鎧兜は甲冑師の仕事、人形師とは一線を隠した本物の鎧兜を製作した人が造れるものであり、時間のかかった代物だと思う。
 わが子の成長を願って飾られる鎧兜飾り、日本の伝統を末永く守って欲しいもの、端午の節句も伝統文化の継承を願うもの、今日は柏餅とちまきを食べて子供と一緒に楽しんではいかがであろうか。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記