2019年06月30日

個性的招き猫

    不細工で可愛い

SANY0228.JPG 招き猫、商売繁盛を願う庶民の味方、人を招く猫としての信仰心からくる思い、それが招き猫の置物だ。
 何故かしら庶民は、この招き猫が好きらしいが、本当に人を招いてくれるのか、いささか疑問でもあるが。
 其れが信仰と言うべきものなのか、またまた思い込みなのか、故事に由来を持つ招き猫、そこから来るものは何か。
 そんな問い掛けにも、ただ黙って座っている招き猫、座っていればそれで良しとする人々、ありがたい事だ。
 信仰とはそういうものだと、招き猫は信仰なのか、そんなはずはないが、其れに等しい気持ちであることに変わりはない。
 ただ単に陶器の置物であるではないか、何でそれが人を招いてくれるのか不思議、不思議の置物だ。
 この招き猫の姿もまた色SANY0267.JPG々なものが存在しており、産地で変わった形の製造しているのも個性であるのか。
 ある招き猫は凛々しく可愛らしいものであったり、ある招き猫はでっぷりと太っている猫であったりと色々。

 どの形の招き猫がご利益があるのか、商売人ならずとも興味の湧く所でもあり、どれが好まれるものなのか。
 そして本来の招き猫の形はどれが本当なのか、最近では新しい招き猫が出現しているが、其れもまた個性なのか。
 色とりどりの色彩を持つ招き猫も登場、それも個性のうちなのかと、そんな事を思う人も多いのでは。SANY0304.JPG
 しかしいろいろな個性の塊の招き猫も、個性とは変わった顔を持つものなのなのかとも思えるが、果たしてそうなのか。
 なんにしても変わった顔を持つ招き猫、それを個性であると判断してよかろうが、製造者はそれを意図としているのか。
















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夏越の払い

    氷室の氷

 6月30日は夏越の払い、昔からこの時期に夏を乗り切る為にお祓いをした事に由来、無病息災を願って神社で厄を祓ってもらった。
 現在では茅の輪くぐりとして行われているが、関東と関西では少し形態が違っているものの、夏に向けてのお祓いは同じ、悪霊を祓った。
 この歴史も古く奈良時代には行われていたと言われ、それだけ夏の疫病は恐れられていた事を示すもの、この時期宮中では冬のうちに溜めておいた氷を取り出して食していたと言われる。
 暑い夏に氷を食べると言う事は一般庶民では叶うものではなく、宮中において食されていたもの、この氷を食する事と茅の輪くぐりは長く受け継がれた来た伝統行事でもある。

 歌にも歌われているこの行事。

   水無月の  夏越の払いする人は  千歳の命延というなり
 この時期に全国神社で夏越の払いが行われ、夏に向けての厄除け祈願が行われるが、良く知られているのが茅の輪繰りである。
  神社に行くと、神前の前に大きな茅の輪がもうけてあり、この輪を左巡りで三回まわり、神前でお払いを受ける事になるが、作法は左回りに8の字を描くようにまわる事。

 私も近くの神社でお払いをする時もあり、作法通りにやっていると、知らない人は何をしているのかと怪訝な顔で見つめている事もあるのだ。
 この行事が古くから行われている事を知らない人も多く、単なる厄払いの仕来りだと思っている人も、夏越の払いが茅の輪くぐりとは思わない。
 そしてこの時期に食べる和菓子は水無月と言う和菓子、ういろ状のものの上に小豆が乗せてあるもの、これは宮中で昔食べられていた氷室の氷をイメージした物。
 一般庶民は夏にかき氷等食べれなかった時代、ういろうを氷に見立て、厄除けのあずさを載せ、冷やして食べたと言い伝えの食べ物だ。
 この和菓子、冷たく冷やして食べれば美味しく、夏だけの食べ物ではない、しかし、この時期食べるのが習わし、季節感を味わうのだ。
  この様な風習も段々と忘れ去られて行ってしまわないように、我々も後世に伝えないといけない、古くからの行事を伝えるのも役目かも。

 
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2019年06月29日

うちわのさんち

    減ってしまった

 SANY2461.JPG夏の必需品団扇、竹と紙で出来た扇ぐ道具、夏には無くてはならない物、何処の家庭にも数多くの団扇があり、涼をとる道具であった。
 近年はまったくと言って良いほど家庭から消え、今の子供等はあまり団扇の有り難味を知らず、夏の必需品と言えばエアコン、冷房装置しか思わない。
 この団扇、歴史は古く古代エジプト時代に遡り、古くからあった物であるが、今みたいな涼を取る道具ではなかったらしく、儀式や占い等に用いられていた。
 今みたいな大きさではなく、今の団扇の10倍位のものであった由、非常に大きな物で厄を払いのける物であった由、素材としては木製であったり、鳥の羽や獣の皮であったりした。
 日本では弥生時代には、やはり儀式として用いられていた事が分かっており、長い間そのような儀式に用いられてきたが、江戸時代に入り広く普及。
 一般庶民の涼をとる道具となり、爆発的に流行し、何処の家庭にも団扇がある様になったらしく、その原因は竹と紙であったとされ、現在のような形となった。

 SANY2463.JPGもともと、うちわを漢字で書くと「団るい扇」となり、団は「丸いと言う意味」、丸い扇が団扇となったらしいが、その他にも色々な説があり、論議を呼んでいる。
 団扇には産地があり、房州団扇、岐阜団扇、丸亀団扇、京団扇などが代表的な団扇、これ等の産地は竹と紙の産地と重なっており、地の利を生かした製造物でもあった。
 京団扇や岐阜団扇のような洗練された高級品、房州団扇と丸亀団扇は普及品、其々の用途により一般庶民が買い込み、夏の必需品となった。
 しかし、昭和40年代に入り冷房装置が普及するにつれ、団扇の需要は急速に減り、一般の家庭から団扇が姿を消しはじめて行ったようだ。
 最近では祭り等で使われるようになり、少しは回復してきたようだが、以前みたいに、何処の商店も、お中元として団扇を使われたが、その様な時代にはならないであろう。
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2019年06月28日

フランター菜園

    もう少しです
 SANY2204.JPG我家の家庭菜園、プランターでの試みであるが、順調に生育して実績を挙げつつ、これから収穫が順調に行くことが果たして出来るのか少し不安、テレビで簡単に家庭菜園は難しくないと説明するが、初めて栽培する者にとっては簡単ではなく、わからない事ばかり多くて難しいのが現実であり、簡単ではない。
 園芸店でプランターと腐葉土を手に入れてきて、我家の庭で栽培する事に、昨年は暑さのせいで枯れるものもあり、みずやりをシッカリしたつもりであったが。
 テレビで放送しているわりには、栽培はそんなに甘くない事が分かったのが真夏、此方が思っていた以上に水をやらないとかれてしまう事を知った。

 トマトとなす、ドチラもさほど難しくないとのテレビの触れこみ、簡単に収穫が楽しめるとの合言葉、単純な性格だからツイツイその気に、しかし生き物はやっぱり難しいもの。
 水やりと土の管理、狭いプランターでの栽培はこの2つが決めてらしく、その決め手を簡単に思っていたが、失敗したので今年は其れを繰り返さないようにと、今は順調のようであるが、果たして上手く行くのだろうか。
 写真は現在のトマトの状態であり、昨年とは少し違って上手く言っているような気配、今盛に成長している。
 水やりも順調にこなしていると思っているが、この先暑さが増してくると果たしてどうだか、トマトはなすよりも少し遅いようであり、今はまだ小さな実。
 この実が大きくなり、真っ赤なあのトマト色になるのを楽しみに待っている事に、暑さ対策もこれから研究をしないと、真っ赤なトマトの収穫は難しいかも。
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2019年06月27日

置時計が見たい

   珍しいものが

 5月25日より始まった日本古時計保存協会による時の記念日SANY2239.JPG展、早いものでもう今週いっぱいで終わりである。
 毎年のことだが会場のスペースが限られたおり、展示台数が限られるので何時も厳選して展示をしているが、見学者からは他の時計ももっと見たいとの要望も多くある。
 確かに見学者の方々の意見を大事にして展示をしているが、全部の要望には応じ切れないのが現状であり、もっと答えたいとも思っている。
 そんな事で今年も時計展が開催し、最初から多くの見学者が訪れて頂き、此方としても安心したり、恐縮したり。
 毎年訪れて頂く方も多くなり、「今年の目玉は何ですか」と聞かれ、こちらが驚く事もあるが、その都度説明に力を入れている。
 勿論毎年掛時計が主体であり、掛時計の数が大半、歴史的に史料価値の高い時計も数多く出品しているが、毎年同じものも出品している。
 それは、保存協会して是非見学者の皆さんには、この時計だけは知って欲しいとの意向によるものだあるから。
DSCN1891.JPG
 時計史の上から絶対に外せない時計は毎年展示しており、その台数も限られているが、本来はもっと展示をしたいと思っている。
 しかし、見学者の皆さんからはもっと変わったものが見たいとの要望も多く、ジレンマになっているのも現実である。
 今の会場では置時計を置く数が限られており、多くは置けず毎年厳選しているが少ないと言え、見学者の希望に添えていない。
 その上置時計の珍しいもので、カラクリ付きのものとなると限定されてしまい、大きさにもよるがスペースが取れないので頭が痛い。
 ある見学者は「ここへ来れば珍しい物が見えると聞いた」と言われ、期待して見に来たが何処にあるのかと、そんな見学者もいるのだ。
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2019年06月26日

真鍮製

      黄金の輝き

 SANY2323.JPG昔アメリカ映画に出てきたランプ、大きな机の上に置かれた真鍮製のランプ、あのランプを見た時には、アメリカは凄い国だと思ったのを覚えている。
 私が見た黄金のランプとは、真鍮製のシェル型をした置ランプの事、映画の中のランプはキラキラと輝いており、アメリカの豊かな生活を表すようなそんな気がしたランプ。
 その時からあのランプは、「ザ、アメリカ」であり、憧れのランプとなってしまったが、その時見たシェル型のランプ、上部は貝殻を被せたような物で、支柱が二本付いていた。
 脳裏に焼きついた此のランプ、憧れのランプとなって久しく、アンティークショップで再び出会った時には、あの映画で見たランプとは形は一緒でも輝いていない物だった。
 形こそ良く似ているがあのランプと違うと思ったが、店主に「此のランプ、アメリカ製ですか」と聞いてみると、直ぐに「アメリカ製のランプです」とかえって来た。
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 やっぱり同じ物だが光り輝いていないから、店主に再び聞いて見る、すると店主、ニコリとして「時代物だからくすんでいるだけで、磨けばピカピカに成る」と教えてくれた。
 当たり前の事であるが、私は映画の中のランプのイメージが強すぎて、ピカピカのランプでないと同じ物に見えなかったので、「新しい物は今手に入るのですか」と聞いてみた。
 再び店主「新しい物は今も販売しているが、やっぱり当時の物の方が良いと思います」との事、「今の新しい物はピカピカで雰囲気が無い物で勧めたくない」とも付け加えた。
 写真のランプが現在販売されている復刻版のランプ、やっぱり店主の言ったとおり、新しい物は趣の無いもので、やっぱり本物のアンティークのランプの方が良いと悟った。
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2019年06月25日

親父のランプ

      思い出のランプ

 かたみ.jpg昔の記憶は中々忘れないもの、私が高校生の頃我が家の床の間にランプが置いてあったが、何故ランプがあるのか考えもしなかったし、其処に何時からあったのか分からなかった。
 別に大したランプでもないが、明治時代に一般の家庭で用いられていたランプ、こんなランプを何故父親が大事にしていたのか分からなかったが、お袋は聞いても笑っていただけ。
 しかし、床の間にはランプが鎮座していたし、それ以後もずっと其処にあったが、私が結婚して家を出てから数年後、ランプの姿を見なくなってしまった事に気が付いた。
 お袋に、其れと無しに聞いて見たら、邪魔に成ったからかたずけて仕舞ったとの事、其れ以来このランプを見なかったが、お袋が亡くなってから荷物の整理をしていた時、押入れの中からそのランプを見つけた。
 以前には何故こんなランプを父親が買い込んだのか不思議で成らなかったが、時が経って自分も色々なランプを見、それなりにランプも知ってから、父親がこのランプを買った意味が分かったような気がして来た。

 若い頃は、何の変哲もない安いランプを、大の骨董好きな父親が買ったのか、理解が出来なかったのだが、今になってこのランプを見ていると父親が何故このランプを買い込んだのか理解できる。
 私も、今までに数多くのランプに接してきたり、派手で高級なランプを幾つも見たり、さすがに高級なランプは良く、欲しいとも思ったが手に入れて見ると高級なランプは段々飽きてくる。
 不思議な事であるが、あれだけ欲しいと思って手に入れたのだが、直ぐに飽きてしまい手放す結果になったが不思議、それは高級なランプは美しいが、見ていて初めは良いが段々に見慣れるとドギツクなって来て落着かないのだ。
 やっぱりシンプルなランプの方が飽きが来なくて落着いて見られ、不思議に親近感が沸いてくるのは何故、それは庶民が使い揉んだ物であり、飾りとしていた物でないからだ。
 生活に密着した道具であったから、よく使い込まれ身近なランプであったものであるからこそ、親しみが湧くのではないだろうか。
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2019年06月24日

骨董市場

    意外なものまで

DSCN1449.JPG 骨董市場、競り場とも言う何でもありの市場、兎に角色々な物が集まって来るところ、古い物から新しい物まで。
 全国から集まって来ると言うが、まさに壮観な場所である事に違いなく、何でもありの世界であるのだ。
 こんなものが売れるのかと思うものも、仏壇から位牌まで多種多様なものが集まる所、そんな中、婚約指輪もちゃんと売りに出されているのだ。
 ゆりかごから墓場までと、何処かのキャッチ文句を自で言っていると思われる位に多種多様、やっぱりすごい。
 業者も当然専門の分野に分かれているから、色々な物があって当たり前の世界、それでなければ市場は務まらないのだと言う。
 どの専門分野の業者が来ても売買できるのが骨董市場、我々の想像をはるかに超えている世界、素人がこの市場に出入りは出来なく、鑑札を持っている人だけが出入りでき、売買をする事が出来るのだ。DSCN0897.JPG
 許可さえあれば見学は出来るが、知り合いがいないと難しいかも知れない、当然の事だが市場価格と違うから。
 ここに出されている物は、各方面から仕入れて来たもの、当然値段は付いていない、この市場で値段が決まるからだ。
 市場で販売されている値段は、ここで幾らで仕入れられるかによって決まるのだが、それは業者の秘密でもある。
 骨董品は値段があってない様なもの、目利きと呼ばれる人たちにより、そこで値段が決まるもので、意外なものが高くなる事も。
 私も良く見学に訪れるが、そのやり取りは真剣勝負、業者にとっては生活がかかっており、ここでの買い付けが左右する事になるからだ。

 当然自分の目を信じて買い付けるのだが、其処は一人ではない為にセリが、同業他者が前にはだかるのだから、値段も思うようにはならない。
SANY0325.JPG 自分が欲しいと思えば他の業者も欲しい、その為にはセリに勝たなければならないから、しかし相手がある事。
 相手と競り合えば当然の事値段は跳ね上がり、果たして自分の目は正しかったのかと、疑心暗鬼になると思う。
 目的のものを落札したとしても、安い値段で落札できれば良いが、何時も良い方向に進むとは限らず、時には思わぬ高値になる事もある。
 しかしセリ場は我々が思っている以上に戦場であり、一歩間違えば大損になる事も、いわゆる賭けでもあるのだと思う。
 自分の目が確かと買い込んだが、偽物である事に、そんな時は大損する事になるからだが、買わなければ他人の手に渡ることになる。
 ミスミス儲けを逃してしまう事になり、やはり参加しなければ権利は無く、商売とは何時も綱渡りであると言う。
 だからこそセリ場は素人の入場は禁止、当然の事だと思うが、我々の目では、こんなものが何で高値で取引されるものなのかと思うものが、高額で競り落とされているのだが。
 それこそ玄人の商売人の世界、一般人ではその価値を知らないので、とても驚く世界である事だけは確か、目の保養にもなるのだ。



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2019年06月23日

ハローキティー

   人気者です

 SANY0301.JPG日本が生んだキラクターの中でも、一番人気があるのはハローキティー、今や世界的な人気者となって、大人から子供まで愛され続けているようだ。
 このキティー、誕生は1974年11月1日、サンレオがスヌーピーの対抗馬として、新しいキラクターを考え出して、デザイナー清水侑子に依頼。
 ホワイト キティーが誕生するが、当初は座ったままの姿で登場、いちやく人気者となり子供たちに受け入れられ、次第にブームを巻き起こす。
 しかし、その後少しかげりが見え出しキティーブームも下降線をたどるが、3代目のデザイナー山口裕子によりよみがえり、その後現在まで人気者を維持したいる。
 今や世界的なキャラクターとなり、各地で人気者となり現在も盛に新しいキティーが生まれ、熱狂的な支持者に愛されているが、当初は子供向けであったが、現在は大人も支持者が多い。
SANY2824.JPG
 このキャラクターをデザインした腕時計が、1980年にデジタルとして登場、発売金額3900円であったが、大人気となり100万個も売り上げる快挙となった。
 そのブームを当て込んだ海賊版が海外で盛んに作られるようになり、日本どころか海外でも人気になり、海賊版が多く製造されるにいたり、サンリオが頭を抱える事に。
 写真の腕時計、ハローキティーの海賊版の時計、日本で腕時計が爆発的な売れ行きとなり、それを当て込んで香港で大量に海賊版が製造たれた。
 その海賊版の時計が写真の物、良く見ると何処となくキティーもぎこちなく、本物よりもダサイ造り、この時計はネジ巻き式の物。
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2019年06月22日

展示の目玉

   今年話題

SANY0306.JPG 時の記念日にちなんだ時計展、今年で13回になるが見学者が多く訪問、ありがたい事だと思っているが遠方より来られる人にも恐縮している。
 毎年ごとに展示物は別のものと交換しいてるが、主要なものは毎年同じもの、展示には避けられない時計も多く、見た目には変わりばえしないと言う人もいる位。
 確かに同じものも多く展示はしてあるが、時計史の上で歴史的価値の高いものは毎年展示しているので、その印象が強いかも知れない。
 そんな事で今年も始まった時の記念日展、もう終盤を迎えている中、毎年展示を見に来ている常連さんが訪問、「今年の目玉はどれですか」との質問。
 勿論会員のメンバー、遠方より何時も見学に訪れてくれ、色々な意見をきたんなく述べてくれるのがうれしくて話が弾む。
 今年の目玉は和時計と即位記念の時計、和時計は会員さんの持ち物の中でも非常に豪華な台付きのもの、総紫檀製の透かし彫りが施された一品、機械も良いのであるが台が見せ場、透かし彫りの見事さは群を抜いているものだ。
 流石に常連さんもこの台には見とれ、隅から隅まで見て「やっぱり素晴らしいものだ」とため息、今までに見た事が無い台だと言う。

 そしてもう一つが即位記念の時計、平成から令和になっSANY9226.JPGた初めての年、それに向けて展示の目玉が大正天皇即位記念の時計、大正3年に製造されてもので天皇家の三種の神器を象った奇抜なデザインの時計がそれ。
 時計の上から八咫鏡を象った文字盤脇、そしてその周りには勾玉を幾つも配置したもの、振り子室の横には草薙剣が彫り込まれた一品。
 見学者もこの時計を最初は見ても気付かず、こちらが「何処か違うと思いませんか」と尋ねると、けげんな顔で「分かりません」と答えられる。
 この時計は大正天皇即位記念の時計で、三種の神器がデザインされているものですと説明すると、何処がそれですかと。
 その度に上から八咫鏡、勾玉、草薙剣、そして振り子室の窓のガラスには金文字で即位式記念と書かれていると説明するのだ。
 そんな時計を何時ものFMラジオ放送放送で取り上げ、今日放送して最後の週に向けて再度アピール見学者が増える事を願ったもの。

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2019年06月21日

またまた

   見つけて来た

SANY9065.JPG 何時も色々なものを探し出してくる我が家の孫、私が何処に仕舞い込んだか忘れているものを見つけて来る。
 自分では何処にしまったか記憶にないものを見つけて来るから不思議、しかし只私が忘れているだけの事か。
 そんなものを何処となく探してくるから面白く、こちらがそんな所にあったのかとビックリする事もある。
 何処に仕舞い込んだか忘れてしまい、それ自体あった事すら忘れて失われていたもの、それが見つかればうれしい。
 最近は特に物忘れがひどくなったような、つい先ほどまで手元に持っていたものまでも何処に置いたか忘れる。
 歳をとると言う事はそんなもの、誰しも経験する事と思うが、情けない気もする自分でも、さてさて記憶とは歳をとると段々と薄れるものと言う、これからもモット進むと思うが、それも仕方がない事。
 そんなおりに孫が又忘れていてものを見つけて私のもとに持って来て、「これは何だ」と言うのだが私の物でないと答えた。SANY9066.JPG

 実は見て妻のものと間違えてしまい、自分の物ではないとつい口から出てしまい、孫に告げてしまった。
 パッと見にはリップスティックと勘違いして、自分の物ではないと思ってしまったが、孫がそのキャップ外して不思議そうな顔をしている。
 その様子が気になりもう一度手に取ってみると、昔偶然見つけたライターであることを思い出した。
 長い事しまってあったのでつい忘れてしまい、孫には知らないと答えたが紛れもないあのライターであった。
 珍しい変わった色の漆塗りのライター、一見するとリップスティックのような形のもの、それも綺麗な色のものだ。
 漆塗りで細くて、小さいライターであり、ポケットに入れても嵩にならず使い勝手が良かったもの、気に入って購入し使っていたが、その後何処に行けたか忘れてしまい現在まで行方知らずであったもの。
 探してくれ孫には感謝しなければならず、忘れないように目の前の入れ物に入れたが、果たして忘れないのか不安でもある。


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2019年06月20日

再生して欲しい

    知人の要請

SANY9798.JPG
 古時計を集めていると色々な人が相談に来るのだが、こちらが困ってしまう相談も多いもの、本人達は真剣であり、何時もそれに答えようとはする。
 中には無理難題を持ちかけて来る人も居て迷惑な話だが、むげに断われないから、それ相当の答え方をするのだ、そんな中、買い取って欲しいと言う人も多くいる。
 私は骨董商でもなければ、仲介屋でもなく只の蒐集家、友人ならまだしも、少しの伝手をたどってやって来る人も多く、断わりきれない時もある。
 やっかいな話であるが、これも仕方がないと思って対応するが、買取だけは勘弁して欲しいものだ、何時も言うセリフ、しかしこれが又大変。
 そんな時に断わると怒り出す人も居て、「何でワザワザ持って来たのに」と言うが、それはこちらが頼んだわけでもなく、自分たちの考えた事だ。
 腹でその様に思っても声には出せないので、沈黙するしか仕方がないと、そのようにすることにしているが、ストレスが溜まる事にもなる。

 SANY9823.JPG写真の時計、知り合いが持って来たもので、風呂敷包みからとり出して「何とか再製して欲しい」と言い出すが、見ても分かるように部品がなくてバラバラな状態。
 普通は見て断わることにしているが、知らない人でもないし、彼の熱意も伝わってくるので、仕方なくジックリと見ることにして、細部の部品の無いものをチェック。
 針は無いし、本体に付いている花ボタンは殆どと言って無いもの、振り子室のガラスもないし、枠もまたないものだから、相当の部品が必要になる。
 本人は「何とかして欲しいと」の一点張り、何でそんなに再生したいのだと聞き直すと、「我家の爺さんが買った時計で、親父も前から直したいと言っていたものだ」と言うのだ。
 古時計について知らない人だからハッキリと説明しなくてはと、「直すと費用がかかっしまい、それほど価値のある時計ではないので」と言うと、「そうかSANY9817.JPGも知れないが親父の思いがあるから」と是非直して欲しいと言う。

 再生するのは難しいことではなく、この種類の時計であれば、部品調達もそんなに難しくは無いもの、しかし高く付く事だけは確か、同じ物を探して程度の良いものを手にした方が良いとは思うが。
 この様な時のために部品のストックは常に常備しているが、それは自分の為のもの、イザと言う時のために、平常からコツコツと部品を集めており、その場所も馬鹿にならない位いになるのだ。
 仕方なく頼まれたものを再生する事になり、早速部品を探すことにして、在庫の部品を調べるが、中々ピッタリと合う物が少なく、特に振り子室のガラス絵、やっぱり時計一つ一つ違うので、ピッタリと合う部品がないから見つからない事が多いが、今回は偶々ほぼ合う物があり、再生は簡単に完了した。




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2019年06月19日

なつかしの味

    イタリアンスパ

SANY3996.JPG イタリアン、スパゲティーは今では一般的な食べ物となっているが、少し前は特別な料理であったようで、何時でも食べられたものではなかった。
 スパゲティーとくればイタリアンと来るのが当たり前と思っている人、随分と多いと思うのだが、チョット前までスパゲティーの種類をと聞かれれば、イタリアンと答える人が。
 我々の年代ではスパゲティーはそんなに種類はなく、イタリアンとミート位しか知らなかったものだが、現在は種類が多くてとても覚えきれないほどだ。
 本場イタリアでは、スパゲティーにイタリアンと名の付くものはないそうで、イタリアのレストランで注文したら、そんなものは無いと言われ、慌てた事のある人も多いのでは。
 事実イタリアではイタリアンと呼ぶ料理は存在せず、日本独自のものであるそうな、その昔スパゲティーはイタリアと言うイメージが植えつけられ、イタリアンと名前が付けられたとか。
SANY3997.JPG
 そしてこのスパゲティー、トマトケチャプで味をつけるもの、たまねぎとハムかベーコンを入れて炒める物がイタリアンスパゲティー、その味がイタリアでも同じだと思っていたものだ。
 名古屋地域では、このイタリアンスパゲティーは鉄板で出てくるもの、熱い鉄板の上にスパゲティーをトマトケチャップで味付けて、その下に卵を敷いて、その上にスパゲティーを載せて出るのが普通。
 それに一番大事なことは、ウインナー、ソーセイジを2つ乗せること、之が無いとイタリアンとは言わないのだが、何故ウインナー、ソーセイジかは知らない。
 昔からこのスタイルが名古屋のスパゲティーの常識、下に卵が入っていなければならず、その卵を焦げないうちにかき混ぜて食べるのが名古屋流。
 写真は名古屋のイタリアンスパゲティー、このスタイルでなければイタリアン、スパゲティーとは言わない、他の地域の人が之を見て不思議に思うらしい。
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2019年06月18日

さわがに

   雨が降ると

 現在時計展を開催している瀬戸市SANY0291.JPGの古民家久米邸、その蔵の横に小さな溝があり、以前からサワガニが住み着いていた。
 何とも不思議な事で、普段は見ないが雨が降ると何処からともなくサワガニが現われ、歩き回っているのを目撃し、何故ここにいるのかやっぱり不思議であった。
 初めてサワガニを見たのはもう10年も前の事、時計展を開催して間もない頃、何気なしに蔵の横の溝に目が行き、動く物体を発見。
 しかしそれがサワガニであるとは思わなかったが、主に聞けば知らないと言うのでそのままになっていた時、時計展を見学しに来た人が「溝に何かいるのでは」と言うのだ、私も何かいるとは思っていたので、「やっぱり何かいましたか」と逆に聴いてみると、「何か分からなかったが何かいる」と言うのだ。
 それで二人で溝を見張っていると、暫くして石の隙間から何やら出て来たがハッキリと分からず、近づこうとすると直ぐに隠れてしまった。
 少しの音でも敏感に反応する生き物、今度は2人音を立てずにじっとしていると再び顔を出し歩き出し、水たまりに入っ行った。

 カニだと期せずして2人が同じ声を上げ、慌てSANY0296.JPGて口をふさいだが、カニはすぐに隠れて見えなくなって、後は中々出てこなかったが、しかし動くものがカニであることを確認、2人して「何でこんな所にカニがいる」と顔を見合わせて同じ言葉を発していた。
 久米邸の奥さんによると昔から、この溝にカニが住んでいたが最近は見た事が無かったとも言う、ヤッパリ此処にいたんだと、それ以来時計展を開催中足音を立てずに溝を張り込んで見たのだ。
 天気の良い日は探しても見つからず、雨が降った後でないと出てこない事も分かり、その後は雨の降るたびに溝で見張った。
 この溝は高い石垣に囲まれ、普段は水はなく乾いた状態、しかし石垣の下には地下水がしみだしているようで、水気はあるようだ。
 少し雨が降ると水がしみ出してくるので、カニも外とに出てくるようであるが、敏感で物音を立てると直ぐに石垣の中に隠れてしまう、上の写真左下にサワガニが横向きになり鋏が写っている。

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2019年06月17日

色々な見学者

   毎年恒例

SANY1398.JPG 時の記念日に合わせて毎年展示している時計展、今年も5月末から開催しているが、有難い事に遠方から見学に訪れ貰っている。
 開催日には大阪から3人組が開館してすぐに訪れ、こちらの準備か出来ないうちから入場、熱心な方々、毎年この様な開催日当日訪れて貰っている。
 遠方より来られているから展示物にも関心が高くて、色々と質問も多くあり、有難い事だと思っていると、別の見学者から「この時計を説明してください」との声、すると3人組の方は「我々は急いでいないからあちらへ」と言ったくれた。
 その見学者は小さな子供連れ、3歳位の男の子を抱えている様子、そちらの方へ行くとお父さんが「すいませんこの子がこの時計を見たいと言うので」と言われる。
 男の子は梟の時計が見たくて、その上手に取って触りたいとの意思が見え、お父さんは触らない様に手を抑えておられた。
 子供は梟の目が動くのを触れたくて、目に手を出しているのでそれを止めている様子、他の見学者の人達も笑って見ているようだ。

 そのお父さんに話を聞くと「この子が時計が好きで今SANY0149.JPG日見に来た」と言われ、梟の仕組みを説明して欲しいと言われるのだが、それは子供が知りたいと言う事らしい。
 それにはこちらがビックリ、3歳の子供がフクロウ時計の仕組みを知りたいとは、大人でも知りたいと思う人は少ないのに。  
 結局、その親子は梟の時計をジックリと見て、満足したのか帰って行かれたが、3歳の子供が時計に興味があるとは頼もしい限り、これからが楽しみな時計ファンである。
 そおかと思えばおば様達のグループ、どかどかと入って来て大きな声で「あの時計が良いとか、この時計が良いとか」兎に角大きな声で見学、嵐のように去って行ったが、色々な見学者が訪れるもので、先に来た3人のグループまだ見学されている。
 その人たちに「どれが興味がありますか」と再び問いかけると、和時計の中が見たいと言われるので和時計を分解、ジックリと見て貰う事にした。
 他では中が見たいと言っても中々見せて貰えないが、ここは分解して見せてもらえるので、遠くから来てよかったと、そして結局3台の和時計を分解して3時間余りいて納得されたようだ。
 保存協会としては古時計に興味を持って貰うための展示、それが少しは生かされたのではないかと、少しでも見学して古時計に興味を持って貰いたいものだ。





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2019年06月16日

今年も

   暑さ除け

 SANY0267.JPG梅雨だと言うのに暑い日が続き、今年も暑い夏になるのかと思うと早くもグッタリとしてしまいそうな時期、葦簀の出番。
 我が家の雨よけ、今年も暑くなってきたので上に葦簀を上げる事に、毎年やっている事だが今年は少し遅くなってしまった。
 やってしまえば簡単な事、しかしそれをやる前にしなくてはならない事が、古くなった簾を取り外して新しいものと交換しなければ。
 以前にもブログで上げた後、色々なご意見を頂戴し、私がやっている事が珍しいと言われてしまったが、何処が珍しいのか不思議であった。
 ある人は簾が古くなったら使い物にならないのではと、確かにその通りでそこまで古いものを使っている訳ではない。
 我が家ではすだれは常時かけており、1年に2回取り換えるようにしており、その取り換えたものをバルコニーの上にのせる。

 夏はこれを載せないと温室効果が高まり、SANY0279.JPG逆に温度が高くなってしまうので、簾を載せ日差しを少しでもさえ切っている。
 載せると載せないとでは確かに温度が違う、直射日光をまともに受けるとグングン温度が上昇、サウナ状態となってしまうから。
 以前は上に載せただけであったが、風の力でめくれてしまうので今は紐で固定をしているが台風などに当たるとめくれる事も。
 あまり暑い時はホースで水をかけ、簾に水を含ませるがこれが案外効果があり、意外と涼しくなるものである。
 そんな事で夏の盛りには何度も水を掛けた事もあるが、今では節水に協力して止めており、1、2度かける位にしている。
 たかが簾一つでそんなに効果があるのかという人もいるが、案外効率の良いもので手軽に日よけ効果が上がると思う。

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2019年06月15日

何でこうなる

   貰ったもの

 知人から貰い受けたHOゲージの気SANY0096.JPG動車、全く知らなかったがドイツ製メルクリン社のもの、友人が動かすのは大変な事だぞと忠告してくれたが、このままでは仕方がないので買い揃えないと。
 日本のものならまだ沢山あると言うが、ドイツ製のメルクリンとなると高くてあまり勧められないと友人、しかしネットで調べてくれ中古の安いものを手に入れる事にした。
 もちろん私では分からないので結局は友人が全部引き受けてくれ、先ずは動力車を手に入れないとどうしようもないと言うので、動力車をネットで検索、丁度良いのを発見してくれた。
 只中古車だから「調子が良いのか分からないぞ」と言いつつ、値段も安いからこれなら大丈夫かなと落札してくれた。
 彼曰く、「お前はのめり込むから程程にしとけよ」と言い、「動力車はこの一台だけにしとけ」と忠告してくれたが、確かに言われてみれば彼の言う通り、一つ乗り越えると次に進みたくなる性格、古時計やその他のアンティークも同じように進んで来たので、これも次から次へと買い込むなとの忠告だ。

 家に落札した動力車が届き、コントローラも彼が手配してくれたのSANY0081.JPGで線路と車両はそろったので早速走らせる事にしたが、ピクリとも動かないのだ。
 何処がとうなっているものか、通電しているものなのかも分からず、またまた友人に電話、すると友人「忙しいのだ、お前の趣味に付き合っておれない」とつれない返事。
 自分で解決をしろと言う事だと思うが、私が電気は全く無知な事も知っての事、嫌みで言っていると思う。
 そんな事は百も承知しているが「動かないから何とかしてくれ」と彼に言うと、自分で解決できないものを買うなと手厳しい。
 しかし自分で出来れば彼に頭を下げて頼まないと思いつつ、解決できないから又電話してやり、友人はブツブツ言いながら家に来て詳しく調べてくれた。


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2019年06月14日

まさか

   全滅です

SANY0234.JPG 2日前にブログにあげたばかりのキュウリの話題、収穫を楽しみにして今年は路地植えにして成長を楽しみにしていた。
 育ちも順調に来ていたので今年もキュウリが沢山食べれるものと、そんな楽しみを一瞬にして奪われてしまった。
 折角実の付いたキュウリを2、3日で初めて食べられると思って写真にも載せたもの、それが一瞬で藻屑と消えてしまったのだ。
 昨日夕方突然の嵐、天気予報でも夕方近くにはにわか雨が降ると予想していたし、そんな予感もしていた空模様、それがまさかの事態になるとは大粒のヒョウのせい。
 前日までは初めて実を付けたキュウリを早く食べれるのではと心待ちに、例年よりも少し遅いように思っていた矢先の事。
 毎年キュウリを植えて朝の食卓に、野菜サラダにして何時も食べさせられていたもので、毎日キュウリが食卓に上がっていた。
 新鮮さはこの上もないもの、庭のプラSANY0251.JPGンターから取り上げたものであるかに、新鮮に決まっているが、トゲトゲが付いており触ると痛い。
 スーパーで売っているキュウリは、このトゲトゲは全くなく、その上真っすぐ伸びたスタイルの良いもの、企画品通りの代物だ。

 しかし我が家のキュウリは少し行儀が悪い、真っすぐ伸びるものもあれば曲がったものも、それが普通のキュウリの伸び方。
 そんなキュウリが今年も食べられると思っていたが、午後4時過ぎ家に帰る途中突然の嵐、雷と共に豪雨、車を運転していても先が見づらく、路肩に止めて退避した。
 兎に角雨がすごくて前が見えない状態、多くの車が路肩に退避してやり過ごす事に、すると突然大粒の雨が、しかし音がすごい。SANY0248.JPG
 よく見ると白いものが、驚いてよく見ると1センチ位のヒョウの塊、それも物凄い勢いで振った来たて30分近く降り続いたが、後は嘘のように通り過ぎた。
 家に帰ると妻がキュウリが全滅したと言うので見ると、朝まであれほど元気だったキュウリが無残な姿でそこにあった。
 枝は折れてしまい、少し大きくなったキュウリは穴だらけ、もとの形が無い位な姿、そして葉っぱは穴だらけでひどい状態。
 まさか一瞬で二本のキュウリは全滅、たぶん回復は無理だと思う位、朝まで順調だったものがこの有様、これが天災と言うものなのか、昨日までのキュウリと今の状態、写真でも良く分かると思う、上が昨日まで、下が今の状態で残念だ。
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2019年06月13日

旅のお土産

    長く使える  

 旅のお土産と言っても様々、食べ物が多いが、食べ物以外もやっぱり多いものは、何が良いSANY2162.JPGのかは本人次第、食い気ばかりの人は食べ物以外考えてない。
 その反対に、物ばかり買う人もまた多い様で、旅の土産と言ってもやっぱり様々、俗に「土産物に旨いものなし」とよく言われるが、果たしてどうであろうか。
 食べ物は当たりハズレがあったりするが、土産物はそおであってはならないが、それも物を見る目が無いといけない、良し悪しを見抜ける目もまた必要であると思う。
 特に地方に行くと伝統工芸品も多く存在しているが、昔ながらの手法で造られたものだ。
 職人の伝統技術が脈々と受け継がれて来たもの、土地土地によってものは違うが、手間暇のかかる逸品である事は確か。
 そんな伝統工芸品を目で見て、その技術の高さを知る事が目を肥やすものだと思う、ただ何となく見るのではなく、如何にして造られたものなのかを知る事だと思う。SANY2166.JPG
 もう40数年になるが良く行く秋田角館、武家屋敷の面影が色濃く残る東北の小京都、ここ角館は食べ物も美味しいところ、春の山菜は又格別だ。
 はじめて角館に行った時、お腹が空いたので看板に引き付けられて「東海林」に偶然入った。

 そこで出て来たのが山菜料理だが、思わぬ野趣あふれる料理に舌鼓を打ったもの、実に美味しかった事は忘れられない。
 そんな角館の名物が「樺細工」、伝統工芸の最たる物で、伝統に培われた技術が冴え、色々な樺細工が有名、いろいろあって目移りするばかりだが、東海林の女将が進めてくれたものがある。SANY2168.JPG
 近くに樺細工を造っている店があるから紹介してあげると、紹介された店に行く事に。
 思っていたよりも大きな店、そこで造られているものを見て買いたくなった。
 実に細かな細工で、職人さんの仕事を見ている内に、こんなに手間暇かけて造られるものならばと、ツイツイ心が動いてしまった。
 それが茶筒、ここ角館の茶筒は天下一品、繊細に造られた茶筒は何年経っても狂いが無く、使えば使うほど良くなる代物、買い求めて40数年になるがビクともしていない。
 今も益々綺麗な姿をしており、使えば使うほど味わい深い物となるようで、湿気などは受け付けない、やっぱり女将に勧められて買ってよかった。



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2019年06月12日

今年のキュウリ

   プランターではなく

 SANY0234.JPG毎年植えているキュウリ、今年はフランターではなく路地植えにし、収穫を求める事にしたがどうなる事か分からない。
 路地植えの連作はあまり良くないと言う事で、去年とその前はプランターでの栽培をして連作を回避した。
 然しながらプランターでの栽培も順調に収穫でき、路地ものとあまり変わりなく味もそこそこであった様に思う。
 プランターと路地栽培、どちらが効率が良いものなのか、そして味が違うものなのか、それぞれ今まで食べて来たが路地ものが少し勝ると思う。
 勿論スパーで売られているキュウリとは一味違い、本来のキュウリらしさが出ている事は確かで、孫たちも食べて美味しいと言うのだ。
 やっぱり取り立てのキュウリは格別、味も濃いのが特徴と思うが食べてみないと分からないもので、自分が育てたと思う気持ちが美味しくさせるとも思う。

 何でもそおだと思うが自分の手でつくり出したものは愛おしいと思うに違いなく、それをいただくからこそ美味しく思えると思う。SANY0240.JPG
 そんな事で今年のキュウリはまだ始まったばかり、昨年のプランターでの栽培は大成功で、毎日食べるに忙しかったことを覚えているが。
 果たして今年の路地もの、どけだけ収穫できるものなのか楽しみでもあり、期待もしているのだが、果たしてプランター栽培より美味しいものなのか不安も。
 土から改造してキュウリのために土壌を整備し、美味しいキュウリが出来るようにと作れり上げた土壌、美味しくなくては報われない。
 然しながら生き物を育てると言う事は難しいもの、如何に農家苦労が分かると言うもので、簡単に食べている野菜も手間暇かけてつくられている事を実感する一時でもある。
 手間暇かけてやらないと野菜は答えてはくれないとプランター栽培をして初めて味わったことかも知れない。
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