2019年06月11日

招き猫のしっぽ

    見落としている
SANY8460.JPG
 招き猫、古くから愛されて来たもの、特に商売をしている方にとっては福の神、客を呼び込んでくれる大切なもの、古来より可愛がられてきたもの。
 全国各地で作られてきた招き猫、産地、産地で色々な素材があり、陶器であったり、磁器であったり、ハタマタ張子であったりと、色々なもので作られる。
 発祥についても色々、おらが町が元祖とか発祥地とか、名乗り出るところは多いが、ハッキリとした証拠も無く、持論の展開ばかりが目立つ。
 それはそれで面白いと思うが、度が過ぎると面白くも無くなり、嫌味にも見えてくるものだから、ソコソコにしたいものである。
 そんな招き猫、形も色々と作られ、一般的な招き猫は三毛猫がSANY8601.JPG主流、招き猫の元祖が三毛猫であったからと言われるが、果たしてそうだろうか。
 三毛猫は猫の中でも珍しい猫で、数が少ない事からの単なるこじ付けではないのかと思うが、三毛猫が定着しているのも現実。
 招き猫は三毛猫、これが定説としておき、猫は正面を向いて座っている形がこれまた定番、どんな招き猫でも座っているものが多い。

 そして猫の手は左か右の手を上に挙げて、招く仕草をしている事、これまた定番の形、全国的にこの形のものが招き猫の形。
 では尻尾はどちら向きに巻いているものなのか、こんな疑問を持ったことは無いだろうか、私も幾つかの招き猫を持っているが、今までに尻尾を観察したことが無かった。SANY8592.JPG
 たまたま第十八来る福招き猫祭りの展示会場で、見学者から質問されて初めて確認をしたもの、それまでは気にも留めなかったのだ。
 普段の質問は右手か何でお金だとか、左手は人招きなのは何故とかの質問ばかりだが、この時の質問に自分も一瞬答えにつまり、どう答えるのか頭の中で考えもした。
 その後、自分の持っている招き猫を全部調べる事に、一つ一つ見るたびに新しい発見が幾つかあり、今まで手の位置以外、如何に他のことは関心がなかったのだと改めて気が付く。
 100数個のコレクションを調べた結果、尻尾が左にあるものが63個、右にあるもの32個、真ん中にあるもの21個と言う結果になった。
 この事実では左に尻尾があるものの方が多いと言うことになったが、果たしてこの結果が全体の割合と合うのかどうかは分からないが、私の出した結果と違うものが出るやに思うが、手持ちの招き猫の尻尾、是非調べてみて、自分自身に確認されると面白いと思います。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月10日

時の記念日

   6月10日
 時の記念日、今日10日は時の記念日であるが休日にはなっていない、普通記念日は休日になるのだが時の記念日はなっていないのだ。
 以前から国にSANY0216.JPG働き掛けているそうだがまだなっていない、記念日だから休日で良いと思うが中々ならないらしい。
 そんな時の記念日、何時から記念日になったのかと言えば1920年、大正9年に当時の文部省の外郭団体生活改善同盟会が推奨して決められたと言う事。
 時間の大切さと、時間を守る事、それによる生活の改善が目的であったと言うが、当時の世相と相まってつくられた感じがする。
 時間の大切さと生活改善、大正期のデモクラッシ―、農村の改革や労働者の権利を守る戦いも同時に始まったようだ。
 そんな世相を反映してつくられた感がある時の記念日、いわれは兎も角時間の大切さに変わりはないと思う。
 もともと古く飛鳥の時代に遡るから、時間管理は古くからの目的でもあったようで、660年飛鳥の時代中大兄皇子が宮中に漏刻を造ったのが最初。

 当時の役人が時間にルーズで時の大切さを感じていた中大兄皇子が中国の水時計を真似て宮中に設置したものと言う。
 水時計、漏刻と呼ばれたもの、四段になった水槽に上から順に一定水を流して、一番下の水槽に水が溜まり、そこにウキを浮かべて目盛りを刻む、水が上昇する事により浮きも上がり、浮きに目盛りが刻まれており、時を刻む仕組みである。
 非常に原始的な仕組みであるが、一定の量を流す事により精度は大体刻まれたもの、現代みたいに秒単位は必要なく、当時はこれが正確であった。
 もともと日の出、日の入りで仕事を始めたもので、それに比べれば遥かに正確、役人の管理にはうってつけであったと言われてる。
 当時の役人が如何に時間にルーズであったかの裏返しでもあるが、今も昔も時間管理は支配者にとっては重要に要素である事に変わりはないのだ。
 時の記念日は671年の4月25日が記録としてハッキリしているので、此方の説をとっているが実際はもっと古く、飛鳥の宮で漏刻が造られている。
 セセコマシイ現代社会だが、時間に追われる生活はこれからも続きそうで、もう少しゆとりある生活を望みたいものだと思うが。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月09日

西部劇

   最近西部劇

 たまたまSANY0220.JPGネットで見かけた西部劇の映画、暇も手伝ってツイツイ見る事にしたが懐かしさも手伝って、その後色々と見ることになってしまった。
 若い頃より西部劇は好きで、どちらかと言えば洋画の方が良く見ていたと思う、特に西部劇映画は好きであったから良く見た。
 一番好きであったのが「拳銃無宿」、言わずと知れたマックイーンの出世作、これにのめり込み西部劇は拳銃無宿しかないとも思っていたものだ。
 それ以来マックイーンの映画は全部見たと思うが、結局西部劇でもなくてもマックイーンの映画であれば見ていたと思う。
 当時モデルガンが流行り出し、本物により近いものを求めて、あちらこちらのショップ巡り歩いたことを思い出す。
 勿論マックイーンの持っていたランドル銃も手に入れ、現在も所有しており、時々出してはマックイーンを思い出すが、この銃は印象深いものだ。
 まだ中学生だった頃の事、モデルガンは高くて中々手に入らず、小遣いを溜めて必死の思いで買い込んだことが思い出される。
 西部劇映画と言えばジョン、ウエーンと決まっていたように思うが、私は余り好きではなく、やっぱりマックイーンオンリーであった。

 そんな事で最近マックイーンの拳銃無宿のDVSANY0224.JPGDを手に入れ、見ているうちに今買っておかないと無くなってしまうのではと想い出した。
 するとネットで探せば早く見つかるのではと思ったのが運の尽き、見る見るうちにDVDが溜まり出し、安いのも手伝って買い過ぎてしまい、今後悔しているのだ。
 幾ら安いと言っても数が多くなれば値も張る事になり、妻からこんなに買ってどおするのかと嫌みまで言われてしまった。
 確かに言われる通りで、同じものも2、3枚重なって買い込んだもののあり、嫌みの元ともなって、自分でも反省はしている。
 買い込んだものは見なければ勿体ないので、暇があれば見る事にしているが、見ているとまたまた嫌味を言われてしまう事になる。
 同じ西部劇ばかり見て良く嫌にならないものだと、確かにその通りで多くのDVDがあるが結局拳銃無宿の映画ばかり見ているのだ。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月08日

電機は弱い

   貰い受けたが

 知人が持ってきたHOゲージの気動車、SANY0070.JPG40年も前のものだと言う代物、私も記憶がある気動車でもあるので懐かしく見た。
 知人は物を整理していたらこれが出てきたが要らないから持ってきたと言う、しかし動くかどうか分からないとも付け加えた、そもそも何年も使わずにお蔵入りしていたものが、直ぐに動くとは思えないものである事は承知しているが懐かしさが先にたった。
 以前自分も持っていたから懐かしく、それを見た時に動くかどうかよりも昔に帰ったような気になっていたのでつい手が出、貰ってしまったのだ。
 妻から何でそんな古いものを貰うのかと嫌みを言われたが、確かに動くかどうかも分からないもの、しかし頭の中は懐かしいと、そして動かしてみたいとそんな思いが。
 知人が帰った後ジックリと現物を見ると、やっぱり部品が足りないようで、どれが足りないか検査をしつつ並べてみる事にした。
 すると直ぐに動力車がない事に気が付き、貰ったものを再度検査したが何処にも動力車がないので、これはやばいと心で思う。
 しかし気楽に貰った手前妻にも言えず、他の部品も慌てて探すが、やはりその他の部品もない事が分かり、改めてガッカリする事になる。

 貰ったは良いが部品は足らないし、動力車SANY0077.JPGもなく、その上コントローラーもない事に気が付き、これは大変だと改めて思う事に。
 HOゲージに詳しい友人に見て貰うために友人宅にゆくも、友人曰く「古いドイツ物のゲージ、難しいぞ」と開口一番言われてしまった。
 その上、「あんたは電気に弱いだろ」とも言われ、電気製品は長年使わなかったものは危なくて、尚且つ危険でもあるのだと言う。
 確かに私は電気に弱く理屈も分からず、修理も出来ず、そんな者が古い電気製品を貰うとはと、あきれ顔で現物を検査してくれた。
 結果は使うのは大変な事で、先ずは錆を落として通電するかを検査し、危ない所を見つけないと危険だとも付け加えた、流石にこの時大変な事だとはじめて気が付く事になる。
 友人、早速ネットでドイツ製のメルクリンを調べてくれ、「部品は手に入るが高いものに付くぞ」と忠告してくれたが仕方がない、この状態では動かす事も出来ず線路やコントローラーを手に入れる事にした。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月07日

何ともならない

      恥の上塗り

 SANY3908.JPG古時計を集めだして間もない駆け出しの頃、今では考えられないほどのミスを犯していたもの、忘れもしないが東寺の市での事、今までに見たことのない時計に出くわした。
 京都の東寺の市に顔を出し始めて間もないころ、以前に古時計を買った露天商の親父に呼び止められ、その店の品を見ることになったが、親父「あんたの為に面白い時計を持ってきた」と自慢げに時計を取り出した。
 あんたの為にと言われると弱い、早速見せてもらう事に、見れば今まで見たことのない形の時計、之がその時計だと「珍しい物で、自分も今までに扱ったことがない」と親父。
 確かに珍しい時計だ、すると親父「こんな時計滅多に出ない、あんたは運が良い人だ」とまくし立てられ、ツイツイ良い気持ちになってしまい、値段も聞かずに「その時計貰ってゆく」と即座に返事をしてしまった。
 何せ今まで見たことのない形で、その上親父が「あんたの為に」と言われると、そんなに悪い気にはならないし、逆に「俺が買わなきゃー誰が買う」と天狗になったものだ。

 今なら、そんな煽てに乗せられないし、時計をじっくりと見る事にしているが、こSANY3911.JPGの時は兎に角早く自分の手元に置かねばと、そんな気持ちが先にたってしまったものだ。
 写真の時計が其れ、今だに何ともならず30数年我家でそのままの状態、まずイケない所はガラス枠、この時計どお言う訳か7インチ文字盤の時計。
 今までに7インチ文字盤の時計に出会った事はなく、「何だか変だなあ」とは思っていたのが、その上したのガラス枠もない状態、本来の物は此処に木枠のガラス枠が入っていたと思われる。
 その時は8インチのガラス枠は直ぐに手に入るから、簡単に復元できると思っていたし、売り手の親父も「この市の何処かで見つけられるよ」と軽く云うので、其れを信用もしたのだ。
 今ならこんなものは絶対に買わないし、買った値段も今思うとべらぼうに高い、あの親父にしてやられたが、自分の知識のなさも反省すべきである。
 その日から、この時計の付属品探しをはじめる事になり、セッセと骨董屋巡りを繰り返してきたが、結局今日まで時が過ぎてしまい、現在もまだ買ったままの状態である。

 

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月06日

元気がない

    やっぱり赤
SANY2023.JPG
 家を建ててから、庭にはバラを植えたいと思っていたが、実際にバラを植えたのは大分経ってからの事、あちこちのバラを見学に行き、どの花が良いのか探した。
 あちらこちらのバラを見ていると、どれも良いバラに見えてみんな植えたいと、はじめはそんなことを思ってバラ選びをしていたが、園芸店で良いのを見つけた。
 店で話を聞けば簡単に育つとの事、それなら気に入った物が見つかり喜んで買い込み、庭に植えて咲くのを待ち続けたが、さっぱり花が咲かない。
 その内に虫に食われて苗はダメになってしまい、再び園芸店で話を聞くことに、すると「あのバラは病気に弱く、消毒をこまめにしなくては」と、はじめに言ってた事と違い、手間がかかると言う。

 簡単に花が咲くと言っていたのにと話せばSANY0062.JPG、「バラは消毒をやらないとダメです、常識ですが」と、そんな事ははじめて知ったし、簡単だと思ったのが甘かった。
 その後色々やったが、最後に残ったのがこのバラ、今も狭い庭で生き延びて40数年になり、今では我家の古株、他のバラも少しあるが、このバラが1番好きな花だ。
 このバラのためにアーチをこしらえたが、思うように誘引できず、アーチとは逆な方に伸びてしまい、屋根伝いに先を伸ばしたしまったから大変。
 結局バラの意志に任せて、伸びるほうに伸ばした結果、この様な状態で今盛りに花をつけて、こちらの思惑とは違った格好になったが、元気に咲いていてくれたが今年はおかしい。
 害虫には気おつけているが、敵もさるもの、綺麗に咲いた枝が下を向き、ダメになるのもしばしば、害虫との戦い中でもある、何時もなら上の写真みたいだが今年は下の写真みたいに元気がなく花もない状態である。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月05日

老舗の味

    四角い蒸篭

 何時の時代から笊で蕎麦を出すようになったのか、「ざる蕎麦」と言われるからにはその昔笊で蕎麦を出していたもの、現在でも笊で出している蕎麦屋は多い。SANY2895.JPG
 竹で出来たざるを使用している所もあり、如何にもざる蕎麦と呼ばれるに相応しく、食べる方でも雰囲気も味のうちであるから、こうした演出は大事だ。
 もう1つは蒸篭、蒸篭で出てくる蕎麦もざる蕎麦と呼ぶところも、同じざるでも蒸篭で出てくると一味違う、人間の味覚とは不思議なもの、出てくる器でも変わるもの。
 日本食は器で楽しむ、食の世界であるから難しいものなのか、そんな事はない蕎麦の世界に難しさはないが、その分楽しさは無限に広がる。
 それは、日本全国ところにより蕎麦が違うからで、打ち方も違えばつなぎも違う、出される器もまた違う、だからこそ土地土地の蕎麦が食べたくなるのだ。

 信州松本、繩手通りの蕎麦処「弁天本店」、女鳥羽川の辺にあり、創業明治10年松本でも老舗の蕎麦屋、建物もどっしりとした日本建築、これぞ明治の蕎麦屋と思える構え。
 店の中は残念な事に昭和に改造されているから、明治の雰囲気はないが、普通の蕎麦屋と同じ、しかし出てくる器は昔のもの、真四角の蒸篭に、赤く縁取りされた器に乗って出てくる。
 如何にも老舗らしい雰囲気のある器、出し汁も昔ながらのものと思え、少し黒っぽい蕎麦、だが腰があって程よい硬さの蕎麦、一気にかきくむと蕎麦の香りがする。
 さすが老舗の蕎麦、長年培われた蕎麦、現代的な味ではなく、昔懐かしい味であると共に蒸籠が雰囲気を出している。
 現代の蕎麦屋で食べるものとは、一味も二味も違う蕎麦、派手ではないが地味でもない、其処には伝統に培われた蕎麦そのものが、一度は食べてその味を確かめて。

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月04日

確認事項

   日本古時計保存協会の浜松ミーティング開催の件
 時、 6月9日 日曜日
 場所、浜松市東区小池町2543−4
     NKトレーディング事務 053 465 3666
 時間、11時30分開始
 会費、1500円 昼食代含む
 蛎殻町製造時計が新しく入りました、その説明をします。
 尚、オークションを開催いたします、参加ください。
   日本古時計保存協会  事 務 局
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月03日

HOゲージ

   懐かしい
SANY0021.JPG 知人から、「こんなものが出て来た」と持って来られたのがHOゲージの玩具、昔懐かしいものだった。
 何でも家を整理していたら、押し入れの奥から出て来たが要らないから貰ってくれと言う、見れば見覚えのあるものであった。
 自分も昔遊んだことのあるもので、見たとたんに欲しいと思ってしまい、その場で見る事にしたのだが、何だか部品が少くないと思った。
 一つ一つ部品のチェックを始めると、「動くかどうかも分からないぞ」と言い、40数年も使ってないからなと言うのだ。
 確かに持って来たものは時代物のH0ゲージ、それもドイツ物のメルクリン製のもの、当時は高かったものだと思う、私も欲しかったが値段が高くて手が出せなくて、国産のものを持っていたが、やっぱりドイツ物は良いものだ、迫力があると思う。

 私の顔を見て知人、「あまり期待するな、動かなSANY0027.JPGいかも知れないから」と念を押すが、始めから動くとも思っていないし、期待もしていないと答えたが、腹ではひょっとして動くかも知れないと、そんな気持ちで並べてみたら、動力車がまずないの気付き、「先頭車両がないぞ」と言えば、「壊れてしまい前からナイ」と即座に答える。
 やっぱりかと腹で思い、尚も他を検査すると思っていたよりも部品が足りない、足りないと言うよりも無くなってしまったのだと言う、期待が段々とすぼみ現実につれ戻される。
 結果はコントローラーも壊れており、線路も全部はなく、先頭車もない状態、知人「完全なものでない筈」当時から無くなっていたとも付け加え、揃っている方がおかしいと。
 確かにその通りで、完全に揃っていたら奴が持って来ない筈、持ってきたと言う事は要らないから持ってきたのだ、要らなければ捨てろと知人、その様に言われると捨てる訳にも行かず、何とかして動かせればよいと思ってしまった。
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月02日

信長死す

    本能寺の変

SANY9611.JPG 戦国の世、尾張の地にて生を受けし風雲児織田信長、日本の歴史上最も鮮烈なイメージを、人々に植えつけた人物、其の人となりは様々に評価されている。
 ある人は、「人間味の無い奇人である」とか、ある人は「天才的策略者」だとか、ある人は「殺人鬼」だとか、様々な呼び方をされているのも信長らしい表現である。
 しかし、実際の人物像は正に闇の中、歴史の事実のみが其の姿を浮き彫りとしているが、彼自身戦国の世に、尾張の小国の家に生まれ、侵略されるのは風前の灯とも云われて育ち、奇行に走ったようだ。
 しかし、本当に其れが奇行であったのか、それとも信長自信の演出でもあったのか、其れも又闇の中で今知る人は居ろうはずも無いのである。
 信長の鮮烈なイメージの1つに、あの桶狭間の戦いがあるが、歴史学者が色々な説を唱えて、信長の行動を研究をしているが、現地桶狭間に立つと、学者さんの言うことが信じられない事もある。

 信長の奇襲攻撃により、今SANY9614.JPG川義元は桶狭間の露と消えたが、これも信長の用意周到な作戦計画であったのではないのかと、思われてならない。
 万に一つの勝ち目もないと、戦前から言われ、家臣達も討ち死に覚悟での戦いであったとされているが、戦国の世戦いは死を意味しており、常に隣り合わせていたから、彼らはさほど動揺はしていなかったと思う。
 それを上手く状況判断の末、戦の作戦を練っていた信長であり、偶然に勝利したものでなく、戦略家らしい信長の技量で、運が良かったとは言い切れない。
 その後の信長の戦いを見ても分かるように、偶然で戦に勝利したのではなく、用意周到準備された作戦にもとずいた勝利、長篠の戦ほど信長の真髄を見せ付けられたもので、当時の世界で3000丁の鉄砲を戦に使用したのは、世界で信長が始めてである。
 そんな天才的戦略家の信長が何故、無防備で本能寺に入ったかは不思議でならないが、それも歴史の謎であるのか、今日戦国の勇織田信長が49才の幕を閉じた日である。











posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月01日

どおなるのか

   今年の夏

 5月と言うSANY0056.JPGのに40度近くになるとは、それも北海道での話、記録的な事と言うが本当に日本はどうなってしまったのか。
 普段であれば1年で一番良い季節とも言われ、若葉が香る季節の筈、それが記録的な暑さとは何とも驚きでもある。
 しかし驚きだけでは済まない事に、今年の夏はどれだけ温度が上がるのか心配になるのは私だけではない筈。
 今までに経験したことのない暑さ、温暖化のせいと言われているが本当にそおなのか心配な夏が来るが耐えられるのか。
 温度差があり過ぎて体がついて行かない、特に我々みたいな年配者にはきつくて、体調管理のしようがないのだ。
 温度差が上下で15度以上も開きがあると、とても体がついて行かず、体調を崩してしまう事になったしまう。
 5月が異常だけであれば良いのだが、去年の事を思うとそれ以上に温度が上がる事も、どのように過ごすのか頭が痛い。
 今年もエコ対策として毎年の緑のカーテンを制作、作ると言っても苗SANY1815.JPGを植えるだけの事だが、暑いので早々と制作した。

 何時もであれば早過ぎであるが、こんなに暑いと気が焦ってしまい、早いと分かっていても作らざろう得ない。
 勿論プランターでの植え付け、去年も成功したから同じ種類も苗を植えたが、やっぱり早かったのか、もう成長してきた。
 こんなに早く成長すると、とても9月末までは持たないと思うが、とうなる事か成るようにしかならない。
 1か月近くも早い植え込み、そしてこの暑さで成長が早くて、驚くほどの伸び方、去年の成長よりも早い伸び方だ。
 予想ではこの夏は例年通りの暑さと言う事だそうだが、本当にそおなのかやはり心配、しかしそんな事を言っていても暑さは待ってくれない、さてさてどの様にしてこの夏を過ごすのか、頭をひねって対策を講じないと。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記