2019年06月07日

何ともならない

      恥の上塗り

 SANY3908.JPG古時計を集めだして間もない駆け出しの頃、今では考えられないほどのミスを犯していたもの、忘れもしないが東寺の市での事、今までに見たことのない時計に出くわした。
 京都の東寺の市に顔を出し始めて間もないころ、以前に古時計を買った露天商の親父に呼び止められ、その店の品を見ることになったが、親父「あんたの為に面白い時計を持ってきた」と自慢げに時計を取り出した。
 あんたの為にと言われると弱い、早速見せてもらう事に、見れば今まで見たことのない形の時計、之がその時計だと「珍しい物で、自分も今までに扱ったことがない」と親父。
 確かに珍しい時計だ、すると親父「こんな時計滅多に出ない、あんたは運が良い人だ」とまくし立てられ、ツイツイ良い気持ちになってしまい、値段も聞かずに「その時計貰ってゆく」と即座に返事をしてしまった。
 何せ今まで見たことのない形で、その上親父が「あんたの為に」と言われると、そんなに悪い気にはならないし、逆に「俺が買わなきゃー誰が買う」と天狗になったものだ。

 今なら、そんな煽てに乗せられないし、時計をじっくりと見る事にしているが、こSANY3911.JPGの時は兎に角早く自分の手元に置かねばと、そんな気持ちが先にたってしまったものだ。
 写真の時計が其れ、今だに何ともならず30数年我家でそのままの状態、まずイケない所はガラス枠、この時計どお言う訳か7インチ文字盤の時計。
 今までに7インチ文字盤の時計に出会った事はなく、「何だか変だなあ」とは思っていたのが、その上したのガラス枠もない状態、本来の物は此処に木枠のガラス枠が入っていたと思われる。
 その時は8インチのガラス枠は直ぐに手に入るから、簡単に復元できると思っていたし、売り手の親父も「この市の何処かで見つけられるよ」と軽く云うので、其れを信用もしたのだ。
 今ならこんなものは絶対に買わないし、買った値段も今思うとべらぼうに高い、あの親父にしてやられたが、自分の知識のなさも反省すべきである。
 その日から、この時計の付属品探しをはじめる事になり、セッセと骨董屋巡りを繰り返してきたが、結局今日まで時が過ぎてしまい、現在もまだ買ったままの状態である。

 

 
posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記