2019年07月10日

金時計

    高嶺の花

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 明治時代の紳士の憧れと言えば金時計、ステータスシンボルとして1番、背広のポケットからチラリと見える金時計、男の憧れでもあったもの。
 西洋時計の中一番人気、懐中時計の中でもやっぱり金時計、当時懐中時計を持つのも大変な事、大枚をはたいて買わなければイケない。
 西洋時計でも柱時計は懐中時計と比べれば月とスッポン位の違い、柱時計でも高いのに金時計となると、それは財産でもあるのだ。
 そんな時代の金時計、そんなに簡単に手に入る代物ではなく、一部の特権階級のもの、一般庶民の持てるものではなかった。
 それ故に憧れていたのは当たり前、何時かは自分も持ちたいと願ってはいたが、持てる見込みの無い時計でもあったのが金時計。
 SANY2881.JPGこの頃の懐中時計、スイス製やアメリカ製のものが多く入ってきたが、普通の金時計の値段はどれ位していたのか、そんな疑問を持って調べてみた。

 明治34年の吉沼商店のカタログを見ると、金時計が真っ先に載せてあり、ちなみに1番安い金時計で十八型のものが、安いもので百円、高い物で四百五十円。
 これだけでは比較にならないから、当時の柱時計が幾らしていたか、八角の10インチで3円五拾銭から、この時の普通のサラリーマンの給料が七円位であった由。
 そんな時代に安いものでも百円もする金時計、如何に高い代物であったか、1年分の給料でも買えない値段、ただ憧れるだけの時計であることが分かる。
 安い金時計でも1年半の給料分、ましてや四百五十円とはべら棒の値段、憧れを通り越して、夢見たいの代物であることに違いない。
 SANY2897.JPG写真はアメリカ製、ウォルサム社十八型の金時計、程度の良い物であり、機械もそんなに使っていない物だ、写真では錆びているように見えるが錆ではない。
 文字盤にニュウなどの障害は無く、綺麗な状態のもの、ガラスにも傷はないものだから尚更見栄えがする時計、今でも当時の輝きを保っている。
 この金時計を胸元から出して時間を見る姿は、まさに金持ちといった風情、当時の男供が憧れていたのが分かる、そんな風情がある時計。
 この手の金時計は案外多く残っているようで、今でも探せば手に入るが、当時の値段と思えば、今の値段はさほど高くは無い、明治時代の男共が憧れていた時計、高嶺の花であった時計が、今では簡単に手に入るとは、時代も変わったものだと思うが。
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2019年07月09日

岐阜水団扇

    普通の団扇と違う

 SANY6075.JPG岐阜県で製造されている水団扇、一時製造が中止されていたが、最近要望に答えて復活、其の美しい姿を見ることが出来るようになった。
 扇風機やヱアンコに押されてしまい、製造中止の憂き目になっていたものを、2005年にかっての製造元が復活させたもの。
 そもそも水団扇は岐阜の特産品、岐阜提灯と共に多くを製造していたが、需要の激減により消滅、その伝統産業を復活させたのも発祥店であった。
 この水団扇は、普通の団扇と違って美濃手漉き和紙を使用、普通の団扇は楮の和紙を使うが、水団扇は雁皮紙と呼ばれる物を使用する。
 楮に比べて雁皮は繊維が細くて丈夫、その上美しい和紙であり、強度もある紙で団扇には最適な和紙、しかし値段は少し高いものとなる。
 岐阜県美濃市はこの美濃手漉き和紙が盛んな地元、そして岐阜長良川の鵜飼で有名なところでもあり、少し位水につけても破れない団扇を作り出した。
 SANY6061.JPG雁皮紙の上に天然のニスを塗ると、透明感が増し透き通ったような、涼しい紙になり、是が又見た目にも涼しさを届ける水団扇となった。

 一般の団扇は楮で出来た和紙、繊維が太くて透明感がないから、雁皮紙と比べれば白くて不透明、しかし水団扇は透明、其れが涼しさを演出する武器ともなったもの。
 もう1つが、団扇には職人が手描きで模様を描く事、涼しさを呼ぶ図柄、金魚や山水画、其の団扇は夜の鵜飼にはもってこいの物。
 鵜飼舟に乗り、団扇を使って涼をとる姿は、遠目にかがり火の光が透けて見え、キラキラと輝いて見えるもので、鵜飼ならではの風情でもある。
 こんな団扇で涼をとる姿を見ていると、こちらまで涼しさが伝わって来るような、そんな感じさえする団扇は水団扇しかないものだ。
 写真は昔の水団扇、今の物と形も少し違っているし、図柄も違う物だが、透明感のある風情は普通の団扇と比べればよく分かるもので清涼感が全く違う団扇である。
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2019年07月08日

個性を出す

    こけしの個性
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 またこけしの話で最近こけしブーム、私の想像をはるかに超えて、静かなブームを起こしているようだが、何だか変だと思う。
 そもそもこけしとは湯治場で売られていた土産物、木地師が副業として造り出したものと言われており、素朴なものだ。
 特に東北地方はこけしの宝庫、日本のこけしが集中していると言っても過言ではない、そんな東北でも色々なこけしが存在する。
 勿論鳴子こけしを起源とする歴史はあるが、そこから広がって行ったこけしは独自な進化をとげて行き、個性が次第に生まれて来ることになる。
SANY5422.JPG 地域により個性も当然違いをみせ、その土地土地でこけしも個性の違いを見せているが、造り手の個性も重要な要素である。
 こけしはその人を表すと言われており、その人そのものと言われるこけしが誕生、人によっては個性の塊みたいなこけしを製作。
 誰もが一目見て個性派と認めるこけしもあり、余りにも個性が表に出過ぎて、愛好家も手を出さないこけしも存在している。
 造る方にしてみれば、数々あるこけしの中から自分のこけしを選んで欲しい、そんな思いが強く出て、結果は奇抜過ぎてしまうのだ。

 私の記憶の中にもそのようなこけしを何度も見ているが、それを買おうとはしなくて、個性が強すぎるこけしだとしか思っていなかった。
 普通のこけしとは明らかに違うこけし、素朴さを通り越して奇SANY5267.JPG妙にさえ思えた記憶が、そんなこけしは兎も角、個性のあるこけしは興味がある。
 そんな個性のあるこけしの中、ヤッパリ小椋久太郎が造り出すこけしは、個性が表に出ているこけしと言えるだろう。
 それでいて素朴さは欠かさないと、そなん姿が人を引き付けるのだと思うが、それが何処から出ているのだろうか。
 こけしと言えば顔、顔がこけしのすべてであると思うが、その顔が一番難しいもので、筆で描くが簡単ではない。
 見ていると如何にも簡単に描いているように見えるが、そこには熟練の技術がものを言う、少しでも気を抜くと出来が悪くなるのだ。
 久太郎のこけしは個性の塊であるが、それが表に出ていないように見え、何処となく憂いを込めているから、それが武器でもあるのだと思う。
 それが小椋久太郎のこけしであると私は思うが、人によっては好きでないとも言う人もいて、それぞれの個性の違いを感じるが久太郎は今は亡くなってしまった。









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2019年07月07日

たなばた

      牽牛と織女

 5節句の1つ七夕、古来より続けられてきた風習、盛となるのは江戸時代後期、SANY7567.JPG日本の風習と中国の言い伝えが習合したものと言われるが、昔と江戸時代とは異なるらしい。
 この七夕には色々な説があり、日本の中でも違った七夕が行われ、現在に続いているが一般的には織姫と彦星の話、天の川を挟んでこの日に会うと言うもの。
 牽牛と織女、一年に一日7月7日に出会う、これが中国から日本に伝わった風習の1つ、日本に渡来して中国のものとは少しと違ったものえと変化した行く。
 もとは中国の乞巧奠からの言い伝えと言うが、針仕事が上達するように願った風習から、織女の伝説となったらしいが、本当は分からない。
 それと牽牛の話がかみ合い、1年に1回天の川を挟んで合うことに、日本に伝わり精霊棚を設けて先祖の供養する行事と合体して七夕の風習となったとの事。
 やっぱり一般的になるのは江戸後期、庶民の間でも機織や裁縫が上手くなるようにと願い事をして、短冊にその願いを託したもの。
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 七夕と言えば五色の短冊、色々な色の紙に自分の願い事を書いたものだ、何故五色であるのかとの質問は出ないのだが、これには五行説が大いに関係しているとの説。
 そんな五色の短冊、願い事を書くのだが、昔と今とではその願い事、やっぱり時代の流れ、ビックリするほど変わってしまったのか。
 人其々の願い事、昔の人は夢があったような気がするが、現代人はその夢が無い様に思うもので、こっそりと短冊に書かれた願い事見てみた。
 世の中の七夕飾りのような派手なものではなく、質素で落ち着いたものである。
 小さな笹の枝に訪問客が書いた短冊を付けてあるだけのもの、そんな小さな七夕飾りでも、ちゃんと願い事が書いてあり、少し興味を持ってみてやると。SANY7580.JPG
 やっぱり昔の夢のある願い事は少ない様で、現実の事を願って書いたような短冊ばかり、現代人の小さな願い事だと思う。
 しかし、これが本当の七夕飾り、手作り感があって好感が持てるもの、派手で市販のきらびやかな物でないから、逆に面白みもあるのだ。
 良く見ると連鶴の織物や手の込んだ物がぶら下げてあり、質素であるが良く見るとやっぱり昔ながらの七夕飾りである。
 しかし今日も梅雨空で、果たして天の川を挟んで牽牛と織女の出会いを見る事が出来るであろうか、夜にならないと分からない。
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2019年07月06日

家庭菜園なす

      やっぱり早い
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 我家の家庭菜園、プランターと路地植えの2種類、プランターの方も順調に生育しているが、路地物の方が生育は良く、今盛に実をつけている。
 プランターのピーマンと比べると植え付けは遅かったが、路地ものの方が生育は良く、実のつけ方がヤッパリ違いがあり、シッカリとした実が付いている。
 ピーマンの方は確かに実も付いて収穫もしたが、数がそんなに多くなく、其れに比べると路地植えのナスの実の成り方は多い、ナスとピーマンでは実の成り方が違うのか。
 ドチラの実の成り方が普通なのかも知らないが、ピーマンはあまり実のらないので、こんなものかと思っているが、ナスを見ているとピーマンは肥料不足なのか。
 そもそも、家庭菜園はテレビのエコ対策に乗せられてやり始めたもの、簡単に栽培出来るとの触れこみに乗って、はじめてやり始めたものだから。
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 どれだけ、どれが、実を付けるのかも全く知らず、また「なすとトマト、それにピーマン」、此の3種類を植得て全てが簡単になると思ってはじめた事である。
 肥料がどれだけいるとか、水遣りはどれだけやれば良いのか全くの素人、やって見ればそんなに難しくないと思っていたのが、進行するに従い、ヤッパリ生き物を育てる事、そして収穫する事の難しさが、次第に明らかになり。
 今では、その難しさの真っ只中、ピーマンは水切れを起こし、葉っぱはしおれ、トマトは実が落ちてしまうし、ナスはちっとも実をつけなかったしと、課題だられであった。
 テレビのように簡単に収穫できると思っていた自分に、改めて、農家の仕事の大変さが分かったような気がしている今日この頃、生産する事の難しさである。
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2019年07月05日

時計の小物

   愛好家は数多い

 古時計を蒐集している人は多く存在し、時計愛好家と呼ばれSANY0151.JPGているが、全部が全部時計を集めている訳ではなく、時計に関する物も集めている、それが時計本体ではなく、「写真であったり」、「カタログであったり」、はたまた「絵であったり」と蒐集している物が千差万別、人其々に違う。
 私の知り合いは絵専門、浮世絵から絵画まで時計が描かれていれば、片っ端から集め、その数は計り知れない位にあると思うが、本人は場所を取らないからこれが1番良いと言う、故障もしなければ、修理の必要もない便利な物だと、確かに故障はしない。
 まして古時計みたいに置く所や掛ける所を必要としないもの、幾らあってもハァイルでき、場所も取らないと豪語するが、それはそれで楽しいと思う。
 これだけが時計愛好家ではなく、時計の小物を集めている人も多いと聞く、時計の小物も数多く、何時の時代のものを集めるかそれにもよるのだが古いものを集めようとすると中々大変で、探すのにも一苦労、喩えあったとしても程度が、古いものだからそれ相当の痛みもあるのだ。

 特に陶器で出来ている物やガラスのものは特に痛みがあり、カンピンを探す事は労力の要ること、だからやりがいがあると言う人も多く、この陶器やガラスで出来た時計の小物、外国製が多くドールハウス用の小物、子供の遊ぶドールハウス用に作られたものが多い。SANY0169.JPG
 勿論これだけではなく装飾用に造られた物も多く存在、そしてその大きさも千差万別、特に小さい物の方が好まれているよう、そしてもう1つが実用向きに作られたもの、例えばトレーなど紅茶の時使用するために作られたもの、ティーパックを取り出して置くもの。
 特にイギリスで多く使用されていたようで、イギリスにはこの手のものが多く、手に入れやすい小物の1つ、時代が古いと中々難しくなる。
 そしてもう1つが小物を入れる道具としてのトレー、鍵であったり、カフスであったり、小銭であったりと実用向きにつくられの物だ。
 写真のトレーはイギリスもの、時代は大分古くて100年は経っていると思うが、手書きで描かれた花模様が美しいトレーで、小さな時計はドールハウス用の時計の小物、良く造られており、全て手描きのもの、細かなところも良く描かれている時計小物だ。
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2019年07月04日

デュポン

    音がいい

 私が初めてデュポンのライターの音を聞いたのは学生時代、喫茶店での事、隣に座った水商売風の女性であった。SANY0802.JPG
 その人がタバコを吸うためにバックから取り出し、ライターに火をつける時、「キーイン」と高い音、それは実に良い音、隣に座っていたのでその音が耳に響き、ライターであんな良い音がするのかと不思議に思っていた。
 女性はタバコをプカプカとふかしていたが、別に格好良い女性ではなく、普通のおねいちゃん、しかしライターの音が耳について離れなかったので、どんなライターか見てやろうと、女性の方に注目。
 すると二本目のタバコを吸うためライターを取り出し、ふたを開けた時「キーイン」とまた良い音が、じっくりと観察すると、そのライターは金色で四角い形のライター、あまり見たことのないもの、その時が初めてであった。
 あんな音のするライターが欲しいものだと、次の日デパートに出かけあのライターを探して見る事に、ライター売り場で探す事しばし。

 あの四角い形のライターを発見、その値段を見てビッリク、7万円と商札がついているのだ、これには二度ビックリあの女性が持っていたライターはフランス製のデュポンと言うライター、しかも7万円もするものだと。
 まさか、あの「おねいちゃん」が持っていたライターが7万円するとは、いくら欲しいと思っても学生の身で7万円持出せるはずがない。
 何で「おねいちゃん」、あんな高いライターを持っいてるのか不思議に思っていたが、友人が「馬鹿だなあお前、商売上の道具だ」と教えてくれ、彼曰く、キャバレーのおねいちゃんは、あれが商売道具、客に火をつけるための道具だ、そんな事も知らないのかと言われてしまった。
 それが初めてデュポンのライターとの出会い、ライターであんなに高いものが存在するとは初めて知った時、驚くやら欲しいやら、それ以来憧れのライターであった。





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2019年07月03日

デリーのカレー

    昔し味そのまま

 SANY2886.JPG私がこの店と出くわしたのが40年少し前、開店が確か昭和45年頃と記憶しているが、松本へ行ったおりに偶然入った店、松本まで来てカレーかと思ったが食べる事に。
 その当時も今もそんなに店内は変わっていなくて、少し手直しをした位であり、開店当時と雰囲気も変わらず、私にとっては居心地の良い店だ。
 デリーの名がカレーに結びつき、何となく店に入ってしまう客も、私は蔵構えの建物が気に入って、デリー店内に入ったのを覚えているのだ。
 デリーのカレーは辛口のビーフと決めているから、それ以外の物は食べた事がないが、人に言わせるとチキンカレーが美味しいとも云う事だ。
 当時、店は良く流行っていて、外で並んだ記憶があり、人気が出ていた頃、カレーを食べるのに並ぶのかとは思ったが、結局並んで待った。

 忘れもしないが、席はトイレの前しかなくて、何でトイレの前で食べるのか、そSANY2890.JPGんな気持ちで待つこと暫し、カレーが出され黙々と食べ、福神漬けをかけ込んだ。
 辛口カレーはやっぱりからかったもの、福神漬けと水を飲み店を出たが、まだ店の前には人が並んでいて、この人達も根気が良い人達と思った事を覚えている。
 此処のカレーを評して色々な事を云う人が居て、「本格的カレーでない」、「家庭料理のカレー」とか、「遠くから来てガッカリ」とか、口の悪いのは「何処がインドカレーか」とか色々云う。
 長年創業以来、味も変えず、値段も安くて家庭的のカレーを出し続ける事が、如何に難しいか分かる人だけでよい、デリーのカレーはそんな人達が愛するカレーだ。
 今時流行りのカレー屋とは、一味も二味も違うカレー、この良さが分からない人は、別のカレー屋に行くことをお勧めするが、変わらぬ味が分かる人は是非どおぞ。
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2019年07月02日

久々に登場

    機械オンチ登場

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 私の友人、機械にはまったくと言って良いほどダメな男、今までにま何回か登場した男、最近ではブログでも有名になって、その後あの人はどうしているのかと。
 そんな質問もされるようになった男であるが、彼は列記としたプロの商売人、アンティークショップのプロ、しかし何故かしら機械にはまったくと言って良いほどダメ男。
 何であれだけ機械に疎いのか分からないが、兎に角弱い事だけは確か、今までに持って来ものは殆どと言って良いほどダメなものばかり。
 特に時計類は全滅に近いもの、しかしまったくと言って良いほど懲りていないから始末に悪い、それにしても何でああなのか分からない男だ。
 そんな男が久々に我家にやって来ので、呑む事SANY9020.JPGにしたのだが、又何やら変なものを持ってあらわれ、何時ものようにニコニコしているから不気味だ。
 今年になってから、あの享保雛だけはヒットしたものの、その他のものは全くのガラクタ、どうしようもない物ばかりであきれ果てているのだが。
 そんな事はそっちのけ、相変わらずの無頓着と言ふべきなのか、それとも大物なのか一向に動じない人物、そして今日も何やら取り出した。

 新聞紙にくるんだものを取り出し、「お前にこれが分かるのか」と言って差し出したものは陶器、またまた訳の分からないものを持ち込んで来たのかと。
 出てきたものは陶器の器なのか、それとも置物SANY9023.JPGなのか、ハタマタ皿なのかとおぼしきものを私の前に差し出し、ニヤニヤと私の顔を見ている。
 「何が云いたいのか」と聞けば、「これが何だか分かるか」とかえってきたが、本人も知っている様子はなく、こちらの出方を見ているのだと丸見えだ。
 何処から持って来たのか知らないが、陶芸作家の代物と察しはつくが、好きか嫌いかと云われれば好きな方、オブジェだろうと思うが、作品の出来は焼きが少し甘いように思う。
 形ではなく、もう少しコントラストを利かせた方が私は好きだが、好みによるものなので何とも云いがたく、誰の作と聞かれれば知らないと答えるしかない。
 本人はどうも手に入れた時に作家の名を聞いたようで、「杢田たけを」と知らされ、自分は知らないので私に聞こうと思った由、しかし私も知らないのだが写真がその作品だ。
 杢田たけを、独立美術協会会員の洋画家、前衛的な作品を多く残した人物、金属造形や陶芸にも作品がある。




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2019年07月01日

古い水団扇

    いよいよ団扇

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 今の時代エアコンが全盛で団扇などのものは、時代から取り残されてしまったのか、使われなくなった。
 暑い時には直ぐにエアコンをかけ、涼を取るのが当たり前の時代、何処の家庭にも必需品としてエアコンがある。
 我が家でも例外ではなく、エアコンなしには生活できない様になってしまい、団扇で涼をとる事も少なくなった。
 風呂から上がって直ぐにエアコンの効いた部屋で涼む、これが一番の楽しみでもある今、団扇は家庭から姿を消した。
 昔から使われて来た団扇、真夏にはどうしてもエアコンが良いが、今の時期なら団扇も良いと思うが、あまり暑いと団扇では物足りなくて、ヤッパリエアコンに勝るものはないと、そんな風に思うのも時代かも知れない。
 しかし今、蛍が飛び交うような、そんな雰囲気の時期だ、しかし蛍は居なくて、やはり昔からの団扇が良く似あうと思うが如何であろうか。DSCN1046.JPG

 今の時期ならば団扇で十分年のせいか、涼が取れるのではないだろうか、ふろ上がりでも団扇で十分涼しいものだ。
 むかしは、この頃から団扇は全盛の時、あちらこちらの販売店では中元セールを開始、団扇はてんてこ舞いの忙しさ。
 何処の販売店でも団扇をお中元として使い、チョットした買い物にも団扇が貰えた時代、それ程需要があったのだ。
 この時期のお中元は団扇と決まっていたから、「何処の団扇が良いものを使っている」とか、「あそこはケチだ」とか噂が出るほどだった。
 勿論団扇の産地は全国にあり、この時期のために大量に生産されて来たが、近年ではその姿を消してしまった。
 それほど団扇は家庭から姿を消し、今は飾り物としての生産を続けているような状態だと聞くが、もっとも今の団扇はプラスチックのものが多くて、昔ながらの団扇は非常に少ないようである。
 そんな団扇、今製造が間に合わない状態なのが、岐阜で製造されている水団扇、昔ながらの造り方で製造されたものだ。
 透明感のある団扇は、DSCN1048.JPGこの時期最適の涼を呼ぶ雰囲気の出でる団扇、最大の特徴が丈夫で透明感がある事。
 如何にも涼しそうな雰囲気を持つ団扇、この製造方法は昔からのもの、勿論手造りでしか造られていないもの。

 写真は岐阜で製造された水団扇、50年以上前に造られたもの、未使用で残っていたものだが、程度の良いもので美しい状態。
 形も今造られているものとは違い、当時の姿をしているものだ、今の形は小判型のものであり、この形と異なる。
 未使用である事から、何処も痛みはなく、美しい透明感を保っているもの、図柄も今はないものである。
 裏には販売店の名前が記されており、勿論中元用として配られたもので、何処の家にもあったものだ。










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