2019年07月24日

粋なこしらえ

    伊達男の必需品

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 前にも上げた明治時代男の憧れの一つ懐中時計、西洋の文化が日本に押し寄せてから、一気に洋服姿が一般にも広がり。
 多くの日本人が洋服を着るようになり、それに伴い懐中時計が流行となるが、流行の先端を行くのにはカネがかかるものだ。
 伊達男たちは自分を粋に見せるために涙ぐましい努力を、この時代の男たちは粋に命を懸けたとも言われているのだ。
 今の人達には考えられないかも知れないが、粋を出すためには大変な苦労をしていた様で、特に金のかかる西洋物は大変だ。
 憧れはすれど中々手には入らないもの、その為に苦労してそれを手に入れていたのも一般庶民たちだ。
 金持ち連中は別に苦労しなくてもそれが手に入れられたが、粋となるとそれは別物、センスの良さが決めてであるからだ。

 金があるから粋だと言う事はなく、金はなくとも粋である人は多く、かえって金のない人の方が粋であったようだ。SANY3651.JPG
 明治を生きた人々はさぞかし、この粋の為に心血を注いでいたようで、やはり命を懸けていたと言うべきなのか。
 金持ちがわざと金時計を見せびらかしていると、一般庶民はやっかみ半分で流し目で見ていたようで、それに対抗するものは粋な姿勢。
 ある棟梁が「金なんぞなくとも粋がある、粋は誰にも負けない」と嘯いていたとも言われているが、やっかみかも知れない。
 しかしこのような人々は端から見ると実に粋であったよう、半纏一つ一つ着るのにも粋を感じられるようだ。
 仕事着であっても粋を示す事は出来、逆に同じ半纏姿でも、野暮ったい着方もあり、同じ物でも着こなし一つで違いが。
 この着こなしが粋を生み出すコツ、どの様にしたら粋な着かたになるものなのか、それこそ粋を見つけ出すのだ。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記