2019年08月31日

健さん2

   刺 客

 あの忠臣蔵、誰もが知っている歴史の事実、江戸時SANY0434.JPG代の中間時、江戸で大事件が起こるが、これが赤穂事件の始まりである。
 今の人は忠臣蔵として知っている人が殆ど、お芝居や映画で多く演じられて来た歴史の一とコマ、日本人なら誰しも知っている仇討ちだ。
 忠臣蔵とは赤穂の藩士浅野内匠頭が吉良上野介に江戸城松の廊下で人情に及ぶ、つまり刀で切りつけ傷を負わせた事件、当時江戸城で刀を抜いただけで切腹、そんな仕来たりがなされていた場所、将軍家のお膝元で刀を抜けば主君に対して刃を向けた事になる。
 当然の事浅野内匠頭は切腹、吉良上野介は御咎めなし、これは当時喧嘩両成敗と武家諸法度に書かれており、本来吉良上野介も処罰されて当たり前、それが御咎めなし、これに反発したのが赤穂の藩士、家老の大石内蔵助ら藩士が浪々の末仇を討った討ち入りの事件が忠臣蔵。

 これが今まで語り継がれて来た赤穂事件であるが、こSANY0441.JPGの映画では大石内蔵助ら藩士は刺客として描かれており、今までのストーリーとは別格の取り上げ方。
 勿論大石内蔵助の描き方も、今までとは全く違った描かれ方、内蔵助本人も刀の使い手であり、自ら先頭に立って戦うもの。
 健さんが演じる内蔵助は今まで見て来た内蔵助とは全く違った描き方、健の使い手であり、刺客の親玉として描かれている。
 この映画では健さんが任侠映画で見せたあの迫力のあり刀の使い方をしているが、武士としての刀の使い方であり、刺客であり、刀の使い方は全く違うもの、それに衣装も今まで見たものとは違い、如何にも刺客と見えるいでたち、何時も見るあの姿とは別のもの、歳を重ねた健さんの姿が印象的で、これが真実の討ち入りではないかと思わせる映画であると思う。

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2019年08月30日

珍品時計

   古時計の人気
 SANY8038.JPG
 古時計愛好家は色々な人が居て、それぞれに自分の欲しい時計があり、それを求めて探し回るものであると思う。
 私もそうだが自分の欲しい時計はその都度決まるもの、例えばある時計を目にして欲しいと思うか、思わないかである。
 はじめからこれと言う時計がある人も、違った時計を見て新たに欲しいと思う事も、人とはそういうものである。
 古時計は数が少ないうちは欲しい時計を決めているが、数が多くなってくると考える事が違って来るもので、はじめとは違うものだ。

 ある程度蒐集すると一通りは満足をするもの、自分が欲しいものが手に入ったという満足感、それで一息着くことになる、誰しも同じ道を辿ると思うが、これは私の経験した事、他の人も同じだと思SANY9407.JPGうており、それから先がまだあるのだ。
 ある程度定番ともいえる古時計を手に入れてしまうと、これだけ集めたのだからと満足はするが、まだ欲しいものがあると思えて来るのだ。
 人とは何処まで言っても欲望の塊と思う、一つ壁を乗り越えてしまうと、また一つ乗り越えたいと思ってしまうのだ。
 どんな蒐集でも同じようなもので、ある程度は集まって来るがその先が中々集まらないのだと思う。
 良くい言れる定番のものを集めると、それで満足する人としない人があり、満足しない人はその先を行くことになる。
 人とは違ったものを集めたいと、誰しも持っているものとは違うものを、人気があるが数の少ない古時計を。

 珍品と言われる古時計を集めたいと思い出す、やっぱりここまで集めたのだから、もっと充実させたいと、古時計を充実させたいと思うが、どんなもSANY0998.JPGのを充実させたいかは人それぞれであると思うのだ。
 私の友人は精工舎の古時計を全部集めたいと思っており、それに邁進しているから凄いとも思う、その人の目的が何処に定めるかで変わって来るもの、精工舎の時計であればそれはそれで良い。
 ある人は皆が欲しがっている古時計を全部集めるのだと、いきがって居る人もまたいるのだが、その人、その人の好によって集めれば良い事で、何も人と同じ事をしなくても良いと思うが。
 古時計はそれだけ種類があると言うもので、どれをとっても奥が深くて、全部を集める事は出来ない。
 だからこそ古時計は人気であると思う、簡単に集まってしまえば面白くもなく、集めないと思う、探しても、探しても中々集まらないから、人は何とかして集めたいと思うし、それが生甲斐ともなるのだと思う。

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2019年08月29日

招き猫の前垂れ

    時代が分かる

 SANY0320.JPG招き猫、全国で多く造られて来たが、産地によって色々な招き猫が造られたが、その形態は少しづつ違う、勿論全国的に統一された形式は無く、招き猫であっても産地によっては形も違い、当然だが装飾も違ったものになっている。
 招き猫の特徴として前垂れがあげられるが、この種類も時代時代によって変化をして来たもの、古い物と新しいものを少し上げて見た。
 招き猫は人気も高くて数も多く造られていたもの、勿論商売の縁起物としての置物、それが招き猫である。
 古い物から新しい物まで色々な招き猫が存在し、材質に関しても様々な物で作られているのだ。
 もともと招き猫は土産物として造られたものであり、素朴なものであったから、色にしても単純なものであった。
 つまり白色と黒色、そして赤色の三種類が基本の色、それが古い招き猫の姿、時代が下がるにつれて色が増える。SANY8376.JPG
 その内に黄色が入るようになり、三毛猫の招き猫の誕生、そもそも三毛猫は数が少ない事から珍しいとされていた。
 招き猫も珍しい猫であった方が良いと、自然に三毛猫になったとも言われるが、事実はどうであろうか。

 確かに三毛猫は猫の中でも数が少ない方だと言うが、今はそんなに珍しい猫とも思わないが、江戸時代には珍しかったのか。
 この三毛猫が確立したのが何時の頃かは不明だが、現在の招き猫は全部と言って良いほど三毛猫が主流。
 逆に白黒だけの招き猫を探そうとすると少ない事に気が付く、何時の時点で逆転したかはわからないが、現在はその様になっている。
 そして招き猫が首にかけているもの、初期の招き猫は赤色の首輪をしているが、時代が経つにつれて変わって来る。
 この形態は何処の産地でも同じような推移をしており、何SANY0197.JPG処が最初なのかは不明、しかし明治に入ればやはり同じようだ。
 首輪から前垂れと呼ばれる暖簾みたいなものに変わることに、この前垂れも産地によって少しづつ変わっている。
 写真はその前垂れ、古い物から新しい物まで色々な物があり、古い物は手の込んだものが、しかし時代が下がるにつれて簡単なものになる。
 初期の前垂れはイッチンと呼ばれる白いブツブツの模様が入っているものが付いており、時代が新しくなると筆で模様を描かれている。
 これも産地によってはちがいがあるが、瀬戸で製造された招き猫は、この形態をしている事が多く、前垂れを掛けていない産地もあり、所によって違いはあるが、大まかな時代測定はこれが基本のようだ。

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2019年08月28日

蕎麦の食べ方

   時代により

 蕎SANY0751.JPG麦は時代により変化を遂げてきた食べ物、現在我々が食べている食べ方は明治以後だと言われており、その前は違った食べ方をしていたらしい。
 そもそも蕎麦は主食として食べられて来たものではなく、非常食用につくられていたものだ、古い時代は蕎麦の実をそのまま湯がいて食べていた様で、その後蕎麦がきにして食べていた。
 蕎麦を粉状にして水か茹でとき、粘土状にして丸め、それを焼いて食べていたよう、もしくはそのそまの餅状になったものを食べた。
 勿論一般の庶民も同じような食べ方をしていたとは限らず、米が主食であった事は確か、下々のものが食べていたと言われている。
 この食べ方が長く続き、うどんの伝来と同じくして蕎麦もうどん状に細長く切り、食べるようになると言われるが、ハッキリとした記録が無い。
 室町時代とも言われているが証拠が存在していなくて推測の域を出ないもの、一番古い記録は1574年木曽定勝寺に残る古文書、その中に蕎麦切なるものがSANY0758.JPG記録されているが、今はこれが一番古い証拠の文書、蕎麦きりの発祥と言われている。

 この蕎麦切、当時の蕎麦がどれ程のものなのかは分からないが、細くうどん状に切ったものだろうと推測され、蒸して食したと言われる。
 現在我々が食べている蕎麦とは全く違ったものと考えた方が正しい、蒸した蕎麦は今我々が食べている腰のあるものとは違い、もちもち感はうどんと似ていると言われ、硬くてしまった蕎麦ではなく、やはり別物の食べ物と思って良い。
 初めの頃は塩で食べていたと言われ、その後みそやたまりを付けて食べていたよう、その他大根おろしの汁を付けて食べた。
 この様に当時の食べ方は現代とは違った食べ方をしたおり、今のようなだし汁を付けて食べるになったのは江戸中期になってからの事。

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2019年08月27日

ミステリークロック

    時計なのか
SANY2985.JPG
 時計の種類も色々なものが製造され、極普通の時計から、特注品まで千差万別、世界中にこの様な時計が幾つ存在しているのであろうか。
 現在では子供までが時計を持っている時代、昔と違って大人になったら時計、そんの時代はとっくに過ぎてしまい、今や小さな子供でも時計を持っている。
 昔は成人式の贈り物として、腕時計が贈られるのが習わしみたいになっていた時、ほとんどの人が成人式に時計を貰っていた時代、そんな懐かしい時。
 どんな腕時計を贈ろうか其々に迷った事と思う、あれが良いとか、これが良いとか、思い思いに腕時計をプレゼントされたものだが、現在ではそんな光景を見ることも無くなった。

 今の若い人は時計をしていない人が殆ど、携帯電話の普及に伴い、腕時計は若者の腕から消えてしまい、プレゼントに腕時計を買う人も少ない。
 本当にここ数年の間に、腕時計が姿を消してしまった事は、SANY2988.JPGSANY2989.JPG良いのか悪いのか知らないが、腕時計をしている人を見つけるのも一苦労な状況だ。
 写真の腕時計、少し前に流行った物だが、今となっては懐かしいものとなり、見ることも余り無いが、以前は若者の間でも人気があった時計、ブレスレット形式の腕時計。
 一見すると時計には見えず、単なるブレスレット、時計の文字盤すら見えないもの、これと同じ様な形式の時計、外国の某有名メーカーの時計が持て囃された。
 その時計のコピー、日本で製造されたものには違いないが、製造元が書かれていないもの、ステンレス製の普及品、この手の時計は少し手が込んでいる。
 時間を見るのには、時計本体を横にずらし、右に出てくるから文字盤が見えるようになるが、あくまでもドレスウォッチ、デザイン優先の時計だから、時間を見るには一苦労。

 
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2019年08月26日

浜松ミーティング

   日本古時計保存協会ミーティング開催
 9月の浜松ミーティングを開催いたします。
 日時、9月8日 日曜日
 時間、11時半開始
 場所、浜松市東区小池町2543−4
    NKトレーディング事務 053 465 3666
 会費、1,500円、昼食含む
 尚、オークションを開催いたします、参加ください。

   日本古時計保存協会  事 務 局
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2019年08月25日

招き猫が欲しい

   磁器製
SANY1104.JPG
 最近招き猫の愛好家が増えて居ると聞く、特に若い人に多いと言うのだが、それは色々な招き猫が製造されているからだ。
 招き猫の愛好家は二分されて居ると聞く、それは現代的な招き猫と古い招き猫であり、年齢層によって違いがあると言う。
 若い年齢層は現代的な派手な招き猫が人気のようで、カラフルな招き猫が出回っているもので、ピンクや鮮やかなブルーの招き猫。
 今までには無かった色の招き猫が続々と出現しており、我々の様な年配者にはピンと来ない色、しかし若者には派手な色の招き猫が人気のようで、見学者の中にはもっと他の招き猫を展示して欲しいと。
 確かに若者向けの招き猫も展示しないといけないかも知れないが、どうも私はそれが出来ないのだ。
 何時の時代にも流行りが存在しており、風水が流行った頃は黄色や金色の招き猫が大流行、我も我もと金色の招き猫を求め、最近では少し下火になったようではあるが、昔ながらの招き猫も人気、やはり好き好きで人気は二分しているようだ。SANY0893.JPG
 そんな中、久米邸に訪れた年配者の一人からから、瀬戸の磁器製の招き猫を探しているが何処で探すのかと聞かれる事に。

 私の場合には殆どが友人からのもの、彼らが買い求めて来たものを譲って貰い、展示をしているのだ。
 勿論自分でも招き猫を探している事は確かであるが、中々見つけられないでいるもので、何処で探せばよいのかと聞かれても、答えようがないのだ。
 無論骨董商からも買いこんだ事もあるので、それらのルートも教え、紹介もしたが、やはり持っている人から譲って貰うのが一番。
 探さなくても其処にあるから、後はじっくりと交渉すればよいので、彼らがその気になるまで待つのみであるが、その話をすれば、是非とも紹介して欲しいとせがまれるが、紹介すれば友人から怒られるのだ。
 見ず知らずの者に、折角集めた招き猫を何故譲らなければならないのだと、怒られてしまうのは必定、それに彼らは友人であればこそ信頼しているもので、その信頼を損ねるDSCN0978.JPGような事は出来ない。
 そんな対応をすると必ず帰ってくる言葉が、「ではここに展示してある招き猫を譲って欲しい」と言うのだ。
 確かに目の前にあるから手っ取り早いが、これは私が彼らから譲って貰ったもの、これを手放せば彼らから怒られる事に。
 誰しも目の前にあるものは是が非でも手に入れたいと思うのは人情、私もその一人であるから気持ちは理解する。
 そんな時は知り合いの業者を紹介しており、招き猫を常時持っているから交渉して見ると良いと教えてあげる。
 自分の集めたものを手放す事は無いが、欲しいと願う人の気持ちも理解出来、複雑な心境にもなるのだ。
 それにしても磁器製の招き猫は、益々人気が高くなるような、そんな気持ちになるのは私だけであろうか、事実、時期で出来ている招き猫が市場に出れば、我も我もと引く手あまた、何処に消えてしまうものなのかと思う位に姿を消すのだ。
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2019年08月24日

万年筆4

    エボナイトとセルロイド

 古い万年筆はエボナイトと呼ばれるもので造られているが、これは今のプラスチックの様に柔らかくないのだ。DSCN1671.JPG
 加工はし易いと言う事であるが、ショックに弱く落としたりするとヒビが入ってしまい、プラスチックの様に丈夫ではない。
 私もよくやったのがインクを入れる時に、万年筆の本体を回転させて外すことになるが、これが危険であった。
 あまり強くひねり過ぎるとヒビが入ってしまう事もあり、気を付けなければイケない作業だ。
 本体を回転させようと逆方向に回転させるのだが、両手で万年筆の本体を持ち回転させる時に、並行に回転させないといけない。
 力を入れ過ぎると平行にならず、本体の付け根を折ってしまう事もあり、注意が必要、よくインクが固まってしまい、この回転作業が出来ない事も、そんな時に良く折ってしまう事になる
 エボナイトはショックに弱い素材、無理にひねってひびが入ることに、これも良くある出来事、エボナイトで出来た万年筆を使った事のある人は、一度はこんなDSCN1669.JPG経験をしたと思うが。
 そしてもう一つがセルロイドで出来た万年筆、これも気を付けなければならないのは熱である。
 セルロイドは熱に弱い素材であり、燃えやすい素材でもあるので、その為に火に近づけない事、変形してしまうのだ。
 太陽の熱にも弱いので、夏などに日の当たる処に置いておくと、瞬く間に変形してしまう事に、窓辺に置き忘れていると、気がついて時にはすでに遅くて、曲がったり、へこんだりしているのだ。
 セルロイドも加工はし易い素材だと言うが、その代わりに熱に弱いと言う欠点があるのだ、これも使う時には注意しないといけない、只セルロイドで造られた万年筆は色々な柄が存在しており、それを楽しむには一番良いと思う。
DSCN1672.JPG 万年筆を集めている人の中には、そんなカラフルな図柄が気に入っているから、セルロイドの万年筆を集めるのだと言う、私もその一人で、多くは持っていないが、セルロイドの万年筆も持っており、その柄が面白いと思っているのだ。
 写真のエボナイトの万年筆とセルロイドの万年筆、それぞれに良い所があるので甲乙付け難いと思っている。
 勿論使うために集めている訳ではないので、余りペン先には注意して見る事もなく、果たして完全に書けるものなのかは不明である。
 それぞれの目的で古い万年筆を集めている人達、毎日使うために古い物が良いと言う人、我々みたいに懐かしく、それでいて楽しいと思う人、目的が違えども、万年筆に対する気持ちは変わらないと、そんな人達が集めていると思う。
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2019年08月23日

議題は茶碗

   話題が茶碗

 何SANY0740.JPG時ものFMラジオ、地元の放送に参加して早13年、知らないうちに時が経ってしまい、自分でも信じられない位だ。
 はじめは気楽に放送に参加していたが、友人が「お前気お付けて発言しないとダメだぞ」と忠告してくれ、放送は誰が聴いているのか分からない、間違ったことを言えば大変な事になると。
 公共放送の恐ろしさ、間違えは許されない事は承知しているが、そこは素人全体に気が付かないことだらけ、それともう一つは生番組だから訂正はきかないので、慎重な物言いでなければ失敗をすることになる。
 ラジオとは恐ろしいもので、誰が聴いているのか分からないから尚更の事、ベテランの女子アナと会話はするが、目の前で手で慎重にと合図が来る。
 勿論番組が始まる前に少しは打ち合わせもするが、何時もぶっつけ本番、やはり何が起こるか分からない、それも自分のせいで起こる事に。
 以前は放送禁止言葉も頭に入れはいたが、つい口走ってしまう事も、そんな時はアナがうまくホローしてくれる事に、それで後で気付き焦る事屡々、頼れるのはベテランアナだけ。
 はじめの頃はそんな事を繰り返していたが、何回かやるうちに次第に気が回る事に、しかしそこは素人、失敗はつきものやはりラジオは怖い。
SANY0744.JPG

 何だかんだで現在まで来てしまい、今だに失敗する事も、今回は得意な焼き物の話、時計と同時に焼き物も得意、下調べは充分したつもりだがボロも出る事に。
 今日も話している途中で他事を考えてしまい、茶碗の時代が途中で出なくなり、高橋アナに手で合図、「繋いでくれ」と、流石はベテラン何にもなかったように繋いでくれ、その間に年数を思い出す始末。
 何年経っても失敗をするが、経験が多いせいか慌てず思い出し、直ぐに話の続きに入り事なきを得る、これも又経験の賜物。
 今日の話は九代楽吉左エ門の茶碗と九代坂高麗在衛門の茶碗の話、勿論親父のコレクション、同じ九代同士の作、了入と高麗在衛門の茶碗、伝世品の良い茶碗だ、歴代の話の中、その楽吉左エ門の二代常慶の年代を忘れ、話が途切れた。
 自分では忘れず筈はないと思っていたが、チョット他所事をつい考えてとっさに出なくなり、助けを求める事になってしまった。





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何をどこに置くか

    古時計の居場所

 好きで集めた古時計、勿論どれも好きな時計だから集めたもの、その時計をどSANY8327.JPGこに置くのかも重要に問題である。
 どれもこれも、自分が良いと思って買い込んだものだが、買い込んでから何処に置くかも頭には入れているのだが。
 実際に家に持ち帰ると、置き場所がないので、その時計は一先ずその辺に置いておくことが多く、長い時は半年も其処にいることも。
 何でそんな事になるのかと言えば、置く場所もあるのだが、買い込んだは良いが、前に買ったものと同じものであったから、良いものを良い処に置く、これが優先順位であるので、比べて悪ければそのままの状態となる。
 見つけた時は良いと思ってしまうもので、好きな時計はツイツイ手が出てしまい、後で前にも買い込んだと気付くが、やはり好きな形の時計は手が出る。
 不思議なもので好きな形の時計は、何故かしら見た瞬間に買い込んでいるから不思議、頭では分かっているのだが、気持ちが先に行ってしまう。

 古時計愛好家なら、そんな経験を持っている人も居ると思うが、これは時計好きな人にしか分からないのか、よく友人からも「何で同じ時計が何台もあるのか」と、そして「一台あれば良いのでは」とも言われてしまうのだ。
 確かに言われる通りで、何台も同じ時計があることは確か、態度の良し悪しSANY1324.JPGは別にして、やっぱり買い込んでいるのだ、勿論良いものをと思って買ったのだが、それは欲しいと云う衝動に負けてしまうからではないのかと思うが。
 本当であれば、欲しいと思って買い込んだ時計は、然るべき処に鎮座して居なければいけない、好きで買い込んだから。そんな反省をしつつも、この時計の居場所は何処、しかし置く場所がない、如何しようかと思案するもない、
そんな状態であれば、古時計は買い込めないはず、今度買い込んで来たら、マタマタこの時計の二の舞になってしまうから。
 しかし気が付けばまた同じ事をして、今この時計をどこに置こうか、時計を持ってウロウロしている始末。
 やっぱり子供と同じようで、好きなものを欲しいと云う欲求に打ち勝てない自分が其処にいるのだ、情けないとは思うが、止めようがない自分が其処にいるのだ。

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2019年08月22日

お手玉

    遊びどうぐ

SANY3999.JPG お手玉、昔から受け継がれてきた女の子の遊び道具、最近では余り見かけなくなったが、その歴史は非常に古くギリシャ神話に遡るらしい。
 てっきり日本のものとばかり思っていたが、そうではなさそうであり、世界各国でお手玉なるものが存在するらしく、その形は違うものになるが、同じようなものが存在する。
 例えば日本のもののような形は中国、その他の国のものは円錐形であったり、三角錐であったり、円形の玉であったりと様々、日本に渡来したのはハッキリとしないが、鎌倉時代には既にあった事が分かっているらしく、それ以前であると言われている。
 古いものは革でできた袋に小石をつめて造られたもの、やがて色々な素材で作られるようになったが、形は其々の国で出来上がったようである。

 日本のものは、ヤッパリ中国よりの渡来と思われ、形もよく似たものが存在しており、遊び方は違っているようで、日本にSANY4003.JPG渡来してから変化したと考えられる。
 庶民に伝わったのは江戸時代になってから、遊び方も地方によって様々、数え歌と一緒になって遊ぶ、男の子はこの遊びはせず、ヤッパリ女の子の遊び。
 このお手玉、明治に入ってから急速に広がりを見せ、日本各地の女の子の遊びとして広がりを見せるが、昭和30年代を境に一気に人気がなくなる。
 核家族化により、祖母が孫たちに伝えてきた伝統の遊びも衰退し、現在は伝統行事の一道具としての存在に過ぎず、過去の遊び道具となってしまった。
 写真はこのような状況下の中、私の姉が我家の孫に作ってくれたお手玉、少しこった造りになっており、ちりめんの古布で昔の形に作られたお手玉。
 中には小豆が入れてあるが、昔は小石を入れていた時代もあり、子供の玩具1つで時代背景が見えてくるのも、面白い時の流でもあると思う。
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2019年08月21日

羽化する

    何度目の羽化か
 
 DSCN1379.JPG我が家の小さな庭にアゲハ蝶やそのほかの蝶の子供が何匹か居たが、知らないうちに羽化して飛んで行った。
 今までに何匹かの幼虫を見つけては観察していたが、知らないうちに何処かに姿を消してしまい、中々羽化する所を見た事が無かった。
 今月に入り植木鉢に植えたトマトの下に幼虫を発見、植木鉢はトマトの苗とパセリの苗が、そのパセリの葉に幼虫が。
 見つけた時には3匹の幼虫が居て葉っぱを食べていたらしく、そのままにしておいたら段々と成長。
 我が家には何故かしら小鳥が寄って来るので、何時もアゲハ蝶の幼虫は食べられているらしいと、姿を消したのは鳥のせいではと。
 確かに今まで見た幼虫は羽化する前に居なくなっており、ヤハリ鳥のせいであると思われるのだ。
 折角見つけて、3匹が元気である事から、鳥に食べられない様に保護する事にしたらしく、今まで鳥に食べられなかった。
 12、3日前からさなぎになる仕草をしていたので、鉢を近くに置いて観察、その様子を孫が見ていた。
 孫はこれがアゲハ蝶になると聞かされ興味津々、「何時アゲハ蝶になるの」と聞いていたが、10日位かかると妻は説明していた。DSCN1382.JPG

 以前にはあぶらセミの羽化する所を見た事があり、アゲハ蝶の羽化も見て見たいと言っていたが、時期が合えば見えるかも。
 そういえば最近あぶらセミ羽化を見なくなったが、芝生を張り替えたせいなのか、それとも何かの原因なのか、すっかり見なくなった。
 そんな事もあり、アゲハ蝶の幼虫を保護、羽化させるために観察していたらしく、その内の一匹がさなぎになった。
 20日朝、妻が庭のトマトの葉っぱでさなぎになっていたアゲハ蝶、羽化がはじまり出し、アゲハ蝶が出て来た。
 妻に起こされ写真を撮るように言われ、庭のトマトの鉢に行く、そこにはアゲハ蝶が羽化したばかりでぶら下がっていた。
 まだ羽を広げることなく、羽の乾くのを待っているようで、じっとしているがこの時が一番大事だと言う。
 羽が何処かに当たったり、シッカリと開かないと飛べないとの事、邪魔な葉っぱが無いように妻が広げたらしい。DSCN1380.JPG

 その状態を孫に見せたいので写真を撮れと言うのだが、葉っぱが邪魔して中々撮れず、角度を変えて見る事に。
 あまり近づきすぎて、アゲハ蝶を刺激してもと思い、少し離れて撮るので小さくなってしまい、孫が見辛いのではと。
 その間にアゲハ蝶は羽ばたく準備をしているようで、少しづつ羽を動かし場め、バタバタと羽を動かし始めた。
 羽化して一時間ばかり、そんな事をしていたと思うと、急に飛び出しはじめ、おぼつかない飛び方をして他の枝にとまった。
 その後、あっと言う間に飛んだと思うと、勢い良く舞い上がり、上に飛び去って行ったので後を追うように眺めていた。
 生命の誕生はドラマチック、今まで全く動かなかったさなぎが、あっという間に羽化し、空へと飛び去って行くとは、これも感動ものだ。
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2019年08月20日

今年は失敗

   緑のカーテン

 毎年行っている緑のカーテン、エコ対策の一環として始めたものだSANY0666.JPGが、去年は大成功して暑い夏を乗り切り10月まで頑張ってくれた。
 ここ3年は順調に活躍してくれ、暑い日差しを遮りエコ対策に一役も、二役も役割を果たしてくれたもの、暑さ対策の強い味方でもあった。
 今までに色々なものを緑のカーテンとしてきたが現在植えてあるものが一番長持ちし、暑さも遮って役割を果たしてくれた。
 7月の中頃より活躍しはじめ9月末まで葉っぱを茂らせることに成功、この種類の植物が一番長持ちする種類、今までに何種類の植物を植えたが9月末まで持たなかった。
 朝顔、ゴーヤ、などを試してみたが9月末まで葉っぱを茂らせることは出来ず、残暑に対処せず熱い思いもしたのだ。
 日除けには様々なものが発売されており、ホームセンターに行けば色々なものが展示してあるが、一長一短でそれぞれであると思う。
 勿論葦簀もその最右翼でもあったが、緑のカーテン採用してからは見た目も涼しく、実用的で効果は抜群、何よりも見た目に緑の葉は良い。
 幾ら涼しくても見た目が悪いと採用する事に躊躇し、やはり見た目も重要な判断理由になり、植物が一番最適なものだと思う。

 今年は去年に引き続き猛暑だと言われ、早い時SANY0675.JPG期より暑い日が続いたので、何時もより早くに植え付けを開始、少し早いとは思っていたが、植え付けてしまった。
 そんな事で7月初めから勢いよく葉を伸ばし去年よりも早く日差しを遮って来たが、心配していた通り葉っぱが散り始め出した。
 まだ8月半ばこんな状態では残暑厳しいこれから、とても9月末までは持たない様に思われ、心配が現実になって来た様だ。
 去年の今頃は威勢よく葉っぱを茂らせており、まだまだ先が上に伸びようとしていたが、今年はすでに葉っぱが落ちかけているから去年とは大違い。
 6月末に暑さで焦ってしまい早々と植え付けをしてしまったから、結果は現在のような状態になってしまったと思われる。
 この状態では後何日持つものなのか、まだまだ暑い日が続くが果たして何処まで持ちこたえられるのか心配である。
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2019年08月19日

奇抜な造り

    コスト的に安いのか

SANY0997.JPG
 友人がある時計を持って現れ、面白い時計が手に入ったとやって来たが、その時計について喧々諤々の論議がはじまる。
 久し振りに訪れた友人、珍しく時計も持参しているので、「その時計がどうしたのか」と問いかければ、ニコリと笑う。
 よほど嬉しいとみえ上機嫌であり、早速その時計を取り出して、自慢話がはじまり出し、これは長くなるともう一人の友人を呼んだ。
 勿論古時計好きの友人、その男はすぐにやって来たが、ここからが時計談議のはじまり、何時もの様に自慢話の花が咲く。
 確かに友人の持って来た時計は珍しいもの、最近では中々手に入らないもの、良く手に入れたものだと感心するが、それを言わない方が良い。
SANY0998.JPG
 下手に褒めれば奴の思う壺、それから長々と自慢話を聞かなければならないから、だから褒める訳には行かないのだ。
 この男一旦調子に乗れば、長々と話が進み、酒がまずくなるからだが、後から来た友人もそんな事は百も承知しており、けなし始めたのだ。

 これも先制攻撃であり、奴の自慢を増長させては面白くもないから、それはお互いに知り尽した仲、増長させては都合が悪いと牽制しているのだ。
 そんな事はお構いなしに時計を持参した本人は、自慢したくてやって来たから、少しは聞いてやらないと気の毒でもある。
 すかさずもう一人の友人が、「お前にしては良い時計を見つけたな」とおだてに入ったが、それ以上は深く聞くとまずい。DSCN0404.JPG
 私が友人に態度で聞くなと大げさな仕草を、すると友人「分かっている、此奴は煽てるとつけあがるから」と大きな声で言う。
 言われた本人も「お前たちの魂胆は分かっている、悔しいからだ」と指をさして言う、確かにその通りであり、珍しい時計を手に入れられて喜ぶ訳がない。
 そんな事でこの時計の話しが進み、何で時計の裏にヤマト号時計製造所と書いてあるのだと、友人が言い出したのだ。
 この時計はと名古屋の巴商事が製造した時計、時計にともう商事の金具が撃ち込まれており、何でヤマト号時計製造所なのだと。
 私も一台持っているから、その時計を持ち出して、彼が持って来た時計と比べて、喧々諤々の論争が勃発してしまった。
 そしてこの時計はコスト削減のために製造された時計だと言い出し、次から次と意見が続出。
 これがはじまると酒の量が増えてしまい、時間は長くなるは、酒は飲むわ、終わる事のない時計談議が延々と始まるのだ。

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2019年08月18日

夏の味覚

    そうめんが1番。
 
 SANY0579.JPG何時までも暑い日が続きもおウンザリ、食欲も余り無い、冷たいものばかり食べたり呑んだりして、胃が弱くなっている。
  そんな時、手早く食べられて胃にもやさしい「素麺」が1番良い、麺類には色々あり「うどんやきしめん、蕎麦」といつた麺もあるが、やつぱり一番なのは「そうめん」だ。
  「うどんや蕎麦」と比べて細くて食べやすいのも其の要因、冷たい器に氷を浮かべ、ダシノ利いた汁につけて素早く食べられるのは「素麺」である。
  あの「素麺」独特の細さが、のど越しをスムーズにしている要素、うどんや蕎麦ではあののど越しは得られないのである。
  「素麺」は全国で製造され、兵庫の「揖保の糸」や奈良の「三輪素麺」小豆島の「素麺」、そして地元安城の「素麺」など色々な所で製造され、人の好みも其々だ。
  素麺が細いといっても産地によって太さが違い、地元安城の素麺は少し太め、三輪素麺は少し細めと違いがあり、私は極細が好みで「細くて腰があり」、「のど越しの良い素麺」が1番好きである。

 冷たい水で冷やした素麺は又格別、「こりこり」と噛み応えもあり、するりと喉を通っていく感覚は夏ならではの素麺の味でもある。SANY3052.JPG
 
 そして、もお1つ楽しみがあるのは、素麺の中に彩りに入っている色の付いた麺、真っ白な素麺の中に虹色の七色入った麺がある。
 そんな素麺が店屋で出てくると、暑くてイライラしている気持ちも何故かしら和らぐのと、涼しさが増した気分になり食欲も湧いてくる。
  別に他の素麺と味が変わっているわけではなく、只、麺に色が付いているだけであるが、其れと出会うと嬉しくなってくるのは何故か。

日本人は料理を目で味あうとも言われるとおり、一束の白の麺中に2、3本色が少し付いているだけの演出で料理が引き立つ、正に其れである。
 色1つで味が変わってしまうのも演出に他ならないが、それが又、味を左右するとは不思議なものだ。


 
 
 
 
 
 

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2019年08月17日

懐かしいもの

      なくした物が

 SANY5156.JPG先日、我家の孫が椅子の下から見つけたものを持って、「おじいちゃん、これなぁ〜に」と言って差し出したものが、探していた玩具の時計、昔集めた玩具の時計、たまたま友人が来ていた時、話の中で玩具の時計を私が沢山持っている事を知っていて、その時に懐かしいから出して見せろと。
 別に彼がこんな玩具を集めている訳ではなく、彼はプロとして見せてくれとの事だ、大した物で無いものが面白いと、其れで見たいとの事だった。
 彼は商売の為に見せろと言っているのでなく、自分も子供の頃に見た懐かしさから出た事、ほかに時計の玩具だけでなく、グリコのおまけ等色々見せろと。
 その中の時計の玩具を特に見たいとの事、何故かと言えば彼もまた孫がいて、その孫に見せてやりたいとの事でもあったが、今一ピンと来ないものがある。
 こんな玩具の時計を何故孫に見せてやりたいのかと質問、すると友人「孫にはクオーツの腕時計を幾つか買ってやった」と、そして、その話の中で「昔玩具の時計は動かなかった」と話したらしい。

 その孫が「動かない時計なんかある訳ないと」言って不思議がったから、昔の動かない時計を見せて、話が本当の事だと立証したいらしい。
SANY5167.JPG おおげさな話だが、彼にしてみれば孫が自分の話を信用しない事がショックらしく、実物を見せて納得させたいらしいのだが、果たして上手く行くのか。
 玩具の時計、今の子供の見せても果たして分かるものなのか、うちの孫も同じて゛、玩具の時計を見ても、其れが本当に時計なのか疑問を抱いたいるらしい。
 こんな形の時計は見た事もないし、軽くて、大きくて、針は短針も長針も当時に動いてしまい、今の時計とはかけ離れているからだ。
 形こそ時計の形をしていても、本当の時計でないと思っていることは確か、だから何んだろうと、不思議な物に見えるらしいのだ。
 我々には懐かしい玩具に思えるのだが、世代が代われば、そんな事実も通用はしない事を、改めて思い知らされたものだが。
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2019年08月16日

送り火

   先祖の霊

 日本の宗教行事盂蘭盆会、旧暦の8月13日から16SANY0628.JPG日までをお盆と言う、日本各地で模様される宗教行事であり、様々な様式があるが先祖の霊を迎える儀式。
 最近は7月に行う所が増えてきたが旧盆に行う所も多く、それに向けて全国的に帰省ラッシュが出現、大混乱に陥る。
 高速道路は大渋滞、鉄道や飛行機も満席状態で故郷に向かう人々、年に2度の帰省ラッシュが繰り広げられる。
 正月とお盆、年2回のために日本中が帰省ラッシュになるが、特に夏のこの時期は一番暑く、帰省するのも大変だけど毎年繰り返されている。
 今と昔では帰省の意味も違って来たが、故郷に帰ると言う習慣は今も続いているよう、久し振りの帰郷、懐かしさと楽しさ、これが人々を故郷に向ける要因かも知れない。
先祖の霊はキュウリの馬に乗って帰って来るが、何を目指してくるかと言えば自宅の前で炊く松明の火を目指してくると言われている。
 つまり迎え火、13日の夕方家の前で松明を炊き、先祖の霊を迎えるのだが最近では中々見受けられなくなってしまった様だ。
 昔は各家庭で松明を炊いていたから、先祖は何で自分の家が分かるのだろうかと子供心に不思議に思っていた事もある。

 そして16日には先祖の霊がなすの牛に乗って帰って行くが、その時に焚くのが送り火、この炎に乗って天上界に帰ると言われている。
 この送り火、全国各地で行われているよう、秋田、岩手、栃木、山梨、神奈川、静岡、奈良、大阪、など送り火で有名だと言うのだ。
 しかし何といっても大きさと言い、歴史と言い、京都の送り火は最大、平安時代からだとも言う、大の字の送り火は弘法大師の大の字とも言われ、「如意が岳」、通称大文字山には弘法大師の祠があり、そこを起点に五山の送り火がはじまる。
 何故大の字かとは色々に説があるが弘法大使説が有力、それも一番古いとも言われているから、この送り火が全国に伝わり、お盆の送り火となったようだ。
 その大きさは最大で160メートルと120メートルの大の字のはねの部分の大きさ、やっぱり大きな大の字のだ、思っていた以上の大きさ。
 それにしても京都の送り火は最大級、時計の逆回りに5つの山に順に点灯して行く様は正に圧巻、京都の夏を彩る風物詩でもある行事、これが終わると暑さも和らぐと言われているが、果たして今年はそおなるだろうか、今年の夏は暑いのだ。
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2019年08月15日

リアルすぎる

   ボトルの中の
DSCN0347.JPG

 またまた瀬戸で製造されたウイスキーボトル、数多くのボトルが製造されたが、その中でも飛びっきり精度の高いものがこれ。
 ウイスキーボトルは磁器で製造され、国内外からの注文がひっきりなしに、そんな時代のボトルの中、一番の出来がこのボトル。
 色々なボトルが造られてはいるが、大抵のボトルはソコソコの出来、細部的にこだわって製造するのではなく、リアルさも程々のもの。
 普及品から高級品まで様々であるが、高級品はボトルを造る時も原型から拘って製造されるのが普通。
DSCN0351.JPG 一つ一つは手造りで仕上げるが、拘れば拘るだけ原型も手が込んでくるから、その分職人も手が抜けないのだ。
 原型師は見本を蝋型と呼ばれる様に蝋で造り、型を起こすのだが、この型は石膏で出来ているのも出、高級品になれば型もピースが多くなる。
 単純の型から、細部にまで拘った高級な型まで色々あり、この型は非常に高級な型で造られている。
 複雑なものになると型は多くの部品で分かれることに、例えば足が4本あれば、型の数は倍に増える事になる。

 足を抜くためには型も細部に渡らないと抜けないので、切り込みを多く造り、本体を抜きやすくするためだ。DSCN0349.JPG
 足がなければ両サイドから2つの部品で抜けるが、4本足がある事により、切り込みを多く必要とするのだ。
 今回のボトルがまさにその4本足、しかし脚だけで馬の体重を支える事は出来ず、支えるために土台を付けられている。
 4本脚だけでは重みに耐えられないため、やはり型造りも大変、職人の腕の見せ所、とこで切り込みを入れるかも職人次第。
 そしてもう一つが、彩色であるが、ケバケバシイ色使いは禁物、勿論落ち着いた色彩のもので造り上げるのだが。
 ボカシも入っており、手間がかかる仕上げに、見た目にはさほど変わりがないものに見えるが、何回か色を塗り、強弱をつけた上でボカシをするのだ。
 馬の体もリアルに、そして躍動感にあふれるものに仕上げられており、このボトルが手の込んだ造りになっている事を物語っていおり、このウイスキーボトル、海外からの特注品、国内に出回る事のないものだ。





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2019年08月14日

蕎麦回想

   郡上の平甚

 何回も出て来るがこSANY0612.JPGこ平甚との付き合いは非常に長くて、私が大学時代すでに通っていたから少なくとも50年以上になると思うが、それ以上かもしれない。
 スキー場に行く途中立ち寄っていたから、やはり大分昔の事になり、半世紀を過ぎているのだと思うと長い。
 まだ先々代が生きていたと思うが、確か頑固な親父である有名な陶芸家か訪れた際にも、順番は順番と店の外で待たせた事も、どんな有名人であろうが客として来れば順番に従ってもらう、他の客とは区別しないのも頑固親父の所以であるのだ。
 確か私が最初に行った時も、店頭の狭い蕎麦打ち場で蕎麦を作っていたと思うが、確かに頑固親父であった。
 先代とは店にある逆さ時計の話で盛り上がり、何度となく親父と時計を譲れと話を繰り返したものだが、結果は未だに手に入っていない。

 そんな親父が進めたのは以外にも蕎麦がき、親父曰く「昔の人は、この蕎麦がきを食べていた」と言う、今我々が食べている蕎麦の姿は江戸時代に入ってからだとも言うが、そんな頑固親父の勧めで、ここに来るときは蕎麦がきを食べる事にしている。SANY1021.JPG
 蕎麦がきは器の中に茹で汁をはり、湯の中に浮いているかの様な状態、この蕎麦掻を知らない人は不思議そうに見る時もある。
 わけの分からないものが出て来たかのようなそぶり、一緒に行った友人でも「なんだこれ」と聞いたくらいだ、しかしこの蕎麦がき、出し汁につけて食べると旨い、もっちりとして歯ごたえもよく、食べ進むにつれて蕎麦の味が深く、それに一人前と言うが、何だか蕎麦切りよりも量は多いようで、腹にドッシリト来るので、ざる蕎麦を食べてから、こいつを食べれば腹持ちもよい。
 平甚といえば蕎麦がき、頑固親父のおすすめの逸品だと思うが、なかなか蕎麦がきを注文する人がいないのだ、郡上の平甚に行ったなら絶対に蕎麦がきを食べることをお勧めするもので、一度食べたら蕎麦のおいしさが一番良く分かると思う。
 
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2019年08月13日

値段が知りたい

    是非手に入れたい

 古時計愛好家にとって自分の欲しい時計は是非とも手に入れたいのが人情SANY0370.JPG、人とは違った時計を欲しいと思うのもまた自然。
 古時計愛好家なら誰しも思う事、しかし現実は中々うまくは行かないもの、欲しいと思っていても手に入らないのが常である。
 それには色々な条件が重なるからだが、イザその時計が出たとしても値段がべら棒に高くて、それを手に入れられない事もしばしばだ。
 個人差もあるが、その時計の妥当な値段と言うものがあり、ソコソコの範囲であれば妥協もするが、それがべら棒に高くては手も出ないのだ。
 幾ら欲しくても自分の出せる範囲があり、それを越しての値段であれば諦めるしかないのだと思う、誰しもそんな思いをした事があるはず。
 私自身も何度か経験している事、欲しくて仕方がない時計だが、そんな値段ではとても手が出ないと、自分に言い聞かせて諦めるしかない。
 そんな事が何度もあったが、それが当たり前の世界、自分に出せる範囲は決められているから、それ以上はどうしようもないのだ。

 ある知り合いが、蛎殻町製造の時計を見つけて来て、どうしても手に入れたいが幾らで買ったら良いのかと聞いてきた。
 聞けばコレクターの持ち物だと言い、譲っても良いとの返事だが、問題は値段だと言う、先方は値段を提示して欲しいと言っているらしい。
 SANY0374.JPGそれで私に幾らで買えば良いのかとの相談らしいが、之は難しい相談でもあるから、一概に値段の提示は出来ない。
 何故ならば相手がその時計の評価をどれくらいに設定しているか、その設定値段がある程度分からないと失敗する。
 誰しも安く買いたいと思うが、相手がある事、それを無視すれば手に入らないことは察しが付き、そうかと言ってべらぼうの値段では。
 本人にどれくらいなら出せるのかと聞くしかなく、幾らなら買えるのかと逆に聞くことに、すると知り合いは世間一般の値段よりも高く買うと言い出した。
 その時計の程度は見ていないから何とも言えないが、常識的な範囲の値段を教え、それよりも少し高い値段を提示してみろとアドバイス。
 結果の話は決裂したみたいで、本人が思っていた値段と開きがあり過ぎたらしく、知人もガックリとしていたが、自分の出せる範囲以上であれば諦めるしかない。
 古時計とは需要と供給のバランスの上に成り立つもの、そのバランスが非常に難しく、運としか言いようがないものだと思う。



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