2019年08月11日

岐阜提灯

    美濃和紙で造る
SANY1713.JPG
 提灯、歴史は古く平安時代には既にあったとされるが、一般庶民の使うものではなく、宮中で使われた。
 やはり中国よりの伝来もの、今の提灯とは形は少し違っていたもので、その後神社やお寺でも使うようになる。
 岐阜で提灯が製造されるようになるのは慶長年間、この頃から岐阜で提灯が製造され尾張藩に献上されていた。
 岐阜提灯は竹ひごが極細で繊細の造り、その上に張りと呼ばれる美濃和紙の薄い紙を張り付ける。
 この薄い美濃和紙は丈夫でありながら、灯りをともすと光が柔らかく透けて見え、上品さが引き立つ提灯。
 その提灯にやがて美しい絵が描かれるようになり、ますます洗練されて行くことになるが、現在のものとは少し違っていた、現在の姿となったのは宝暦年間の頃だと言われ、この頃には非常に繊細な提灯の姿となる。SANY1706.JPG

 職人たちは競って極細の竹ひごを使い、ますます繊細さをまし、摺り込みと呼ばれる技術を用いる事になる。
 伊勢型紙を用いて図柄を選定、この型に絵具を摺り込んで行き、ぼかしなどの技法を用い細かな絵を描いた。
 この摺り込まれた絵は灯をともすと、摺り込まれた絵が浮き上がり、岐阜提灯独特の雰囲気を醸し出す。
 出来上がった提灯は尾張藩を通して将軍家の献上品として江戸に運ばれ、岐阜提灯の名を全国に広める事になる。
 岐阜提灯は形も独特なもの、ウリ型をした上品な形は上流階級に支持されて、高級品の名を高める事に。
 しかしまだ多くは製造されず、まして一般庶民の手の届くものではなかったが、明治に入り明治天皇が岐阜に行幸された折り、岐阜提灯を掲げて迎え、この事が全国に広まり、一般庶民も憧れの提灯として広まることになり、その後岐阜提灯は大量に製造されることになる。

posted by kodokei at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記